秦谷美鈴の最良は、自分のペースで歩くことだった。
秦谷美鈴のプロデュースは、何もしないことが正解だった。
俺は、彼女の手を引けない。
背中を押すこともできない。
彼女のプロデューサーになった俺は、自分が秦谷美鈴というアイドルの物語に必要ない存在であることを思い知らされていく。
熱を帯びた楽し気な歓声が上がる。
あるアイドルのパフォーマンスが終わり、舞台裏に戻ってくる。彼女は、出し切ったとばかりにふらついた足取りで帰ってきて、慌てて駆け寄ってきたプロデューサーらしき女性に跳びつくように抱きついた。
「やったよ、プロデューサー!」
「わわっ、ちょっと! 危ないじゃない!」
「えへへ」
心の底から喜んでいるのが伝わってくるような笑顔だった。
会場は主役が去って次第に静まっていっても、サイリウムの光が名残惜し気に揺れているのが見えた。
花やかしくも、どこか奥ゆかしさがある魅惑的な笑顔。機微を重んじた繊細な歌声を持ちながら、パッション系統のアイドルと真っ向から王道で戦うことを選んだ度胸。見事と言わざるを得ない。
彼女の一挙手一投足、元気よく跳ねる度に、会場は沸き上がり、会場は一体となって肩を揺らした。
担当アイドルのパフォーマンス前だというのに、魅入ってしまった。彼女の大躍進のストーリーを見てみたいと思った。きっと、博打だったのだろう。だが、確信があったのだろう。自信に溢れた表情は人を魅了し、上を目指すアイドルの生き様は応援するファンの勇気となる。彼女はこれから、笑顔で人を励ますような素晴らしいアイドルになって行くだろう。
彼女はNIAのランキングでも60~80位くらいだったか。有象無象の域を出ないという評価だった。だが、間違いなく、今日のパフォーマンスで順位を上げてくる。
楽しみだ。
そんな会場の熱が冷めきらないままでも、演目は進んでいく。
暗闇の中にざわつきと布のすれる音が消えない。落ち着きなく、浮ついた空気の中、次のアイドルの番が来た。
不運だ。
あんな素晴らしいパフォーマンスを見せられた後だと、どうしても浮ついた雰囲気に引っ張られてしまう。やり辛さを感じれば、思い切った表現はし辛い。博打が受けた後、普通にやってはしらけるし、同じように博打をしてもインパクトに欠ける。実力が上回っていたとしても、雰囲気を塗り替えることは容易ではない。
でもそれは、普通のアイドルであったならばの話だ。本当に不幸なのは、きっと。これから天才の前座へと成り下がる彼女達の方だろう。
熱が確かに残っていた。だが。
圧倒的な天才の前には、努力しただけの凡才など等しく無価値である。
「はぁ」
そのマイクを通して反響したため息一つに背筋が震えた。
憂うような、悩まし気な、“溜め息”。その一つだけで、場が静まり返る。
ステージから降りて行かない、そんな不届き者を、その化物は一薙ぎで斬り捨てた。
空気が凍ったように引き締まる。領域を犯したものへの静寂なる怒りか、傲慢なる無音の支配か。
照明が、彼女の姿を映し出す。小さく、ゆったりとした動き。彼女がステージの中央へと歩き出す。
ブーツが床を叩く音が、カウントダウンを刻む。
「6番、秦谷美鈴です。曲は“VEIL”。それでは、聞いてくださいね」
曲が流れ始める。
ともに、彼女は口を開く。
薄く控えめな唇が空気を震わせる。身体を震わすような重厚な音楽を、彼女の繊細な歌声が導くように紡がれる。
空気が停滞していく。その歌声に支配される。観客の目線も、審査員の目線も、裏方や音響ですら視線を支配される。その圧倒的な存在感に、目を逸らすことはできない、誰もが抗うことはできず、目を奪われる。
“絶望、教えてあげる”
瞬間、張り詰めた空気を閃光が切り開く。秦谷美鈴を取り巻く有象無象が悉く殲滅される。極光の交錯し、ステージを白く染め上げる。煩わしき全てを薙ぎ払い、光の向こうへ押し流していく。
「っ――――」
先ほどまで抱き合っていたアイドルの少女が、美鈴に視線を向けたまま膝から崩れ落ちる。
