迷いの竹林、永遠亭。
担ぎ込まれた急患、妖獣に襲われ腹部を中心に食い荒らされたという人間の少女。
控えめに言って、手遅れだろう。八意永琳の医の業を持ってしても、死すべき人間の定めは覆らない。
しかし、少女の運命は書き換えられた、居合わせた一匹の蛇によって。
「(食われた臓器が完全に再生……いえ妖怪の肉体が臓器へと変容して少女と共生しているの?)」
再生力の強い蛇妖だとは聞いていたが、そんな無法がまかり通るのか?
担ぎ込まれた人間の少女に対して永琳がしたこと言えば、免疫抑制剤の投与だけである。
免疫抑制。この幻想郷の人間の殆どには理解できないだろう。
しかし夜智王は知っているようだった。
少女の襲われた時の状況。
内蔵の損傷がどこまで及んでいたのか。
己の肉体を持って少女の命を繋いだこと。
少女の体が己の肉体に対して拒否反応を起こすのを防いで欲しい
それが夜智王の依頼だった。
免疫抑制剤と一緒に投与された鎮静剤によって眠るの少女の腹部に視線が向く。
開腹して体内を見たい。という好奇心が疼く。
患者ではなく、実験動物を見るような視線で、じっと少女を見下ろす永琳。
「永琳入ってよいだろうか!?」
返事を待たずを慧音と妹紅と夜智王が入室してきた。
「その、どうなんだ美夜は……大丈夫なのか?」
「ええ、問題ないわ。しばらく様子を見る必要はあると思うけど」
「そうか、良かった」
良かった、良かった。と眠る美夜の頭を撫でる慧音。
柔和な笑みを浮かべつつ。入院中に色々と調べることはできるだろう。と切り替える永琳。
それを何か不信なモノを見る目で、じっと妹紅が見ている。
「やぁ八意殿。面倒をかけるな」
「……まぁ貴方に貸しを作れるのは悪くはないわね」
「早めに返したいものだなぁ」
カカカと夜智王が笑う。随分と含みのある言い方だ。
永琳は顔をしかめた。面倒をかける?かけた。ではなく?
「面倒は現在進行系のようね夜智王殿」
「ああ、どうやら取り立てがやってきたようだ」
火の雨が降っていた。
燃えにくい竹が容易に燃え上がり地獄のような光景の中を竹林の兎たちが悲鳴をあげて逃げ惑う
「ちくしょうなんだこの火は!」
子分たちを率いて消火を試みようとしたてゐが悪態を吐く。
一度燃えた竹の消火は難しいが、そもそも「消えない」のだ。
「三昧真火だよ」
「夜智王!お前が原因だろ!なんとかしろ」
純粋なる火行の火である三昧真火は水では消すことができない。
「妹紅」
「なんだ」
「手を貸してくれるか?」
「……貸しだぞ」
夜智王は地面に手を当てると地面から大量の水が吹き上がる。しかしそれはただの水である三昧真火を消すことはできない。
「水行に命ず。克せ、疾く。」
妹紅が陰陽術で吹き出した水を束ね、水行として火行を克す。
水煙が巻き上がり燃え盛る竹林と降りしきる火の雨を打ち消していく。
「すげぇなお前ら……息ぴったりじゃん」
てゐが感嘆の声を上げる。
「まぁ元めお「夜智王水が足らん、もっと出せ」
「めお?」
「はは。痛い痛いぞ妹紅、つねるのはやめんか。それよりてゐ、兎共を避難させた方が良いぞ、思った以上に大物だ」
「何がだよ」
「死神よ……これは火の鬼神長だな」
炎の外套を纏った死神、火の鬼神長が上空から降りてくる。
「生と死の境界を犯す慮外者が」
吐き捨てるように言う。
てゐが飛び上がると「お前らにげろー」と大慌ててで跳んでいく。
永遠亭の庭先、永琳、鈴仙、輝夜、慧音がぶつかり合い対消滅する火と水を眺める。
永琳は憮然と
鈴仙はおののき
輝夜は呑気に
慧音は呆然と
「死神……まさか美夜をか?」
