※この作品はR-18です。

異世界マフィア   作:山門門山

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第3話金貨5枚の仕事

第三話 金貨五枚分の仕事

 

 こうして――。

 

 金貨五枚であっさり依頼を引き受けたヴィットリオ・ヴァレンティアと、魔王の娘二人による模擬戦が始まろうとしていた。

 

「……」

 

 ヴィットリオは、三人の視線を受けながら立っていた。

 

 そして。

 

「……ふぁぁ」

 

 大きな欠伸をした。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 レオノーラ、セラフィーナ、クラウディアの三人が、揃って黙った。

 

「あなた」

 

 クラウディアが眼鏡を押し上げる。

 

「何だ?」

 

「眠いのですか?」

 

「眠い」

 

「……」

 

「昨日ちょっと飲みすぎた」

 

「今日、模擬戦をするとは思っていなかったのでしょうね」

 

「ああ」

 

 ヴィットリオは悪びれもせず答えた。

 

「昼に急に呼び出されて、来てみたらこれだ。酒が残ってる」

 

 セラフィーナが呆れた顔をする。

 

「じゃあ断ればよかったじゃない」

 

「金貨五枚」

 

「……」

 

「貰ったからな」

 

 ヴィットリオは懐を軽く叩く。

 

 ちゃり、と金属音がした。

 

「もう受けた仕事だ。やる」

 

「本当に金貨だけで動くのね……」

 

「金は大事だぞ」

 

「それは知ってるけど」

 

 ヴィットリオはゆっくりと首を回した。

 

 ごきり、と鈍い音が鳴る。

 

「まあ、身体くらいは動かしておくか」

 

 そう言って、ようやく準備運動を始める。

 

 腕を上げる。

 

 伸ばす。

 

 下ろす。

 

 肩を回す。

 

 ゆっくり。

 

 実にゆっくり。

 

 次に腰を捻る。

 

 ゆっくり。

 

 脚を伸ばす。

 

 ゆっくり。

 

 前屈。

 

 ゆっくり。

 

「……」

 

 セラフィーナがじっと見ている。

 

「何よ、その動き」

 

「柔軟だろ」

 

「遅すぎるわよ」

 

「そうか?」

 

「そうよ」

 

 ヴィットリオは気にすることなく、また身体を伸ばす。

 

 その姿は、戦いを前にした戦士には見えなかった。

 

 まるで冬眠から叩き起こされた巨大な熊だ。

 

 寝床から這い出してきたものの、まだ寝ぼけていて、身体を動かすことすら面倒くさそうにしている。

 

 レオノーラが思わず微笑む。

 

「本当に眠そうね」

 

「眠いからな」

 

「それでも戦えるの?」

 

「戦える」

 

「そう」

 

 レオノーラはそれ以上言わなかった。

 

 ただ、剣を握り直した。

 

 ヴィットリオはその様子を横目で見て、ふと自分の服へ目を落とした。

 

「……これ、邪魔だな」

 

「服?」

 

 セラフィーナが尋ねる。

 

「ああ」

 

 ヴィットリオは外套を脱いだ。

 

 重厚な生地に、細かな刺繍が施されている。

 

 裏地も上質なものだ。

 

 それを近くにいた侍女へ渡す。

 

「預かってろ」

 

「はい!」

 

「上着も」

 

「かしこまりました」

 

 上着を脱ぐ。

 

 続いて指輪。

 

 一本。

 

 また一本。

 

 さらに腕輪。

 

 首飾り。

 

 装飾の施された留め具。

 

 次々と侍女や侍従へ渡していく。

 

 セラフィーナがそれを眺めていた。

 

「……すごい量ね」

 

「そうか?」

 

「その指輪も高いんでしょ?」

 

「高いぞ」

 

「やっぱり」

 

 ヴィットリオは黒い宝石の嵌まった指輪を眺める。

 

「こいつは結構気に入ってる」

 

「価値が分かってるのね」

 

「当然だろ」

 

「てっきり、金持ちだから適当に買ってるのかと思ってた」

 

「俺は金持ちだからこそ、気に入った高い物を買うんだよ」

 

 ヴィットリオは指輪を侍従へ渡す。

 

「落とすなよ」

 

「はい!」

 

「傷つけるな」

 

「もちろんでございます!」

 

「汚したら――」

 

 ヴィットリオは少し考えた。

 

「人間どもに奴隷として売っぱらうぞ」

 

「……!」

 

 侍女の顔が引きつる。

 

「冗談だ」

 

 ヴィットリオは笑った。

 

「たぶん」

 

「ヴィットリオ」

 

 クラウディアの声が飛ぶ。

 

「……何だよ」

 

「侍女を脅さないでください」

 

「脅してねえよ」

 

「脅しています」

 

「分かったよ」

 

 ヴィットリオは肩をすくめる。

 

