※この作品はR-18です。

異世界マフィア   作:山門門山

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第八話 古竜と黄金の鱗

第八話 古竜と黄金の鱗

 

 山岳地帯に、再び古竜の咆哮が響き渡った。

 

 山々が震える。

 

 岩肌から小石が崩れ落ち、周囲にいた竜人たちは一斉に身を伏せた。

 

 古竜の巨大な瞳が、ヴィットリオを睨みつけている。

 

 その目には明確な怒りがあった。

 

 当然だった。

 

 目の前にいる魔族。

 

 その身体から漂ってくる異様な気配。

 

 古竜ならば分かる。

 

 自分たちと同じ血を持つもの。

 

 同胞の力を奪い、その身体へ取り込んだ存在。

 

 しかも、六つ。

 

 ヴィットリオの身体には、すでに六つの古竜の心臓が取り込まれている。

 

 それによって得た、異常な生命力。

 

 無尽蔵とも思える体力。

 

 そして、傷を負っても瞬く間に塞がっていく再生力。

 

 その気配を感じ取った古竜の怒りは、もはや抑えられるものではなかった。

 

「グォォォォォォォォン!!」

 

「おお」

 

 ヴィットリオが笑う。

 

「怒ってるな」

 

「当たり前でしょう!」

 

 セラフィーナが叫ぶ。

 

「あなたが六つも心臓を取り込んでるんだから!」

 

「七つ目が目の前にいる」

 

 ヴィットリオは舌なめずりする。

 

「そりゃ欲しくなるだろ」

 

「あなたの欲望の話じゃない!」

 

 レオノーラが剣を抜く。

 

「来るわ!」

 

 古竜が首をもたげる。

 

 巨大な身体が動いた。

 

 そして――。

 

 一瞬で距離を詰めた。

 

「――ッ!」

 

 古竜の爪が振り下ろされる。

 

 しかし。

 

 そこにヴィットリオはいなかった。

 

「遅い」

 

 声がした。

 

 古竜の横。

 

 ヴィットリオが立っている。

 

 そのまま走り出す。

 

「ヴィットリオ!?」

 

 セラフィーナが叫ぶ。

 

「竜人を捕まえる!」

 

「今!?」

 

「今だ!」

 

 ヴィットリオは古竜ではなく、周囲の竜人へ向かって走っていた。

 

「逃げろ!」

 

「古竜様の後ろへ!」

 

 竜人たちが散開する。

 

 だが。

 

 ヴィットリオの方が速かった。

 

「そこ!」

 

 一人目。

 

 ヴィットリオの手が竜人の襟首を掴む。

 

「な――」

 

「一人」

 

 そのまま放り投げる。

 

 もちろん殺さない。

 

 近くの部下へ向かって飛ばす。

 

「受け取れ!」

 

「はい!」

 

 部下が受け止める。

 

 その直後。

 

 古竜の尾が横薙ぎに振り抜かれた。

 

「――!」

 

 山肌ごと削り取るような一撃。

 

 しかしヴィットリオは、尾が届く寸前に身体を沈めていた。

 

 頭上を巨大な尾が通り過ぎる。

 

「危ねえな」

 

 呟きながら、次の竜人へ向かう。

 

「二人」

 

「来るな!」

 

 竜人が槍を構える。

 

 ヴィットリオは止まらない。

 

 槍の穂先が胸元へ迫る。

 

 ヴィットリオは身体を僅かに横へずらす。

 

 穂先が空を切った。

 

 そのまま腕を伸ばす。

 

「捕まえた」

 

「ぐっ!」

 

 腕を掴まれる。

 

 次の瞬間には、竜人の身体が宙へ浮いていた。

 

 ヴィットリオはそのまま放り投げる。

 

「二人目」

 

「ヴィットリオ!」

 

 レオノーラが叫ぶ。

 

「後ろ!」

 

 古竜の前脚が迫っていた。

 

 巨大な爪。

 

 まともに受ければ、魔族の戦士ですら無事では済まない。

 

 だが。

 

 ヴィットリオは振り返りもしなかった。

 

「分かってる」

 

 身体を捻る。

 

 爪が肩のすぐ横を通過する。

 

 風圧だけで服が大きくはためいた。

 

 そのまま地面を蹴る。

 

 さらに加速。

 

「三人」

 

 また一人。

 

「四人」

 

 さらに一人。

 

「五人」

 

 古竜は怒り狂っていた。

 

