※この作品はR-18です。

柔肌に泥濘んで、僕は裏返る   作:秋野リヒト

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17話 背徳のドライブ

神奈川の得意先に顔を出し、直帰とホワイトボードの予定表に書き残して、裕樹は会社を後にした。

 

改札脇のコインロッカーから、旅行のために荷造りしたボストンバッグを取り出して、裕樹は指定された場所へと向かう。

 

五反田でナツと会った日のこと。

 

終電前にバスタブに二人で浸かりながら、ピロートークの中でナツは一つの提案をした。

 

「今度はさ、一緒に旅行なんてどう?熱海に良いコテージがあるの。そこに泊まろうと思って。」

 

ナツと二人きりの旅行──

 

裕樹は、熱海には大学時代に行ったことがあった。

 

初めて行く場所なら、観光を楽しむことも大切かもしれない。

 

だがこの旅行はきっと、妄想が現実になったような、ただそれだけの目的の旅行である気がしていた。

 

過保護な親元を離れて暮らすようになった裕樹は、初めて自分の人生を生きているという実感があった。

 

誰と、どこで、何を、いつまで、それはすべて自分で考えて自分が決めるし、それを止められることもない。

 

(一日中ヤリまくりたいな…。)

 

他にも何をするか考えていると、電車に揺られる時間もあっという間に過ぎた。

 

ナツに指定された東戸塚駅に着くと、西口改札をくぐり、バスロータリーの方へと向かう。

 

合流する前に、コンビニで何か飲み物を買ってから行こうと考えていると、見覚えのある豊満なシルエットの女性がコンビニに入っていく。

 

足早にその後を追って、後ろから回り込むようにして恐る恐る顔を覗き込む。

 

「あら、誰かと思ったら。お疲れ様。」

 

ナツも同じことを考えていたらしかった。

 

薄手の黒のトップスに、深い赤のロングスカート。

 

胸の大きさと重さに生地が引っ張られているせいか、胸元だけが張り裂けそうなほど主張している。

 

肌の露出が一切ないにも関わらず、丸みと重さがはっきりと分かるその見た目から、ホテルでのあられのない姿を思い出してしまう。

 

思わず目を逸らしたくなるほどのフェロモンが、またしても滲み出ていた。

 

その色香を振り切るようにして、裕樹は無意識に距離を取った。

 

気持ちを切り替えるように、先にペットボトルが並ぶ棚の前へ向かい、何を選ぶでもなくラベルを眺める。

 

ほどなくして、隣に人の気配がした。

 

横目で見ると、ナツが最初からそこにいるかのように立っている。

 

「どれにする?」

 

肩が触れそうな距離でそう言われて、裕樹は思わず息を詰めた。

 

緑茶のペットボトルを手に取って、ナツと並んでレジの方へと歩き出す。

 

──そういえば。

 

ふと今日の目的が頭の中によぎると、買わなければならない物の存在に裕樹は気付く。

 

一瞬だけ視線を泳がせて、日用品が並ぶ棚へと足を向けた。

 

白や銀の小箱が整然と並んでいて、ふと冷静になる。

 

(恥ずかしいことじゃないんだ…これは…)

 

そう自分に言い聞かせて、一つ手に取る。

 

レジへと向かうと、すでに並んでいたナツと視線があった。

 

ほんの一瞬、ナツの口元が緩むと「お・い・で」と、口の動きだけで伝えるように手招きをする。

 

ナツの隣に行くと、裕樹の手にある商品をチラリと見て、すぐに視線を戻す。

 

「一緒に会計するから、こっちに出して。」

 

低い声で、事なげにナツは言った。

 

「え……」

 

一瞬だけ躊躇うが、ナツはもうこちらを向いていなかった。

 

断る余地は、最初から用意されていない。

 

決済方法をスマートフォンで選んでいるのか、値段も、何を買うのかも興味がないように見えた。

 

バーコードを淡々と読み取る、無機質なピッという音。

 

対応しているのは若い男の店員のようだった。

 

顔を上げなくても、その視線がどこを向いているのかが、なんとなく分かってしまう。

 

