※この作品はR-18です。

異世界マフィア   作:山門門山

7 / 17
第7話 王女達の仕事

第七話 王女たちの仕事

 

 翌朝。

 

 魔王城は、いつもより少しだけ騒がしかった。

 

 レオノーラは自室で身支度を整え、大剣を手に取った。

 

 鏡の前で黒髪をまとめる。

 

 装備を確認し、腰の小物入れを確かめる。

 

 今回の相手は、ただの魔獣ではない。

 

 山岳地帯に出没している巨大な魔獣。

 

 熊と鬼を混ぜ合わせたような姿をしており、通常の魔獣とは比較にならない膂力を持つ。

 

 そして最大の特徴が、全身を覆う毛皮。

 

 魔力を弾く。

 

 炎も。

 

 雷も。

 

 風も。

 

 純粋な魔力による攻撃の大半が、毛皮に阻まれる。

 

 だからこそ、今回の任務はレオノーラに任された。

 

「……行きましょう」

 

 部屋を出る。

 

 廊下を歩いていると。

 

「おーい!」

 

 聞き慣れた声がした。

 

 振り返る。

 

 ヴィットリオだった。

 

 朝だというのに、すでに酒の匂いがする。

 

「レオノーラ」

 

「何かしら?」

 

「俺の部下、連れてけ」

 

「……」

 

 レオノーラは一瞬黙った。

 

「必要ないわ」

 

「そう言うと思った」

 

「なら、なぜ言うの?」

 

「便利だから」

 

「……」

 

 あまりにも率直だった。

 

「今回の相手は魔獣よ」

 

「ああ」

 

「私一人で十分」

 

「知ってる」

 

「なら――」

 

「でも連れてけ」

 

「……」

 

 ヴィットリオは隣にいた男を指差した。

 

「こいつら、俺の仕事で使ってる」

 

 数人の部下が頭を下げる。

 

「護衛としてではありません」

 

 先頭の男が説明する。

 

「物資の管理、周辺警戒、負傷者の処置、地図の確認など、戦闘以外の部分を担当いたします」

 

「それなら……」

 

「ヴィットリオ様からも、戦闘には極力手を出すなと言われております」

 

「それならなおさら必要ないんじゃない?」

 

 レオノーラが言う。

 

 ヴィットリオは首を横に振った。

 

「必要だ」

 

「どうして?」

 

「俺が連れてけって言ってるから」

 

「……」

 

 レオノーラは少し困った顔をした。

 

 この男に理屈を求めても仕方がない。

 

「分かったわ」

 

「よし」

 

「ただし、危険になったら退いてもらうわよ」

 

「それでいい」

 

 ヴィットリオは満足そうに頷いた。

 

「あと――」

 

「まだあるの?」

 

「魔獣の素材、できるだけ持って帰ってくれ」

 

「素材?」

 

「ああ」

 

 ヴィットリオは当然のように言った。

 

「毛皮とか牙とか骨とか。使えそうなもんは全部」

 

「……あなた、最初からそれが目的じゃないでしょうね?」

 

「討伐が目的だろ?」

 

「その答え方は怪しいわ」

 

「細けえことはいいんだよ」

 

 ヴィットリオは笑った。

 

「倒したら持って帰れ。それだけだ」

 

 レオノーラはため息をつく。

 

「分かったわ」

 

「じゃ、頼んだ」

 

 それだけ言うと、ヴィットリオは欠伸をしながら去っていった。

 

 レオノーラはその背中を見送る。

 

「……本当に自由な人ね」

 

「ええ」

 

 部下の一人が答えた。

 

「我々もそう思います」

 

「本人に言わないの?」

 

「殺されますので」

 

「……」

 

 レオノーラは少しだけ笑った。

 

「苦労しているのね」

 

「はい」

 

 その日の昼。

 

 レオノーラは魔獣の生息域へ入った。

 

 ヴィットリオの部下たちは、確かに戦闘では目立たなかった。

 

 だが。

 

「殿下、右手の斜面は崩れやすくなっています」

 

「分かったわ」

 

「前方に獣道があります。新しいです」

 

「そこを追えばいいのね」

 

「はい」

 

「水を」

 

「こちらです」

 

「ありがとう」

 

 何も言わなくても必要なものが出てくる。

 

 レオノーラが立ち止まれば地図を広げる。

 

 負傷の可能性があれば薬を用意する。

 

 魔獣の痕跡を見つければ、すぐに情報を共有する。

 

 実に手際がいい。

 

「……」

 

 レオノーラは少し感心していた。

 

「あなたたち」

 

「はい」

 

「普段、どんな仕事をしているの?」

 

「ヴィットリオ様の仕事です」

 

「具体的には?」

 

「その日のヴィットリオ様次第です」

 

「……そう」

 

 深く聞くのはやめた。

 

 やがて。

 

 森の奥から、低い唸り声が響いた。

 

