葵の中で最後の一滴を振り絞るように、裕樹の下半身は何度もビクン、ビクン、と痙攣した。
包み込むような余熱と、まだ残る脈打ちが離れがたく、裕樹はしばらく動けずにいた。
視線の先で、葵は肘をついて床に伏し、肩を上下させながら小刻みに震えている。
「ひくっ、ひくっ」と漏れる浅い呼吸が、裕樹の耳にだけ届いていた。
絡みつく温もりと、柔らかな肌から自身を引き剥がすように、裕樹はゆっくりと腰を退ける。
全身から力が抜けて、そのまま床へ倒れ込む。
外の雨音は、まだ遠くで鳴っている。
小刻みに震える葵の背中越しに、開け放たれた扉の向こう側を見る。
疲労の影響か、雨脚のせいなのか、裕樹から見る景色はぼんやりと滲んで見えた。
誰かに見られていたかもしれない──
その想像に、先ほどまでの露出の興奮が熱が、雨にさらされた鉄のように急激に冷えて、背筋がゾクりと震える。
「葵ちゃん、扉閉めるね。ちょっと避けられる?」
裕樹の声に、葵は床を伝うように、力なく身体をずらした。
その仕草を確認してから、裕樹はゆっくりと立ち上がり、扉に手をかける。
ギィ、と軋んで、視界が閉ざされ、雨の帳も遮られ、小屋の中に重たい静かさだけが残った。
閉ざされた扉の周りだけが一層暗く、お互いの輪郭だけかろうじて浮かぶように見える。
扉のそばで横たわる葵の姿が、闇に沈んでいた。
外の雨音と、葵の啜るような浅い息だけが暗闇に響いていた。
ぼんやりと見える震える葵の姿に、裕樹の胸にじりじりと焦りが広がっていった。
葵の真意を確かめなければ、この夜が永遠に失われるような気がして、意を決したように、裕樹は口を開く。
「……葵ちゃん、泣いてた?」
ハッとしたように葵の震えはピタッと止まり、雨音だけが重たく流れる。
ほんの数秒が、やけに長く感じられた。
「……っ、泣いてない……」
掠れた声は、否定というより、自分に言い聞かせているように聞こえた。
(いや泣いてるじゃん……。)
喉元まで出かかったその言葉を押し戻す。
これ以上踏み込むなと、暗黙に突き放されたようで──
沈黙の時間は余計に気まずさを加速させていく。
裕樹は言葉に詰まりながらも、なんとか口を開く。
「嫌だった……?」
「……」
「痛かった……?」
どちらの問いにも答えは返ってこない。
静寂の時間が裕樹に重くのしかかる。
大きな雷鳴や雨音が恋しく思えるほど、外は静まり始めていた。
その静けさに胸のざわめきが募り、裕樹は言葉を探し続ける。
すると、伏せていた葵が身体を起こし、裕樹との間に人一人分のスペースを開けて隣に体育座りをした。
胸を抱え、繭に包まれたように縮こまる姿は、闇に溶けているはずなのに──
肩の線や腕の陰影だけが、かすかに残って見えた。
闇の中、汗が冷えていく感覚がじわじわと肌に広がっていく。
その不快さに押されるように、葵はポツリと話し始めた。
「全身汗でベタベタだし……。恥ずかしいところもたくさん見られて……顔もぐちゃぐちゃだし。こんな姿見せられないよ……。」
返す言葉を探してみても、思うような言葉は見つからなかった。
焦りと沈黙の中で、葵が自分を否定したまま終わらせないように、裕樹は必死に頭を回転させていた。
「……葵ちゃん。」
届かない場所に投げかけるように名前を呼んで、息を一つ飲み込む。
「なんかさ……浴衣とか、制服とか、ちょっと着崩れている方がエッチに見えることってあるじゃん?今の葵ちゃんも……その″ミダレ″が、綺麗でさ……って、何言ってるんだろ俺……。」
裕樹の言葉を聞き終えると、葵は小さく吐息をもらした。
まるで苦笑いするように、暗闇でかすかに肩が揺れる。
「……何それ。現実はもっとボロボロだよ。みぞれちゃんのビデオみたいに綺麗に乱れたりしないんだから。」
「いや……水原みぞれのAVより葵ちゃんの方が……」