「大事な物だから、気をつけろって言っただけだ」

 

「言い方というものがあります」

 

「はいはい」

 

 最後に上着を脱ぐ。

 

 残ったのは簡素な肌着だけだった。

 

 そして――。

 

 誰もが黙った。

 

 ヴィットリオの身体が露わになる。

 

 巨大だった。

 

 単純に背が高いとか、筋肉質だとか、そういう話ではない。

 

 肩幅そのものが異様に広い。

 

 首は太く、胸板は分厚い。

 

 腕はまるで太い丸太のようで、拳を握れば、それだけで人間の頭ほどもある。

 

 腹部には巨大な筋肉が幾重にも重なり、全身が一つの塊のように見える。

 

 その肉体には、数え切れないほどの傷跡が刻まれていた。

 

 斬撃。

 

 刺傷。

 

 火傷。

 

 噛み傷。

 

 何かに叩き潰されたような痕。

 

 それでもヴィットリオは気にした様子もない。

 

「……」

 

 セラフィーナが目を細める。

 

「やっぱり……凄いわね」

 

「何が?」

 

「身体」

 

「普通だろ」

 

「普通なわけないでしょう!」

 

 セラフィーナが叫ぶ。

 

「魔族でもそんな身体してる奴、そうそういないわよ!」

 

「そうか?」

 

「そうよ!」

 

 レオノーラも静かにヴィットリオを見る。

 

「確かに、聞いていた以上ね」

 

「何が?」

 

「あなたの身体」

 

「生まれつきだ」

 

「それだけ?」

 

「あと酒」

 

「酒?」

 

「飲めば身体が強くなる」

 

「それは初耳ね」

 

 レオノーラが小さく笑う。

 

「絶対に真似しない方がいいと思うわ」

 

 クラウディアが冷静に言った。

 

「同感です」

 

 ヴィットリオは気にせず、拳を握った。

 

 そして一度、軽く振る。

 

 空気が鳴った。

 

「よし」

 

「準備できた?」

 

「ああ」

 

 レオノーラが大剣を構える。

 

 セラフィーナが杖を持ち上げる。

 

 ヴィットリオは――。

 

 構えなかった。

 

「……」

 

 セラフィーナが眉をひそめる。

 

「構えないの?」

 

「面倒くさい」

 

「何それ」

 

「殴ればいいだろ」

 

「……」

 

 レオノーラの目が少し細くなる。

 

「分かったわ」

 

 彼女は静かに腰を落とした。

 

「では、始めましょう」

 

「おう」

 

 最初に動いたのはヴィットリオだった。

 

「おらぁ!」

 

 巨体が突っ込む。

 

 速い。

 

 予想以上だった。

 

 セラフィーナが目を見開く。

 

「速っ――!」

 

 ヴィットリオは右拳を大きく振りかぶった。

 

 ただし――。

 

 大振りだった。

 

 あまりにも大雑把。

 

 隙だらけ。

 

「もらった!」

 

 レオノーラが踏み込む。

 

 ヴィットリオの拳が届くより先に、彼女の大剣が振り抜かれた。

 

 狙いは胴。

 

 完璧なタイミングだった。

 

 ――ズンッ!

 

 刃がヴィットリオの身体へ食い込む。

 

「入った!」

 

 セラフィーナが叫ぶ。

 

 しかし。

 

「……?」

 

 レオノーラの表情が変わった。

 

 剣が――止まっている。

 

 振り抜けない。

 

 刃は確かに肉へ食い込んでいる。

 

 しかし、そこで止まっていた。

 

「……なっ」

 

 ヴィットリオは自分の脇腹を見下ろした。

 

「痛えな」

 

「……」

 

 レオノーラが力を込める。

 

 だが、刃はそれ以上進まない。

 

 筋肉が刃を噛み止めていた。

 

 まるで巨大な鋼鉄の塊へ剣を突き立てたようだった。

 

「レオノーラ!」

 

 セラフィーナが叫ぶ。

 

「離れて!」

 

 同時に魔力が膨れ上がる。

 

 ヴィットリオはレオノーラの剣を掴もうとした。

 

 その瞬間。

 

 セラフィーナの魔法が放たれた。

 

 轟音。

 

 炎と風と衝撃が混ざり合い、ヴィットリオの巨体を正面から包み込む。

 

 訓練場の床が震える。

 

 土煙が舞う。

 

「どう!?」

 

 セラフィーナが叫ぶ。

 

 煙の向こうから――。

 

「……」

 

 巨大な影が立ち上がった。

 

「……熱いな」

 

「嘘でしょ」

 

 ヴィットリオは身体についた埃を払った。

 

 肌にはほとんど傷がない。

 

「今の魔法、結構強かったぞ」

 

「結構って……!」

 

 セラフィーナの顔が引きつる。

 

 ヴィットリオが笑う。

 