ナツの胸元に集まる男たちの視線。

 

その輪の中に、裕樹も紛れ込んでいた。

 

(やっぱ、見ちゃうよな…俺もそうだけど…)

 

男の欲望の仲間意識が、ふと頭をよぎって、なんとも言えない気分になる。

 

会計が終わると、裕樹は反射的に袋を受け取った。

 

コンビニを後にして、路上に停めてあるえんじ色の車の前で、ドアのロックがピッと音を立てて光る。

 

「これ、私の車。」

 

ナツはそう言って、運転席に乗り込んだ。

 

裕樹もそれに続いて、助手席のドアを開けて乗り込む。

 

助手席のシートに腰かけると、僅かに身体が沈み込み、心地が良かった。

 

裕樹はコンビニの袋からペットボトルを二本取り出した。

 

一本はキャップを軽く緩め、ドリンクホルダーに置き、もう一本はそのまま手に取り、蓋を開けて口に含めた。

 

「ありがとう。それにしても、それ。別にわざわざ買わなくても良かったのに…。」

 

ナツの言っているのは、袋の中に入っている小箱のことのようだった。

 

まるで、最初から必要ないものを買ってきたと言わんばかりの口ぶりだった。

 

五反田で会った時も、ナツは避妊する必要はないと言っていたのを思い出す。

 

(こういうことを口にするのって、普通逆じゃ…?)

 

ナツの言葉が軽いのか、本気なのか、分からない。

 

もし本気だとしたら──

 

この旅行の先に、逃げられない未来が待っているのかもしれない。

 

そう考えた瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。

 

それでも、裕樹は口を開いた。

 

「だって、中に出しちゃったらデキちゃう…じゃん?」

 

ナツと視線を合わせることはできず、裕樹はそう言った。

 

どんな言葉を口にするのか、いつもより長く感じる沈黙は、車のエンジンをかける音で破られる。

 

ナビの自動音声が鳴った後、目的地を入力しながら、ナツは溜め息と乾いた笑いが混ざったように息を吐く。

 

「そう簡単に妊娠なんてしないわよ。毎日出してても、ね。」

 

その言い方には、冗談とも軽口とも違う、確かな重みがあった。

 

(指輪つけてないけど…まさかナツって既婚者だったりしないよな……?もしかしてこれって不倫旅行……?)

 

続くはずの言葉を、結局どれも口にはできなかった。

 

沈黙のせいで、エンジンの乾いた音とラジオのパーソナリティの声だけが、やけに大きく耳に残った。

 

ナツのことは何も知らなかった。

 

どこに住んでいるのか、どんな人生を送ってきたのか。

 

葵のように学校生活を共にしていたわけでもない。

 

身体の関係のために会う人間──

 

そう割り切っていいのか、分からない。

 

相手のことを知った方が、良いスパイスになるのか。

 

ハンドルを右手で握るナツのことを眺めると、運転には慣れているのか、リラックスしているようだった。

 

気まずい空気から逃れるように視線を動かすと、ぴんと張ったシートベルトが、柔らかいナツの胸を締め付けて食い込んでいるのに気がついた。

 

「ねぇ……さっき、コンビニでちょっと興奮しちゃったでしょ?」

 

ラジオの内容に思考が傾きかけていた時に、ナツの囁くような声が現実に裕樹を引き戻す。

 

「えっ……?」

 

──あ。

 

シートベルトで押し上げられた胸元から遅れて視線を離す。

 

サイドガラスの景色は、流れを失いかけていて、やがてナツの頬は赤信号の灯りに染まった。

 

「今日さ……私、自分でも分かってたんだよね。エッチなオーラ滲み出ちゃってるなって。」

 

ナツの言う"オーラ"が何を指すのか、裕樹には感覚で分かっていた。

 

全身は衣服で覆われているはずなのに、隠されているはずの部分が隠しきれないほど、滲む色香。

 

「だって、そんなにおっぱいパツパツだったら、見るなって方が無理でしょ……。」

 

裕樹の視線は、一瞬だけ胸元のシートベルトに引き戻され、すぐにナツの顔へと戻った。

 