「そうでしょうね、どう考えてもあの娘の命数は尽きていたもの」
それを無理やり繋いだのだ、夜智王と永琳で。
「夜智王、水もっと!」
「うーむ。この辺の水脈はまだ完全に把握しとらんのだ、そろそろ尽きる」
「なんとかしろ」
「無理だなぁ、まいったなまさか鬼神長が来るとは」
小町あたりなら適当に言いくるめることもできたのだが。
「のぉ死神殿」
「話しかけるな汚らわしい」
「ひどいのぉ……罰ならわしが代わりに受けよう、だから見逃してくれんかの」
「ほざけ」
「だめか」
では、と夜智王はすばやく結印し口を開く
「のうまくさんだ」
「させるか!」
真言を唱える終わるより早く、妹紅の水行術が押し切られ三味真火が夜智王に殺到、包み込む。
「夜智王!」
「遅い」
妹紅は自身にも降りかかる三昧真火をとっさに炎で迎撃する。炎と炎が拮抗し周囲に爆発したような熱波が吹き荒れる。
夜智王だったもの。三昧真火が全てを焼き尽くし灰も残さずその熱波で吹き飛ばされる。
「(気配がしない……嘘だろう)」
かつて正気を失っていた夜智王と戦ったことのある妹紅は焦る。
あの殆ど不死なのではないかと思うほどの再生力を誇る夜智王の気配が完全に消えている。
「罪を焼く浄炎で焼き尽くされるとは、存在そのものが罪だったのだろう」
死神は平然と言い放ち、歩を進める。
「どけ汚らわしい不死人共」
永琳が手にした弓を硬い表情で構える。
「やる気か?」
しかし、その永琳の視線が自身を通り越して後ろに向いていることに気がつく。
「し、師匠!あれ、あれはなんですか!」
「おちつきなさいウドンゲ、それより、あなたにはどう見えてるの?」
「狂ってます、あれは、狂ってますよ」
死神が振り向く、そこに広がっていた光景は想像だにしないものだった。
炎柱、緑柱石色の炎の円柱が立ち上り、それは声にならぬ声で歓喜を叫んでいた。
その足元、地面に染み付くように汚泥が広がっていく、それは深い深い怨嗟で世界を呪っていた。
夜智王が消し炭になった地点から吹き上がった炎柱と広がる汚泥。
それは夜智王との何らかの関係を示すものだったが。それを理解するのをそこにいる全ての人物が拒んでいた。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
炎柱が開放された歓喜の雄叫びを上げる、煌々と炎の勢いが増す。しかし
先ほど吹き荒れた熱波の余韻を一瞬でかき消し、周囲から全ての熱を奪い炎が吹き上がる。
「な、なんだあれは!」
三昧真火が消える。纏う炎の外套も、炎の大鎌も、熱を奪われる。
「嫉妬ね」
「嫉妬?」
永琳が断じた。あの炎は嫉妬しているのだ、だから他の炎の存在を許さず、全ての熱を奪い燃え盛る。
周囲の竹林が熱を奪われどんどん枯れていく。
「し、師匠、落ち着いてる場合じゃないですよ!」
「そうね、でも少し、どうしようもないわねぇ。夜智王殿への貸し、どうやって返してももらおうかしら」
「師匠~」
諦めたように弓を下ろす永琳に鈴仙がすがりつく。
「やめろ!くるな!はなせ!」
一方炎を奪われた死神の足を、地面を広がっていた汚泥が掴んで、そのまま底なし沼に引きずり込むように地面に沈ませていく。
「いやだ!はなせ!けがらわしー」
どぷん。全身が汚泥の内に沈み、死神の気配が消える。
脅威は排除された……はずだが、状況はより絶望的になっている。
周囲の熱は奪われ、竹林を次々と枯れさせ、広がる汚泥が腐らせ飲み込んでいく。
このままでは、そう皆が思った時。
「何の騒ぎですか、これは」
光の柱が天空が降り注ぎ、炎柱と汚泥を刺す貫く。
