二段ベッドの下段。静まり返った子供部屋の中で、僕はさきの奥深くまで繋がったまま、石のように固まっていた。
可憐なワンピースを脱ぎ捨て、真っ裸で横たわるさき。 僕のすべてが彼女の最奥に沈み込み、隙間もなく結びついたまま、僕は息を呑んで動けずにいた。 繋がった瞬間から、僕を支配したのは、突き上げるような圧倒的な快感と――それと同じくらいの、強烈な「恐れ」だった。
(……動けない。……動かしたら、絶対に、すぐ出ちゃう……っ!)
剥き出しになった僕の先端は、さきの熱い粘膜に、全方位から執拗に絡みつかれている。 さきの体温が、まるで僕の芯まで飲み込んでしまうかのような、逃げ場のない熱量。 わずかに腰を浮かせようとするだけで、敏感な部分が引き絞られるような感覚が走り、脳裏に「あふれ出してしまう」という警告が、激しく鳴り響く。
自分の意志とは関係なく、身体の奥から暴走しようとする衝動を抑え込むために、僕はさきの身体に覆いかぶさったまま、荒い息を吐いて必死に身体を強張らせていた。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
「……はるにぃ……?」
僕が額から冷や汗を流しながら、苦しそうに息を吐いているのに気づき、さきが不思議そうに顔を覗き込んできた。 さきは心配そうに瞳を潤ませ、僕の背中に回した細い腕に、少しだけ力を込める。
「はるにぃ、大丈夫……? もしかして……痛いの……?」
「っ……う、ううん……痛くないよ、さき……。そうじゃなくて……っ」
「そうじゃなくて……?」
僕は、今にも弾け飛びそうな衝動を必死に飲み込みながら、絞り出すように答えた。
「さきの中……気持ちいいのが、すごすぎて……っ。ほんの少しでも動かしたら……すぐ出ちゃいそうなんだ……っ!」
「えっ……気持ちいいのが、すごすぎて……?」
僕の言葉を聞いた瞬間、さきの瞳にパッと小さな、けれど鋭い光が宿った。 さきは一瞬きょとんとした後、ふふっ、と小さく、いたずらっぽく笑った。
「ふふ……そっか。はるにぃ、私の中で、そんなに気持ちよくなってくれてるんだ……」
「さ、さき……? なにを――」
「ねえ、はるにぃ。……そんなに我慢してるなら、私がもっと、助けてあげようか?」
さきの瞳には、兄を翻弄していることへの、子供らしい、けれどどこか残酷なまでの喜びが浮かんでいた。
「だめ……! さき、待って……! 本当に、だめだって……っ!」
「やだ。……じゃあ、これなら、どうかな?」
僕の制止を、さきは楽しそうに無視した。 彼女は僕の首に回した腕に力を込めると、僕の熱を閉じ込めたまま、腰を小さく、けれど執拗に揺らし始めた。
「っ……!!? あ……っ、あぁ……っ、さき……っ!」
中から、僕のすべてを締め上げるような、熱い圧力がかかった。 さきの柔らかな粘膜が、脈打つように僕の先端を逃さず、ぎゅっと、何度も、何度も絡みついてくる。
「あ……っ、あぁっ……!!」
一瞬の、あまりにも鋭い刺激が、僕の理性の糸を、無残に、ブチりと断ち切った。
もう、どうしようもなかった。 押し寄せる熱い奔流を、止める方法なんて、どこにもなかった。 僕の身体は、抗う術もなく、ただ本能のままに、さきの奥へと激しく押し込んだ。
視界が、真っ白な光に塗りつぶされていく。
「あっ……っ、はるにぃ……っ!?」
次の瞬間、僕の身体の中で、何かが決壊した。
さきの熱い中に、僕のすべてがぶつかり合う。 ドクンドクンドクンドクン……と、僕の身体は自分の意思を完全に失い、激しく、獣のように跳ね始めた。 剥き出しになった先端が、さきの熱い内壁を、何度も、何度も、激しく擦り上げていく。 そのたびに、脳の奥が痺れるような、言葉にできない衝撃が突き抜けた。
「あぁっ……! 出る……っ! さきの中に……出ちゃう……っ!」
ドクッ、ドクッ……!