ナツはいつもと変わらない穏やかな表情で、左手の指を裕樹に絡ませると、そのまま正面へと視線を戻す。

 

手のひらは少しだけしっとりとしていて、ほのかに温かい。

 

そのまま導くように、ナツは裕樹の手を自分の胸元へと押し当てた。

 

同時に、ナツの顔を照らしていた灯りが、赤から青へと変わる。

 

「ちょっ……信号、青だよ。」

 

裕樹が小さく声を漏らしても、ナツはすぐには反応しない。

 

まるで、指先に伝わる重みと熱を、確かめるように──

 

裕樹の指が柔らかな肌に沈み込むのを、ゆっくりと受け止めている。

 

後続車がいないことを確認して、裕樹がほっと息をついた、その一拍遅れで。

 

ようやくナツはアクセルを踏み、車は静かに走り出した。

 

「見てるだけじゃ満足できないし、触りたいんでしょ?」

 

横顔しか伺えないナツの表情だったが、口角が上がっている気がした。

 

シートベルトに押し上げられていた膨らみと同じ感触が、指先に重さと温かみを伝えてくる。

 

裕樹が支えるように持ち上げると、

 

「ああ……それとっても楽。ずっと裕樹が持ち上げてくれればいいのに。」

 

とナツの声色に甘みが混ざる。

 

「じゃあ、ナツのブラジャーになって、毎日持ち上げるよ。」

 

裕樹はそう言いながら、支えていた指先を滑らせる。

 

「でも揉んだり、摘んだりもするけどね。」

 

布越しに、ナツの硬くなった蕾を探るように小さく、つん、と指先で弾く。

 

「あんっ……手癖の悪いブラジャーはね。」

 

正解と言わんばかりに艶やかな声が漏れ、ナツの腰がシートに押し付けられるように揺れた。

 

飽きない重さと柔らかさを堪能しつつ、ナツの乳肉をひたすら不規則なリズムで揉む。

 

ナツの呼吸はゆっくりと深くなり、その度に胸が膨らむように持ち上がる。

 

「……んっ。」

 

安らぎと熱が混ざったような吐息が、ナツの唇から漏れていく。

 

やがて車は、再び赤信号で静かに減速した。

 

止まる寸前、ナツのまぶたは重たく落ちる。

 

嬉しいのか、苦しいのか、曖昧な表情で顔を寄せ、裕樹と唇を重ねる。

 

舌を絡ませながら、裕樹のボトムのジッパーをゆっくりと下ろした。

 

裕樹も吐く息に熱がこもり、シートに更に深く身体が押し付けられるように沈んだ。

 

ナツは布越しに肉棒の形を指先でなぞり、確かめる。

 

「ここ、すごく硬くなってる。」

 

青信号に変わる前に、ナツは視線を正面に戻した。

 

ことなげな横顔。

 

それなのに、ナツの左手がやけに熱い。

 

ボクサーブリーフの隙間から、空気に触れた瞬間──

 

足元がふっと抜けるような感覚と羞恥が、身体の芯を冷やす。

 

カウパーが滲んだ肉棒を、気にも留めずナツは左手で包み込んだ。

 

「……あ…ナツ……。」

 

柔らかく手首を使った動きは、宝物を扱うように繊細で──

 

裕樹の喉から、堪えきれない吐息が溢れた。

 

信号が青に変わって、車が動き出しても、裕樹はそのまま、優しく包まれたままだった。

 

「なんか……右手でハンドル、左手でレバーってさ……マニュアル車を運転してるみたいだね……。」

 

ナツの右手は車体を揺らさないよう、僅かに力を込めて添えられていた。

 

その傍ら、左手だけがいたずらを覚えた猫のように、気まぐれに、しかし狙いを外さず動き続けている。

 

「あはは、確かに。でもこのレバー、なんか硬くて濡れてるんだけど…?」

 

ナツは一瞬だけ、横目で裕樹の様子を確かめる。

 

先端から溢れるカウパーを、ナツの指先に掬われるたび、湿った音が小さく気泡のように弾けた。

 

