※この作品はR-18です。

秘密の助け合い   作:間瀬凪

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二段ベッドの聖域

 都内にある築年数の浅い、ありふれた2LDKの分譲マンション。そこが僕たちの世界のすべてだった。

 重い玄関ドアを開けると、木目調のフローリングが続く短い廊下があり、その先にはいつも家族が集まる明るいリビングダイニングが広がっている。リビングを中心に据えた間取りで、南側の大きな窓に面した片側には両親の寝室があり、北側の通路に面したもう片側には、僕(はる)とふたつ年下の妹であるさきが二人で使っている子供部屋があった。

 扉一枚を隔てたすぐ向こうには、生活感の溢れるリビングがあり、テレビの音や親の話し声、キッチンで包丁がまな板を叩く音がリアルタイムで聞こえてくる。そうした距離感だからこそ、その子供部屋のシンプルな木製ドアを閉め、内側から小さな鍵をかけるわけでもない空間だけが、僕たちにとっての唯一の隠れ家であり、誰にも侵されない聖域のように感じられていた。

 六畳ほどの決して広くはない室内には、システム家具のような木製の頑丈な二段ベッドがひとつ置かれている。上段と下段、どちらを誰の定位置にするかといった決定事項は、幼い頃から存在しなかった。

「ねえ、はるにぃ、今日は上がいいな」「いいよ、じゃあ僕は下ね」

「明日は私が下で寝るからね」「うん、分かった」

 そんな風に、その日の気分やちょっとした気まぐれで交替して寝るのが、いつの間にか定着した僕たちの自然なルールだった。二段ベッドの木枠には、幼い頃に貼ったキャラクターのシールや、擦れてできた小さな傷がそのまま残っており、僕たちの成長の痕跡がそこに刻み込まれていた。

 

 

 僕とさきは小学生ながら電車通学で、二人で登下校するように両親から言いつけられている。近所に同じ学校の子はいないから、学校から帰ればお互いが唯一の遊び相手だった。そして両親は共働きで、帰宅が遅かった。

「はるにぃ、また知らないおばさんに女の子と間違えられちゃったでしょ?」

 学校の帰り道、西日が傾く通学路を二人で並んで歩いていると、さきが鞄を揺らしながら、からかうように言ってきた。

「うん……まあね。帽子を深めに被ってたからかな」

 僕が少し苦笑いを浮かべながら答えると、さきは不満そうに唇を尖らせて、僕の顔を覗き込んできた。

「違うよ、帽子のせいじゃないってば。はるにぃの顔が可愛いからでしょ。私より目が大きくて肌も白いんだから、なんかずるいよね。あ、そういえばね、この前クラスの女子たちが廊下で『さきちゃんのお兄ちゃん、すごく細くて顔が整っててかっこいいよね』って噂してるの、聞いちゃったんだから」

「えっ……そんなことないと思うけど……さきの聞き間違いじゃないの?」

 予想外の言葉に、僕は少し気恥ずかしくなって視線を泳がせた。

 僕から見ても、さきは年齢の割にすっきりと整った顔立ちをしていて、学校や近所でも普通に可愛い女の子として扱われていた。普段は活発で、少し生意気な男勝りのところもあるけれど、客観的に見てもその愛らしさは際立っている。

 僕自身、自分の顔立ちがどこか中性的で、体つきも華奢なことは分かっていた。街中で女の子に間違えられたり、可愛いと言われたりするたびに、心のどこかでほっとしている自分がいた。

 なぜなら、僕の胸の奥には幼い頃からずっと、「可愛い女の子として生まれたかった」という、誰にも言えない切実な憧れと、自分の性別への強い違和感があったからだ。フリルのついた女の子の服や、柔らかな色合いの小物を見るたび、僕の心は強く惹きつけられていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 僕が、自分の下半身についている「男性器」というものを本気で嫌悪し、強い恐怖として心に刻み込むことになった決定的な出来事があった。

 学校の体育の時間だった。

 晴れ渡った校庭でベースボール型の授業が行われていて、僕はサードの守備についていた。バッターボックスに立った体の大きなクラスメイトが思い切り振ったバットにボールが当たり、鋭いライナーとなってまっすぐこちらへ飛んできた。

