第十三話 義父母への贈り物
――数週間後。
ヴィットリオ・ヴァレンティアの屋敷、その工房。
「……完成したか」
巨大な作業台の前で、ヴィットリオが腕を組んでいた。
その視線の先にあるのは、古竜の頭骨だった。
かつては巨大な竜の頭部を形作っていた骨は、丁寧に洗浄され、磨き上げられ、余計な傷や汚れを取り除かれている。
角は表面を整えられ、骨の一部には金細工が施されていた。
そして何より目を引くのは――。
古竜自身から剥ぎ取られた金と宝石。
それらが頭骨の各所へ惜しげもなく使われていた。
金は骨の輪郭を縁取るように配置され、宝石は眼窩や角の根元、額に埋め込まれている。
禍々しさと美しさが同居した、異様な芸術品だった。
「どうです?」
職人が尋ねる。
ヴィットリオはしばらく無言で眺める。
「……いいな」
「ありがとうございます」
「派手すぎないのもいい」
「かなり抑えました」
「ああ。義父さんはこういうの好きそうだからな」
職人が少し驚いた。
「魔王陛下への贈り物ですか」
「そうだ」
「それなら、もっと豪華に――」
「いや」
ヴィットリオが首を振る。
「これ以上やると嫌味になる」
「……なるほど」
「義父さんも義母さんも、国民が苦労してるのに自分たちだけ贅沢するような人じゃねえ」
ヴィットリオは頭骨を見る。
「だから、値段を見せるんじゃなくて、物そのものを見てもらう」
その横には、古竜の骨を加工した装飾品も並んでいた。
腕輪。
首飾り。
置物。
小さな装飾箱。
どれも古竜の骨を基礎に、金や宝石を組み合わせて作られている。
「こっちは義母さんだ」
ヴィットリオが一つの装飾品を手に取る。
「こっちの方が似合う」
「お目が高いですね」
「俺が選んだんだから当たり前だ」
そして少し考える。
「……あと食事だな」
「食事?」
「ああ」
ヴィットリオは職人から離れる。
「せっかく数ヶ月ぶりに会うんだ。飯くらい用意する」
「魔王城で食事を?」
「俺の屋敷でやる」
既に準備は進んでいた。
魔王国では手に入りにくい食材を、人間の国や亜人の国から取り寄せる。
魔王国では生産量の少ない魚介。
人間の国でしか安定して手に入らない高級な果物。
亜人の国の森で採れる香草。
希少な肉。
保存の難しい調味料。
さらには、それらを扱える料理人まで国外から呼び寄せている。
だが、ヴィットリオはそれを自慢するつもりはなかった。
むしろ、どうすれば魔王夫妻に気を遣わせずに食べてもらえるかを考えていた。
そして数日後。
ヴィットリオの屋敷に、魔王一家が訪れた。
魔王ヴァルガス・グラディウス。
魔王妃エレノア・グラディウス。
そして、その娘たち――。
レオノーラ。
セラフィーナ。
クラウディア。
三人全員が揃っている。
「久しぶりだな、義父さん、義母さん」
玄関でヴィットリオが迎える。
いつものヴィットリオだった。
口調も変わらない。
だが――。
深々と頭を下げる。
「今日は来てくれてありがとな」
ヴァルガスが笑う。
「こちらこそ。久しぶりだな」
「ああ」
ヴィットリオはエレノアへ視線を向ける。
「義母さんも元気そうで何よりだ」
「ええ。あなたも元気そうね」
「俺はいつも元気だ」
「ふふ、そうね」
その横では、三姉妹が並んでいる。
「ヴィットリオ」
レオノーラが声を掛ける。
「久しぶりね」
「おう」
「先日は大変だったわね」
「お前らの方が大変だっただろ」
「……自覚はあるのね」
セラフィーナが呆れた顔をする。
「古竜を見つけたと思ったら、いきなりあんなことになるんだもの」
「結果的には儲かった」
「そこなのよ!」
セラフィーナが声を上げる。
「何でも金に結びつけるのやめなさいよ!」
「金になるんだから仕方ねえだろ」
「もう……」
レオノーラが笑う。
「でも、今日は随分と機嫌がいいわね」
「そりゃそうだ」
ヴィットリオは笑った。
「久しぶりに家族が揃ったんだからな」
クラウディアが少しだけ目を細める。
「家族、ですか」
「何だよ」
「いえ」
クラウディアは小さく笑った。
「何でもありません」
ヴィットリオは気にせず、全員を中へ案内する。
食堂へ入る。
テーブルにはすでに料理が並べられていた。
ただし、一度に全てを出すのではない。
前菜から始まり、温かい料理、魚料理、肉料理、果物、最後の甘味まで。
順番に運ばれるようになっている。
「今日はまあ、ゆっくり食ってくれ」
ヴィットリオが言う。
「大したもんじゃねえけどな」
レオノーラが料理を見る。
「……大したものじゃない?」
「これが?」
セラフィーナも絶句する。
「ヴィットリオ……」
「何だ?」
「これ、全部魔王国じゃほとんど手に入らないものじゃない」
「そうなのか?」
「そうよ」
クラウディアが料理を確認する。
「人間国産の高級魚介」
「うん」
「亜人国産の香草」
「うん」
「こちらは南方の果物ですね」
「そうだな」
「この肉は……」
クラウディアが言葉を止める。
「かなり高価なものですね」
「まあな」
セラフィーナがヴィットリオを見る。
「……いくら使ったの?」
「飯の前に金の話をするな」
「あなたが言う!?」
レオノーラが笑いを堪える。
「今日は本当に特別なのね」
「当たり前だろ」
ヴィットリオはヴァルガスの前に料理を置く。
「義父さん、こっち食ってみろ。酒に合う」
