呻きと呼吸の音は、次第にこの部屋のあるべき静寂へと落ち着いた。
裕樹は手脚に僅かに力を込めると、ナツに貼り付いた肉が剥がれ、その隙間を汗が伝っていく。
気怠さからかそのまま転げ落ちるように裕樹はベッドに横たわった。
隣で伏せたままのナツは、時々身体を震わせながら呼吸を繰り返している。
そのゆっくり上下する背中を眺めながら、裕樹は瞼を閉じた。
広い部屋のはずなのに、身体が離れても二人が並ぶこの場所だけが蒸し暑い。
空気を入れ替えようとしても起き上がる気にはなれなかった。
それでも暑さに耐えかねて、這い上がるように窓に向かい、窓を開け放つ。
冷たい夜風が裕樹の身体を撫でるように通り抜け、身体の熱を運んでいく。
窓の向こうへ見せつけるように貪りあったその先にギャラリーはおらず、夜の静寂が広がるのみだった。
ベッドに戻りナツの肌に触れると、汗でしっとりとしていた身体から少しずつ熱が引き始めていた。
「ナツ、大丈夫?」
返事は聞こえず、頷いてシーツの擦れる音が聞こえた。
行為の後に冷静になるのは、雌を外敵から守る為の本能──
そんな話をどこかで聞いた。
いつも煩わしいと思っていたその本能も、こうしてナツを少し休ませることができるなら意味がある。
でなければきっと、今この瞬間にも容赦なくナツを求めて続けてしまう気がした。
気持ち良くなってくれたはず──
その自信があるのに、伏せたまま反応の薄いナツの姿を見ていると妙な不安が押し寄せる。
答え合わせをするように伏せた身体の隙間に手を差し込むと、ナツは想像していたよりも容易く仰向けに寝転んだ。
スカーフで視界は遮られたまま、口元は僅かに空いている。
ゆっくりと腕が伸びて、自らを縛り付けていた枷を解放するようにスカーフを人差し指でずらす。
その瞳は潤んでいるというよりも、雨に打たれた石のように光沢を放っていた。
悲しみとも感動とも似つかない、その表情の正体を探るようにナツを見つめた。
「あぁ……裕樹って……」
僅かに下がるナツの眉に、裕樹の胸はざわついた。
困らせてしまったのか。
呆れてしまったのか。
「え……?」
思わず首を傾げると、ナツは口角が上がり、裕樹を迎え入れるように両手を広げた。
「こんな可愛い顔して狼なんだから……」
ナツの柔らかい乳肉が揺れて、裕樹はその抱擁に応えた。
裕樹は自分自身がその柔らかさにつくづく逆らえないと悟り、その想いが口をついて出た。
「……ありがとう。」
ナツの反応に安堵したせいか、行為の後の気怠さのせいか。
身体から力は抜け、そのまま受け止めてしまうナツの柔らかさに、思わず蕩けそうになった。
(これ、男をダメにするソファだ……。)
「ありがとう、裕樹。すごい……気持ちよかった……。」
裕樹の髪を手でとかすようにしながら、ナツはわしわしと頭を撫でる。
「目隠しも……寝バックも……初めてだったけど、やばいね。ハマっちゃいそう。」
「目隠しした時のナツ、すごく敏感になったよね。シーツの音で身体が反応してた。」
「だって……どこから触られるのか分からない状態だったから……。音がするたびにどこから来るのかなって思ってた。」
「あそこからもうゾーンに入ってたよね。どこ触ってもびくびく〜って反応するからさ。もう止められなくなっちゃって。」
裕樹がわざとらしくシーツを爪で引っ掻く音を立てると、ナツは裕樹の肩を軽く叩き「やだもう。」と言って笑った。
「裕樹と出会ってから、更に感度上がってる気がする……。」
「そう言われると、嬉しいかも。」
裕樹は無意識に口元が緩むのを感じて、思わずナツのデコルテに顔を伏せる。
「でもそうなのかもね……今日のナツは前にホテルで会ってた時とは違ったよ。」
「え、どんなふうに?」
「寝バックする前くらいかな。先っぽにコツコツってなにかコリコリしたものが当たる感覚があってさ。あれ確か、ポルチオって言うんだっけ。」
小説を書くために調べた時の知識を口にして、裕樹は優越感に浸っていた。