 避ける間もなかった。

 パン、と乾いた音がして、柔らかいゴム製のボールがズボンの上から僕の股間を直撃した。

「っ……!」

 声すらまともに出なかった。

 柔らかいボールのはずなのに、そこに走った痛みは想像していたものとはまるで違った。突き抜けるような激痛の直後、下腹部の奥まで重い痛みが広がり、息の仕方さえ分からなくなった。僕はその場に崩れ落ち、両膝を抱えるようにして体を丸めた。

 けれど、本当に怖かったのは痛みだけではなかった。

「大丈夫か!?」

「はる、どこに当たったんだよ?」

 周りに集まってくる男子たちの声。

 少し離れたところから、心配そうにこちらを見ている女子たち。

 何が起きたのか、みんなには分かっている。そのことに気づいた瞬間、痛みとは別の苦しさが一気に込み上げてきた。

 先生に支えられて保健室へ向かう間も、僕はずっと俯いていた。

 ズボンの下がどうなっているのか、自分で確かめることもできない。それどころか、そこに意識を向けること自体が怖かった。

 痛い。怖い。恥ずかしい。

 そして何より、自分の体にこんなものがついていることそのものが、ひどく嫌だった。

 もともと僕は、自分の体のその部分を好きになれずにいた。できることなら意識したくない。見たくもない。そんな曖昧な拒否感を、幼い頃からずっと抱えていた。

 けれど、この出来事を境に、その感覚ははっきりとした恐怖へ変わった。

 僕にとって男性器は、自分の体の一部というより、突然ひどい痛みをもたらし、周囲の視線にさらされ、強烈な恥ずかしさを感じさせるものになった。

 そしてその日から、以前から胸の奥にあった性別への違和感と、あのときの痛みや恐怖が、僕の中で強く結びついてしまった。

 

 

 そして高学年を迎えると、その嫌悪感は単なるトラウマにとどまらず、悪夢のように日常のあらゆる場面へと侵食してきた。

 自分の意志や感情とはまったく無関係に、突然として下半身が熱を帯び、硬く張り詰めて大きくなっていく「勃起」という抗えない生理現象。

 それがとにかく邪魔で、苛立たしく、忌々しくてたまらなかった。学校の授業中に黒板に向かっているときや、混み合う電車の中で不意に下半身が大きく膨らむと、「周りのクラスメイトや乗客にバレてしまうのではないか」という強い恐怖に襲われ、背中に冷や汗が流れた。

 ズボンや下着の中でパンパンに締め付けられる物理的な圧迫感は、僕の精神に激しいイライラを呼び起こした。さらに、成長に伴って皮膚が少し剥け始めたことで、極めて過敏な尿道口が下着の粗い布地に直接擦れるたび、ピリッとした鬱陶しい刺激が下半身を走る。毎日、僕は自分自身に訪れるこの理不尽で不快な肉体の変化に、心底辟易していた。

 

 

 ある日の放課後、夕方の西日が斜めに射し込む室内。リビングには両親の気配がなく、家の中は静まり返っていた。

 僕とさきは、子供部屋の二段ベッドの下段に肩を並べて腰掛け、とりとめのない話をしていた。窓の外からは、近所の公園で遊ぶ小学生たちの遠い歓声と、時折通り過ぎる車の走行音がかすかに響いている。

 嫌悪する器官を意識するだけで、下着の中でまたしても意図しない熱が芽生え、硬く張り詰めていく下半身の違和感に、僕は思わず膝の上で固く拳を握りしめた。激しい不快感と生理的な苛立ちが限界に達し、僕は小さく溜息を漏らしながら、ズボンの上から股間を軽く押さえた。

「……ねえ、さき。僕、本当にこの自分の身体が嫌なんだ」

 普段は妹の前で弱音や見苦しい愚痴を吐くことなどめったにない僕が、耐えかねて漏らした本音だった。さきは隣でパチクリと目を丸くし、僕の顔を不思議そうに覗き込んできた。

「え? どうしたの、いきなり?」

「ちんちんってさ……自分の意志とは関係なく急に大きくなって邪魔だし、下着に圧迫されて痛いし……それにおしっこが出るところが布地に擦れてピリピリするんだよ。とにかく気持ち悪くてイライラする。なんで僕には、こんな不快で余計なものが付いてるんだろう。女の子として生まれたかったのに」

 自分の身体に対する強い拒絶と苛立ちを言葉にして吐き出すと、胸の奥に溜まっていた重苦しい熱が少しだけ逃げていくような気がした。

 

 

