※この作品はR-18です。

Fate/Ovary Overwrite   作:M・タマゴスキー

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第2話 皆の前で ②

 

 

席へ座り、資料を開く。

 

 

だが、書かれている内容がなかなか頭へ入ってこない。

 

 

――思っていたより綺麗に整っているのね。

 

 

先ほどの言葉が蘇る。

 

 

――左も右も形が素直ね。

 

 

「…………っ」

 

 

立香は資料を少し持ち上げ、口元を隠した。

 

 

さらにネロの声まで思い出す。

 

 

――余は昨日、すでによく見ておるぞ!

 

 

昨日の比較会が一緒に蘇ってきた。

 

 

大勢の観客の前で、ブーディカに左右を触って確認されたこと。四人分を並べ、自分のものまで皆から見比べられたこと。

 

 

そして今日は、中央管制室で再び大勢の前に立った。

 

 

昨日より少しは慣れるどころか、意識する材料ばかり増えている気がする。

 

 

「それでは、今度こそミーティングを始めるわ」

 

 

オルガマリーが資料を開いた。

 

 

カルデアの運営状況、サーヴァントの状態、魔力供給、観測機器、物資、医療班。それぞれの担当者から報告が続いていく。

 

 

立香もどうにか意識を仕事へ戻そうとした。

 

 

だが、気づくと同じ行をもう一度読んでいる。

 

 

周囲がページを進めたのを見て、慌てて自分も捲る。

 

 

普段なら聞き逃さないような報告にも、反応が一歩遅れた。

 

 

前方では、オルガマリーがそんな立香を何度か見ていた。

 

 

それでも会議中には何も言わず、そのまま通常議題を進めていった。

 

 

◇

 

 

一通りの報告が終わる。

 

 

「では、通常議題は以上ね」

 

 

オルガマリーが資料を閉じた。

 

 

立香は小さく息を吐く。

 

 

ようやく終わった。

 

 

「立香」

 

 

「はい?」

 

 

「その前に」

 

 

「……?」

 

 

嫌な予感がした。

 

 

オルガマリーがこちらを見ている。

 

 

「あなた、今日のミーティング、ずっと上の空だったでしょう」

 

 

「…………」

 

 

立香は固まった。

 

 

「気づいてたんですか」

 

 

「気づくわよ。普段のあなたなら、もっとちゃんと報告を追ってるもの」

 

 

「……すみません」

 

 

「さっきの挨拶のことを考えてたの?」

 

 

「…………はい」

 

 

「まだ?」

 

 

「まだです……」

 

 

答えながら、また顔が熱くなる。

 

 

「所長があんなに詳しく言うから……」

 

 

「状態を見ただけでしょう」

 

 

「ネロも昨日のこと言うし……」

 

 

「余は事実を言っただけだぞ!」

 

 

「ネロはちょっと黙ってて!」

 

 

「うむ?」

 

 

ネロは本当に不思議そうに首を傾げている。

 

 

立香は額を押さえた。

 

 

「……自分でも、こんなに引きずるとは思ってなかったです」

 

 

「そう」

 

 

オルガマリーは少し考えると、閉じたばかりの資料を再び開いた。

 

 

「なら、その件について確認しましょう」

 

 

「今ですか?」

 

 

「今よ」

 

 

「…………」

 

 

立香は露骨に嫌そうな顔をしたが、席を立ちはしなかった。

 

 

「まず確認するわ。あなたは、卵巣が体外にあることをおかしいと思う?」

 

 

「思いません」

 

 

即答だった。

 

 

「子宮から左右の卵管、卵管采、卵巣までが体外にあることも?」

 

 

「普通です」

 

 

「卵巣を見ることは?」

 

 

「普通だと思います」

 

 

「見せることは?」

 

 

「普通です」

 

 

「挨拶の際に、左右の卵巣を相手へきちんと示すことは?」

 

 

「当たり前です」

 

 

「昨日のように、触って状態を確認したり、比較したりすることは?」

 

