※この作品はR-18です。

異世界マフィア   作:山門門山

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第14話古竜の収支

第十四話 古竜の収支

 

 それから、さらに数週間が過ぎた。

 

 魔王国のとある一角。

 

 そこには、ヴィットリオ・ヴァレンティアが所有する巨大な建物があった。

 

 組織の本拠地。

 

 倉庫。

 

 事務所。

 

 商談室。

 

 そして――巨大な高級レストラン。

 

 表向きには、魔族の富裕層を中心とした客を相手にする一流店。

 

 裏では、ヴィットリオの組織が手掛ける様々な商売を動かす巨大な拠点でもある。

 

 夜。

 

 その最上階にある私室では、ヴィットリオが一人、ソファに深々と身体を預けていた。

 

「……」

 

 片手には酒杯。

 

 もう片方の手には、肉を燻製にしたつまみ。

 

 酒を一口。

 

 肉を一切れ。

 

 そして、また酒。

 

「うまい」

 

 それだけ呟くと、ヴィットリオは満足そうに背もたれへ身体を預けた。

 

 テーブルの上には、今日仕入れたばかりの高級な酒と料理が並んでいる。

 

 そのどれもが、魔王国では簡単には手に入らないものだった。

 

 人間の国から仕入れた食材。

 

 亜人の国から運ばせた珍味。

 

 遠方から取り寄せた酒。

 

 ヴィットリオにとっては、もはや日常の光景だった。

 

 しばらくして。

 

 扉が三度、軽く叩かれた。

 

「入れ」

 

「失礼しますよ、親分」

 

 入ってきた男は、見るからに胡散臭かった。

 

 細身。

 

 痩せこけた頬。

 

 整えられた髭。

 

 そして片眼鏡。

 

 黒い服をきっちり着こなし、口元には常に薄気味悪い笑みを浮かべている。

 

 初対面の人間が見れば、十人中十人が悪党だと答えるような男だった。

 

 彼は組織の流通と販売を一手に統括する幹部である。

 

 ヴィットリオとは付き合いが長い。

 

 そのため、他の部下なら多少遠慮するような場面でも、この男だけは平然と口を挟む。

 

「何だ?」

 

「古竜の件ですよ」

 

「おう」

 

 ヴィットリオは酒杯を傾けた。

 

「売れたか?」

 

「売れましたとも」

 

 男は笑った。

 

 それは実に楽しそうな笑顔だった。

 

「もう笑いが止まりませんよ」

 

「どれくらいだ?」

 

「まず結論から申し上げますと――」

 

 男は持っていた書類を机へ置いた。

 

「今回の古竜から得られた利益だけで、我々の組織がこれまで一年や二年かけて稼いできた金額を軽々と上回りました」

 

「ほう」

 

「正確には、組織全体の通常の売上に換算して、おおよそ二年分に相当します」

 

 ヴィットリオの眉が上がる。

 

「二年?」

 

「二年です」

 

 男は嬉しそうに頷いた。

 

「いやぁ……古竜というのは素晴らしいですね」

 

「俺もそう思う」

 

「親分」

 

「何だ?」

 

「次からは殺さないでください」

 

「……」

 

 ヴィットリオが男を見る。

 

 男は片眼鏡を指で押し上げた。

 

「せっかくの古竜ですよ?」

 

「殺したのは俺だぞ」

 

「ええ、存じております」

 

「じゃあ文句言うな」

 

「文句は言いますよ」

 

 男は悪びれもせず笑った。

 

「私、金の話になると人間が変わるんです」

 

「普段から変わってるだろ」

 

「それは酷い」

 

 男は肩をすくめる。

 

「ですが、本当に惜しいことをしました」

 

「何がだ?」

 

「古竜を殺さず、無力化して飼っておけばよかったんですよ」

 

「……」

 

「血は採れる。鱗も採れる。爪も採れる。定期的に生え変わるものもある。場合によっては肉だって……」

 

「食うのか?」

 

「売るんですよ」

 

「そうか」

 

「しかも生きている古竜なら、何年でも採取できます」

 

 男は両手を広げた。

 

「つまり、親分があの場で古竜を殺さなければ、我々は未来永劫、古竜から金を搾り取れたわけです」

 

「未来永劫って」

 

「比喩です」

 

「そうか」

 

「まあ、百年くらいなら現実的でしょう」

 

「長えよ」

 

「だから惜しいんですよ」

 

 男は心底残念そうな顔をした。

 

「……」

 

 ヴィットリオは酒を飲む。

 

「でも心臓は取れただろ」

 

「心臓?」

 

「ああ」

 

 ヴィットリオは自分の胸を指で叩く。

 

「もう六つ取り込んでたが、あれで七つ目だ」

 

「そうでしたね」

 

「俺がさらに強くなった」

 

「ええ」

 

 男は頷いた。

 

「それはそれで結構なことです」

 

「だろ?」

 

「ですが――」

 

 男の笑みが深くなる。

 

「もう心臓はいらないでしょう?」

 

「……」

 

