葵のプール補習はついに終わりを迎えたようだった。
特に前日の時点で何かを約束していたわけではなかったが、授業の合間に「今日は久しぶりに放課後時間はある?」と葵からメッセージが届いていた。
葵が補習に出ていたのはほんの一週間ほどなのに、ずいぶんと久しぶりな気がして、裕樹の心は高鳴っていた。
帰りのホームルームが終わって、人がいなくなるのを待っていると、葵は立ち上がってどこかに消えていく。
今日もお預けになるのかと不安になりかけた矢先、先に教室行ってて、と葵からメッセージが届いた。
それに従って先に教室へと向かう。
エアコンをつけ、誰もいないこの美術部の備品室で葵を待つ。
この部屋にはマネキンがたくさん並んでいて、ドアの窓からもマネキンだけしか見えず、中の様子は見えないようになっている。
15分ほど待っていると葵はやってきた。
ドアがゆっくりと引かれて、静かに閉じていく。
カチャっと鍵を内側からかけるような音がしたところだ。
裕樹の目の前に葵は現れ「お待たせ」と一言呟いて手を上げた。
1週間ぶりにこの部屋で行われる、2人の秘密の時間のせいなのか、葵は普段よりも少し艶っぽく裕樹には映った。
いつも絶妙な距離感で椅子に腰をかける2人だが、葵は椅子には座らずに、裕樹の前に立つ。
「…ん?どうしたの?」
いつもと様子の違う葵に裕樹は少し戸惑いを覚える。
部屋はいつもと同じはずなのに、とても静まり返っていた。
葵はゆっくりとスカートのポケットに手を入れて、スマートフォンを取り出す。
ポケットからスマートフォンを出すだけの動作の衣擦れの音ですら、裕樹にはよく聞こえる。
葵は裕樹と視線を合わせようとせず、唇が少しだけ動いていた。
裕樹の前にゆっくりとスマホを渡そうと、腕を前に出していく。
一度躊躇うかのように間が生まれ、握られたスマホは裕樹の首元に差し出される。
葵はなにか言葉を口にしようとするが、言葉にはならない。
スマホを持つ手が僅かに揺れていて、視線の合わない葵に裕樹もかける言葉が思い付かずに、それを受け取る。
スマホが指から離れると、葵は肩の荷が降りたかのように顔を上げる。
突然の事に何も考えずにスマートフォンを受け取った裕樹の指が画面に触れると、ココの壁紙と時刻が表示されていた。
同じ機種のスマートフォンを持っている裕樹は、右下をタップするとカメラが起動することを知っている。
そんな事が頭に過った刹那──
足元にパサっと葵のニットベストが落ちた。
葵と視線が交差した時、スマートフォンを渡された理由を理解した裕樹は目を見開いた。
カメラのアイコンをタップし、レンズを向けてフレームに葵の姿を収める。
葵はそれを静止する事はなく、カメラから視線を外し、シャツの第二ボタンに手をかける。
「えっ!?えっ……?」
葵がゆっくりとシャツの一つ目のボタンを外したので裕樹は思わず声を上げた。
想像をしていなかったその動きに、撮りたかったはずの写真も撮れないまま、釘付けになった。
葵は裕樹の反応をものともせず、2つ目のボタンを淡々と、作業のように外す。
はだけたシャツからは、黒に近い紺色が葵に張り付いていた。
丸いネックとストラップが見え隠れしていて、それは競泳水着なのだと裕樹は気付く。
水着は葵の豊満な曲線を強く閉じ込めているかのようで、膨らみはいつもより控えめに見えた。
3つ目のボタンを外そうと手を掛けた時、また葵をフレームに納めてシャッターボタンにゆっくりと触れる。
スマホの角度を変え、葵の曲線美が最も強調されるであろうアングルを模索しながらゆっくりとシャッターを押す。
衣擦れの音と心臓の鼓動がシャッター音よりもうるさく聞こえる。
最後のボタンはスカートのウエストに収められているものだけで、葵はゆっくりとスカートのホックに手を掛ける。
一瞬だけ手が止まってから、ホックを外そうと指先に力が入る。
