今回はそれまでの作風からちょっと変わっています。風俗を描く以上は、「性に向き合う」態度や気持ちもいつかは書かないといけないかな、と思ってこの作品が生まれました。今後はこういった作品も書いていきたいですね。
また、こちらの作品もお読みになるとより楽しめると思います。
《 https://h.syosetu.org/novel/393943/19.html 》
pixivでのURL。
《 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=29048640 》
テレビの画面を点けると、ニュースが放送されていた。
「違法風俗店キャスト ハイランダーの女子生徒(16)に性暴力」
割と珍しくないことだ。この手のお店の中には悪質なことをする輩もいる。彼らも必死なのかもしれないが、同じ仕事にいて真面目に働く僕たちも被害を被ってしまうのはいただけない。待合室のミントティーを飲んでもこの気持ちは紛らわせることはできそうにない。
「セイジさん、大丈夫?って、あぁ……。あの例の店じゃあないッスか。評判最悪の」
誰かが声をかける。主を見ると、塩顔のごくごく凡庸そうな見た目。右腕には火傷の痕を隠すように彫られている、クモのスミ。……新人のケンヤか。
「今日の講習会はどうだったの?」
「そりゃあもちろん、手マンも褒められましたし、トークもベタ褒めッスよ。いやぁ、嬉しいモンッスね」
軽佻浮薄。そう妹なら評するような振る舞いだが、新人の中でも出世頭だ。僕たちよりも顧客層に年が近いこともあって、トークの引き出しの多さに強みがある。いや、彼の強みは演技力にあるといってもいい。お店において彼は「俺様系」を売りにしている。「俺様系」は需要が求められる一方で、匙加減を間違えると客の心を傷つけてしまう。少なくとも、芝居の下手な僕には向いてはいない世界だ。
「早く指名来ないかな~~?講習会で学んだテクを活かしたいッスねぇ」
「君は新人だから指名制限があるでしょ?そこはお店のルールを守らなくちゃ」
「ハイハイっと。分かってるッスよ」
ケンヤの両親は今でも分からない。ブラックマーケットによくある非合法の性風俗で生まれた捨て子との噂があるため、どこかにいるか、もしかしたらとっくの昔に死んでいるかもしれない。そんなこともあってか、彼は小さい頃からスケバンたちの「お世話係」をよくしていたそうだ。このお店にスカウトされたのも、その生活で培ったセックスへの躊躇いのなさが他人よりも勝るから、とのこと。ただ、乱暴なセックスは過去が過去なので毛嫌いしている。テレビのニュースで報じられたハイランダーの生徒にきっと同情しているに違いない。
「お、何スか。……ハイ、……おっし!明後日の指名、ゲットだぜ!」
突然、ケンヤが叫んだ。どうしたんだろう。
「どうしたの?」
「どうしたも何も、神指名ッスよ!ゲヘナの超有名人ッス!」
……有名人、か。一体誰だろう?
「どんな人なの?大方、唯我独尊議長か、行政官か、はたまた戦車長か」
「それがッスねぇ……、何と!京極サツキッスよ!」
京極サツキ……!万魔殿の情報部長じゃあないか。この前顔合わせで話した他の新人たちが憧れていたあの少女から指名……。彼の周りはしばらく荒れそうだ。
「お、おめでとう。彼女、痛いのと暗いのが苦手らしいから、プレイの前に入念に話しておくことを忘れないでね」
「もちろんッス。こんな大チャンス、滅多に無いんで無駄にしませんよ」
ケンヤは相変わらず活気に溢れている。壁の置時計が1時47分を指していることに気づいていないはずだ。
と思っていたら、僕の電話が鳴った。
相手は事務だ。
「はい」
「やぁ、セイジ。ちょいと悪いけど、明日、新たにアビドスで指名が入ったよ」
「そうですか?何か伝達事項はありますか?」
「そうだな……、ちょいと厄介なんだな、これが」
「何がです?」
「その……、今度の嬢ちゃん、自宅でエッチしたいってさ」
……面倒なことを考えるものだ。
銃弾や爆弾が買えるキヴォトスにおいて、自宅ほど厄介な場所はない。本人からすれば工夫もし放題、籠城だってできてしまう。訪れる僕たちにとってはいつケガをするか分からない状態に身を置くことになる。なので僕は自宅でのエッチは断るつもり、だった。
今月はあまり儲けが得られない日が続いた。仕方ない。ここは彼女の指名に応えよう。
「……ちゃんと検査料も払うと言ってましたか?」
「あぁ、そこはちゃんと言ってたよ。無茶を言ってごめんね」
「分かりました。準備します」
