第四話 焦りという爆薬
講義室は、完全な混乱状態に陥っていた。
「これ、どうするんだ!?」
「待て、そっちは触るな!」
「工具を貸せ!」
「俺の相方が全然進んでない!」
残り時間は、刻一刻と減っていく。
07:12
06:58
ジェシカも必死に教材と向き合っていた。
「落ち着いて……落ち着いて……」
だが、手が震えて思うように動かない。
その時だった。
「――落ち着け!」
ヴァンデスの怒鳴り声が講義室に響いた。
「!」
全員が一斉にヴァンデスを見る。
ヴァンデスは教壇から全員を睨みつけていた。
「前に解体手順も書いてやっただろ」
ホワイトボードを指差す。
「落ち着いてやりゃ十分間に合う」
そして、ニヤリと笑った。
「あぁ――相方がとろくさかったら死ぬかもしれないがな」
「おい!」
ヴァンデスはケラケラ笑う。
「それじゃ頑張れ」
「ちょっと待て!」
「あと――」
扉へ向かいながら振り返る。
「誘爆はしないから安心しろよ」
「…………」
全員が固まる。
「じゃあな」
「おい、どこ行くんだ!」
「時間やばいぞ」
ヴァンデスは扉を開ける。
「手を動かせ」
そして、外へ出た。
ガチャリ。
外から鍵がかかる音。
「……」
講義室が静まり返った。
「閉じ込めやがった……」
誰かが呟く。
だが、文句を言っている暇はない。
全員が再び教材に向き直った。
扉の向こうでは、ヴァンデスがポケットから煙草を取り出していた。
「ふぅ……」
火をつける。
「さて、どうなるかねぇ」
紫煙を吐きながら、壁にもたれかかる。
その表情は妙に穏やかだった。
一方、講義室の中。
先ほどまでの大混乱は、少しずつ収まっていた。
「……落ち着こう」
「そうだ」
「手順通りにやればいい」
「俺が確認する」
「頼む」
ヒーローたちは互いに声を掛け合いながら作業を進めていく。
そして――。
「できた!」
一組目が教材を解体し終えた。
「よし!」
「俺たちも!」
さらに数組が続く。
だが、まだ大半は一人目の解除すら終わっていない。
「急げ!」
「あと少し!」
「落ち着けって!」
「時間がない!」
相方を必死に助けようとする者たち。
その間にも、数字は無情に減っていく。
01:00
00:30
00:10
「……!」
全員の顔から血の気が引いた。
00:05
「五……」
00:04
「四……」
00:03
「三……」
00:02
「二……」
00:01
「一――」
00:00
全員が目を閉じた。
「…………」
静寂。
誰もが死を覚悟した。
だが――。
ピピピピピピピッ!!
「……?」
聞こえてきたのは、爆発音ではなかった。
アラーム音だった。
そして――。
ポンッ。
教材から紙吹雪が舞い上がる。
「…………」
「…………」
「……は?」
ヒーローたちは呆然と紙吹雪を見つめた。
その時。
ガチャ。
扉が開いた。
「お疲れさん」
コーヒーとドーナツを片手に、ヴァンデスが戻ってきた。
「…………」
全員がヴァンデスを見る。
ヴァンデスは室内を見回した。
「お」
解体済みの教材がいくつか並んでいる。
「思ったより解体できる器用な奴がいたんだな」
「……お前……」
「ん?」
「ふざけるな!」
怒号が飛ぶ。
ヴァンデスは気にせず教壇へ戻る。
「まあまあ」
コーヒーを一口飲む。
「残ってる奴ら」
まだ解体できていないヒーローたちを見る。
「もう一回やってみろ」
「……」
「今度は冷静にな」
ヒーローたちは疑いながらも教材を見る。
そして――。
カチャ。
カチッ。
カチャ。
先ほどまであれほど苦戦していたのが嘘のように、手が動く。
「……できた」
「俺も」
「終わった!」
わずか数十秒。
全員が解体を終えた。
ジェシカも呆然と自分の手元を見る。
「……できた」
ヴァンデスはドーナツを齧った。
「どうだ?」
誰も答えない。
「緊張状態だと、こんな簡単なこともできなかっただろ」
ヴァンデスは教壇に腰を預ける。
「だから俺たちみたいに爆弾を仕掛ける側は、人質をパニックにさせる」
空気が変わった。
「暴れさせる」
「解除を妨害させる」
「タイマーを見せて、焦らせる」
ヴァンデスは指を一本ずつ立てる。
「手を変え、品を変えな」
そして、ヒーローたちを見る。
「そもそも、お前らヒーローだろ?」
「……」
「自分の能力で何とかできる奴もいるんじゃねぇのか?」
「……確かに」
誰かが呟いた。
「俺なら力で外せたかもしれない」
「私も……」
「俺も能力を使えば……」
ヒーローたちが、ようやく我に返る。
一人が教材を持ち上げた。
「……待て」
「ん?」
「これ、爆薬なんて入ってなかったんだな」
「そういうことだ」
「じゃあ、最初から全部嘘だったのか?」
ヴァンデスはドーナツを食べながら首を傾げた。
「お前ら、こんな講義でC4なんて軍事用の高級品を使うと思うか?」
「……」
「ちょっと考えりゃ分かるだろ」
ヴァンデスはケラケラ笑う。
「お前らは最初から、俺の術中にハマってたんだよ」
教室が静まり返る。
「爆発すると思い込む」
「俺を疑う」
「時間を見て焦る」
「相方を助けようとして余計に焦る」
ヴァンデスは全員を見渡した。
「その間、お前らは自分の能力を使うことすら忘れてた」
ジェシカがハッとする。
ヴァンデスはコーヒーを飲み、満足そうに息を吐いた。
「爆弾ってのは、火薬だけで人を殺すもんじゃねぇ」
煙草の煙が、まだ彼の服から微かに漂っている。
「人間の頭の中に仕掛けるもんでもある」
誰も口を挟めなかった。
そしてヴァンデスは、最後にニヤリと笑った。
「――今日はそこだけ覚えて帰れ」
ジェシカはヴァンデスを見つめていた。
怖い。
性格も最悪。
口も悪い。
けれど――。
この男がなぜ、爆発物の専門家として軍で生き残ったのか。
少しだけ分かった気がした。