「コツコツ当たる感覚……。」
そう言うナツの瞳は天井に逃げて、上瞼の下に白い三日月が覗く。
肉体の秘密の答え合わせを待つように、裕樹は自然と口角が上がっていく。
「よく分かんないけど……多分、子宮が降りてきちゃったのかも。」
「え……。そういうのって……本当にあるの?」
「あるよ。相性が良いと身体が赤ちゃんを欲しくなっちゃうんだろうね……。」
艶めく光る瞳で、ナツは微笑みながら裕樹の頬に手を触れた。
(それ……エロすぎるでしょ……。)
女性の身体のことを何一つ理解していなかった無知の恥ずかしさか、はたまた垣間見えた雌の本能を目の当たりにしたせいか。
涼しい風に冷まされた身体の奥から、導火線へ火を付けたような勢いで熱が駆け上がり、顔を火照らせた。
裕樹は僅かに止めていた息を吐くと、身体の力が抜けたせいか、不意に尿意を意識する。
「ちょっとトイレに行ってくる。」
渡りに船と言わんばかりに、裕樹はベッドから逃げるように立ち上がった。
一階に降りると、廊下は藍色の暗がりに包まれていた。
奥に続くリビングは、和室で付けっぱなしにしていた行灯の光がぼんやりと漏れ出している。
足を止め、その灯りを眺めていると、思考が少しずつ現実から乖離していく。
身体が赤ちゃんを欲しくなっちゃうんだろうね──
ナツの言葉が脳震盪のように頭の中で揺れ響いていて、無意識に呼吸が浅くなったのを感じる。
その無垢な感想が、かえって裕樹の心を焼いていた。
欲しくなるなんて、本当にあるのだろうか。
それが嘘でも真であっても、また同じことを言って欲しい。
あの蕩けて消えるような感覚と、コリコリと当たる感触が今も身体に染み付いている。
そんなことを考えていると、背後からギシッと軋む音に裕樹の身体はビクッと跳ねた。
「あれ、トイレは?」
ナツはいつの間に降りてきたのだろう。
裕樹はその気配にまるで気付いていなかった。
「あ……これから行くとこ。」
「ふーん……。」
ナツの意味深長な反応に違和感を覚えつつ、裕樹は近くのドアノブに手をかけようとする。
「ね。おしっこしてるところ、見せてよ。」
「へ?」
悪戯した反応を待つ子供のような表情で裕樹を見つめるナツ。
その顔は十年前くらいの自分が浮かべる表情と似ていると裕樹は思った。
女性から、それもナツにお願いされるなんて思ってもみなかったが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「いい……けど。」
快く返事をしようと思ったつもりが、喉奥が震えるせいで歯切れが悪くなっていた。
どんなふうに見せることになるのか。
狭い個室に二人で一緒に入るのだろうか。
それとも──
「やった。じゃあこっち行こう。」
ナツは裕樹の背後に回って、脱衣所のカーテンに向かわせるように背中を押した。
脱ぐ衣服がない二人は、そのまま脱衣所を通り抜けて浴室の扉を開く。
浴室は窓から外灯が差し込み、お互いの表情が認識できるくらいには明るかった。
青みがかったタイルの床に踵をつけると、冷たさが電気のように背中を駆け巡る。
ナツは裕樹を浴室の真ん中に取り残し、左壁際まで一歩、二歩と距離を取った。
裕樹から視線を逸らさぬまま、タイルの上にしゃがみ込んで頬杖をつく。
まるで映画の始まりを楽しみに待つように、先ほどの笑顔を浮かべていた。
交わす言葉はなくとも、裕樹は浴室に連れてこられた意味をようやく理解した。
逃げ出したくなった気持ちはあれど、尿意があったのは事実で、脱力すれば自然と流れ出ると思っていた。
けれどもナツの視線を感じた瞬間、妙に身体が強張る。
催していた尿意はどこかに逃げてしまったようだった。
「どうしよ……。出ない。」
そう口にすれば、ナツも諦めてくれるものだと思っていた。
「ふふ、ゆっくりでいいよ。」
柔らかい笑顔の裏には、終わるまで見届けようとする強い意思を孕んでいる。