僕の身体の奥底から、熱い塊が、さきの深い場所に勢いよく叩きつけられていく。 一度、二度、三度……。 止まらない。止めたくても、身体が勝手に、さきを求めるように何度も何度も突き上げてしまう。
「はぁ……っ、あ……っ……あぁ……っ!」
「…はるにぃの……動いてる……」
さきは僕の熱を逃さないように、必死にしがみついてきた。
やがて、激しい震えが、ゆっくりと、静かに収まっていった。
「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ……」
僕はさきの身体の上に重なったまま、荒い息を吐き続けていた。 頭の中は、ただただ真っ白で、何も考えられない。 ただ、さきの体温と、僕たちの間に残る、重たくて熱い感覚だけが、そこにある。
そんな僕を、さきは愛おしそうに両腕で抱きしめた。 そして、僕の背中を、トントンと優しく、何度も叩いてくれた。
「はるにぃ……すっごい苦しそうだったけど……大丈夫……?」
「……う、うん……。さきの中……、すごかった……っ」
「ホント? 嬉しいな」
さきは、満足そうに、とっても幸せそうな笑顔を浮かべた。 そのまま、僕の首元に、幸せを噛みしめるように、そっと頬をすり寄せてきた。
けれど、激しい嵐のような時間が過ぎ、少しずつ意識が戻ってくるにつれて、僕の胸には、刺すような恐ろしさが込み上げてきた。
(……僕……なんてこと……しちゃったんだ……っ)
背中を冷たい汗が伝い、心臓が嫌な音を立てる。 さきを傷つけた。守るべき妹を、僕の、自分でも制御できない「変なもの」で汚してしまった。
もし、買い物に行っているお父さんやお母さんが、今この部屋を見ていたら……。 僕たちがこんなことをしているって知ったら、どんな顔をするだろう。 僕はさきを守る、頼れるお兄ちゃんでいられなくなってしまった。 いつかさきが大きくなって、今日のことを思い出して、僕を恨んだりするんじゃないか。
そんな恐怖で、僕はガタガタと震えが止まらなくなった。
「はるにぃ……?」
僕の震えに気づいたさきが、心配そうに僕の顔を覗き込んできた。 さきは僕の背中に回した腕に、ぎゅっと力を込める。
「はるにぃ、どうしたの? ……もしかして、痛い……?」
「っ……う、ううん……痛くないよ、さき……。そうじゃなくて……っ」
「じゃあ、どうしたの? 」
「……あ、わかった。これ、抜いたら……垂れて出てくるんでしょ?」
さきは、僕が感じている重苦しい罪悪感とは全く別の、とても現実的なことを言い出した。
「え……っ」
「このままだと、ベッドが汚れちゃうもんね。ちょっと待ってて」
さきは僕の腰から手を離すと、ベッドの脇にあるティッシュの箱を手に取った。 そして、何枚も手際よくティッシュを引き抜いて、僕の手に押し付けてきた。
「ほら、はるにぃ。これ、敷いて……」
僕は、震える手でティッシュを受け取った。 体を少し起こすと、さきの真っ白な太ももの奥に、僕の「男の部分」が、まだ深く、根元まで埋まっているのが見えた。
(あ……本当に……僕たちは、繋がってるんだ……)
その光景に、名残惜しさと、逃げられない恐怖が混ざり合って、胸が苦しくなる。 このまま、さきのぬくもりに包まれていたい。けれど、こんなことを続けてはいけない。
僕は結合部のすぐ下に、分厚いティッシュをあてがった。
「さき……ゆっくり、抜くよ」
「……うん。……んっ……」
「……ぅ……っ……」
意を決して、僕は腰をゆっくりと後ろへ引いた。
ぬちり、と、湿った音がした。 僕のすべてが、さきの熱い中から滑り落ちていく。 その瞬間、さきが目を見開いて、僕の股間をじっと見つめて声を上げた。
「あっ……! カメさんの頭……! 入れると出てくるんだぁ」
さきは、中から剥き出しになって出てきた僕の先端を見て、目を輝かせている。 そして次の瞬間、さきの入り口から、白くドロッとしたものが、溢れ出してきた。
