数日前、僕とさきの間には、誰にも言わない約束が1つ増えた。けれど、それ以外は何も変わらなかった。朝は一緒に家を出て、学校ではそれぞれの教室へ向かい、放課後になれば昇降口で待ち合わせて一緒に帰る。その日も、いつもと同じはずだった。
帰りの会が終わるチャイムが校内に響き、夕方の西日が廊下を橙色に染めていた。僕は通学かばんを背負って教室を出たところで、今朝のさきの言葉を思い出した。
「今日、図書委員の集まりがあるから、ちょっと遅くなるかも」
さきは2つ年下の4年生だ。近所に同じ学校の子がいないこともあって、僕たちは入学した頃からほとんど毎日、一緒に登下校していた。少しくらいなら昇降口で待っていてもよかったけれど、まだ時間がかかるのなら図書室の前まで迎えに行った方がいい。
そう思って、まず4年生の教室を覗いてみることにした。教室にはもう数人の児童しか残っていなかった。掃除道具を片付けていた女子に尋ねると、「さきちゃんなら図書室に行ったよ」と教えてくれた。僕は礼を言って、特別教室棟へ向かった。
図書室の扉を開けると、本と紙の乾いた匂いがした。カウンターでは数人の図書委員が、返却された本を棚へ戻す準備をしている。けれど、そこにさきはいなかった。
「あの、4年のさき、もう帰りましたか?」
近くにいた児童に聞くと、「ああ、さきちゃん? 少し前に終わって出てったよ」と返ってきた。どうやら入れ違いになったらしい。僕は図書室を出て、昇降口へ戻ることにした。
その途中だった。1階の配膳室や体育倉庫へ続く、人通りの少ない裏廊下から、女子の笑い声が聞こえてきた。
「ねえ、さきちゃんってさ、ほんと目立つよね」
足が止まった。続いて聞こえてきたのは、聞き慣れた声だった。
「……別に、目立ちたくて目立ってるわけじゃないし」
さきだ。
僕は廊下の角から、そっと向こうを覗いた。さきの前に、6年生の女子が2人立っていた。僕と同じ学年の子たちだ。顔くらいは知っている。いつも何人かで集まっていて、学年でも少し目立つ女子たちだった。
「だってさ、4年の男子が言ってたよ。さきちゃん可愛いって」
「知らないよ」
「5年にも知ってる子いるって」
「だから何?」
さきは面倒そうに答えた。
実際、さきは年齢の割に整った顔立ちをしていた。大きな目に、すっきりした輪郭。家族の僕だけがそう思っているわけではなく、学校でも知らない子から名前を覚えられたり、友達から可愛いと言われたりすることがよくあった。本人はほとんど気にしていない。むしろ活発で口も達者だから、見た目との落差を面白がられることの方が多かった。けれど、目立つということは、好意だけを集めるわけではない。
「なんかさー、ちょっと生意気じゃない?」
片方の女子が笑った。
「別に何もしてないでしょ」
「そういうところ」
さきが横を抜けようとする。すると、もう1人が何気なく身体をずらし、進路を塞いだ。さきの表情が少し変わった。
「どいてよ。お兄ちゃん待ってるから」
「またお兄ちゃん?」
「いつも一緒に帰ってるよね」
「いいでしょ、別に」
「仲良すぎじゃない?」
2人が顔を見合わせて笑った。片方は何がおかしいのか、さきの顔を妙にじっと見ていた。
「ねえ、もうちょっと話そうよ」
「嫌だ。帰る」
さきが反対側から抜けようとする。その瞬間、1人が通学かばんのストラップを掴んだ。
「待ってって」
「離して」
「ちょっとくらいいいじゃん」
「離してって言ってるでしょ!」
さきが強くかばんを引いた。相手も反射的に引き返した。
「わっ……!」
さきの身体がよろめいた。肩から下げていたかばんが壁にぶつかり、鈍い音を立てる。
その瞬間だった。僕の中から、何かが消えた。
普段なら真っ先に浮かぶはずの、怖い、関わりたくない、嫌われたくない、そんな考えが1つも出てこなかった。ただ、さきが嫌がっている。それだけが頭の中に残った。
僕は廊下の角から出た。走りもしなかった。なぜか、焦ってもいなかった。
「その手、離して」
自分でも驚くほど静かな声が出た。2人が振り向く。