裕樹は観念したように膝を曲げると、関節がぱきっと鳴る音がやけに大きく響いた。
視界の隅に感じるナツの視線が、下腹部に向いているのか、裕樹を見ているかは曖昧だった。
目を瞑り、ゆっくり息を整えようとすると、左からナツの声がした。
「緊張してる?」
「うん……結構緊張してる……。」
裕樹は自身の声が僅かに震えていることに気づく。
目を開くと、慣れない蹲踞の姿勢のままじっとしているせいか脚も落ち着かない。
身体の重心を動かしながら、楽な体勢を探しても脚の震えは収まらず、思わず浴槽の縁に手を添えた。
「目の前でおしっこするのは初めて?」
「そうだね、初めて。」
「そっか。私も見るの初めて。」
ナツと視線は合わせられないままだったが、その一言で身体の力が僅かに抜けた気がした。
目隠しも寝バックもしたことが無いというナツに、「俺もない。」と答えたやり取りを思い出す。
先ほどと同じく初めて同士なら、特に気負う必要もなかった。
そう思うと先ほどの尿意がじわじわと下腹部に戻ってきた。
もう一度ゆっくり深呼吸をして、頭の中を空っぽにする。
(あ……出る。)
ちょろっとだけ出た瞬間、ぶるっと背中が震えて腕に鳥肌が立った。
徐々に勢いを増して、浴槽のエプロンに叩くようにかけられた尿が排水溝へと流れていく。
顔だけが焼けるほど熱いのに、身体から熱が引いていくのを感じていた。
裕樹が思っていたよりも長く、浴室に水滴の音が響く。
やがてちょろちょろと勢いは弱くなって、終わったという合図をするように裕樹はようやくナツの顔を見る。
出す前と変わらず頬杖をつきながら、満足そうな笑みを浮かべていた。
「出たね。」
ナツは一言だけそう呟いた。
まるで見たかった映画が終わったように、何も感想を言わずに立ち上がった。
シャワーの蛇口を捻り、掌で温度を確かめている。
「湯加減、どうかな?」
ナツがシャワーヘッドを握ったまま指を差していて、そこに手を触れた。
「うん、ちょうどいいかも。」
「あ。」
「ん?どうしたの?」
ナツは呆れた、というような顔をして笑っている。
「ボディソープとか、タオルとか。バッグごと車に置いてきちゃったの思い出した。」
車から裸で手を引かれた時に、後部座席に置き去りにされたカバンが裕樹の脳裏に過ぎる。
「それで言うと、俺は服も全部車の中だよ。」
「あはは、確かにね。ちょっと取ってくるから、待ってて。」
ナツは裕樹の肩に触れてから、そう言って浴室を後にした。
(行っちゃった。車まで裸で行くのかな……)
壁にかけられたシャワーヘッドが、先ほどナツがしゃがんでいた場所に湯を流し続けている。
もしナツにも同じことをお願いしたら、どんな顔をするのだろう。
自分よりも大人なナツは、飄々とした顔で受け止めてしまうのか。
それとも──
そんなことを考えながら、裕樹は二歩ほど進むと、春の雨のようなシャワーが身体に降り注ぐ。
肌を伝う雫が、裕樹の中の大切な何かと混ざって排水溝に流れていくような感覚。
けれどもそこに哀しさや喪失感はなく、体がほんの少し軽くなった気がしていた。
こぽこぽと水を呑み込む排水溝の音に気を取られていると、浴室の扉が突然開く。
「ただいま。取ってきたよ。」
急に意識が現実に引き戻され、戻ってきたナツの手には、トラベルボトルが握られていた。
浴槽の縁にそれらを並べ、近くに立てかけてあったバスチェアの表面をさっと流し、裕樹のそばに置く。
「はい、ここに座って。」
ナツに従ってそろそろと座ると、手首に付けていたヘアゴムを口に咥えながら、長い髪を後ろで纏め始めるナツの動きに目を奪われてしまう。
あっという間に髪をお団子に纏めていく手際の良さに感心していると、ナツは何事もなかったかのようにボトルの一つに手を伸ばした。
ボトルの中身を掌に広げながら、ナツは背後に回り込んで裕樹の視界から消える。
その手が肩に触れて、ボディソープを背中へと広げていく。
「ああ……本当に肌がスベスベで羨ましい……。」