ティッシュの上に広がっていく、僕の体液。 それはさきの白い太ももを伝って、ゆっくりと流れ落ちていく。
「うわぁ……すごくいっぱい出てきた……」
さきは、股間をティッシュで押さえながら、ふと僕の顔を見て、明るい声で言った。
「ねぇ、はるにぃ! 一緒にお風呂に行こうよ!」
さきは、股間にティッシュを当てたままベッドを降りた。 僕は、まだ真っ白な頭のまま、その後ろを追いかけることしかできなかった。
二人で脱衣所へ向かうと、さきが先に浴室へ入った。 さきは、股間のティッシュが剥がれないように気を使いながら、浴室の中で待っていた。 脱衣所でズボンと下着を脱ぎ捨て、真っ裸になった僕。浴室に入り、僕は、さきが着ていた水玉のワンピースとキャミソールを、壊れ物を扱うように優しく脱がせてあげた。
「はるにぃ、ありがと」
僕はシャワーの蛇口をひねり、お湯の温度が熱すぎないか、慎重に確かめた。
「……温度、大丈夫そうだよ」
「うん。ありがと」
さきは、さっきまで使っていたティッシュを濡らして、軽くすすいでから隅に置いた。 洗い場に立ち込める湯気の中で、さきの華奢な身体を見ていると、さっき自分がしたことの恐ろしさが、波のように押し寄せてくる。
「……っ、ごめんね、さき……っ。本当に、ごめん……」
堪えきれず、僕はさきの身体を強く抱きしめた。
「えっ……なんで? ……大丈夫だよ? 痛くなかったもん」
さきは不思議そうに僕の背中に手を回し、ふふっ、と笑った。 その無邪気な言葉が、かえって僕の胸を締め付ける。 抱きしめているさきの白い太ももを、シャワーの水と一緒に、僕の「あとの残り」が、ツーッと流れていくのが見えた。
さきは洗い場の縁に腰掛けると、片足をそっと上げ、自分の手で割れ目を左右に広げてみせた。
「見て、はるにぃ。ほら、血なんて出てないでしょ?」
「……っ」
さきが見せてくれたそこは、さっきまで僕を受け入れていたせいで、どこかぽっかりと、開いたままのように見えた。 僕の「男の部分」が残した、消えない跡。
「……うん。……怪我、してないね」
「でしょ? ……あ、また出てきた」
さきの言葉通り、広げられた隙間から、ドロッとした僕の白い塊が、またゆっくりと溢れ出してきた。 それが洗い場の床に落ちるたび、僕の胸には、消えない罪悪感がまた深く刻み込まれていった。
お風呂で体をきれいに洗い流し、さきとタオルで身体を拭いて脱衣所を出た。 服を着直し、逃げるように子供部屋へ戻った瞬間、僕たちは立ち尽くした。
「……っ、匂いが……すごいよ、はるにぃ……」
さきが鼻をひくつかせ、顔をしかめた。 部屋の中に、お風呂で流したはずの、あの独特な、生々しい匂いが充満していたのだ。 脱ぎ捨てた服や、隅に置いたティッシュ、二段ベッドのあたり……部屋のすべてに、僕たちの「痕跡」がこびりついていた。
「……うん。このままだと、お母さんたちに……っ」
「早く、窓開けなきゃ!」
僕は慌てて窓を大きく開け放ち、換気扇のスイッチを回した。まだまだ暑い残暑の風が室内に流れ込み、澱んでいた濃密な匂いを、必死に外へと押し出していく。
やがて窓の外の日差しが少し傾き始めた頃、玄関の方から聞き慣れた音がした。
玄関の鍵が回る音がした。
「ただいまー」
母さんの声が聞こえ、そのすぐあとに父さんの「帰ったぞ」という声が重なった。
僕とさきは、ほとんど同時に顔を見合わせた。
それまで子供部屋に漂っていた妙に落ち着かない空気が、玄関から聞こえてきた生活音によって一気に現実へ引き戻される。
「……おかえり」
僕が先に部屋を出ると、さきも少し遅れてついてきた。
「おかえりなさーい!」
さきの声は、いつもよりわずかに明るかった。
明るすぎる、と僕には分かった。
けれど母さんたちにはどう聞こえただろう。
買い物袋を提げた母さんが廊下から顔を出す。