少女の口から漏れた小さな息は、会場を揺らす音楽に飲み込まれて消えた。
気づいてしまったのだ。
秦谷美鈴は最初から有象無象など見ていない。気にも留めていない。
少し場を荒らせたとしても、彼女にとっては吹けば散るだけの塵芥。それだけの存在でしかなかったのだと、理解してしまったのだ。
もし、秦谷美鈴の歌が、熱狂を生んだ彼女へのアンサーであったなら。彼女を前座へとなり下がらせるための圧倒であったなら。秦谷美鈴のパフォーマンスに自分への殺気が少しでも孕んでいたなら。実力差として納得できた。これからも努力しようと前を向くことができただろう。
熱狂が遠い過去のものになっていく。
会場の全てを圧倒する彼女の瞳に、彼女は居ない。たったひとり、ここにはいない、少女の姿が映っていた。
ステージに立ちながら、美鈴が見ているのは、たったひとりだった。
“月村手毬”
元々同じユニットのメンバーであった少女。
月村手毬は、決して走らない彼女に火をつけた。背中を押して、手を引いて走り出した。
秦谷美鈴の瞳には、月村手毬しか映っていない。
カチカチカチと捻って、自動車の送風を強くする。
ゴオゴオと低いうめき声を上げて、ひんやりとした風が俺の前髪を揺らす。
不意に現れた欠伸を噛み殺して、ふぅぅとため息を吐く。
眠いわけじゃない、緊張から解放されて気が緩んだのだ。
建物を出るまで、やたらと鋭い視線を向けられるし、分かりやすく距離を置かれるし、隣の元凶はまったく気にせずウトウトし始めるし。挙句の果てには、ステージ裏で泣き始めて、床に向かって呪詛を吐き出すアイドルの女の子がいて相当気まずかった。
「私のことなんて、眼中にないんだ!!」
耳の奥を貫くような甲高い声だった。アニメ声というやつか。喚く言葉の半分くらいは何を言っているか分からなかったけど、言わんとしていることはよーく分かった。
同情はする。同情しかない。
「おっしゃるとおりで」
秦谷美鈴の瞳には、間違いなく月村手毬が映っていた。もちろん、今日のステージに、月村手毬はいない。
歩き出した秦谷美鈴が負けるようなことは万に一つも考えられないが、念のため月村手毬が出るステージは把握しておいてある。予定通りなら彼女も別の場所で戦っていたはずだ。観客として見に来ていることもない。
しばらく待つと、だぼっとした服装の少女……というのは、流石にアイドルにはふさわしくない表現だろうか。ふわりとした清楚な見た目、移動用の私服に着替えた担当アイドル様が速足でこちらに寄ってくる。こんな時でも走らないなんて、流石は絶対に走らないアイドル。
その表情は、明らかに、誰の目から見ても怒っていた。表情は一見穏やかだが、どうみても、すっごーく分かりやすく怒っていた。
「ははっ」
思わず笑みが浮かんでしまって、慌てて口角が上がるのを堪える。
ガチャリと助手席側のドアが開く。
「なぜ、置いて行っ「お疲れ様です。秦谷さん」
冷淡な態度で被せるようにすると、むすっと頬が震える。
じっと、反抗的な目が、俺を見つめてくる。
「……プロデューサーとして、失格なのではないでしょうか?」
ハンドルを握ろうとした手が反射的にピクリと震える。
「それは、なんで?」
「私に恥をかかせたからです。眠っている担当アイドルを、その場に置いていくなんて……あり得ません」
「起こそうとしても、いつも起きないでしょう? 引きずって駅まで連れて行くの大変だったんですよ? 駄々をこねて何時間も動こうとせず、終電を逃して結局タクシー、なんてことが何回もありましたよね? 俺も年上とはいえ学生ですから、流石に財布が持たない。急いで免許を取ってきたのは誰のためだと思ってるんですか?」
「……そういう話をしているわけではないと思いますよ?」
早口でまくしたてると、碌に言い返せずに、明らかに不機嫌になっていく。
「なんとか言ってくれませんか? ねえ!」
「おお、声を荒げるなんて珍しいですね」
