※この作品はR-18です。

異世界マフィア   作:山門門山

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第7話 古竜を見つけた日

第七話 古竜を見つけた日

 

 魔王城。

 

 夕刻。

 

 西側の応接室では、ヴィットリオ・ヴァレンティアがソファに身体を沈めていた。

 

 片手には酒杯。

 

 卓上には酒瓶と簡単なつまみが並んでいる。

 

 窓の外では、夕日が魔王城の尖塔を赤く染めていた。

 

「……」

 

 ヴィットリオは酒を一口飲む。

 

「……うまい」

 

 もう一口。

 

 実に満足そうだった。

 

 その周囲には数人の部下が控えている。

 

 彼らに与えられている仕事は一つ。

 

 古竜を探すこと。

 

 ヴィットリオ自身は、まだ一歩も古竜探しに出ていない。

 

 そもそも、居場所も分からないものを自分から探しに行く理由がない。

 

 面倒だからだ。

 

「まだ報告はないか?」

 

「はい。現在、各方面へ探索隊を出しております」

 

「そうか」

 

 ヴィットリオは酒を飲む。

 

「見つけたらすぐ俺に知らせろ」

 

「承知しております」

 

「古竜の周囲にいる竜人にも手を出すな」

 

「はい」

 

「俺が行くまでな」

 

「承知しました」

 

 ヴィットリオは満足げに頷いた。

 

「じゃあ、もういいぞ」

 

 部下たちは一礼する。

 

 そのまま部屋の隅へ下がった。

 

 ヴィットリオは再び酒を飲む。

 

 静かで、平和な時間だった。

 

 ――少なくとも、本人にとっては。

 

 その時。

 

 廊下から足音が響いた。

 

 しかも一人ではない。

 

 複数。

 

 そして扉が開く。

 

「ヴィットリオ!」

 

「……おう」

 

 入ってきたのはレオノーラとセラフィーナだった。

 

 二人とも任務を終えたばかりらしく、装備にはまだ戦闘の跡が残っている。

 

 セラフィーナは見るなり眉を吊り上げた。

 

「あなたね……!」

 

「何だ?」

 

「何だじゃないわよ!」

 

 ヴィットリオは酒杯を傾ける。

 

「任務、ご苦労さん」

 

「誰のせいで苦労したと思ってるのよ!」

 

「俺?」

 

「あなたよ!」

 

 ヴィットリオは首を傾げた。

 

「ちゃんと終わったんだろ?」

 

「終わったけど!」

 

「じゃあいいじゃねえか」

 

「よくない!」

 

 セラフィーナが机を叩く。

 

「何で帰ってきた私たちより、あなたの方がくつろいでるのよ!」

 

「俺は別の仕事中だ」

 

「仕事?」

 

「古竜探し」

 

「……」

 

 セラフィーナの顔が引きつった。

 

「探してるの?」

 

「部下がな」

 

「あなたは?」

 

「俺は待ってる」

 

「……」

 

 レオノーラが思わず苦笑する。

 

「相変わらずね」

 

「何がだ?」

 

「あなたらしいということよ」

 

「そうか?」

 

「ええ」

 

 セラフィーナが呆れたようにため息をついた。

 

「私たちは散々戦ってきたっていうのに……」

 

「お疲れさん」

 

「その言い方が腹立つ!」

 

「じゃあ何て言えばいい?」

 

「……知らないわよ!」

 

 ヴィットリオは笑った。

 

「元気そうで何よりだ」

 

「誰のせいよ!」

 

 レオノーラが妹の肩へ手を置く。

 

「まあまあ」

 

「お姉様まで……」

 

「でも、ヴィットリオ」

 

 レオノーラがヴィットリオを見る。

 

「一つ聞きたいわ」

 

「何だ?」

 

「あなたが私たちに自分の部下を付けるよう、何度も勧めた理由」

 

「ああ」

 

「実際に任務へ出て分かったわ」

 

 レオノーラは少しだけ笑った。

 

「かなり優秀ね」

 

「だろ?」

 

「戦闘前の準備も、戦闘中の補給も、その後の処理も」

 

「うん」

 

「こちらが何か言う前に必要なことをしてくれた」

 

「俺の部下だからな」

 

「あなたには勿体ないくらいよ」

 

「おい」

 

 ヴィットリオが不満そうな顔をする。

 

 セラフィーナも渋々口を開いた。

 

「……私も認める」

 

「お前もか」

 

「何?」

 

「いや、意外だと思ってな」

 

「失礼ね」

 

 セラフィーナは腕を組む。

 

「魔力を使い切って疲れてたら、何も言わなくても回復薬を持ってきたし」

 

「だろ?」

 

「食事も用意してくれた」

 

「だろ?」

 

「寝る場所まで勝手に確保してくれた」

 

「だろ?」

 