「ふーん……はるにぃも、いろいろ大変なんだね」

 さきは膝を抱え直し、細い顎を膝の上にチョコンと乗せると、生意気な笑みを浮かべながらサバサバとした口調で言った。

「でもさ、実は私だって自分の身体のこと、すごく嫌なんだよ」

「えっ……さきも?」

 思いがけない妹の言葉に、今度は僕が驚いて聞き返した。さきは視線を天井に向け、自分の太ももをさすりながら言葉を続けた。

「女の子のあそこってさ、下着の中で蒸れやすいし、すぐにかゆくなったりかぶれたりして不便なんだから。おしっこの後拭かなきゃだめだし、蒸れると本当に嫌な感じがするんだよ。私もさ、はるにぃとは逆に、男の子として生まれたかったよ。サラサラして動きやすそうだし」

 さきは活発で、日常の振る舞いにも男勝りでサバサバした気質があった。自分が望む姿とは真逆の性に生まれてしまったという互いの切実なコンプレックスと悩み。それが静かな子供部屋の中で重なり合い、強く共鳴した瞬間だった。僕だけの孤独な悩みだと思っていた身体の不快感が、妹の抱える不便さと確かに繋がったような気がした。

 

 

「……ねえ、見せっこしてみない?」

 どちらからともなく、ぽつりと口にした言葉だった。

 互いが抱える身体の不快感やコンプレックスの「実物」とは、一体どのようなものなのか。言葉だけでは分からない生の肉体の現実を、確かめてみたいという純粋で幼い好奇心。

 僕は立ち上がり、廊下に誰もいないことを確認してから、子供部屋の木製ドアを隙間なくピッチリと閉めた。鍵はないものの、リビングや廊下からの足音には常に耳を澄ませていた。

「下に親が帰ってきたら困るから、二段ベッドの上に上がろう」

 僕たちは梯子を登り、二段ベッドの上段へと向かった。狭い上段のスペースで、薄いカーテンの影に隠れるようにして二人で膝を突き合わせた。薄暗い空間の中で、互いの息遣いと心臓の鼓動がはっきりと聞こえるようだった。僕たちは静かに、自分の下着のゴム紐へと手をかけた。

 

 

 二段ベッドの上段は、天井がすぐ目と鼻の先に迫る薄暗い密室だった。掛け布団の影に隠れるようにして、僕たちは膝を突き合わせてしゃがみ込んでいた。カーテン越しに届く西日が、室内をうっすらと赤く染めている。

「はるにぃのから、見せてよ」

 さきは緊張する様子もなく、むしろ珍しいおもちゃを前にした子供のように目を輝かせて言った。

 僕は緊張でゴクリと唾を飲み込みながら、ハーフパンツと下着のゴム紐を指にひっかけ、膝のあたりまでゆっくりと引き下げた。

 自分の意思とは裏腹に、さきに見られているという恥ずかしさと緊張感から、僕の下半身は少し熱を帯び、硬く持ち上がっていた。自分自身でさえ直視するのを避けている忌々しい器官が、薄暗い空間に晒される。

「へえ……これが固くなってるやつ? ちょっと触ってもいい?」

「え……あ、いいけど、汚いよ?」

 さきは迷うことなく小さな手を伸ばすと、細い指先で僕の硬くなった先端をつんつんと突いた。指先から伝わる感触に、僕の腰が小さく跳ねる。

「うわ、本当にカチカチじゃん。中に骨が入ってるみたい」

 さきは感嘆の声を漏らしながら、僕の硬い部分を手のひら全体で小さな握りこぶしを作るようにギュッと握りしめた。少女の体温がダイレクトに肌に伝わり、背筋に奇妙な悪寒のようなゾワゾワとした感覚が走る。

 さきはそのまますぐに手首をひねり、僕の硬い部分をグッと真下に押し下げるようにして倒してみせた。根元からしなり、下着のゴム紐を圧迫するような強い負担がかかる。

「あ、痛っ……ちょっと、さき……!」

 僕が小さく悲鳴を上げると、さきはパッと手を離した。支えを失った僕の肉棒は、反動で『ぴょん』と勢いよく弾むようにして元の斜め上の角度へと跳ね戻った。

「あははは! 面白い! ぴょんって戻るよ、はるにぃ!」

 さきは声を殺して楽しそうに笑い、もう一度上から手のひらでぐにっと押し倒し、再び手を離した。ぴょん、と跳ね返る肉の弾力。

「や、やめてよさき、笑い事じゃないんだから……! ズボンの中でこうやって圧迫されたり折れそうになったりすると、本当に痛くてイライラするんだよ。骨もないのに変に硬くて、勝手に大きくなって……本当に邪魔なんだから」

