※この作品はR-18です。

異世界マフィア   作:山門門山

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第二話 王女達の朝

第二話 王女たちの朝

 

 魔王城、東棟。

 

 朝の光が大きな窓から差し込み、薄暗かった談話室をゆっくりと照らしていた。

 

 長いテーブルには焼きたてのパン、果物、温かなスープ、それから三人分の紅茶が並んでいる。

 

「……ねえ」

 

 パンを齧っていた次女が、ふと思い出したように口を開いた。

 

「何かしら?」

 

 向かいに座る長女、レオノーラ・グラディウスが顔を上げる。

 

「この前、クラウディアの旦那が女を三人も連れ込んでたって、侍女たちが話してたんだけど」

 

「まあ」

 

 レオノーラが少し驚いた顔をする。

 

「三人?」

 

「三人」

 

「それは……多いわね」

 

「でしょ?」

 

 次女は隣を見る。

 

 そこには三女、クラウディア・グラディウスが座っていた。

 

 黒髪をバレッタで留め、眼鏡を掛けた彼女は、何事もなかったかのように朝食を食べている。

 

「……」

 

「クラウディア」

 

「何ですか?」

 

「その話、本当?」

 

「何の話でしょう」

 

「ヴィットリオ・ヴァレンティアが女を三人連れ込んだって話」

 

「……」

 

 クラウディアのナイフが止まった。

 

 ほんの一瞬だった。

 

「事実です」

 

「やっぱり」

 

 次女が呆れた顔をする。

 

「何とも思わないの?」

 

「不愉快ではあります」

 

「やっぱり!」

 

「ですが、問題にするほどではありません」

 

「何でよ?」

 

「仕事に支障がありませんから」

 

「……」

 

 次女が眉を寄せる。

 

「そういう問題?」

 

「私にとってはそうです」

 

 クラウディアは何事もなかったように食事を続ける。

 

 レオノーラが少し困ったように笑った。

 

「でも、三人は少し多いんじゃない?」

 

「お姉様まで……」

 

「ごめんなさい」

 

 レオノーラは笑う。

 

「ただ、あなたが少し可哀想だと思っただけ」

 

「私は可哀想ではありません」

 

「そう?」

 

「はい」

 

 クラウディアは紅茶を飲む。

 

「ヴィットリオは元々そういう男です」

 

「結婚する前から?」

 

「ええ」

 

「それを知っていて結婚したの?」

 

「もちろん」

 

 次女が頭を抱えた。

 

「……やっぱり理解できない」

 

「理解する必要はありません」

 

「いや、姉妹なんだからちょっとくらい説明してよ」

 

「説明するほどのことでもありません」

 

「じゃあ聞くけど」

 

 次女は身を乗り出した。

 

「クラウディアは、あいつのこと好きなの?」

 

「……」

 

 クラウディアが止まる。

 

「夫ですから」

 

「それ答えになってない」

 

「そうですか?」

 

「そうよ!」

 

 レオノーラがくすくす笑った。

 

「クラウディア」

 

「はい、お姉様」

 

「結婚生活は楽しい?」

 

「……」

 

 クラウディアは少し考える。

 

「悪くありません」

 

「ほら!」

 

 次女が指を差す。

 

「絶対好きじゃない!」

 

「なぜそうなるのです?」

 

「だって『悪くない』って、好きな人に言う言葉じゃないでしょ!」

 

「では、何と言えば?」

 

「……」

 

 次女が詰まる。

 

「……知らない」

 

「でしょうね」

 

「腹立つ!」

 

 レオノーラは笑いながら紅茶を飲んだ。

 

「でも」

 

 レオノーラが言う。

 

「クラウディアが幸せなら、それでいいんじゃない?」

 

「……」

 

 クラウディアが姉を見る。

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

 次女は少し頬を膨らませた。

 

「私だって別に反対してるわけじゃないから」

 

「知っています」

 

「ただ、相手があいつだから心配なの」

 

「それも知っています」

 

「……」

 

「ありがとうございます」

 

「だから!」

 

 次女が顔を赤くする。

 

「いちいち素直に受け取らないでよ!」

 

 レオノーラが笑った。

 

「相変わらずね、セラフィーナ」

 

「お姉様まで!」

 

 次女――セラフィーナ・グラディウスは、むっとして腕を組んだ。

 

 そんな妹たちを見ながら、レオノーラは穏やかに笑っていた。

 

