それは、原作どおりに彼女を曇らせ、絶望の果てに真の力を覚醒させること。そのために必要なのは、彼女の大切な幼馴染であり、騎士でもある僕自身の犠牲だった。
……なのに。
五年の歳月を共に過ごすうち、画面の向こうにいたはずの推しは、かけがえのない存在になっていた。
しかも、なぜかセレネのほうも僕を手放してくれない。
推しの幸せを願う気持ちと、彼女のそばにいたいという本音。
果たして僕は、原作どおりの結末を迎えられるのだろうか。
書きたくなったから書いてみたシリーズ第三弾!
まさか第三弾を書くことになるとは……。
いや、それよりもまず聞いてください。
書いているうちに、いつの間にか文字数が三万字を超えていました。どうして???
いやね、書きたいシーンはあったんです。あったんですけどね?頭の中にあるシーンを、いざ文章にするのって、思っていた以上に難しいんですよ……。
あっちを書いては悩み、こっちを書いては悩み。シーンとシーンをつなげるのに苦戦し、危うく失踪しかけました。
コメント返信で「近々出すから見てね!」なんて宣伝していたのに、危ない危ないε-(´∀`; )
そして、もうひとつ。
第二弾のUAが9000を超えていて、目ん玉が飛び出ました。
えっ、9000???そんなに???!(◎_◎;)
読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!何度もアクセス数を確認してしまいました。嬉しいやら驚くやらで、未だにちょっと信じられません。
そんなわけで第三弾です!
……が、今回はさすがに長くなりすぎたので、前編・後編に分けることにしました。
後編もある程度書き上がっているので、手直しをして近々投稿する予定です!
それでは、相変わらず文章を書くのは色んな作品を見て勉強中ですが、温かい目で読んでいただけると嬉しいです!
幾千もの光の刃が魔物の肉体を切り裂いて、その悲鳴を闇に溶かしていく。焦土と化した戦場を覆う暗黒は、瞬に白銀の輝きへと塗り替えられた。
その最前線に立つのは、一人の少女を背に庇う白銀の騎士。吹き荒れる風になびく銀の髪、その髪と同じ色の瞳は、押し寄せる魔物の大群を見据える。全身を包む鎧が、身体から溢れ出す神聖な光を受け、白銀に輝いていた。
背中には神を思わせる光の大翼、手にした剣はあらゆるものを貫く神の怒り。剣舞の軌跡に纏う光芒が、魔物たちを悲鳴すら上げさせずに消し飛ばしていく。
その姿は、まさしく戦場に降り立った女神。けれど、神の力には……奇跡には代償がある。人の身に余る聖なる力は、振るうたびに騎士の命を削っていた。
「リディア……っ!もうやめてくださいっ!」
守られている少女、聖女セレネの悲痛な叫びが戦場に響く。けれど、騎士が戦いをやめれば、最も危険にさらされるのは彼女自身だというのに。その声には、リディアを案じる気持ちと、それ以上に隠しようのない恐怖と絶望が滲んでいた。
「これ以上神聖力を使えば、あなたの命が……!」
「お下がりください、セレネ様」
白銀の騎士、リディアは振り返らなかった。今もなお命が削られていることなど意に介さないかのように、彼女の声は驚くほど穏やかだった。まるで、いつもの任務を淡々とこなしているだけのように。
「——私が、すべて終わらせます」
「終わらせるって……あなたが死んでしまったら、意味がないじゃないですか!!」
セレネの神聖力は、既に尽きていた。膝をつき、震える手で杖を握っている彼女の前に、リディアはただ一人で立っていた。津波のように押し寄せる大群を前に逃げ場はなく、辺境の地に援軍も期待できない。あるのは無数の魔物と、燃え尽きようとしている一人の騎士、そして無力な聖女だけ。
リディアの指先から、淡い光がこぼれ落ちる。それは神聖力ではなく——彼女自身の命を、最後の祈りへと変えた奇跡の光。
「ダメッ!そんな術を使えば、あなたの魂まで……!」
「承知の上です」
リディアは、初めて振り返った。白銀の光に照らされたその顔は、鎧の奥で穏やかな微笑みを浮かべていた。
「セレネ様が生きてくださるのなら、それで十分です」
「私は、あなたにそんなことを望んでいません!」
セレネの声が震える。多くの人々を救う使命を背負った聖女が、今は何よりも救いたい一人の騎士を救うことすらできない。
そんなセレネの必死の声に、リディアは微笑みで応えた。
「はい。これは、私の望んだことです」
次の瞬間、リディアの光の翼が大きく羽ばたいた。衝撃が大地を砕き、空を覆っていた黒雲を吹き飛ばす。無数の光の刃が一斉に天へと昇り、やがて雨のように魔物の群れへと降り注いだ。
轟音、閃光、絶叫——全てが白に呑まれていく。
やがて、光が消えた。そこには、魔物の影すら残っていなかった。ただ一人、力を使い果たしたリディアが、ゆっくりと崩れ落ちる。
「……ッ、リディア!」
セレネは駆け寄り、その身体を腕の中に抱き止めた。白銀の鎧はところどころ砕け、純白の光翼も、今や消えかけた光の粒子となって宙を舞っている。彼女の顔はひどく蒼白で、かつて力強かった呼吸も、今ではかすかなものになっていた。
そして何より、腕の中で、白銀の騎士の体温が少しずつ失われていく。
「目を開けてください……!リディア、お願いです……!」
「……魔物は、もう……いません」
「そんなこと、どうでもいいです!」
セレネの涙が、リディアの頬へと落ちた。自分を救うために、リディアは命を捨てようとしている。その事実が、どうしても受け入れられなかった。
