第三話 爆発物講義
講義室の空気は、一瞬にして張り詰めた。
「……冗談じゃない!」
前列に座っていた若いヒーローが立ち上がった。
「こんなものを俺たちに着けろっていうのか!?」
「正気じゃない!」
「やっぱり退役軍人にろくな奴はいない!」
「これを機に私たちを殺そうとしてるんだろう!」
次々と罵声が飛ぶ。
さっきまで静かにヴァンデスの説明を聞いていた講義室が、一気に騒然となった。
「ちょっと、みんな落ち着いて!」
ジェシカが慌てて立ち上がる。
「ヴァンデスさんも、たぶん本気で私たちを――」
「そうだよ」
「……え?」
ヴァンデスが平然と答えた。
「よく分かったな」
「ヴァンデスさん!?」
ジェシカが青ざめる。
ヴァンデスは教壇に寄りかかり、口元を歪めた。
「お前らクソムカつくヒーローどもが、一人残らず消えてくれりゃスッキリするな」
「この野郎!」
「だがな」
ヴァンデスは肩をすくめる。
「金ももらった。これも仕事だ」
そして、挑発するように全員を見渡した。
「どうした、ヒーローの癖に。まさかビビってるのか?」
「……」
「それとも、人質を取られて犯人に爆弾をつけられそうになった時も、そうやって突っ立ってるのか?」
ジェシカの顔が強張る。
銀行強盗の時の光景が脳裏に蘇った。
人質がいた。
爆弾があった。
自分は何もできなかった。
そして、目の前の男に助けてもらった。
「……分かった」
一人のヒーローが苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「やればいいんだろ」
「そうだ」
やがて、一人。
また一人。
渋々と教材を身体に装着していく。
ジェシカも恐る恐る自分の教材を確認した。
その時だった。
ヴァンデスが懐から携帯電話を取り出した。
「さて」
全員がヴァンデスを見る。
ヴァンデスは携帯電話を操作する。
「……」
そして、何かのボタンを押すような仕草をした。
「バァーン」
「――――っ!?」
何人かが椅子から転げ落ちた。
「うわああああっ!」
「な、なんだ!?」
「爆発した!?」
講義室が悲鳴に包まれる。
ヴァンデスはしばらくその光景を眺めていた。
「……」
そして。
「ぷっ」
肩を震わせる。
「ははははっ!」
「笑うな!」
「ふざけんな!」
「この野郎!」
ヴァンデスは腹を抱えてケラケラ笑った。
「お前ら……今の顔……」
涙が出るほど笑っている。
「最高だな」
「何が最高だ!」
「まあ、落ち着け」
ようやく笑いを収める。
「安心しろ。今のは俺の口から出した爆発音だ」
「…………」
誰も笑わない。
「これは訓練用の教材だ。映画なんかでよく出てくるC4爆薬を使った爆弾をモデルにしてる」
ヒーローたちが自分の身体を見る。
「そうそう簡単には爆発しないから安心しろ」
「……本当に?」
「ああ」
何人かが安堵した。
だがヴァンデスは続けた。
「まあ、時限式にはなってるが」
「…………」
空気が凍った。
「は?」
ヴァンデスがホワイトボードを指差す。
そこには大きく数字が表示されていた。
30:00
「三十分」
「……三十分?」
「そうだ」
「それを先に言え!」
「言ったら面白くないだろ」
「お前なぁ!」
ヴァンデスは気にする様子もない。
「三十分もあるんだ。十分だろ」
そして教材を手に取った。
「じゃあ講義を始める」
ヴァンデスは教材の外見を確認しながら説明を始めた。
「まず、爆発物を見た時に最初に考えること」
全員が静かになる。
「見た目を信用するな」
教材を示す。
「同じように見えても、中身まで同じとは限らない」
構造。
危険性の判断。
周囲の状況。
不用意に触らないこと。
爆発物を発見した時に取るべき基本的な行動。
ヴァンデスは一つずつ説明していく。
「爆発物ってのはな、爆発させることより、爆発させないことの方が重要だ」