「……はるくん?」
僕はそのまま歩いていき、さきとかばんを掴んでいる女子の間に入った。
「さきが離してって言ってる」
女子は少し戸惑ったように僕を見ると、素直に手を離した。僕はさきを自分の後ろへ下がらせた。
「何、はるくん」
もう1人が笑う。
「妹のことになると必死じゃん」
「過保護すぎない?」
「過保護だよ。大事な妹だから」
後ろで、さきが小さく息を呑んだ。女子たちも、一瞬だけ黙った。
僕自身も、言ってから驚いた。普段の僕なら、こんなことを人前で堂々と言えるはずがない。恥ずかしくなるはずだった。からかわれたら、すぐに言葉に詰まるはずだった。でも、そのときは何とも思わなかった。
「だからって、さきが嫌だって言ってることを続けていい理由にはならないよ。年下だからって、嫌がってるのに囲んだり、かばん掴んだりするのはおかしいでしょ」
声は震えていなかった。不思議なくらい、頭も冷静だった。
片方の女子が、少し気まずそうに目を逸らした。もう1人は僕の顔を見たまま、なぜか何も言わなかった。
「……何それ。はるくんって、そんな感じだったっけ?」
「別に。さきのことだから」
自分でも、その言葉の意味を深く考えてはいなかった。ただ、それが一番正しかった。
2人は顔を見合わせた。やがて片方が肩をすくめる。
「もう行こう」
「……うん」
去り際に、「ほんと妹好きだね」と笑われた。それにも何も感じなかった。僕は2人の姿が廊下の角へ消えるまで、その場に立ったまま見送った。
足音が完全に聞こえなくなった。その瞬間だった。
「……っ」
突然、心臓が激しく鳴り始めた。さっきまで静かだった胸の内側を、ドクンドクンと乱暴に叩いてくる。手が震えた。
「え……?」
自分でも何が起きたのか分からなかった。膝から力が抜ける。僕は慌てて壁に手をついた。
「はるにぃ?」
後ろからさきの声がした。
「ちょっと待って……」
指先が震えていた。脚も震えている。呼吸まで浅くなってきた。
さっきまで何ともなかったのに、今になって急に怖くなった。同じ学年の女子2人を相手にあんなことを言ったこと。怒らせたかもしれないこと。明日から何か言われるかもしれないこと。考え始めると、次々に怖さが押し寄せてくる。
「……怖かった」
ようやく声が出た。
さきが目を丸くした。
「え?」
「なんか今になって……すごく怖くなってきた」
僕はその場にしゃがみ込んだ。さきも慌てて隣にしゃがむ。
「でも、はるにぃ、さっき全然怖そうじゃなかったよ」
「僕も分かんない。さきがあんなふうにされてるの見たら……急に何も考えられなくなって」
「……」
「怖いとか、嫌われたらどうしようとか、そういうの全部どっか行っちゃってた」
さきは黙って僕を見る。そして、震えている僕の手を取った。両手で包むように握る。
「こんなに震えてるのに?」
「……うん」
「怖かったのに、来てくれたんだ」
僕は少し考えた。けれど、やっぱり答えは1つしかなかった。
「だって、さきが困ってたから」
それだけだった。さきが困っている。嫌がっている。それを見た瞬間、自分が怖いかどうかなんて考える余地すらなくなっていた。
「……ありがとう、はるにぃ」
さきが小さく言った。いつもの、生意気なくらい元気な声とは違っていた。僕の手を握ったまま、少しだけ俯いている。
「でもさ」
さきが僕の手を見ながら言った。
「さっきのはるにぃ、ちょっとすごかったよ」
「え?」
「いつものはるにぃじゃなかった」
「……そう?」
「うん。全然ビビってなかったし」
僕は震えている自分の手を見る。
「今めちゃくちゃビビってるけど……」
さきが吹き出した。
「遅いよ」
僕もつられて少し笑った。
そのとき、初めて気づいた。僕は強いわけじゃない。怖がりだし、人と争うのも苦手だ。きっと今日のようなことがもう1度起きても、終わったあとには同じように震える。
それでも、さきのことになると、その瞬間だけは、そんな自分がどこかへ消えてしまう。怖さよりも先に身体が動く。普段なら言えない言葉まで、迷いなく口から出る。