 僕が本気で困惑しながら抗議すると、さきは何度かその弾力を確かめるように指で突いてから、満足したように手を引いた。

「えー、でもなんだか不思議。おもちゃみたい。男の子の身体って、こんなヘンテコな仕組みになってるんだね」

 

 

「じゃあ、次は私の番ね」

 さきはそう言うと、履いていた制服のスカートはそのままに、履いていた下着だけをすっと足首まで滑り落とした。そして、二段ベッドのマットの上にペタンと座り直し、白い太ももをゆっくりと開き、その奥の割れ目を左右に押し広げた。

 その柔らかな太ももの内側、無防備に晒された妹の股間を目にした瞬間、僕の脳裏にふと数年前の記憶の名残りがあった。

「……そういえばさ、さきが1年の頃、あそこがかぶれて泣いてたことあったよね」

 僕がふと思い出したように呟くと、さきは少し照れくさそうに鼻を鳴らして笑った。

「あー、あったかも! お母さんが夕飯の準備で忙しくてさ、はるにぃに『薬塗ってあげて』って頼んでたやつでしょ?」

「そうそう。あの時は二人で『痛いの飛んでいけ』って言いながら、白い軟膏を塗りたくってたのにね」

 あの頃のさきの身体の記憶。僕も何の下心もなく、ただ妹のかわいそうな皮膚炎が治るようにと指先で薬を伸ばしていた。

 さきは普段から活発で男勝りな言動が多いけれど、顔立ちは整っていて普通に可愛い女の子だ。露わになった肌を前に、あの頃の小さな記憶の影を感じながらも、こうして面と向かって見つめ合っている現実に妙な息苦しさを覚えた。

 

 

 久しぶりに間近で見る、さきの性器。

「……なんか、久しぶりに見たけど、やっぱり女の子のあそこも不思議な形してるね」

 僕が率直な感想を漏らすと、さきは自分の股間を上から覗き込むようにしながら口を開いた。

「そうでしょ? 自分でもたまに鏡で見たりするんだけど、なんかよく分かんない構造なんだよね」

 見た目は決して複雑で醜いものではなく、どちらかいうとシンプルで、ただデリケートそうにうっすらと赤い色を帯びていた。どこか神秘的で、見つめているだけで胸がドキドキと高鳴るような感覚だった。

 ただ、昨晩お風呂に入ってからほぼ丸一日が経っていることもあり、構造上どうしても完全に防ぎきることは難しいのだろう。広げた小唇の小さな溝の奥には、糸を引きながら少し気になる程度の白い恥垢が溜まっていた。

 そして何より、僕を驚かせたのは匂いだった。僕自身の男性器の匂いよりも明らかにツンと強く、独特の生々しさをもって鼻腔を突いてきたのだ。

「あ、なんかちょっと臭うかも……」

 僕がそう言うと、さきは少し鼻をしかめて頷いた。

「あ、ひどい……でも、やっぱり? 自分でもちょっと気になってたんだよね。運動会の練習のときに、他の女子も似たような感じなのかなって思ったことがあって。ちゃんと拭いたりしてるんだけど、どうしても気になるときがあるんだよね」

 さきは恥ずかしがるというより、自分なりに気をつけていても思い通りにはならない身体の面倒くささに、少し呆れたような表情を浮かべていた。

 僕にも、その気持ちはなんとなく分かった。

 自分では選べなかった身体には、それぞれ本人にしか分からない不便さがある。

 僕たちの間には、それをわざわざ言葉にしなくても分かり合えるような、不思議な共感があった。

 

 

 

 さきは恥ずかしがる様子もなく、どこか自分なりの不便さに呆れたような表情を浮かべながら、開かれた自分の股間を見つめていた。

「私もこの臭いが気になっちゃうんだよね。おしっこの後もしっかり拭いたりして気をつけてるんだけど、やっぱり蒸れちゃうし……ねえ、綺麗にしてよ、はるにぃ」

 自分なりに清潔を試みても限界がある身体の不便さを口にするさきの声に、僕はハッと我に返った。僕が不快で忌々しい男性器のイライラを吐露したように、さきもまた、この不便さに一人で困惑していたのだ。

