※この作品はR-18です。

異世界マフィア   作:山門門山

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第十五話 羨望と嫉妬の噂

第十五話 羨望と嫉妬の噂

 

 魔王国。

 

 その国は、決して豊かな国ではない。

 

 魔力と魔石。

 

 魔法技術。

 

 武器や軍事技術。

 

 そうしたものについては、他国を圧倒するほどの力を持っている。

 

 だが――食料となると話は別だった。

 

 広大な農地を持つ人間の国。

 

 豊かな森林と自然の恵みに囲まれた亜人の国。

 

 そのどちらと比べても、魔王国の食料事情は厳しい。

 

 気候。

 

 土地。

 

 農業に適した平野の少なさ。

 

 様々な要因が重なり、国内で生産できる食料には限界がある。

 

 そのため、魔王国では人間や亜人の国から食料を輸入している。

 

 当然、輸送費もかかる。

 

 関税もかかる。

 

 そもそも相手国からすれば、魔王国へ食料を売ることは貴重な外貨を得る機会だ。

 

 安く売る理由などない。

 

 結果として――。

 

 魔王国では食料品そのものが高価だった。

 

 特に他国でしか採れない高級食材など、一般の魔族にとっては一生縁のない品も少なくない。

 

 そんな国で。

 

 最近、妙な噂が広がっていた。

 

 ――ヴィットリオ・ヴァレンティアという男は、一体どんな生活をしているのか。

 

 始まりは、ごく小さな噂だった。

 

「人間の国から高級食材を大量に仕入れているらしい」

 

「亜人の国からも珍しい食材を取り寄せているそうだ」

 

「一流の料理人を何人も抱えているらしい」

 

「酒も他国の高級品ばかりだとか」

 

 最初は誰も信じなかった。

 

 だが、噂は消えなかった。

 

 むしろ――。

 

 どんどん大きくなっていった。

 

「古竜を倒したらしい」

 

「古竜の素材を売って、とんでもない金を得たそうだ」

 

「組織の連中全員に大金を配ったらしいぞ」

 

「一人ずつ?」

 

「一人ずつだ」

 

「馬鹿じゃないのか?」

 

「だが、それだけ金を持ってるってことだろ」

 

「その金で何をしてる?」

 

「毎晩、高級料理を食ってるらしい」

 

「……」

 

「しかも人間や亜人の国から取り寄せた食材で」

 

「…………」

 

 そこから先は、魔族の間でも意見が分かれた。

 

 羨ましい。

 

 呆れる。

 

 腹が立つ。

 

 自分たちが食料を節約しながら生活している横で、他国から高価な食材を大量に取り寄せている男がいる。

 

 しかも、その男が魔王家と親しい。

 

 魔王の娘たちと食事をしている。

 

 そのうえ、魔王夫妻へ他国の高級食材を使った料理を振る舞ったという噂まで流れている。

 

 当然。

 

 話題にならないはずがなかった。

 

 そして――。

 

 王城の一室。

 

 そこでは、三人の王女が茶会を開いていた。

 

 レオノーラ。

 

 セラフィーナ。

 

 そして三女のクラウディア。

 

 三人の前には、それぞれ紅茶の入ったカップが置かれている。

 

 菓子もある。

 

 だが、豪華絢爛というほどではない。

 

 魔王家といえど、普段から贅沢をするわけではない。

 

 国民の生活が苦しい時に、王族だけが贅沢をすることを三人の両親は好まなかった。

 

 そして三姉妹も、その考えを幼い頃から理解していた。

 

 そんな中。

 

 レオノーラがカップを置いた。

 

「……最近、変な噂が広がっているわね」

 

 セラフィーナが苦笑する。

 

「ヴィットリオのことでしょう?」

 

「ええ」

 

 クラウディアは静かに紅茶を飲んでいた。

 

「かなり広がっていますね」

 

「かなりどころじゃないわよ」

 

 セラフィーナがため息をつく。

 

「魔術研究院でも、最近そればっかりよ」

 

「そうなの?」

 

 レオノーラが聞く。

 

「ええ」

 

 セラフィーナは腕を組んだ。

 

「古竜を倒しただの、古竜の素材を大量に売っただの、毎晩のように高級料理を食べてるだの……」

 

「事実ではあるわね」

 

「そうなのよ」

 

 セラフィーナは頭を抱えた。

 

「だから余計に困るのよ」

 

「なぜ?」

 

「噂に尾ひれがついてるの」

 

 セラフィーナは指を一本立てた。

 

「最初は『古竜を倒した』」

 

 もう一本。

 

「次に『古竜の素材で大儲けした』」

 

 さらに一本。

 

「それがいつの間にか『古竜一匹で国庫を上回る金を手に入れた』になって」

 

「……それはさすがに違うでしょう」

 

 レオノーラが苦笑する。

 

「最後には『ヴィットリオは毎日金貨を食べている』とか言い出してる奴までいたわ」

 

「それは食べられませんね」

 

 クラウディアが真顔で言う。

 

「そこ?」

 

「重要ではありませんか?」

 

「そこじゃないわよ」

 

 セラフィーナが呆れる。

 

 レオノーラは小さく笑った。

 

「でも、それだけ噂が広がっているということね」

 

「ええ」

 

 セラフィーナは紅茶を一口飲む。

 

「しかも、ただの噂で終わってない」

 

「というと?」

 