 三姉妹の中でも彼女は特に物静かだった。

 

 凛とした姿勢。

 

 腰まで伸びた黒髪。

 

 王女としての気品を備えながら、妹たちに向ける表情は柔らかい。

 

 その時だった。

 

 クラウディアが一枚の書類を取り出した。

 

「ところで」

 

「何?」

 

「昨日、ヴィットリオから報告がありました」

 

「また何かしたの?」

 

「エルディアから食料を確保したそうです」

 

「……」

 

 セラフィーナの顔が少し険しくなる。

 

「どのくらい?」

 

「小麦、豆、干し肉。それから家畜」

 

「結構な量ね」

 

 レオノーラが言う。

 

「ええ」

 

 クラウディアは書類を眺める。

 

「おかげで王都の食料価格を少し抑えられます」

 

「でも、それってエルディアから奪ってきたんでしょ?」

 

「はい」

 

「……」

 

「何か?」

 

「いや……」

 

 セラフィーナは言葉を探す。

 

「普通なら、悪いことだと思うんだけど」

 

「悪いことですよ」

 

「認めるんだ」

 

「法律上は」

 

 クラウディアは淡々と答えた。

 

「ですが、私は国家運営をしています」

 

「うん」

 

「善悪だけで判断する必要はありません」

 

 書類を机に置く。

 

「エルディアは食料が豊富です」

 

「そうね」

 

「グラディオスは食料が不足しています」

 

「うん」

 

「なら、敵国の食料を奪い、こちらへ回す」

 

 クラウディアは何でもないことのように言った。

 

「合理的です」

 

 レオノーラは黙って聞いている。

 

「それに」

 

 クラウディアが続ける。

 

「エルディアの食料備蓄を減らせば、向こうの兵站にも影響します」

 

「……」

 

「一つの行為で、こちらの食料事情を改善し、敵の継戦能力を削れる」

 

 セラフィーナがため息をついた。

 

「本当にそういう考え方なのね」

 

「何か問題が?」

 

「いや……」

 

「ありません」

 

 クラウディアは即答した。

 

「むしろ、ヴィットリオがそれを理解しているのは非常に助かります」

 

「犯罪者なのに?」

 

「犯罪者だからです」

 

「え?」

 

「彼は国の法律を守る必要がありません」

 

 クラウディアは眼鏡を押し上げる。

 

「正規軍ができないことを、彼らはできます」

 

「……」

 

「敵国の倉庫を襲う」

 

「……」

 

「武器を奪う」

 

「……」

 

「違法薬物を流す」

 

「……」

 

「人を攫う」

 

 セラフィーナが少し嫌そうな顔をする。

 

「それも?」

 

「もちろん」

 

「人攫いまで合理的って言うの?」

 

「状況によります」

 

 クラウディアは少しも表情を変えない。

 

「身代金を取れるなら資金になります」

 

「……」

 

「敵軍の兵士なら、捕虜として利用できます」

 

「……」

 

「重要人物なら情報も得られる」

 

「……」

 

「ただ殺すより利益が大きい」

 

 レオノーラが静かに口を挟む。

 

「クラウディア」

 

「はい」

 

「あなたは、本当に割り切っているのね」

 

「そうしなければ国家運営などできません」

 

 その声には迷いがなかった。

 

「私が嫌われることで国が強くなるなら、それで構いません」

 

「……」

 

「私が正しい人間である必要はありません」

 

 クラウディアは書類をまとめる。

 

「正しい結果を出せばいい」

 

 セラフィーナはしばらく黙っていた。

 

「……怖いわ」

 

「そうですか?」

 

「うん」

 

「では、覚えておいてください」

 

「何を?」

 

「あなたの妹です」

 

「それは分かってるわよ!」

 

「なら問題ありません」

 

「そういうところが怖いのよ!」

 

 レオノーラが笑った。

 

「まあまあ」

 

「お姉様は笑ってないでよ!」

 

「ごめんなさい」

 

 レオノーラは口元を押さえる。

 

「でも、クラウディアらしいと思って」

 

「ありがとうございます」

 

「褒めてないわよ」

 

「そうですか」

 

 そこへ扉が開いた。

 

「失礼いたします」

 

 侍女が入ってくる。

 

「クラウディア様」

 

「何でしょう?」

 

「ヴィットリオ様より伝言です」

 

「内容は?」

 