「うん……分かった。じっとしててね、さき。綺麗に拭いてあげるから」

 僕は自分の通学かばんへと手を伸ばし、外ポケットに入れてあった携帯用のウエットティッシュを取り出した。シール状の蓋をはがし、ひんやりとした水分を含んだシートを一枚引き抜く。自分の右手の指先にウエットティッシュを巻き付け、さきのデリケートそうな部位へと、そっと指先を伸ばしていった。

 

 

 ひんやりとした水分を含んだシートが、さきのうっすらと痛々しい赤色を帯びた部位に触れた瞬間、さきは「んっ……」と身を竦ませ、小さく息を呑む吐息を漏らした。

「……痛い?」

「ううん、大丈夫……ん、なんか冷たくて……っ……」

 さきは小さく吐息を漏らしながら、微かに身体を震わせた。僕は慎重に指先を動かし、デリケートな肌を傷つけないよう注意しながら、溝の奥にほんの少し溜まっていた白い恥垢を拭い落としていった。

 一度拭うたびに、ウエットティッシュのシートの上に黄色い跡がうっすらと付着する。シートのきれいな面に持ち替えながら丁寧に拭き取っていくと、さきは「ん……ぁ……」と熱を帯びたような吐息を漏らし、無意識のうちに少し腰を浮かせるような反応を見せた。

「うわ……拭くとやっぱり黄色くなるんだね……」

「うん……でも、綺麗になってきたよ」

 僕たちは指先で丸められたウエットティッシュを凝視した。そこには、僕たちが生まれ持った現実の身体の反応が残されていた。

 

 

 拭き終わった後、小さく折りたたんだウエットティッシュを一枚のティッシュペーパーできれいに包み、二段ベッドの隅に置いてある部屋の小さなゴミ箱の底へと静かに捨てた。

 指先に残る感触とシートを見つめながら、僕の胸の中に広がっていったのは嫌悪感などではなかった。

 代わりに溢れ出してきたのは、「女の子も、僕と同じようにこんなにも大変で、不便な身体を抱えて生きてるんだ」という、深くて切実な共感だった。

 僕が自身の男性器がもたらす不快感に苦しんでいたように、さきもまた身体の不便さに苦しんでいた。自分の嫌悪する男性器の悩みを拒絶せずに受け止めて触ってくれたさき。そんな妹への愛おしさが、胸の奥から込み上げてくる。

 ゴミ箱へ捨て終えたとき、僕たちの間には言葉を超えた強い連帯感が生まれていた。世界中の誰も知らない、僕とさきだけが共有する秘密。

 

 

「綺麗になったよ、さき。すっきりした?」

「うん、ありがとう、はるにぃ。すごくさっぱりした」

 僕が指先を離すと、さきはゆっくりと太ももを閉じ、下着を引き上げようとした。

「あっ、これも女の子の嫌なところ」

 さきが指差したのは、パンツのクロッチに残る茶色いシミだった。分泌物が乾燥したものだろう。彼女はしばらくそのシミを見つめていたが、やがて下着を整えると、安堵したように小さく息を吐いて膝を抱え、微笑んだ。

 僕も下着とズボンを引き上げ、下半身を包み直した。そして二人で二段ベッドの狭い上段に並んで横たわり、目と鼻の先にある木製の天井を静かに見上げた。

 互いの身体の悩みを包み隠さず見せ合い、触れ合い、拭い合った。その事実によって、僕たちの関係は不可逆な変化を遂げていた。もう僕たちは、普通の兄妹という枠組みには戻ることができない境界線を越えてしまったのだ。

 

 

 カチャリ、と廊下の向こうで玄関ドアが開く重い音が響き、買い物から帰ってきた両親の話し声や足音がリビングへと近づいてくる日常の気配が漂い始めた。

 けれど、木製扉一枚と二段ベッドのカーテンで隔てられたこの狭い空間だけは、外の日常から完全に切り離された、二人だけの深い密室だった。

「女の子になりたかった僕」と、「男の子になりたかったさき」。

 自分たちの望む姿になれず、生まれ持った肉体の不便さに苦しむ二人。その隙間を埋め合うようにして結ばれた共犯関係は、静かに、けれど二度と解けることのない確信となって、僕たちの胸の奥深くへと強く根を張っていった。

「はるにぃ」

「なに? さき」

「……秘密だからね」

「うん。絶対、秘密だよ」

 僕とさきは薄暗がりの中で顔を見合わせ、声を出さずにクスッと小さく笑い合った。ここから始まる運命の扉が、静かに音を立てて開き始めていた。

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