自分の中にそんな一面があることを、僕はその日初めて知った。
兄だからという義務感ではなかった。正しいことをしなければ、という使命感でもない。
ただ、さきを守りたかった。
それだけだった。
駅の改札を抜け、ホームへと滑り込んできたオレンジ色のラインの電車に乗り込んだ。
昨日乗ったような身動きの取れない超満員電車とは違い、車内には適度な立ち客が数人いる程度で、そこそこ空いていた。
僕とさきは吸い寄せられるように列車最後尾の車両へと足を向け、乗降口の左右のドアとドアの間の真ん中の壁際に並んで立った。
背中を壁に預け、さきが僕の右腕にそっと寄り添ってくる。
「ねえ……はるにぃ」
さきが少し上目遣いに、照れくさそうな笑みを浮かべて見上げてきた。
「さっきは学校で助けてくれて、本当にありがとうね。急に割って入ってきたから、びっくりしちゃった」
「ううん……僕も本当は手が震えてたし、全然格好良くなんてなかったよ」
僕が苦笑いを浮かべると、さきは首を横に振り、僕の腕を一層強く自分の胸元に抱き寄せてきた。
「そんなことないよ。普段はおとなしいはるにぃが、私のために怒ってくれたんだもん。いざとなったらちゃんと私を庇ってくれて……すごく頼りになる男の子みたいだった。かっこよかったよ」
素直な感謝の言葉とともに、さきが身体をぐっと僕に押し寄せてくる。
さきの身体の柔らかさと温もり、そして妹から「頼りになる男の子」「かっこいい」と認められた誇らしさと高揚感。
その強い精神的刺激に反応し、僕のズボンの下で、嫌悪しているはずの男性器が急激に疼き、パンパンに硬く怒張し始めてしまった。
「……あ」
密着していたさきが、僕の腰付近の異様な固さと形状の変化に気づき、目を丸くして覗き込んできた。
「はるにぃ……もしかして、また固くなっちゃった……?」
「っ……! ご、ごめん、さき……っ! 勝手に身体が……っ!」
逃げ場のない焦りと恥ずかしさで顔を真っ赤にし、思わず目を背ける僕。
けれど、さきは嫌がるどころか、可笑しそうにクスッと小さな笑みを漏らし、僕の手をギュッと固く握り直した。
「ふふ、知ってる。二人の秘密だもんね。」
途中の駅で乗客が何人か乗り込んできた際、さきが僕の袖を軽く引いた。
「ねえ、はるにぃ。あっちの角の方がもっと目立たないよ」
僕たちは周囲の目を避けるように、列車最後尾の最奥にあるコーナー壁際(妻面とドアの隅の角)へと移動した。
壁の角に収まることで、周囲の視線から完全に隠れる死角の配置になる。さきは僕の体の正面にすっぽりと収まり、背中を壁に預け、前からは僕の体で覆い隠されるような位置関係となった。
「ここなら、全然見えないね……」
さきは上目遣いに微笑むと、僕の股間の圧迫感を和らげるために、下腹部を押し当てて体重をかけてきた。
さきは少し悔しそうに息を漏らし、僕の耳元で囁いた。
「……本当はね、私も押し付けたいんだけど……届かなくて無理みたい。でも、今日ははるにぃが優先だから我慢するね」
さき自身も本当は自分の割れ目の上部あたりを押し付けたがっていたけれど、僕との身長差があるため、電車内で自然な体勢のままそこに当て届かせることはできなかった。さすがに変に体を浮かせたりかがんだりするような不自然な体勢は電車内ではできない。
そう言って、さきは自分の股の間に僕の太ももを浅く挟み込み、太もも越しに押し付けて圧力を加えてきた。
「……ん、こうすると温かいけど……やっぱりちょっと物足りないかな」
さきがそう呟きながらも、僕の体勢を気遣って位置を調整してくれる。
ズボンの生地を内側から引き裂くように引きつり、ピリピリとした不快な痛みを放っていた僕の男性器は、さきの太ももや下腹部の圧力によって徐々に不快感が和らいでいった。
列車最後尾の角という死角で身を寄せ合う二人。周りの乗客たちの目には、ただ仲の良い幼い兄妹が身を寄せ合っているようにしか映っていない。
