瀧村グループの男たち三人が、一斉に動いた。
俺は慌てて出口へ向かった。
……怖い、怖すぎる。
でも、結愛姐さんのことが気になって、振り返った。
一人の男が結愛の肩をつかもうとしていた。
結愛は半歩下がってその手をかわし、男の腹部へ素早く突きを入れた。
男が身体を折ったところへ、脇腹を蹴った。男は近くの椅子へ倒れ込んだ。
もう一人の男が腕を伸ばした。
結愛は身を低くし、男の胴へ拳を叩き込んだ。
男はその場に崩れ落ちた。
三人目の男が横から近づいてきた。
結愛は素早く向き直り、正面から蹴りを放った。
男は前のめりに倒れた。
――あっという間だった。
結愛は追い打ちをかけず、男たちとの間合いを取った。「まだ来る?」
一人の男が腹を押さえたまま、結愛を睨んだ。
瀧村グループの責任者らしい男が、部下の落とした資料へ手を伸ばした。だが、その前へ結愛が立った。
「触るんじゃないよ!」
男は構わず、結愛を押し退けようとした。
結愛は身体を横へずらし、男の手を外した。
そして、隙をついて拳を胴へ叩き込んだ。
さらに短い突きを続ける。
男は後退し、舞台の縁へ背中をぶつけて崩れ落ちた。
結愛は床に落ちた資料を拾い上げた。
「これは渡さないよ」
男は結愛を睨みつけた。
だが、倒れている部下を見ると、舌打ちした。
「覚えていろ!」
吐き捨てるように言って、出口へ向かった。
三人の部下も、よろめきながら立ち上がった。
男たちは結愛を警戒しながら、旧講堂を出ていった。
――結愛姐さん、圧巻です。
俺は出口の近くから、ようやく歩き出した。
鈴木先生は俯いたまま、動かなかった。
日頃の鈴木先生は穏やかで、生徒にも丁寧に接する教師だった。
結愛は何も言わず、鈴木先生が口を開くのを待った。
やがて、鈴木先生が絞り出すように言った。
「瀧村グループから、学院への支援を見直すと言われた。広報設備の更新も、奨学金への寄付も、すべてだ」
声が震えていた。
「私は、学院を守るためだと思い込もうとした。小倉美咲一人が辞退すれば済む。そう考えた」
鈴木先生は顔を上げた。
「小倉には、辞退しなければ家族にも迷惑が及ぶかもしれないと伝えた。あの子がどれほど怖がったか……。私は、生徒を守るどころか、生徒を脅したんだ」
鈴木先生は目を伏せた。
「教師を続ける資格はない。辞職する」
結愛が一歩前へ出た。
「辞めるかどうかは、そのあとで決めてください」
鈴木先生が顔を上げた。
「小倉ちゃんにしたことも、瀧村グループに言われたことも、学院長に全部話してください。小倉ちゃんにも謝ってください」
結愛はじっと鈴木先生の顔を見た。
「辞めると言えば、それで終わりになると思いますか」
少し間を取ってから続けた。
「小倉ちゃんは、今も家族に何かされるんじゃないかって怖がってるんですよ。先生だけが辞めても、その不安は消えません」
鈴木先生は何も言わなかった。
「逃げないで、先生がやったことを元に戻してください」
長い沈黙が流れた。
俺は、鈴木先生が処分しようとしていた資料を見た。
あれが捨てられていたら、小倉さんはどうなっていたんだろう。
そう考えると、黙っていられなくなった。
「もう、捨てようとしないでください!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
鈴木先生が俺を見た。
「小倉さんを代表生徒に戻してください。そのうえで、全部話してください!」
……言ってしまった。
俺は急に怖くなった。
鈴木先生はしばらく黙っていた。
やがて、深く頭を下げた。
「分かった。すべて学院長に話す。小倉美咲にも謝る」
結愛は何も言わず、抱えていた選考資料を鈴木先生へ差し出した。
鈴木先生は両手で資料を受け取った。
「すまなかった」
そして、結愛へ顔を向けた。
「ありがとう」
鈴木先生は深く頭を下げ、旧講堂を出ていった。
俺は窓際まで歩き、窓の外を眺めた。
結愛が近づき、俺の背中を軽く叩いた。
「細川君、格好いいじゃん」
……えっ?
俺は思わず結愛姐さんを見た。
結愛は笑っていた。
「私が戦ってるとき、猛スピードで逃げたけど」
俺は何も返さなかった。
というのも――。
目の前で人が格闘するところを見るの、意味が分からないほど怖いので。
結愛姐さん、毎度お世話になります。
色々な意味で。
結愛姐さん、圧巻です!