 全員が足を止める。

 

「来ます」

 

 レオノーラが大剣を抜く。

 

 木々が揺れた。

 

 巨大な腕が木をへし折る。

 

 現れた。

 

 巨大な魔獣。

 

 熊に似た巨体。

 

 しかし、腕は異様なほど太く、二本の脚で立つ姿は鬼を思わせる。

 

 毛皮は黒褐色。

 

 目は血走っている。

 

「……大きい」

 

 レオノーラが呟く。

 

 魔獣が吠える。

 

「――ッ!」

 

 突進。

 

 レオノーラは真正面から迎え撃った。

 

 巨大な腕が振り下ろされる。

 

 大剣で受ける。

 

 ――ドォン!

 

 足元が沈む。

 

「……!」

 

 重い。

 

 だが。

 

 レオノーラは押し返す。

 

 身体を捻る。

 

 魔獣の腕を受け流し、そのまま横へ回り込む。

 

 斬撃。

 

 毛皮に刃が食い込む。

 

「浅い……!」

 

 予想以上に硬い。

 

 魔獣が振り返る。

 

 拳が飛んでくる。

 

 レオノーラは頭を下げる。

 

 拳が頭上を通り過ぎる。

 

 そのまま脚を狙う。

 

 斬撃。

 

 今度は深く入った。

 

 魔獣が咆哮する。

 

「効いている!」

 

 後ろから声が飛ぶ。

 

 レオノーラは一歩下がった。

 

 魔獣が暴れる。

 

 大木が次々と倒される。

 

「殿下、左!」

 

 レオノーラが飛び退く。

 

 腕が目の前を通過した。

 

「ありがとう」

 

「はい!」

 

 魔獣が再び突進する。

 

 レオノーラは逃げない。

 

 大剣を構える。

 

 魔獣が腕を振る。

 

 直前まで引きつける。

 

 そして――。

 

 一歩。

 

 懐へ。

 

 身体を沈める。

 

 大剣を下から斜めに振り上げた。

 

 ――ザシュッ!

 

 首元へ深く刃が入る。

 

 魔獣がよろめく。

 

 それでも倒れない。

 

「まだ……!」

 

 魔獣が最後の力で腕を振るう。

 

 レオノーラは真正面から受け止めた。

 

 身体が僅かに後退する。

 

 だが、倒れない。

 

「――終わりよ」

 

 大剣を振り抜く。

 

 巨大な首が落ちた。

 

 魔獣の身体が地面へ倒れる。

 

 ――ズゥン。

 

 静寂。

 

 レオノーラは息を整え、剣を振って血を払った。

 

「終わったわね」

 

「お見事でした」

 

「ありがとう」

 

 部下たちがすぐに作業へ移る。

 

 毛皮を傷つけないよう慎重に処理する。

 

 牙。

 

 爪。

 

 骨。

 

 内臓の一部。

 

 必要なものを次々と回収していく。

 

 レオノーラはその手際を見ながら苦笑した。

 

「……本当に、これが目的だったのね」

 

「ヴィットリオ様からは、できるだけ持ち帰れと」

 

「やっぱり」

 

 レオノーラは空を見上げた。

 

「まあ、役に立つならいいけれど」

 

 その頃。

 

 魔王城では。

 

 セラフィーナもまた準備を進めていた。

 

 彼女の任務はレオノーラとは全く違う。

 

 亜人側が開発した新型魔導鎧。

 

 衝撃を吸収する機構。

 

 極めて頑丈な装甲。

 

 斬撃や打撃がほとんど通らない。

 

 魔法に対しても一定の防御機構を持つ。

 

 従来の魔導鎧とは別物だった。

 

「……面倒ね」

 

 セラフィーナが資料を机へ放り出す。

 

「魔法が効きにくいわけじゃない」

 

 眼鏡をかけているわけではない。

 

 彼女は資料を睨む。

 

「物理攻撃が通らない」

 

「そのようですね」

 

 侍女が答える。

 

「だったら私が吹き飛ばせばいい」

 

「それで済めばよいのですが」

 

「……」

 

 セラフィーナは嫌そうな顔をする。

 

「昨日のヴィットリオみたいなのが鎧を着てるってこと?」

 

「少し違うと思います」

 

「でしょうね」

 

 そこへ。

 

「おーい」

 

「……」

 

 聞き覚えのある声。

 

 セラフィーナが振り返る。

 

「また来た」

 

 ヴィットリオだった。

 

「俺の部下、連れてけ」

 

「嫌」

 

「即答かよ」

 

「昨日の話で十分でしょ」

 

「便利だぞ」

 

「分かってるわよ!」

 

 セラフィーナが叫ぶ。

 

「お姉様から聞いたわ!」

 

「じゃあ連れてけ」

 

「何でよ!」

 

「必要だから」

 

「私一人で十分!」

 