「……本当にあなたの部下?」

 

「そうだ」

 

「あなたより気が利くじゃない」

 

「おい」

 

 ヴィットリオが睨む。

 

 レオノーラが小さく笑う。

 

「でも、役に立ったのは確かよ」

 

「ああ」

 

「それと」

 

 レオノーラの目が少し細くなる。

 

「魔獣の素材を回収するよう指示していたでしょう?」

 

「当然だ」

 

「倒した後まで仕事なのね」

 

「売れるからな」

 

「毛皮も?」

 

「売れる」

 

「牙も?」

 

「売れる」

 

「爪も?」

 

「売れる」

 

「骨も?」

 

「売れる」

 

 ヴィットリオは真顔だった。

 

「金になるものを置いて帰る馬鹿がいるか?」

 

「……あなたらしいわ」

 

 セラフィーナも口を挟む。

 

「私の方も、新型魔導鎧を持って帰れって言われたわよ」

 

「ああ」

 

「戦場で回収するの、結構大変だったんだから」

 

「でも持って帰っただろ?」

 

「持って帰ったわよ」

 

 セラフィーナは不満げに言う。

 

「亜人側の新型魔導鎧。衝撃を吸収して、装甲も異常に硬い。斬撃も打撃もほとんど効かない」

 

「使えるだろ?」

 

「研究する価値はあるでしょうね」

 

「ならいい」

 

「……本当に損得だけで考えてるわね」

 

「金になるか、国の役に立つか」

 

 ヴィットリオは酒杯を置く。

 

「それだけだ」

 

 その時だった。

 

 ――コンコン。

 

 扉が叩かれる。

 

「入れ」

 

 扉が開く。

 

 一人の部下が駆け込んできた。

 

「ヴィットリオ様!」

 

「どうした?」

 

「古竜を発見しました!」

 

 ヴィットリオの動きが止まった。

 

「……本当か?」

 

「はい!」

 

 部下は息を切らしながら頷く。

 

「東部山岳地帯です。先遣隊が確認しました。間違いなく古竜です!」

 

「場所は?」

 

 男が地図を広げる。

 

「ここです」

 

 ヴィットリオが覗き込む。

 

「……遠いな」

 

「はい」

 

「面倒だ」

 

「……」

 

 部下は何とも言えない顔をした。

 

 ヴィットリオは少し考える。

 

「クラウディアは?」

 

「すでにお呼びしております」

 

「そうか」

 

 その直後。

 

「呼ばれました」

 

 クラウディアが入ってくる。

 

 眼鏡を押し上げながら、状況を見る。

 

「古竜が見つかったのですね」

 

「ああ」

 

「では転移します」

 

「頼む」

 

 クラウディアが杖を取り出す。

 

 床に魔法陣が広がった。

 

 淡い光が部屋を照らす。

 

「ヴィットリオ様と私、それから護衛を――」

 

「私たちも行くわ」

 

 レオノーラが言った。

 

「え?」

 

 クラウディアが振り返る。

 

 セラフィーナもすでに魔法陣の中へ入っていた。

 

「ちょっと待って」

 

「何?」

 

「お姉様も私も行くわよ」

 

「……」

 

 クラウディアが二人を見る。

 

「私はまだ何も言っていませんが」

 

「でも古竜なんでしょう?」

 

 セラフィーナが言う。

 

「面白そうじゃない」

 

「危険ですよ」

 

「だから行くの」

 

 レオノーラも魔法陣へ入る。

 

「ヴィットリオ一人では不安でしょう?」

 

「おい」

 

 ヴィットリオが眉をひそめる。

 

「俺を何だと思ってる」

 

「暴走しそうな人」

 

 セラフィーナが即答する。

 

「……」

 

「否定できないでしょう?」

 

「まあな」

 

 ヴィットリオはあっさり認めた。

 

「じゃあ来い」

 

「素直ね」

 

「人数が多い方が楽だろ」

 

「私たちを戦力として数えてる?」

 

「もちろん」

 

 ヴィットリオは笑う。

 

「使える奴は使う」

 

「ほんとに……」

 

 クラウディアはため息をつきながら魔法陣へ魔力を流した。

 

「では、行きます」

 

 光が強くなる。

 

 部下たちも数人、魔法陣へ入った。

 

 ヴィットリオ。

 

 レオノーラ。

 

 セラフィーナ。

 

 クラウディア。

 

 そして数名の部下。

 

 全員が揃った。

 

「転移」

 

 クラウディアが呟く。

 

 世界が一瞬、歪んだ。

 

 ――そして。

 

 山岳地帯。

 

 冷たい風が吹き抜けた。

 

「……」

 

 ヴィットリオたちが地面へ降り立つ。

 

「着いた?」

 

 セラフィーナが周囲を見る。

 

「……」

 

 レオノーラの手が剣へ伸びた。

 