「っ! プロデューサー!!」
声を上げて怒るのに慣れていないようで、立ち行かなくなっている秦谷さんを、鼻で笑って車を出す。
眠り始めたら、その場に置いていくと、しばらくして眠りが浅くなったタイミング。置いて行かれたことに気づいて、慌てて起きて着いてくる。これが最近見つけた秦谷美鈴の居眠りに対する必勝法だった。
もちろん、この方法にはデメリットもある。
この傲慢女王が不機嫌になることだ。明日はまともにレッスンをしてくれないどころか、サボりに付き合わされて俺も授業に出れなくなるだろう。月曜に必修科目の授業が無くて良かった。
「そういえば、」
秦谷美鈴はそう切り出す。もう俺に言い負かされたことなんて気にしていないと言うように。
「そういえば?」
「そういえば、ライブ前に話していた方は、どなたでしょうか?」
「……?」
信号待ちで、車を停めたタイミングで、少し上に視線を上げて思い起こす。
「ああ、同期の……」
「へえ?」
「えっと……」
まずい、と思った。
何がまずいかは分からない。が、まずいと思った。
「もしかして、嫉妬、ですか?」
「もしかしなくても、浮気、ですね。担当アイドルがいながら、他の女に」
「…………はい? 浮気? これまで彼女なんてできたことないんですけど」
「…………へえ?」
秦谷さんが、はたと静かになる。彼女が騒がしかったことはないが、起きているのに黙られると息が詰まるくらいに静かに感じる。
「あの? 秦谷さん?」
「あらあら……恋愛禁止のアイドルでもなければ、その年くらいには……ふふっ」
「……何が言いたいんですか?」
「男性としての魅力がないのかなと」
「――――ッ!! ふーっ! あっぁあっああ!! このガキッ!! あぁっあ゛あ゛!! 運転手を怒らせてはいけないとッ!! 聞いたことはなかったかッ!!」
「ふふっ。ゆっくりと、安全運転で行きましょう」
秦谷さんは、いつもの調子を取り戻したように、くすりと楽し気に笑って、シートに深々と背中を預ける。
ひとしきり喋って、満足したのか。糸が切れたように大人しくなって、呼吸も穏やかな寝息に変わる。
俺も、やっと落ち着いてくれたか、とため息のように息を吐く。
等間隔に並んだ街灯が、ゆっくりと近づいて、勢いよく去っていく。繰り返し、繰り返し。風音が抜けて、メトロノームのようにリズムを奏でる。
太陽の時間が長くとも、夜は変わらず暗く。親に譲ってもらった車の冷房の駆動音がやけに大きく聞こえて、カチカチと風量を弱めた。いくら猛暑と言っても、寝ている間に身体を冷やしすぎるのは良くないだろう。
信号が青になって、アクセルを踏んで。アイドリングストップのせいで遅れて走り出すエンジンの音に、再び零した溜息が消える。
「…………」
あの日見た、ステージ上からの景色を思い起こす。
忘れ去りたい、思い出したくもない、記憶。
届かないと、理解してしまった、いつかの光。
考えてしまうことがある。
秦谷美鈴のプロデュースは難しい。
何もしないのが正解。手を引くのも、背中を押すのも、してはいけない。
彼女のことを知れば知るほど、正解を導き出すほど、気が重くなる。
だってそれは、
俺はいなくても良いってことだから。
考えてしまうことがある。
一瞬でも、彼女の意識が自分に向いたとき、自惚れる。
彼女の瞳に自分が映っているんじゃないかと期待する。
自分が嫌になる。
自分は副産物だと理解してしまう。俺は、彼女と月村手毬のストーリーにおける添え物。
彼女の輝かしい人生を語る上で、俺の存在が語られることはないのだと。
月村手毬という存在によって、秦谷美鈴が勝手に歩き出しただけ。俺たち凡人は語り部にすぎない。見届ける有象無象にすぎない。
俺たちは夢を見る。共に歩めると勘違いする。それが夢だと気づけない。そして、いつか気づく。
電子版越しに眺めることしかできない、遠い遠い世界の存在、決して並び立つことのできない天才《アイドル》なのだと。