思わず口にした本音に、裕樹の顔に熱が上った。
沈黙を挟んで、葵は小さく息を吐く。
「……ボロボロな私まで、裕樹くんのおかずにされちゃうんだ……ほんと変態だね。」
葵は少し呆れているようで、それでも軽蔑するわけではなく、茶化すような声が、むしろ空気をやわらげる。
その声音がくすぐったくて、二人の呼吸がほんの一瞬、重なった。
「ち、ちがっ……いや、まぁ……綺麗だから、残したいって思ったのは本当で……」
裕樹はそう言い切ったあと、顔が熱くなるのを誤魔化すように頭をかいた。
葵は暗闇で何も返さない。
ただ、かすかな吐息が笑ったように揺れた気がした。
その沈黙がほんの僅かに救いになって、裕樹は息を整えた。
「真ん中に荷物あるし、移動しよっか。ちょっと明るいとこで。」
そう言って裕樹は、手を床について身体を起こす。
湿った板の感触が手に残るのも構わず、ぎこちなく立ち上がった。
ほんの少し間を置いて、葵も重たい身体を引きずるように立ち上がる。
二人は肩を触れ合わせない距離を保ったまま、三脚が立つ真ん中へと歩き始めた。
裕樹が足を運ぶたびに、床板がぎし、と湿った音を立てる。
小屋の中央に置かれた三脚のそばまで来ると、上部の窓から差し込む薄明かりで、互いの姿がはっきりと見えた。
裕樹の視線の先に、葵は生まれた姿のまま無防備に立っていた。
その姿は砂時計のような完璧なプロポーションで、街灯の光を反射して、白く輝いて美しく、見惚れてしまう。
葵は何気ない様子で三脚に近づき、セッティングされているスマホを確かめる。
「電池切れちゃってる……」と一瞬、肩を落とした。
その素っ気ない声と仕草は、先ほどまで熱烈に絡み合った面影を感じないほど、自然な動作だった。
だが、葵を見つめるほど、その身体の細部が目に止まってしまう。
普段のさらさらの黒髪は、汗で湿って毛先がゆるくカールしていた。
背中や腰は、壁に押し付けた時の土埃や泥がついていて、触れ合った跡が生々しく残っていた。
自然で無防備な美しい佇まいの中に孕む、退廃的な官能が裕樹の中の理性を再び焦がしていった。
「……っ」
無意識に漏れた浅い吐息に、裕樹自身が戸惑いを覚える。
欲棒はいつの間にか芯の硬さを取り戻し、意識とは無関係に昂ぶっていく。
どうしようもないな──
裕樹は、下半身が別の生き物に支配されていると錯覚するほどの、男の性に戸惑いと呆れさえ感じていた。
隠さないと。
そう思った刹那、息が詰まり、気づけば葵と視線がぶつかっていた。
葵の視線が、ほんのわずかに下へと逸れ、膨らんだ下腹部をかすめる。
すぐに目を戻し、裕樹と再び見つめ合う。
その一瞬の往復で、互いに息を呑み、言葉を探しきれず、『あ……』という空白だけが漂った。
お互いに視線を逸らさないまま、裕樹は引き寄せられるように葵へ歩み寄った。
言葉も理性も置き去りに、ただ距離を詰めていく。
肉棒は葵の下腹部に触れ、滲んだカウパーを先端から押し当てていた。
気付けば、葵を象徴するたわわな果実へと手が伸びていていた。
「ごめん。」
「……っ」
葵の唇から僅かに吐息が漏れて、眉が内側に寄って表情が歪む。
「……裕樹くんって本当に、……んっ……はぁ……」
呆れが混ざった吐息がこぼれるが、裕樹を突き放すことはなく、葵は切なそうな目で視線を逸らさない。
葵の身体の曲線を撫でるように触れながら、裕樹はゆっくりと床に腰を落とす。
「最後にもう一回……葵ちゃんと向かい合ってしたい。」
視線で誘うように足を伸ばすと、見下ろす葵は一度まばたきをして息を吐く。
「ほんと、欲張りだなぁ……」
呆れ声とは裏腹に、葵は目を逸らさない。
わずかに躊躇ったあと、正座を崩すように膝を折り、観念したように裕樹の上へ腰を下ろしていく。
その感触に気を乱されながらも、リュックからゴムを取り出し、慣れた仕草で装着を済ませた。
