※この作品はR-18です。

異世界マフィア   作:山門門山

4 / 17
第四話怒れる怪物

第四話 怒れる怪物

 

 だが。

 

 どうやら、そう簡単には終わりそうになかった。

 

 訓練場に沈黙が落ちる。

 

 ヴィットリオは拳を握ったまま、ゆっくりと首を傾けた。

 

「……さて」

 

 さっきまでの眠そうな顔は、もうなかった。

 

 まだ酒が完全に抜けたわけではない。

 

 身体も重い。

 

 だが、先ほどまでの気怠さは消えていた。

 

 身体が温まってきた。

 

 それだけではない。

 

 レオノーラの剣。

 

 セラフィーナの魔法。

 

 二人の攻撃を受けることで、ようやくヴィットリオの戦闘本能が目を覚まし始めていた。

 

「行くわよ、お姉様」

 

 セラフィーナが杖を構える。

 

「ええ」

 

 レオノーラも大剣を握り直す。

 

 二人の視線が一瞬だけ交わった。

 

 言葉はない。

 

 それだけで十分だった。

 

 レオノーラが前へ出る。

 

「――!」

 

 ヴィットリオが拳を振り抜いた。

 

「おらぁッ!」

 

 相変わらずだった。

 

 あまりにも大きな振り。

 

 肩から腰まで使って、拳を叩きつける。

 

 だが、レオノーラはもう慣れていた。

 

 半歩下がる。

 

 拳が目の前を通り過ぎる。

 

 その勢いを利用して、身体を回転させる。

 

 大剣が走った。

 

「っ!」

 

 ヴィットリオが腕を上げる。

 

 刃が前腕へ食い込む。

 

 だが、やはり止まる。

 

 レオノーラは即座に剣を引いた。

 

 そのまま二撃目。

 

 今度は肩。

 

 ヴィットリオが身体を捻る。

 

 刃が皮膚を裂いた。

 

 血が飛ぶ。

 

 ヴィットリオが眉をひそめる。

 

「……やるじゃねえか」

 

「あなたが分かりやすいだけよ」

 

「そうかよ」

 

 ヴィットリオが踏み込む。

 

 拳。

 

 レオノーラが躱す。

 

 拳。

 

 また躱す。

 

 そしてレオノーラは、ヴィットリオの腕が伸びきった瞬間に懐へ入った。

 

 大剣を振る。

 

 ヴィットリオが受ける。

 

 その瞬間だった。

 

 レオノーラの身体が沈んだ。

 

「――!」

 

 剣を振った勢いを利用し、反対の脚を振り抜く。

 

 蹴りがヴィットリオの脇腹へ突き刺さった。

 

 ――ドゴッ!!

 

「ぐっ……!」

 

 巨体が横へ流れた。

 

 足が石床を擦る。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 ヴィットリオの身体が大きくよろめいた。

 

「今よ!」

 

 レオノーラが叫ぶ。

 

「分かってる!」

 

 セラフィーナが杖を掲げる。

 

 その表情から、先ほどまでの余裕が消えていた。

 

 魔力が集まる。

 

 空気が震える。

 

 青白い光が杖の先に収束していく。

 

 ヴィットリオが顔を上げた。

 

「……!」

 

 だが、遅い。

 

「――雷撃!」

 

 セラフィーナの魔法が放たれた。

 

 轟音。

 

 一直線に伸びた雷が、よろめいているヴィットリオを正確に捉える。

 

 ――バァンッ!!

 

「――ッ!!」

 

 雷がヴィットリオの身体を貫いた。

 

 全身が跳ねる。

 

 筋肉が硬直する。

 

 視界が白く染まった。

 

「ぐ……ッ」

 

 膝が落ちる。

 

 片手を地面についた。

 

 呼吸が乱れる。

 

 頭の中がぐらりと揺れた。

 

 身体の内側を無理やり掻き回されたような痺れ。

 

 そして、脳を直接殴られたような衝撃。

 

「ヴィットリオ!」

 

 レオノーラが思わず声を上げる。

 

「大丈夫!?」

 

「……」

 

 返事がない。

 

 ヴィットリオは片膝をついたまま、俯いている。

 

「ちょっと、セラフィーナ」

 

 レオノーラが振り返る。

 

「今のは……」

 

「手加減したわよ」

 