泡立てることは二の次で、裕樹の肌の感触を確かめるような手つきだった。
肩甲骨付近をなぞっていたナツの指先が、不意に動きを止める。
「裕樹……結構凝ってるかも。」
「え……。そうかな?」
「例えば、こことか。」
首と肩の中間地点あたりを、ナツが指の腹で押したようだった。
「ぐっ……」
ゴリっと指が食い込む感覚は痛さと気持ちよさが混ざり、思わず呻きのような声が漏れる。
「マッサージしてあげよっか?」
「そんなこと、できるの?」
「できるよ。こんなこともあろうかと、オイルを持ってきたからね。」
オイルとマッサージというワードから、頭の中でゆっくりと妄想を広げていく最中、ナツはてきぱきと体を流す準備を始めていた。
「やってみたい……かも。」
「分かった。そしたらお湯流すから、先にさっきの和室に行って待っててくれる?」
ナツはそう言ってお湯の温度を確かめてから、裕樹の背中にシャワーをかけていく。
裕樹はボディソープが流れていくのを感じながら、行灯がついたままの和室を頭に思い浮かべていた。
あの部屋に一人で待つ──
ただそれだけのことのはずなのに、そう思うと体がむず痒くなる。
そんなことを思いながら、体を流し始めたナツを横目に裕樹は浴室を後にした。
和室でしばらく横になっていると、ナツがバスタオルを巻いて部屋に入ってきた。
先ほどとは違う色のボトルを手にしている。
思わず身体を起こしてしまい、ナツの一挙手一投足に目が離せなかった。
「なに?どうしたの?」
挙動不審な裕樹の傍らで、ナツは大きめのタオルを広げて片方の布団の上に敷く。
「ここでうつ伏せになって。」
その指示通りに布団を這ってうつ伏せになる。
形式に則ったものなのか、腰から下を隠すように尻にタオルを掛けられる。
散々裸を見られた後で、今更意味があるのかと裕樹は疑問に思った。
同時に背中にとろりと何かが落ちるのを感じ、ナツはそれを手で馴染ませるように広げていく。
「このオイルはね、ベタベタしなくて肌に馴染むし、匂いもしないから気に入ってるの。」
背中全体に塗り終えると、肩甲骨周りの肉を掌で寄せ集めるように手を動かす。
凝り固まった肩をほぐすように、ナツの掌に力が入る。
「ぐっ……」
「やっぱりすごく硬いね。大丈夫?痛くない?」
「大丈夫、痛気持ちいいって感じ……。昔から姿勢が悪いって言われるからかな。」
「ふーん?若いのに。」
凝り固まったものがほぐされ、身体に溜まっていた澱が流れていくような感覚が裕樹にはあった。
そのせいか、肩や首周りがぽかぽかと熱を帯びていく。
首と肩をほぐし終えたナツの手は、ゆっくりと背骨の形をなぞるように少しずつ下へと向かっていった。
腰の辺りは特に、少しくすぐったいような感覚が込み上げてきて身体をくねくねと捩らせる。
「どうしたの?」
ナツは裕樹のその動きを見て笑った。
「なんだか腰の辺りかな……?触られるとくすぐったいような、ムズムズするような感覚が……。」
「この辺?」
そう言ってナツは指一本で腰の辺りを押す。
「うっ……。そこ。」
身体の奥で何かが小さく跳ねた感覚に、裕樹は首を傾げる。
「どうしてこんなに……マッサージが上手いの?」
「あれ言ってなかったっけ?カメラの仕事の合間に、マッサージの仕事も時々してるんだよ。」
またしてもナツの知らない一面があった。
バスタオル一枚でマッサージをするナツがそれを言うと、どうしても健全な施術を想像できなかった。
「知らなかった……。それってエッチなやつじゃないんだよね?」
「もちろん。」
ナツはふふ、と息を吐いて耳元で囁く。
「ちゃんと健全なマッサージだよ。」
(そんな色っぽく言われても……。)
「それってさ……勃起しちゃう人もいるんじゃないの?」
「うん、いるいる。血流が良くなるからしやすいと思うし。」
「ナツみたいな人にマッサージされたら、絶対勃起しちゃうだろうな……。そうなってもなんともないの?」
