鉄の錆びた臭いと、肺の奥まで凍りつかせるような風。
ここは、ベガパンクが島を丸ごと暖めるために作った巨大な装置の残骸が、墓標のようにそびえ立つ冬島。
戦争で親を失ったこの島の子供たちは、飢えを凌ぐために残骸から使えそうな鉄屑を拾い集め、売り払うことでその日暮らしの糧にしている。
私はそこで、ゴミ捨て場から拾った基板を弄っていた。
ベガパンクは天才だ。
だが散らばる鉄屑を見るに彼は、完璧を追求するあまり、その過程で溢れる不純な副作用にはあまり興味がなさそうだ。
「……おや。その基板は出力が安定しなくて捨てたはずだが……君、そこでなにをしているんだい?」
頭上から降ってきたのは、間抜けなようでいて、全てを見透かすような声。見上げると、巨大な頭を持った男、ベガパンクが私の手元を覗き込んでいた。
「これ、エネルギーが漏れる時、とても綺麗な紫色の火花が散るの。……もっとたくさん出せないかな。」
私が繋ぎ変えた回線からは、装置を動かすためではなく、なんの意味もない、けれど美しく禍々しい放電。
その、ベガパンクが無駄なエネルギーロスと切り捨てた、役に立たない破壊の火種に私はどうしようもなく惹かれてしまった。
「面白い。君は私が捨てたそれに新しい価値を見出したわけだ。」
ベガパンクは愉快そうに笑った。
「君、名前は」
「〇〇」
「〇〇。よければ私の助手にならないか?君のその新しい視点からいいアイディアが浮かびそうだ。」
ベガパンクの手は暖かかった。けれど、彼が私を拾い上げたのは孤児の私を不憫に思ってのことではなく、単なる知的好奇心からだということを、私はこの時から理解していた。
それから数年。
私は研究室の片隅でベガパンクさんの助手をして、時々彼が失敗して捨てた発明品を拾い上げては改造する生活をしていた。
「……ケッ、相変わらずあのジジイの理論は、虫酸が走るほど綺麗事ばかりだぜ」
白い煙のようなガスと共に、私のデスクに横暴に腰を下ろしたのは、シーザー・クラウン。
スラリとした高身長に、おかっぱ頭。黙っていれば綺麗な顔立ちのその男は、鋭い視線でこちらを見下ろしている。
「おい、〇〇。お前も退屈だろ? あの平和主義者の下で、倫理だの道徳だのの鎖に繋がれてよォ」
シーザーさんは私の返事も待たず、長い指で私のノートを乱暴に手繰り寄せた。他の科学者たちは私をベガパンクさんの庇護下にある子どもとして扱ったが、この男だけは違う。
「見てみろ。ここをこうして、エネルギーを逆流させれば……この島ごと、綺麗に『消去』できる。シュロロロ! ベガパンクの作ろうとしているおめでたい暖房器具なんかより、よっぽど合理的だと思わないか?」
彼がノートに書き殴った数式は、ベガパンクさんの平和的理論を、残酷な殺戮の儀式へと書き換えていた。
鼻を突くガスの匂い。
「……シーザーさん、それは、」
彼は私の背後に回り込むと、耳元で低く、這うような声を出した。
「教えろよ、お前の本心を。お前も本当は、壊してみたいんだろ? その賢い頭で、ベガパンクが積み上げた『正しい世界』をよォ」
どきりと心臓が跳ねる。背後から突き刺さる視線と、耳元で弾ける不穏な声。
『壊してみたいんだろ?』
その問いは、私がこれまでベガパンクさんという光の下で必死に自分にさえ隠し続けていた思考を正確に掬い上げていた。
心臓が耳の奥でうるさいほどに跳ねる。
「そんなわけない」と返せばいい。今すぐに。ベガパンクさんが私に期待しているのは、ゴミ捨て場の中で見つけたあの火花を、誰かを暖めるためのエネルギーへと変える「新しい視点」だ。彼は私の瞳に、破壊ではなく創造の予兆を見ている。
けれど、声が出ない。
シーザーさんの長い指が私のノートの上を滑り、殺戮の数式を愛おしげになぞるのを、私はただ魅入られたように見つめることしかできなかった。
「……おや。シーザー、そこにいたのか」
不意に、遠くからベガパンクさんののんびりとした声が響いた。
瞬間、全身の血の気が引く。彼が信じている私の「視点」が、今この瞬間、シーザーさんの手によって最悪の形に書き換えられている。
「── っ、」
反射的にノートを閉じようとした私の手を、シーザーさんの大きな手が上から力強く押さえつけた。逃げられない。彼は私の硬直を愉しむように、周囲の研究員たちにも聞こえる朗らかな声を張り上げた。
「シュロロロ! ベガパンク、こいつは俺様の新しい理論に驚いただけだ。あまりに合理的で、お前のヌルい計算式よりよっぽど完璧だからなァ!」
シーザーさんは私の肩に腕を回し、周囲の人間には「熱心に助手を指導する有能な先輩」の顔を見せて笑う。
だが、ノートを押さえるその指先は、「消去」の数式を他人の目から隠すように、けれど私にはその並びがはっきりと見えるように、広げられていた。
「……そうか。シーザー、あまり〇〇をいじめないであげてくれ。彼女の発想は、私の研究にも欠かせないものなのだから」
ベガパンクさんは、私たちの手元にあるのが平和とは真逆のものだとは疑いもしない。純粋に私の才能を肯定し笑いかけてくる。その無垢な信頼が、今の私には鋭い刃のように刺さった。
ベガパンクさんが他の研究員に呼ばれて背を向けた、その刹那。
「……おい、泣きそうなツラすんなよ。お前のその『視点』の、本当の価値を教えてやったんだぜ?」
耳元に近づく、彼特有の薬品とガスの匂い。
「ベガパンクが期待してる『綺麗な何か』なんて、お前には退屈すぎるだろ。……いいか、〇〇。お前のその歪んだ才能を、本当に使いこなせるのはベガパンクじゃない。──俺だけだ」
彼はノートを私に突き返すと、私の髪を乱暴に撫でて立ち去った。視界が熱く、滲む。
私は自分がもう、あの暖かいベガパンクさんの望む「正しい世界」には戻れないのだと悟ってしまった。
目指せ原作以上のクズ。
とは言いつつ、こちらシーザーわからせです。
なんでも許せる方向け。