※この作品はR-18です。

異世界マフィア   作:山門門山

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第6話それぞれの獲物

第六話 それぞれの獲物

 

 最後の皿が下げられた。

 

 長いコース料理を終え、四人の前に残っているのは酒と、いくつかの軽い肴だけだった。

 

 魔王国では滅多に手に入らない高級酒が、惜しげもなくグラスへ注がれている。

 

 人間の国エルディアから運ばれた葡萄酒。

 

 アルヴェリアの森で採れる果実を使った酒。

 

 そして、魔族の国ではほとんど生産できない穀物を原料にした蒸留酒。

 

 どれも庶民には到底手が届かない代物だった。

 

 魔王国は豊かな国ではない。

 

 魔石や魔法に関する技術では他国を圧倒している一方、食糧事情は常に頭痛の種だった。

 

 だからこそ、エルディアやアルヴェリアから流れ込む食材には高い価値がある。

 

 そしてヴィットリオの経営するこの店では、その高級品が惜しげもなく使われていた。

 

 レオノーラがグラスを傾ける。

 

「今日も美味しかったわ」

 

「だろ?」

 

 ヴィットリオは満足そうに笑った。

 

「うちの料理長は腕がいいからな」

 

「料理長だけじゃないでしょう」

 

 クラウディアが言った。

 

「仕入れも相当なものです」

 

「そりゃそうだ」

 

 ヴィットリオは酒を飲む。

 

「良い材料を使えば、料理は勝手に旨くなる」

 

「その材料を手に入れるのが難しいのだけれど」

 

 セラフィーナが皿に残った果物をつまむ。

 

「これ、アルヴェリアの?」

 

「ああ」

 

「高いんでしょう?」

 

「高いぞ」

 

「じゃあ、よくこんなに使えるわね」

 

「店の宣伝にもなるからな」

 

 ヴィットリオは何でもないように答えた。

 

「魔王の娘が食いに来る店ってだけでも客は増える」

 

「……私たちを広告に使ってるの?」

 

「今さら気づいたのか?」

 

「この男……」

 

 セラフィーナが呆れる。

 

 レオノーラはくすりと笑った。

 

「でも、私たちがここへ来るのももう何度目かしら」

 

「結構来てるわよ」

 

 セラフィーナが答える。

 

「王族用の料理だけじゃなくて、普通の客向けの料理も美味しいもの」

 

「ありがとうございます」

 

 クラウディアが淡々と言った。

 

「経営者としては嬉しい限りです」

 

「クラウディア、お前まで店の宣伝するなよ」

 

「あなたの店でしょう」

 

「そうだったな」

 

 ヴィットリオが笑う。

 

 四人の間には、戦闘の後とは思えないほど穏やかな空気が流れていた。

 

 少なくとも、セラフィーナはそう思っていた。

 

 昼間の模擬戦。

 

 あの時は本気で死ぬかと思った。

 

 自分が張った防御魔法を、ヴィットリオはたった一発で粉砕した。

 

 あの瞬間の拳を思い出し、セラフィーナは無意識に肩をさすった。

 

「……」

 

 クラウディアがそれに気づく。

 

「まだ気にしているのですか?」

 

「別に」

 

「そうですか」

 

「……」

 

「顔に出ています」

 

「うるさい」

 

 ヴィットリオが笑う。

 

「次はもっと頑丈な壁を張れよ」

 

「誰のせいよ!」

 

「俺だな」

 

「分かってるなら反省しなさい!」

 

「悪かったって」

 

「全然反省してない!」

 

 レオノーラが二人を見て笑った。

 

「仲がいいわね」

 

「どこがよ!」

 

「どこがだ?」

 

 二人が同時に言う。

 

 クラウディアだけが黙って酒を飲んでいた。

 

 そんな中。

 

 彼女が静かにグラスを置いた。

 

「ところで」

 

 空気が変わった。

 

 ヴィットリオが横目で見る。

 

「仕事か?」

 

「はい」

 