ラジオの声は流れているはずなのに、まるで水中に沈められたように遠い。

 

堰き止めきれない快感に、無意識に腰が引けてしまう。

 

距離を取っても、逃がさないと言わんばかりにナツの指はぴたりと追いすがる。

 

「……っあ、待っ……て」

 

咄嗟に裕樹は前屈みになり、腹筋に力を込めてナツの手と身体の間に僅かな距離をこじ開ける。

 

同じ高さだった二人の視線は、前屈みの裕樹が自然と見上げる形になった。

 

「ん?どうしたの?」

 

ナツは車を走らせたままで、僅かに視線だけを落とした。

 

分かっているのに、敢えて問いかけるナツの瞳は、悪戯っ子のような無邪気さが奥に滲んでいる。

 

「こうしないと、ナツが止まってくれないから……。ここで出ちゃうって……。」

 

苦悶と快楽が入り混じった表情で、裕樹はナツを見上げる。

 

「あら、別に出してもいいのよ?」

 

ナツは涼しい顔で、こちらを見ずにそう言い放つ。

 

「……ダメ。全部ナツの中に出したいから…。」

 

裕樹のその言葉で、ナツの指の動きが緩んだ。

 

包み込むだけの柔らかな手の感触。

 

「……ふふ。その楽しみは、確かに取っておかないとね。」

 

すぐそこまで迫っていた波が引いていくのを数テンポ待ってから、裕樹はゆっくりと背を戻す。

 

「あぁ……危なかったー…。」

 

裕樹が深く息を吐くと、ナツの肩が小さく揺れた。

 

張り詰めた身体から力が抜けて、裕樹も思わず笑いがこぼれた。

 

「ねえ、ナツ。」

 

裕樹の指先はまだ、柔らかな重みに沈んだままだった。

 

「今から、いくつかナツに質問するけど──正直に答えてくれる?」

 

ナツは正面を向いたままで、視線だけ裕樹の方に向ける。

 

「質問……?なんの?」

 

その声は、語尾が少し跳ねるように聞こえて、楽しむようなトーンだった。

 

「ナツへのインタビュー。こうやって、触られながら答えてもらうやつ。」

 

指先に僅かに力を込める。

 

ナツの口角はゆっくりと上がり、舌先で唇をなぞった。

 

「あぁ……そういう感じのやつね?」

 

「じゃあ最初の質問──」

 

裕樹は指先でナツの耳たぶに触れ、ゆっくり首筋を伝うと身体が僅かに強張る。

 

身体の輪郭をなぞるようにしながら最も傾斜がある部分に指を沈み込ませる。

 

「こうやって質問されながら、触られるのってどんな気分?」

 

答えようと唇を僅かに開いた時、震えがあったように見えたが、受け答えははっきりしていた。

 

「意地悪されてるみたいで……ちょっとゾクゾクしちゃう。」

 

「へぇ……。意地悪されるのが好きなんだ?」

 

裕樹の声はいつもよりワントーン低くなり、背中に回した指先が布地の縁をなぞった。

 

ゆっくりとさり気なく外したはずだった。

 

それなのに、妙に大きい音になって車内に響いた。

 

「あんっ、ちょっと……運転中で逃げられないって裕樹が分かってるのに触るから……。」

 

服の上からたくし上げるように触れると、硬くなった蕾が手の甲に当たった。

 

「なんかいつもナツにリードしてもらってたから、ちょっと気分が良いかも。」

 

ナツの瞬きが重たくなり、ハンドルに添えられた右手の指が僅かに緩む。

 

それでも車は、左車線に沿って走り続けていた。

 

「あ、そしたら二つ目の質問。ナツはS?M?どっち?」

 

「サドかマゾ……。んー……私は──」

 

その続きを遮るように、乾いた電子音が車内を裂いた。

 

密着していた空気が、蜘蛛の子を散らすように散り散りになる。

 

ナツの視線が刹那、下に落ちた。

 

サイドブレーキの脇で振動するスマートフォンが、暗い車内で淡く光っている。

 

裕樹の手は離れないまま。

 

「出なくていいの?」

 

裕樹がそう尋ねるも、ナツはスマートフォンの方を横目で見たまま答えない。

 

「うん、今は大丈夫。」

 

「そっか…。」

 

(この時間に電話って、誰?)