「親分」

 

 男は真顔になった。

 

「七つも食べたんですよ?」

 

「食べたって言うな」

 

「取り込んだ」

 

「そうだ」

 

「なら、もう十分でしょう」

 

「そうか?」

 

「十分です」

 

 男は即答した。

 

「むしろ、それ以上強くなってどうするんです?」

 

「知らん」

 

「ですよね」

 

「強くなるなら欲しいだろ」

 

「親分らしいですねえ」

 

 男は笑う。

 

「しかし、私は金が欲しい」

 

「お前もか」

 

「私ほど金に正直な人間はいませんよ」

 

「自慢することか?」

 

「当然です」

 

 男は書類をめくった。

 

「それで、今回の古竜ですが」

 

「おう」

 

「最も高値で売れたものが何だと思います?」

 

「鱗か?」

 

「違います」

 

「爪?」

 

「違います」

 

「牙?」

 

「それも違います」

 

「じゃあ金か?」

 

「それでもありません」

 

 男は、待っていましたと言わんばかりに笑った。

 

「血です」

 

「血?」

 

「ええ」

 

 男は書類を一枚、ヴィットリオの前へ差し出した。

 

「古竜の血そのものにも相当な価値がありましたが、それを我々が扱っている危険な薬物の成分と組み合わせ、液状の霊薬として仕立てたものが、とんでもない値段で売れましてね」

 

 ヴィットリオが書類を見る。

 

「そんなにか?」

 

「ええ」

 

 男は笑いを堪えきれない様子だった。

 

「古竜の血による強烈な効果に加え、我々の組織が扱っている薬物由来の作用が加わったことで、使用者が強い快楽や欲求を覚える危険な品になりました」

 

「つまり?」

 

「一度使った客が、また欲しがる」

 

「なるほど」

 

「それも無意識に欲しくなってしまうほどに」

 

 男は口元を歪める。

 

「効果だけでなく、依存性まで備えてしまった。おかげで買い手は値段などほとんど気にしませんでした」

 

「いくらだ?」

 

「それはもう――」

 

 男が数字を告げる。

 

 ヴィットリオが黙る。

 

「……」

 

「……」

 

「……マジか?」

 

「マジです」

 

「一瓶?」

 

「一瓶です」

 

「それで?」

 

「その値段です」

 

 ヴィットリオはしばらく黙った。

 

 そして。

 

「……もっと売れ」

 

「もちろんです」

 

 男の笑みが一段深くなる。

 

「ただし、これ以上の製造や販売については、こちらでも慎重に管理します」

 

「任せる」

 

「ええ。金になる限り、私は慎重です」

 

「金にならなくなったら?」

 

「知りません」

 

「おい」

 

「冗談ですよ」

 

 男は楽しそうに笑った。

 

「ともかく、古竜一体でこの有様です」

 

 書類を閉じる。

 

「人間にも売りました」

 

「ほう」

 

「亜人にも」

 

「ほう」

 

「もちろん魔族にも」

 

「値段は?」

 

「相手によって変えています」

 

「さすがだな」

 

「当然でしょう」

 

 男は胸を張った。

 

「人間だから安くする、魔族だから高くする、などというくだらないことはしません」

 

「じゃあ何で決める?」

 

「一番高い値段を出した奴に売る」

 

「いい商売だ」

 

「でしょう?」

 

 ヴィットリオは満足げに笑った。

 

「俺はお前を買ってよかったよ」

 

「ありがとうございます」

 

「最初から金の臭いしかしなかったけどな」

 

「それは褒め言葉として受け取っておきます」

 

 男は一礼する。

 

「それでは、報告は以上で」

 

「おう」

 

 男が扉へ向かう。

 

 そして、ふと振り返った。

 

「ああ、そうそう」

 

「何だ?」

 

「次に古竜を見つけた場合ですが」

 

「うん」

 

「殺す前に、ぜひ私へ相談してください」

 

「……」

 

「飼う価値があるか、計算しますので」

 

「分かった」

 

「それから」

 

「まだあるのか?」

 

「古竜を飼う場合、飼育費は親分持ちですからね」

 

「……」

 

「餌代も、檻も、管理費も、全部です」

 

「お前、本当に金の亡者だな」

 

「親分にだけは言われたくありません」

 

 男は笑いながら部屋を出ていった。

 

 扉が閉まる。

 

 ヴィットリオはしばらく無言だった。

 

「……古竜を飼う、か」

 

 少し考える。

 

「面倒くせえな」

 

 そして酒を飲む。

 

「殺した方が早い」

 

 結論は早かった。

 

     ◆

 

 それから数日後。

 

 組織の本拠地では、珍しく大規模な宴会が開かれていた。

 

 理由は単純。

 

 金が入ったからだ。

 

 ヴィットリオは、儲かった時には妙に気前がいい。

 

 普段から部下に対して暴君そのものの態度を取る男ではあるが、自分の組織が大きな利益を上げた時だけは、その利益を独占しようとはしない。

 

 むしろ――。

 

「今日は好きに飲め!」

 

