創作小説サークル『動物の小説 サークル』の管理人、無地 にんげんです。
本作は、当サークルのメンバーである「
彼女は「上品でお行儀の良い文章なんて味気ない」とボソッと言い残し、幼馴染同士の奇妙な検証実験から始まる、執着と監禁の物語をここに記録していきました。
甘い
歪んだ知的好奇心の果て、二人の理性が決壊していく緊張感に直面する覚悟のある方のみ、この先へお進みください。
「は? 今なんて言った?」
耳を疑うとはまさにこのことだ。
俺の部屋のベッドに我が物顔で腰掛け、相変わらず感情の読めない無表情な顔をしているのは、幼馴染の
普段は口数が少なくて何考えてるか分からない癖に、一度奇妙なスイッチが入ると、誰も止められない行動力を発揮する。
今回の知的好奇心の矛先は、まさかのそこかよ。
『ねぇ、
およそ日常会話には登場しない単語が稔の口から飛び出したせいで、俺の脳内は一瞬でフル稼働を始めた。
(いや、面白い。最高に面白い)
常識的な人間なら引くか説教する場面だけど、生憎と退屈な日々に暇を持て余している俺は——面白そうな謎を目の前にして、却下するなんて選択肢は最初から持っていない。
「快楽堕ち、ねぇ……。二次元の漫画や小説だけの概念か、それとも人間の脳内物質が汚染された結果の本物の狂気か。確かに実験室でデータ取る価値はあるかもな」
俺はあえてニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ、ベッドの稔にじりじりと近づいた。
いつものポーカーフェイスがどこまで崩れるか、試してみたい衝動が抑えきれない。
「でも、その第一歩の相手に俺を選ぶってことは……稔。お前、自分がどうなっちゃうか分かってて言ってる?」
「少なくとも実験を無駄にはしないし、私を殺すことはない、でしょう?」
感情の起伏が全く見えない声で、稔は淡々と言い放った。
その瞳には、恐怖も羞恥心も、もちろん色気すらもない。あるのは純粋な『実験者』としての視線だけだ。
「……ハッ、そりゃそうだけどさ。お前、俺を信頼しすぎ。あるいは男を舐めすぎ」
やれやれと首を振ってみせるが、俺の心臓はさっきから嫌なほど速い鼓動を刻んでいる。
殺しはしない。そんなのは当たり前だ。
だけど、幼馴染というぬるま湯の関係性を、俺たち自身の歪んだ好奇心で『殺す』ことになるかもしれない。
その自覚が、この無口な女には決定的に足りていないらしい。
(だが、そこがいい)
脳内でアドレナリンがドバドバと溢れ出すのが分かる。
「いいよ。そこまで言うなら、お望み通り極上の実験データを提供してやる。ただし――」
俺はベッドに両手を突き、稔の顔を覗き込むようにして距離を零に近づけた。
お互いの吐息がかかる距離。これでも彼女の表情はピクリとも動かない。
「実験ってからには、途中で『やっぱりやめ』はナシだ。お前がその澄んだ目で、涙をボロボロこぼして『もう無理』って泣き叫ぶまで、俺は検証を止めないからな?」
わざと悪役のような笑みを浮かべ、俺は稔の細い手首を、逃がさないようにそっと掴んだ。
体温は少し冷たい。これがどう熱を帯びていくのか、男としての探究心が完全に火を吹いていた。
「じゃあ、まずは『ただ触れられるだけ』で、人間の脳と身体がどうバグり始めるか……試してみようか」
「いや、いらない。単純にサクッとやろう。そもそもそういう恋人同士がやる表現は無かったし」
淡々と告げられた稔の言葉に、俺は思わず肩をすくめて苦笑した。
なるほど、ロマンスだの雰囲気作りだのは、この実験において不要な産物でしかないってわけだ。
合理的だな。そして、そっちの方が俺としても断然やりやすい。
「確かに。恋愛感情の検証じゃなくて、神経の過剰防衛と脳のバグの検証だもんな。余計な前置きはカットだ」
俺は掴んでいた手首をあっさりと離し、ベッドの上の稔を見下ろした。
手首に赤みが残っているが、それすらもただの物理的な現象だ。
「じゃあ、サクッと本題に入ろう。快楽堕ちってのは要するに、感覚の過剰摂取によって脳の理性がぶちぎれる現象だ。それなら、まずは神経が一番敏感な場所から攻めるのが効率的だろ」
俺は躊躇なく稔のブレザーのボタンに手をかけ、機械的な手つきでその制服を脱がせていった。
そこに一切の躊躇や、男としての照れはない。ただ、実験器具を並べる科学者のような手つきで、彼女の衣服を、その心理的な防衛ごと一枚ずつ剥ぎ取っていく。
「声を出して抵抗する余裕があるうちは、まだ序の口だ。稔、お前のその冷静な頭が、いつまで客観的な思考を保てるか……せいぜい楽しませてもらうぞ」
シャツのボタンを外し、むき出しになった彼女の白い肌に、俺は容赦なく指先を這わせた。
*** ***
「痛いだけだね。まあ身体が慣れない内は仕方ないか」