けれど、生地を隔てた内側では、互いの身体の制約や不快感を共有しながら、秘密の密着行為が静かに実践されていた。
駅から歩いて自宅マンションへ戻り、静まり返った自室の子供部屋に入った瞬間、僕の胸を静かに満たしていたのは、かつて感じたことのない激しい達成感と温かい情熱だった。
上級生の女子たちからさきを守り抜いたという事実。そして、さきから「頼りになる男の子」「格好いいお兄ちゃん」として全面的に信頼され、感謝されたという手応え。
幼い頃から「女の子になりたかった」と強く願い、自らの男としての肉体や性徴を嫌悪していたはずの僕。
けれど、その嫌悪していたはずの胸の奥で、妹を守る責任感と、強く健やかな「庇護欲」が爆発的に覚醒していた。
(僕が……さきを守らなきゃいけないんだ。僕が、さきのお兄ちゃんなんだから)
男としての肉体の存在は鬱陶しく不快なものばかりだ。けれど、この身体と腕力があるからこそさきを守り抜くことができた。そして、この股間の不快感を受け止めてくれるさきに対し、僕自身も彼女の身体の不便さや苦しみを全て受け止めてあげることができる。
自らの男性性に対する深い嫌悪と、妹を守る者としての強い誇り。
その二つの感情が複雑に絡み合いながら、僕の心の中に「妹を守る兄=頼れる男」という逃れられない絶対的な役割意識が、深く、強く刻み込まれたのだった。
部屋に入り、木製のドアを閉めたその瞬間だった。
さきが通学かばんを床に放り投げるのとほぼ同時に、僕の胸元へと強く体重をかけて倒れ込んできた。
「わっ……!? さき、急になに……っ」
不意を突かれた僕は体勢を崩し、二段ベッドの下段のマットの上へと仰向けに倒れ込んだ。その僕の腰の上に、さきは素早く両足を跨がせるようにして乗り上がり、馬乗りの体勢をとった。
さきの表情には、いつもの生意気な笑みや遠慮はなく、下校時の電車内で我慢させられていた衝動を一気に解放しようとする強い熱が宿っていた。
「はるにぃ……電車の中では届かなくて、我慢してたんだからね。だから……今度は私にさせて」
「え……あ……っ」
さきは制服のスカートを乱すのも構わず、自分の股間を、僕の男性器の上へ、上からストレートにぐっと強く押し当ててきた。男性器が再度硬く怒張し始めてた。
「あっ…固くなってきてる…。はるにぃごめん、せっかく落ち着いてたのに」
電車内では背丈の違いから、自分の一番充血して熱くなっている割れ目の上部を当てることができず、兄の太ももを挟み込むだけの不完全な圧迫で我慢していたさき。
しかし、この馬乗りの体勢であれば、身長差など関係なく、一番圧力をかけたい場所にピンポイントで体重をかけることができる。
さきは腰を少し前後・上下に揺すりながら、僕の硬い熱量に向けて自分のデリケートな部位をぎゅーっと押し付けてきた。
「あ……やっぱ…ここがいちばんいいっ。はるにぃの固いところ、すごく力が入って……私のあそこの変なムズ痒いのが落ち着いていく……っ」
「僕も……、さき……っ。服越しだけど、ぎゅーって押されて痛みが気にならなくなる……」
電車内と比べると生地が一枚少ないからか、さきのあそこの熱さを感じる。
さきは我慢を解放できた安堵と、圧迫による不快感の緩和に吐息を漏らしながら、さらにグッと体重をかけて僕の身体の上で腰を滑らせ続けた。
しばらくの間、僕たちは馬乗りの姿勢で、服越しに股間同士を強く押し当て合い続けた。 圧力が下半身に溜まった言いようのない苛立ちを、少しずつ、けれど確実に溶かしていく。 やがて、その熱が落ち着いてくると、さきは「ふうっ」と満足げな吐息を漏らし、僕の上からゆっくりと腰をのけた。
乱れた制服の裾を整え、二人でベッドの上に座り直す。 身体の緊張が解け、日常の静けさが戻ってきた僕たちは、そのまま二段ベッドの下段に並んで腰掛けた。
そして、僕たちは、親の目から隠すように二段ベッドの木枠の隙間に忍ばせてあった、「それ」を取り出した。 以前、近所の古本屋の片隅で手に入れた、青少年向けの、少しだけ背徳的なエロ漫画だ。
「ねえ、はるにぃ。これ……もう一回見ようよ」