 噛みつく。

 

 振り下ろす。

 

 尾を振る。

 

 翼を叩きつける。

 

 そのすべてがヴィットリオを狙う。

 

 しかし。

 

 当たらない。

 

 ヴィットリオは目にも止まらぬ速さで山岳地帯を駆け回っていた。

 

 巨体からは想像もできないほど軽快な動き。

 

 古竜の牙が閉じる寸前に横へ滑り。

 

 爪が地面を砕く瞬間には、すでに別の場所へ移動している。

 

 それでもヴィットリオは古竜を攻撃しない。

 

 目的はただ一つ。

 

 竜人を全員捕まえること。

 

「いた!」

 

 岩陰に隠れていた竜人を見つける。

 

「逃げ――」

 

「遅い」

 

 ヴィットリオの手が伸びる。

 

 竜人の身体を掴む。

 

 その瞬間。

 

 古竜の牙がヴィットリオへ迫った。

 

「――!」

 

 巨大な口。

 

 ヴィットリオの頭部を丸ごと飲み込めるほどの大きさ。

 

 だが。

 

 ヴィットリオは竜人を抱えたまま、身体を捻った。

 

 牙が背中を掠める。

 

 ほんの僅かに皮膚が裂けた。

 

 だが、ヴィットリオは止まらない。

 

「クラウディア!」

 

「はい!」

 

 クラウディアが魔法陣を展開する。

 

「こいつも送れ!」

 

 ヴィットリオが竜人を放り投げる。

 

 竜人の身体が魔法陣へ入る。

 

 光が弾ける。

 

 姿が消える。

 

「これで全部です!」

 

 クラウディアが叫ぶ。

 

 ヴィットリオが立ち止まった。

 

 周囲を見渡す。

 

 竜人の姿はない。

 

 全員確保した。

 

「よし」

 

 ヴィットリオが笑う。

 

「これで安心して殴れる」

 

「最初からそれが目的だったの!?」

 

 セラフィーナが叫ぶ。

 

「いや」

 

 ヴィットリオは古竜を見る。

 

「こいつらがいると、戦いに巻き込んじまうからな」

 

「……」

 

 レオノーラが僅かに目を見開く。

 

「そこだけは考えていたのね」

 

「当然だ」

 

 ヴィットリオは拳を握る。

 

「売り物を壊したら損だ」

 

「やっぱりそっち……」

 

 セラフィーナが頭を抱える。

 

 だが。

 

 古竜は待ってくれなかった。

 

「グォォォォォォォン!!」

 

 怒号と共に、古竜が突進する。

 

 今度は明確にヴィットリオだけを狙っている。

 

「来たか」

 

 ヴィットリオが笑う。

 

 古竜が口を開いた。

 

 巨大な牙が迫る。

 

「まずは噛みつきか」

 

 ヴィットリオは逃げなかった。

 

 むしろ前へ出る。

 

「――おら!」

 

 片手を突き出した。

 

 巨大な顎が迫る。

 

 そして。

 

 ――ガァン!!

 

 ヴィットリオの片手が、古竜の顎を横から弾き飛ばした。

 

「――!?」

 

 古竜の頭部が大きく横へ流れる。

 

 ヴィットリオが笑う。

 

「でかい口だな」

 

 古竜が怒り狂う。

 

 身体を起こす。

 

 巨大な前脚を振り上げた。

 

「今度はそれか」

 

 振り下ろされる。

 

 ヴィットリオは避けない。

 

「おらぁッ!」

 

 迎え撃つように脚を振り上げる。

 

 ――ドゴォン!!

 

 蹴りが古竜の前脚へ直撃した。

 

 凄まじい衝撃が山岳地帯を揺らす。

 

 古竜の身体が大きく傾く。

 

 そして。

 

「……ん?」

 

 ヴィットリオが蹴り込んだ部分を見る。

 

 古竜の鱗に亀裂が入っていた。

 

 ぱき。

 

 ぱきぱき。

 

 表層の鱗が割れていく。

 

「……」

 

 ヴィットリオが目を細める。

 

 剥がれた鱗の下から現れたもの。

 

 それは、普通の肉ではなかった。

 

 金色。

 

 まるで純金を固めたような層。

 

 その中には、赤や青、緑の宝石のような結晶まで埋め込まれている。

 

 光を受けるたびに、きらきらと輝いていた。

 

「……」

 

 ヴィットリオが固まる。

 

