生前にヴィンセントとアラスターが恋仲に近しい関係性に発展していたらというifの世界線です。

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深紅の夜

茶褐色の肌を赫灼と賑やかで雑多的なスポットライトに照らされ、ニューオリンズ・ジャズに包まれながらアップライトピアノを奏でる。

ニューオリンズの人気者であるラジオ・スターは今日もご機嫌だ。最後の一音まで、寸分違わず巧みに奏で、周囲を巻き込んでいくアップテンポは皆の心を虜にした。アラスターは演奏が終わってこの残響音が止まらないうちに、梯子酒の終着地点へ向かった。

 

蓄音機から流れるメロディーはノイズ混じりではあるが、アラスターの好きなジャズであり最早このメロディーを聞く為に訪れていると言っても過言では無い程に大変居心地が良く、アラスターは最後にはここで一人酒を嗜むのがルーティンだ。

古い掛け時計の鳩が2回鳴き声を発したタイミングで最後にバーテンダーにウイスキーを注文した。

アラスターは自分の一日が終わりを迎える気がしたが、人生と言うものは予想が付かないものだ。思わぬ来店によりアラスターの夜は終わりを告げない。

カラカラとドアが開く音がした。

この店には珍しく、白人のスーツ姿の男が来店してきた。何故かその男はカウンター席は他にだっていくらでもあるのにも関わらず、あえてアラスターの隣に腰を掛けた。アラスターはウイスキーのグラス越しにどういう訳か隣に座ってきた男を観察した。折角の男前が台無しというような絶妙な表情をしており、アラスターは暇を持て余していた為、その見ず知らずの男とお喋りをすることにした。

「ここら辺じゃ見かけない顔ですね。大抵私の予測では貴方……悩み事を持ち合わせているのではないかと!お喋りならこの私に話してご覧なさい!」

きっと犬も食わない様なちっぽけな話であろうと、聞かないのは損である。アラスターはフレンドリーに声をかけた。するとアラスターの予想を遥かに上回る答えが返ってきた。

「さっきのバーでピアノを奏でていた貴方に一目惚れしたみたいなんだ…せめて名前だけでも聞かせてくれないだろうか」

白い肌を真っ赤に燃え上がらせながら、男はアラスターに返答した。巫山戯ている様には思えない真っ直ぐとした視線はアラスターの背筋を凍らせた。その男は睫毛が人よりも長く、左右の瞳の色が異なる珍しい風貌で、サゼラックの様な温かみのある白熱電球の光が彼の放物線をより際立たせて美しく感じさせる。先程まで漂っていた陰気臭さを相殺する情熱をアラスターは注がれた。アラスターは今まで恋人等を作ろうとしたことは一度も無かった。友人から浮ついた話を聞く度に、私を私以上に愛せる人なんて居ないのだろうと戯言を聞き流しながら独りになった時にくだらない!と笑ってやることがアラスターの通例であった。そのアラスターにとって怠惰でだらしない感情を弄ぶお約束を破る男が現れた。返答次第でこの男の思考や感情を操れる。極上のエンターテインメントだなと脳裏に過ぎっていた。しかも、普段良い気になっていやがる白人の男だ。アラスターは益々気分が良くなり男の思惑通りに返答をした。

「アラスターです。貴方はなんて言うお名前なんでしょうか?それに私、全く持って浮ついた経験は御座いませんので、まずはお喋りから始めてみたいです。よろしいですか?」

「アラスター素敵な響きの名前ですね!僕はヴィンセントといいます!勿論貴方がOKなら!」

男は心底喜び承諾し、アラスターに微笑んだ。

その表情から僅かに伝わる感情の歪みを、この時分なら逃げ出せて居たのだろうとアラスターは後悔の後に振り返る。最後に頼んだウイスキーを飲み干したアラスターはポケットから持っていた煙草を彼にも一本渡して、マッチを靴底で擦って炎を灯した。ヴィンセントに渡した煙草に火を付けた時にアラスターはこう言った。

「今日はこれでおしまいです。もう一度貴方が私に会いたいというならここで次の場所を決めたらいかがですか?」

そう問いかけた後に煙草を一吸い、目を細めながら味わい尽くした後にアラスターの吐いた煙が渦を巻いてヴィンセントにまとわりつく。ヴィンセントもアラスターから貰った煙草を同じ様に吸った。

「マッチで吸った煙草って美味しいと思いません?」

アラスターがヴィンセントを試す様な笑みを浮かべる。

「ええ、人生で一番の味です!」

アラスターは大袈裟ですねとヴィンセントとの談笑が弾んだ。

 

ヴィンセントはアラスターが普段行く場所に同行させて欲しいとアラスターに言ったので、アラスターはニューオリンズの街でショップ巡りをヴィンセントとすることにした。いつもは一人きりで堪能していた街の雰囲気を最近出会った男と歩みを進めるのは、遊んであげているとはいえ、冷静に考えてみるとなんだか滑稽であり、ふつふつと笑みが溢れてくる。まず、アラスターはアンティークショップに訪れた。今回は英国のティーカップがメインに置かれていた。品は定期的に入れ替わり、いつ来ても飽きは来ない。今回は目当ての装飾具が無いのと、ヴィンセントが居るので長めの物色は避けようと早々に店を出た。