「あなたがいなくなったら、私は……私は、どうしたらいいの……!」
リディアは、かすかに目を開いた。その銀の瞳に映ったのは、泣き濡れたセレネの顔だった。彼女が今も生きている。その事実だけで、リディアの心は満たされていた。
「……セレネ様が、ご無事で……良かった……」
「嫌っ、嫌だ……そんなこと言わないでよ!」
「どうか……生きて」
「ダメ……ダメだよ、リディア……!」
伸ばされた手が、セレネの頬に触れる。けれど、その指先はすぐに力を失った。リディアの身体は、天への捧げ物として光に変わっていく。
そう、リディアは……白銀の騎士は、聖女の腕の中で静かに息絶えた。
「リディア……?」
返事はない。
「リディア!目を開けて!嫌、嫌だっ……私を置いていかないで……!」
朽ち果てた戦場に、セレネの泣き声だけが響き渡る。見渡す限りに広がる焼け跡とは対照的に、空は何もかもを呑み込むような深い紺碧に染まっていた。そこへ昇っていくリディアの光だけが、悔しいくらいに美しかった。
♡ ♡ ♡
という未来が見えた。いや、正確には未来を予知したわけじゃない。前世で見た、ゲームのワンシーン。前世で何度もプレイしたゲーム、『白き翼のレクイエム』。そのメインヒロインである聖女セレネの回想イベントで描かれた一場面だ。
僕は、このシーンが大好きだった。セレネがリディアに向ける、痛々しい慟哭。大切な人を失う恐怖に染まった、悲痛な表情。そのどれもが、たまらなく大好きだった。
いつだって優しく、誰にでも手を差し伸べる聖女様。そんなイメージを持つ彼女が、あのシーンでは大勢の命を救うことよりも、たった一人を失うことに耐えられず、聞き分けのない子供みたいに泣き喚く。
——その姿が、どうしようもなく愛おしかった。
決して勘違いしてほしくはないんだけど、僕は純然たるハッピーエンド至上主義のオタクだ。ただ、最高のハッピーエンドには、少しばかりの絶望……いや、曇らせが必要だと思ってる。
例えば、主人公が仲間たちと力を合わせて敵を撃ち破る、そんな王道の展開があったとする。そこに、尊敬する師匠を失い、一度は心が折れかけながらも再び立ち上がるシーンが加わったのなら、どうだろう。その方が主人公に感情移入できるし、最後に訪れる勝利の喜びだって、より大きなものになるでしょ?
当然、このシーンも例外じゃない。リディアを失ったセレネは、その死を自分のせいだと思い込み、自らの弱さを憎むようになる。そして、次第に苛烈な聖女へと変わっていく。自分のことなど顧みず、ただひたすらに民のために力を振るうようになる。
ただ、このシーンは単なる悲劇じゃない。リディアの死をきっかけに、セレネは聖女としての本当の力に目覚める。神聖力を持て余していた彼女が、封じられていた聖なる権能を引き継ぎ、やがて復活する魔王に対抗できる唯一の存在へと成長していく。
要するに、リディアの死は、世界を救うために必要なセレネの覚醒を促す舞台装置だったというわけ。
セレネは亡くなったリディアの想いを受け継ぎ、魔王の復活を阻止する。そんな彼女の心を、なんやかんやあって操作キャラである主人公が救い、最終的には結婚エンドでハッピーってわけ。
……うん、控えめに言って最高だね。この作品をプレイした後なら、一番の推しはセレネ一択にならざるを得ない。
と、どうしてこんな話をしているのかといえば。
どうやら僕は、ファンタジー世界に転生したらしい。しかも、ただの異世界じゃない。前世で何度も遊んだ、あのゲームの世界。そして、その登場人物——白銀の騎士リディアとして。
頭が割れるように痛む。まだ十歳になったばかりの身体に、十歳までの記憶と、前世の二十年あまりの生きた記憶が一気に混ざり込んだのだから、無理もない。
当然、そんな負荷に耐えられるはずもなく、意識が揺らいでいく。その痛みのせいか、それともこの身体に残っていた感情のせいか。気づけば、僕は涙を流していた。
「リディア……?」
そして、目の前には——まだ幼いセレネがいた。金色の髪に、翡翠の瞳。この世のものとは思えないほど整った顔立ちは、既にこの歳で完成されつつある。だけど今は、その顔が涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。
「そんなに泣かれたら、私だって……」
セレネもまた、悲しげに呟く。どうやら、親友と離れなければならない悲しみがきっかけとなって、僕は前世の記憶を思い出したらしい。
ここでようやく、僕は自分の置かれた状況を理解した。
場所は、見慣れたセレネの部屋。薄絹のカーテンに、金細工の施された家具。天蓋付きの寝台には絹のシーツが敷かれ、侯爵令嬢の私室にふさわしく、贅を尽くした調度品が並んでいる。ドアの外からは、使用人たちが慌ただしく動き回る足音が聞こえてきた。
設定資料で見たとおり、僕——リディアはセレネの幼馴染にして親友、そして主従の関係でもある。このまま二人仲良く大人になっていくものだと思っていたけど、セレネの身体に聖印と呼ばれる紋章が浮かび上がったことで、事態は一変した。
聖印——それは、膨大な神聖力を扱える器として選ばれた証。この世界において、魔物や魔族の侵害は重大な脅威だ。そして、彼らに対抗する上で、神聖力は非常に強力な抑止力となる。