「飯食いながら?」

 

「食事は終わっています」

 

「そうだけどよ」

 

「三人に依頼があります」

 

 クラウディアはそう言って、懐から書類を取り出した。

 

 レオノーラが姿勢を正す。

 

 セラフィーナも果物を置いた。

 

 ヴィットリオだけは酒を飲み続けている。

 

「まず、お姉様」

 

「ええ」

 

 クラウディアが一枚目の書類をレオノーラへ渡す。

 

「北方の山岳地帯で、強力な魔獣が確認されました」

 

「どんな魔獣?」

 

「熊と鬼を混ぜたような姿をしているそうです」

 

「……熊と鬼?」

 

「はい」

 

 レオノーラが資料へ目を落とす。

 

 粗いながらも描かれた姿絵がある。

 

 巨大な四足獣のような身体。

 

 しかし上半身は人間の鬼を思わせるほど発達している。

 

 肩は異常なほど広く、腕も太い。

 

 頭部には短い角。

 

 そして全身を覆っているのは、黒褐色の長い毛。

 

「この毛皮が問題です」

 

 クラウディアが続ける。

 

「魔力を弾きます」

 

「魔力を?」

 

「正確には、毛皮に触れた魔法が著しく威力を失うそうです」

 

 セラフィーナが資料を覗き込む。

 

「へえ……」

 

「火炎、氷結、雷撃。

 

 いずれも有効な損傷を与えられなかったとの報告があります」

 

「じゃあ、魔法使いにはかなり厄介ね」

 

「ええ」

 

 クラウディアは頷く。

 

「軍の魔術師部隊が二度攻撃しましたが、ほとんど効果がありませんでした」

 

 レオノーラが資料を閉じる。

 

「被害は?」

 

「山間部の集落が襲われています」

 

「人命は?」

 

「多数の死傷者が出ています」

 

 レオノーラの表情が引き締まった。

 

「分かったわ」

 

 静かな声だった。

 

「私が行きましょう」

 

「ありがとうございます」

 

「この魔獣は、魔法より剣の方が向いているのでしょう?」

 

「その判断です」

 

 レオノーラは頷いた。

 

「なら問題ないわ」

 

 クラウディアは少しだけ表情を緩めた。

 

「よろしくお願いします、お姉様」

 

「任せて」

 

 次に、クラウディアはセラフィーナを見る。

 

「次はセラフィーナ」

 

「私ね」

 

「はい」

 

 書類が渡される。

 

「アルヴェリアの新型魔導鎧です」

 

「……魔導鎧?」

 

 セラフィーナが資料を読む。

 

 数枚の図面。

 

 試験記録。

 

 そして、実戦を想定した評価。

 

「何これ……」

 

「非常に厄介な兵器です」

 

「装甲が厚いだけじゃないわね」

 

「ええ」

 

 クラウディアが指で資料を示す。

 

「内部に衝撃を吸収する機構を備えています」

 

「つまり?」

 

「斬撃や打撃では、ほとんど損傷を与えられません」

 

「……」

 

 セラフィーナが顔をしかめる。

 

「魔導鎧なのに、物理攻撃に強いの?」

 

「従来型とは比較になりません」

 

 クラウディアは淡々と説明する。

 

「外部装甲そのものも非常に堅牢です。その上、受けた衝撃を内部で分散・吸収する構造になっています」

 

「面倒ね」

 

「かなり」

 

「魔法なら?」

 

「試験では、一定以上の魔法攻撃にも耐えています」

 

「……本当に面倒」

 

 セラフィーナは資料をめくる。

 

「これ、量産されたら厄介じゃない?」

 

「だから今のうちに対処します」

 

「なるほど」

 

 セラフィーナは資料を机へ置いた。

 

「私に壊せってことね」

 

「可能なら」

 

「分かった」

 

 セラフィーナは即答した。

 

「こんなのが大量に出てきたら、魔族側も困るでしょうし」

 

「その通りです」

 

「それに……」

 