「でも連れてけ」

 

「しつこい!」

 

「連れてけ」

 

「……」

 

「連れてけ」

 

「……分かったわよ!」

 

 セラフィーナが頭を抱える。

 

「何で私が折れなきゃいけないのよ……」

 

「金は?」

 

「払わない」

 

「俺の部下だぞ?」

 

「あなたが勝手に付けてるだけでしょう!」

 

「まあな」

 

「認めるな!」

 

 結局。

 

 セラフィーナもヴィットリオの部下を連れていくことになった。

 

 そして任務当日。

 

 新型魔導鎧の試験部隊と接触した。

 

「来たわね」

 

 セラフィーナが杖を構える。

 

 前方。

 

 重装甲の魔導鎧が数体並んでいる。

 

 巨大な身体。

 

 分厚い装甲。

 

 関節部分まで保護されている。

 

「撃つわよ!」

 

 魔力が爆発する。

 

 炎が走る。

 

 爆風が試験部隊を包む。

 

 ――ドォン!

 

 だが。

 

 煙の中から魔導鎧が歩いて出てきた。

 

「……嘘」

 

 セラフィーナの顔が引きつる。

 

 ほとんど無傷。

 

「聞いていた以上ね」

 

 ヴィットリオの部下が言う。

 

「いかがしますか?」

 

「決まってるでしょう」

 

 セラフィーナが杖を構える。

 

「もっと強いのを撃つ!」

 

「承知しました」

 

 男たちがすぐに動いた。

 

「左側、三体」

 

「了解」

 

「右側は一体のみ」

 

「了解」

 

「セラフィーナ様、背後は我々が警戒します」

 

「……」

 

 セラフィーナは一瞬黙った。

 

「……本当に便利ね、あんたたち」

 

「ありがとうございます」

 

「褒めてないけど」

 

「承知しております」

 

「何なのよ、もう……」

 

 セラフィーナが笑う。

 

 そして杖を掲げた。

 

「まとめて吹き飛ばす!」

 

 膨大な魔力が渦巻く。

 

 魔導鎧の装甲へ、巨大な魔法が叩き込まれる。

 

 轟音。

 

 地面が揺れる。

 

 数体の魔導鎧が吹き飛んだ。

 

 しかし。

 

 倒れた魔導鎧は、再び立ち上がる。

 

「……まだ動くの?」

 

「装甲内部の衝撃吸収機構が生きています」

 

「なら、関節を狙う」

 

「了解しました」

 

 部下たちが即座に動く。

 

 足を止める。

 

 進路を塞ぐ。

 

 セラフィーナが狙いを定める。

 

 魔法が集中する。

 

 ――轟音。

 

 関節部が破壊される。

 

 一体。

 

 また一体。

 

 やがて最後の魔導鎧が膝をついた。

 

「……終わった?」

 

「機能停止を確認しました」

 

 セラフィーナは杖を下ろす。

 

「ふう……」

 

 疲れたように息を吐く。

 

「こいつら、本当に厄介ね」

 

「ですが、攻略法は見えました」

 

「そうね」

 

 セラフィーナは魔導鎧を見下ろす。

 

「これ、持って帰れる?」

 

 部下たちが顔を見合わせる。

 

「ヴィットリオ様から命令があります」

 

「……やっぱり?」

 

「はい」

 

「何て?」

 

「可能な限り破壊せず、持ち帰れ」

 

 セラフィーナは天を仰いだ。

 

「最初からそれが目的だったのね……!」

 

 遠く離れた魔王国の屋敷では。

 

 そのヴィットリオが、何も知らない顔で酒を飲んでいた。

 

「……そろそろ帰ってくる頃か」

 

 テーブルの上には空になった酒瓶。

 

 そして、紙が二枚。

 

 一枚には魔獣の特徴。

 

 もう一枚には新型魔導鎧の情報。

 

 ヴィットリオは紙を眺めながら、口元を歪めた。

 

「毛皮は防具に使える」

 

 魔獣の素材。

 

「鎧は構造を調べればいい」

 

 亜人の新技術。

 

 どちらも魔王国にとって価値がある。

 

 そして。

 

 ヴィットリオにとっては、それ以上に価値がある。

 

 敵が苦労して作ったものを。

 

 敵の懐から奪い取る。

 

「……悪くねえ」

 

 ヴィットリオは酒を煽った。

 

 今回の任務で王女たちは、それぞれ自分の仕事を果たした。

 

 レオノーラは魔獣を倒した。

 

 セラフィーナは新型魔導鎧を止めた。

 

 そして二人とも。

 

 ヴィットリオが欲しがったものまで、しっかり持ち帰ろうとしていた。

 

 本人たちはまだ知らない。

 

 自分たちが「国家のための任務」だと思っていた仕事の裏で。

 

 ヴィットリオがちゃっかり、自分の商売の材料まで集めていたことを。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。