ゲームにおいても神聖力を使えるユニットは単純な武器での攻撃や魔法よりも、対魔ユニットとして重宝してた。だからこそ聖印を持つ者は、それまでの身分や家柄に関係なく神殿へ召し上げられる。聖印保持者は聖女や聖者として、民のために生きることを義務付けられるのだ。
だが、それは同時に。一人の少女から、普通の人生を奪う宣告でもあった。
その証拠に、屋敷の外には既に迎えの馬車が用意されている。セレネがこの屋敷を出れば、家族と暮らす日々も、僕と気軽に会える日々も終わってしまう。
「嫌だ、リディア……っ。わたし、行きたくない……!みんなと、離れたくないよ」
セレネは泣きながら、僕の手を握りしめる。小さな手なのに、その力は強くて必死で、痛いほどだった。
「わたし、リディアと一緒にいたいの。聖女になんて、なりたくない……!」
「セレネ様……」
僕は、この世界の未来を知っている。前世で何度もプレイしたゲームの知識があるからだ。だからこそ、僕は決意していた。
——セレネを、曇らせる。
一度、彼女の心を絶望の底まで突き落とす。リディアを失う痛みを刻みつけ、その痛みを糧にして、彼女を世界を救える聖女へと覚醒させる。
その先に、彼女が幸せになれる未来があるのなら。その未来を知っている僕が、そこへ導くべきなのだ。たとえ、そのために僕が彼女の大切な人として、彼女の人生から消えることになったとしても。
この後、セレネは神殿へ連れて行かれ、そこで聖女としての教育を受ける。やがて聖騎士となったリディアと再会するけれど、待っているのは穏やかな未来ではない。魔族や魔物との熾烈な戦い。使い潰される聖女たち。守るために禁忌の力へ手を伸ばし、命を燃やし尽くす騎士たち。
そして最後には、セレネの腕の中で息絶えるリディア。その死をきっかけに、セレネは聖女として覚醒する。彼女が背負う苦悩も、その先に待つ結末も、僕は知っている。
もし、本物のリディアが僕の知るゲームの物語を知っていたら、どんな選択をするだろう。たぶんきっと最後までセレネの無事を気にかけていた彼女なら、僕の考えを理解してくれるかもしれない。本当のセレネの幸せのために、命を賭けることを。
「大丈夫です、セレネ様。これでお別れになるわけじゃありません」
「でも、神殿に行ったら会えなくなるって……」
「会えます。私が必ず、会いに行きます」
そう、原作でもリディアは聖騎士となり、神殿を訪れていた。聖印保持者と一部の聖職者、そして聖騎士には、神殿の箱庭に入ることが許されている。だから、僕たちはまた会えるはず。
今すぐ彼女を悲しませるつもりはない。これから先、彼女にはもっと大きな試練が待っているのだから。それまでは、せめて安心して過ごしてほしい……それに、今のうちに僕との時間を大切な思い出にしておけば、いつか僕を失ったとき、その痛みはきっと彼女を強くする。
そうして覚醒した聖女が世界を救い、その先で幸せになる。それが、この物語の、この世界のハッピーエンドなのだから。
「必ずセレネ様のところへ行きます。聖女になったセレネ様を、私が守ります」
「本当に?」
「本当です」
「ずっとそばにいてくれる?」
「一生、そばにいます」
セレネが、ぎゅっと僕を抱きしめ返した。その温もりに、罪悪感で胸が締めつけられる。前世の記憶が教えてくれた未来では、彼女は何度も傷つくことになる。そして、その傷を作るのは、きっと僕自身だ。
でも——僕は知っている。その傷を癒してくれるヒーローがいることを。そして、彼女が必ずハッピーエンドを迎えることを。
窓の外で、馬車の御者が短く鞭を鳴らした。もう、時間だ。
セレネの手を握り返す。小さな、でも確かな温もり。この手を僕は何があっても離さない。たとえ、この先に待っているのが別れだと分かっていても。
それが、この物語の——そして僕の役割の始まりだった。
♡ ♡ ♡
ハッピーエンドのためにセレネを曇らせると決意してから、早くも五年が経った。
この世界では十五歳で成人となる。つまり、僕も晴れて成人というわけだ。そして原作通り、神殿の聖騎士になることができた。
そこに至るまでの道のりは、なかなか大変だったけど、推しへの曇らせと幸せな姿を見るためなら、努力を惜しむつもりはない。まあ、リディアという身体のポテンシャルが高かったことも大きいけれど。
聖騎士の役割は単純だ。聖印保持者を守り、共に魔物や魔族を討つこと。それ以外の務めは仕える相手によって様々だけれど、基本的には身の回りの世話をしたり、常にではないにせよ行動を共にしたりすることが求められる。
つまり——聖女セレネのそばに、僕はいることができる。
「リディアっ!」
「セレネ様、本日もお疲れさまです」
聖女としての教育を受けたセレネは、普段こそ誰もが見惚れるほど礼儀正しく、気品に満ちた振る舞いを見せている。そんなセレネだけれど、礼拝堂で祈りを捧げ終えると、僕を見つけるなり抱きついてきた。周囲の聖職者たちは、慣れた様子で目を逸らす。誰も止めない。というより、止められないのだろう。
セレネは五年を経て、原作通り——いや、原作以上に魅力的な聖女へと成長していた。
月光を思わせる長い金髪。エメラルドのように奥深く輝く瞳。純白の修道服の上からでも分かる、成熟した曲線。そして、その豊かな肢体に包み込まれる抱擁は、率直に言って素晴らしいもので。
前世の僕は男だったけど、今の僕は身体も性別も女性だ。だから別に問題はない……問題ないはずだけど、原作と違ってセレネのボディタッチが明らかに多い気がする。リディアが死ぬ前だから、というのもあるんだろうけど、今だって僕の胸元に顔を埋めている。僕の胸はそこまで大きくないし、原作のリディアと同じ、スレンダーな体つきだからそこまで気持ち良くはないだろうに。