「本日は遅くなるそうです」

 

「……」

 

 クラウディアが一瞬だけ黙る。

 

「仕事ですか?」

 

「はい」

 

「そうですか」

 

「それと……」

 

 侍女が少し言いにくそうにする。

 

「今夜も、その……女性のお客様が来る予定だそうです」

 

「……」

 

 クラウディアの手が止まる。

 

 セラフィーナが横から覗き込む。

 

「クラウディア?」

 

「……」

 

「怒ってる?」

 

「怒っていません」

 

「顔が怖い」

 

「元からです」

 

「いや、いつもより怖い」

 

 クラウディアはゆっくり眼鏡を直した。

 

「分かりました」

 

「それだけ?」

 

「ええ」

 

 侍女が頭を下げる。

 

「失礼いたします」

 

 扉が閉じる。

 

「……」

 

 しばらく沈黙。

 

「……何人?」

 

 セラフィーナが恐る恐る聞く。

 

「知りません」

 

「二人?」

 

「知りません」

 

「一人?」

 

「知りません」

 

「……怒ってる?」

 

「怒っていません」

 

「絶対怒ってる」

 

「怒っていません」

 

 クラウディアは紅茶を飲む。

 

 その動作だけが、いつもより少し強かった。

 

 レオノーラが苦笑する。

 

「まあ、ヴィットリオも少しは考えた方がいいわね」

 

「……お姉様」

 

「何かしら?」

 

「あとで本人に言います」

 

「何を?」

 

「私が帰宅する日は控えてほしいと」

 

「うん」

 

「私の目の前で女性を侍らせるのもやめてほしいと」

 

「うん」

 

「それから――」

 

 クラウディアが一瞬だけ考える。

 

「……三人は多いと」

 

 セラフィーナが吹き出した。

 

「そこ!?」

 

「重要です」

 

「二人ならいいの!?」

 

「そういう意味ではありません」

 

「じゃあ何よ!」

 

「……」

 

 クラウディアは黙った。

 

 レオノーラも思わず笑う。

 

「ふふ」

 

「お姉様まで笑わないでください」

 

「ごめんなさい」

 

「絶対悪いと思ってないでしょう」

 

「少しだけね」

 

 クラウディアは黙って紅茶を飲んだ。

 

 

 その日の夕方。

 

 クラウディアはヴィットリオ・ヴァレンティアの屋敷へ戻った。

 

 扉を開ける。

 

「お帰り、クラウディア」

 

「ただいま帰りました」

 

 大広間には酒が並んでいる。

 

 そして、侍女から聞いていた通り、女性たちがいた。

 

 クラウディアは一瞬だけ目を細める。

 

「……」

 

「どうした?」

 

「いえ」

 

「何かあるだろ」

 

「ありません」

 

 クラウディアは席に座った。

 

 ヴィットリオが酒を注ぐ。

 

「飲むか?」

 

「いただきます」

 

「今日は仕事だったのか?」

 

「ええ」

 

「疲れた顔してるぞ」

 

「いつも通りです」

 

「そうか」

 

 ヴィットリオは笑う。

 

 しばらくしてから、クラウディアが口を開く。

 

「あなた」

 

「ん?」

 

「今後、私が帰宅する日は、女性を三人も呼ばないでください」

 

「……」

 

 ヴィットリオが目を瞬かせる。

 

「三人が駄目なのか?」

 

「多いです」

 

「二人なら?」

 

「そういう問題ではありません」

 

「一人なら?」

 

「……」

 

 クラウディアが黙る。

 

 ヴィットリオが笑った。

 

「一人ならいいのか?」

 

「そういう意味ではありません」

 

「じゃあ何だ?」

 

「……」

 

 クラウディアは紅茶を飲む。

 

「私が不愉快です」

 

 ヴィットリオの表情が少し変わった。

 

「……分かった」

 

「ありがとうございます」

 

「帰ってくる日はやめる」

 

「お願いします」

 

 ヴィットリオはあっさり頷いた。

 

「お前が嫌がるなら、それくらいはいいだろ」

 

「……」

 

 クラウディアが少しだけ目を見開く。

 

「何です?」

 

「いえ」

 

 ヴィットリオは笑う。

 

「俺の嫁だからな」

 

「……そうですか」

 

 クラウディアはそれ以上何も言わなかった。

 

 

 翌朝。

 

 魔王城の訓練場。

 