「ほう」
次にエレノアの前へ別の料理を置く。
「義母さんはこっちだ。前に好きだって言ってただろ」
「覚えていたの?」
「そりゃ覚えてる」
クラウディアがヴィットリオを見る。
普段なら、他人の好みなどいちいち覚えているような男ではない。
それなのに。
魔王夫妻の好みだけは、きちんと把握している。
「……」
クラウディアは何も言わなかった。
セラフィーナが小声でレオノーラへ話しかける。
「ねえ」
「何?」
「私たちの時と全然違わない?」
「……そうね」
「私たちには駄賃渡して働かせたくせに」
「それは言わない方がいいと思うわ」
「でも事実じゃない」
「事実だけど」
ヴィットリオが振り返る。
「何こそこそ話してんだ?」
「何でもない!」
セラフィーナが即答する。
「そうか」
ヴィットリオはそれ以上聞かなかった。
そして食事が始まる。
料理はどれも一流だった。
魔王国では普段食べることのできない食材。
それを最高級の料理人が調理している。
ヴァルガスは料理を口に運び、ゆっくりと頷いた。
「……美味いな」
「だろ?」
ヴィットリオが嬉しそうに笑う。
「たまにはこういうのもいい」
「そうだな」
エレノアも料理を味わう。
「本当に美味しいわ」
「ならよかった」
ヴィットリオはそれ以上、自分がどれだけ金を使ったかなど話さなかった。
むしろ料理人へ目を向ける。
「次、義母さんの料理を先に出せ」
「はい」
「義父さんには酒を」
「かしこまりました」
「レオノーラには――」
「私たちのことまで覚えてるの?」
レオノーラが少し驚く。
「一緒に来てんだから当然だろ」
「ふふ」
レオノーラが笑う。
セラフィーナも料理を口にする。
「……美味しい」
「そうか」
「悔しいけど認める」
「何が悔しいんだ?」
「あなたがこういうことできるのがよ」
「俺だってやる時はやるぞ」
「普段からやりなさいよ」
「面倒だ」
「ほら!」
セラフィーナが叫び、レオノーラが笑う。
その横でクラウディアは静かに食事をしていた。
やがて。
「そういえば」
ヴィットリオが部下へ合図する。
「贈り物を持ってこい」
「はい」
部下が箱を運んでくる。
まず、ヴァルガスの前へ。
箱が開く。
中には古竜の頭骨。
金と宝石で装飾された、巨大な頭骨だった。
「……これは」
ヴァルガスが目を見開く。
「古竜の頭骨だ」
ヴィットリオはいつもの口調で説明する。
「こいつに付いてた金と宝石も使ってある」
「見事だな……」
「義父さんの部屋にでも置いてくれ」
「本当に貰っていいのか?」
「ああ」
「これは相当な価値だろう」
「まあな」
ヴィットリオは笑う。
「でも、俺が贈りたかったんだ。気にすんな」
次にエレノアへ。
古竜の骨を加工した装飾品。
金と宝石が上品にあしらわれている。
「これは義母さんに」
「まあ……」
エレノアが手に取る。
「素敵ね」
「だろ?」
「高価でしょうに」
「値段の話はいい」
ヴィットリオは手を振る。
「気に入ったなら、それでいい」
エレノアはしばらく装飾品を見つめる。
そして微笑んだ。
「ありがとう、ヴィットリオ」
「おう」
短い返事。
だが、その顔には満足げな笑みが浮かんでいた。
レオノーラがそれを見ながら、ぽつりと言う。
「……本当に、お父様とお母様には丁寧ね」
「何だよ」
「別に」
「言いたいことがあるなら言え」
「普段のあなたを知っていると、少し面白いなと思って」
「失礼だな」
セラフィーナも笑う。
「でも、私もそう思う」
「お前らな……」
クラウディアが静かに口を挟む。
「別に不思議ではないでしょう」
「クラウディア?」
「ヴィットリオは、私の父と母を大切にしていますから」
ヴィットリオが少しだけ目を逸らした。
「……まあな」
「だったら、もっと普段からそういう態度を見せればいいのに」
「嫌だ」
「なぜです?」
「恥ずかしいだろ」
「……」
三姉妹が揃って黙った。
ヴァルガスとエレノアが顔を見合わせる。
そして、エレノアが小さく笑った。
「あなたも、意外と可愛いところがあるのね」
「やめろ、義母さん」
ヴィットリオが少し困ったように顔をしかめる。
その様子を見て、食卓に笑い声が広がった。
普段は国のために贅沢を避ける魔王夫妻。
普段は金を惜しまず使うことなどほとんどない二人の娘たち。
そして――。
普段は金に異常な執着を見せる男。
そんな者たちが、一つの食卓を囲んでいた。
料理が運ばれる。
酒が注がれる。
会話が続く。
ヴィットリオは相変わらずぶっきらぼうだった。
言葉遣いも変わらない。
だが、ヴァルガスの酒が空になればすぐに気づき、エレノアの料理が冷めそうになれば料理人へ声をかける。
レオノーラとセラフィーナにも料理を取り分け、クラウディアには何も言わずとも彼女の好物を自然に前へ置く。
それをいちいち恩着せがましく語ることもしない。
ただ、やる。
それだけだった。
ヴァルガスはそんなヴィットリオを眺めながら、静かに酒を飲んだ。
「……良い婿を持ったものだな」
小さな声だった。
エレノアが笑う。
「ええ」
クラウディアは聞こえないふりをした。
ヴィットリオだけが気づいた。
「何だ?」
「何でもない」
クラウディアが答える。
「そうか」
ヴィットリオは酒を一口飲んだ。
そして、満足そうに笑った。