Fate/Ovary Overwrite 作:M・タマゴスキー
「じゃあ、わたしたち朝ごはん取ってくる!」
ジャックがナーサリーを連れて、料理の並ぶ方へ向かっていく。
「私たちも行こうか」
「うん」
立香もブーディカと歩き始めた。
その途中だった。
「あら、マスター」
聞き覚えのある声に振り向くと、メイヴがいた。
「おはよう、メイヴ」
「おはよう」
そのまま二人は朝の挨拶を交わす。
メイヴが身体の向きを整える。
左右の卵巣は丸みが強く、張りも分かりやすい。いつも以上に状態が整っているようにも見えた。
「……メイヴ、今日は妙に調子よさそうじゃない?」
「あら、分かる?」
「見ればそれくらいは」
「当然よ。今日は大事な勝負があるんだから」
「勝負?」
「それはあとでね」
メイヴが意味ありげに笑う。
続いて立香も挨拶を返した。
左右の状態をきちんと確認できるよう、身体をメイヴへ向ける。
メイヴの視線が、自分の左卵巣から右卵巣へ移った。
「…………」
それを意識した途端、また頬が熱くなった。
立香は挨拶が済むと、ほっとしたように身体の向きを戻す。
その様子を見たメイヴが眉を上げた。
「ちょっと。何よ、その顔」
「え?」
「赤くなってるじゃない」
「……気のせいじゃない?」
「そんなわけないでしょう。私が見た途端、明らかに赤くなったわよ」
逃げ道を塞がれ、立香は視線を逸らした。
「……ちょっと恥ずかしかっただけ」
「今の挨拶が?」
「うん」
「私に見られたのが?」
「メイヴだからじゃないよ。ネロのときも、マシュのときも、玉藻のときも同じだったから」
「へえ……」
メイヴは少し意外そうに立香を見る。
「でも、朝の挨拶でしょう?」
「分かってるよ」
「見せるのも普通だし、相手の状態を見るのも普通よね?」
「それも分かってる」
「じゃあ、何が恥ずかしいの?」
「それが分からないから困ってるの」
立香は小さく息を吐いた。
「私だって変なことしてるとは思ってないんだよ。みんなと同じことをしてるだけだって分かってる。でも、見られてるって思うと、どうしても恥ずかしくなっちゃうの」
「つまり、頭では普通だと思ってるのに、実際に自分が見られると駄目なのね」
「……たぶん」
「だったら――」
メイヴは少し考えてから言った。
「今日の午後、私とネロと玉藻で比較会をするのよ」
「比較会?」
「昨日、三人でどれが一番かって話になったでしょう?」
「ああ……」
そこで立香も思い出した。
昨日、ネロ、玉藻、メイヴの三人が食堂で言い争っていた。
最初は卵巣の大きさや形についての軽い自慢話だったはずが、左右差、張り、表面状態、保護粘液、日頃の手入れにまで話が広がり、最後には誰が一番優れているかで一歩も引かなくなっていた。
その場で比べればいいという話にもなったが、すでに一日活動したあとの状態では公平ではないという意見が出た。
それなら翌日、全員がきちんとコンディションを整えたうえで正式に比べよう。
そう決まったのだった。
「だからネロも玉藻も、今日はいつも以上に整ってたんだ」
「私もよ」
メイヴは当然のように言う。
「三人とも一晩きちんと整えてきたんだから、午後からブーディカに見てもらって決着をつけるの」
「本当にやるんだ……」
「昨日あれだけ言い合って、やらないわけないでしょう?」
「まあ、それはそうだけど」
「それでね」
メイヴが改めて立香へ向き直った。
「マスターも、この後の比較会に参加してみない?」
「……私も?」
「ええ」
「なんで?」
「今、自分でも言ってたでしょう? 普通のことだと分かってるのに、見られると恥ずかしいって」
「言ったけど……」
「だったら、一度ちゃんと私たちと一緒に比べてもらえばいいじゃない」
「どうしてそうなるの?」
「同じ場所で、同じように見てもらって、同じ基準で比べるのよ。そうすれば、本当に皆と同じことをしてるだけだって実感できるかもしれないでしょう?」
「……それ、慣れるどころか余計恥ずかしくならない?」
「それはやってみないと分からないわよ」
「絶対恥ずかしいと思う」
「でも、今みたいに挨拶するたびに『どうして自分だけ』って悩んでるより、一度試してみた方が早いんじゃない?」
「う……」
そこを言われると弱かった。
立香自身、自分の反応をどう扱えばいいのか分からずにいる。
比較会そのものをおかしいとは思わない。昨日の三人の口論も知っているし、今日、条件を揃えて比較することにも何の疑問もない。
自分が参加すると考えたときだけ、急に恥ずかしくなる。
メイヴはそんな立香の顔を見て、少しだけ楽しそうに笑った。
「それにまあ、マスターがどこまで赤くなるのか、ちょっと興味はあるけど」
「やっぱり面白がってるじゃない!」
「それはそれ。参加してみたらって言った理由は別よ」
「もう……」
「嫌なら断ればいいわ。でも、気になってるなら試してみる価値はあるんじゃない?」
立香はしばらく迷った。
「……見るだけじゃ駄目?」
「それじゃ、いつもと同じでしょう?」
「だよね……」
さらに迷った末、立香は諦めたように息を吐いた。
「……少しだけなら」
「決まりね。午後から食堂よ」
「本当に少しだけだからね?」
「はいはい」
「その返事、不安なんだけど……」
「奏者も出るのか!」
少し離れた席から声が飛んできた。
見ると、ネロと玉藻がこちらを見ている。
「ネロ、聞いてたの?」
「うむ! 比較対象は多い方が面白い!」
「マスターが参加されるのでしたら、私も楽しみが増えましたね」
「私は全然楽しみじゃないよ……」
立香は早くも参加すると言ったことを後悔し始めていた。
◇
その会話を、朝食を取りに行っていたナーサリーとジャックも聞いていた。
「ねえ、聞いた?」
「なに?」
「今日の午後、比較会をするんですって!」
「比較会?」
「ネロと玉藻とメイヴと――マスターも参加するのだわ」
「マスターも?」
ジャックの目が輝く。
「見に行こう!」
「秘密の会ではないみたいだし、いいんじゃないかしら」
二人に悪気はなかった。
比較会は別に秘密の催しではないし、立香から「人に言わないで」と頼まれたわけでもない。
だから食堂を出たあと、通りかかったサーヴァントへ普通に教えた。
「今日の午後、食堂で比較会があるのよ」
「マスターも出るよ!」
「へえ、マスターも?」
「そうなの!」
次の廊下でも。
「午後、食堂に来る?」
「何かあるの?」
「比較会!」
「ネロと玉藻とメイヴとマスター!」
休憩室でも。
「今日ね、マスターが比較会に出るの!」
「午後だよ!」
そうして二人が行く先々で話した結果、情報は二人の知らないところでも広がり始めた。
「午後、食堂で比較会があるらしいよ」
「誰が出るの?」
「ネロと玉藻とメイヴ。それとマスター」
「マスターも?」
「そうらしい」
「じゃあ見に行こうかな」
そんな会話が、カルデアのあちこちで交わされていた。
一方、立香はそんなことになっているとは知らない。
午後のことを考えながら、一人で小さく呟いていた。
「……行きたくない」