「2人ともちゃんと帰ってたのね。今日はどうだった?」
「うん、楽しかったよ!」
さきが即答した。
僕はその横で曖昧に頷く。
「……まあ、うん」
自分でも分かるくらい、声が硬かった。
まずいな、と思ったそのときだった。
「あっ、そうだ!」
さきが何かを思い出したように手を叩いた。
「お母さん、見て見て!」
そう言うなり、さきは子供部屋へ駆け戻っていく。
数秒後、紙袋を大事そうに抱えて戻ってきた。
「今日ね、はるにぃに服買ってもらったの!」
「え?」
母さんが少し驚いた顔をする。
さきは待ちきれない様子で紙袋からワンピースを取り出した。
「これ! すっごく可愛くない?」
さっきまでのぎこちなさが嘘のように、さきの顔がぱっと輝く。
「お店で見つけてね、着てみたら、はるにぃが似合うって言ってくれたの」
「へえ。いいじゃない」
母さんはワンピースを広げるさきを見て、柔らかく笑った。
「さき、こういうの好きだったの?」
「うん! 可愛いでしょ?」
「似合いそうね」
「でしょ?」
さきは嬉しそうに僕を見る。
「ね、はるにぃ?」
「あ、ああ……似合ってたよ」
そう答えた瞬間、母さんの視線がこちらへ向いた。
僕は思わず目を逸らした。
「はる?」
「なに?」
「あなた、どうしたの?」
胸が跳ねる。
「どうしたって?」
「なんか元気なくない?」
母さんは買い物袋を床に置くと、僕の顔を覗き込んだ。
「疲れた?」
「いや……別に」
「ほんと?」
「うん。ちょっと歩き回ったから」
自分でも苦しい言い訳だと思った。普段なら母さんもそれ以上聞かない。けれど今日は、僕の顔をしばらくじっと見ていた。その視線が妙に鋭く感じられて、僕は落ち着かなかった。
「はるにぃ、服選ぶの付き合ってくれたから疲れちゃったんだよ」
さきが横から口を挟んだ。
「さき、いっぱい迷っちゃったし」
「そうなの?」
「うん。こっちがいいかなー、あっちがいいかなーって」
わざとらしいくらい楽しそうに笑いながら、さきはワンピースを胸元に当てる。
「でも、はるにぃがこれが1番可愛いって」
「お、おい……」
「いいじゃない、本当なんだから」
母さんが僕とさきを交互に見る。それから、ふっと表情を緩めた。
「まあ、兄妹で仲がいいのはいいことだけど」
その何気ない言葉に、僕の胸がまたざわついた。
兄妹。
いつもなら何とも思わないその言葉が、今日は妙に重く聞こえる。
「じゃあ、あとで着て見せてね」
「うん!」
さきは嬉しそうにワンピースを抱き締めた。僕だけが、うまく笑えなかった。母さんはもう買い物袋を片づけ始めていたけれど、途中で1度だけ、もう一度こちらを振り返った。その視線に気づかないふりをしながら、僕は静かに息を吐いた。
「ねぇ、はるにぃ……大丈夫?」
上のベッドから降りてきたさきが、僕の顔を覗き込んだ。
「夕ご飯からずっと変だよ」
「……そうかな」
「そうだよ」
誤魔化そうと思った。いつもみたいに笑って、「疲れただけだよ」と言えば、それで終わったかもしれない。でも、今日はそれができなかった。
今日あったことそのものが問題だったわけじゃない。その出来事をきっかけに、自分でもずっと見ないようにしていたものが見えてしまった。それが怖かった。
「さき」
「うん」
「僕さ……ずっと、さきのことを大事だと思ってた」
さきは不思議そうに瞬きをした。
「知ってるよ?」
「うん。そうだよな」
そんなことは、今さら言うまでもない。僕たちはずっと2人でいた。学校から帰れば一緒に遊び、両親が帰ってくるまで一緒に過ごし、寝るときも同じ部屋だった。僕の記憶の中には、いつも当たり前のようにさきがいた。
「たぶん僕にとって、さきは……ただの妹じゃないんだと思う」
さきの表情がわずかに揺れたのを見て、僕は慌てて続けた。
「変な意味じゃなくて……いや、そう言って逃げるのも違うのかな」
