Fate/Ovary Overwrite 作:M・タマゴスキー
カルデアの朝は、今日も変わらなかった。
廊下にはすでに職員やサーヴァントの姿があり、食堂の方角からは朝食の準備をする音が聞こえている。
いつもの朝。
いつものカルデア。
藤丸立香も、そんな何でもない日常の中を食堂へ向かって歩いていた。
「奏者!」
前方から、よく通る声が響いた。
「ネロ」
ネロ・クラウディウスだった。立香を見つけると、嬉しそうに歩み寄ってくる。
「うむ! おはよう、奏者!」
「おはよう、ネロ」
ネロはそのまま、ごく自然に朝の挨拶へ移った。
体外へ垂れた子宮から左右へ伸びる卵管、その先端の卵管采、そして左右の卵巣。それらは普段から隠されることなく露出しているが、挨拶の際には相手から状態を確認しやすいよう、身体の向きや位置を整えて示すのが習慣だった。
ネロはいつものように堂々としている。迷いも遠慮もなく、左右をきちんと立香へ向けた。
卵巣はやや大ぶりで、丸みを帯びた楕円形。大きさの差もほとんどなく、張りのある輪郭がきれいに揃っていた。卵管采にも乱れはなく、細い卵管は緩やかな曲線を描いている。
表面には白濁半透明の保護粘液が薄く均一に広がり、朝の照明を受けて湿った艶を返していた。
「…………っ」
立香の頬が熱くなる。
「どうした、奏者?」
「な、なんでもないよ」
「そうか?」
「うん」
ネロは不思議そうに首を傾げた。
立香も挨拶を返す。
「……今日もよろしく」
自分の左卵巣と右卵巣がきちんと確認できるよう、ネロへ身体を向ける。
それだけだ。
普段から見えているものなのだから、本来なら特別なことなど何もしていない。
それでも立香は、ネロのように堂々とはできなかった。挨拶に必要なだけ姿勢を整え、相手が左右を確認したと思えば、すぐに身体の向きを戻してしまう。
「うむ!」
ネロは満足そうに頷いた。
「今日も左右とも健康そうではないか!」
「そこまで言わなくてもいいから!」
「む?」
本当に意味が分からないらしい。
「卵巣の状態が良好なのは喜ばしいことであろう?」
「それはそうなんだけど……」
立香は顔を赤くしたまま視線を逸らした。
ほんの短い挨拶だった。それでも、自分の左も右も、ネロがきちんと見たことは分かっている。
そう考えるだけで妙に落ち着かない。
「では、また後でな!」
「うん。またね」
ネロが去っていく。
その姿が廊下の角へ消えるまで見送ってから、立香は小さく息を吐いた。
「……なんでこんなに恥ずかしいんだろ」
分からない。
ネロは何も変なことをしていない。自分だって普通に挨拶を返しただけだ。
卵巣が体外にあることも、挨拶で左右を相手へ示すことも、その形や状態を見ることも、立香自身は何ひとつおかしいとは思っていない。
それなのに、見られたと意識した途端、感情だけが勝手に羞恥を訴えてくる。
「先輩?」
「ひゃっ!?」
後ろから声をかけられ、立香の肩が跳ねた。
「マシュ……」
「す、すみません。おはようございます、先輩」
「お、おはよう」
マシュ・キリエライトだった。
マシュもいつものように挨拶をする。
ネロとは対照的に、その動作は控えめだった。体外へ続く子宮や左右の卵管を必要以上に揺らさないようにしながら、身体の向きを整える。
左右の卵巣は比較的小ぶりで、すっきりした楕円形。大きな左右差もなく、白濁半透明の保護粘液が表面へ薄く均一に馴染んでいる。
立香も挨拶を返したが、マシュの視線が自分の左右へ向けられていることを意識すると、また頬が熱を持った。
「先輩?」
「うん?」
「やはり顔が赤いようですが。体調が悪いのでしょうか?」
「そういう感じじゃないんだよね」
「では?」
「……恥ずかしかっただけ」
「今の挨拶が、ですか?」
「うん」
マシュが首を傾げる。
「ですが、いつもの挨拶ですよ?」
「分かってる」
「先輩も、左卵巣と右卵巣をきちんと見せて返されましたよね?」
「…………」
「先輩?」
「そういうふうに具体的に言わないでくれる?」
「え?」
「余計恥ずかしくなるから……」
「す、すみません」
マシュが慌てて謝る。
立香は頬を押さえながら苦笑した。