俺は秦谷美鈴が嫌いだ。
天才というのは、天に手が届く才能の持ち主だと俺は思う。
凡人と天才が同じ歩数を走って、凡人の遥か先に進むのが天才だ。同じ努力をして、莫大な成果を得る。
そう、天才にも努力が必要なのだ。努力をしなければ、天才も凡人も前に進むことはない。天才も天上に至ることはない。
俺は天才が嫌いだ。
秦谷美鈴は天才だ。だが、存在してはいけない天才だ。
歩かなくとも、天へ昇ろうとする数多の凡人を地に叩き落し、穏やかな笑みとと共に頂へと至る。現実に存在しえない異質な天才だ。
彼女との出会い、あの一言が何度も過る。
「あなたが快適に歩けるように手伝う」
少しだけ、彼女が驚いたような表情をした。
「あなたの速度でいい」
虫唾が走る。反吐が出る。
俺には彼女の手を引いて走る力はなく。俺には彼女の背中を押して走らせる力もない。
悔しさで、惨めさで、噛みしめた歯茎が痺れるように痛く、軋んで赤く腫れあがる。
何度も何度も、あの日の自分を思い出し、天才を妬む卑しい自分が首を絞める。
俺はアイドルが嫌いだ。
プロスポーツ選手、Youtuber、投資家、起業家。それらの職業と同じで、表舞台に立つものは一握り。凡人が努力によって辿り着ける程度の場所には、決して光が差すことはない。
努力が報われない世界が憎い。天才への逆恨みなのは心底理解している。むしろ、理解できずにいられたのなら幸せだっただろう。
テレビに映る遠い遠い存在に、中身のない愚痴を垂れ流していられたら幸せだっただろう。
俺は努力が報われないのが嫌いだ。
天才という存在によって、天才すらも凌駕する秦谷美鈴によって、頂を目指して走るものたちが蹂躙されていく。それが嫌で、俺は、平凡な皆々を救うために、プロデューサーを目指したというのに。
救うべき者たちを蹂躙する悪魔へと手を差し伸べていた。
俺は、秦谷美鈴が嫌いだ。
こつん、と肩に重たいものが圧し掛かる。
助手席で寝ていた秦谷さんの頭がすべり落ちて、寄りかかってきていた。
「秦谷さん?」
肩がぴたりと腕に触れて、寄りかかってくるにつれて重さが増してくる。
「起きれますか? 運転中なので、あのっ、免許取り立てなので起きてくださーい」
起きない。無駄だと分かっているが、起こそうと肩をゆすってみる。
起きない、というか、車のシートでこんなことになるわけがないので、普通に狸寝入りだろう。
「最後まで、一緒に、いてくださいね」
そんな、見透かしたような言葉にどきりとした。
「……そこ、左です」
「いや、何がですか」
「左にある場所に行きたいです」
「やっぱり起きてるじゃないですか。清々しいほどに会話してますね」
少し迷いながらも、仕方なくウインカーを出して、左に道を逸れる。
こんなところに、一体何があるというのだと、周囲に目を走らせると、どこか怪しい雰囲気があった。
「……なんで知っているんですか」
「調べたのです、この辺りは女子会でも利用できるホテルが多くて、どこも評判が良いみたいです。次か、その次のところでも良いですが。入っていただけますか?」
「……は、い」
肩が強張る。
看板には、休憩と書かれた文字。間違いが起きないように、あえてピンク色でそれとわかるように強調された看板。
言われるがまま、仕方なく、秦谷さんに従って、車を進ませる。
とりあえず1番手前のホテルはスルーした。次でもいいに甘えて、躊躇った。2つ目のホテルの前で速度を緩めて、意を決して、地下駐車場へ車を進ませた。
鼓動が定まらない。秦谷さんも急に黙ってしまって、無音のまま淡々と進んでいってしまっている。
たぶん緊張でおかしくなっていた。自分が自分じゃないような、ふわふわと浮ついた中で、車を停めて、部屋を選んで、2人きりでエレベーターに乗って。
アイドルと個人的な関係を深めるのは構いませんが、プロデューサーという立場を弁えるように! 事実でなくとも、関係を持っていると疑われるだけで危うい時代ですからね!