その言葉には妙な重みがあった。
ジェシカは必死にノートを取っている。
周囲のヒーローたちも、次第に真剣になっていく。
そして――。
ヴァンデスは講義室の外を見る。
「……ちなみに」
全員が顔を上げる。
「さっき外で爆発させた奴」
窓の向こうには、黒煙の跡が残っている。
「お前らが持ってる奴より炸薬量は少ない」
「……え?」
ヒーローたちが一斉に手元を見る。
「ちょっと待て」
「じゃあ、これ……」
「そうだ」
ヴァンデスは淡々と言った。
「お前らに渡した方が多い」
「…………」
講義室が静まり返る。
「同じような形をしてるからって、威力まで同じだと思うなよ」
ヴァンデスは教材を指先で軽く叩く。
「爆発物は外見だけじゃ判断できない。中身が違えば、結果もまるで違う」
ジェシカは自分の胸元に取り付けられた教材を見る。
「……じゃあ、これって結構危ないんじゃ?」
「だから講義してるんだ」
「怖いことをさらっと言わないでよ!」
「怖いから覚えるんだよ」
ヴァンデスはそう言って、再び説明を続けた。
時間は静かに過ぎていった。
22:14
17:32
13:08
ヴァンデスは淡々と説明を続ける。
ヒーローたちは次第に教材の扱いに慣れていった。
だが――。
09:21
「よし」
ヴァンデスが説明を終えた。
「一通り分かったな」
「……はい」
「じゃあ次」
ヴァンデスは工具箱を持ち上げた。
「これを使う」
工具を一人ずつに配っていく。
「一人一セット」
「落とすなよ」
「なくしたら弁償だ」
「こんな状況で金の心配かよ!」
「金は大事だろ」
最後の一人に工具を渡した。
ヴァンデスがホワイトボードを見る。
08:03
「……」
教室が静まり返った。
「……え?」
ジェシカが時計を見る。
「もう八分しかないの!?」
「そういうことだ」
「三十分あったよね!?」
「ああ」
「なんで!?」
「俺が説明してたからだ」
「そうだけど!」
周囲のヒーローたちも一斉に青ざめた。
「待て、まだ何もしてないぞ!」
「俺もだ!」
「説明聞いてただけだ!」
「先生!」
ヴァンデスは腕を組んだ。
「どうした?」
「時間がない!」
「そうだな」
「どうすればいい!?」
「さあな」
「おい!」
「考えろ」
ヴァンデスはホワイトボードを指差した。
07:59
「残り八分だ」
ヒーローたちが一斉に教材へ取り掛かる。
「工具どれだ!?」
「それ俺のだ!」
「落とした!」
「拾ってくれ!」
「お前、手震えてんぞ!」
「うるさい!」
あちらこちらで怒鳴り声が飛び交う。
工具を落とす者。
隣の人間と口論する者。
説明を思い出そうとして固まる者。
顔面を真っ青にして教材と睨み合う者。
ジェシカも震える手で工具を握った。
「……落ち着いて」
自分自身に言い聞かせる。
だが、手が震える。
「ヴァンデスさん……!」
「なんだ」
「これ、本当に大丈夫なの!?」
ヴァンデスは彼女を見る。
「大丈夫だ」
「本当に!?」
「ああ」
「じゃあなんでそんな怖い顔してるの!?」
「俺は元からこの顔だ」
「そういう問題じゃない!」
ヴァンデスは少しだけ笑った。
「いいか、ねぇちゃん」
「……うん」
「爆発物を前にして一番最初に失うのは、手じゃない」
ヴァンデスは教室を見渡す。
「頭だ」
ホワイトボードの数字が減っていく。
07:41
「だから――」
ヴァンデスはニヤリと笑った。
「頭だけは最後まで残しとけ」
その言葉と同時に、講義室のあちこちから悲鳴が上がった。
「これどうすればいいんだ!」
「説明聞いてなかったのか!」
「聞いてたけど分からないんだよ!」
「工具を貸せ!」
「触るな!」
ヴァンデスは教壇からその光景を眺めていた。
そして――ほんの少しだけ、口元を緩めた。
かつて戦場で「ハートロッカー」と呼ばれた男。
その目だけは、今までで一番生き生きとしていた。