第二話 最悪の再会
夜もかなり更けていた。
ベンチに座ったヴァンデスの隣では、ジェシカがまだ喋っている。
「それでね、私の活動拠点なんだけど――」
「…………」
「最近ようやく自分で借りられるようになって、それでね、次はバディが欲しいなって思ってて――」
「…………」
「やっぱりヒーローって一人より二人の方が――」
「…………」
ヴァンデスは目を閉じた。
疲れている。
酒も入っている。
さっき走ったせいで体力も使い果たした。
なのに、この女は一向に帰らない。
「……ねぇちゃん」
「なに?」
「本題はなんだ」
「え?」
「さっきからずっと喋ってるだろ」
「う……」
ジェシカの口が止まった。
さっきまであれほど喋っていたのに、急に視線が泳ぐ。
「……その」
「なんだ」
「ちょっと、お願いがあって」
「言え」
「……言いづらいんだけど」
ジェシカは両手を膝の上で握った。
「私の……」
「うん」
「バディになってくれない?」
「…………」
沈黙。
ヴァンデスはジェシカを見る。
ジェシカもヴァンデスを見る。
数秒。
「……はぁ」
ヴァンデスは深いため息を吐いた。
そして立ち上がる。
「お断りだ」
「えっ」
「絶対に嫌だ」
「ちょっと待って!」
「帰る」
「ヴァンデスさん!」
「俺はな、ねぇちゃん」
ヴァンデスは振り返る。
「ヒーローと関わりたくないって言っただろ」
「でも――」
「それに俺は、もう戦争も軍隊もごめんなんだよ」
それだけ言って、ヴァンデスは歩き出した。
「待ってよ!」
ジェシカも立ち上がる。
しかしヴァンデスは振り返った。
「これ以上ついてきたら……」
疲れ切った目が、珍しく鋭くなる。
「弁護士から接近禁止令を出させるぞ」
「…………」
ジェシカは固まった。
「……そこまでする?」
「する」
「……分かった」
渋々、ジェシカは足を止めた。
「おやすみなさい」
「……ああ」
ヴァンデスはそのまま夜道へ消えていった。
ジェシカはその背中を見送る。
「……絶対、諦めないから」
小さく呟いた。
⸻
翌朝。
「――っ!」
ヴァンデスはベッドから飛び起きた。
「……はぁ……!」
脂汗が額に浮かんでいる。
しばらく荒い呼吸を繰り返したあと、枕元の水を掴み、一気に飲み干す。
「……夢か」
しばらく天井を見つめる。
腹が減った。
ヴァンデスは重い身体を引きずって冷蔵庫へ向かう。
扉を開ける。
「…………」
何もない。
酒すらない。
「……」
冷蔵庫を閉める。
「最悪だ」
財布もない。
食料もない。
酒もない。
煙草も少ない。
ヴァンデスはしばらく部屋の中に立ち尽くしていた。
そして、机の引き出しを開ける。
薬を取り出す。
少し迷った後、それを使う。
しばらくすると、重かった身体に無理やりスイッチが入ったように気分が上向いていく。
「……よし」
とりあえず金だ。
ヴァンデスは外へ出た。
銀行へ向かい、口座を確認する。
「…………」
数回分の講義料が振り込まれている。
「……ああ」
ヴァンデスの顔が少しだけ緩んだ。
「しばらくは大丈夫か」
酒が買える。
食料も買える。
煙草も買える。
少なくとも、今日明日で飢えることはない。
その時、携帯電話が鳴った。
「……誰だ」
画面を見る。
FBIの担当者だった。
「もしもし」
『ヴァンデスさん、今大丈夫ですか?』
「何だ」
『実は特別講義の予定がありまして。講師をお願いできないかと思いまして』
「面倒だから嫌だ」
『まあまあ、そう言わずに』
「通常の講義なら断る」
『今回はスポンサーがついてまして』
「……」
『予算、たっぷりありますよ』
「やろう」
即答だった。
『……ありがとうございます』
「いつだ」
『数日後です』
「分かった」
電話を切る。
ヴァンデスは少しだけ口元を緩めた。
「……予算たっぷり」
その日から数日間。
ヴァンデスは珍しく機嫌が良かった。
講義資料をまとめる。
資料を確認する。
必要な道具を準備する。
久しぶりにまともに仕事をする気になっていた。
⸻
数日後。
FBI施設。
「…………」
ヴァンデスは入口で立ち止まった。
嫌な予感がする。
周囲を見る。
警察関係者。
FBI職員。
そして――。
「……ヒーロー、多くねぇか?」
施設内には、妙にヒーローの姿が多かった。
ヴァンデスは嫌な汗をかいた。
「……まさか」
角を曲がる。
「――あっ!」
聞き覚えのある声。
ヴァンデスが顔を上げる。
「ヴァンデスさん!」
「…………」
ジェシカが立っていた。
しかもヒーロースーツ姿。
満面の笑みでこちらへ駆け寄ってくる。
「また会いましたね!」
「……」
ヴァンデスは無言で天井を見る。
「お前……」
「はい?」
「何してんだ」
「講義を受けに来たんです!」
「講義?」
「はい!」
ジェシカは嬉しそうに説明する。
「この前の事件で、私、自分がすごく無力に感じちゃって」
「……」
「だから、もっと人質を守れるようになりたいと思って!」
ジェシカは胸を張る。
「爆発物について勉強することにしたんです!」
「…………」
「しかも今回はヒーローと警察組織の合同講義なんですよ!」
嬉しそうに笑う。
「こういう講義は今回が初めてなんですって!」
「……」
ヴァンデスの顔から表情が消えた。
「……あの野郎」
「?」
「スポンサーは国かよ」
「え?」
「騙しやがって……」
ヴァンデスは額を押さえた。
「予算がたっぷりって言うから来てみりゃ……」
ぶつぶつと恨み言を吐く。
「ヴァンデスさんは、何かの捜査協力ですか?」
「俺は――」
その時。
「ジェシカ!」
向こうから別のヒーローが声をかけてきた。
「そろそろ講義室に入るぞ!」
「あ、はーい!」
ジェシカは振り返る。
そしてヴァンデスを見る。
「じゃあ、また後で!」
「……」
「講義、一緒に頑張りましょうね!」
ジェシカは笑顔で仲間の方へ走っていった。
ヴァンデスはその背中を見送る。
「…………」
そして小さく呟いた。
「……帰りてぇ」
しかし、彼の手には講義資料。
しかも報酬はかなり良い。
「……金」
ヴァンデスは渋々、講義室へ向かった。
こうして。
最もヒーローと関わりたくなかった男は、最もヒーローだらけの場所で講義をすることになった。