 セラフィーナが答える。

 

「……本当に?」

 

「もちろん」

 

「……」

 

 ヴィットリオの肩が動いた。

 

「……効いた」

 

「え?」

 

 低い声だった。

 

 ヴィットリオがゆっくりと顔を上げる。

 

「今のは……効いたぞ」

 

 その顔を見て、セラフィーナの笑みが消えた。

 

 目が違う。

 

「……セラフィーナ」

 

 レオノーラが小さく呼ぶ。

 

「何?」

 

「距離を――」

 

「取らなくていい」

 

 ヴィットリオが立ち上がった。

 

「……!」

 

 ふらついている。

 

 明らかにダメージを受けている。

 

 それでも立った。

 

 肩で荒く息をしながら、ヴィットリオはセラフィーナを見る。

 

「お前……」

 

「な、何よ」

 

「さっきから俺を狙ってるな」

 

「当たり前でしょう!?」

 

 セラフィーナは杖を構え直した。

 

「模擬戦なんだから!」

 

「そうか」

 

 ヴィットリオが拳を握った。

 

「そういうことか」

 

 レオノーラが警戒する。

 

「ヴィットリオ」

 

「……」

 

「落ち着いて」

 

「落ち着いてる」

 

「そうは見えないわ」

 

「落ち着いてるさ」

 

 ヴィットリオが笑った。

 

 だが、その笑みは先ほどまでのものとは違った。

 

「ただ――」

 

 拳が強く握り込まれる。

 

「腹が立った」

 

 次の瞬間。

 

 地面が爆ぜた。

 

「――ッ!?」

 

 ヴィットリオが消えた。

 

 いや。

 

 速すぎて、そう見えただけだった。

 

「お姉様!」

 

「分かってる!」

 

 レオノーラが大剣を構える。

 

 ヴィットリオが目の前に現れた。

 

「おおおおッ!!」

 

 拳が飛ぶ。

 

 レオノーラが剣を立てる。

 

 ――ガァン!!

 

「くっ……!」

 

 凄まじい衝撃。

 

 腕が痺れる。

 

 それでもレオノーラは踏みとどまる。

 

 だが――。

 

 次が来た。

 

「ッ!」

 

 右。

 

 受ける。

 

 左。

 

 躱す。

 

 右。

 

 剣で流す。

 

 さらに左。

 

 身体を捻る。

 

 そしてまた右。

 

 レオノーラが後ろへ跳んだ。

 

「……!」

 

 速い。

 

 先ほどまでとは明らかに違う。

 

 ヴィットリオの動きそのものは変わっていない。

 

 相変わらず大振り。

 

 相変わらず雑。

 

 しかし。

 

 その一発一発が、桁違いに速く、重くなっていた。

 

「なんて……!」

 

 レオノーラが歯を食いしばる。

 

 拳が迫る。

 

 剣で受ける。

 

 ――ドォン!!

 

「ぐっ!」

 

 身体が吹き飛ぶ。

 

 石床を滑る。

 

 レオノーラは転倒する寸前に剣を突き立て、身体を止めた。

 

「お姉様!」

 

「大丈夫!」

 

 立ち上がる。

 

 だが、ヴィットリオはすでに目の前。

 

「――!」

 

 拳。

 

 レオノーラは横へ飛ぶ。

 

 拳が地面へ叩き込まれた。

 

 ――ドゴォン!!

 

 石床が砕ける。

 

 亀裂が走った。

 

「……!」

 

 レオノーラの頬に冷や汗が浮かぶ。

 

 まともに受ければ危険だ。

 

 先ほどまでなら、まだ攻撃の間に余裕があった。

 

 今は違う。

 

 ヴィットリオは怒りによって、力だけでなく速度まで引き上げている。

 

「お姉様!」

 

「分かってる!」

 

 レオノーラは踏み込んだ。

 

 大剣を振る。

 

 ヴィットリオが避ける。

 

 その瞬間、レオノーラは剣を返した。

 

 鋭い斬撃。

 

 ヴィットリオの肩を捉える。

 

 ――ザシュッ。

 

 血が飛ぶ。

 

「……!」

 

 それでも止まらない。

 

 ヴィットリオの拳が迫る。

 

 レオノーラは剣で受けた。

 

 ――ドォン!!