距離を合わせるように、裕樹の反り立つ愛欲に葵は身体を近付けると、葵の手が肩に触れ、互いの体勢がぴたりと重なる。
自身のへそに向かって反り立った肉棒を葵の方に向けて、小鳥が啄むように先端で肉ひだをなぞった。
「んっ……」
葵も既に十分潤っていて、肉壁を押し広げながら裕樹を奥へと受け入れていく。
根元まで咥え込むように締め付けられ、体重が裕樹の太腿へと預けられる。
それは重さではなく、むしろ心地よい温もりだった。
葵の奥に受け入れられた瞬間、二人の吐息が至近で絡み合った。
額に張り付いた髪が頬にかかり、首筋をつたう汗が胸の間に滑り落ちていく。
ミダレたその姿は、まるで堕ちていく過程そのものを象徴しているようで、目を逸らすことができない。
葵もまた裕樹を見つめ返す。
その瞳は優しさでも拒絶でもなく、ただ抗わずに受け入れるしかないという諦観の色を帯びていた。
──これが最後かもしれない。
裕樹は頭の片隅でそんな予感が過っていた。
葵の身体の形を確かめ、鮮明に記憶するように無意識に力がこもる。
丁寧な手つきで胸からウエストに触れながら、首筋を食むように舌を這わせる。
「あっ、……やんっ……」
葵の腰から愛の雫が溢れ出たかのように、繋がった部分は熱を帯びていた。
顔を胸に埋めると、頬に触れる柔らかく弾力のある乳肉の感触が、息苦しいほどの甘さをもたらす。
腕の中で葵の腰の細かい震えが、裕樹の指先や太腿に伝わり、共鳴するように鼓動を速めさせた。
「んっ……あ、……」
小さく浅い息が混ざった声が、耳元で甘く零れる。
切なげに目を細め、時おり唇を舐める仕草と、葵の荒い息遣いが耳朶をかすめるたび、直接脳を痺れさせるように快楽を煽ってくる。
視線を絡ませたまま、どちらも言葉を見つけられない。
ピストンの上下運動のような、派手な動きは裕樹にできなかった。
硬い床の上で、互いの体重を支えるには限界があり、それをカバーできる程のテクニックも持ち合わせていなかった。
繋ぎ止めるように抱いた背中と、僅かに前後する腰の揺れだけで、二人は小屋の中で深く溶け合っていく。
葵の中で動かすたび、水気を含んだ布を絞るように、愛液がぬるりと溢れ出すのが先端に伝わってくる。
ずっとこの夜が続けば良い──
その願いとは裏腹に、二人の腰は抗えない波に揺られるように揺蕩う。
正面で密着して初めて知る葵の淫れが、裕樹の絶頂を容赦なく誘っていた。
遠くにあった快楽の波は、瞬く間に全身に押し寄せてくる。
細い腰を抱きしめて、必死に動きを抑えようとするものの、それを止めることは叶わなかった。
「あぁ……来てる……イキそう……」
「んっ……ふっ……、あっ……」
終わりの時が訪れると思っていた矢先、葵が細い腕を裕樹の背に絡めてきた。
逃がさないように抱き寄せるその瞳の奥で、「一緒に堕ちる」と告げられた気がして、胸の鼓動が暴れるように速くなる。
葵から触れてくれる悦びと、絶頂の気配が同時に押し寄せ、抗う余地はなかった。
「イクッ……!」
身体の奥底から突き上げる脈動とともに、葵の中へと果てる。
互いの指先が背に食い込み、跡が残るほど強く縫い止めるように抱き合った。
すべてを搾り取られるように熱を注ぎ込みながら、二人で一つの身体が静かに震え、息遣いの音だけが小屋の中に溶けていった。
二人の脈動が落ち着いても、抱きしめる腕が緩むことはなかった。
触れ合う体温がまだ熱を帯びていて、息苦しいほど近いのに、どちらからも離れようとはしない。
言葉を交わさなくても、このまま永遠に縫い止められてしまうんじゃないか──
そんな錯覚が胸を覆い尽くしていた。
やがて裕樹は、かすかに息を整えながら視線を上げる。
叩きつけるように降り続いた雷雨は、いつの間にか止んでいた。
小窓の外に広がる闇は色を変え、淡い光が夜の帳を押しのけ始めていた。