「セレネ様、人前ですよ」
「別にいいじゃないですか。私は聖女で、あなたは私の騎士なんですから」
顔を上げたセレネが悪戯っぽく笑う。その笑顔に、僕は内心でほくそ笑んだ。
計画は順調に進んでる。セレネは聖女としての生活にも馴染んでいるようだし、僕との仲も良好。今のところ、原作から大きく外れた様子もない。これなら、あの名シーンに向けての準備も万全と言えるだろう。
五年間、ずっと離れ離れだったわけじゃないのが大きい。むしろ、割と早い段階で彼女と過ごす機会を得ることができた。
セレネが箱庭で聖女として暮らすことになった後、僕は聖騎士になるために努力した。リディアの実家は、代々騎士を輩出してきた子爵家で、本人も聖印保持者とまではいかないものの、神聖力への親和性が高かった。そのおかげで、僕は聖騎士候補として神殿直属の騎士団で鍛錬を積むことができた。
頻繁に会いに行くことはできなかったけれど、許される限り足を運んだ。朝の祈りが終わった後、昼の食事の時、訓練を終えた夕方、セレネの頑張った報告や愚痴を聞いて、褒めて褒めて褒め回した。
そんな日々を積み重ねた結果、原作のリディアとセレネの関係を知っている僕から見ても、現状はかなり順調だと思う。
「むっ……リディア、また怪我をしたんですか?」
セレネの指が僕の腕に触れる。訓練中につけた小さな切り傷だ。たいしたものではないけれど、彼女の瞳がすっと細められた。
「大したことありません。訓練中の擦り傷です」
「だめです。見せてください」
有無を言わせぬ口調で、彼女は僕の腕を取った。そして、傷口にそっと手をかざす。淡い金色の光が滲み出し、傷がみるみるうちに塞がっていく。聖女の持つ膨大な神聖力がもたらす治癒の奇跡。
「……セレネ様。それは神聖力の無駄遣いです。こんな小さな傷、放っておいても治ります」
ゲームでは、神聖力を使うとSPを消費する。けど現実では神聖力を使えば体力も消耗するし、特に治癒の奇跡は消費が大きい。僕は推しを曇らせたい。けれど、それはあくまで物語を成立させるために必要だからであって、無駄に無理をしてほしいわけじゃない。
「無駄遣いじゃないです」
セレネは治癒の光を収めても、僕の腕を離そうとはしなかった。それどころか、握ったままの手を自分の胸元へと引き寄せる。不意を突かれた僕の指先が、柔らかな胸に触れた。
「リディアが傷つくのが、私は嫌です」
あまりにも真っ直ぐな言葉だった。僕を見つめる瞳には少しの迷いもなくて。彼女が僕を大切に思ってくれていることは知っている。それでも、面と向かってこんなことを言われたら照れる。僕の推し、あまりにも尊すぎる。
「……セレネ様」
「リディアは、私のこと、ただの主として見ていますか?」
先ほどまでの甘えた様子とは違う、真剣な眼差し。そしてその声には、どこか硬さがあって。
「……どういう意味です?」
「そのままの意味です」
問い返した僕に、セレネは少しも目を逸らすことなく答えた。僕の手を握る指先には、変わらず力がこもっていた。
「リディアは私のために、ここにいるんですよね?」
セレネがさらに一歩、僕との距離を詰めた。修道服越しに伝わる体温が、妙に落ち着かなくて僕はすぐに答えを返すことができなかった。
ここにいる理由。それは、原作通りに彼女を曇らせるため、彼女の絶望を深めるため、そして……その先にある最高のハッピーエンドのため。でも、そんな目的を本人に告げるわけにはいかない。
「……セレネ様のために、ここにいます」
僕は、嘘をついた。いや、嘘じゃない。半分は本当だ。彼女の幸せのために、僕はここにいる。ただ、その幸せの形が、彼女の望むものとは違うだけ。
「……本当、ですか?」
「はい。本当です。あの時、約束したでしょう?私は一生セレネ様のお側で、あなたを守ります」
「その言葉が聞けて嬉しいです。でも、私にもあなたを守らせてほしいです」
「それは——」
僕の言葉が紡がれる前に——唇に、柔らかなものが触れた。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。でもすぐに理解する。セレネが、僕にキスをしたのだ。唇と唇が触れ合う、しっかりとした口づけ。ほんの数秒のことだったけれど、その数秒は僕の頭の中を真っ白にするには十分すぎた。
セレネがゆっくりと離れる。彼女の頬はうっすらと赤く染まっていて、それでもその瞳はまっすぐに僕を見ていた。
「ふふっ。リディア、顔が赤いですよ」
「……セレネ様のせいです」
「ええ、私のせいです。でもリディアも悪いんですよ?すぐ自分を疎かにするんですから……だから、その先は言っちゃダメです。リディアは私の大切な人なんですから」
セレネは満足そうに笑った。その笑顔がまた可愛くて、僕はもう本当に駄目だった。仲のいい女性同士って、普通にキスするものなのだろうか?そんな疑問はすぐにどうでもよくなって。ただ画面の向こうの存在だったセレネが……今、僕の目の前にいて僕のことを大切に思ってくれている。
「……セレネ様」
声がうまく出ない。顔が熱い。たぶん今、僕の顔はものすごく緩んでいると思う。推しへの愛が溢れて止まらない。
でも——その笑顔を、僕はいつか壊す。