 セラフィーナは少しだけ笑った。

 

「昼間の借りもあるし」

 

 ヴィットリオが振り返る。

 

「俺に?」

 

「違う!」

 

「じゃあ誰に?」

 

「……何でもない!」

 

「そうか」

 

 ヴィットリオは気にせず酒を飲んだ。

 

 そして最後。

 

 クラウディアはヴィットリオを見る。

 

「最後はあなたです」

 

「待ってました」

 

 ヴィットリオがグラスを置く。

 

「何だ?」

 

「竜人です」

 

「竜人?」

 

「はい」

 

 クラウディアが資料を差し出す。

 

「国境地帯で竜人の集団が確認されています」

 

 ヴィットリオは資料を見る。

 

「何をしてる?」

 

「グラディオス領内への侵入」

 

「目的は?」

 

「現時点では不明です」

 

「人数は?」

 

「確認できている範囲で十数名」

 

「ふうん」

 

 ヴィットリオは興味なさそうにページをめくった。

 

 しかし。

 

 次の資料に目を通した瞬間。

 

 指が止まった。

 

「……古竜?」

 

「可能性があります」

 

 クラウディアの声が低くなる。

 

「確定ではありません。しかし、竜人たちが活動している地域で、古竜の存在を示す痕跡が複数確認されています」

 

 ヴィットリオは黙って資料を見る。

 

 その顔から、さっきまでの酔いが少しずつ消えていく。

 

「……どこだ?」

 

「北東部の山岳地帯です」

 

「距離は?」

 

「馬車で三日ほど」

 

「近いな」

 

「ですから、あなたに頼みます」

 

「竜人と古竜」

 

 ヴィットリオは呟く。

 

 そして――。

 

 口元が歪んだ。

 

 邪悪な笑みだった。

 

「古竜か……」

 

 レオノーラがヴィットリオを見る。

 

「そんなに嬉しいの?」

 

「ああ」

 

「どうして?」

 

「古竜はいいぞ」

 

「何が?」

 

「食えば分かる」

 

「……」

 

 セラフィーナが嫌そうな顔をする。

 

「その言い方、本当に嫌なんだけど」

 

 ヴィットリオは笑った。

 

「俺は元々、こんな身体だった」

 

 太い腕を軽く握る。

 

 その腕には、無数の傷跡が残っている。

 

「古竜の心臓を食ったから強くなったわけじゃねえ」

 

「……」

 

「俺は最初から強かった」

 

 それは自慢ではなかった。

 

 ただの事実として語っている。

 

「人間も魔族も、俺を見て化け物だって言ってた」

 

 ヴィットリオは自分の胸を叩く。

 

「その俺が、古竜の心臓を食った」

 

 クラウディアが静かに続ける。

 

「現在までに六つ」

 

「そうだ」

 

 セラフィーナが目を丸くする。

 

「六つも?」

 

「ああ」

 

「そんなに食べて平気なの?」

 

「平気だからここにいる」

 

「そういう問題じゃないでしょう……」

 

 ヴィットリオは笑う。

 

「一個目を食った時から身体がおかしくなった」

 

「どういうふうに?」

 

 レオノーラが尋ねる。

 

「疲れなくなった」

 

「……」

 

「正確には、疲れてもすぐ戻る」

 

 ヴィットリオは拳を握る。

 

「昔はどれだけ強くても、戦い続ければ身体は動かなくなった」

 

 だが今は違う。

 

「今の俺は、戦っても戦っても身体が止まらねえ」

 

「無尽蔵の体力」

 

 クラウディアが言う。

 

「ええ」

 

「それと再生だ」

 

 ヴィットリオは肩を軽く回した。

 

「斬られても、焼かれても、時間が経てば戻る」

 

「昼間、剣が食い込んでも平気だったのは……」

 

「これのおかげでもある」

 

 ヴィットリオは自分の身体を指差す。

 

「元々の頑丈さに、古竜の性質が混ざった」

 

 セラフィーナが腕を組む。

 