 

こちらが別にその気になり、そのまま何もせずに解散をしようと思えば永遠にヴィンセントと会わないことだってできるのにも関わらず、アラスターは多少の不自由を自ら選んでヴィンセントとの時間を過ごした。アラスターの中でヴィンセントは立派な自分の友人であると今日の付き合いで考えていたが、ヴィンセントはアラスターの事を恋人としてのステップが進んだ状態の関係性であると勘違いをしていた。

 

ヴィンセントは別れ際にアラスターにお願いをした。

「アラスターさん。僕と一緒に写真を撮って頂けませんか?是非、今日の記念すべき日を形に残す為にも!」

 

なんて事の無い今日の日がヴィンセントの中では記念日に昇格している事に対して驚いたが、最後ぐらいはヴィンセントの願いにでも耳を傾けるかとアラスターは承諾した。写真館で撮影なんて、家族と記念日に撮りにいく程度であり、白人は写真を頻繁に撮りに行く程の経済力があるのだと考えたアラスターは自分自身に置かれた罪の無い軛を心の奥底で憎んだ。作られた写真館の撮影スタジオのレイアウトには備え付けの机と椅子が一つと二つ。周りには大きな花瓶とドラマティックにスタンドのライトが置いてある。私達は椅子に座らずに机に多少腰掛けてのポージングで撮影を行った。一頻り撮影を終えると、写真師から現像の受け取り日を伝えられた。解散をする間際に次回の予定をヴィンセントはすかさず取り付けた。相変わらずに抜け目の無い男だ。アラスターはヴィンセントの真っ直ぐな曇り無き眼を気に入った。本日ヴィンセントと共にショップ巡りをしたが、彼は私の何を知りたかったのだろうか。ヴィンセントは私を矢鱈と見つめていたが、本当に私に対して興味があるのだなとある意味関心した。今度は彼が興味のあるオーデュボン・パークに行くことにした。水族館はアラスターが初めて訪れる場所ということもあり、隣にヴィンセントが居るならば、お喋りでリアルタイムに感情を共有できるのが何よりアラスターは純粋に楽しみであった。

 

ヴィンセントとアラスターはバーの目の前の喫茶店で再会し、写真館で焼き上がった写真を互いに1枚ずつ受け取り、ヴィンセントは大事そうに黒の手帳に私との写真を挟んだ。その後に水族館へヴィンセントが案内した。水族館はかなり奇妙な場所であり、自分の背丈よりも遥かに高い水槽に囲まれて擬似的な海中を人為的に作られている。

「海中生物に生まれ変わった気分になりますね。水族館という場所は実に面白いです。」

アラスターがヴィンセントに話しかけると、ヴィンセントは得意げに頷いた。

「アラスターさんは好きな海中生物見つけましたか?僕は実は鮫が大好きで!鮫の話となると止まらなくなっちゃうんですよね!」

ヴィンセントはバーで初めて出会った時の雰囲気と真逆に無邪気な子供の様に燥いでいた。

「私はまだ見つけていませんが、鮫の話とやらを聞かせて頂けません?」

アラスターは水槽の反射する水面のキラキラとした揺らめきを見つめながら、ヴィンセントの鮫の話を聞こうとした。ヴィンセントは勿論!と言わんばかりに饒舌に鮫のフォルムの格好良さや、生態系にこの水族館で展示している鮫の種類についての話をアラスターに一所懸命に話した。アラスターはヴィンセントの趣味嗜好の分野に興味を持ちながら談笑した。アラスターはヴィンセントの話しぶりが好きになった。

「今日はアラスターさんと水族館で鑑賞しながら、お話が出来て本当に楽しかったです。またアラスターさんが嫌でなければ僕と会ってください」

アラスターは微笑み、ヴィンセントに私も今日は楽しかったです。また会いましょうと答えた。

 

ヴィンセントは黒い手帳を取り出し何か書き出した。

「これは僕の住所です。アラスターさんも良ければ教えてください!手紙を送りたいので」

アラスターはヴィンセントの手帳に住所を書き込んだ。

「ありがとうございます。手紙必ず送るので、良かったら僕にもお手紙書いてくださいね!」

別れの挨拶を終えて、ヴィンセントとアラスターは解散した。

 

アラスターは家に着くと、ヴィンセントを友人としてなら認めては良いと考えた。ヴィンセントと撮った一枚の写真と住所を自室のデスクに置いて長らく使っていなかったレターセットを引き出しから取り出した。アラスターは梟の羽根ペンにブラックインキを付けて、ヴィンセントに先日のショップ巡りの話と今回の水族館の話に加えてバーでの話をつらつらと手紙に認めた。ラジオ放送の日程もついでに書き込み末筆にラジオスターのアラスターよりと添えてワインレッドのシーリングワックスで封を閉じた。今夜はもう遅いので、明日の朝にでも買い出しのついでに郵便局に寄ろうと思いながらアラスターは就寝した。