マッサージやエステの施術者が着るような、布が薄そうな服を纏ったナツの姿を頭で想像する。
「普通のマッサージだから何もないよ。おじさんばっかだし……。裕樹みたいな若い子もほとんどいないからね。」
ナツに身体を触られ、悶々とした気持ちで店を後にする男たちの姿が容易に想像でき、彼らを少しだけ不憫に思った。
ふくらはぎの指圧を終えたところで、ナツは耳元で裕樹に尋ねる。
「ほぐし足りないところはありますか?」
不意に施術者らしい敬語が耳に届いて、裕樹はこれがナツの言う"普通のマッサージ"であることを思い出す。
「じゃあ……」
凝っていると言われた肩をもう一度頼もうと言葉にしかけた直前で、腰を押された時の奇妙な感覚を思い出す。
「腰の辺りをもう少し……。」
「腰ですか……。」
ナツの指が背中を沿わせていく。
「こことか?」
「あっ……。」
身体の中で小さく跳ねる感覚が、今度はより鮮明に伝わってきた。
先ほど感じた違和感は、裕樹の中で確信に変わる。
くすぐったさの中に何かが隠れていて、その正体を探ろうとする。
腰を触れているだけなのに、全身に電流が流れたような感覚があった。
「あっ……その辺触られると、声出る……。」
「腰の辺りをもう少しやるなら……ちょっと四つん這いになってみて。」
裕樹はナツに言われるがまま、もぞもぞと腰を動かして手脚に力を込めて下半身を浮かせる。
ナツは指先を筆のように柔らかく動かして、腰を敢えて避けるように臀部や鼠蹊部へと流れていった。
触れて欲しいもどかしさを察したのか、指先ではなく舌の感触が裕樹の腰の窪みを撫でる。
「あっ゛……それやばっ」
裕樹は自分自身でも想像していなかった声が身体から漏れ出ていた。
声は身体と共に震えて、四つん這いの体勢を支えきれずに前のめりに崩れてへっぴり腰になった。
「四つん這いって言ったのに、堪えられなくなってるじゃない……。そんなに良いんだ?」
ナツは指の裏で裕樹の菊門を掠めるようになぞった。
「あっ……柔らかい筆でなぞられている様な気分……。知らなかった……ここがこんなに気持ちいいの……。」
「多分だけど、この辺って前立腺が近いからなんじゃないかな?」
「あっ……うぅっ……」
声が身体から漏れ出ていくのを止められなかった。
情けない声だと思いながらも、息を吐くのを我慢できないのと同じように、止めることはできなかった。
「ただのマッサージなのに、新しい扉開きそうになってるじゃない……。」
「はぁっ……はぁ……」
「ここもほら、我慢できなくなってるよ。」
芯を取り戻した先端に、ナツは指の腹を押し当てて水飴の糸を引かせるようにして無邪気に弄り始めた。
「これだけ濡れてたら、もうオイルはいらないね。」
ナツはカウパーに塗れた指先を裕樹の腿で拭った。
「普通の施術だったらこんなことしないけど……。」
ナツの指先や肌で感じる体温が不意に遠ざかり、しゅるりと音がして、続いて布団が僅かに沈んだ。
物足りなさで浅く息を吐きながら、裕樹は左横を見る。
そこには熱を孕んで最奥を穿つような眼差しで、ナツが身体を横たえて待っていた。
「我慢できないなら、このままここに入れたら気持ちいいよ?」
身体に巻かれていたバスタオルをナツがはらりと解く動作に目を奪われ、豊満な乳肉が横に流れるように顕になった。
「ゴム……上に置きっぱなしだ。」
「つけなくていいよ。」
「中出ししたら……出来ちゃうよ。」
「ふふ、そんな簡単にできないってば。」
ナツは裕樹の背中を撫でながら口元を押さえて笑った。
「前も言ってたけど、どうしてそんな簡単に言えるの?」
「そう簡単に作ろうと思ってできたら、苦労しないんだから。」
「作ろうとって、誰と……?」
「……別れた旦那。」
そう告げられた時の裕樹の表情を見て、ナツはさらに付け加える。
「あれ、これ言ってなかったんだっけ?」
「今……初めて聞いた。」
出発する前の車中の会話の意味を、裕樹はようやく理解した。
ナツは子供が欲しい?
本気?
冗談?
