Fate/Ovary Overwrite 作:M・タマゴスキー
二人分の検査が終わると、大型モニターへ結果が並べられた。
細かな測定項目は多かったが、結論は単純だった。
立香もオルガマリーも、身体・魔術・記憶領域に重大な異常なし。
子宮、卵管、卵管采、卵巣にも異常は認められない。
オルガマリーには右卵巣の左右差と手入れ頻度という個人的特徴がある程度。
その次に表示された立香の結果だけは、少し項目が多かった。
保護粘液――性状正常・分泌量多量
緊張性分泌液――性状正常・分泌量多量
刺激性分泌液――採取後、一時的過剰分泌
混卵液――採取量極多量
「…………」
立香が黙った。
オルガマリーも画面を見る。
「改めて一覧にするとすごいわね」
「所長」
「何も悪いとは言ってないでしょう」
「言い方がもう……」
スタッフが説明を続ける。
「混卵液については量こそ非常に多いものの、卵子由来魔力成分の濃度、魔力反応とも正常です」
「つまり、量だけ多い?」
「現時点ではその判断です」
オルガマリーが画面に表示された立香の左右卵巣と、採取量を見比べる。
「卵巣自体は小ぶりなのにね」
「…………」
「よっぽど中味が詰まってるのかしら」
「所長!」
「何よ。大きさの割にこれだけ出るんでしょう?」
「そういう言い方しないでください!」
スタッフが冷静に訂正した。
「正確には内部に大量に貯留しているのではなく、混卵液の産生能力そのものが高いと考えられます」
「……ほら、所長」
「分かったわよ」
「もともとの体質に加えて、マスター適性や魔力供給効率が影響している可能性はあります。ただし病的な所見ではありません」
「じゃあ、本当に体質なんですね」
「はい」
「……よかった」
立香はようやく安心した。
しかし、安心できたのは身体についてだけだった。
検査画像が大型モニターへ表示される。
自分の左右の卵巣。
子宮から卵管までを含めた全体像。
立香の頬がまた赤くなる。
「分かりやすいわね」
「何がですか」
「画像が出た瞬間よ」
「…………」
立香は答えなかった。
「先輩、結果そのものは問題なさそうですね」
「うん」
「よかったです」
「……マシュは、やっぱり何とも思わない?」
「何についてでしょうか」
「私の画像」
マシュは少し考えてから答えた。
「検査資料ですので、特には」
「そっか……」
今度はオルガマリーの画像が表示される。
本人は自分の左右の卵巣が大きく映っていても気にした様子がない。
立香の方が居心地悪そうにしているくらいだった。
同じ身体。
同じ検査。
どちらも異常なし。
違っているのは、そこへ向けられる感情だけ。
「結局、私も正常なんですよね」
「少なくとも今回調べた範囲ではね」
「身体も?」
「正常」
「魔術回路も?」
「正常」
「記憶も?」
「異常なし」
「卵巣も?」
「正常よ」
立香は自分の検査画像を見る。
やはり恥ずかしい。
「……じゃあ、何でなんだろう」
「立香?」
「何でもないです」
笑って誤魔化したものの、胸の奥に疑問は残った。
身体がおかしくないのなら。
この羞恥は、いったいどこから来ているのか。
◇
検査がすべて終わり、スタッフが資料を整理し始めた。
プリンターから、検査中に撮影された画像が次々と出力されていく。
「……紙にもするんですね」
「記録に必要な分は出力します」
左卵巣。
右卵巣。
左右比較。
全体像。
手に取れる形になって積み上がっていく自分の検査写真を見て、立香はまた顔を赤くした。
「本当に隠し事できないわね、あなた」
「もう言わないでください……」
オルガマリーの分も同じように印刷される。
そのとき、検査室の扉が開いた。
「マスター!」
「遊びに来たのだわ!」
ナーサリーとジャックだった。
「二人とも、どうしたの?」
「もう検査終わった?」
「うん。ちょうど終わったところ」
ジャックの視線が机へ向く。
「これなに?」
ナーサリーも近づいた。
「写真がいっぱいなのだわ」
「今回の検査写真です」
スタッフが何気なく答える。
「こっちがマスター?」
「そうです」
「へえ……」
二人は立香の検査写真を興味深そうに眺め始めた。
「左と右で別々にあるのね」
「こっちは全部写ってるよ」
ナーサリーが一枚を指差す。
「ねえ、マスター。これ一枚もらってもいいかしら?」