「待って」

 

 クラウディアが言う。

 

「周囲に誰かいます」

 

「……?」

 

 岩陰。

 

 山道。

 

 そして谷間。

 

 そこには――。

 

「……竜人?」

 

 セラフィーナが呟く。

 

 何人もの竜人がいた。

 

 彼らは突然目の前に現れた魔族の一団を見て、完全に凍りついている。

 

「な……」

 

「何だ!?」

 

「魔族!?」

 

「いつの間に!?」

 

「転移魔法だ!」

 

「古竜様の前に直接……!?」

 

 ざわめきが一気に広がる。

 

 武器を取る者。

 

 仲間へ知らせようと走り出す者。

 

 魔力を練る者。

 

 あまりにも突然の出来事に、完全にパニック状態だった。

 

「待て!」

 

 ヴィットリオの部下が叫ぶ。

 

「武器を下ろせ!」

 

「近づくな!」

 

「古竜様に報告を――!」

 

「もう遅い!」

 

 誰かが叫んだ。

 

「古竜様が気付かれた!」

 

 その瞬間。

 

 空気が変わった。

 

 山全体が震える。

 

「……!」

 

 ヴィットリオが顔を上げる。

 

 山の向こう。

 

 巨大な影が動いた。

 

 岩壁が崩れる。

 

 土煙が舞い上がる。

 

 そして。

 

 ――グォォォォォォォォン!!

 

 凄まじい咆哮が山々を揺らした。

 

 竜人たちが一斉に身を伏せる。

 

 セラフィーナも思わず耳を塞いだ。

 

「な、何よこれ……!」

 

 レオノーラは歯を食いしばって立っている。

 

 クラウディアも顔を上げる。

 

 そして。

 

 山の向こうから姿を現した。

 

 巨大な竜。

 

 幾重にも重なった鱗。

 

 巨大な翼。

 

 鋭い角。

 

 そして、山そのものを見下ろすような巨大な身体。

 

 古竜。

 

 その巨大な瞳が、こちらを捉えた。

 

「……」

 

 古竜が止まる。

 

 明らかに驚いていた。

 

 自分の縄張りの中へ、突然大量の魔族が現れたのだ。

 

 しかも、その中には自分と同じような異質な気配を持つ存在がいる。

 

 ヴィットリオ。

 

 古竜の視線が、彼へ固定された。

 

「……」

 

 ヴィットリオも古竜を見上げる。

 

 そして。

 

 口元がゆっくりと吊り上がった。

 

「……なるほど」

 

 レオノーラが横目で見る。

 

「ヴィットリオ?」

 

「……七つ目か」

 

「え?」

 

 セラフィーナが聞き返す。

 

 ヴィットリオは笑っていた。

 

 彼の身体には、すでに六つの古竜の心臓が取り込まれている。

 

 それによって得た、異常な生命力。

 

 無尽蔵とも思える体力。

 

 そして、傷を塞ぐ凄まじい再生力。

 

 だが。

 

 目の前の古竜は――。

 

 その七つ目になる。

 

「……」

 

 ヴィットリオの拳が、ゆっくりと握られる。

 

「こいつを食えば……」

 

 その目に、獲物を前にした獣のような光が宿る。

 

「もっと強くなれる」

 

「ヴィットリオ」

 

 クラウディアが静かに言った。

 

「まず話し合いという選択肢は――」

 

「ない」

 

「即答ですか」

 

「心臓がある」

 

「……」

 

 クラウディアは諦めたように目を閉じる。

 

「そうですか」

 

 古竜が再び咆哮する。

 

 ――グォォォォォォン!!

 

 今度の咆哮には、明確な怒りが混じっていた。

 

 竜人たちは恐慌状態になる。

 

「古竜様がお怒りだ!」

 

「全員下がれ!」

 

「逃げろ!」

 

「違う! あいつだ!」

 

 何人もの竜人がヴィットリオを指差す。

 

 ヴィットリオはその声を聞いて――。

 

「……あ?」

 

 振り返る。

 

「俺?」

 

 竜人たちが一斉に後ずさる。

 

 ヴィットリオは首を傾げた。

 

 そして。

 

「まあいい」

 

 再び古竜を見る。

 

「お前、心臓くれ」

 

「…………」

 

 その言葉が理解できたのかどうか。

 

 古竜が巨大な頭を僅かに引いた。

 

 まるで――。

 

 目の前の存在が何を言っているのか、本気で理解できない生物を見るように。

 

 そして次の瞬間。

 

 古竜が大きく口を開いた。

 

 魔力が膨れ上がる。

 

「……」

 

 ヴィットリオの笑みが深くなる。

 

「おう」

 

 拳を握る。

 

「そうこなくちゃな」

 

 山岳地帯に、再び古竜の咆哮が響き渡った。

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