 

太陽が昇り始めた頃合に目覚めたアラスターは、身支度をいつも通りに済ませ、朝食に豆から挽いたコーヒーを一杯飲んで、昨晩書いたヴィンセント宛の手紙と麻のバッグを身に付けてニューオリンズの街に出掛けた。先に郵便局へ手紙を出し、今晩の夕食はジャンバラヤでも作ろうかと考えながら、マーケットを物色していると旧友のミムジーに出会った。「あら?アラスターじゃない!貴方をお昼に見るなんて珍しいわぁ…いつもバーでしかアタシたち会わないでしょ?なんだかおかしいわねっ!笑えてきちゃうわ!」

アラスターはミムジーの溌剌とした態度が大好きだ。突拍子も無いことを言い出す時もあるが、バーでの彼女の披露するショーは一流である。

「ミムジーじゃないか!今晩はジャンバラヤでも作ろうかと!ミムジーは今日もバーでショーを披露するのかい?」

「今日のショーはお休みなのよ!アラスター残念だわぁ…貴方の為だけに今夜踊ってあげたいけど、アタシも忙しいのよねぇ…売れっ子って困っちゃうわね!」

ミムジーはラジオスターであるアラスターと自分の色恋を重ねて"売れっ子"と表現した。アラスターはそこら辺には鈍いので、ただ彼女がショーに引っ張りだこの人気者であると理解した。

「じゃあアタシも夜に備えて色々準備しなくちゃいけないからまたねアラスター!また今度アタシに甘えてねっ!」

ミムジーは風のように駆けながら、マーケットを後にした。その後、アラスターはジャンバラヤの材料と、愛飲しているコーヒー豆とウイスキーのボトルを買って家路に着いた。

 

ラジオ放送の仕事や社交界に参加したりと怒涛の忙しさを潜り抜け、ようやく休暇が出来たアラスターはヴィンセントの手紙がポストに投函されていた為、以前購入したウイスキーのボトルを空けてサゼラックにし、ツマミに手紙を読むことにした。ヴィンセントの字は美しく、育ちの良さを感じられた。どこを突こうが、欠点を探し当てるのは難しい男である。手紙のメインはアラスターが書いた手紙のレスポンスとか、ショップ巡りと水族館の思い出をヴィンセントなりに楽しそうにポイントを書き込んでいて、大の男の癖に小さい子供みたいに思い出を連ねているなとアラスターはくすくす笑いながら手紙を読み進めていた。手紙の最後の方に、アラスターのラジオ放送の感想について書き込んであった。アラスターはふむふむと読み出したが、ヴィンセントの文章にアラスターは目に留まる一文を見つけ出した。

「刺激的でした。」

私のラジオ放送を刺激的とこの男は言うのだ。アラスターは以前にもこの言葉を言われたことがある。大概目が泳いでいて、私のラジオ放送の内容自体に興味を持っておらず、ラジオスターの立ち位置は魅力的だが、君にはこの程度では物足りないだろうと私に取引を持ち掛けて天下のラジオスターを性的堕落へと誘おうとする不届き者なのだ。アラスターはこの一文ではっきりとヴィンセントには私を見る目はこれっぽっちも無いのだと感じた。アラスターは悲しかった。ヴィンセントとは良き友になるのかもしれないと感じていたからだ。結局は自分をクレオールでラジオスターをやっているおかしな奴とでも思っていたのかもしれない。グラスのサゼラックを飲み干して残りのウイスキーも半分程飲み込んでアラスターはそのまま寝てしまった。

翌朝寝覚めの悪いアラスターはこの手紙を捨ててしまおうかと思ったが、手紙の裏側に「今度初めて僕達が出会ったバーで会いませんか?」と書かれていた。良い機会だ。はっきりと自分の立場の違いをヴィンセントにわからせてやろう。

 

アラスターはシャワーを浴びて、ラジオ放送の仕事を終えた後にヴィンセントの元へ直接向かい今晩バーで待ってるとヴィンセントに伝えた。ヴィンセントはアラスターがまさか自宅に訪ねてくるとは思っても居なかったので、跳ね上がるように喜んでいたが当の本人はこのヴィンセントの想いを純粋に受け取る事は無かった。

 

先にアラスターがバーで待っていた。ヴィンセントは席に着いて直ぐに口を開いた。

「アラスターさん手紙読んでくれたんですね!しかもわざわざ僕の家に来てくれるなんて本当に嬉しいです。有難うございます。」

ヴィンセントは恥ずかしそうにアラスターに感謝の言葉を伝える。

アラスターはただ黙ってヴィンセントを見詰める。少し考えたが、アラスターは今夜でヴィンセントを忘れる為にも話をし始めた。

「もう僕達会わない方が良いと思うんだけど。」

突然切り出されたアラスターの話ににヴィンセントは困惑した。

「僕何か気に障ることしていましたか…アラスターさんそんな事言わないでください。僕達もう立派な……」

ヴィンセントの話を遮る様にアラスターは声を荒らげた。

「私だってお友達だと思ってましたよ!」

ヴィンセントは沈黙した。訳が分からない。理由も無しに、ただ一方的にアラスターが怒っている様にしか見えない。ヴィンセントはアラスターのおかしな態度につい言葉が出てしまう。