 レオノーラは一人、木剣を手に立っていた。

 

 そこへセラフィーナがやってくる。

 

「お姉様」

 

「どうしたの?」

 

「昨日の話だけど」

 

「ええ」

 

「ちょっと面白いこと思いついた」

 

 レオノーラが振り返る。

 

「面白いこと?」

 

「ヴィットリオ、結構強いんでしょ?」

 

「そうらしいわね」

 

「じゃあさ」

 

 セラフィーナが笑う。

 

「私たちで少し遊んでみない?」

 

「……」

 

 レオノーラは妹を見る。

 

「お仕置き?」

 

「半分くらい」

 

「もう半分は?」

 

「訓練」

 

 レオノーラは少し考える。

 

「なるほど」

 

「どう?」

 

「私は構わないわ」

 

「じゃあ決まりね」

 

 そこへクラウディアが現れた。

 

「お姉様たち、何をしているのですか?」

 

「ちょうどいいところに来たわ」

 

 セラフィーナが振り返る。

 

「あなたの旦那に、ちょっと付き合ってもらおうと思って」

 

「……」

 

 クラウディアが嫌な予感を覚える。

 

「何をするつもりです?」

 

「模擬戦」

 

「必要ありません」

 

「そう言うと思った」

 

 セラフィーナが笑う。

 

「でも本人に聞いたら?」

 

「……」

 

「たぶん断らないわよ」

 

 その予想は、見事に当たった。

 

 

 その日の昼。

 

 ヴィットリオは訓練場へ呼び出されていた。

 

「面倒くせえな……」

 

 大きな身体を揺らしながら歩いてくる。

 

「わざわざ俺を呼び出して何だ?」

 

 セラフィーナが腕を組んで待っていた。

 

「ちょっと付き合って」

 

「何を?」

 

「模擬戦」

 

「……」

 

 ヴィットリオは露骨に嫌そうな顔をする。

 

「面倒くせえ」

 

「そう言うと思った」

 

 セラフィーナは懐から小さな袋を取り出した。

 

 ちゃり、と金属音が響く。

 

「これ、依頼料」

 

 ヴィットリオの目が袋へ向く。

 

「……金貨?」

 

「そう」

 

「いくらだ?」

 

「五枚」

 

 ヴィットリオは少し考える。

 

「……いいぞ」

 

「早っ!」

 

「五枚なら別にいい」

 

 クラウディアが額に手を当てる。

 

「あなた……」

 

「何だ?」

 

「それで受けるのですか?」

 

「金貨五枚だぞ?」

 

「……」

 

「断る理由がねえだろ」

 

 セラフィーナが呆れる。

 

「本当に金好きね……」

 

「金は好きだぞ」

 

 ヴィットリオはニヤリと笑う。

 

「で、誰とやるんだ?」

 

 レオノーラが一歩前へ出る。

 

「私よ」

 

「……」

 

 ヴィットリオが彼女を見る。

 

 長い黒髪。

 

 静かな表情。

 

 腰には巨大な剣。

 

 その隣にはセラフィーナ。

 

「二人か?」

 

「そうなるわね」

 

「……」

 

 ヴィットリオは少しだけ笑った。

 

「面倒くせえと思ったけど」

 

 金貨の入った袋を懐へしまう。

 

「まあ、五枚ならいいか」

 

 クラウディアがため息をつく。

 

「本当に単純ですね、あなたは」

 

「金を貰って戦うだけだろ?」

 

「そうですが……」

 

 レオノーラが静かに剣を抜いた。

 

 金属音が訓練場に響く。

 

「では」

 

 穏やかな声だった。

 

「始めましょうか」

 

 ヴィットリオの表情から、いつもの軽薄な笑みが消える。

 

 セラフィーナの周囲にも、少しずつ魔力が集まり始める。

 

 クラウディアは少し離れた場所から三人を見る。

 

「……」

 

 そして小さく呟いた。

 

「ほどほどにしてくださいね」

 

「それは無理かも」

 

 セラフィーナが笑う。

 

 レオノーラも穏やかに微笑む。

 

「怪我をさせない程度には」

 

「それ、どっちの意味だ?」

 

 ヴィットリオが笑う。

 

 こうして――。

 

 金貨五枚であっさり依頼を引き受けたヴィットリオ・ヴァレンティアと、魔王の娘二人による模擬戦が始まろうとしていた。

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