電話はすぐに切れた。事務の人にとっても、業者の依頼やスケジュールの整理と忙しくなる。この指名で僕を呼んだ相手の顔をどうしても拝みたくなる。
「どしたんスか?ヤなことがあったんスか?」
「まぁ、一種の地雷客から指名されてね」
「地雷客?断ればいいじゃないッスか。無茶してまで応えるなんてらしくないッス」
「……そうかな?でも、いつか君もこうして応えなきゃいけない日も来るから気をつけて」
「ハーイ。りょーかいッス」
時計の針が少し、動いた。
今回は自宅での指名とのこともあってか、縁故のある日雇いのオートマタたちも来ている。機械の身体を持つ彼らはかなり頑丈なので、万が一のことがあっても大丈夫だろう。
それに、長い柄のついた機械、スコープや大きなケースを持った彼らは近寄りがたい。下手なことをすると、僕自身がやられるかもしれない。会話の内容も、どれだけ稼いだかの自慢、上司たちへの愚痴と下卑たものばかり。早く着いてほしいものだ。
ようやくアビドスに着いた。
目的地にある建物はごくごく平凡だ。周りにある建物と似た形を見るに、賃貸住宅だろうか。今は細々とアパートで暮らす僕と比べて、それなりに裕福なようだ。
オートマタの1人がインターホンを押した。僕が到着の連絡をしようと電話を出したときと同時に、だ。あまりそういうことはしてほしくないのに……。
「は~~い」
声だ。どこか穏やかそうな、伸びた喋り方。
「おやおや〜〜。遅い時間なのに来てくれてありがとお〜〜。おじさん、すごく嬉しいなぁ」
ドアの奥から少女が顔を覗かせていた。青と黄色の色違いの瞳。口からは八重歯が見える。最初に聴いた声のイメージとよく合っている姿だ。
「こんばんは。本日指名をいただいたセイジです。よろしくお願いします」
「よろしくねぇ、って、……あ、そっか。やらなくちゃね、身体検査」
彼女はやっと気づいたみたいだ。そのままオートマタたちに囲まれる。出された指示には素直に従っているみたいだ。肌着だけになっての金属探知機での検査、衣服や銃器の引き渡し、さらには部屋の隅から隅までの点検。……幸い、今回は異常なし、だった。安堵できるならしたいのだけれど、どうも素直にできない。
「今日は初指名だから、特別にSPオプションはタダになるよ。使う?」
「おお。それじゃあ、お願いしちゃおっかな」
「プレイは何にする?」
「えっとねぇ、何だっけ?あれ、あー、……お股に指を刺す、あれ……」
「なるほど、手マンね。了解。じゃあ、シャワーを浴びてくるね」
「いってらっしゃあ~~い」
ホシノ、と名乗った彼女から料金、オプションの要望を聞いた僕は、今、部屋の風呂場のシャワーを使っている。妹と近そうな年頃の子の家、というとエロ漫画にありそうなシチュだけれど実際は気分が湧かない。何せ、彼女の背丈が妹とどうしても重なってしまうからだ。記憶の中の妹は静かに動いては静かに本を読んでいる。
――兄さん、そろそろ帰る時間だよ。
久しく会っていないなぁ。今頃何をしているのやら。
……ん。
……さーん。
……ジさーん。
おーい!
声だ。相手はすぐに分かった。
「分かったよ。今行くね」
扉を開け、彼女の声のする方に顔を向ける。首筋に伝う水滴がかなりしつこい。タオルでしっかり拭き、浴室を出た。
そこには、わざとらしく服を脱いだホシノがいた。
小さい頃、背伸びしたつもりで見ていたネットのAVに出てきそうな女優のようだった。けれども、彼女たちのような自然な様子とは程遠い。どう言えばいいのか、そう、……ぎこちなさ。そうだ、それだ。身体は変に強張っているし、媚態というには痛ましい。
「え、えへへ。……お、男の人ってこういうのが、好きなんだよね?」
思わず目を逸らした。僕だって男だし、身体の方は素直に反応する。でも、心の方は違う。裸を見たからといって何でも興奮するわけではない。流石に「痛ましい」ものでは欲求よりも理性が勝ってしまう。ただのヌードと「興奮する」ヌードが別物であるように、目の前にいる彼女の姿は「エロさ」より「グロテスクさ」が勝っていた。正直、もう見たくないけれど、指名したお客さんである以上は相手をしないといけない。
「……ま、まぁ、好きじゃないといったらウソだけど」
「そっかぁ、じゃあ、お願いね~~」
「それよりシャワーを浴びてほしいな。とりあえず綺麗にして」
「はえぇん……。厳しいなぁ」
今日の指名は最悪だった。
あの後、いつものようにペッティングをして、そして手マンをしていたときだ。
――セイジさんってさ、許せない恋をする知り合いがいたら許す?