そんな、あさり先生の言葉を思い出す。不干渉が正解のアイドル、秦谷美鈴に限って、関係が深まるなんてありえないと、軽く受け流していた。
本当は振り払うべきなのに、そもそもこんなところには来てはいけないのに、なんで俺は来てしまっているんだろう。たぶん、そう思うには、もう遅く、もう秦谷さんからは逃げることができないと、内心、かなり、期待してしまっていた。
言葉は要らなかった。
部屋に入った瞬間、指を絡め合い、肌と肌をすり合わせた。
「ふ……んん……」
それまで袖が触れあうような距離にも近づかなかったというのに、名前を呼ぶことも、確認することもなく、触れ合い、体温を交換する。
一枚づつ、示し合わせるでもなく、触れ合いに邪魔な服を脱いでいった。
他人の服が肌を撫でる感覚がむず痒い。空調の風が一糸まとわぬ素肌を撫でるのがくすぐったい。落ち着くような温かさを求めて、自然と触れ合う場所が増えていった。
押し付けられる肌は凹んでしまうんじゃないかというくらい、柔らかい。
細身で肉付きのない、華奢なだけの身体だと思っていたのに。お互いに触れ合うと、緩やかな曲線を、柔らかな丸みを帯びた身体を感じてしまう。
身に付けるものが全てなくなって、名残惜しむように、最後まで指でお互いの肌の輪郭をなぞりながら離れる。
じっと、数秒、時が止まったかのように、お互いの目だけを見つめ合っていた。
じわりじわりと秦谷さんの頬が紅潮していく。交換した熱はいくら待っても、冷めない。だから、そのまま。
「秦谷さん」
「はい」
上ずった甘い声で、言葉が返ってくる。じっと待つように、見上げる瞳はいじらしく潤んでいた。
ベッドに向かうと、何も言わずに素直に後を着いてくる。大きなベッドに腰を下ろして、ベッドの真ん中で向き合う。
「少しだけ、ですが。ここで身体を休めていきませんか」
優しく包み込むように背中に回すと、秦谷さんは初めて目を逸らして、俯きがちに。
「はい……私の隣なら、きっとよく眠れますよ」
秦谷さんは、照れ隠しのように勢いをつけて横になって、ベッドの反発で小さな体が跳ねるように揺れる。反動で自然と腕が開いて、胸が強調されたのを、慌てて隠そうと脇を閉めて腕を交差するも、慌てて隠すのは恥ずかしいと思ったのか、隠そうとしているのを悟られないようにと、あくまでたまたま隠しているかのように少しガードを緩めると、可愛らしい膨らみの桜色の蕾が見え隠れする。
「眠っていいのですか」
「……だめ、です。いいから、早く来てください」
隠そうとしているものを盗み見たのがバレたのか、言葉に怒気が滲んでいた。
手を惹かれて、隣に寝転ぶように促される。促されるまま、受け入れて、手足が絡み合う。
「ふぁ……♡」
指で背中をなぞると、艶めかしい声が耳元で漏れた。
「くすぐったいですよ……♡」
秦谷さんは妖艶に笑うと、俺の腹部に添えて、腹筋を確かめるように押していく。ゆっくりと、下へ降りていく指先が、熱を帯びた猛る穂先を見つけ、その小さな手で包み込む。
「まあ……私の手では収まらないほど、ご立派ですね♡」
秦谷さんが、首筋に鼻先をうずめる様にして、ぎゅーっと埋まるように密着してくる。
同時に、今までのゆったりとしたスキンシップが嘘だったかのように、怒張した樫の棒を握った手を、素早く上下に動かし始める。
「まっ……!?」
意識していなかった急な攻めに身体が跳ねてしまう。
「気持ちいいのでしょうか……? ふふ。やっぱり、気持ちいいんですね……♡」
どこで覚えたのだと声を荒げたくなるほど、卓越した素早い手つき。最近の暴れっぷりを見ると勘違いしそうになるが、秦谷美鈴の本質は度が過ぎた奉仕だ。世界の全てを自分に依存させようと、俺を甘やかし、あの手この手で絆そうとしてきた。
身体を逸らし逃げようとするが、ぎゅっと密着された状態では身動きが取れない。