「え」
立香は一瞬固まった。
「これは記録用だから」
「全部?」
「……全部」
ナーサリーが写真の束を見る。
「でも、こんなにあるのだわ」
「必要だからこんなにあるの」
「一枚くらいなくても平気じゃない?」
「平気じゃないよ」
「二枚なら?」
「なんで増えるの」
ジャックも首を傾げた。
「まだいっぱいあるよ?」
「だから数の問題じゃなくて……」
立香が返答に困っていると、オルガマリーが口を挟んだ。
「もう、それくらいにしなさい」
そのまま自分の検査写真の束を持ち上げる。
「立香のが駄目なら、これを持っていけばいいでしょう」
「所長?」
「はい」
束ごとナーサリーへ差し出した。
「全部?」
「ええ。好きにしなさい」
「わあ!」
「いっぱい!」
ナーサリーが嬉しそうに写真を抱え、ジャックも横から覗き込む。
「左も右もあるのだわ!」
「全体のもある!」
「ありがとう、オルガマリー!」
二人はそのまま検査室を出ていった。
扉が閉まる。
「…………」
立香はしばらく見送ったあと、オルガマリーへ向き直った。
「……よかったんですか?」
「何が?」
「検査写真、全部渡しちゃって」
「元データは残ってるもの。必要なら後でプリントし直せばいいでしょう」
「……そういうものですか」
「そういうものよ」
オルガマリーはもう興味を失ったように資料へ目を戻した。
立香は複雑な表情で、自分の写真の束だけはしっかり引き寄せた。
◇
数日後。
食堂へ向かっていた立香は入口で足を止めた。
「……挨拶週間?」
壁には大きなポスターが貼られている。
中央には、皆の前で堂々と挨拶するオルガマリーの姿が使われていた。
身体の向きを整え、普段から体外にある子宮から左右へ伸びる卵管と卵管采、その先の左右の卵巣までが正面からよく見えるように示している。
丸みを帯びた左右の卵巣がはっきりと確認できる、模範的な挨拶の姿勢だった。
「これ、所長ですよね」
「はい」
隣のマシュが頷いた。
「どうして食堂に……」
「先輩が恥ずかしくなくなるように、毎日見ていれば少しずつ慣れるんじゃないかと」
「私のため?」
「そう聞いています」
「…………」
立香はしばらくポスターを見上げた。
「……そこまで考えてくれてたんだ」
「所長なりに心配されているんだと思います」
「まあ……ありがたいけど」
立香は苦笑した。
その日の帰り。
今度は廊下の掲示板で見覚えのあるものを発見した。
「…………あれ?」
オルガマリーの左卵巣。
検査室でナーサリーたちへ渡した写真だった。
少し先へ行くと右卵巣。
さらに先には左右比較。
談話スペースには全体像まで貼られている。
「……何してるの、あの二人」
「あ、マスター!」
ちょうど廊下の向こうから、ナーサリーとジャックがやって来た。
二人の手にはまだ写真が残っている。
「やっぱり二人だったの?」
「ええ!」
「いっぱい飾ったよ!」
「なんでカルデア中に……」
ナーサリーは不思議そうに首を傾げた。
「だって、卵巣はいいものだもの」
「……まあ、それはそうだけど」
「カルデアって白い壁ばかりで殺風景でしょう?」
「だから少しでもよくしようと思ったのだわ」
ジャックも元気よく続ける。
「いいものがいっぱいあった方が、みんなも嬉しいよ!」
「…………なるほど」
立香には思いつかない発想だった。
だが、二人に悪戯をしているつもりがないことだけはよく分かった。
本人たちは本気で、カルデアを明るくしようとしているらしい。
「次はあっちに貼るのだわ」
「休憩室、まだ少ないよ」
「ほどほどにね」
「はーい!」
二人は写真を抱えて走っていった。
立香は壁に残されたオルガマリーの検査画像を見つめる。
一応、本人へ知らせるべきなのかもしれない。
だが、検査室での言葉を思い出す。
『好きにしなさい』
『必要なら後でプリントし直せばいいでしょう』
「……まあ、いいか」
結局、立香は報告しなかった。
それからしばらくの間、カルデアの白い壁にはオルガマリーの検査写真が少しずつ増えていった。
立香はそれを見るたび、やはり少し居心地が悪くなった。
当の本人は何も気にしていない。
身体をどれだけ調べても、自分に異常はなかった。
他の人と同じものを見ても、同じ検査を受けても、自分だけが恥ずかしい。
その理由は、まだ分からない。