 

着信音は数回鳴った後、振動と共に止まった。

 

その瞬間、車内は急に広くなった気がした。

 

ナツの柔らかな膨らみに触れたままなのに、先ほどの続きの言葉が見つからない。

 

ラジオは交通情報を流しているようで、インター、ジャンクション、事故処理──

 

抑揚のない単語だけが流れていく。

 

「それで……?」

 

横顔のままのナツの声には、着信のことなど気にしていないような軽さがあった。

 

「ん?」

 

「まだインタビューは続いてるんでしょう?」

 

ハンドルに添えられた右手の指先が、触れられない裕樹の肌をなぞるように、ゆっくりとレザーを撫でていた。

 

ナツがSなのか、Mなのか──

 

質問の続きを言葉にしようとして、口をつぐむ。

 

さっきまで気になっていたことのはずなのに、裕樹にはそれよりも別のことが引っかかっていた。

 

「あ、うん……。ナツはさ──」

 

言葉の続きを探すふりをしながら、視線だけが無意識にサイドブレーキの脇のスマートフォンの方へ逸れる。

 

「職場でもさっきみたいにエロオーラ全開なの?」

 

そういうとナツは、あははと笑う。

 

「どうだろうね?今は事務所に基本的に1人だから、全開でも誰も困らないかも。」

 

「今は…って、昔は困らせてたの?」

 

ナツは手の甲で口元を隠すように笑った。

 

「若い時は…そうかもね。」

 

「若い頃のナツって…どんな人?」

 

過去をなぞるように、裕樹は服の中へ手を忍ばせた。

 

ナツの身体は、いつもより火照っている気がして、温かかった。

 

「……っ。ツアーコンダクターの仕事をしてた。15年くらいかな。色んな国に行ったよ。」

 

「15年も?じゃあ……色んな国で、ああやって見られてたんだ?」

 

胸のざわつきを押し殺すように、裕樹は質問を重ねた。

 

「自分で言うのもなんだけど…モテてたよ。」

 

「色んな人がいた。プリンセス扱いしてくれるイギリス人や、情熱的なイタリア人とか……。」

 

イタリア人──

 

その一言で、一人でに像が結ばれる。

 

彫りの深い顔、薔薇のような紅い情熱、濃い体毛すら色気に変えてしまうような男。

 

顔も名前も知らないラテン・ラヴァーが、ナツの身体を抱き寄せる光景が脳裏に浮かぶ。

 

「日本人とは違う?」

 

「違うね。遠慮がなくて…パッションが強くて…でも余裕もある。」

 

比べられてもいないのに、勝手に比べてしまっている焦燥感──

 

「やっぱり向こうの人は、あそこも大きいの?」

 

「大きい人は多いね。日本と違って細長いって感じかな…。」

 

「でも──」

 

裕樹に触れている指先が、確かめるようにゆっくりと動く。

 

「こんなに反ってて硬いのは…なかなかいなかったかも。」

 

勝っているはずなのに──

 

嫉妬に似つかない興奮が、指先の節度を奪う。

 

「あんっ……触り方……っ、熱っぽくてやらしっ……。」

 

ナツの嬌声は裕樹の胸のざらつきを、鳩尾へと重く落としていく。

 

異国の地の男たち──

 

脳裏にちらつくその影を、振り払うようにナツの服をたくしあげた。

 

窮屈に閉じ込められていた豊満な肉房が、弾むような重みで車内に溢れ出す。

 

ナツは僅かに目を開いた。

 

それでも、拒絶はしない。

 

ハンドルに添えていたナツの右手の指は、思わずレザーを握っていた。

 

ナツは目を伏せ、ほんの少しだけ口元を緩める。

 

「……オオカミにさせちゃった?」

 

その問いに答える代わりに、横から掌に乗せるようにずっしりとした乳肉を支えた。

 