頭の片隅で、冷静な自分がそう囁く。セレネに深い絶望を与え、彼女を真の聖女へと目覚めさせる。そしてその先にこそ、最高のハッピーエンドが待っている。前世でゲームをやり込んだ僕が、誰よりもよく知っている展開だ。
だからこのキスもこの笑顔も、この温もりも——全部いつか来る別れの日のために。僕は今、最高の思い出を作っているのだ。セレネの記憶に残る、最も大切な存在として。それが、僕の役割。
「あ、そろそろ朝食の時間ですね。一緒に行きましょう、リディア」
セレネは僕の手を離さないまま、隣を歩き始めた。その手の温かさを、僕はしっかりと胸に刻む。いつかこの手を離す日のために。
ああ、でも。
やっぱり推しにキスされたのは、純粋に嬉しかった。
僕は心の中で小さくガッツポーズをしながら、聖女の隣を歩いた。罪悪感と高揚感がごちゃ混ぜになった不思議な気分のまま。それでも、今この瞬間は——幸せだった。
♡ ♡ ♡
キスをされた日から数日、あれから特別なことは何もなく僕はいつもと同じ訓練場にいた。訓練場に響くのは木剣が打ち合わされる乾いた音と、騎士たちの掛け声だけ。
僕は素振りを終えると木剣を鞘に収め、汗を拭った。神殿の管理する騎士団の訓練は厳しい。だけどリディアの身体は才能の塊だ。剣の腕も、神聖力の扱いもこの五年でもう上級に辿り着いている。聖騎士として一人前になるにはまだ少し足りないけれど、それでも神殿内ではかなりの評価を得ている。
「リディア様、お疲れさまでした」
訓練場の出口で一人の修道士が僕を呼び止めた。年は僕よりいくつか下で、神殿に仕える下級修道女だ。名前は、確か——ノエル。穏やかそうな顔立ちで、いつも訓練の後にこうして水を差し出してくれる。
「ありがとうございます」
受け取った水筒に口をつける。冷たい水が喉を流れていくのが心地いい。
「あの、リディア様」
ノエルが、少し躊躇いながら近づいてきた。何か言いたげで、疑問に思った僕は水筒を下ろして彼女を見る。
「どうかしましたか?」
「これ——」
彼女が差し出したのは小さな封筒だった。淡い水色の紙で、丁寧に折りたたまれている。表には『リディア様へ』と、几帳面な文字で書かれていた。
「へ、返事は要らないので!」
ノエルの頬が赤い、声も震えている。紙を渡すと、逃げるように去ってしまった。これが何なのかは、色恋に疎い僕にでもわかる。リディアの容姿は原作キャラだけあってずば抜けているし、男装女子風も相まって男子からも女子からも何度か恋文を貰ったことがある。
別に嫌なわけじゃないし、人に好意を持たれるのは嬉しいことだけど、今の僕には必要ないものだ。セレネを堕とすために、僕は死ぬ運命なのだから。いずれ居なくなるというのに、他の誰かに好意を抱かれるのは忍びない。
返信しないとって考えていたら、ふいに「リディア」と背後から、静かな声が響いた。
振り返ると、セレネが立っていた。修道服のまま、手に小さな籠を提げている。どうやら差し入れを持ってきてくれたらしい。けれどその表情は、いつもの柔らかな笑みではなかった。セレネの視線が僕の手にある封筒へと注がれている。その瞳の色が、いつもの柔らかな翡翠とは違う、深い森の奥底のような暗い緑に変わった気がした。
「それ、何ですか?」
声は静かだった、けどその静けさが逆に怖い。セレネは怒ると静かになるタイプだ。前世のゲームでも、主人公に彼女が本気で怒った時は決して声を荒げなかった。その代わり、周囲の温度が数度下がるような、そんな冷たい空気を纏う。
「あ、これは……ノエルという修道女から、手紙を」
「手紙?」
セレネが一歩近づく。籠を提げた手が、微かに震えているように見えた。
「リディア。それ、恋文ですよね?」
「えっと……おそらく」
「おそらく、で済ませないでください」
セレネの指が、僕の手から封筒をそっと抜き取る。その動作はとても丁寧なのに、どこか剣呑な雰囲気があって。彼女は封筒を一瞥すると、修道服の袖にそれを滑り込ませた。まるで、僕の手元から消し去るかのように。
「没収です」
「えっ、まだ返事を書いて——」
「返事を書く必要もありません。リディアは私の騎士でしょう?」
「それは、そうですけど」
「なのに、他の人から手紙を貰ってどうするつもりだったんですか?」
「断るつもりでした。今の私に色恋に割く時間はありませんから」
「断るつもりだったなら、なぜ受け取ったのですか?」
セレネの声は静かだったがその静けさの中に確かな苛立ちが滲んでいた。彼女は一歩、また一歩と近づいてくる。修道服の裾が床を擦る音が、やけに大きく聞こえた。
「その場で断ればよかったでしょう。受け取ってしまえば、相手に期待させるだけです」
「それは……そうですが、あまりに突然で」
「言い訳は聞きたくありません」
セレネの指が、僕の胸元に触れる。修道服の上から、心臓の位置をなぞるように。その手つきは優しいのに、どこか獲物を捕らえる猛禽類のような鋭さがあった。
「リディア……あなたは私のものですよね?私だけの騎士、私だけの幼馴染、私だけの——」
そこで彼女は言葉を切りふっと息を吐いた。そして、先ほどまでの冷たい表情が嘘のように、柔らかな笑みを浮かべる。けれどその瞳の奥には、消えない暗い炎が揺れていた。
「……ごめんなさい。少し、感情的になりすぎました」
セレネは僕から離れると籠を僕の手に押し込んだ。中には焼き菓子が入っている。ほんのりと温かく、彼女が今朝早くから作ってくれたものだとわかった。
「食べてください。訓練の後は、甘いものがいいでしょう?」