「マシュは何も悪くないよ。やってることが普通なのは分かってるんだけどね。それでも恥ずかしいの」
「ネロさんのときも?」
「うん」
「私のときも?」
「……うん」
「では、相手が誰かという問題でもないのですね」
「たぶん。ネロみたいに堂々とされると特に困るけど、マシュみたいに控えめでも、結局見られたことには変わらないし……」
「そうなのですか」
「うん。だから、たぶん私の方なんだろうね。私が妙に意識しすぎてるだけ」
マシュは少し考えた。
「ですが、恥ずかしいと感じること自体が悪いとは思いません」
「ありがとう」
二人は並んで歩き始めた。
◇
食堂へ向かう途中、今度は玉藻の前と出会った。
「あら、マスター」
「おはよう、玉藻」
「おはようございます」
玉藻も自然に挨拶をする。
左右の卵巣はほぼ同じ大きさで、少し細長い楕円形。輪郭の乱れは少なく、卵管采もきれいに広がっている。表面の保護粘液も薄く均一で、いかにも玉藻らしく隙のない状態だった。
立香も返す。
玉藻が左右を確認する。
そして、やはり頬が熱くなる。
「あら?」
「何?」
「マスター、また顔が赤くなっていますよ?」
「……また恥ずかしくなっただけ」
玉藻はくすりと笑った。
「マスターは本当に恥ずかしがり屋さんですね」
「やっぱりそうなのかなぁ」
「少なくとも私は、左右の卵巣を見せる挨拶でそこまで恥ずかしがった経験はありませんね」
「だよね……」
「では、また食堂で」
「うん」
玉藻が先へ行く。
その背中を見送りながら、立香は小さく呟いた。
「……今日、会う人みんなに卵巣見せるんだよね」
「挨拶ですから」
「……分かってるんだけど」
◇
食堂には、すでに何人ものサーヴァントが集まっていた。
「おはよう、マスター」
「おはよう、ブーディカ」
ブーディカとも朝の挨拶を交わす。
卵巣は標準的な大きさで、やや丸みのある楕円形。左右の卵管も自然に垂れ、全体に安定している。保護粘液も適度で、表面へ薄い艶を作っていた。
立香も左右を確認してもらう。
やはり恥ずかしい。
「ちゃんと眠れた?」
「うん。そこは大丈夫」
「ならよかった」
そんな二人のところへ、ナーサリーとジャックがやってきた。
「あら、マスター。ブーディカも」
「おはよー!」
「おはよう、二人とも」
まずナーサリーが姿勢を正した。
「おはようございます。今日も良い一日になりますように」
お淑やかな挨拶だった。
小ぶりですっきりした楕円形の左右には、薄い保護粘液が均一に馴染んでいる。動きも上品で、子宮や卵管、卵巣を必要以上に揺らさない。
「ナーサリーらしいね」
ブーディカが笑う。
「そうかしら?」
「次はわたしたち!」
ジャックが元気よく前へ出た。
「おはよー、マスター! ブーディカ!」
こちらは勢いまで含めてジャックらしい。
身体が止まってからも、体外へ垂れた子宮と左右の卵管が少し遅れて揺れ、その先の卵巣も大きく振れる。
体格に比べればやや大ぶりで、ふっくらと丸みがある。表面全体を白濁半透明の保護粘液が覆っていた。
「ん?」
ブーディカが左側へ目を止めた。
「ジャック、ちょっと待って」
「なに?」
「左の卵巣、ここ少し汚れてるよ」
「え?」
左卵巣の下側には、ぬるりと広がる保護粘液へ小さな埃と黒っぽい汚れが絡み込んでいた。
「どこかに擦った?」
「うーん……あ、さっき遊んでたときかも!」
「やっぱり。動き回ったあとは、一度見た方がいいよ」
「はーい」
ブーディカは近くにあった清潔なナプキンを取ると、ジャックの左卵巣を下からそっと支えた。
指へ保護粘液がぬるりと付着する。
「これ、そのまま擦ると汚れを広げちゃいそうだね」
「じゃあどうするの?」
「少し浮かせてから取ろうか」
ブーディカは汚れている部分を確認すると、左卵巣を支えたまま、その下側を軽く口に含んだ。
「んっ……」
ジャックの身体がわずかに揺れる。
ブーディカは強く吸ったり噛んだりせず、舌先で汚れの付着した部分をゆっくりとなぞった。保護粘液へ絡み込んだ埃を、唾液で湿らせながら浮かせていく。
「変な感じする?」
いったん口を離したブーディカが尋ねる。
「ちょっとだけ」
「もう取れそうだからね」
もう一度だけ短く口に含み、舌で表面を軽く舐めてから離す。