ならば、と、俺は逆に攻め手に出る様に、彼女の乳房に手を伸ばす。溶け合うように熱を帯びて、頭が上手く動かない。たどたどしい手つきだが、必死に慎ましい膨らみに指を沈ませる。
密着されているせいで、表情は知れない、だけど、秦谷美鈴だって。
「秦谷さんっ……! どう、ですか! ふっ! うっ♡」
「……ふふっ。とってもお上手ですよ♡ そう、とっても♡ 可愛らしいくらいに♡」
ささやかな抵抗も、まったく意に介されていない。それどころか、嗜虐心に火をつけてしまった気がする。
「くっそっ……! 本当に、やめっ! こんな一方的だと、惨めになる、かっ、らっ!」
秦谷さんの楽し気な嘲笑が耳をくすぐった。
「イってください、プロデューサー♡」
瞬間、果てた。だらしなく、堪えきれなくなった鈴口が、トプトプと快楽を吐き零していった。
息も絶え絶えで、視界が真っ白になるって言うのはこう言うことだと、知った。
抱き合って焦らされて、溶け合うように触れ合って、極限まで高められて、容易く絶頂させられた。秦谷美鈴には、勝てないのだと、思い知らされる。
頭がふやけて、動けない。一人で処理する時とは全然違う。
「くふっ、かわいい……」
一人だけ絶頂を迎えた俺の頭を、愛おしげに秦谷さんが撫でる。秦谷さんだけ先に身を起こして、膝枕に誘うように太ももを差し出してくる。
俺は借りてきた猫のように従うことしかできず、しぶしぶその太ももを借りる。
おかしい。一緒にお昼寝しましょう、みたいな感じだったのに、一瞬で負けている。何が勝ちとか、何が負けとか、基準があるのか分からないけど、なんだか負けた気分だった。
「……卑怯ですよ」
「まさか、私を相手に主導権を握れるとでも思っていたのですか?」
「それは……」
「あら、頑張ってはくれないのですか? プロデューサー♡」
「こんのっ!!」
頭を撫でる手を振り払って、秦谷美鈴の腕を掴む。
「きゃっ!」
そのまま腕をベッドに押し付ける様に覆いかぶさる。
「あっ……」
秦谷美鈴の身体を見下ろして、思わず声を出す。
未成熟な桃のようにぴたりと閉じた穢れを知らぬ双花は、濡れて細ばった直毛の槍に隠されていた。滴った蜜は太ももを伝うどころか、シーツまでびしょ濡れで、汗と混ざり合ってツンと痺れるような香りがした。
「むちゃくちゃ、興奮してたんですね」
「……っ♡///」
ぴくり、と秦谷さんが震える。
足を閉じようとする秦谷さんの股の間に膝を差し込んで、強引に開脚させる。
「誘い受けが上手いですね。本当は、強引にされたかったんですか?」
「はぅ……っ♡ あっ♡ はっ♡ はっ♡」
膝を持ち上げる様に抱き込み、M字に開脚させると、怒張した肉棒が、柔く受け入れる準備のできた姫口を叩く。
目を驚いたように、見開いて、秦谷美鈴は自分の無防備に晒された秘所と、俺の顔を跨ぎ見る。物欲しそうに、乞うように、期待で口角が緩んでしまうのを抑えきれないままに。
「力で負けるの、好きなんですね?」
「はっ……いっ♡ いっ、きゅっ♡♡ おっ♡」
ぴゅ、と、見せつけられただけで、言葉攻めだけで、今度は秦谷さんがイってしまう。
「うっ♡ あぁあっ♡」
痙攣し、お漏らしのように愛液を噴き出して、涎を零しながら、堪える様に静かに震える。
「ひぅっ♡ うぅ♡」
未成熟を装う身体は、深く、女性として成熟を迎えていた。胸も腰も首筋も、普段の彼女からは想像もできないような妖艶さに溢れていた。
優越感を感じながら、猫をあやす様に顎舌を撫でる。頬に手を添えると、怒りを装いながらも、素直に擦り寄るように甘えてくれる。
撫でまわすと、脇も鼠径部も、背中、首の産毛に至っても、各所を手入れしているのが分かって。アイドルとして当然であるが、自分のためであるような気がして、堪えきれぬ優越感が沸き上がってくる。
そのまま、焦らすように、絶頂から逃がさぬように、全身を愛撫していく。
「童貞と馬鹿にしてきましたが、秦谷さんも初めてですよね? 反応がとても初心で可愛いですよ」
