※この作品はR-18です。

退役軍人のヒーロー生活   作:山門門山

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7.実践教育

第四話 焦りという爆薬

 

 講義室は、完全な混乱状態に陥っていた。

 

「これ、どうするんだ!?」

 

「待て、そっちは触るな!」

 

「工具を貸せ!」

 

「俺の相方が全然進んでない!」

 

 残り時間は、刻一刻と減っていく。

 

07:12

 

06:58

 

 ジェシカも必死に教材と向き合っていた。

 

「落ち着いて……落ち着いて……」

 

 だが、手が震えて思うように動かない。

 

 その時だった。

 

「――落ち着け!」

 

 ヴァンデスの怒鳴り声が講義室に響いた。

 

「!」

 

 全員が一斉にヴァンデスを見る。

 

 ヴァンデスは教壇から全員を睨みつけていた。

 

「前に解体手順も書いてやっただろ」

 

 ホワイトボードを指差す。

 

「落ち着いてやりゃ十分間に合う」

 

 そして、ニヤリと笑った。

 

「あぁ――相方がとろくさかったら死ぬかもしれないがな」

 

「おい!」

 

 ヴァンデスはケラケラ笑う。

 

「それじゃ頑張れ」

 

「ちょっと待て!」

 

「あと――」

 

 扉へ向かいながら振り返る。

 

「誘爆はしないから安心しろよ」

 

「…………」

 

 全員が固まる。

 

「じゃあな」

 

「おい、どこ行くんだ!」

 

「時間やばいぞ」

 

 ヴァンデスは扉を開ける。

 

「手を動かせ」

 

 そして、外へ出た。

 

 ガチャリ。

 

 外から鍵がかかる音。

 

「……」

 

 講義室が静まり返った。

 

「閉じ込めやがった……」

 

 誰かが呟く。

 

 だが、文句を言っている暇はない。

 

 全員が再び教材に向き直った。

 

 扉の向こうでは、ヴァンデスがポケットから煙草を取り出していた。

 

「ふぅ……」

 

 火をつける。

 

「さて、どうなるかねぇ」

 

 紫煙を吐きながら、壁にもたれかかる。

 

 その表情は妙に穏やかだった。

 

 一方、講義室の中。

 

 先ほどまでの大混乱は、少しずつ収まっていた。

 

「……落ち着こう」

 

「そうだ」

 

「手順通りにやればいい」

 

「俺が確認する」

 

「頼む」

 

 ヒーローたちは互いに声を掛け合いながら作業を進めていく。

 

 そして――。

 

「できた!」

 

 一組目が教材を解体し終えた。

 

「よし!」

 

「俺たちも!」

 

 さらに数組が続く。

 

 だが、まだ大半は一人目の解除すら終わっていない。

 

「急げ!」

 

「あと少し!」

 

「落ち着けって!」

 

「時間がない!」

 

 相方を必死に助けようとする者たち。

 

 その間にも、数字は無情に減っていく。

 

01:00

 

00:30

 

00:10

 

「……!」

 

 全員の顔から血の気が引いた。

 

00:05

 

「五……」

 

00:04

 

「四……」

 

00:03

 

「三……」

 

00:02

 

「二……」

 

00:01

 

「一――」

 

00:00

 

 全員が目を閉じた。

 

「…………」

 

 静寂。

 

 誰もが死を覚悟した。

 

 だが――。

 

 ピピピピピピピッ!!

 

「……?」

 

 聞こえてきたのは、爆発音ではなかった。

 

 アラーム音だった。

 

 そして――。

 

 ポンッ。

 

 教材から紙吹雪が舞い上がる。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……は?」

 

 ヒーローたちは呆然と紙吹雪を見つめた。

 

 その時。

 

 ガチャ。

 

 扉が開いた。

 

「お疲れさん」

 

 コーヒーとドーナツを片手に、ヴァンデスが戻ってきた。

 

「…………」

 

 全員がヴァンデスを見る。

 

 ヴァンデスは室内を見回した。

 

「お」

 

 解体済みの教材がいくつか並んでいる。

 

「思ったより解体できる器用な奴がいたんだな」

 

「……お前……」

 

「ん?」

 

「ふざけるな!」

 

 怒号が飛ぶ。

 

 ヴァンデスは気にせず教壇へ戻る。

 

「まあまあ」

 

 コーヒーを一口飲む。

 

「残ってる奴ら」

 

 まだ解体できていないヒーローたちを見る。

 

「もう一回やってみろ」

 

「……」

 

「今度は冷静にな」

 

 ヒーローたちは疑いながらも教材を見る。

 

 そして――。

 

 カチャ。

 

 カチッ。

 

 カチャ。

 

 先ほどまであれほど苦戦していたのが嘘のように、手が動く。

 

「……できた」

 

「俺も」

 

「終わった!」

 

 わずか数十秒。

 

 全員が解体を終えた。

 

 ジェシカも呆然と自分の手元を見る。

 

「……できた」

 

 ヴァンデスはドーナツを齧った。

 

「どうだ?」

 

 誰も答えない。

 

「緊張状態だと、こんな簡単なこともできなかっただろ」

 

 ヴァンデスは教壇に腰を預ける。

 

「だから俺たちみたいに爆弾を仕掛ける側は、人質をパニックにさせる」

 

 空気が変わった。

 

「暴れさせる」

 

「解除を妨害させる」

 

「タイマーを見せて、焦らせる」

 

 ヴァンデスは指を一本ずつ立てる。

 

「手を変え、品を変えな」

 

 そして、ヒーローたちを見る。

 

「そもそも、お前らヒーローだろ?」

 

「……」

 

「自分の能力で何とかできる奴もいるんじゃねぇのか?」

 

「……確かに」

 

 誰かが呟いた。

 

「俺なら力で外せたかもしれない」

 

「私も……」

 

「俺も能力を使えば……」

 

 ヒーローたちが、ようやく我に返る。

 

 一人が教材を持ち上げた。

 

「……待て」

 

「ん?」

 

「これ、爆薬なんて入ってなかったんだな」

 

「そういうことだ」

 

「じゃあ、最初から全部嘘だったのか?」

 

 ヴァンデスはドーナツを食べながら首を傾げた。

 

「お前ら、こんな講義でC4なんて軍事用の高級品を使うと思うか?」

 

「……」

 

「ちょっと考えりゃ分かるだろ」

 

 ヴァンデスはケラケラ笑う。

 

「お前らは最初から、俺の術中にハマってたんだよ」

 

 教室が静まり返る。

 

「爆発すると思い込む」

 

「俺を疑う」

 

「時間を見て焦る」

 

「相方を助けようとして余計に焦る」

 

 ヴァンデスは全員を見渡した。

 

「その間、お前らは自分の能力を使うことすら忘れてた」

 

 ジェシカがハッとする。

 

 ヴァンデスはコーヒーを飲み、満足そうに息を吐いた。

 

「爆弾ってのは、火薬だけで人を殺すもんじゃねぇ」

 

 煙草の煙が、まだ彼の服から微かに漂っている。

 

「人間の頭の中に仕掛けるもんでもある」

 

 誰も口を挟めなかった。

 

 そしてヴァンデスは、最後にニヤリと笑った。

 

「――今日はそこだけ覚えて帰れ」

 

 ジェシカはヴァンデスを見つめていた。

 

 怖い。

 

 性格も最悪。

 

 口も悪い。

 

 けれど――。

 

 この男がなぜ、爆発物の専門家として軍で生き残ったのか。

 

 少しだけ分かった気がした。

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