「セレネ様……」
「リディアのことを考えながら作っていました。リディアが喜ぶ顔を想像しながら」
セレネはそう言うと、くるりと背を向けた。修道服の裾がふわりと舞い、月光を思わせる金髪が揺れる。その背中は、どこか寂しげでけれど確かな決意を秘めているように見えた。
「今は一旦戻ります。また祈り時間に会いましょう」
それだけ告げるとセレネは廊下の向こうへと歩き去っていった。僕はしばらくその場に立ち尽くし、手の中の籠を見つめていた。焼き菓子の甘い香りが、ふわりと鼻をくすぐる。その香りは、彼女のさっきまでの雰囲気とは裏腹に……驚くほど優しかった。
♡ ♡ ♡
あの日の出来事から、セレネは以前にも増して僕に甘えるようになった。二人きりで過ごす時間は増え、スキンシップも次第に大胆になっていった。時には翌朝まで彼女の部屋から帰してもらえないことさえある。セレネが僕を大切に思ってくれていることは知っていた。けれど、まさかここまでとは思わなかった。
最初に違和感を覚えたのは、魔物の被害に遭った村で、子供たちを庇って怪我をしたときだった。
「問題ありません、セレネ様。この程度の傷、すぐに治ります。子供は無事でしたし、何も気にすることは——」
「大丈夫なわけがありません!リディアはいつもそうです。自分のことは後回しにして、誰かを守るためなら平気で傷つこうとする……!お願いですから、もう少し自分を大切にしてください!」
その日は急遽、村に宿を取ることになった。セレネはいつものように僕を治療してくれたのだけれど、どこか様子がおかしかった。傷が治った後もなかなか離れようとせず、まるで少しでも目を離せば僕が消えてしまうとでもいうように、ずっとそばにいた。
次に違和感を覚えたのは、体調を崩していたことがセレネに知られたときだ。
「申し訳ありません、セレネ様。少し体調が優れないだけでしたので、ご心配をおかけするほどのことではないと……」
「少しではありません!倒れるまで黙っているなんて、いったい何を考えているのですか!もし、このまま目を覚まさなかったら……私は……っ」
無理をして付き添いを続けていたせいで、ついに倒れてしまった僕は、セレネの寝室で休ませてもらったらしい。目を覚ました後で聞いた話では、休んでいる間、彼女は誰にも会わず、ずっと僕の看病をしてくれていたのだという。
そして決定的だったのが、夜にこっそり彼女の部屋へ呼ばれたときだ。
「リディア……今夜は、昔みたいに一緒に眠りませんか?」
「えっ……?セレネ様、もう子供ではないのですから、それはさすがに……」
「……嫌、ですか?」
「い、いえ、嫌というわけではありませんが……」
「なら、いいですよね?」
セレネは、昔のように一緒に眠りたいと言った。さすがにそれはどうなのかと思って断ったのだけれど、彼女はあっさりと僕を捕まえ、そのまま唇を重ねてきた。
あのときは本当に驚いた。けれど、セレネは悪びれる様子もなく、むしろ満足そうに笑っていたのだ。
……どうしてこうなった?
最初は戸惑っていた僕も、何度も繰り返されるうちに、少しずつ感覚が麻痺してきたらしい。
前世の僕は男だった。今の身体は女でも、魂は男のはずで……こんな状況、普通なら拒めるはずなのに、セレネを突き飛ばすことも、彼女の指を止めることもできなくて。
たぶん、理由はいくつか思いあたるものがあった。
一つは、罪悪感。僕はこの五年間、セレネに嘘をつき続けてきた。いつか訪れる別れのために、彼女の信頼を裏切りながら、都合よく「大切な幼馴染」を演じてきたのだ。その償いになるとは思わない。それでも、せめて今だけは彼女の望むものを与えたかった。偽りの関係の中で、これだけは本物だと思ってもらいたかった。
もう一つは、恐怖。ここで拒絶すれば、セレネは傷つくかもしれない。もし彼女の心に亀裂が入り、僕の想定する「覚醒」の筋書きまで狂ってしまうかもしれない。原作のセレネは、リディアを失って初めて本当の絶望を知る。それまではずっと守られていたからこそ、その喪失が彼女を変えたのだ。
もし今、僕が拒絶すれば、彼女には「リディアは私を拒んだ」という記憶が残る。あの名シーンが、愛する者を失った悲しみではなく、愛を拒んだ者への執着になってしまうかもしれない。それだけは避けたかった。推しの物語を、これ以上歪めたくなかった。
そして、これが一番正直な理由だけど。
僕は、セレネが好きだった。
前世から、ずっと。ゲームの画面越しに、彼女の笑顔も涙も苦悩も見てきた。彼女が幸せになるために、どんな結末が必要なのかも知っている。
だからこそ、今この瞬間もセレネが僕を求めてくれていることが、どうしようもなく嬉しかった。魂が男であろうと、身体が女であろうと、それらは関係なくて。セレネに必要とされること——それ自体が、僕にとっての報酬で。
気づけば、彼女に抱きつかれることも、手を握られることも、キスをされることさえ、時にはその先までも……当たり前になった。
「リディア、今日も一緒に寝ましょう」
セレネの部屋は、聖女の名にふさわしい白を基調とした清潔な空間だ。天蓋付きの大きなベッドに、柔らかな羽毛の布団。窓から差し込む月明かりが、彼女の金糸のような髪を銀色に染めている。薄絹で仕立てられた上等な寝間着もまた、彼女の魅力的な体躯を強調していた。
「……セレネ様、私は自分の部屋に戻らないと」
「だめです♡」