胸元が少しだけ寄せられて、水着の生地が伸縮する。
スカートが床に落ちるまでの時間は、スローモーションのようにゆっくりとしていて、1回、2回、3回とシャッターボタンをタップした。
スカートに隠れていた下端のボタンも外され、シャツは白いヴェールを待とう姿へと変化した。
普段は制服でその豊満な双丘以外の輪郭は謎に包まれていたが、競泳水着の姿はあまりにもはっきりと葵の身体のラインを隅々まで曝け出してしまった。
引き締まったウエストから腰の曲線が妖艶さを増長させていて、華奢な太ももなのに健康的な柔らかさを感じられる。
陶器のように綺麗な肌は全体的に白を残していて、表面だけがうっすらと褐色を帯びていた。
その付け根は紺色の生地が深く食い込んでいて、密やかな泉がそこにあるという事を連想させる。
スマホのフレームと視覚で捉えたものがより重なるように、慎重にシャッターを押す。
撮った写真は一度も確認せずに、記録されていく。
「撮り過ぎじゃない?」
唇が僅かに揺れて、消え入りそうな声で葵はそう言った。
纏っていた白いワイシャツを脱ごうとしたので、裕樹はそれを静止する。
「待って。それはまだ脱がないで。」
脱ごうとしていた手が、時を止められたかのように動かなくなる。
白いシャツは蛹の繭のようだった。
濃い紺色の肉体は葵の曲線を一層引き立てていて、モノトーンの蝶のように存在感を放つ。
「すげえ可愛い…」
葵が羽化したばかりの蝶なら、裕樹は自然写真家のようで、教室には何度もシャッター音が響いた。
「座っても……いいかな?」
シャッターの音が鳴り止んだ僅かな時間に葵はそう呟いた。
「う、うん。シャツも脱いでも大丈夫。」
葵は背を向けて、シャツをゆっくりと腕から床に落とす。
後ろから見た葵の姿は、砂時計のように滑らかな曲線を描いていた。
細い背中の肩甲骨の下あたり、僅かに膨らみのような影を見る。
葵のIカップの大きさだからこそ見える景色だ。
その後ろ姿も写真に収まる。
葵はいつもの椅子に腰を掛け、ゆっくり息を吐く。
自分のスマホとはいえ、撮られていることを意識しているのかどこか緊張しているように見える。
写真も撮りたいが、この目にその姿を焼き付けたい。
そんな思いから、一度スマホを机に置いた。
「……撮らないの?」
いつものようなリラックスして机に伏している余裕はなさそうに、小さくつぶやく。
「うん、目に焼き付きておきたくて。少し近づいて見てもいい?」
裕樹はそう言って、椅子を少し引きずりながら葵の近くに腰をかける。
葵と目が合うが、視線をすぐに逸らして両腕を自身の胸の前で交差させるようにしてそっと抱えた。
「ごめん、その姿めっちゃエロいからやっぱ撮るね。」
さっきよりスマホを葵の身体に近づけてシャッターを切る。
葵は肩が少し強張っているように見えた。
胸のほかにも太もも、ウエスト、首筋、唇、鎖骨、髪。
全身を余すことなく撮られ、さながら解体新書のようだった。
葵の身体のパーツをパズルのピースを集めるかのように写真を撮り終えた裕樹は口を開く。
「脚…少し開いてもらうことはできる?」
目を伏せようとしていた葵の視線は、完全に伏せきれず時折裕樹と視線がぶつかる。
その目は何も語らなかった。
顔は紅潮して、そこだけが熱を帯びているようだった。
本当は今すぐ逃げたいという後悔のような感情と撮られることを受け入れている意識が混ざり合っている。
後どのくらい自分の画像がスマートフォンに保存されていくのかを気にするように。
「……っ……ぅ……」
葵は何かを発しようとしたが、それは声にならない。
そして目を伏せたまま、ゆっくりと脚を動かし始める。
腰のラインが徐々に傾いていき、下腹が少しだけ前に出て、身体の中心がそっと重心を移す。
裕樹のことを誘惑するかのように太ももを解いて脚を広げた。