自分でも何を言っているのか分からなくなる。それでも、途中でやめることはできなかった。
「僕は、これから大人になっても、さきのことを大事にしたい。困ってたら助けたいし、嬉しいことがあったら一緒に喜びたい。たぶん、さきがいなくなったら、すごく寂しい」
そこまでは昔から分かっていた。問題は、その先だった。
「今日のさき、本当に可愛かった」
「……え?」
「服も似合ってたし、髪も綺麗だったし……僕がずっと憧れてた女の子、そのままみたいだった」
さきが少しだけ頬を赤らめる。けれど、僕の胸は重いままだった。
「僕、昔からああいう女の子になってみたかったんだ」
可愛い服を着て、綺麗な髪をして、誰かから素直に「可愛い」と言ってもらえる。そんな女の子になれたらと、何度も思った。
「だから今日も、最初はそれだけだと思ってた」
自分がなりたかった姿を、さきがしていた。羨ましい。眩しい。それだけなら話は簡単だった。
「でも……違った」
そう口にした途端、胸の奥が冷たくなる。認めたくなかった。言葉にしてしまえば、もう元には戻れないような気がした。
「妹として可愛いと思う気持ちと、自分もそうなりたかったって思う気持ちと……それだけじゃ説明できないものまで、自分の中にあるって、気づいちゃった」
さきは何も言わなかった。
「それが嫌だった」
「……嫌なの?」
その声に、僕はすぐ顔を上げた。
「さきが嫌なんじゃない」
思わず強く否定する。
「逆だよ。大事だから嫌なんだ」
自分でも矛盾していると思う。それでも、それ以外に言いようがなかった。
「ずっと大事にしたかったんだ。さきは僕にとって大事な妹で……ずっとそういうふうに大事にしていたかった。でも、自分の中にそれだけじゃない何かがあるって分かったら、今までの僕たちまで変になりそうで怖かった」
楽しかった思い出も、さきを可愛いと思っていた気持ちも、一緒にいるのが当たり前だった毎日も、今日までの全部が違う意味に塗り替えられてしまうような気がした。
「僕は、さきを大事にしたかったはずなのに……その気持ちまで自分で疑わなきゃいけなくなるのが嫌だった」
しばらく沈黙が続いた。やがて、さきが静かに聞いた。
「……はるにぃは、さきと離れたい?」
僕はほとんど反射的に首を振った。
「嫌だ」
「すぐ答えた」
「だって、それは嫌だから」
さきは少しだけ笑った。でも、その笑顔はいつもの無邪気なものとは少し違っていた。
「じゃあ、さきも同じ」
「え?」
「さきもね、はるにぃがいなくなるのが嫌」
そう言って、さきは僕の隣に腰掛けた。
「まりなちゃんのこと、あったでしょ?」
僕は頷いた。
「さき、あのときすごく嫌だった」
「……うん」
「あの人が嫌いだったわけじゃないよ。はるにぃに好きな人ができたら、さきはいらなくなるのかなって思ったの」
「そんなことないよ」
「今は分かってる。でも、あのときは分からなかった」
自分の場所を誰かに取られてしまうような気がしたのだという。
「それでね、いっぱい考えた」
「何を?」
「はるにぃに好きな人ができても、さきは妹なんだって」
僕は黙って聞いた。
「はるにぃが誰かと付き合っても、いつか結婚しても……さきがはるにぃの妹じゃなくなるわけじゃない」
さきは少し寂しそうに笑った。
「だったら、それでもいいのかなって思った」
その言葉に、胸が痛んだ。
「でもね、さきが嫌なのは、はるにぃに好きな人ができることじゃないのかもしれない」
「じゃあ、何?」
「はるにぃの中から、さきの場所がなくなること」
僕は何も言えなかった。
「ずっと2人だったでしょ。朝起きたら、はるにぃがいて。学校から帰ったら一緒に遊んで。何か嫌なことがあったら話して、嬉しいことがあったら1番に教えて」
そこまで言って、さきは少し笑った。
「それが普通だったから」
僕にとっても同じだった。
