※この作品はR-18です。

異世界マフィア   作:山門門山

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第十一話 竜の解体

第十一話 竜の解体

 

 古竜の巨体が、山肌を震わせながら横たわっていた。

 

 先ほどまで大地を踏み鳴らし、山そのものを揺らしていた存在。

 

 その巨大な身体は、もう動かない。

 

 ヴィットリオはその傍らに立っていた。

 

 両手を腰に当て、しばらく古竜を眺める。

 

「……」

 

 そして。

 

 満足そうに口元を歪めた。

 

「いい仕事だった」

 

 懐から葉巻を一本取り出す。

 

 先端を整え、火をつける。

 

 ゆっくりと煙を吸い込む。

 

「……ふぅ」

 

 白い煙が山の冷たい風に流されていく。

 

 その顔は、戦いを終えた戦士のものではなかった。

 

 むしろ――。

 

 大きな買い物をして、予想以上に得をした商人の顔だった。

 

 ヴィットリオは古竜を見上げる。

 

「金になる」

 

 次に自分の腹を軽く叩く。

 

「力にもなる」

 

 そしてもう一度、古竜を見る。

 

「最高だな」

 

「……」

 

 少し離れた場所では、レオノーラとセラフィーナが呆然としていた。

 

「……終わったのよね?」

 

 セラフィーナが確認する。

 

「ええ」

 

 レオノーラも答える。

 

「少なくとも、あの古竜はもう動かないわ」

 

「なんというか……」

 

 セラフィーナは巨大な死骸を見る。

 

「凄いものを見たわね」

 

「ええ」

 

「ヴィットリオって、本当に何なの?」

 

「私に聞かれても困るわ」

 

 そこへヴィットリオが振り返る。

 

「お前ら」

 

「何?」

 

「暇か?」

 

「……嫌な予感がする」

 

 セラフィーナが即答した。

 

「駄賃をやる」

 

「やる!」

 

「セラフィーナ!?」

 

「だって駄賃って言ったわよ!?」

 

「即答するのね……」

 

 ヴィットリオは満足げに頷いた。

 

「話が早い」

 

 そして部下たちへ視線を向ける。

 

「お前らもだ」

 

「はっ!」

 

「全員で解体するぞ」

 

 部下たちが一斉に動き出す。

 

「まず鱗」

 

 ヴィットリオが指差す。

 

「金の部分と普通の部分を分けろ」

 

「承知しました!」

 

「爪もだ」

 

「はい!」

 

「牙も全部だ」

 

「もちろんです!」

 

「骨も捨てるな」

 

「はい!」

 

「肉も使えるところは全部持って帰れ」

 

「かしこまりました!」

 

 ヴィットリオは葉巻をくわえたまま、さらに古竜を眺める。

 

「血も使えるかもしれねえ。容器を持ってこい」

 

「すぐに!」

 

 部下たちが駆け回る。

 

 巨大な古竜の身体を前に、まるで巨大な鉱山を発見した採掘隊のようだった。

 

 レオノーラも剣を抜く。

 

「……私も手伝うわ」

 

「頼む」

 

 セラフィーナも杖を構えた。

 

「じゃあ私も」

 

「魔法で切断するなら、素材を傷つけるなよ」

 

「注文が細かいわね!」

 

「売り物だからな」

 

「はいはい……」

 

 二人も作業へ加わる。

 

 そして。

 

 始まった。

 

 古竜の巨大な鱗が一枚ずつ外されていく。

 

 その中には、ヴィットリオが特に気に入っていたものもあった。

 

 表面を覆っていた金色の鱗。

 

 単なる金色ではない。

 

 光を受けるたびに、内部から本物の金属のような輝きを返す。

 

「これは別にしろ!」

 

 ヴィットリオが即座に叫ぶ。

 

「はい!」

 

「こっちもだ!」

 

「はい!」

 

「その鱗は傷をつけるな!」

 

「了解!」

 

 ヴィットリオは葉巻を吹かしながら、作業を監督している。

 

「……」

 

 セラフィーナが横目で見る。

 

「自分は働かないの?」

 

「俺は監督だ」

 

「働いてないじゃない」

 

「重要な仕事だぞ」

 

「どこがよ」

 

「売値を決める」

 

「それは後でしょうが!」

 

 レオノーラが笑う。

 

「まあ、彼らしいわ」

 

 作業はさらに続く。

 

 爪。

 

 牙。

 

 骨。

 

 翼。

 

 尾。

 

 巨大な角。

 

 どれも普通の魔獣とは比較にならないほどの価値を持っている。

 

 特に古竜の骨は異常なほど硬く、しかも内部に濃密な魔力を蓄えていた。

 

 セラフィーナがそれを確認する。

 

「……これ、魔導具の素材にできるわね」

 

「だろ?」

 

 ヴィットリオが即答する。

 

「武器にも防具にも使える」

 

「ええ」

 

「売れば金になる」

 

「結局そこなのね」

 

「当然だ」

 

 ヴィットリオは笑った。

 

 やがて。

 

 山の一角が、古竜の素材で埋まり始めた。

 

 金色の鱗。

 

 巨大な爪。

 

 鋭い牙。

 

 魔力を帯びた骨。

 

 角。

 

 翼膜。

 

 そして大量の肉。

 

「……」

 