「じゃあ次は俺の番だな」

 

 レオノーラが剣を引き抜く。

 

 傷口から血が流れる。

 

 それでもヴィットリオは気にしていない。

 

「……なるほど」

 

 レオノーラが剣を構え直す。

 

「硬いだけではないのね」

 

「何?」

 

「こちらの攻撃を受けても、怯まない」

 

 ヴィットリオは肩を回した。

 

「痛いぞ?」

 

「そうは見えないわ」

 

「痛いのと、止まるのは別だろ」

 

 その言葉にレオノーラが僅かに笑った。

 

「確かに」

 

 セラフィーナが再び魔力を練り始める。

 

「だったら、今度はもっと強いのを――」

 

「待て」

 

 クラウディアの声が飛んだ。

 

「訓練場を壊す気ですか?」

 

「……」

 

「防護結界を張っていますが、限度があります」

 

「でも!」

 

「模擬戦です」

 

 クラウディアは冷静だった。

 

「殺し合いではありません」

 

 セラフィーナは渋々魔力を抑える。

 

「……分かったわよ」

 

 ヴィットリオが笑う。

 

「じゃあ続けるか」

 

 レオノーラが構える。

 

「ええ」

 

 次の瞬間。

 

 今度はレオノーラから踏み込んだ。

 

 先ほどとは違う。

 

 正面からではない。

 

 ヴィットリオの視線を僅かに外へ誘導し、死角へ回り込む。

 

 剣が横薙ぎに走る。

 

 ヴィットリオが腕を上げた。

 

 ――ガァン!

 

 腕で受ける。

 

 レオノーラの剣が弾かれた。

 

「……!」

 

 その隙を狙ってヴィットリオが拳を振る。

 

 またしても大振り。

 

 しかし――。

 

 レオノーラは冷静だった。

 

 一歩下がる。

 

 拳を紙一重で避ける。

 

 そして懐へ入り込む。

 

「そこ!」

 

 剣の柄がヴィットリオの顎を打つ。

 

 巨体が僅かに揺れる。

 

「おお」

 

 ヴィットリオが笑った。

 

「上手いな」

 

「あなたが大振りすぎるのよ」

 

「そうか?」

 

「そうよ!」

 

 セラフィーナが叫ぶ。

 

「何で毎回そんな馬鹿みたいな殴り方するのよ!」

 

「当たればいいだろ」

 

「当たらないから言ってるの!」

 

「じゃあ当てる」

 

 ヴィットリオが笑う。

 

 今度は左拳。

 

 レオノーラが避ける。

 

 右。

 

 避ける。

 

 また左。

 

 避ける。

 

 レオノーラは冷静に距離を取り、ヴィットリオの動きを読んでいく。

 

 その度に、ヴィットリオの拳が空を切る。

 

 だが――。

 

 一発。

 

 たった一発でも当たれば終わる。

 

 それが分かっているから、レオノーラは一切油断しない。

 

 そしてセラフィーナも魔力を練り続けている。

 

「お姉様!」

 

「分かっているわ」

 

「次、合わせるわよ!」

 

「ええ」

 

 レオノーラがヴィットリオの攻撃を誘う。

 

 大きく踏み込んできた。

 

 拳が振られる。

 

 レオノーラが身を沈める。

 

 拳が頭上を通過した。

 

 その瞬間――。

 

「今!」

 

 セラフィーナの魔法が放たれた。

 

 今度は真正面からではない。

 

 地面を抉りながら進み、ヴィットリオの足元から爆発する。

 

 ――ドゴォンッ!

 

 ヴィットリオの巨体が浮いた。

 

「入った!」

 

 セラフィーナが叫ぶ。

 

 しかし。

 

 ヴィットリオは空中で身体を捻った。

 

 そして着地。

 

 ドンッ、と地面が沈む。

 

「……」

 

「……」

 

 セラフィーナとレオノーラが黙る。

 

 ヴィットリオは膝を伸ばした。

 

「今のはちょっと効いたな」

 

「ちょっと!?」

 

 セラフィーナが叫ぶ。

 

「今の結構本気だったんだけど!」

 

「そうなのか?」

 

「そうよ!」

 

「じゃあ大したもんだな」

 

「褒めてる?」

 

「ああ」

 

「……なんか腹立つ!」

 

 ヴィットリオは笑う。

 

 その顔には、ようやく少しだけ楽しそうな色が浮かんでいた。

 

 眠気はまだ残っている。

 

 深酒の気配も完全には消えていない。

 

 それでも――。

 

 魔王の娘二人を相手にしているうちに、少しずつ身体が起きてきたらしい。

 

 クラウディアはその様子を黙って見ていた。

 

「……」

 

 そして、眼鏡の位置を直す。

 

 金貨五枚で始まった、ただの模擬戦。

 

 だが。

 

 どうやら、そう簡単には終わりそうになかった。

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