つける、つけない、孕ませたい、やめた方がいい。
──したい。
気が付けば頭の中が霧がかったようになっていた。
何度目かの「やめた方がいい」が脳裏に過った瞬間、それを見抜いたようにナツが口を開く。
「色々難しく考えてるみたいだけど、気持ちいいことだけ優先すればいいんじゃない?」
ナツは瞳を下に動かして、脚を大きく開いて見せた。
「裕樹の熱いの、中でいっぱい感じさせて。」
「っ……!」
快楽を囁くだけのナツが、あまりにも五月蠅くて咄嗟にその唇を奪う。
「んっ……」
だらしなく横向きに垂れたナツの乳肉に手を触れると、食虫植物のごとくナツが脚で裕樹の身体を引き寄せる。
絡まるナツの腿やふくらはぎはサテン生地のようにさらさらで、裕樹は体温を分け合うように脚を擦り付けた。
けれども膝が深く滑り込んでいくと、ナツの内側は驚くほど熱くしっとりとしていることに気付く。
ナツの肩に手を触れ、硬くなった先端が盲目の生き物のように最も熱い場所を求めて這いずり回っていた。
「ナツがいけないんだよ?」
「私のせい?決めるのは裕樹でしょ。」
やがて薄紙の一枚の隔たりを残して、二人の凹凸は吸い付くように噛み合った。
それでもナツは、澄ました表情のままだった。
手に力を込めて、腰を突き上げると、観念したようにずるりと中へ入っていく。
「あっ、あ、あ……かたぃっ……」
余裕そうなナツの顔が苦悶と快楽に歪み、腕に触れる指先の力が強くなった。
たった一枚の隔たりがなくなっただけなのに、体温、背徳感、快楽が混濁している。
熱い──
その一言だけが浮かび、口にしようとしても、頭の中で処理できずに浮かされた吐息が漏れるだけだった。
「んんっ……裕樹がこうなったのはぁっ……ん、私のせいかもね……。」
向かい合った体勢は、裕樹が想像していたよりも思い通りには動けなかった。
腰に力を込めたり、押し出してみても、思い描くストロークにはならない。
結局、諦めるように裕樹はナツに覆い被さった。
手を絡めるように取り合い、唇を重ねてはゆっくりと動かす。
ふとナツの顔を見ると、細く開いた瞳は陶酔に塗れていた。
ナツの身体は、裕樹を受け止めるように揺蕩っている。
共に堕落しているはずなのに、揺籠に揺られているような。
そんな感覚に少しずつ裕樹は呼吸を乱されていった。
「あっ……あんまり動かさないで……。」
裕樹は腕に力を込め、僅かに動きを鈍らせた。
「んっ……どうして……?」
「気持ち良すぎてっ……すぐ出ちゃうから……。」
「いいよっ、出して。」
動くことができない裕樹を包み込むように、肩にそっと指が触れた。
指先は肩に添えられたまま、腰だけがしなやかに動き続けている。
「こういうことも……っ、できるようになったの。」
ナツは声を潜めるように囁くと、今度は奥に擦り付けるように中で動いた。
「ぐっ……。」
腰を引いて逃げようとしても、ナツは背中へ脚を絡めて裕樹を捉える。
「あっ……本当にっ、本当にやばいって……。」
「んっ……出してっ、出して、出して……!」
声色に穏やかさが消え、裕樹の肩に食い込む指先に少しずつ力がこもる。
裕樹は、ぎりっ、と歯を食いしばる。
(駄目だ、耐えないと。)
それでもナツの促すような抱擁に絆されていく。
「あっ、ううっ!」
張り詰めた糸がプツンと切れて、目の前が僅かに白む。
腕も膝も支えが効かなくなり、息絶え絶えにナツの肌に沈んでいく。
自分の肉体という実感が霧散し、ただ熱いものが垂れ流れるだけの肉の器になっていた。
「ああ……すごいっ、ドクドク出てる……。」
何かを言おうとして口を開きかけても、何も言葉が出なかった。
真っ白になった頭の中で、夕闇のように迫る悔悟と達成感に似た何かが混ざり合っている。
裕樹の脈動に合わせるように、ナツは小刻みに呼吸で胸を膨らませている。
(どうしよ……できちゃったらなんて説明すれば……?)
両親の前で肩を竦めるナツと並んで正座をしながら話を続ける自分自身の姿が頭に過った。
それでも最後の一滴を振り絞るまで、ナツの奥から離れることはなかった。
できなかった、というのが正しいのかもしれない。
やがて、考えることが馬鹿馬鹿しくなり、目を瞑る。
ナツの身体に埋まっていると、取り返しのつかない未来のことがどこか他人事のように思えてくる。
このままずっと、微睡の中で揺られることが今はただ、心地良かった。