 クラウディアが尋ねる。

 

「魔術研究院から、正式に問題視するべきではないかという声が出てる」

 

「……」

 

 クラウディアの表情が少し変わる。

 

「理由は?」

 

「主に二つ」

 

 セラフィーナが指を二本立てる。

 

「一つ目は、古竜の素材を大量に持っていること」

 

「二つ目は?」

 

「新型魔導鎧の件」

 

 クラウディアが頷く。

 

「なるほど」

 

「研究院としては、あれをどこから手に入れたのか、どう扱っているのか、詳しく調べたいらしいわ」

 

「それは研究者として当然でしょうね」

 

「でも、それだけじゃないの」

 

 セラフィーナの表情が曇る。

 

「『あれだけの財力を持つ組織を野放しにしていいのか』って話まで出てる」

 

「……」

 

 レオノーラも黙った。

 

「軍部からも似たような話が出ているわ」

 

 今度はレオノーラが口を開いた。

 

「軍部から?」

 

「ええ」

 

 レオノーラはカップへ視線を落とした。

 

「軍の中には、ヴィットリオを警戒する声がある」

 

「やっぱり?」

 

「当然でしょうね」

 

 レオノーラは淡々と話す。

 

「強大な戦闘能力を持っている」

 

「組織を持っている」

 

「他国との商売にも手を広げている」

 

「そして、今や古竜の素材まで大量に保有している」

 

 レオノーラは一度言葉を切った。

 

「軍人からすれば、警戒するなという方が難しいでしょう」

 

「……」

 

「それに」

 

 レオノーラが少しだけ眉を寄せる。

 

「嫉妬もあると思うわ」

 

 セラフィーナが頷く。

 

「私もそう思う」

 

「軍部でも?」

 

「ええ」

 

 レオノーラは苦笑した。

 

「軍人の中には、長年国のために働いているのに、ヴィットリオが突然現れて莫大な財を手にしたことを面白く思わない者もいる」

 

「それはまあ……」

 

 セラフィーナが言葉を濁す。

 

「気持ちは分からなくもないけど」

 

「分かる?」

 

「私だって、毎日食べるものを気にしてる横で、あいつが人間の国の最高級品を山ほど食べてるって聞いたら、ちょっと腹立つもの」

 

「あなた、本人と一緒に食事したでしょう」

 

「それとこれとは別!」

 

「そう?」

 

「別よ!」

 

 セラフィーナが即答した。

 

「それに、あいつの場合――」

 

 セラフィーナは少し考えた。

 

「金の使い方が派手すぎるのよ」

 

「確かに」

 

 レオノーラも頷く。

 

「自分で稼いだ金を使っているだけなのだけれどね」

 

「それがまた余計に腹立つのよ」

 

「なぜ?」

 

「だって、正論で文句を言えないじゃない」

 

「なるほど」

 

 クラウディアが静かに頷いた。

 

「それは確かに厄介ですね」

 

「でしょう?」

 

 セラフィーナはため息をつく。

 

「しかも、本人は本人で全然気にしてないでしょうね」

 

「気にしていないでしょうね」

 

 レオノーラも苦笑する。

 

「むしろ『儲かったんだから使って何が悪い』と言いそうだわ」

 

「言うでしょうね」

 

 三人の意見が一致した。

 

 しばらく沈黙が流れる。

 

 やがて。

 

 クラウディアが紅茶を置いた。

 

「ただ――」

 

 二人がクラウディアを見る。

 

「噂という意味では、少し興味深いことがあります」

 

「何?」

 

 セラフィーナが尋ねる。

 

 クラウディアは眼鏡を押し上げた。

 

「その噂を聞いて、ヴィットリオのところへ行っている人間がいるようです」

 

「……客?」

 

「ええ」

 

「商人?」

 

「それもいます」

 

「じゃあ、誰なの?」

 

 クラウディアは一拍置いた。

 

「巡礼者です」

 

「……巡礼者?」

 

 レオノーラが聞き返す。

 

「はい」

 

 クラウディアは頷いた。

 

「噂を聞いた巡礼者が、今、ヴィットリオのところにいると聞いています」

 

 セラフィーナが目を瞬かせる。

 

「なんで巡礼者が?」

 

「それは私にも分かりません」

 

「……」

 

「ただ」

 

 クラウディアは少しだけ考える。

 

「ヴィットリオの組織が、他国の食材や酒を扱い、高級な料理を提供しているという噂と――」

 

 そこで言葉を切る。

 

「巡礼者が彼のもとへ集まっているという話」

 

 三姉妹の間に、妙な沈黙が落ちた。

 

「……何か嫌な予感がするわ」

 

 セラフィーナが呟く。

 

 レオノーラも同じことを考えているようだった。

 

「私もよ」

 

 クラウディアだけが、静かに紅茶を飲んでいた。

 

「いずれにせよ」

 

 彼女は淡々と言った。

 

「一度、様子を見た方がよさそうですね」

 

 その頃――。

 

 当のヴィットリオは。

 

 国中で自分への羨望と嫉妬が渦巻いていることなど、まったく知らず。

 

 自分の店の奥で酒を飲んでいた。

 

 そして、そのすぐ近くには。

 

 ヴィットリオの名前を聞きつけ、何かを求めて訪れた巡礼者たちがいた。

 

 本人だけが――。

 

 まだ、そのことを知らなかった。

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