「理由をちゃんと話して下さいよ!!貴方ラジオスターじゃないですか?僕に分かるように話してくれなきゃ、何で貴方が怒ってるのか何も分かりませんよ!!アラスターさん僕の何が問題なんですか?」

ヴィンセントはアラスターに問い掛けると、アラスターは貴方何も分かっていらっしゃらないんですねと笑い出した。

「失礼じゃないですか!話の途中で笑い出して!アラスターさん貴方今日本当におかしいですよ」

アラスターは内心から出てくる様々な感情をポーカーフェイスに抑え、詰まりつつ言葉にしてヴィンセントに伝えた。

「ヴィンセントとは良き友になると思っていましたが、貴方がぶち壊したんですよ?まだ分からないんですか。良いご身分ですよね全く。私のラジオ放送の感想手紙に描きましたよね?"刺激的"だって」

ヴィンセントは答えた。

「ええ、書きました。貴方のラジオ放送は特有のイントネーションと声色が興味深くラジオに陶酔する事が出来て、トピックやテーマ選びに構成が刺激的で最高だって書きましたよ。それがどうしたんですか」

「結局私のラジオ放送なんてどうでも良いのでしょう貴方?私のこの立場が気になって私に話し掛けたんでしょう?分かっているんですよ。だから今日立場の違いを教えてさしあげに来たんですよ。」

ヴィンセントはアラスターの拗れた価値観が疑心暗鬼に繋がっているのだと理解した。これは私が白人だからなのだろうか。私がクレオールだとしたら、彼はこの一文にここまで激昂せずに済んだのだろうか。ヴィンセントはアラスターがクレオールでラジオスターの立ち位置を務め続けて居るのには白人の自分じゃ知る事も無いような苦労があるのだろうと感じた。ヴィンセントは感じた。強気なアラスターの内面の脆さを。彼は脆い。脆いからこそ、今までもこうして純粋な支援を避けて孤高に居たのだうか。割れて壊れてしまいそうなアラスターの内面をヴィンセントは心の底から支えてあげなければならないと感じた。

「アラスター私の目を見てくれ。君を陥れようなんて考えてもいないし、これからも貴方の良き友で有り続けたい。もし、君が許す未来があるならば、君と歩みたいと心から感じているんだよ。」

アラスターはヴィンセントの瞳を見詰めた。そこには冷静で無い自分の瞳が映っていた。続けてヴィンセントはアラスターに伝える。

「怖がらないで。隠さなくていいんだ。僕の前では君のラジオスターとしての建前を崩して欲しい。アラスターとしての本音を聞きたい。」

アラスターはヴィンセントをもう一度信じてみることにした。最初は遊び半分でヴィンセントと交友を持ち始めたと言うのに、アラスターは自分自身の本心と向き合う前に友人として立派にヴィンセントと真剣に接していた。だからこそあの一文は悲しかった。わざわざヴィンセントとバーで話を付けに、今日ここに来たのはそんな自分の疑念をはっきりと誤りと伝えて欲しかったと心の奥底で感じていたからだ。

「ヴィンセント…君を疑ってすまなかった。私は私自身が一番自分を理解していると感じていた。それを貴方が乱していくから、自分をいつの間にか信じられなくなっていたんだ。この責任は君が取るべきだよね?これからも僕に教えて欲しいんだ。友人として」

アラスターは初めて本心を打ち明けることができた。ヴィンセントも涙を浮かべながらアラスターの頭を撫でながら抱き締めた。アラスターはヴィンセントの香りに包まれながら、自分の方が余っ程子供らしかったのだと思い返して酒のせいと理由を付けて涙を一粒ヴィンセントの肩に湿らせた。

 

アラスターはヴィンセントの肩で時期にすやすやと寝息を立てた。ヴィンセントはアラスターの分まで勘定を済ませ、バーを飛び出た。潰れたアラスターをヴィンセントはおぶって自宅に向けて夜道を歩き始めた。閑散とした空気のニューオリンズの中に、アラスターの体温と寝息の落ち着いたリズムがある事を自分だけが知っている。特別な夜に優越感を覚えたヴィンセントはアラスターの複雑な心情を一部でも覗けた事が何よりも嬉しかった。この道が永遠に続けば良いのにとさえ思った。自宅に着いたヴィンセントはアラスターをベッドに寝かせ、アラスターの睫毛にかかった髪の毛を手で横に流して寝顔を眺めた。堪らなく可愛らしいお人形の様な口元におやすみなさいのキスをして、ヴィンセントは眠りに着いた。

 