行為が終わり、静まり返った部屋の中で、稔は少し乱れた髪をそのままに平然と言い放った。
その表情には、事後の余韻も、ハァハァという色っぽい吐息もない。あるのは、期待外れの結果を突きつけられた学者のような、冷ややかな視線だけだ。
「……チッ、まじかよ」
俺はベッドの端に腰掛け、髪をガシガシとかきむしった。
男としてのプライドがへし折られた気分半分、そしてこの『快楽堕ち』という攻略の難攻不落さに、脳が最高に刺激されているのが半分だ。
「痛いだけ、ねぇ。つまり初期設定の不快感が、快楽の
俺は寝転がる稔を振り返り、ニヤリと不敵に笑った。
サクッとやってダメなら、アプローチを変えるまで。男が一度始めた実験を、こんな中途半端な結果で終わらせるわけがない。
「身体が慣れない内は、か。ってことは稔、お前、次がある前提で話してるだろ。今回は完全にお前の脳の勝ちだけど……次はそうはいかない。身体の構造と神経の仕組みから、もっと刺激的に堕としてやるよ」
俺はスマホを取り出し、メモアプリを開いた。
今日の『失敗データ』を打ち込みながら、すでに次回の作戦を頭の中で組み立て始めている。
「とりあえず、第一回検証は終了。次はいつやる?稔」
*** ***
「だいぶいい感じに仕上がったね。じゃあ、そろそろ他で実験してくるわ」
何度も実験を重ね、稔の身体が着々と俺の手で拓かれていった、ある日の事後。
シーツに包まれた稔は、いつもの無表情のまま、とんでもないことをさらっと言い放った。
「……は?」
俺の脳は一瞬でフリーズし、右から左へすり抜けて行く声を慌てて噛み砕いた。
(他で、実験?おい待て。誰でだ?)
こいつの投擲武器で俺のプライドはズタズタだし、何より胸の奥がめちゃくちゃにざわついている。
これまで緻密にわずかな反応を集め、稔の身体の恐怖を快楽へと書き換えてきたのは全部俺だ。
その果実を、他の男にあっさり引き渡す?
(どんだけ神経と時間を掛けたと思ってるんだ)
そんなの、この俺が許すわけがない。
「おい稔。お前、科学の基本が分かってないな」
俺はベッドに這い上がり、稔を上から組み伏せるようにして、その冷めた瞳を睨みつけた。
いつもはお調子者の俺だけど、今ばかりは声が低くなっているのが自分でも分かる。
「実験ってのはな、環境や対象をコロコロ変えたら正確なデータが取れなくなるんだよ。他の男じゃ、俺の好みで作った身体のカルテなんか持ってない。そんなの、ただの無駄な時間だろ」
稔の肩を少し強めに掴み、俺は意地悪く、だけど本気で笑ってみせた。
「快楽堕ちが実在するかどうか、その体で確かめたいんだろ? だったら、その脳が完全に狂う瞬間まで、俺が責任持って看取ってやるよ。この契約が結ばれた時点で他に行くなんて選択肢、稔に最初から与えてねえから」
首筋に俺との行為を散らしておきながら、平然と言い返してきた。
「将とはすでに経験したから。なら、他でも同じ状態になるなら存在すると定義出来ると思うけど?」
相変わらず抑揚のない声で、ぐうの音も出ない正論の内容だった。
実験における『再現性の確認』。個体差を排除し、条件を変えても同じ結果が出るか。科学としては100点満点の正しい実証法だ。
「チッ……相変わらずクソ冷静だな、お前は」
正論であればあるほど、俺の反骨精神と独占欲が限界突破する。
他の男に触れられる稔? 他の男の前で、あっさり俺の成果を晒す稔?
——あからさまに拒絶反応を示す俺の脳が、猛烈な勢いで相手の認識をひっくり返すための屁理屈を叩き出し始めた。
「いいや、定義できないね。その仮説は根本的な前提が間違ってる」
俺は稔の顔の横に両手を突き、逃がさないように完全に閉じ込めた。
「お前が言ってるのは、ただの『環境依存の偏り』だ。俺という特定の個体でようやく頑なだった反応を慣らした身体だぞ? 別の個体に急に変えたら、お前の脳はまた最初の『拒絶と痛み』の段階に逆戻りする。それはデータの連続性を失うってことだ」
じり、と顔を近づけ、稔の瞳に俺の必死で歪んだ顔を映し込ませる。
「第一、お前はまだ『堕ちて』ない。ちょっといい感じに仕上がった程度で、別のサンプルに移るなんて効率が悪すぎる。俺の手で、お前の理性が完全に消し飛ぶ限界点を見てからじゃないと、次のステップに進む価値なんてないね」
俺は稔の顎を指先でクイと持ち上げ、挑発するように笑った。
「他を試すのは、俺に完全敗北して、頭のてっぺんまで快楽に浸かりきってからにしろ。……なぁ、稔。それとも何? 本当は俺にこれ以上お堅い理性が壊されるのが怖くなったから、逃げようとしてるわけ?」
「いや、十分堕ちてるよ。だから他のデータと照合するべきだと言っている」
——心臓が、嫌な音を立てて跳ね上がった。
稔は相変わらず、感情の失せた静かな瞳で俺を見つめている。
(十分、堕ちてる? お前が?)