 セラフィーナもそれを見る。

 

「……何、あれ」

 

 レオノーラも目を細める。

 

「鱗の内部……?」

 

 クラウディアが魔力を探る。

 

「鉱物化している……?」

 

 ヴィットリオの口元が、ゆっくりと吊り上がった。

 

「……金だ」

 

「またそれ?」

 

「金だぞ」

 

「見れば分かるわよ!」

 

「違う」

 

 ヴィットリオの声が弾んでいる。

 

「こいつ、表面だけじゃねえ」

 

 露出した鱗の内部を凝視する。

 

「中まで宝石と金が詰まってやがる」

 

「……」

 

「最高だ」

 

 ヴィットリオが笑う。

 

 先ほどまでとは比べ物にならないほど目が輝いていた。

 

「心臓だけでも十分だったが――」

 

 古竜を見る。

 

「こいつ一匹で、どれだけ稼げる?」

 

「あなた……」

 

 レオノーラが呆れる。

 

「今、古竜との戦闘中よ」

 

「だからだ」

 

 ヴィットリオは拳を握る。

 

「逃がす理由がなくなった」

 

「最初から逃がすつもりなかったでしょう」

 

「まあな」

 

 古竜が再び咆哮する。

 

 明らかに怒っている。

 

 自らの身体を傷つけられたこと。

 

 そして何より。

 

 目の前の存在から漂う同胞の気配。

 

 六つもの同胞の力を取り込んだ存在が、自分の身体を値踏みしている。

 

 古竜にとって、これ以上の侮辱はなかった。

 

「グォォォォォォォン!!」

 

「うるせえ」

 

 ヴィットリオが拳を構える。

 

「次は何だ?」

 

 古竜が大きく息を吸い込む。

 

 周囲の魔力が一気に吸い寄せられていく。

 

「ブレス!」

 

 クラウディアが叫ぶ。

 

「来ます!」

 

 レオノーラが剣を構える。

 

「ヴィットリオ、避けて!」

 

「嫌だ」

 

「また!?」

 

 セラフィーナが叫ぶ。

 

 古竜の口腔が眩い光に包まれる。

 

「――ッ!」

 

 次の瞬間。

 

 必殺のブレスが放たれた。

 

 山を覆い尽くすほどの巨大な奔流。

 

 岩が砕ける。

 

 大地が焼ける。

 

 空気すら歪む。

 

「ヴィットリオ!」

 

 セラフィーナが叫ぶ。

 

 ヴィットリオは。

 

 拳を握った。

 

「こんなもん――」

 

 一歩踏み込む。

 

「消せばいいだろ!」

 

 拳を振る。

 

 ――ドォォォン!!

 

 拳から放たれた凄まじい衝撃が、正面からブレスへぶつかった。

 

 巨大な奔流が中央から割れる。

 

 左右へ吹き飛ぶ。

 

 山肌が焼け焦げる。

 

 だが。

 

 ヴィットリオは、その中心に立っていた。

 

「……」

 

 古竜が動きを止める。

 

 ヴィットリオは拳を下ろす。

 

 そして。

 

 ゆっくりと笑った。

 

「お前、いいな」

 

 その目は完全に獲物を見る目だった。

 

「強い」

 

 古竜が唸る。

 

「心臓も欲しい」

 

 一歩進む。

 

「鱗も欲しい」

 

 さらに一歩。

 

「ついでに牙も爪も翼も――」

 

 ヴィットリオの笑みが深くなる。

 

「全部売れそうだ」

 

 セラフィーナが呆然とする。

 

「……古竜を丸ごと商品扱いしてる」

 

「いつものことよ」

 

 レオノーラが答える。

 

「ヴィットリオだもの」

 

 クラウディアは静かに魔法陣を維持している。

 

「では、私は竜人の監視を続けます」

 

「頼む」

 

 ヴィットリオは拳を鳴らす。

 

 古竜もまた、巨大な身体を起こした。

 

 六つの同胞の力を取り込んだ怪物。

 

 そして。

 

 その七つ目になろうとしている古竜。

 

 二つの異形が、真正面から睨み合う。

 

 ヴィットリオが舌なめずりする。

 

「……七つ目だ」

 

 拳を握る。

 

「今度は逃がさねえぞ」

 

 古竜が咆哮する。

 

 ヴィットリオも笑う。

 

 そして。

 

 二体の怪物が、同時に地面を蹴った。

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