成績が配布された日の帰り道、隣を歩くまなみに腕をつつかれた。
「ねえ」
「何?」
まなみの表情は、わずかに強張っていた。
「……奴隷学の点数、どうだった?」
まなみが何を心配しているのかはすぐに理解できた。そういえば、まなみには僕の点数を見せていなかった。
「96点」
「すごっ」
まなみは目を見開いている。とはいえ、僕としても苦笑するしかない。
「とはいえ、評価基準が分からないから何とも言えないんだけど」
僕としては納得できない部分も多かったのだが、まなみは明らかにホッとした表情だ。
「なら、まだご主人様と一緒にいれるってことね」
そう言ってまなみは笑った。
今回の試験で学校側に没収された奴隷が、どうなるのかは分からない。主人側の成績が原因なら、そこまで悪い扱いになるとは思えないが……幸せな未来は想像できない。
まなみにとっては、僕のもとにいるのが一番安全な可能性が高い。そう思ってもらえたのなら、素直に嬉しい。
「それにしても、どういう評価基準なのかな?」
「うーん」
まなみの素朴な疑問に、僕は考え込んでしまった。
やはり、そこがよく分からない。今回は運よく高得点を取れたが、その理由が分からないことには次の試験が不安だ。その結果でもし、まなみが没収されるなんてことになったら……耐えられる自信がない。
「今度の進路相談で、聞いてみるよ」
僕はまなみを不安にさせないように、明るい口調で言った。
来週からは進路相談ということで、担任との個人面談が予定されていた。そこで、何かしらの情報が得られればいいのだけれど……。
翌週の放課後、進路相談の僕の番がやってきた。僕は教室で担任と一対一で向かい合う。
「小森君は、内部進学希望でしたよね。今回の試験の成績なら、とくに問題は無いと思われます」
「そ、それなんですけど……」
僕は早速、一番気になっていたことを切り出した。
「奴隷学の試験の評価基準って、どうなってるんですか? 僕が学年一位だなんて、信じられないんですが」
僕としては思い切って聞いたつもりだったのだが、担任はある程度その質問も予想していたようだ。担任は用意していた手元の紙に目を落とす。
「そうですね。今回の評価の一番のポイントは、『奴隷と信頼関係を築けているかどうか』です」
「信頼関係……」
「これは実技試験の様子と、筆記試験の主人と奴隷、両方の回答を総合して評価しています。小森君の場合、実技試験は満点評価ですね」
あれは、かなりのラブラブセックスだったと自分でも思う。その様子を見て、信頼関係が築けていると評価されたということだろうか? そうだとしたら、かなり恥ずかしい。
「それと、奴隷側の筆記の回答ですね。とくに従順度と忠誠心に高い評価がついています」
「従順度と忠誠心?」
初めて出てくるワードに、僕は首を傾げるばかりだ。
「はい。従順度は、主人の命令を忠実に遂行できるかどうか。忠誠心は主人……小森君に対しての好感度の高さです。今回はどちらも満点でした」
それは、僕にとっては予想外の話だった。
まなみが奴隷という立場だからではなく、僕個人に対して好感を持ち、従ってくれているというのは、まったくもって実感がない。もちろん試験である以上、まなみの回答が心からのものであるという保証もない。
担任はそんな僕の気持ちを見透かしたように言った。
「ちなみに、奴隷の首輪からバイタルを取って回答と照合していますから、奴隷が嘘をついている可能性は限りなく低いと判断できます」
……そんなことまでしているのか。
僕はもともと学校の所業にはドン引きしていたが、そこまでやっているとは末恐ろしい。
しかし、だとしたらまなみは本当に自分の意思で、僕を好いてくれているということになるのだろうか?
「とにかく、奴隷と信頼関係を築くこと。これは今後の試験でも変わりません。小森君は今の調子で取り組んでもらえれば問題ないかと思います」
締めに入ろうとした担任だったが、僕の中にはもう一つだけ疑問があった。
「で、でも、最初に配られた冊子がありましたよね。その……『奴隷育成の手引き』です」
僕は鞄から手引きを取り出した。
「ここには、奴隷をいかに従わせるかといった内容が延々と書かれています。だから、そういう生徒が評価されるのだと思っていました」
「……」
「でも、試験では僕たちのような関係性が評価されている。それって、おかしくないですか?」
「いい質問ですね」
担任はそれすらも想定内の質問だったと言うように、僕に向かってほほ笑んだ。
「小森君のやり方だけが正解だ、というわけではありません。手引きに書かれている通り、奴隷を厳しく躾けるというのもアプローチの一つです」
「……」
「ですが、いずれにせよ重要なのはやはり信頼関係です。厳しく躾けるなら躾けるなりの、強い信頼関係がないと、奴隷の心は離れていくばかりです」
担任の話は一理ある。関係性さえしっかり築けていれば、正解の形は一つとは限らない。
でも、だったら僕とまなみのように、ある程度仲良くしていたほうが楽だし、やりやすいのではないか。
そう思ったのだが、担任は最後に一つだけ付け加えた。
「一つアドバイスですが、あまり奴隷を甘やかしすぎても問題になることがあります。奴隷がつけあがって、制御できなくなるケースは過去にも何度かありました。そうならないように気をつけてくださいね」
「……はい」
僕は素直に頷いた。
現状は、まなみの優しさに甘えている部分がかなりある。僕は僕で、主人としての務めを果たさないとまなみに見放される。それはその通りだと思う。
ひっそりと気を引き締めた僕に対し、担任は独り言のようにこぼした。
「しかし、素晴らしい点数です。もし期末試験でもこの成績が持続するのであれば……」
「何か、あるんですか?」
「いえ。それは、そうなったときに説明します。もう、時間ですしね」
はぐらかされてしまった。個人面談はまだまだ続くから、僕の勝手な事情で長引かせるわけにもいかない。
僕は担任に促されるままに、教室を後にした。