そのセリフを、そんな普段通りの、おやつのメニューでも決めるような声で味気なく言うな。
脳内が完全に混乱を引き起こして、予想だにしなかった事実報告に真っ白になる。
俺の手で、こいつの頭はもうおかしくなっていたんだ。声も上げず、表情も変えないまま、脳の回路はとっくに快楽を受け入れて、染まっていた。
なのにこいつは、その狂った状態のまま、なおも自分の身体を客観的な材料として扱おうとしている。
ぞっとするほどの興奮と、それ以上の凄まじい焦燥感が、俺の全身の血を沸騰させた。
他の誰かに、この『仕上がった稔』を渡す?
そんなこと、死んでも、絶対に、あり得ない。
「……ハ、アハハ! 冗談だろ、おい」
俺は引きつった笑い声を漏らしながら、稔の両手首を、さらに強くベッドへ縫い付けた。
今度はさっきまでと違う。いつもの仮面なんて完全に剥がれ落ちた、余裕のない
「稔さ……自分がどれだけ異常なこと言ってるか分かってないだろ。堕ちてる自覚があるなら、なおさら他になんて行かせるわけない。それはもう実験の照合じゃない。ただの、俺に対する裏切りだ」
いつもなら絶対に口にしないような泥臭い言葉が、喉の奥から溢れ出る。
口先で丸め込むなんて、もうどうでもいい。
俺の傲慢な脳が、初めて完全に行き場を失っていた。
「認めるよ。お前の勝ちだ。稔、お前はもう十分に堕ちてる。……だけどな、だったらその『堕ちた先』の底の底まで、俺が引きずり落としてやる。他のデータなんかに現を抜かす暇、1秒も与えないから」
狂ったように笑いながら、俺は稔の唇を乱暴に塞いだ。
客観的なデータ収集の時間は終わりだ。ここからは、この無口な実験体を俺だけのものにするための、周りから見れば危険な監禁が始まる。
*** ***
「なんでこうなった?」
激しい嵐のような時間が過ぎ去り、静寂が戻ったベッドの上で、稔は天井を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
その声には、怒りも、怯えも、やっぱりない。ただ、自分の計算式に全く身に覚えのない不純物が混ざり込んできたことに対する、純粋な疑問だけがポツンと浮かんていた。
「……なんでって、お前が余計なこと言ったからだろ」
俺はシーツに突っ伏したまま、自分の顔がひどく熱いのを自覚していた。
恥ずかしい。まじで恥ずかしすぎる。
いつもは物事を一歩引いた目線で見つめ、他人の心理を弄ぶ側のこの俺が、稔のひとことで完全に理性を失って、文字通り覚えたての猿みたいに暴走したのだ。
効率的なデータ収集も、俺が組み立てていた再現性の計算も、あの瞬間すべて吹き飛ばされた。
「他で実験する、なんて稔が言うから……俺のせいじゃねえよ」
起き上がり、まだ気の抜けたような顔をしている稔の頬を、少しだけ悔しまぎれに指先でつねる。
稔の身体は、確かに俺の思い通り、もう他を寄せ付けないほど男の欲を駆り立てるいい女になっている。
だけど同時に、俺の脳も、稔という存在に完全に居座られて、依存させられていたわけだ。これじゃどっちが『快楽堕ち』の実験体か分からない。
「……稔。他所の邪魔者との照合は、未来永劫却下だ」
俺はスマホを手に取り、これまでの実験データを全消去した。
数値や客観的な言葉で表せる段階は、もうとっくに終わっている。
「その代わり、この実験の唯一の共同研究者として、一生俺の隣で理性捨てて乱れてろ。お前が納得するまで、毎日でも何回でも付き合ってやるからさ」
ため息交じりに笑いながら、俺は稔の細い肩を抱き寄せた。
幼馴染の奇妙な好奇心から始まったこの実験は、どうやら俺たち二人を、一生抜け出せない迷宮に閉じ込めてしまったらしい。
(綾瀬稔×佐久間将:実験終了……あるいは、無期限延長)
【作者:紫藤 兎】
これで私の役目は終わり。
ほんと、いいご身分よね。管理人。
私はプロジェクトの始動を告げるためにここにいるの。
あなた達の好みに合ったかは知らないけど、やっぱり上品な真似事なんて、私には向いてないわ。
もし、気に入ったって言うなら、探しに来なさい?
私はそこにいるから。