地に這い蹲っていた巫女達は、同時に背を逸らせた。腰が浮き、横に並んだ三つの牝尻が上向きに跳ねる。茉莉も、凛も、彩芽も、聞いたこともない声で鳴いた。悦楽の雫が彼女たちの奥に連なる管に沿って滴り落ち始める。
「あぁあん!イイ……そこ……ダメ!」
「あふっ!……あ…ぁ……また……イ…きそう!」
「ぁんっ!……あぁあ……奥が!……いやぁ!」
触手が、三人の巫女を同時に絶頂へと押し上げようとした、まさにその刹那だった。
ひゅん、と空気が裂けた。
神通力の宿った雁股の矢が、大岩の陰から伸びる触手の付け根を貫いた。ずぶり、という音と同時に三本の触手が痙攣し、女達の秘裂から抜け落ちる。それらは粘液の糸を引きながら地面に落ち、びたびたと跳ねた。
「ッ!?」
岩の陰で、声が詰まった。
続いて紅の薙刀が宙を薙いだ。残る三本が断ち切られ、宙を舞う。切り口から黒い血のようなものが噴き出し、渓谷の底に落ちていった。
潛んでいた邪鬼どもが一斉に姿を現し、亜衣と麻衣を取り囲んだ。しかし、姉妹達を捕えることは出来なかった。
蒼い足袋が地面を蹴り上げ、中天を舞う。
「——天神子守衆嫡流、天津亜衣、見参!」
蒼い羽衣の短裳を靡かせた亜衣は、天神の矢を放ち岩の陰を射抜く。
続けて、麻衣が領巾を靡かせてしなやかに舞い上がり、亜衣の隣に立った。
「同じく、天神子守衆嫡流、天津麻衣、参上!」
紅い羽衣の長裳を翻し、麻衣は薙刀の刃を闇に向ける。
そして、姉妹の声が重なった。
「「穢れし淫らな鬼どもよ、天津の羽衣がゆるしません!
天に代わって邪淫を討つ、淫敵退散!」」
渓谷に声が谺した。三人の巫女達は触手から解放され、その場に崩れ落ち荒い息をついている。白い腿が、泥の上で震えていた。
女性の陰裂を思わせる不気味な岩の陰から、影が現れた。
それは、人のかたちをしていた。しかし人のものではなかった。松笠にも似た、卑猥な男根を思わせる頭部。硬い鱗のような皮が幾重にも重なり、胸部を覆っている。鋭く赤く光る目。
「……ほう」
声は笑っていた。しかしその笑いには、先ほどのねっとりとした粘りはなかった。代わりに、冷たい乾いた響きがあった。
「これは、これは。天津の姉妹どもではないか。久しぶりだな? くひひ」
亜衣の弓が微かに揺れた。麻衣の薙刀も同じだった。姉妹の背筋に冷たいものが走った。
この容貌、そして漂う臭気を二人は知っていた。知っているはずだった。
数年前、天神学園の女子高生たちを攫い、そして、姉妹揃って捕らわれ、全裸の女体を鳥居に磔にされ玩ばれた恥辱の記憶。しかし、滅ぼされたはずの古い仇敵。
「松笠法師……」
亜衣が、低く呟いた。
「ありえないわ。貴方はあの時、鬼夜叉童子を庇って死んだはず」
「死んだ、と? くひひ。たしかに俺様は貴様らに殺された。しかし、鬼獣淫界を甘く見ない方がいぜ。俺様は地獄から這い上がったのよ。貴様ら、憎き天津姉妹を抹殺するためにな!」
松笠法師は、ゆっくりと前に進んだ。その足は岩を踏むたびに、黒い痕を残した。苔がその痕から枯れていく。
「ならば、再び滅びなさい! 松笠法師!」
亜衣が、凄まじい剣幕で叫ぶ。