「っ♡ っっ♡ どこで、そんな触り方を言葉を覚えたのですか!? 浮気、浮気ですっ!」
彼女が必死に隠そうとしていた、薄い色の小さな蕾が、恥じらうように起立していた。
「待っ、うううっ♡ ふぐう♡」
それを摘まんでやると、ひときわ大きく痙攣して、再び絶頂してしまう。背中を逸らし、まな板の上の魚のように、シーツをぎゅっと掴んで、ぎゅーっと身体を強張らせると、ぱっと全身が弛緩して、瞑った瞼からぽつりぽつりと涙を零すように愛液が溢れ出る。
「ふーっ♡ はーっ♡」
「胸だけでも行けるんですか? さっきは強がっていただけみたいですね」
「そんな、ことっ♡ なっ、あああっ♡」
連続で絶頂し、辛そうに涙が滲んできたので、そっと手を放し、頬を撫でる。
ゆっくりとしっかりと息を吐いて、秦谷さんの呼吸が基に戻ってくる。
俺の瞳を潤んだ目で見つめて、物欲し気に怒張した熱棒に自らの肉芽を押し当ててくる。
「まだ、ですか……? 早くっ♡」
「さて、何がですか?」
「意地悪はやめてくださいっ!」
「貴方が懇願するまで、しないと決めました」
「そん、な……」
正直、俺も限界だった。それでも、だけども。それ以上に、求めてくる秦谷美鈴が愛らしいと思ってしまったから。彼女を自分に依存させたいと、身の丈に合わぬ欲望を抱いてしまった。仕方がないだろう、俺をこんな風にした天才が、無防備に全てを晒して、委ねてくれているのだから。
必死にぺたりぺたりと、秦谷さんはお互いの秘所を当ててくる。必死に、健気に。
それを軽く腰を逸らして、滑稽を晒してまでも俺の肉棒を欲していた。
「一言、言うだけですよ。欲しい、って」
「私で童貞を、捨ててしまいたくはないですか♡」
「ダメです。処女を散らしたいなら、おねだりしてください」
「私にご奉仕させてくださいませんか、気持ちよくさせてあげますよ♡」
「ダメです。あと、ちょっと下品じゃないですか?」
「……なんだか、泣きたくなってきました」
なんだか、喋っているといつもの距離感が戻ってきて、秦谷さんに余裕が出てきた。
「プロデューサー、言いたくなかったのですが、処女を散らしたいならとか、おねだりとか……少し、いえ、かなり、言動が気持ち悪いですよ」
「泣いて、いいかな……?」
秦谷さんが、笑う。俺も笑う。
互いの性器を押し付け合って、覆いかぶさっているヘンテコな状況だけど、なんだか通じ合った気がした。
「プロデューサー」
小さく、透き通る、鈴の音のような声。
秦谷さんが、唇をきゅっと結んだまま、その瞳が揺れる。
逡巡している。秦谷さんが、本気の時の目と同じだと、思った。
「月村手毬、まりちゃん」
秦谷さんは、そう口にする。
「プロデューサーは、わたしがまりちゃんのお話をすると……少し嫌そうな顔をしますね」
秦谷美鈴の口から、月村手毬の名前が出て、胸がきゅっと締め付けられる。この感情には、とっくに名前が付いていて、誰の目からも明確だった。
嫉妬。
醜く。変えることのできない、自分の幼い部分を暴かれたようで、嫌悪が抑えられない。嫌いだ。簡単に、簡単なことだと、当たり前に踏み込んで来ようとするのが、嫌いだ。
「秦谷さんが、アイドルをする理由は、アイドルとして復帰することを決めたのは、月村手毬と一緒にいるため、でしたよね」
「そうです。秦谷美鈴は、まりちゃんと最期まで一緒にいるためにアイドルでいるんです」
喉の奥が枯れそうなほど、感情の置き所が見つからない。先ほどまで、今日にいたるまで、理解できていた目の前の存在が急に分からなくなった。ただの少女という型に押し込めて揶揄えるほど、理解しているつもりだった。行動原理、感情の動き、何を与えて、何を排除すれば、全て理解しているつもりだったのに。
「でも、プロデューサーはもうわたしが言ったことを忘れてしまったのですか?」
秦谷美鈴の瞳に、映っていた。
「最期まで一緒にいて欲しいと思うのは、まりちゃんだけでは、ないですよ」