「じゃあ、もう十分じゃない」

 

「何が?」

 

「古竜の心臓」

 

「十分?」

 

 ヴィットリオは笑う。

 

「馬鹿言え」

 

 目が鋭くなる。

 

「六個で終わりにする理由がどこにある?」

 

「……」

 

「七個目があるなら食う」

 

 レオノーラが少し困ったように笑う。

 

「本当に欲深いのね」

 

「力も金も、あるなら欲しいだろ」

 

「あなたらしいわ」

 

 クラウディアは資料を指で叩いた。

 

「ただし、古竜がいるという確証はありません」

 

「それでも行く」

 

「なぜです?」

 

「竜人がいる」

 

「はい」

 

「古竜の痕跡もある」

 

「はい」

 

「なら探す価値がある」

 

 ヴィットリオは椅子から立ち上がった。

 

「それに」

 

 資料を懐へしまう。

 

「竜人だろうが古竜だろうが、グラディオスの領内を勝手に荒らしてるなら――」

 

 口元が吊り上がる。

 

「俺が始末してやる」

 

 クラウディアは頷いた。

 

「それで十分です」

 

「報酬は?」

 

「もちろん支払います」

 

「なら決まりだ」

 

 ヴィットリオは満足そうに座り直した。

 

 レオノーラが三人を見渡す。

 

「私たち三人が、それぞれ別の場所へ?」

 

「はい」

 

 クラウディアが答える。

 

「三つとも、今後のグラディオスにとって放置できない問題です」

 

「魔獣」

 

「新型魔導鎧」

 

「竜人と古竜」

 

 セラフィーナが指を折りながら呟く。

 

「見事に全部面倒ね」

 

「そうですね」

 

 クラウディアは否定しなかった。

 

「だからこそ、あなたたちに頼むのです」

 

 レオノーラが微笑む。

 

「分かったわ」

 

 セラフィーナも頷く。

 

「私もやる」

 

 そしてヴィットリオ。

 

「俺は古竜を探す」

 

「ええ」

 

 クラウディアが答える。

 

「ただし」

 

「何だ?」

 

「勝手に領土を広げたり、余計な戦争を始めたりしないでください」

 

「分かってる」

 

「本当ですか?」

 

「たぶんな」

 

「……」

 

 クラウディアは深いため息を吐いた。

 

 セラフィーナが笑う。

 

「まあ、あいつなら本当に古竜を見つけそうだけど」

 

「そうね」

 

 レオノーラも頷く。

 

「むしろ心配なのは、その後かもしれないわ」

 

「何が?」

 

 ヴィットリオが聞く。

 

「古竜を倒した後よ」

 

「心臓を食う」

 

「そこよ」

 

 レオノーラが苦笑する。

 

「七個目を取り込んで、あなたが今よりさらに強くなったらどうするの?」

 

 ヴィットリオは少し考えた。

 

「……八個目を探す」

 

「ほら」

 

 セラフィーナが頭を抱える。

 

「そうなると思った!」

 

 クラウディアは三人を見ながら、静かに酒を飲んだ。

 

 魔王国の未来を考えれば、頭の痛い問題は山ほどある。

 

 だが。

 

 自分には、この三人がいる。

 

 強大な魔獣には姉が。

 

 新たな兵器には妹が。

 

 そして、竜人と古竜には――。

 

 最も扱いに困る夫が。

 

「では、明日からお願いします」

 

「ええ」

 

「任せて」

 

「分かった」

 

 三人の返事が重なる。

 

 ヴィットリオは酒を飲み干した。

 

「……しかし」

 

「何です?」

 

「古竜か」

 

 再び、その口元に笑みが浮かぶ。

 

「楽しみだな」

 

 それは酒に酔った男の笑みではなかった。

 

 新しい力を手に入れることを確信した、獣の笑みだった。

 

 六つの古竜の心臓を取り込んでもなお。

 

 ヴィットリオ・ヴァレンティアの欲望には、終わりが見えなかった。

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