 

「……普通です」

 

 

最後だけ少し顔が熱くなったが、答えそのものは迷わなかった。

 

 

オルガマリーが頷く。

 

 

「つまり、常識そのものは私たちと同じなのね」

 

 

「そうです」

 

 

「でも、恥ずかしい」

 

 

「……はい」

 

 

「どうして?」

 

 

「それが分からないんです」

 

 

立香は困ったように眉を寄せた。

 

 

「普通だって思ってます。見せるのが悪いとも思ってません。昨日の比較会だって、おかしいことをしてるとは思ってないんです」

 

 

一度言葉を切る。

 

 

「でも……見られると恥ずかしいんです」

 

 

管制室が少し静かになった。

 

 

ネロが腕を組む。

 

 

「やはり奏者が特別に恥ずかしがり屋なのではないか?」

 

 

「その可能性はありますね」

 

 

玉藻も頷いた。

 

 

「マスターの性格と言われれば、それだけでも説明できなくはありません」

 

 

「でも」

 

 

マシュが立香を見る。

 

 

「先輩は、相手が誰でも同じ反応をされています」

 

 

「そうなのよね」

 

 

オルガマリーが応じる。

 

 

「一対一でも、大勢の前でも」

 

 

「……はい」

 

 

「それに、自分が見られるときだけじゃないでしょう?」

 

 

「え?」

 

 

「さっき私が挨拶したときも、あなたは顔を赤くしていたわ」

 

 

「…………はい」

 

 

「他人の卵巣を見ることにも、恥ずかしさを感じる?」

 

 

立香は少し考えた。

 

 

「……自分ほどじゃないですけど」

 

 

「けど?」

 

 

「あります」

 

 

「そう」

 

 

オルガマリーは指先で机を軽く叩いた。

 

 

ここまで来ると、単純に「人前が苦手」というだけでは説明しにくい。

 

 

「ところで、立香」

 

 

「はい?」

 

 

「最近、変な夢を見なかった?」

 

 

「……夢?」

 

 

「ええ。妙に鮮明だったり、知らない場所にいたり、自分ではない誰かの視点だったり」

 

 

立香は記憶を探る。

 

 

「特には……」

 

 

「起きたあとまで妙に記憶に残っているものは?」

 

 

「ないと思います」

 

 

「誰かに呼ばれたとか、知らない声を聞いたとか」

 

 

「それもないです」

 

 

「そう」

 

 

オルガマリーは小さく頷いた。

 

 

「一応確認しただけよ」

 

 

「夢まで調べるんですか?」

 

 

「カルデアでしょ?」

 

 

「……確かに」

 

 

立香も納得した。

 

 

ただの夢にしか思えなかったものが、魔術的な現象だった。

 

 

そんな出来事はカルデアでは珍しくない。

 

 

「先輩、もし何かおかしな夢を見たら報告してください」

 

 

「うん。分かった」

 

 

オルガマリーはさらに確認を続けた。

 

 

「今のところ、日常生活に明らかな身体的不調はないのよね?」

 

 

「はい」

 

 

「睡眠は?」

 

 

「普通です」

 

 

「食事は?」

 

 

「問題ありません」

 

 

「記憶がおかしいと感じたことは?」

 

 

「ないです」

 

 

「魔力の流れに違和感は?」

 

 

「特には」

 

 

「卵巣や卵管に痛みや違和感は?」

 

 

「ありません」

 

 

「分泌液の量は?」

 

 

「…………」

 

 

立香が少しだけ視線を逸らした。

 

 

「……人より少し多いかな、くらいです」

 

 

「あなたは少しどころじゃないでしょ」

 

 

「…………」

 

 

即座に突っ込まれた。

 

 

「所長」

 

 

「何?」

 

 

「もう少し言い方ありません?」

 

 

「事実でしょう?」

 

 

「そうかもしれませんけど……」

 

 

「少なくとも、普段から他の人より多めなのは自覚してるのね?」

 