「やばっ……それめっちゃエロいよ。」
身体のパーツではなく、グラビア撮影のように葵全体をカメラに収める。
カメラのシャッターを何度もタップしていたが、裕樹は画面越しに葵を見ることをやめて、音を立てないようにスマホをゆっくりと置く。
静寂がシャッター音の行方を追っていた。
目を瞑っていた葵も何か空気の変化を感じたのか、薄く目を開けると裕樹と視線がぶつかった。
その目は今までのような観察する眼差しとは異なっていて。
例えば、そう──
美術館に飾られた絵画を静かに眺めるような。
「……どうしたの?」
少し空気感が変わったことに疑問に思ったのか、葵は問いかける。
裕樹は柔らかい笑みを浮かべて、ううんと横に首を振る。
ゆっくりと立ち上がり、椅子を片手に持ち上げ、ゆっくりと葵の隣へと移動する。
クラスで2人が隣同士の席にである距離より近くに椅子を置き、裕樹はゆっくりと腰掛ける。
太ももは僅かに触れ合うことはないが、お互いの体温を感じ取れるくらいには近い距離感だった。
葵は裕樹の熱っぽい視線に晒されて、目を背けたくなる寸前で裕樹は口を開く。
「最初はすげーエッチだなって思ってたんだけどさ、なんか綺麗だなって思って。葵ちゃんは顔も可愛いし、おっぱいはすごく大きいのにウエストは細くて肌も綺麗だ。黒髪もすごくツヤツヤで、お人形みたい……。いや……お人形というより、美術館の彫刻みたいな。」
葵は裕樹の言葉にほんの一瞬、瞳を見開きかけて止まり——
完全には開ききらず、感情を飲み込むように軽く伏せられる。
睫毛が微かに震え、頬に走る紅潮が葵の戸惑いを静かに語っていた。
唇は言葉にならない言葉を留めるように、軽く結ばれている。
アーモンド型の瞳は揺れて、どんな言葉を紡ごうか迷っている様子だった。
「初めて言われた…そんなこと」
葵はそう言って、そよ風のように微笑んだ。
美しさと艶っぽさが混じる葵の笑顔は、本当に同学年の生徒なのかと疑いたくなるような蠱惑的な雰囲気を纏っていた。
「なんか、葵ちゃんがすっごい大人っぽく見える。本当に高校生?」
「変なの、裕樹くんと同い年なのに。」
葵は左手で口を覆いながら、右手で笑いの余韻に乗せて裕樹の肩をつつく。
その姿はどこか大人びていて、爪の先で肩を撫でるように動いた。
裕樹はくすぐったいような、ゾクゾクする感覚に背筋が反応する。
女性に対しての経験が乏しい裕樹の初々しさが垣間見えたのか、葵は小さく目を細めた。
ほんのひと呼吸の静けさの中で、葵の薄くて広い唇の端が、まるで意志を持つかのように持ち上がる。
その笑みは、先ほどのそよかぜのような柔らかさとは一線を画し──
心の奥を見透かして揺さぶる、誘惑と支配が入り混じったファム・ファタルの表情だった。
「……なんか……変な気分になってきちゃった。」
葵は裕樹から目を逸らすことなく、腕をゆっくりと交差させる。
細い指先が、肩と水着の生地の隙間にそっと滑り込んで、ストラップにかかった。
葵は何も言わなくても、「見て」と言っているようだった。
視線が肩へ誘われ、裕樹は縛られるようにその瞳に囚われる。
生地が肌を擦る、細かな音が耳に届く。
白いと思っていた肌よりさらに淡い色が覗いていて、そこにわずかな日焼けの跡が浮かんでいるのに気づく。
「えっ……?ちょ、ちょっと待って……!?それってもしかして……」
裕樹の気持ちをよそに、 葵は挑戦的な眼差しのまま、ゆっくりとストラップをずらしていく。
正しい呼吸の仕方が分からなくなるほど、目の前の光景に釘付けになった。
重力でさえ躊躇うかのように水着はゆっくりと落ちていく。
ストラップは肩から外れ、水着は深い谷間の一部が露出するほどずり落ち、葵のIカップの胸が水着を脱げないように支えているかのようになっていた。
水着によって締め付けられていた体から、白い肌が溢れるその姿は光が溢れ出しているかのように見える。