頭が痛い。アラスターは見知らぬ部屋で朝を迎えた。ヴィンセントとバーに行って自分が痴態を晒したことは想像出来るが、何故二人きりでベッドに寝ているのだろうか。先に起きたらアラスターはヴィンセントを揺り動かして起こし、状況確認を行った。

「ヴィンセント起きて下さい。何故私は貴方の寝床で寝ていたのですか!」

ヴィンセントは目元を擦りながら、アラスターに答えた。

「アラスターさんあの後寝ちゃって僕の家まで運んだんですよ。まだ辛いんじゃないですか?相当飲んでましたもんね。」

ヴィンセントの言葉通りアラスターは二日酔いで気分が悪い。きっとヴィンセントは自分に手を出してはいないだろうと態度で察したアラスターは普段の落ち着きを取り戻した。

「貴方と居るとつくづく自分が分からなくなる。ヴィンセント…昨日の言葉は覚えていますか?私は貴方に学ぶことがまだあると思います。これからも良き友として……」

アラスターは自信なさげに目を伏してヴィンセントに伝えた。そんなガラス玉の様に繊細なアラスターをヴィンセントは黙って包み込んだ。アラスターは人に触られる事は苦手だが、ヴィンセントに限っては許すことにした。

 

アラスターは介抱の御礼を言って、ヴィンセントの家を出た。自宅までの道はアラスターの人生で一番長く感じた。ようやく自宅に辿り着いたアラスターは自身のベッドへダイブし、ヴィンセントについて考えたが、アラスターの中で当てはまる答えは無かった。

 

ヴィンセントはアラスターにプレゼントを用意した。手紙に自宅へ遊びに来て欲しいという旨を書いてアラスターに手紙を送った。彼のラジオ放送を聴きながら日に日にヴィンセントはアラスターへの想いを拗らせていった。

 

アラスターはヴィンセントの手紙をコーヒー片手に読んでいた。アラスターはこの手紙に書いてあるプレゼントを疑うこと無く受け止めて、ヴィンセントの元に訪れた。ヴィンセントはアラスターにハグをして、アラスターはお土産に鮫のぬいぐるみを手渡した。まさかあのアラスターがぬいぐるみを自分に渡してきた。拍子抜けしたヴィンセントは笑みを零し、アラスターにもう一度ハグをした。

「アラスターさん。今日は僕の家に来てくれて有難う。また会えるなんて僕は本当にラッキーだ。」

アラスターは得意気な顔をしていた。貴方にとって素敵なプレゼントだったでしょう?とニコニコと柔和な微笑みを浮かべている。ヴィンセントはアラスターを自宅に招き入れて、革製のソファーに座らせた。ヴィンセントはサゼラックを作り、アラスターと一緒にソファーの上で蓄音機のジャズをに包まれながら、お互いに自分の事を語り合った。

「この鮫のぬいぐるみ実は私が作りました!素晴らしい出来でしょう?」

アラスターは自信満々にヴィンセントに打ち明けた。

「アラスターさんの手作りなんですか!?水族館に売っていてもおかしくは無い上等の出来ですね!流石アラスターさん!こんなに器用に作って貰えて、この鮫もきっと喜んでますよ。」

ヴィンセントはサメのヒレをアラスターに向かって左右に揺らして、ユニークに感謝の意を伝えた。

アラスターはヴィンセントにサプライズプレゼントを喜んでもらい、心地良い気分に満たされていた。だが、元々はヴィンセントがプレゼントを渡すという約束で家に遊びに来たけれど、まだヴィンセントのプレゼントとやらを教えて貰っていないので、アラスターはヴィンセントに尋ねた。

「ヴィンセントそういえば私にプレゼントがあると言っていましたが、何をプレゼントしてくれるのでしょう?」

ヴィンセントは用意していた紙袋からブルーのリボンで結んだ箱を取り出した。

「アラスターさん開けてみてください。」

リボンを解くと、箱の中に蝶ネクタイが収まっていた。

「ワインレッドの蝶ネクタイです!アラスターさんに似合うと思って選びました!どうです?試着してみます?」

アラスターはこくりと頷き、身に付けている蝶ネクタイを外し、ヴィンセントから贈られたワインレッドカラーの蝶ネクタイをドレスミラーで確認しながら結んだ。

「ヴィンセント良い物を選びましたね。貴方から初めて頂いた贈り物これから、大切に使わせて頂きます!」

酔いが完全に回り、上機嫌のアラスターはヴィンセントから贈られた蝶ネクタイを大事そうに眺めながら汚してはいけないね!と胸元から外し、箱に丁寧に戻してソファ横のサイドテーブルの上に置いた。

「有難うヴィンセント。君のプレゼント悪くなかったよ。」

アラスターはヴィンセントを見つめながら、眠くなってきたのか、目をこすりながら欠伸を始めた。

「もうこんな時間ですし、アラスターさん僕のベッドでお休みになります?」

アラスターは急に堪らなく眠くなってしまったので、ヴィンセントの提案に素直に乗った。

「アラスターさんゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい」

ふかふかのベッドに寝転んだアラスターは直ぐに寝てしまった。

 