「え……いま?」
困惑する僕をよそに、さきは当たり前のような顔をして、僕の肩を並べる。 二人でページをめくるたび、紙の擦れる音が、妙に大きく、鼓動のように響いた。
紙面には、デフォルメされた絵柄で描かれた男女の性行為や、身体の仕組みを説明するような言葉が並んでいた。けれど、今の僕たちの目には、そんな知識的な内容はどうでもよかった。 ページをめくる手が止まるのは、いつも、服や下着を脱ぎ捨て、直接肌を重ね、指先や唇で相手を愛撫している、生々しい描写の場面だった。
さきが、小さな指先で、ある一コマをそっと指さした。 そこには、男女の手が、互いの秘部に深く入り込んでいる様子が描かれていた。
「……ねえ、はるにぃ」
さきが、少しだけ声を潜めて囁く。
「服の上から押し付けるのもいいけど……。漫画だと、みんな、こうやって直接手を入れて触ってるよ?」
「……うん、そうだね」
僕は、喉の奥が乾いていくのを感じた。
「ねえ……触りっこしたら、もっと楽になるのかな? 私……はるにぃの、あの、カチカチになってるやつ。直接、握ったらどんな感じなのか……やってみたい」
さきの瞳は、曇りのない、純粋な好奇心に満ちていた。 けれど、その無垢な問いかけが、僕の理性を、これ以上ないほど鋭く突き刺してくる。 彼女は、自分が何を提案しているのか、本当の意味で分かっているのだろうか。それとも、単に「もっと楽になりたい」という身体の欲求を、言葉にしているだけなのだろうか。
さきの熱を帯びた視線に見つめられ、僕の心臓が、トクンと大きく跳ね上がった。
「……じゃあ、試してみる……? 下着の中に、手を差し入れて……直接……」
僕の震える声に、さきは、まるで新しい遊びを見つけた子供のような、眩しい笑顔で答えた。
「うん。やってみようよ、はるにぃ」
言葉を交わす間もなく、僕たちは吸い寄せられるように手を伸ばした。互いの服の裾や下着のゴムの隙間から、未知の領域へとそっと指先を滑らせていく。 僕の指が、さきの柔らかく温かい秘部へと、その内側へと滑り込んだ、その時だった。
「ん……」
指先に、ぬるりとした温かい液体がまとわりつく。
「さき……これ……」
「ん……? なに……?」
「ここ……すごく、ヌルヌルしてる。マンガに出てくる、濡れてるやつ……?」
「そうだよ。女の子はエッチなことを考えると、むず痒いだけじゃなくて、水が出てパンツの中が気持ち悪くなるんだよね」
さらに奥へと指を滑らせると、湿り気は明らかに増していた。 僕は指先にまとわりつくその液体をすくい上げ、下着から引き抜いて、光にかざすようにして確かめた。 透明な、しかし、鼻を突くような独特の匂い。酸っぱく、生臭い、紛れもない「生の体液」の匂いだった。
(あ……この匂い。前にさきのあそこを拭いてあげた時、最後にふわっと感じたあの匂いだ……)
以前、彼女の性器に溜まった恥垢を拭き取ってあげた時に感じた、あのツンとした肉の匂い。それが、さき自身の身体の発育とともに、分泌され始めた液体の混じり合いによって、より濃厚で、逃れようのない強さを持って指先から立ち上っていた。
「どぉ……?」
さきは、期待と不安が混じった瞳で僕を見つめていた。
「……なんか、お酢かヨーグルトみたいな、甘酸っぱい匂いがするよ」
彼女を傷つけたくなくて、咄嗟に優しい嘘をついてしまった。
「えっ……本当? 私、自分じゃ全然わかんない……ちょっと嗅がせて」
さきは僕の手を自分の鼻元へと引き寄せ、クンクンと探るように匂いを嗅いだ。
「うわ……本当だ。でも、甘酸っぱいっていうか……なんか、あんまりいい匂いじゃないかも……」
自身の肉体が放つあまりに生々しい現実に驚いたのか、さきは少し照れくさそうに、困ったような苦笑いを浮かべた。
エロ漫画に描かれるような、清潔で記号的なフィクションの世界とは決定的に違う。そこにあるのは、抗いようのない肉体の湿り気と、鼻腔を刺す生々しい匂い。 僕はまだ、本当の意味での「性的な快感」というものを知らない。今の僕にとって、この触れ合いは、下半身を支配する不快な圧迫感や苛立ちから逃れるための、切実な「解消」でしかなかった。