「やばっ……エロすぎる……」
ストラップが二の腕の途中で止まっていて、少し肩をすくめる葵の姿は体を拘束されているように見えて、より情欲を掻き立てる。
許されるのであれば、その無抵抗な身体を蹂躙したい。
頭の奥に潜む原始的な本能の大爆発を、理性が紙一重で保っている。
今、その衝動はスマートフォンのシャッターボタンを何度もタップすることでしか抑えられそうにない。
裕樹は立ち上がって、スマホを近づけたり、遠ざけたり、角度を変えて葵の写真を撮っていく。
(そうだ……あのアングルで撮りたい……)
裕樹が思い描くアングルで、葵の斜め後ろから見下ろすような位置に立った。
スマホの画面に映る葵の体は、深く刻まれた谷間と、規格外の肉感。
絹のような艶のある黒い髪、そこから覗く耳、そして鎖骨から大きすぎる双丘が本来見えるはずのウエストや太腿の付け根に影を落としている。
Iカップの持ち主の視界の壮観さに、息を呑む。
一度だけシャッターを押した後「葵ちゃん」と裕樹は名前を呼ぶ。
葵は裕樹の声に反応して、ゆっくりと面を上げる。
斜め後方にいる裕樹を上目遣いで静かに見つめる。
言葉は発しなかったが、呼ばれた名前に視線だけで応えているようだった。
裕樹自身が名前を呼んで招いた事なのに、葵の濡れた瞳は理性を破壊する力を秘めているようだった。
水着越しでも伝わってくる柔らかくて細い身体。
このまま後ろから抱きしめて、強引に唇を奪って柔肌に指を沈めたい。
カメラロールに蓄積されていく欲望の枚数は留まることを知らない。
カメラから視線を外さない葵と一心不乱に撮り続ける裕樹。
「今日の写真、全部送って。」
葵は変わらずレンズ越しに裕樹の視線を見続けながら答える。
「散々見たんだからいらないでしょ……。撮るだけで満足なんじゃないの?」
呆れた、と言わんばかりの表情で裕樹にそう言った。
「Iカップの水着グラビアっぽくてめっちゃエロいよ。」
「というか、めっちゃ撮ったよね?全部消すからね。」
言われてみれば、今日だけで約数ヶ月分ほどの写真を撮ったのではないだろうか。
「どんなふうに撮れたか、ちゃんと見てね。」
そう言って裕樹は葵にスマホを返す。
「向こうを向いて、目を瞑ってて。」
葵に突然そう言われ、なんで?と疑問に思い固まる裕樹。
大きく息を吐き「いいから!」と葵に両腕を掴まれて教室のドアの方に体を向けられる。
葵から後ろを向くように言われたその意味を、裕樹はしばらく経ってから気付く。
微かに聞こえる衣擦れの音。
葵が今まさに、纏っていた競泳水着を脱いでいることが分かった。
何かに反射して写っているものがないかを探すものの、そんなものはなかった。
別にここで葵の言う事を無視して振り返ってしまっても裕樹自身は問題がなかった。
それをしなかったのは、写真を撮らせてくれた葵への敬意でもあるかもしれない。
目を閉じて、研ぎ澄まされる聴力から葵が水着を脱いで生まれたままの姿になっているところを想像する。
カバンのチャックを開ける音がして、下着を取り出し、身に付けているところも容易に想像がついてしまう。
そもそも先ほどの葵の行動は全てが挑戦的で、理性を壊してみろと突き付けられているかのようだった。
今の背後の着替えですら、裕樹の度胸を測っているかのようにすら思える。
振り向かなければ意気地なし、などと思われるくらいなら振り返った方が良いと思う。
頭の中での欲望の葛藤と衣擦れの音が時間の流れを忘却させていく。
「もういいよ。」
葵の声でハッと我に帰った裕樹は振り返る。
そこには学校でよく見る葵の姿があった。
水着でその凶悪な肉体の片鱗を見たが、その制服姿からはそれらを感じさせない純潔なたたずまいがそこには在った。
「今日はありがとう。」
振り向かなかったことと、その一言が葵に対する感謝の気持ちだった。