交通量の少ない夜道の車内であることを忘れ、親指と人差し指を使って、凝り固まった蕾を外側へと引き絞る。

 

「あっ……その触り方っ…ダメっ……」

 

ナツの息遣いは一気に乱れて、ハンドルを握る腕だけが強張ったまま、身体が小刻みに震えた。

 

ラジオの音声が、二人の入り混じる息遣いを隠すように流れ続けている。

 

『──続いてこちらはラジオネーム、ツルムラサキ』

 

『ありがとっ!』

 

『24歳の女性、テーマは"家族や恋人に言えない隠し事"』

 

『私には、6年くらい付き合ってる彼に絶対に言えない秘密があります。』

 

『高校最後の夏休みに、同級生の男の子と公園で雨宿りしていたのですが、なんかそういう雰囲気になってしまい──』

 

『おぉ…?』

 

『しかも私のスマホに、その一部始終を残してしまって。』

 

『あらまぁ…。』

 

『彼のことは大好きだし、消さなきゃと思うんですけど。』

 

『他人みたいな自分の記録を…なぜか削除する最後の一押しが今でもできないままでいます。』

 

『そうなんだぁ…。でも、なんか…上手く言えないけど、その時の自分を消せない気持ち、分かるかも。』

 

『へぇ……そういうものなんだね。』

 

フロントガラスに、白い閃光が走った。

 

一瞬だけ、車内が昼間のように浮かび上がる。

 

裕樹は咄嗟に触れていた手を離し、ナツの服を引き下ろした。

 

二人を咎めるような対向車のライトに、裕樹は反射的に息を詰める。

 

必要もないのに、声まで潜めてしまう。

 

その分、心臓の鼓動だけがやけにうるさい。

 

ナツは視線を前に据えたまま、ハンドルを握っている。

 

やがて光は遠ざかり、車内にゆっくりと暗闇が馴染んでいく。

 

裕樹は思わず胸を撫で下ろした。

 

「……今の。」

 

ナツは正面を向いたまま、笑いを堪える息が混ざっている。

 

「な、なに?」

 

「可愛かった。」

 

すれ違った時に跳ね上がった心拍数は、未だ速いまま。

 

走りは乱れず、ナツの表情も変わらない。

 

平常運転の車内に、裕樹だけが取り残されていた。

 

「裕樹が脱がせてきたのに、裕樹が一番恥ずかしくなってた。」

 

見透かされたその一言に、裕樹は言葉が出なかった。

 

車はまたしても、交差点に差し掛かり、赤信号でゆっくりと減速する。

 

ナツは裕樹の方を見つめ、未だ速い鼓動を確かめるように、短く唇を重ねる。

 

「でも、嫌いじゃないでしょ?ああいうの。」

 

鳩尾から下腹部へ、鉛のような重たい熱が沈んでいく。

 

裕樹の背中が、僅かに強張る。

 

「自分が攻めてるつもりでさ。」

 

「実は、自分のほうがドキドキしてるの。」

 

言い返すより先に、身体が頷いてしまう。

 

「見られるかもって思うのに、その気持ちを抑え切れない。」

 

「そういう……危ないドキドキが好きなんでしょう?」

 

ナツは、裕樹にどこまで言葉が届いているのかを量るように、視線を流す。

 

危ないドキドキ──

 

あの雷雨の夜に似た、誰かに見られるかもしれないという感覚。

 

その時に知ってしまった背徳が、氷水のように冷たく、それでいてどろりと重く、背筋の真ん中をゆっくりと伝っていく。

 

「下のズボン、脱いじゃえば?」

 

あまりに軽いその一言は、堰を切るように裕樹の背中を押した。

 

「いや、それは…。バレたら捕まるし…。」

 

(止めてくれなかったら、脱ぐしかない?)