小野塚小町を従えた少女、四季映姫・ヤマザナドゥが天空から睥睨する。
悔悟の棒を振り上げ、振り下ろす、再度光の柱が降り注ぎ、炎を吹き飛ばし、汚泥を蒸発させる。
「まったく、夜智王ときたら……」
さすがは閻魔とでもいうべきか、何事も無かったように地面に降り立つと、永遠亭に向かってくる。
「さて、美夜と言いましたか?」
びくりと慧音が震える。
「親より早く死ぬことは子にとって最大の罪」
「は?」
「よって、その罪を犯さなかったことに免じて、罪一等を減じます」
「え、閻魔殿!」
「次はありませんよ」
そう白黒つけて、踵を返そうとする映姫をずるっと地面が現れた夜智王が抱き上げる。
「なっ!夜智王!?」
「さすがは映姫殿、見事な大岡裁きだ」
「は、離しなさい!だいたいあなたは」
悔悟棒で夜智王の頭をばちんばちんと叩きながら離せ!離せ!と言いながら説教を始めた映姫。
笑いながら、説教を聞き流しなら映姫を抱えてくるくると回す夜智王だった。
「いやー、ひどい目にあったのぉ」
ようやくお説教が終わり、映姫が帰っていった、呑気にそう漏らす夜智王に周囲から痛い視線が刺さる。
「おい、夜智王、お前、アレはなんだ?」
「アレは、わしが腹の中に封じとるモノさ」
さすがに三昧真火に焼かれて、再生に時間がかかり、封が解けた。
それだけことだ。と夜智王は笑う。
それを聞いていた鈴仙は密かに納得した、夜智王から感じ取れる波長、あれがぐちゃぐちゃなのは、あんなのが複数、内側に居るからなのだ。
というか……
「二つで済んで良かったぞ」
「おい、あれで全部じゃないのかよ」
「ああ、あれと同じようなのを都合七つばかり封じておる、まぁ二つは大分落ち着いておるから暴れることはないだろうがな」
「お前……お前なぁ」
妹紅が疲れ果てた、とばかりに地べたに腰を落とす。
「諸々の請求。覚悟はできていまして?夜智王殿」
永琳が見るものが凍りつくような笑みで言う。
「……お手柔らかに頼む、八意殿」
「ふふ、久々に楽しみですわ」
ひぃっ、と鈴仙と悲鳴を上げる。
はは、と夜智王も乾いた笑いをあげる、死神が来るのは読めていたが、ここまで大事になるとは予想外だった。
これは高く付いたな……どう安上がりに返すか思案する。
「慧音殿」
「ん?なんだ」
「美夜だが、長くは里には居られなくなる、たまに顔出したり、泊まるくらいは良いだろうがな」
「そうか……まぁそうだな」
「ま、幸いというか、世話してもらえる先にはいくつか心あたりがあるから、なんとかなるだろう」
「美夜」
「はい、咲夜さん」
「メイド長と呼びなさい、里にお使いに言ってきてください。今日は実家に泊まって来て良いですよ」
紅魔館、妖精メイドに混じって仕事をしていた美夜。
咲夜にとって、夜智王からの提案はとてもありがたいものだった。
一人で切り盛りはできるが、ものの役に立たない妖精メイドと違って、美夜は有能だった。
「ありがとうございます」
「まぁ夜智王様の眷属にちょっかいを出すモノは居ないでしょうけど、気をつけないさい」
「はい。それはよくわかってます」
あれから、また何度か里近くで危険な妖怪が現れ、霊夢が調査に乗り出したと聞いている。
特に何か、特別な能力に目覚めたことはないが、少なくとも美夜が危険な目にあったことはない。
あのお酒好きで、ちょっと女の人にだらし無い蛇さんは、その眷属というだけで、そういうモノを遠ざけるだけの妖怪なのだという。
「あ、雪」
「そろそろ積もりそうですね、酷くなる前にほら急いでいってきなさい」
「はい咲夜さん」
「メイド長と呼びなさい」
そう言う咲夜は少し楽しそうであった。