ヴィンセントはアラスターのサゼラックに睡眠薬を混ぜていた。何も警戒しない危なっかしいアラスターが別の誰かに奪われてしまう前に先手を打つ為にプレゼントという囮を使い、小賢しく家までアラスターを招いた。ヴィンセント自身もここまで計算通りに上手くいっているのにも関わらず、いざ本人を目の前にすると淀みない笑顔で小さな寝息を立てる痩せっぽっちのアラスターを抱こうなんて罪悪感に押し潰されて死んでしまいそうになったヴィンセントは、アラスターの匂いを嗅ぎながらマスターベーションを行って隣でハグしながら寝ることにした。以前は、適当な相手を見つけたら欲のままに性行為に及び果てている様な淫らな男であったが、本命を前にするとかなり童貞臭い男になってしまうらしい。

 

耽美な顔立ちの瑞々しく張りがある艶肌には酒の熱で赤みを帯び、目元に黒真珠を散りばめた様な玉が連なった黒縁の眼鏡を掛けており、恐る恐る眼鏡を下ろすと、レンズ越しに見ていた硝子玉の様な瞳を閉じ込める瞼のハイライトはフェルメールの描く絵画の様に美しく、今にもこの瞬間を永久に閉じ込めたくなる。ふわふわと軟らかな麦畑の稲穂の如く煌めくアラスターの後頭部の軟毛をかきあげ、うなじから胸元の匂いを嗅ぎ股間のペニスを露出させ、一人で虚しく扱いていた。少々汗をかいているからか、アラスター自身の無臭に近い体臭に混ざって、汗の香りがする。ヴィンセントにはこの香りがどんな媚薬よりも強力だと言わんばかりにペニスを唸らせていた。お気に入りのスタイルであるアラスターのスーツは少々くたびれて使用感が出ており補修跡も見受けられ、物の扱い方でさえアラスターの生き様をヴィンセントは見出し、アラスターの素性を掌握した気分になった。

 

ヴィンセント自身も酒が回っているせいなのか、矢鱈とぺニスに熱が籠っており、快感も普段よりもはるかに強く刺激が伝わる。右の掌が次第に疲れてきており果ててしまいそうで、中々絶頂出来ないもどかしいマスターベーションにヴィンセントも涙目になりながら、下唇を噛みつつ真っ赤に腫れ上がったぺニスを自らの手で悦ばせる。精液がアラスターにかかってしまわないように、左手にペーパーを用いてどくんどくんと精液を鈴口から勢いよく垂らした。息が上がりきって、疲れ果てたヴィンセントはシャワーを軽く浴びた後に深い眠りに着くアラスターの隣でヴィンセントも次第に眠りに着いた。

 

翌朝、アラスターの方が先に起きて、ヴィンセントの家でコーヒーを沸かしていた。ヴィンセントはアラスターに起こされた為、まだ自分は夢の中なのかと驚いたが、昨晩の蛮行を思い返して一気にブワッと頬を赤らめた。アラスターは睡眠薬を盛られて自分がオカズにされたなんて思いも寄らずに、にこにことヴィンセントにコーヒーを差し出した。

「そのコーヒーお好きなんですね。実に趣味が良い。」

ヴィンセントの愛飲するコーヒー豆のパッケージを指で摘んでヴィンセントの膝元に置いたアラスターはベッドの端に座って一口ごくりとコーヒーを飲んだ。

寝起きのヴィンセントはただ嚥下するアラスターの喉元の動きを見詰めていた。そんな意識がまだはっきりとしていないヴィンセントの様子にアラスターは可愛らしく感じて笑っていた。アラスターは赤子みたくヴィンセントにコーヒー飲めまちゅか?と聞き、ヴィンセントは寝惚けた顔をしながらアラスターから受け取ったコーヒーを半分程口に含んで、ゆっくりと喉に流し込んだ。コーヒーを飲み干す頃には目が覚めて、着替えを済ませた後にアラスターに挨拶をしようとしたが、不幸にもヴィンセントの股間はテントを張っている。多少不完全燃焼だったこともあり、盛んなヴィンセントのぺニスは衰えを知らない。このまま収まるまで寝たふりを決めようかと考えていたら、ベッドルームにアラスターが戻ってきた。

「もうコーヒー飲み干しましたかね。ヴィンセント?」

焦る顔をしたヴィンセントの下半身を徐々に視界にフレームインをしたアラスターは一瞬固まったがフォローのつもりなのかは知らないが、すかさずにこう言い放った。

「あら、お若いのですね…男同士ですし、恥ずかしがらなくてもいいんですよヴィンセント」

その一言にさらにぺニスが反応してしまったヴィンセントは恥ずかしくて今にも穴に入りたい気分であった。苦し紛れにヴィンセントはアラスターに質問した。

「"恥ずかしがらなくてもいい"ってどういうことですかアラスターさん」

耳まで真っ赤に染った白い肌をアラスターに向けながらヴィンセントは問い掛けた。

「別に深い意味じゃ…」

アラスターがたじろいだ。明らかにアラスターもヴィンセントの勃起ぺニスを布越しに見て意識しているのが見え見えである。生娘みたいに目を泳がすアラスターにヴィンセントは迫った。