「だからね、はるにぃが誰を好きになるかより、はるにぃがいなくなる方が嫌」
「……さき」
「さき、欲張りなのかな」
「そんなことない」
「本当?」
「ああ」
さきは少し安心したように息を吐いた。
「それに、さきは知ってるよ」
「何を?」
「はるにぃが、ずっとさきを可愛がってくれてたこと。小さい頃からずっと」
さきは柔らかく笑った。
「はるにぃが、さきを大事な妹だって思ってくれてたこと、ちゃんと知ってる。だから、それをなくしたくない」
「……なくならないよ」
「ほんと?」
「ああ」
その答えだけは、迷わなかった。
「大人になっても?」
「うん」
「ずっと?」
僕は頷いた。
「ずっと」
さきはしばらく僕の顔を見つめ、それから、やっと安心したように笑った。
「じゃあ、さき、それでいい」
「それでいいの?」
「うん」
少し考えてから、さきは付け加えた。
「はるにぃがさきをどう思ってるのか、まだ全部分からなくてもいい」
「……」
「さきも、自分がどう思ってるのか、全部分かってるわけじゃないから」
その言葉に、僕は少し救われた気がした。今すぐ答えを出す必要はないし、僕たちの関係に無理に名前をつける必要もない。
ただ、1つだけ分かっていることがある。
僕は、さきを失いたくない。さきも、僕を失いたくない。
少なくとも、その気持ちだけは2人とも同じだった。
「ねぇ、はるにぃ」
「ん?」
「さき、これからも大事な妹でいていい?」
僕は少しだけ笑った。
「そんなの、聞くまでもないだろ」
「ちゃんと言って」
「……大事な妹だよ」
さきの顔がほころんだ。
「ずっと?」
「ずっと」
「うん」
それで話は終わったはずだった。 けれど、さきは僕の隣から動かなかった。 何かを言いたそうに僕を見て、それから少しだけ困ったように笑う。
「ねぇ、はるにぃ」
「……なに?」
「ぎゅーしたい」
「えっ…でも…」
さきは僕の胸に、体重を預けるようにして強く抱きついてきた。 その瞬間、さきの小さな身体の熱が伝わってきて、僕の身体はまた、抗えない反応を始めていた。
「……っ」
「あ……はるにぃ、やっぱり固くなってる…」
さきが、僕の股間に触れるようにして、小さく声を上げた。
「……さき、だめだよ。お父さんとお母さんに分かっちゃうよ……」
「大丈夫。パジャマを着たままなら、バレないもん」
さきは僕の言葉を遮るように、いたずらっぽく、けれど確信に満ちた声で言った。
「……また、助け合いっこしよ?」
さきは僕の下に潜り込むようにして、パジャマ越しに、僕の熱をそっと押し当ててきた。 服の布越しに伝わる、さきの柔らかい熱。 さっきまでの激しい嵐のような感覚とは違う、もっと静かで、もっと深い、じわじわとした熱が僕の身体を包み込んでいく。
「ん……っ、はるにぃ……これって 気持ちいい だったんだね…」
「……うん……気持ちいい…」
「…ねぇ、はるにぃ」
「ん?」
「1つ、してないことがあるよ……」
「してないこと?」
さきは答えず、少し恥ずかしそうに自分の唇を指さした。一瞬、何を言われているのか分からなかった。 けれど、その意味に気づいた途端、胸の奥が大きく揺れた。 さっきまで僕たちは、自分たちが何を思っているのか分からないと話していた。それでも離れたくない。 これからも大事な兄妹でいたい。 それだけは、2人とも迷わず言えた。 だからこそ、その先にあるものの意味を、僕にも分かっていた。
「……さき」
名前を呼ぶと、さきは恥ずかしそうに笑って、そっと目を閉じた。 僕も迷いながら顔を寄せる。 そして、2人の唇が触れた。離れたあと、さきは頬を赤くしたまま僕を見上げた。
「……えへへ」
僕もつられて笑ってしまった。 それだけのことだった。 けれど、僕たちにとっては、それまでのどんな出来事とも違っていた。 好奇心でも、ふざけただけでもない。 お互いの気持ちを知ったあとで、それでも相手を選んだ。 その事実だけが、胸の奥に静かに残った。