唾液と保護粘液が混ざり合い、左卵巣の表面へ薄く広がっていた。絡んでいた埃も、先ほどよりはっきり浮いている。
「これなら取れる」
ナプキンを押し当て、擦るのではなく、表面の保護粘液ごと汚れを吸い取るように拭っていく。
「んぅ……」
「もう少し」
「はーい」
最後に確認すると、汚れはきれいに取れていた。
拭われた部分には、すでに新しい保護粘液がじわりと滲み始めている。
「うん。傷もないね」
「ありがとう、ブーディカ!」
「どういたしまして。でも次から気をつけること」
「はーい!」
「大切なものなんだからね。汚れたままにしておくのもよくないよ」
「気をつける!」
「よし」
そう言ってブーディカが立ち上がろうとして――動きを止めた。
「……あ」
「どうしたの?」
「いや……」
ブーディカが自分の左側へ視線を落とす。
ジャックの状態を見るため深くしゃがみ込んだ際、自分の左卵巣が床へ触れてしまっていたらしい。
白濁半透明の保護粘液に覆われた下側へ、細かな埃と黒っぽい汚れが付着している。
「ブーディカも汚れてる!」
ジャックがすぐに指差した。
「そうみたい」
ブーディカは困ったように笑い、左卵巣を片手で持ち上げて確認した。
「人に気をつけなさいって言った直後なのにね」
「じゃあ、今度はわたしたちがお返しする!」
「え?」
「さっきブーディカがやってくれたから!」
「いや、ジャック。私は自分で――」
言い終えるより早く、ジャックが左卵巣を掴んだ。
「ちょ、ジャッ――」
そのまま勢いよく手元へ引き寄せようとして、卵管まで引かれたブーディカの身体が前へ傾く。
「……っ! いきなり引っ張っちゃ駄目!」
「ごめん!」
ジャックはすぐに力を緩めた。
「引っ張るんじゃなくて、下から支えるの」
「こう?」
「そうそう。それなら大丈夫」
今度は教えられた通り、左卵巣を両手で支える。
そして先ほどブーディカがしていたのを真似して、汚れの付着した下側を口へ含んだ。
「ん……っ」
ブーディカが眉を寄せる。
ジャックは舌先で表面を舐め、粘液に絡んだ埃を少しずつ浮かせていく。
表面を覆っていた保護粘液と温かい唾液が混ざり、ぬるりと広がった。
「ジャック、加減してね」
「ん!」
「返事はいいんだけど……」
ブーディカはしばらくそのまま待った。
左卵巣の下側は、もう十分に湿っている。汚れもかなり浮いているように見えた。
だが、ジャックは熱心だった。
もう少し取れると思ったのか、口を離さず、舌で何度か表面をなぞっている。
「ジャック、もうそろそろ――」
そのころには、長く刺激が続いた左卵巣の表面へ、別の液がごく少量滲み始めていた。
普段の保護粘液より白濁が強く、粘りも重い。
刺激性分泌液だった。
「ん?」
ジャックがようやく違いに気づいたらしく、口を離して鼻をひくつかせた。
「さっきより生臭いよ?」
「…………っ!」
ブーディカの頬が一気に赤くなる。
「ジャック、もういい!」
「でも、まだちょっと――」
「汚れはもう十分浮いてるから!」
「そうなの?」
「そうなの!」
ブーディカは急いで新しいナプキンを取り、保護粘液と唾液、それにごく少量の刺激性分泌液ごと、浮いた汚れを吸い取っていった。
ジャックはその様子を見ながら、まだ気になっているらしい。
「でも、やっぱりちょっと生臭――」
「ジャック」
「なに?」
「そこは報告しなくていいから」
「そうなの?」
「そうなの」
少し強めに言われ、ジャックは素直に頷いた。
最後にブーディカが表面を確認する。
汚れも傷もない。拭われた部分には、また新しい保護粘液が薄く滲み始めていた。
「……よし。これで大丈夫」
「今度こそきれい!」
「そうだね」
「ブーディカもちゃんと気をつけないとね!」
「はいはい……」
ブーディカは少し疲れたように笑った。
ナーサリーも隣でくすりと笑う。
「二人とも、朝から何をしているのかしら」
「お互いさまだね」
ブーディカも笑った。
立香だけが、そのやり取りを見ながら少し顔を赤くしていた。
誰も変なことをしているとは思っていない。
汚れたから掃除した。
相手がしてくれたから、お返しをした。
周囲にとっては、それだけのことだった。