「僕のこれ見てみますか?」

アラスターの細い右手首を掴みながら、ベルトをカチャカチャと外していた。アラスターは突然の事に困惑しながらヴィンセントの顔と股間に交互に視線を向けてヴィンセントの勢いにそのまま飲み込まれてしまった。ヴィンセントがぺニスをアラスターの顔の前に露出した。

「自分以外のモノを見るのは初めてですか?アラスターさん」

アラスターは目線を下げるが、ヴィンセントに顎を掴まれて見せつけられる。

「アラスターさんがいけないんですよ!僕をこんなにして!」

ヴィンセントは息を荒らげながら、アラスターの肩に手を置いてぺニスを擦る。アラスターはただ、やめて下さいとだけ言葉を繰り返す。ヴィンセントはアラスターを遂に押し倒してしまった。脱ぎかけだったパンツを完全に下ろして、いざアラスターを食べてしまおうかとした所平手打ちを食らった。

 

「このケダモノ!私に触るな!気持ちが悪い!!」

アラスターに怒声を浴びせられたが、ヴィンセントは引かない。アラスターの服も脱がせ始めた。アラスターも必死に抵抗するが、呆気なくシャツを破られてしまいズボンも脱がせられてしまった。アラスターは両手首を押さえ付けられて、首元にキスマークを付けられてしまった。

「この野郎!許さないからなっ!」

キスマークを付けている時にヴィンセントの耳元に聞こえてきたが、最早ここでご機嫌取りなど出来る理性があるはずも無く欲望のままにヴィンセントはアラスターに想いをぶつけた。アラスターは柄にも無く泣き喚きながら、ヴィンセントの性行為に付き合わせられた。

「やめて!」

何度もアラスターはこのフレーズを叫んだが、ヴィンセントには届かない。拒絶反応が干渉し合いながら不随意な快楽へと消えていく。気持ちが悪いはずなのに、徐々に慣れていく自分がアラスターは不思議でおかしくなりそうだった。ヴィンセントに故意で無くとも自分の初めてを捧げてしまうなんて、心底有り得ない事だ。本能である人間の性という未知の領域を無作法に探られてしまい、混濁した感情の行方を防衛する為なのか涙が溢れ出て止まらなかった。

 

今までの関係性でさえ蟠りを覚えてしまう。ヴィンセントとの楽しげな弾んだ時間は確実にアラスターの中に刻まれ、友人として認めようと信頼したのにも関わらず、完全にこの関係性は破綻し砕けてしまった。この男は愚かにも周りの権力者と同じ様なケダモノになって今私を襲いかかっている。私は抵抗虚しく捕食されている。捕食される草食動物は極度の恐怖に晒された際に痛みの感覚が遠退く。痛みを感じない様に自ずから神経系の伝達を鈍らせ、複数の鎮痛物質に満たされるという。まさにアラスターのこの状況は草食動物の運命を感じていた。アラスターは強いストレス状態となり、反応が鈍くなっていた。ヴィンセントに歯型やキスマークを付けられたって、何もリアクションを起こせなくなっていた。気を遠くしていたアラスターであったが、突如として快楽が強まり知りたくもない現実へと引き戻された。皮膚から滲み出た汗が滴り、乳頭は先端を母となった女性の様に尖らせ、硬くなっている。電気刺激の様なピリピリとした刺激が足先からから伝わり、ただ触られている皮膚でさえ融解してしまう程にアラスターの肉体は熱を帯びていた。腸内がこの鈍痛に馴れてしまったのか、初めよりも奥にヴィンセントのぺニスが突き刺さりアラスターの前立腺を擦る度に刺激され、突かれる度に短い嬌声が漏れてしまう。ヴィンセントがアラスターの腰に何度も打ち付ける際の勢いが直に影響し、アラスターの臀部の僅かな肉が波になりぺニスも激しく上下に揺れ、その刺激でアラスターは潮を吹き出して喉の声帯を狭めた甲高い上擦った叫び声を上げて絶頂した。額を汗が滲み乱れた髪の毛がべったりと皮膚に付き、涙により睫毛は束状に分かれてしまい、溢れた雫は首元まで垂れていた。口元は様々な体液と涎が混ざり合って口内は塩味を感じる。アラスターの唇は艶やかに体液で彩られ、呼吸と共に揺れていた。端正な顔立ちは体液で乱し尽くされ、ぼやけた恍惚とした表情をヴィンセントに晒し精液で満たされたアナルは収縮を繰り返し、精液はこぽこぽと皮膚に伝って溢れ出ていた。腰周りの筋肉が不随意に動き、身体は疲れ果ててしまいアラスターはヴィンセントに肉体的に解放されたが逃げることは出来なかった。そのままヴィンセントのベッドの上で気絶する様に眠ってしまった。