「滅びませんね、わたくしは。よがり狂ってのたうちまわる天津姉妹のホトを犯し尽くし、その屍を見るまでは、鬼獣淫魔は何度でも蘇るのです、 くひひ。野郎ども、かかれ!」
亜衣と麻衣をとり囲んでいた邪鬼が次々と襲って来た。樹海で戦った妖怪と同じ、貧弱な手足に膨らんだ腹。今まで散々倒して来た淫界の下僕たち。しかし、その数は先ほどの樹海での戦いの比ではなかった。
「麻衣!」
「分かってるわ、おねえちゃん!」
亜衣が、三本目の矢を番えた。麻衣がその前に踊り出る。薙刀が弧を描き、最初の邪鬼の腕を刎ねる。黒い血が渓谷の岩肌に飛び散った。
亜衣の矢が二匹目の邪鬼の眉間を貫く。麻衣の薙刀が、三匹目の胴を両断する。
しかし、松笠法師は動かなかった。腕を組み、ただ姉妹の戦いを観察していた。
「前より腕は上がったようだな」
瞬く間に斬られ射抜かれた邪鬼どもの屍が辺りに散乱した。残りは僅か数匹。それも恐怖に竦み、襲ってくる気配はない。
「――ご覚悟!」
亜衣が、天神の弓を松笠法師に向ける。しかしその鏃は、松笠法師の胸に届く前に空中で黒い霧に変わった。松笠法師の周囲には、亜衣の矢を消失させる見えない結界があった。
「無駄だぜ。俺様には、その神通力はもう通用しねえ」
麻衣が薙刀を振り上げ結界の膜に斬りかかる。刃は結界の手前で止まった。火花が散った。
「きゃ……!」
得体の知れない妖気に圧された麻衣は飛ばされ、バランスを崩し尻餅をついた。長裳の裾が捲れ白い腿から尻の丸みまでが露わになる。
「麻衣!」
妹を守るべく攻勢に出る亜衣。天神の和弓は、一瞬のうちに一振りの太刀に変わっていた。縦一閃の太刀筋。だが、結界の幕に遮られ、危うく武器を落としかけた。
「ふん、無駄なあがきよ!」
「あぁっ――!!」
「きゃっ!亜衣姉!?」
亜衣もまた、謎の力によって吹き飛ばされた。そのまま倒れている麻衣にぶつかる。無様にも、短い下の装飾が捲れ上がり、危うく奥の肌まで晒してしまうところだった。
麻衣は、捲れ上がった長裳の裾を押さえ唇を噛んだ。
――この羽衣は神絹以外を身に着けられない。下着も。
三年前の聖戦*1で、天神の御加護によって天女たちの霊が織り上げたものだった。赤面した二人は、慌てて体勢を立て直す。
「貴様らのその超人的な技と力、それは専ら天神の加護があるからであろう。しかし、我が鬼獣淫界はその神通力を無効化する結界をついに手に入れたのだ!」
松笠法師は笑った。その気色悪い笑い声は、姉妹の記憶の底を冷たく撫でた。
後ずさる天津姉妹。
じわじわと間合いを詰めていた松笠法師の巨体が、そこで止まった。
「くひひ。姉妹ども、俺様の淫ら触手で、よれよれにイキ狂わせてやるぞ!」
松笠法師は胸の鱗を扉のように左右に開いた。無数の小さな赤い触手がうじゃうじゃと蠢く、おぞましい中身が見える。麻衣はゴクリと唾を飲んだ。
蠢く触手からは、甘い香りがした。あの香りを亜衣と麻衣は覚えていた。麻衣に自慰の末、梅の護符を噴き出させてしまったあの甘く気怠い香り。
「麻衣、気を付けて!」
「わかってるわ」
二人は瞬時に消えた。松笠法師の放った触手の束は、間一髪で姉妹達を逃した。亜衣と麻衣が立っていた地面が溶け、シュワーッと淫臭が立ち昇る。
「ちっ逃したか」