 巨大なホールの中央。

 

 ヴィットリオが酒杯を掲げる。

 

「食いたい奴は食え!」

 

 テーブルには大量の料理が並んでいた。

 

 肉。

 

 魚。

 

 野菜。

 

 果物。

 

 人間の国から取り寄せた高級食材。

 

 亜人の国から仕入れた珍味。

 

 魔王国では滅多に見られない品々まで、惜しげもなく並べられている。

 

「今日は俺が全部払う!」

 

「親分!」

 

「ありがとうございます!」

 

「飲め!」

 

 歓声が上がる。

 

 酒が注がれる。

 

 料理が運ばれる。

 

 普段なら仕事中に無駄話一つ許されないような部下たちまで、この日ばかりは大声で笑っていた。

 

 ヴィットリオ自身も上機嫌だった。

 

 酒を飲み。

 

 肉を食い。

 

 笑う。

 

 その隣には、先日の流通・販売統括もいる。

 

「いやあ、親分」

 

「何だ?」

 

「本当に景気がいいですねえ」

 

「儲かったからな」

 

「古竜様様です」

 

「そうだな」

 

「……次からは生け捕りにしましょう」

 

「まだ言ってるのか」

 

「当然でしょう」

 

 男は片眼鏡を押し上げる。

 

「私、まだ諦めてませんから」

 

「しつこいな」

 

「金のためなら何度でも言います」

 

「お前らしいよ」

 

 ヴィットリオは笑った。

 

 そして宴会が十分に盛り上がったところで――。

 

 ヴィットリオが立ち上がった。

 

「お前ら」

 

 ざわめきが止まる。

 

「今日はもう一つある」

 

 部下たちが顔を見合わせる。

 

 ヴィットリオは大きな袋を持ち上げた。

 

 ずしり。

 

「……?」

 

「今回の古竜で、組織がどれだけ儲かったかは聞いてるな?」

 

「はい!」

 

「なら――」

 

 ヴィットリオは袋を開いた。

 

 中から大量の金貨が姿を現した。

 

「臨時ボーナスだ」

 

 一瞬。

 

 誰も言葉を発さなかった。

 

「……え?」

 

「今回の儲けの一部を、お前らに配る」

 

「親分……」

 

「全員だ」

 

 どよめきが広がる。

 

「一人残らず持っていけ」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

 ヴィットリオは笑った。

 

「今回の利益の、おおよそ一割だ」

 

「一割!?」

 

 会場が爆発した。

 

 歓声。

 

 驚き。

 

 笑い声。

 

 誰かが酒杯を落とした。

 

「親分!」

 

「ありがとうございます!」

 

「一生ついていきます!」

 

「働け」

 

「はい!」

 

「死ぬほど働け」

 

「はい!」

 

「でも死ぬなよ」

 

「はい!」

 

 ヴィットリオは満足そうに笑った。

 

 そして一人ずつ。

 

 本当に一人ずつ、名前を呼んで金を渡していく。

 

「お前」

 

「はい!」

 

「持ってけ」

 

「ありがとうございます!」

 

「お前も」

 

「ありがとうございます!」

 

「次」

 

 普段なら冷酷な命令を飛ばす男が、この時ばかりは妙に機嫌よく笑っている。

 

 部下たちも、それを知っている。

 

 ヴィットリオは金に汚い。

 

 利益には異常なほど執着する。

 

 だが――。

 

 自分のために働いた者間で、利益を抱え込む男でもない。

 

 稼げば稼ぐほど、部下にも金を回す。

 

 だからこそ。

 

 彼らはこの暴君についてきている。

 

「ほら」

 

 最後の一人へ金貨を渡す。

 

「お前も持ってけ」

 

「ありがとうございます、親分!」

 

「今回の仕事はよくやった」

 

「……!」

 

 男が深く頭を下げる。

 

「身に余るお言葉です」

 

「堅苦しいな」

 

 ヴィットリオは笑う。

 

「今日は飲め」

 

「はい!」

 

 宴会はさらに盛り上がった。

 

 誰もが金貨を手にして笑っている。

 

 ヴィットリオも酒を飲みながら、その光景を眺めていた。

 

「……」

 

 ふと、テーブルの上に置かれた酒瓶を見る。

 

 古竜。

 

 あれ一体で、これほどの金が生まれた。

 

 そして自分自身も、七つ目の古竜の心臓を取り込んだ。

 

 力も手に入れた。

 

 金も手に入れた。

 

 部下も喜んでいる。

 

「……悪くねえな」

 

 ヴィットリオは酒杯を傾ける。

 

 その顔には、満足げな笑みが浮かんでいた。

 

 その少し離れた場所では――。

 

「次に古竜を見つけたら絶対に生け捕りにしてもらいましょう」

 

 片眼鏡の統括が、誰に言うでもなく呟いていた。

 

「血だけであれだけ儲かるんですからねえ……」

 

 その顔にもまた。

 

 ヴィットリオとは別種の、非常に邪悪な笑みが浮かんでいた。

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