居間からは、父さんと母さんの話し声に混じって、テレビの音や食器の触れ合う音が聞こえてくる。いつもと何も変わらない夜だった。僕たちの外側では。
けれど僕は、今日まで見ないようにしていた自分の気持ちを初めて言葉にし、さきもまた、自分が何を1番恐れていたのかを話してくれた。
まだ答えは出ていない。
それでも不思議と、さっきまで胸を埋めていた恐怖は少しだけ薄れていた。少なくとも僕たちは、同じものを恐れていたのだ。
離れてしまうこと。
それだけは、2人とも嫌だった。
~~~~ 8年後 ~~~~
春の柔らかな日差しの中、卒業式を終えた生徒たちが校門の前にあふれていた。
友人同士で写真を撮る子、両親と並んで笑う子、名残惜しそうに校舎を振り返る子。そんな人混みの向こうから、紺色のセーラー服を着たさきが僕を見つけ、ぱっと表情を明るくした。
「はるにぃ!」
手を振りながら小走りで駆け寄ってくる姿に、思わず笑ってしまう。
「さき、卒業おめでとう」
「ありがとう、はるにぃ!」
胸元には卒業記念の花。長く伸びた髪が春風に揺れている。
高校生になってすっかり大人びたはずなのに、僕を見つけたときの笑顔だけは昔から少しも変わらない。
「ねえ、どう? 似合ってる?」
「卒業式が終わってから聞くのか?」
「だって、はるにぃにちゃんと見てもらってなかったもん」
さきは少しだけスカートの裾をつまんで、僕の前でくるりと向きを変えた。
「似合ってるよ。すごく可愛い」
「えへへ。やっぱり、はるにぃに言われるのが1番嬉しい」
満足そうに笑うと、さきは僕の隣に並んだ。
校門を出て駅へ向かう途中、何度か同級生に呼び止められ、そのたびにさきは写真を撮ったり、春休みに遊ぶ約束をしたりしていた。
少し離れて待っていると、最後の友人に手を振ったさきが、また僕のところへ小走りで戻ってくる。
「お待たせ」
「もういいのか?」
「うん。また会えるし。それより明日の方が楽しみ」
「引っ越しか?」
「そのあと!」
さきが呆れたように僕を見上げた。
「明日から、はるにぃと暮らせるんだよ?」
「ああ、そうだったな」
「絶対分かって言ってるでしょ」
もちろん分かっている。
僕が大学へ進学して家を出てから、僕たちは離れて暮らしていた。それが明日から、また同じ家へ帰る生活になる。
「でも本当にびっくりしたよね。お父さんとお母さんの方から、はるにぃと住めばって言われるなんて」
「僕も反対されると思ってた」
「『同じ大学なら、その方が安心でしょ』って、お母さん普通に言うんだもん」
「葵姉さんに感謝しないとな」
「うん。絶対、何か言ってくれたんだと思う」
そう言ったあと、さきは少し得意そうに胸を張った。
「でも、1番頑張ったのはさきだけどね」
「自分で言うのか?」
「だって本当だもん」
僕と同じ大学を目指すと決めてから、さきは本当によく頑張った。電話で何度も弱音を吐きながら、それでも最後まで諦めなかったことを僕は知っている。
「よく頑張ったよ」
「当然です」
「なんでそんなに偉そうなんだよ」
「だって、これ以上はるにぃと離れていたくなかったから」
あまりにも当たり前のように言うので、僕は返す言葉をなくした。
そんな僕を見て、さきがくすりと笑う。
「また難しい顔してる」
「してないよ」
「してる。はるにぃって、昔からすぐ考えすぎるんだから」
「さきが考えなさすぎなんだよ」
「失礼だなあ。ちゃんと考えてるよ?」
さきは僕より半歩だけ前へ出ると、振り返った。
「いっぱい考えて、それでもはるにぃのそばがいいって決めたの」
春風に髪を揺らしながら、さきは笑った。
「だから頑張ったんだよ」
僕も少し遅れて、その隣に並ぶ。
「そっか」
「うん」
それ以上は何も言わなかった。
言わなくても、もう十分だった。
家へ帰ると、母さんが玄関まで出てきた。