 セラフィーナがそれを眺める。

 

「凄い量」

 

「まだ終わってねえぞ」

 

「まだあるの?」

 

「ああ」

 

 ヴィットリオは葉巻を口から外す。

 

「尻尾の方がまだ残ってる」

 

「……」

 

 セラフィーナは黙った。

 

「これ、全部どうするつもり?」

 

「売る」

 

「でしょうね」

 

 レオノーラが笑う。

 

「でも、一つくらいは自分で使ったら?」

 

「もちろん使う」

 

「何を?」

 

「骨」

 

「骨?」

 

「魔王城に置く」

 

 ヴィットリオが古竜の頭部を見る。

 

「頭骨もな」

 

「頭骨……?」

 

「魔王夫妻への土産だ」

 

 レオノーラが目を瞬かせる。

 

「お父様とお母様に?」

 

「ああ」

 

 ヴィットリオは頷く。

 

「義理の父親と母親だ」

 

「……」

 

 セラフィーナとレオノーラが顔を見合わせる。

 

「あなた、お父様たちに贈り物なんてするのね」

 

「世話になってるからな」

 

「意外」

 

「俺だって贈り物くらいする」

 

「何を贈るの?」

 

「これ」

 

 ヴィットリオは巨大な古竜の頭骨を指差した。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 三人の間に沈黙が流れた。

 

 セラフィーナが恐る恐る聞く。

 

「それを?」

 

「ああ」

 

「お父様たちの部屋に?」

 

「いや、客間とか広間だな」

 

「……」

 

「魔王城に飾ったら格好いいだろ」

 

 レオノーラは頭骨を見る。

 

 巨大な角。

 

 鋭い牙。

 

 魔力を帯びた骨。

 

 確かに、見事な品ではある。

 

「……まあ」

 

 レオノーラは苦笑した。

 

「お父様なら喜ぶかもしれないわ」

 

「だろ?」

 

「お母様は……どうかしら」

 

「喜ばせるために、頭骨だけじゃねえぞ」

 

 ヴィットリオが別の骨を指差す。

 

「こいつを加工して装飾品にする」

 

「装飾品?」

 

「ネックレスとか、置物とか」

 

「古竜の骨で?」

 

「ああ」

 

 ヴィットリオは得意げだった。

 

「金も使う」

 

「金?」

 

「さっき剥がした鱗の中に、純度の高そうなのがあっただろ」

 

「ええ」

 

「あれも使う」

 

 セラフィーナが呆れたように笑う。

 

「……結局、自分が気に入った素材を全部使いたいだけじゃない」

 

「何言ってんだ」

 

 ヴィットリオは真顔で答える。

 

「親への贈り物だぞ」

 

「そうだけど」

 

「ケチケチしてどうする」

 

 そして。

 

 古竜の頭骨を見上げる。

 

「立派なものを贈った方がいいだろ」

 

 その言葉だけは、不思議なほど真っ当だった。

 

 レオノーラが小さく笑う。

 

「それなら、きっと喜ぶわ」

 

「ああ」

 

 ヴィットリオは満足げに頷いた。

 

「よし」

 

 再び葉巻をくわえる。

 

「じゃあ全部持って帰るぞ」

 

「全部!?」

 

 セラフィーナが叫ぶ。

 

「全部だ」

 

「どうやって!?」

 

「馬車でも何でも使え」

 

「古竜一体分よ!?」

 

「だから人手を呼んだんだ」

 

 ヴィットリオは周囲を見る。

 

 部下たちはすでに大量の素材を梱包し、運搬の準備を進めている。

 

「金になるぞ」

 

「……」

 

「魔導具にもできる」

 

「……」

 

「食料にもなる」

 

「……」

 

「城の装飾にもなる」

 

「……」

 

 セラフィーナは諦めた。

 

「……もう好きにして」

 

「最初からそう言ってる」

 

 レオノーラも笑いながら首を振る。

 

「本当に、最後まで抜け目がないわね」

 

 ヴィットリオは葉巻の煙を吐き出した。

 

 そして。

 

 自分の腹を軽く叩く。

 

 六つだった古竜の心臓は、今や七つ。

 

 その身体には、さらに強大な力が宿っている。

 

「……七つ目も、なかなか悪くねえ」

 

 満足そうに呟く。

 

 その横では、古竜の頭骨が運搬用の台車へ載せられていく。

 

 巨大な骨格。

 

 黄金の鱗。

 

 山ほどの爪と牙。

 

 そして、それを見て嬉しそうに笑うヴィットリオ。

 

 レオノーラはそんな彼を眺めながら、ふと思った。

 

「……お父様たちへの贈り物、相当なものになりそうね」

 

「当然だ」

 

 ヴィットリオは即答した。

 

「俺が義理の息子として、ちゃんと威厳のある土産を持って帰るんだからな」

 

「その発想は嫌いじゃないわ」

 

 レオノーラが微笑む。

 

 セラフィーナもため息をつきながら笑った。

 

「まあ……お父様、絶対喜ぶでしょうね」

 

「ああ」

 

 ヴィットリオは葉巻を指で挟む。

 

「じゃあ帰るか」

 

 そして。

 

 山に残されたのは――。

 

 巨大な古竜の死骸ではなく。

 

 すっかり価値ある素材へと変えられた、大量の戦利品だった。

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