第十四話 古竜が生んだ二年分の利益
それから、さらに数週間が過ぎた。
ヴィットリオ・ヴァレンティアの組織、その本拠地。
巨大な邸宅と商館を兼ねた建物の一角には、組織が経営する高級レストランがある。
表向きには王都でも指折りの名店。
人間の貴族も、魔族の富裕層も、亜人の商人も利用する。
だが、その地下から上階までを含めた建物全体が、ヴィットリオの組織にとって重要な拠点だった。
その最上階にある私室。
ヴィットリオはソファに身体を沈め、葉巻を片手に酒を飲んでいた。
テーブルには酒と、厨房から運ばせた高級なつまみ。
「……うまい」
肉を一切れ口へ放り込み、酒で流し込む。
古竜との戦いからしばらく経った。
大量に回収された鱗、金、宝石、骨、爪、牙。
それらはすでに各方面へ流され始めている。
だが。
ヴィットリオ本人は細かな売買には興味がない。
金額だけ分かれば十分だった。
だからこそ。
この男が呼ばれていた。
扉が開く。
「失礼いたします、ヴィットリオ様」
入ってきたのは、一人の男だった。
痩せている。
異様なほど痩せている。
頬はこけ、長い指にはいくつもの指輪。
片眼鏡を掛け、仕立ての良い服を着ている。
何より印象的なのは、その笑顔だった。
口元だけが、妙に楽しそうに歪んでいる。
「おう」
ヴィットリオは顔を上げる。
「来たか」
「はい」
男は恭しく頭を下げた。
彼は組織の流通と販売を統括する男。
古竜から得られた品々が、どこへ、いくらで、誰に売られたのか。
その全てを把握している。
「酒を飲みながら聞く」
「もちろんでございます」
男は向かいへ座った。
そして手元の書類を開く。
「それでは、ご報告いたします」
「おう」
「古竜から得られた素材の販売についてですが――」
男の笑みが深くなる。
「大成功でございます」
「どれくらいだ?」
「まず、鱗」
ページをめくる。
「魔術具の素材、武具の素材、装飾品などとして各国へ分散して販売しました」
「金になるのは分かってる」
「はい」
「次」
「爪、牙、骨」
「それも売った」
「ええ。特に牙は――」
男は思い出しただけで愉快そうに肩を震わせた。
「王侯貴族向けの装飾品として、とんでもない値段になりました」
「へえ」
「古竜の牙を使った品など、そう簡単には手に入りませんから」
「だろうな」
ヴィットリオは酒を飲む。
「で、一番儲かったのは?」
「……それがですね」
男が片眼鏡を押し上げる。
「ございます」
その顔には、明らかな愉悦が浮かんでいた。
「古竜の血を使った商品です」
「血か」
「はい」
古竜の血。
それ自体が極めて希少な品だった。
ほんの僅かな量でも、通常の魔獣の血とは比較にならない価値を持つ。
「古竜の血を使った霊薬として売り出しました」
「それで?」
「これが――」
男はそこで一度言葉を切った。
「馬鹿みたいに売れました」
ヴィットリオの眉が上がる。
「そんなにか?」
「ええ」
男は堪えきれないように笑った。
「人間にも、亜人にも、魔族にも売りました」
「客は選ばなかったのか?」
「高く買う者に売る。それだけでございます」
実にヴィットリオの組織らしい答えだった。
「身分も種族も関係ありません」
男は楽しそうに続ける。
「金を積んだ者から順番に売る」
「いいな」
「しかも――」
男の笑みがさらに不気味になる。
「中には、組織が以前から扱っていた薬物を加工したものを含む商品もございました」
ヴィットリオがニヤリと笑う。
「……なるほどな」
「もちろん、表向きはあくまで霊薬です」
「客は古竜の血に金を払ってるつもりか」
「ええ」
男は頷く。
「古竜の血という希少性。そして霊薬としての評判。それだけでも十分な商品価値がございます」
「そこへ組織の商品まで絡めた」
「はい」
男は声を潜める。
「一度購入した客の中には、効果が切れた後に再び欲しがる者も出ました」
「……」
「自分でも理由が分からないまま、また買い求める者もいる」
男の顔には、商人というより獲物を見つけた捕食者のような笑みが浮かんでいた。
「そうして何度も買う」
「金を落とす」
「ええ」
ヴィットリオはしばらく黙っていた。
そして。
「……最高だな」
男とヴィットリオ。
二人の視線が合う。
「古竜一匹でどれだけ儲かった?」
「全部合わせまして――」
男が書類を一枚めくる。
「組織の通常売上、およそ二年分に相当いたします」
「……」
ヴィットリオが酒杯を止めた。
「二年?」
「二年分です」
「一匹で?」
「一匹でございます」
「……」
数秒の沈黙。
そして。
「はは」
ヴィットリオが笑った。
「ははははは!」
男も笑う。
「まったく、とんでもない獲物でございました」
「古竜ってのは凄えな」
「ええ」
「殺して終わりじゃねえ」
ヴィットリオは酒を飲む。
「死んだ後まで金を生む」
「まさに」
男は深々と頭を下げる。
「最高の資産でございます」
ヴィットリオは満足そうに葉巻を燻らせた。
そして、ふと思い出す。
古竜の心臓。
すでに自分の身体へ取り込んだ七つ目の心臓。
無尽蔵とも思える体力。
異常な再生力。
そして、以前よりさらに増した身体能力。
「……」
口元が歪む。
「次は何匹捕まえるかな」
男が顔を上げる。
「……?」
「いや」
ヴィットリオは笑った。
「独り言だ」
そう言って、また酒を飲む。
テーブルの上には、古竜によって生まれた莫大な利益を記した書類。
そしてその横には――。
まだ売り切れていない、古竜由来の素材の一覧が山のように積まれていた。
ヴィットリオはそれを眺めながら、満足そうに葉巻をふかした。
「……古竜」
その言葉だけで、口元がまた吊り上がる。
「いい獲物だったな」
金を生み。
力を与え。
そして死んだ後ですら、莫大な利益を残す。
ヴィットリオにとって古竜とは。
まさに――。
最高級の金のなる木だった。