Gスポットと思しきところをようやく見つけたときに彼女はそう聞いてきた。
――さぁ。もし妹がそうなったら、……どうあれ守ってしまうかもね。
そう答えた。まぁ、無難な回答だ、と思ったが。
――何で……、何で私の答えを皆、皆、否定するの⁈何で!!何でなの⁈
音がしたと思うと、背中が痛くなった。目の前はホシノから部屋の壁へ変わる。……いや、ついていない明かりがあるから天井か。
突き飛ばされたのだろうか。足元からホシノの声がしてくる。
――セリカちゃんも、先生も、皆そうだった……。どうせ私が悪いんでしょ。
――こんなのに夢中になるなんて、玲央君は羨ましいよ。
――皆、勘違いしてるんだ。全部、全部、玲央君さえいなければこんなことには。
独りだけで何かを呟いている。セリカ、玲央君、それに先生……。もしかして、名声高いあのシャーレの先生のことか?かなり前、ネットの掲示板でシャーレの名前をよく聞いたことがあるけれど、それと関係があるのだろうか。
「い、一体、玲央君が何をし」
僕はホシノに声をかけようとしたけれど、彼女はすぐに遮った。
――うるさい、うるさいうるさいうるさい!
――玲央君のこと、分かったように言わないでよ!
――アヤネちゃんを苦しませてのうのうとしてるあんな子なんてし。
それはダメだ。
痛む身体を無理に動かして、僕は彼女を抱きしめた。肉づきはあまりないからか、骨と肌の感触が腕と胸板によく伝わってくる。右肩からは彼女の涙をこらえようとする声が聴こえる。
――やめてよ、やめて……。離れてよ。離れてってば!
……どうやら、彼女なりに辛いことがあったに違いない。それはそれとしてケガをしてしまった。多分、彼女はこの店から出禁にされるに違いない。せめて、彼女の悲しみに応えることはできなくても寄り添うことだけでも僕ならできる、はずだ。
その日、僕は彼女をそっと抱きしめてあげた。そうしていたらタイマーが鳴った。
今でも背中がビリビリと傷む。本日の指名はこれで終わりだけれど、アパートに帰るまでは簡単じゃないに違いない。それに、朝になったこともあってお腹も空いた。
どこかで朝ご飯を食べよう。
そう思ってお店を探そうとしたとき、後ろから声をかけられた。
「あ、あの、「ラグニアー」のセイジさん、ですよね?」
「は、ハイ。そうですが」
「あ、や、やっぱり……。私、夜勤明けなので、どこかで朝ご飯、食べませんか?お聞きしたいことがあって……」
随分と小柄な女の子だ。頭を覆いそうな帽子からはお下げが覗いている。喋り方からして、臆病そうな子だろうか。
「その、君の名前は?」
「私、ですか?内海、アオバ、です。覚えても、大したことにはなりませんけど……」
よれた服のままの彼女でも入れるお店はないだろうか。
そう思いながら僕は辺りのお店を探した。
見つかったのは早朝から開いているラーメン屋。俗っぽいお店だけれど、仕方ない。ここに入ろう。
「このお店でいいかな?ちょっとむさ苦しいけど」
「だ、大丈夫です。食べられればどこでも……」
帽子を取った。陰に隠れていた顔がやっと見える。日頃から溜まっていそうな目の隈、ハリのない頬、荒れている唇。夜職をする女たちはあまり見たことがないけれど、あまり指名をもらえない人がこんな顔立ちだったような……。
「あの、入りませんか?何だか混みそうです……」
「そうだね。入ろう」
お店の中へ、僕たちは入った。
内海アオバ。
見た目の通り、注文したラーメンは脂少なめ、野菜多め、煮卵トッピングの塩。麺をすすらず、レンゲにのせて口に入れてはハムスターのように頬張って食べている。時折、左手の腕時計、胸元に目を移す。そうしては、スープを掻き乱しては小さな野菜や麺の端っこを残さず食べる。僕よりもセカセカと食べる姿を見るに、仕事がどんなものなのか想像がつきそうだ。
「……あの、セイジさん?私の食べるところなんて、どこに見所があるんですか?」
「あ、ごめん。独りで食事をすることが多くてね、誰かの食べる様子を見るのはいつぶりかなって」
「は、恥ずかしい、ですけど……、私もよく、ひ、独りで食べてます、ハイ」
僕のラーメンはいつの間にかずっしりと重くなっていた。よく見ると、スープのあちらこちらに海苔やネギが散らばっている。残したままにするのはどうももったいない。レンゲを使ってすべて掬ってあげよう。
「その……、セイジさんはエ、あ、え、えあ、夜のお仕事、でいいんでしたっけ?それをされてらっしゃるのはどうして、ですか?」
こういう質問はよく聞かれる。それに対して、僕はいつものように正直な答えを返す。
「まぁ、身体の弱い妹がいてね。その妹の生活費や医療費のために働いているんだ。……大した理由じゃないよ」
アオバはちょっとばかり口を開けて、視線を泳がせている。またしても、僕はよくないことを言ったのだろうか。
「そ、そんなに仕事をしてて、エッチしたいと思って、しまいませんか?」
「急に変なことを訊くね。……怖いなら答えない方が」
「あ、いえ!……あなたにしかお聞きできないことでして」
彼女はそれからしばらく、先日、自分の身に起きたことを恐る恐る話した。
セイジさん、シャーレの先生をご存じですか?
