第三話 爆発物講師
FBI施設内。
講義開始まで、あと三十分。
ヴァンデスは講義室の前で、担当者に向かって延々と文句を言っていた。
「だから俺は言っただろ。普通の講義だって」
「はいはい」
「FBIとCIAの犬猿のコンビでも拍手喝采もらえるような講義の準備はしてきたさ。資料も用意した。実演用の教材も揃えた。質問にも答えられる」
「はい」
「だがなぜ、あいつらなんだ」
ヴァンデスは講義室の中を睨む。
ガラス越しに見えるのは、FBIやCIAの職員。
そして数人のヒーロー。
「どうせ退役軍人を目の敵にしてるような連中だろ」
「まあ……」
「俺が軍にいたってだけで嫌な顔するタイプだ」
「まあまあ」
「俺が爆弾の専門家だって分かった瞬間に、昔の戦争の話を掘り返してくるに決まってる」
「……」
「で、最後には『あなたのような人間が現場に戻るべきではない』とか言い出すんだ」
担当者は黙ってヴァンデスを見る。
そして、諦めたように肩をすくめた。
「諦めな」
「何を」
「あの陰険野郎どもと一緒に講義するなんて、ハリウッド映画でもありえねぇよ」
「だろ?」
「だからもう、無難にやってくれ」
「無難に?」
「金払いはいいんだから」
「……」
ヴァンデスが黙る。
「……金払いは?」
「いい」
「どれくらい」
「普段の数回分くらい」
「…………」
ヴァンデスは手元の資料を見る。
そして深いため息を吐いた。
「……分かったよ」
担当者が背中を軽く叩く。
「ほら、行った行った」
「気が重い……」
「その顔で言うな。余計に怖い」
「元からこの顔だ」
「知ってる」
ヴァンデスは心底嫌そうな顔で講義室のドアを開けた。
ガチャ。
「…………」
室内の視線が一斉に集まる。
ざわ。
「……誰?」
「講師?」
「あれが?」
「軍人……?」
「なんか怖くない?」
当然だった。
痩せこけた身体。
深く窪んだ目。
やつれた頬。
無精髭。
乱れたツーブロック。
疲労と酒の痕跡が残った顔。
どう見ても、普通の講師には見えない。
むしろ犯罪者側にいても違和感がない。
ジェシカも席からヴァンデスを見ていた。
「……ヴァンデスさん」
小さく呟く。
ヴァンデスは教室内のざわめきを完全に無視した。
教壇まで歩く。
資料を置く。
マイクを確認する。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「……どうも」
ざわめきが少し収まる。
「本日の講師を務めるヴァンデスだ」
黒板に名前を書く。
「元軍人。現在は爆発物についての講義や技術指導をしてる」
そこで一度、教室を見渡す。
FBI。
CIA。
警察関係者。
そしてヒーロー。
見覚えのある金髪の少女。
ジェシカが小さく手を振る。
ヴァンデスは見なかったことにした。
「……まあ、色々と訳ありの人間だ」
教室から小さな笑いが起きる。
「俺自身については、興味があるなら講義の後にでも聞いてくれ」
ヴァンデスは資料をめくる。
「今日ここにいる連中の大半は、爆発物を扱う専門家じゃない」
その声から、先ほどまでの気だるさが少し消えていた。
「だから今日は、専門用語を並べて眠らせるつもりはない」
教室が静かになる。
「爆発物ってのはな」
ヴァンデスは教壇に手をついた。
「知識のない奴ほど、派手なものだと思ってる」
ジェシカが真剣な顔で聞いている。
「だが、実際は逆だ」
ヴァンデスの目が、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻していた。
「爆発物で一番重要なのは――」
教室が静まり返る。
「爆発させることじゃない」
一拍。
「爆発させないことだ」
講義室の空気が変わった。
ヴァンデスは淡々と続ける。
「今日ここにいるヒーロー連中にも、よく覚えておいてほしい」
ジェシカの目が少し大きくなる。
「力があるからって、何でも力で解決しようとするな」
ヴァンデスはジェシカを見た。
「……特に、空を飛べるねぇちゃん」
「えっ」
教室中の視線がジェシカへ集まる。
「ちょっと!」
ヴァンデスは初めて、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「さて」
資料をめくる。
「講義を始めようか」
その声には、さっきまでの疲れ切った男とは違う、かつて「ハートロッカー」と呼ばれた男の片鱗があった。