 

「ぐっ……!」

 

 また押される。

 

 さらに一撃。

 

 レオノーラが受ける。

 

 さらに一撃。

 

 受ける。

 

 そして――。

 

「――ッ!」

 

 大剣を弾き飛ばされた。

 

 レオノーラの両手が空になる。

 

 ヴィットリオの拳が迫る。

 

 彼女は身体を捻って躱した。

 

 拳が髪を掠める。

 

「……!」

 

 危ない。

 

 ほんの少しでも遅れていれば、まともに受けていた。

 

 ヴィットリオは止まらない。

 

「死ねぇッ!」

 

 拳が再び振られる。

 

 レオノーラは腕を交差して受ける。

 

 ――ドンッ!!

 

 身体が浮く。

 

「くっ……!」

 

 後ろへ飛ばされる。

 

 それでも倒れない。

 

 レオノーラは凛とした顔を崩さなかった。

 

「……本当に、凄いわね」

 

「まだ余裕か?」

 

「そう見える?」

 

「ああ」

 

「なら――」

 

 レオノーラは拳を握る。

 

「まだ戦えるわ」

 

 ヴィットリオが笑う。

 

「そうか」

 

 拳を構える。

 

 その瞬間だった。

 

 ――バチッ。

 

 背後から雷鳴が響いた。

 

 ヴィットリオが振り返る。

 

 セラフィーナ。

 

 杖を構えている。

 

「……またか」

 

「今度は外さない!」

 

 魔力が収束する。

 

 レオノーラが叫ぶ。

 

「セラフィーナ、待って!」

 

「大丈夫!」

 

「そうじゃない!」

 

 だが。

 

 もう放たれた。

 

 雷撃が一直線に走る。

 

 ヴィットリオの身体を狙い澄ました一撃。

 

 ――バァンッ!!

 

 雷が肩を撃ち抜く。

 

「――ッ!!」

 

 ヴィットリオの身体が僅かに揺れる。

 

 そして。

 

 ゆっくりとセラフィーナへ顔を向けた。

 

「……お前」

 

 セラフィーナが固まる。

 

「何よ」

 

「また狙ったな」

 

「だから模擬戦でしょう!」

 

「……そうか」

 

 ヴィットリオがレオノーラから離れた。

 

 セラフィーナへ向かって歩き出す。

 

「ちょ、ちょっと待って」

 

「待たねえ」

 

「お姉様!」

 

 レオノーラが立ち上がる。

 

「ヴィットリオ!」

 

 だがヴィットリオは止まらない。

 

 完全に標的を変えていた。

 

「お前だ」

 

「……!」

 

 セラフィーナが後退する。

 

「来ないで」

 

「さっきから散々撃ちやがって」

 

「模擬戦だから!」

 

「知るか!」

 

 ヴィットリオが踏み込む。

 

 セラフィーナは咄嗟に両手を前へ突き出した。

 

「防壁!」

 

 魔法陣が展開される。

 

 一枚。

 

 二枚。

 

 三枚。

 

 さらにその奥へ巨大な魔法障壁が重なる。

 

 セラフィーナが誇る防御魔法。

 

 魔族の王女が膨大な魔力を惜しみなく注ぎ込んだ、極めて堅牢な防御だった。

 

「これなら――!」

 

 ヴィットリオが拳を引く。

 

 身体が沈む。

 

 脚が地面を踏みしめる。

 

 肩が後ろへ引かれる。

 

 拳が。

 

 振り抜かれた。

 

「邪魔だぁぁぁッ!!」

 

 ――ドォォォォン!!

 

 一撃。

 

 それだけだった。

 

 巨大な防御魔法が――。

 

 一発で全部吹き飛んだ。

 

 魔法陣が砕ける。

 

 光の壁が粉々になる。

 

 重ねられていた障壁が、一瞬ですべて消し飛んだ。

 

「……え?」

 

 セラフィーナの顔が凍る。

 

 目の前にヴィットリオ。

 

 拳を引き戻している。

 

 もう防ぐものはない。

 

「……嘘」

 

 ヴィットリオが一歩踏み込む。

 

「死に晒せぇぇぇッ!!」

 

 拳が振り上げられた。

 

「――!」

 

 セラフィーナには、もう避けられない。

 

 レオノーラが駆け出す。

 

「セラフィーナ!!」

 