断ろうとする僕をよそに、彼女はきっぱりと言い切って、僕の腕を引いてベッドへと引きずりこむ。普段ならありえないのに簡単にバランスを崩した僕は、抵抗する間もなく柔らかなシーツの上に倒れ込んだ。
「セレネ様、今日は少し疲れて——んっ♡」
ちゅ、ちゅっ♡ちゅぷ♡くちゅッ♡
言葉の途中で彼女の唇が、僕の唇に重なった。何度目かのキスは、最初の頃のような遠慮がちなものではなくて。啄むように、そして深く、淫らな音を鳴らして。彼女の舌が僕の唇をなぞり、割り入ってくる。
「んっ……♡ふぅっ……♡んんぅ……♡」
くちゅ♡くちゅ♡ジュプッ♡ジュルッ♡
前世から経験なんてない僕はずっとされるがままで。優しく、それでいて執拗に唇を重ねられ、彼女の舌が僕の唇をなぞるたび、頭の中が気持ちいいに段々と支配されていく。
セレネの手が僕の銀髪に埋められ、逃げられないように後頭部を固定されて。最初は抵抗の意味を込めて彼女の胸を押していた手も、今ではすっかりその力が抜けて、ただ彼女の柔らかな身体に触れているだけ。
「はっ……っ♡はっ……♡」
「はぁっ……リディア、可愛い♡」
唇が離れると銀色の糸が僕たちの間に架かる。セレネは蕩けた翡翠の瞳で僕を見つめ、うっとりと微笑んだ。きっと今の僕は、とんでもなく情けない顔をしてるんだろう。
「そんな顔、私以外に見せちゃだめですよ♡」
そう言いながら、セレネの指が聖騎士の制服の留め具を外していく。ろくに動けない僕の耳に、乱れた息づかいと金属の触れ合う音。留め具が一つ外れるたび、制服が少しずつ緩み、肌が夜気に触れていく。気がつけば、上半身を覆うものは何もなくて、身につけているのは下着だけになっていて。
「あっ♡……セレネ、待って……」
「待たない」
彼女はそう言うなり、僕の鎖骨に唇を落とした。首筋から肩へと、次々に口づけが降り注ぐ。同時に、セレネの手は僕の身体を、腕から脚へ優しく撫でてきて。身体を駆けめぐる、くすぐったさと言いようのない熱。触れられた場所ばかりが妙に意識されて、僕の口からは言葉にならない音ばかりが漏れていた。
ちゅ♡ちゅっ♡ちゅぷ♡スリ♡スリ♡
「あ…っ♡は……っ♡あ……♡」
そして、彼女の手が僕の胸——膨らみかけたそこに触れて。
「ひぁッ♡」
思わず変な声が漏れた。触れられた場所から微かな痺れが広がって、身体が敏感に反応する。元は男だった僕にとって、この感覚にはいつまで経っても慣れなくて。ただ快感に満たされて、思考が塗り潰されていく。
「リディアの胸、前より少し大きくなった?」
「そ、そんなこと……んっん♡むっ……っ♡っんぁ♡」
クリ♡クリ♡ちゅぷ♡れるッ♡
否定しようとした僕の唇を、またキスで塞がれる。彼女の手が胸をやわやわと揉む。優しく触れていた指先が、不意にきゅっと胸の頂をつねり、僕の背中がびくんと跳ねた。
「ん……っ♡んっ♡」
「リディアって感じやすいよね♡」
れる♡れろっ♡ぢゅぱ♡ぢゅッ♡
セレネは悪戯っぽく笑い、今度は胸の先を口に含む。僕はシーツをぎゅっと握り、漏れそうになる声を必死に押さえ込んで……でも、こらえようとするたびに呼吸が乱れ、吐息がかすかに漏れる。
「我慢しなくていいのに。リディアの可愛い声、聴きたいのになあ」
彼女は少し不満げにそう言うと、僕の両足の間に身体を割り込ませた。太ももに感じる彼女の体温。そして、彼女の指がゆっくりと下へと降りていく。下着の上から触れられた、くちゅり♡の水音に、僕は思わず身体を強張らせた。自分の反応を意識するほど、恥ずかしさと戸惑いが胸の奥で膨らんでいく。
「リディア、ここ、こんなに濡れてる」
「言わないで……」
羞恥で顔を背ける僕の耳元で、セレネが囁く。そして嬉しそうに目を細め僕の下着に手をかける。ゆっくりと下ろされ、露わになる部分。もうすっかり濡れてしまっている秘所に、彼女の指先が直接触れてきて。
「はっあ゛ぅっ♡」
セレネの指先が、ぬるりととろけたそこをなぞった。びくん、と僕の腰が跳ねる。楽しげに彼女は膣口のすじを上下になぞって——ぬちゃ♡くちゅ♡と濡れた音。触れられるだけの、微かな刺激でさえも。火照った僕の身体は、もう思うように言うことを聞いてくれない。
「あっ……♡だめ、そこ……っ♡」
「だめじゃないよね?こんなに可愛い音がしているのに♡やめちゃっていいの?」
くちゅ、と指先が沈み込む。濡れそぼった蜜穴は彼女の指を容易く受け入れて、粘つく水音が静かな部屋に響いた。その音が、自分の身体が勝手に反応していることが、たまらなく恥ずかしくて。
グプッ♡クチュ♡グチュ♡グチュ♡
「あ♡あっ♡お゙っ♡んあ゙っ♡」
セレネの指がゆっくりと奥へと進んでくる。異物感と、それ以上に押し寄せる言いようのない感覚に、僕はシーツを握る手にぎゅっと力を込めた。陰部からじんわりと躰中へ広がっていた熱が、もう堪えきれないほどに高まっていく。その昂ぶりを抑えようとすら思えず、ただ与えられる感覚に身を委ね、さらなる高みへ導かれたいという本能に従おうとしたところで——。
「あっ♡……え、あっ、な、何で……」
不意にセレネの手が止まった。指をそのまま留めた彼女は、じっと僕の顔を覗き込んでいる。翡翠の瞳が、月明かりを受けて妖しく光っていた。
「うん?止めて欲しかったんだよね?♡」
「あっ♡や、いや、ちが……っ♡」
「ちがう?じゃあ、なに?……ん、こんなにびくびく震えてるのに? ねえリディア、ここ、もっと欲しいんじゃないの?♡」