それと同時に、この不自由で、どこか不潔な現実を抱えて生きるさきへの、痛切なまでの共感が、僕の胸を支配していた。「女の子も、こんなに大変なんだな」——そう感じながら、僕は再び、その熱を帯びた闇へと指を滑らせた。
「ねえ、はるにぃ」
不意に、さきの指先が僕のパンツの中に滑り込んできた。
「わっ……!?」
思わず声を上げそうになる。指先が、熱を帯びた皮膚を、まさぐるように不器用に、けれど確かな意志を持って動く。その感覚が、なんだか妙に、くすぐったくて。
「あ……汚いところ、おしっこが出るところに、手が当たってる……」
恥ずかしさと、説明のつかない気恥ずかしさが混ざり合って、僕はうつむいた。けれど、さきはどこ吹戻しでもといった様子で、いたずらっぽく笑う。
「いいじゃん、あとで手を洗えばいいんだし。っていうか、はるにぃ……『当たってる』んじゃなくて、ちゃんと『触ってる』じゃん(笑)」
「っ……、それは……」
言い返せない。さきの指は、さらに大胆に、先端の方をちょんとつまんでみせたりして、僕を翻弄してくる。
「ねえ……はるにぃ。……パンツ、脱いじゃおうよ。これじゃ、触りにくいもん」
さきの瞳は、真剣そのものだった。それは性的な欲望というよりは、もっともっと純粋な、未知の領域を解明しようとする探求者のような、そんな瞳。
「……うん」
僕は、抗う術を持たなかった。
僕たちは、まるで秘密の儀式を行うように、慎重に、けれど少しだけ浮ついた足取りで、最低限の布だけを取り払った。
「スカートは脱がないの?」
「んー。こうしておけば、お母さんが帰ってきたときだって、全然バレないから(笑)」
さきは、下着を脱ぎ捨てたまま、スッと立ち上がって服の形を整えた。その仕草には、どこか「完璧な共犯者」としての手際良ささえ感じられる。
「……いいな。じゃあ、僕は布団の中に隠しておくよ。お母さんが帰ってきたら、そのまま布団に潜り込むから(笑)」
「あはは、それ名案!」
私たちは、まるで放課後の密談でもしているかのように、クスクスと笑い合った。この背徳感が、今の僕たちにとっては、世界で一番のスパイスだった。
「……ご対面は、この前ぶりだね。えいっ」
さきが、僕の男性器を、小さな手でぎゅっと握りしめた。
「どぉ、はるにぃ。落ち着く?」
「うん……。今までで、一番……」
彼女の掌の熱が、ダイレクトに伝わってくる。僕は、その「にぎにぎ」というゆっくりとした、けれど確実なリズムに身を委ねた。暴れていた身体の熱が、少しずつ、穏やかな凪へと変わっていく感覚。
次は、僕の番だ。 僕は、さきのスカートの下、そのデリケートな割れ目の上あたりに、そっと指を這わせた。
「……あ……っ」
さきが、小さく、吐息のような声を漏らす。 指先を通して、確かに感じた。見ただけでは分からなかった、けれど、確かにそこにある、小さくコリコリとした、命の核のような感触。
「さき、ここ……?」
「うん、そこ……っ」
けれど、その「コリコリ」とした部分は、あまりに小さくて、指先でつまむことなんてできない。僕は、指の腹を使って、優しく、けれど確実にそこを押し込むように動かした。
「うん……。私も、今までで一番……その、ウズウズが、落ち着いてくる……」
さきは、とろんとした瞳で僕を見つめ、微かな満足感とともに、僕の腕の中に、力を抜いて預けてきた。
二人の間に流れるのは、静かで、けれど熱い、秘密の共有。 私たちは、ただ、自分たちを苛む「違和感」を、癒やし合っているだけなのだと、自分に言い聞かせながら。
それから、どれくらいの時間が経っただろう。 窓の外が少しだけ色を変えるまで、僕たちはあの、奇妙で、けれどどこか静謐な時間を繰り返していた。 指の腹で、優しく、一定のリズムで。 それは快楽を追い求めるというよりは、お互いの身体に宿る「落ち着かない熱」を、少しずつ鎮めていくような、祈りに似た作業だった。