 

「……はい」

 

 

「緊張したときは?」

 

 

「もっと増えます……」

 

 

「それはさっき確認できたわね」

 

 

「…………」

 

 

立香の顔がまた赤くなる。

 

 

「そこは言わなくても……」

 

 

「問診でしょう?」

 

 

「……はい」

 

 

オルガマリーはそこで一度考え込んだ。

 

 

身体的な異常を本人は感じていない。

 

 

睡眠、食事、記憶、魔力循環にも自覚症状はない。

 

 

体外にある器官そのものについても、立香は周囲とまったく同じ常識を持っている。

 

 

違うのは、感情だけだった。

 

 

「今のところ、はっきりしているのは羞恥だけね」

 

 

「……はい」

 

 

「それが単純にあなたの性格なのか」

 

 

一拍置く。

 

 

「それとも、別の原因があるのか」

 

 

立香は黙って聞いていた。

 

 

「一度、調べましょう」

 

 

「調べる?」

 

 

「ええ」

 

 

オルガマリーはスタッフへ視線を向ける。

 

 

「これまでの健康記録、魔術的な状態、記憶、霊基情報を確認して」

 

 

「了解しました」

 

 

「身体記録については、子宮、左右の卵管、卵管采、左右の卵巣の過去データも含めて比較を」

 

 

「了解」

 

 

「それで何も分からなければ、詳細検査へ進むわ」

 

 

「分かりました」

 

 

「えっ」

 

 

立香が反応した。

 

 

「詳細検査?」

 

 

「当然でしょう」

 

 

「どんな……?」

 

 

「身体面も含めて一通りよ」

 

 

「…………」

 

 

表情が固まる。

 

 

「何よ」

 

 

「……検査って」

 

 

「検査よ」

 

 

「その……卵巣も?」

 

 

「原因を調べるんだから、当然でしょう」

 

 

「…………」

 

 

またじわじわと顔が赤くなる。

 

 

オルガマリーは呆れたように立香を見る。

 

 

「あなた、まだ何も始まってないのに、どうしてもう赤くなってるのよ」

 

 

「だって……」

 

 

「左右の卵巣を見るだけで終わるとは限らないわよ。必要なら卵管や卵管采、子宮も確認するでしょうし」

 

 

「所長!」

 

 

「何?」

 

 

「詳しく言わなくていいです!」

 

 

「検査内容でしょう?」

 

 

「分かってます!」

 

 

「必要なことよ?」

 

 

「それも分かってます!」

 

 

「なら何?」

 

 

立香は少し俯いた。

 

 

「……恥ずかしい」

 

 

「…………」

 

 

オルガマリーは額へ手を当てた。

 

 

「本当にそればっかりね、あなた」

 

 

「私だって好きで恥ずかしがってるわけじゃないです……」

 

 

「分かってるわよ」

 

 

オルガマリーは資料をまとめる。

 

 

「とにかく、まずは記録確認。それから必要なら詳細検査。これで決まり」

 

 

「……はい」

 

 

立香は小さく息を吐いた。

 

 

周囲では、ネロたちがまだどこか不思議そうにこちらを見ている。

 

 

検査を受けることも。

 

 

子宮や卵管を調べることも。

 

 

卵管采や左右の卵巣を触って状態を確かめることも。

 

 

必要なら画像や記録を残すことも。

 

 

立香自身、医学的に必要なら当然受けるものだと思っている。

 

 

それなのに。

 

 

実際に自分が受ける場面を想像しただけで、また顔が熱くなった。

 

 

「……私、本当に変なのかな」

 

 

「先輩?」

 

 

隣のマシュが振り向く。

 

 

「ううん」

 

 

立香は首を振った。

 

 

「何でもない」

 

 

まだ誰にも分からない。

 

 

ただ恥ずかしがり屋なだけなのか。

 

 

それとも、別の理由があるのか。

 

 

少なくとも今は、調べてみるしかなかった。

 

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