 間に合わない。

 

 拳が迫る。

 

 あと僅か。

 

 その瞬間――。

 

「転移」

 

 静かな声がした。

 

 空間が歪む。

 

 セラフィーナの姿が消えた。

 

「――ッ!?」

 

 ヴィットリオの拳が空を切る。

 

 轟音。

 

 拳の先にあった石壁が粉砕される。

 

 大量の破片が舞い上がった。

 

 ヴィットリオは拳を突き出したまま、しばらく動かなかった。

 

「……」

 

 やがて、ゆっくりと拳を下ろす。

 

 数十歩離れた場所。

 

 そこにセラフィーナが転がり込んでいた。

 

「はぁ……っ!」

 

 荒い呼吸。

 

 身体に怪我はない。

 

 だが、明らかに顔が青ざめていた。

 

 あと一瞬。

 

 クラウディアの転移が遅れていれば。

 

 あの拳をまともに受けていた。

 

「……クラウディア」

 

 レオノーラが妹を見る。

 

 クラウディアは杖を下ろしていた。

 

「間に合いました」

 

「ありがとう……」

 

 セラフィーナが息を整える。

 

「……助かった」

 

「礼は後で」

 

 クラウディアはヴィットリオを見る。

 

「まずは、ここまでです」

 

「……」

 

 ヴィットリオは答えない。

 

「ヴィットリオ」

 

「……まだだ」

 

「いいえ」

 

 クラウディアの声が少し低くなる。

 

「終わりです」

 

 ヴィットリオは拳を見る。

 

 まだ怒りが残っている。

 

 しかし、クラウディアの転移によって頭が少し冷えたのか、ようやく周囲を見渡した。

 

 壊れた床。

 

 砕けた壁。

 

 傷ついたレオノーラ。

 

 そして、青ざめたセラフィーナ。

 

「……」

 

 沈黙。

 

 やがてヴィットリオが息を吐いた。

 

「……模擬戦だったよな?」

 

「ええ」

 

「そうだったな」

 

 ヴィットリオは頭を掻く。

 

「ちょっと熱くなった」

 

「ちょっとではありません」

 

 クラウディアが即答する。

 

「そうか?」

 

「ええ」

 

「まあ……」

 

 ヴィットリオはセラフィーナを見る。

 

「悪かったな」

 

「……」

 

 セラフィーナはしばらく黙っていた。

 

「……次は絶対勝つ」

 

「まだやるのかよ」

 

「当たり前でしょう!」

 

 セラフィーナが叫ぶ。

 

「防御魔法まで一撃で壊されたのよ!?」

 

「そうだったな」

 

「絶対に許さないから!」

 

「はいはい」

 

「その態度が腹立つ!」

 

 レオノーラが苦笑する。

 

「セラフィーナ、今日はもう十分よ」

 

「お姉様……」

 

「ヴィットリオも」

 

 レオノーラはヴィットリオを見る。

 

「あなたもね」

 

「……分かった」

 

 ヴィットリオはようやく肩の力を抜いた。

 

「腹減った」

 

 クラウディアが深々とため息をつく。

 

「……あなたは最後までそれですか」

 

「金貨五枚の仕事だったからな」

 

「もうその話は忘れてください」

 

「でも五枚貰ったぞ」

 

「分かっています」

 

 クラウディアは頭痛を堪えるように眼鏡を押し上げた。

 

 その横で、レオノーラは静かに笑っている。

 

 セラフィーナだけは、悔しそうに拳を握っていた。

 

 そして誰も知らなかった。

 

 この模擬戦をきっかけに、ヴィットリオと魔王の三人娘の関係が、少しずつ変わっていくことを。

 

 ただ一人。

 

 クラウディアだけは、すでに次の問題を考えていた。

 

「……まずは修繕費ですね」

 

「俺は払わねえぞ」

 

「誰が払うと思っています?」

 

「じゃあいいだろ」

 

「よくありません」

 

「……」

 

「あなたの食事代から差し引きます」

 

「それは困る」

 

「なら修繕費を払ってください」

 

「……金貨五枚から?」

 

「全額です」

 

「嫌だ」

 

「では食事代から」

 

「……分かった。払う」

 

 その瞬間だけ。

 

 ヴィットリオは模擬戦のときよりも、明らかに真剣な顔をした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。