僕たちは、会話を止めなかった。 「明日の宿題、終わったの?」
「……まだ。あとでやるよ」 そんな、なんてことのない、ごく普通の日常の会話。 けれど、その会話の裏側で、さきの身体には確実な変化が訪れていた。
「ねえ、はるにぃ……なんか、変な感じがしてきた」 さきが、ふとした拍子に、いつもの生意気なトーンとは違う、少しだけ掠れた声を出した。 「変な感じって、どういう……?」
「ううん、なんて言うか……おしっこが、漏れちゃいそうな……そんな、変な感じ」
「えっ、おしっこ……!? トイレ行く?」
「ちがうの……っ、トイレじゃない……!」
さきは、照れ隠しのように少しだけ顔を背けたけれど、その頬は赤く染まっている。 普通なら、そんな言葉を口にすること自体が恥ずかしいはずなのに、今の僕たちには、その「生理的な感覚」すらも、共有すべき真実の一部のように感じられた。
「……あっ」
僕の男性器を握った手に、ぎゅっと力が入るのが分かる。 それから、数秒間。 僕の指の下で、彼女の秘部と、そのすぐ近くにある筋肉が、まるで生き物のように小さく、けれど規則正しく、律動(リズム)を刻んだ。 ピクッ、ピクッ、と。 それは激しい痙攣というほどのものではないけれど、確かな、身体の深部からの「拒絶できない反応」だった。
「……はぁ……っ」
さきは、深く、熱い吐息を吐き出した。 嵐が去った後のような、静かな沈黙が訪れる。
「……さき?」
「……ねえ、はるにぃ」
さきが、ぼんやりとした、どこか遠くを見つめるような瞳で僕を見た。 「……さっき、一瞬だけ、頭の中が真っ白になってた」
その言葉に、僕は息を呑んだ。 彼女が今、何を感じたのか。言葉にできないほどの、圧倒的な「空白」を経験したのだということが、その震える声から伝わってきた。
そして、その直後だった。
「……はるにぃ……っ」
さきが、突然、僕の胸へと飛び込んできた。 「わっ……!?」 驚いて声を上げそうになったけれど、彼女の抱擁の強さに、言葉が詰まった。 それは、これまでの「いたずらっ子な妹」の抱きつき方とは、決定的に違っていた。 力強く、けれどどこか縋り付くような、剥き出しの依存。 まるで、自分の存在すべてを僕に預けてしまうような、今まで見たこともないほど、深く、重い「甘え」だった。
「……はるにぃ、はるにぃ……」
「……今日は本当にありがとう。……嬉しかった」
さきは、僕のシャツの裾をぎゅっと掴み、顔を僕の胸に埋めた。 微かに震える彼女の肩。鼻先を掠める、さき自身の甘い匂い。 その体温が、ダイレクトに僕の肌へと伝わってくる。
互いに荒い吐息を重ね合わせ、生肌のまま固く抱き合い続ける僕たち。
「女の子になりたかった僕」と、「男の子になりたかったさき」。 互いに望む姿になれず、生まれ持った肉体の不便さと痛みに苦しんできた二人。 けれど、こうして二段ベッドの下段という密室の中で、直接肌を重ね合わせ、痛みを消し合い、感覚を分かち合うことでしか、僕たちは自分たちの存在を許し合えないのだ。
「はるにぃ……これからもずっと……こうやって助け合おうね」
「うん……約束するよ、さき。僕が、さきを絶対に守るから」
さきの甘い呟きに、僕は強く、深く頷き、彼女の華奢な背中をしっかりと抱き返した。
その時だった。 廊下の向こうから、ガチャリと玄関ドアが開く重い音が響いた。 買い物から帰ってきた両親の話し声や、リビングへと近づいてくる足音。 日常の気配が、不意に僕たちの空間を侵食してくる。
僕たちは慌てて、下着と服を引き上げ、乱れた身なりを整えた。 扉一枚を隔てたすぐ向こう側には、当たり前で、どこまでも平穏な家族の日常が広がっている。 けれど、この子供部屋の中で交わされた言葉と、生の肉体の感触は、もう二度と解けることのない、僕たち二人だけの密接で不可逆な「共犯関係の契約」となっていた。
僕たちは互いに視線を交わし、声を出さずに小さく微笑み合う。 誰にも言えない秘密を、胸の奥深くへと、強く、強く刻み込んだのだった。