……あ、言わずともご存じで。……そうなんですね。
私は先日、その人から仕事をお手伝いしてほしいと頼まれて、それでシャーレに行ったんです。先生はとても立派な人で、私なんかが手伝っていいのかと思ってしまうほどです。
私の仕事なんて、理不尽を押しつけられるわ、ノルマが高めにされるわで辛いものです。せめてシャーレでの仕事をするときだけはこぼさないようにしよう、そう意識はしていました。い、意識は、ですよ!
き、気づいたらボロボロと口から出てしまったみたいでした。先生があまりにも優しくて、……実家のお父さんとも重なってきて。……あぁ、すみません。そこのティッシュ、取ってくれま、せんか?は、鼻が……。
でも、先生は嫌な顔をせずに私の愚痴を聴いてくれたんです。……初めてのことでした。年下の上司は無茶ぶりをしてくるので私なんてそっちのけ。先生が味方になってくれたような気分でした。
え?
仕事を真面目にこなしている私も立派、ですか?
褒め言葉は、に、苦手なんですけど……。
で、仕事も終えて近くの公園で一休みしていたときでした。
顔の左側のアザのよく目立つ男の子です。それも、顔立ちもどことなく先生を思い出しました。そして、先生の仰ったことも、です。
先生には息子さんがいらっしゃるそうで、その子と関わるときには気をつけてほしいと言っていました。どういうことなのかと不思議な気持ちでしたが、その後で嫌というほどに実感させられました。
彼、玲央君は名前を名乗ってきました。見かけはごくごく平凡そうな子です。私を馬鹿にしてきそうな雰囲気なんて感じられません。
……思えば私も悪かったのかもしれません。頭の中が仕事ばかりで周りに醜態を晒す、先生にも指摘されたそれを直そうとしなかったから彼もあんなことをしたのかもしれません。
しばらく私も一緒になってお休みをしていました。しばらくして、玲央君は、彼は辛いことはないかと聞いて来るのです。不思議でした。
私は素直に答えました。
玲央君はその場で裸になろうとしたんです。
もちろん、迷うことなく、恥じらいもなく、です。
何でも、これをしてあげればお姉ちゃんたちが元気になれるんだと。
……私は怖くなりました。
え?
彼のことですか?
いえいえ、私自身にもです。
玲央君の言葉を聞いたとき、嬉しさを覚えてしまいまして……。
へ?
まぁ、その……、エッチしてくれるならそうしようかな、なんて。
こ、こんなの、おかしいですよね?
悪いことだとは分かってても心では喜んでしまってる自分に気づいたんです。
まともな判断もできない自分が憎いったらありません。
その後は覚えていません。
もう、滅茶苦茶なことを言って、その場から離れたような気がします。……ただ、後で知ったことなんですが、玲央君、かなり大きな失恋をしたそうで、その古傷に塩を塗るようなことをしてしまったかも、と思うと身体が縮みそうになってきます。
玲央君、大丈夫なのかな……。
アオバの話がなぜか頭から離れてくれない。
目の前には、見慣れた部屋の天井が見える。ただ、今日は投影機に照らされるフィルターのように彼女の話が見えてきそうだ。
……ケンヤはトントン拍子でセックスに向き合う。
……自分なりに向き合おうとして失敗するホシノ。
……禁忌に目覚めそうになって目を背けようとするアオバ。
性を相手にする仕事として目にするとは分かっていても、どうしても揺さぶられそうになってしまう。本人たちは真剣なつもりかもしれないけれど、少しでも間違えたら奈落に堕ちかねない。せいぜい、僕ができることは彼らの傍にいることだけだ。
そう、思っていたが、……下手したら次は僕自身がそうなるのではないのか?
多分、妹はこの仕事のことを許すつもりはないだろうし、僕自身もセイアのためにも足を洗おうとは思っている。
けれども、そこから逃げたら?
目を背けたら?
僕はこれからどうあるべきなのだろう。