 

「大丈夫、誰にもバレないよ。」

 

止めてくれると思っていた。

 

ナツの答えには、一切の迷いはない。

 

裕樹の頭の中に浮かぶ、先ほどの対向車。

 

あのフロントガラスの向こう側の、運転席と助手席に座る影。

 

どこまで見えていたのか。

 

どこまで見られていたのか。

 

それを逆算しようにも、その境目は曖昧で──

 

やがて考えることをやめて、裕樹はシートに深くもたれかかった。

 

指先が、膝の上で一度止まる。

 

呼吸を整えるふりをして、ベルトの金具に手を触れた。

 

金属は背筋を伝う背徳感のように冷たく、やけに現実味を帯びる。

 

ベルトを外す音や衣擦れが、車内にこぼれていく。

 

ナツが気付いているのかどうか、それすら分からない。

 

それ以上はやらなくて"いいよ"、と止めてくるのか。

 

そのまま脱いでも"いいよ"、なのか。

 

同じ許しのはずなのに、意味だけが違って聞こえる。

 

ズボンが足元に落ちても、ナツの反応はなかった。

 

裕樹はそのまま、自ら逃げ場を断つように

 

ボクサーブリーフに手をかけた。

 

腰を浮かせて、ゆっくりと布を下ろしていく。

 

下半身から一切の遮るものが消え、車内の冷房の空気が熱を帯びた肌に直接まとわりつく。

 

シートの生地の感触が、露出した太腿へ過敏に伝わってくる。

 

感覚がむず痒く、裕樹は身体が落ち着く位置が定まらず、身体を捻らせ、膝を立てると妙に落ち着いた。

 

しばらく黙っていたナツが、裕樹に誘われるようにして、太腿に指先だけ触れる。

 

「落ち着かないの…?」

 

立てた膝の内側に、ナツの手が滑り込む。

 

裕樹の溜まり込んでいた熱ごと、すべて包み込んでしまった。

 

「あ……」

 

硬さも、脈打つ感覚も、その下に湛えられた柔らかな袋の重みさえも、ナツは掌で量るように掬い上げる。

 

脚を閉じれば、いつでも遮ることはできた。

 

それでも裕樹はその選択をしない。

 

重い脚はそのまま、シートの上でさらに外へと開いていく。

 

「あは。んっ……すごく硬くて熱い。」

 

裕樹もまた、ナツの服の中へと手を伸ばす。

 

「ナツの……せいだ。パトカーとか来たらどうすんの……?」

 

二人の息遣いと肌が擦れる音が車内を満たしていく。

 

付けっぱなしのはずのラジオの音は、遠くへと押しやられていった。

 

深まる宵の下道に、走る車はまばらだった。

 

それでも前方からヘッドライトが迫るたび、裕樹が声を潜めて何かを言いかけるのを、ナツは楽しそうに受け流す。

 

言葉だけが交わされ、手の動きは止まらない。

 

車は一定の速度で走り続けながら、ときおり白線を掠める。

 

やがて、果てしなく続きそうな国道から、枝分かれした細い脇道へと車は入っていく。

 

道がアスファルトから砂利に変わり、タイヤが小石を弾きながら車体を小刻みに揺らす。

 

街灯の灯りは背後に置き去りにされ、背の高い樹木が道に影を落としていた。

 

程なくして林道を抜ける。

 

天窓のように開けた夜空の下で、白い戸建てがぽつりと佇んでいた。

 

周囲は木の柵でゆるく囲まれ、その先で道は途切れている。

 

白線や段差もない敷地に、ナツは車を寄せた。

 

「着いたよ。」

 

そう言ってエンジンを切ると、流れていたラジオとエンジン音がぴたりと止む。

 

国道からさほど離れていないはずなのに、夏の虫の音だけが、うるさく聞こえるほど静かだった。

 

玄関前の照明が、揺れる蝋燭のようにぼんやりと白い外壁を照らしている。

 

「ありがとう、ナツ。運転お疲れ様。」

 

最後まで運転を任せきりにしてしまったな、と裕樹は胸の奥で思いながら、リリースボタンを押した。

 

シートベルトが音を立てて巻き戻っていく。

 

その軌道を目で追っていたナツの視線が、最後に裕樹の目に行き着いた。

 

どちらからともなく、吸い寄せられるように身体が近付いて、言葉も要らないまま、自然と唇が重なった。

 