ぐちゅ♡ぐちゅ♡と、わざと音を立てるように指を抜き差しされる。そのたびに情けない声が漏れ、僕はシーツを握る手にぎゅっと力を込めた。止めてほしいのに、止められたら困る。そんな矛盾した気持ちが、胸の中でぐるぐると渦を巻いている。
「ほら、正直に言ってみて?どうして欲しいのか」
「そ、そんなの……っ♡」
「言えないなら、このまま指、抜いちゃいますよ」
そう言って、セレネは本当に指を引き抜こうとする。とろけた蜜が指に絡み、ぬるりと出口まで引き戻されかけた、その瞬間。僕の身体が勝手に腰を引き、彼女の指を追いかけてしまった。くちゅん♡と浅いところで抜き差しが止まり、セレネが満足そうに笑う。
「今の、自分から腰を動かしましたよね?」
「ち、違……っ♡」
「違わないですよ。ねえ、リディア……さっきからすっごく締め付けてるの、自分でわかってる?素直に言えたら、いっぱい気持ちよくしてあげます♡」
耳元で囁かれ、ぞくりと背筋が震える。セレネは絶対にわかっている。僕が何を言いたいのか、何を求めているのか。それなのに、わざわざ口にさせようとするなんて……本当に、意地悪でずるい。
「……もっと、」
「もっと?」
「もっと……指、動かしてください……っ」
口にしてしまった途端、顔が燃えるように熱くなった。こんなこと、前世でも言ったことがない。それなのに、セレネはまだ満足していないようで。
「指、だけ?」
「え……」
「私、リディアが何をしてほしいのか、ちゃんと聞きたいんです。『指を動かして』だけじゃ、どこをどうしてほしいのかわからないじゃないですか」
くちゅ♡と指の腹で内壁の弱いところを擦り上げながら、彼女は意地悪く問いかける。そこはもう、さっきから何度も触れられて敏感になっているところで。僕は乱れる息を必死に整えながら、なんとか言葉を絞り出そうとする。
「奥……っ、奥まで、いっぱい……っ」
「奥まで、いっぱい? 何を?」
「……っ、セレネ様の、指を……っ♡」
言い終わるか終わらないかのうちに、セレネの指が奥まで沈み込んだ。まるでこの瞬間を待ち構えていたかのような動きに、僕は喉の奥で悲鳴のような声を上げてしまう。
「あ゙っ♡や、急に……っ♡」
「だってリディアが可愛いこと言うから。ねえ、もっと言って?私の指どうして欲しい?」
「いっぱい……っ♡いっぱい、かき回して……っ♡」
一度口にしたらもう恥ずかしさの壁が崩れてしまったみたいだった。セレネは嬉しそうに目を細めて、ゆっくりとでも確実に僕を追い詰めるように指を動かし始める。ぐちゅぐちゅと粘つく音、残っていた理性が少しずつ溶かされていくようだった。
「んっ♡んっ♡あっ♡あ゙っ♡」
「声、我慢しなくていいんですよ。誰も聞いてませんから」
そう言いながらセレネが僕の耳たぶを甘く噛んだ。同時に指の動きが少しずつ速さを増していく。ぐちゅ♡ぐちゅ♡と水音が絶え間なく鳴り、残っていた理性がどろどろに溶けていくようだった。
セレネは答えのかわりに僕の唇にもう一度キスをした。深く、息ができないほどに。そして指の動きをさらに速めた。
「んんっ♡!むっ……んぅっ♡」
ビクビクと身体が痙攣する。指が一番奥の弱いところをぐりっと押し上げた、その瞬間。全身が甘い痺れに包まれ、目の前が白く弾けた。でも、それで終わりではなくて——下腹部の奥から何かがせり上がってくるような感覚。僕は抗えない衝動に突き動かされ、彼女の肩を掴んだまま腰を跳ね上げていた。
「あっ♡セレネ……っ♡なんか、でちゃ……っ♡」
ビクビクビクッ♡ブシュッ♡ブシュッ♡
言い終わる間もなくびくん、と大きく身体がしなって次の瞬間、とろとろの蜜をたっぷり含んだセレネの指が抜けていくのと同時に、熱い飛沫が僕の太ももを濡らした。くちゅん♡と軽い音を立てて、透明な液体がシーツに飛び散る。一度では終わらず、二度、三度と小さく噴き出して僕は自分の身体からこんなものが出るのかと呆気にとられながら、それでも止まらない甘い痺れに身を震わせていた。
「は——っ♡は—っ♡はぁっ……♡」
長い長い波が引いていくまで僕は彼女にしがみついたまま小さく何度も震えていた。ようやく唇が離れて酸素を求めて喘ぐ僕の目の前で、セレネは自分の手のひらを見つめて、それから実に楽しそうに笑った。
「リディア、すごい。こんなにびしょびしょにしちゃって……♡」
そう言って、彼女は濡れた指を僕に見せた。とろりと糸を引くそれを見て、自分の身体がどんな状態だったのかを思い知らされ、僕は顔を赤らめて目を逸らす。
「よく頑張ったね、リディア」
セレネはそう言って、指先を舐めた。その声は、あまりにも優しくて。僕は自分の選択が間違っていないことを確信しながらも、この気持ちに応えられない未来が、ひどく遠いもののように思えた。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!
無事に前編を投稿できました!
……ところで、エッチシーンって難しすぎませんか???( ;´Д`)
頭の中にあるイメージを文章にするのが難しいのはもちろん、どこまで描写すればいいのか、どんな言葉を使えばいいのか、悩み始めるとキリがないんですよね。
世の中のエッチな紳士作家さんたちは、どうやって書いてるんですか……?
そんなことを考えながら、今日も勉強中です。
あ、それと、タグに「ふたなり化」が付いていますが、前編ではまだその要素はありません!
後編で登場する予定なので、先に付けておきました。後編も近々投稿する予定ですので、もう少々お待ちください!