俺――細川大輔は、二十三歳。
はっきり言って、ブサイクだ。
女性を前にすると、どうしても緊張してしまう。
免疫がないからだ。
昔から勉強も苦手だった。
それなのに、いま高校教師をしている。
個人面接や集団討論なんて、順調に進むはずがなかった。
けれど、現にいま――
国府学院高等部二年一組の副担任を務めています。
今日は土曜日だ。
俺はベッドの上で仰向けになり、天井を見つめていた。
休日をゆっくり過ごす予定だった。
頭にあるのは、結愛姐さんのことだ。
『令和ギャル』
あの人が先生とは誰も思わないだろう。
――浜崎結愛、二十四歳。
国府学院高等部二年一組の担任教師。そして、俺はその副担任だ。
結愛姐さんの美貌、そして、人を陶酔させるような匂い。
国府学院に赴任してから、ずっと脳裏に焼き付いて離れませんね。
そのとき――
机の上のスマートフォンが震えた。
俺は目を擦りながら身を起こした。
「ったく。誰だよ」
画面には『結愛姐さん』と表示されていた。
……えっ、何!?
俺は半パン姿のまま、慌てて電話に出た。
「は、はい!」
思わず声が裏返った。
『今ね、細川君の家の近くなの』
結愛姐さんの声だ。
言葉が出てこない。
『もしもーし、聞こえてる?』
「はっ、はい! 全て、正確に聞き取っております!」
『もうすぐ、細川君の家に着くから』
「はい! 心よりお待ち申し上げております」
頭が真っ白になった俺は、そう口にしていた。
結愛はからっと笑った。
『なにそれ! じゃあ、心から待ってて!』
少しして、部屋のインターホンが鳴った。
結愛姐さんがマンションに着いたらしい。
俺はすぐにインターホンの通話ボタンを押した。
「はい! 到着で御座いますか!」
『マンション着いたよ、開けて』
「承知仕りました!」
俺は震えた指で解錠ボタンを押した。
やがて、玄関のインターホンが鳴った。
間を置かずに扉を開けた。
「結愛姐さん! お疲れ様でございます!」
「あのさ、私、極道の妻じゃないんですけど」
結愛は声を上げて笑った。
俺は結愛をリビングへ通した。
「どうぞ。……このような場所ですが」
浜崎結愛は、誰が見ても令和ギャルにしか見えない。
金色の髪。
肩紐がなく、胸元だけを覆うチューブトップ。下はジーンズ。
学校でも、その服装だ。
息を呑むほどの美人で、学生時代はファッションモデルをしていたらしい。
校内でも際立って目立ち、多くの生徒が遠くから憧れるような存在だった。
俺もその一人だった。
まあ……俺は教師だから、立場は違うけど。
結愛が入ってきた途端、部屋中に濃密でとろけるような匂いが広がった。
――汗でぐっしょり濡れた浜崎結愛そのものの匂い。
俺は少し姿勢を正して座り、その向かいに結愛が腰を下ろした。
結愛は一度、部屋を見回した。
「ねえ、どうやったらこんなマンションに住めるの? 細川君の家、超金持ち? だって、教師一年目だったら、お給料少ないでしょ」
「……はい。わたくしは、そうですね。細川物産のひとり息子で御座いまして」
「わおっ、会社経営者の息子かあ。……じゃあ、細川君と結婚したら、オーナー夫人になれるわけか」
結愛は軽い調子で言うと、俺の返事を待つでもなく立ち上がった。
すっと隣へ回って、俺の肩に軽く腕を回した。
俺は完全に硬直した。
「なに、緊張してんの。本題、これからだよ」
結愛は何でもないように言った。
そのあと、少し表情を変えた。
「唐突だけどさ。細川君、ちょっと手伝ってくれない?」
「えっ……」
俺は空気の抜けたような声を出した。
「何を、でしょうか?」
「瀧村グループの不正を調べる」
結愛は真剣な顔をしていた。
俺の勤める国府学院の財政を、裏から支えている瀧村グループ。
その資金提供は、学園の隅々にまで及んでいた。
奨学金制度の設立や、海外留学プログラムの費用負担。
瀧村グループがもたらす恩恵はあまりに巨額であり、もはや学園は企業側の意向に逆らうことなどできない。
教科書の採択から校則に至るまで、学校のあらゆる方針に瀧村グループの意向が反映されていく。
それは、まさに大企業による静かな学園支配そのものだった。
――そして。
それから俺たちは、幾度も瀧村グループの計画を阻むことになる。
そう。浜崎結愛と共に。
……結愛姐さんが頑張っているので。
まあ、俺はその……。
――足手まといにならないために、そっと後から付いていってるだけですが。
浜崎結愛と一緒にいられる日々。
人生の楽しみはこれだけ。
いまのところ。
まあ、未来もあんまり変わらないかな。