何度もぶつけ合うような口付けの刹那──

 

伏せられた睫毛の陰から、ナツの視線が裕樹の鎖骨へ落ちる。

 

焦がすような熱を孕んで、胸元や腹部へと、ゆっくり移っていく。

 

「ああ……本当に肌がスベスベで綺麗。」

 

裕樹の肌の張りと温度を確かめるように、ゆっくりと指の腹で太腿をなぞった。

 

「私ね…若い時にヌードを撮ってみないか?って言われたことがあったの。」

 

その言葉を聞いて、裕樹の頭の中に一枚の画が浮かぶ。

 

高校時代の美術室。

 

イーゼルの向こうの葵が、ゆっくりとナツの裸身に塗り替わり、裕樹がカメラを構えてシャッターを切る姿。

 

「それは、下心とかそういうのナシでってこと…?」

 

ナツは目を伏せて首をゆっくりと縦に振る。

 

「……多分、若い時の身体を形にして残しておきたいって人がいるんじゃないかな。」

 

「当時は私もなんか怖いなと思って。断っちゃったけど、今思えば撮っておいても良かったな、なんて思う。」

 

そう言ってナツはゆっくりと裕樹から視線を外すと、後部座席に手を伸ばした。

 

無機質な光沢のデジタルカメラを取り出すと、両手で持ち直して、ナツは

 

「裕樹の今の姿、撮ってみない?」

 

と、ピントを合わせるように裕樹の身体へ向ける。

 

そこに下心や冗談の気配はなく、触れていた時とは異なる熱が瞳に宿っていた。

 

ナツの言う、若き日の身体のポートフォリオ。

 

そんなことは、考えたこともなかった。

 

撮ったものを自分の欲望として消費したい。

 

撮影する行為そのものに心を焼かれ、興奮しているだけだった。

 

ナツがかつて恐怖したように、若さを形に残すという感覚は、裕樹の中にはなかった。

 

それでも、カメラを向けた時の刹那的な背徳感は特別で──

 

「顔を映さなくても、良いなら……。」

 

裕樹は断る理由を、見つけることができなかった。

 

「あら……もったいない。」

 

ナツはダッシュボードにゆっくりとカメラを伏せ、再び裕樹の太腿に指先を触れた。

 

太腿から、神経をなぞるように指先が腰へと流れていく。

 

ナツは指先の動きを目で追うことなく、裕樹から視線を逸らさない。

 

脱がされていく裕樹が崩れる瞬間を、今かと待つ眼差し。

 

その逃げ場のなさに、裕樹は思わず呼吸を止めた。

 

露わになった腰を横切って、肌と布の境界をなぞりながら指先が滑り込んでいく。

 

ナツは、ゆっくりと肌の面積を広げていくようにシャツを捲っていく。

 

指先がわざとらしく裕樹の蕾を掠めた瞬間──

 

我慢していた呼吸が崩れて、鼻から吐く息の音が静かに響いた。

 

その反応に、ナツの指先が一瞬止まる。

 

そして何事なかったかのように、シャツを持ち上げた。

 

腕が引き上げられ、脇を過ぎ、頭を抜け、絡まった布が両腕を縛って──

 

裕樹は、磔にされた捧げ物の姿になった。

 

ナツは音を立てずに、カメラを手に取る。

 

小さな電子音が鳴り、レンズが開くのを見て、裕樹の胸の奥が強く脈打つ。

 

ナツは右目でレンズを覗き込み、閉じられた左目からは、表情を窺えない。

 

カメラが僅かに上下し、やがてぴたりと止まった。

 

ナツの人差し指がシャッターに沈んでいくのを、裕樹は目で追ってしまう。

 

その視界の端で、ナツは僅かに口を開けて、舌先で唇を舐めているのが見えた。

 

シャッター音が車内の静寂を切り裂いて、ナツがゆっくりとカメラから顔を離す。

 

「うん……すごくいいのが撮れた。」

 

ナツは噛み締めるように頷いて、裕樹の頬に手を触れた。

 

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