「おかえり。さき、卒業おめでとう」
「ただいま。ありがとう、お母さん」
父さんも居間から顔を出し、僕たちを見るなり笑った。
「写真はちゃんと撮ったか?」
「撮ったよ。はるにぃともいっぱい」
「あとで見せてくれ」
「うん!」
夕食では卒業式の話で盛り上がり、やがて話題は明日の引っ越しになった。
「さき、忘れ物ないようにね」
「大丈夫だよ。忘れても取りに来ればいいし」
「そういうこと言ってる子が忘れるのよ」
「はーい」
母さんは呆れたように笑うと、今度は僕へ視線を向けた。
「はるも、ちゃんと見てあげてね」
「ちょっとお母さん。それじゃあ、さきが面倒見てもらうだけみたいじゃん」
「違うの?」
「違うよ。さきだって、はるにぃの面倒を見るんだから」
「僕は別に面倒見てもらわなくても大丈夫だけど」
「そういうところが心配なの」
父さんが吹き出し、母さんまでつられて笑った。
「まあ、お前たちに今さら『兄妹らしくしろ』なんて言うつもりもないけどな」
思いがけない言葉に、僕とさきは顔を見合わせた。
父さんは僕たちの反応など気にも留めず、箸を置いて続ける。
「ただ、2人で決めたことなら、ちゃんと2人でやっていけよ」
「……うん」
「分かってるよ、お父さん」
母さんも穏やかに笑っていた。
「困ったことがあったら、ちゃんと連絡するのよ。2人だけで何でも抱え込まないこと」
「はーい」
「特にさき」
「なんでさきだけ!?」
いつものように頬を膨らませるさきを見て、また食卓に笑い声が広がった。
夕食のあと、部屋へ戻ろうとすると、さきが僕の袖を引いた。
「はるにぃ、ちょっと手伝って」
「まだ荷造り終わってないのか?」
「ほとんど終わってるよ。最後の確認だけ」
部屋へ入ると、封をした段ボールがいくつも並んでいた。その横では、まだ細かな荷物が机の上に散らばっている。
「これで、ほとんど?」
「細かいことは気にしないの」
「明日になって泣いても知らないぞ」
「そのときは、はるにぃに助けてもらうから大丈夫」
「最初からそれかよ」
さきは楽しそうに笑いながら、残った荷物を箱へ詰めていく。
しばらくして、ふと手を止めた。
「ねえ、はるにぃ」
「ん?」
「明日の夜から、本当にそっちにいるんだよね」
「さきがちゃんと引っ越してくればな」
「そこは『待ってるよ』でしょ?」
「待ってるよ」
「遅い」
口を尖らせたかと思えば、すぐに嬉しそうな笑顔へ戻る。
「朝起きても、大学から帰ってきても、はるにぃがいるんだよね」
「ずっと家にいるわけじゃないぞ」
「もう、そういう意味じゃないよ」
さきは少し照れくさそうに笑った。
「帰る場所が同じになるってこと」
「ああ」
「やっとだね」
「2年くらいだろ」
「2年も、だよ」
そう言って、さきは積み上がった段ボールを眺めた。
「これ以上、はるにぃと離れていたくなかったから、いっぱい頑張ったんだからね」
「知ってるよ。よく頑張った」
「えへへ」
素直に褒められたのが嬉しかったのか、さきは満足そうに笑った。
「これからも、困ったら助けてね」
「最初から頼る気満々だな」
「はるにぃだって、困ったらさきに言うんだよ?」
「解決できるのか?」
「できなくても、そばで困ってあげる」
「それ、助けてないだろ」
「気持ちの問題です」
また笑ってしまった。
きっと、こういうところはこれからも変わらないのだろう。
僕たちには、父さんや母さんが知っていることも、まだ話していないこともある。それでも、困ったときには互いを頼り、嬉しいことがあれば真っ先に伝える。
秘密があっても、助け合うことだけはずっと変わらなかった。
「はるにぃ、明日ちゃんと迎えに来てね」
「もちろん」
「約束だよ」
「ああ」
さきは積み上がった段ボールを見渡し、嬉しそうに笑った。
「楽しみだね、はるにぃ」
「僕もだよ」
明日から、また2人の生活が始まる。
- 完 -