 

次に目を覚ました時にはヴィンセントは入浴の最中であった。この隙に私は今日逃げ帰ることにし、どろどろに汚された身体を水で濡らしたタオルで拭い取り脱がされてそのままだった洋服を拾い上げて急いで着替え、ヴィンセントの自宅から飛び出た。

 

まるで娼婦の様な気分だ。覚束無い千鳥足で自宅まで走りきって扉に鍵を閉めた。収まらない心肺の拍動が嫌にも耳に入ってくる。ヴィンセントが自分を追いかけて来て居ないか不安で堪らなく怖い。アラスターは入念に鍵を閉めたか何度も確かめ、息が落ち着いて来た頃にバスルームへ辿り着き、シャワーを浴びた。身体にはヴィンセントの精液が残っており、入念に洗い流した。シャワーの音に包まれたアラスターは膝を床に付けて座り込み、涙をまた流した。アラスターは一人きりのバスルームの中で心の内を自問自答しながら吐露した。ヴィンセントは私を襲った。信じていたのに。でも、最初疑っていたのは私の方だ。弄んでいた私が悪いのか、これは自業自得なのか。アラスターは混濁した感情を虱潰しに反芻したが、ヴィンセントを心の底から嫌いになる事は無かった。出来なかったのだ。アラスターはヴィンセントを歪でも愛していたことをここで理解した。それは友愛だろうが、恋仲としてだろうかという区別が出来るのかは問題では無く、ただアラスターはヴィンセント自身を愛していたのだ。

 

性経験が無いアラスターはセックスを根絶した自分が悪なのかという思考を巡らしていた。考えてみれば、性的な欲求を他者に抱いた経験は無く、手本となる像も居なかったアラスターは正しい関係のステップを知る事が無かった。知らないことは悪なのか、知っていることが正義なのか。アラスターは何も分からない。確かに意思を踏み躙られたが、ヴィンセントも同じ想いをしていたということなのか。セックスの意味が理解出来ないアラスターは苦しめられた。人は肉体を通じてでないと、愛を知る事が出来ないのか。

 

ヴィンセントとアラスターの恋愛観には齟齬が有るだろう。アラスターは母親からの愛しか知らない。それは純粋な母親からの愛情であり、性愛を含むものでは無い。アラスターにとって人からの愛は母親の我が子に対する想いが正しい愛の形態であると無意識下に信じていた。ヴィンセントからの愛はアラスターにとって不適合で型に嵌らないものであり、不純であると感じていた。こんなに穢らわしい行為の元に確約される愛は異常である。

 

揺らめくレースカーテンの隙間から射し込む曇天の中の微細な光の粒は半狂乱にアラスターの足元にタンゴを繰り広げる。朝飯にウイスキーと煙草を三本吸った。至って何も変わらない朝日が昇る。ヴィンセントはアラスターの家には辿り着いて居ないようだった。アラスターはしばらく以前の居所のバーに居座った。どんな顔をしていれば良いのか、しばらくの間探したい。アラスターはジャズとウイスキーに宥められながら、ラジオ放送では鬱憤を発散させた。仕事での付き合いで招かれた社交界で私に失礼を働く野蛮な白人が居たので殺してしまったが、あの日にナイフを持っていたらヴィンセントを殺していたのだろうか。死体を古びた山小屋で処理していた時に過ぎった。また涙が溢れ出した。真っ直ぐなヴィンセントの愛情を疑って距離を置いたが、私自身の存在を否定されて蔑ろに扱われるかもしれないと思い込んでしまう自分が嫌で逃げようとしたら、繋ぎ止められて離れなくなってしまう自分が怖かった。ヴィンセントに乱暴されたはずなのに、また彼の事を考えてしまう自分はおかしくなってしまったのだろう。亡骸に何度も差付けた傷から溢れ出る鮮血を思う存分出し切って、血の海の上の肉片にアラスターはドレスシューズの先端を浸して真っ赤に染め上げ踏み締めて支配欲に満たされた。

 

真夜中の森林を人目に付かない様に潜り抜けて、自宅へ戻ろうとしていた時に木影に居る人物に気付かずに走り抜けようとしたら止められた。

「アラスター……!なんでそんなに血塗れに……私が…全て悪かったアラスターどうか許してくれ」

ヴィンセントだった。男なのに女みたいにわんわんと崩れて血塗れで汚れている私を抱き締めながら泣き出した。

「……ヴィンセントには失望しましたが、私の事をこれから尊重して頂けるなら、貴方の事を想いますよ。私達お互いに歪で壊れているんですよきっと。」

ヴィンセントはその言葉を聞いてより強くアラスターを抱き締めた。アラスターもヴィンセントに応える様に抱き返した。

 

お互いに血の着いたヴィンセントとアラスターは満月に照らされて、澄み切った真冬のオリオン座に負けず劣らず燦然と輝いていた。ニューオリンズで二人だけの秘めた夜明けを迎え入れた。

 


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