きっと、今までも。
理解できていなかったのは、俺の方なんだ。
「秦谷美鈴さん」
「はい」
まるでプロポーズのようだなと、思った。
「俺では、貴方の背中を押すことはできません」
「そう、なんですか、?」
「手を取って導いていくこともできません」
「そんな、ことは、」
「それでも、貴方と手を繋いで、隣を歩いても良いですか」
「……よろしくお願いします。私の、私だけのプロデューサー」
照れを隠すように、こほん、と、秦谷さんは咳ばらいをする。
「私を支えるだけではなくて、あなたも私に甘えていいんですよ。だから、今は……私と最期まで溶け合いましょう……ね♡」
「……もしかして」
絆されそうになったが、秦谷美鈴は。この女は、ただただ。
「挿れて欲しいだけじゃないですか……?」
「…………もう、我慢できないんです。ずっとずっとずっと、焦らされて!」
不機嫌に頬を膨らませ、不満を吐露する秦谷さんの口を唇で塞いで黙らせる。
「んっ……好き、です……」
始めて自分に向けられたその言葉は、あっさりと、心の枷を取り払った気がした。
「秦谷さんに、挿れても良いですか?」
「挿れてください、プロデューサー♡」
怒張した男根が、快楽を求める雌穴にあてがわれる。
焦らすことなく、一息に、一番奥まで。
「はぁっ、はぁっ、んぅっ♡」
自分が気持ちよくなるためだけに、腰を動かした。独りよがりに、お互いに、腰を打ち付けていた。
「あんっ、あ゛あ゛っ♡ あ゛ぁっ、お゛、お゛ぉっ♡」
胎の奥まで衝撃が響いて、秦谷さんの淑やかな見た目からは想像できない、快楽に溺れた声が漏れていた。
強く腰が打ち付けられる。上から覆いかぶさる俺が打ち付けるよりも、快楽を貪るためだけの雌の欲望がはっきりとした衝動が俺の雄の部分に向けられていた。
「ああ゛っ♡♡ 好きっ♡ 愛してますっ♡ 私だけを、見ていてくださいっ♡ 目を逸らさないでっ♡ 置いていかないで♡ やり直す時も一緒に♡ いつでも一緒に♡ 隣にいて、手を繋いで、一緒にっ、一緒にぃっっ♡♡ イってくださいっ♡♡」
熱い吐精を置く深くで受け止めながら、深い絶頂に震える。きゅっと膣壁が引き締められて、吐き出された精液を逃がさないように、更に奥に押し込むように腰をグリグリと動かして吸い付いてくる。
「あっ♡ んっ♡」
キスをする。それは合間を埋めるだけの行為で、まだ終わりじゃないと、言葉を交わさずとも分かっていた。
腰が動き出す。合わせて、腰を動かす。
果てて、注ぎ込んで、受け入れて。締め付けが強くなって、返事をするように大きさと堅さが増して、その繰り返し。快楽に溺れて、堕ちていく。愛を囁き、全てを曝け出し合って、終わることのない熱に溶け合っていく。
最期まで、一緒になったままで。
眠りに落ちる直前、ふと思った。
きっと明日も、秦谷美鈴の瞳には月村手毬が映っている。
彼女が手毬を追いかけるのなら、俺はその隣にいる。
彼女が歩くのなら、その歩幅に合わせる。
彼女が立ち止まるのなら、一緒に立ち止まる。
「……プロデューサー」
「はい」
「明日も、一緒にいてくださいね」
「もちろんです」
満足したように、秦谷さんは目を閉じた。
「それなら、今日はもう眠ってもいいですね」
「どういう理屈ですか」
「最後まで一緒にいるのなら、またいつでもできますから」
「……そう、ですが。とんでもないことを言っている自覚はありますか?」
「ふふっ」
小さな笑い声。
俺も目を閉じる。
ただ、隣にいればいい。彼女がそう望んでくれる限り。
「次は、私が挿れる番です」
「……何がですか。ないでしょう、あなたには」
「ふふっ、可愛がってあげますね♡」
そういって、美鈴は楽しそうに笑った。嫌な予感しかしなかった。
腕に抱き着かれているのが、獰猛な捕食者に捕まっているみたいだった。
寝息が聞こえてきたから、そっと盗み見る様に目を開けた。
隣で、俺の秦谷美鈴が、幸せそうに笑っていた。