――数日後。
俺は結愛姐さんと一緒に、高等部二年一組の教室へ入った。
教室の中では、明るい声が響いていた。
「小倉さん、代表生徒に戻ったんだって!」
美咲の席に、生徒たちが集まっている。
「良かったね」
「やっぱり、小倉さんが一番合ってるよ」
「学校説明会、頑張ってね」
美咲は照れくさそうに笑いながら、何度も頭を下げた。
「ありがとう。今度は、最後までちゃんとやるから」
鈴木先生が学院長に事情を説明し、代表生徒の選考は改めて確認された。
そして、美咲の復帰が正式に決まったのだ。
結愛は教壇から美咲を見ていた。
「小倉ちゃん、良かったね!」
美咲は結愛へ顔を向けた。
何も言わず、深く頭を下げる。
結愛は軽く頷いた。
教室の後ろでは、瀧村瑞穂が机の上で拳を握り締めていた。
美咲を囲む生徒たちの笑い声が、気に入らないようだった。
「なんで……」
瑞穂が小さく呟いた。
近くにいた生徒が振り向く。
瑞穂は慌てて顔を伏せた。
だが、握り締めた拳は震えていた。
そのとき、結愛がゆっくりと歩き出した。
瑞穂の席の横で足を止める。
俺が結愛を見ると、他の生徒たちも顔を向けた。
瑞穂が小さく尋ねた。
「先生、何ですか?」
結愛は黙ったまま、瑞穂を見下ろした。
「だから何?」
瑞穂が苛立ったように言った。
結愛は軽く微笑んだ。
「立って」
「はあ?」
「いいから、立って」
瑞穂がゆっくりと立ち上がった。
結愛は真剣な顔で、瑞穂の肩に腕を回した。
「その態度、気に入らない。締め落としてもいい?」
教室の会話が止まった。
……結愛姐さん?
いくら何でも、それはまずいんじゃないでしょうか。
「暴力振るったら、どうなるか分かってます?」
瑞穂が少し強く返した。
結愛は目を逸らさなかった。
しばらくして、結愛は腕を解き、教壇へ戻った。
「はい! じゃあ、小倉ちゃんの代表生徒復帰を祝って、出席を取ります!」
明るい声だった。
生徒たちは戸惑いながらも、席へ戻っていった。
結愛姐さん――。
やっぱり、怖い人なのかな。
いや、俺にとっては最高に素敵な女性なんですけど。
結愛姐さん、香水は付けていません。
それなのに、結愛姐さんのからだから、濃厚で官能的な匂いが漂ってくる。
結愛姐さんの性の匂いです。
濃密度二百パーセント。
――結愛姐さん。
これまでの人生で、一度も負けたことがないそうですが。
類稀な美貌、鍛えた肉体、とろけるような匂い。
結愛姐さんの素敵なからだを、一度拝ませて下さい。
いや、抱かせて下さい……いや、逆だな。
結愛姐さん、どうか俺を抱いて下さい。
一生に一度のお願いです。
でも、すぐに射精して、それで終わるか。
一瞬で終わるのは、ちょっと嫌だな。
――その夜。
国府学院から離れた瀧村家の邸宅。
瀧村グループ代表取締役会長・瀧村真由の前で、三女の瑞穂が苛立ちを隠そうともせずに叫んでいた。
「浜崎結愛! あいつだけは許せない! 何とかしてよ、お母様。あの女を早くぶちのめしてよ!」
真由は小さく笑った。
「あまり乱暴な言葉を使うと、品が落ちるわよ」
傍にいた秘書が静かに尋ねた。
「いかが致しましょうか」
真由は椅子をゆっくりと回し、しばらく黙っていた。
やがて、微笑みを浮かべて口を開いた。
「そうね。大庭をここへ呼んで」
瑞穂は嬉しそうに笑った。
しばらくして、秘書が扉を開けた。
巨大な男が部屋へ入ってきた。
男の身体が大きすぎて、扉が狭く見えた。
――大庭重徳。瀧村家の専属警護員だった。
身長は二メートル近くあり、肩幅も胸板も並外れていた。
真由は椅子に座ったまま、大庭を傍へ呼び寄せた。
机の上には、浜崎結愛の写真が置かれていた。
「可愛い子でしょ」
大庭は黙ったまま写真を見た。
真由が写真へ指を滑らせた。
「浜崎結愛は相当強いわ」
真由は軽く微笑んだ。
「でも、あなたの役目は、この女と戦うことではない」
大庭が初めて口を開いた。
「何をすればいい」
真由の笑みが深くなった。
「明日、学院へ行きなさい。ある人物の指示に従ってもらうわ。あなたの役目は、この女を逃がさないこと。それだけよ」
秘書が静かに尋ねた。
「あの人物ですか?」
真由は机に置かれた浜崎結愛の写真へ目を落とした。
「ええ、そうよ」
少し間を置き、大庭を見上げた。
「あの人は必ず期待に応える。……浜崎結愛、二十四歳。若い女よ。若い子はね、恐怖をからだに覚えさせれば、大人しくなるの」
大庭は何も答えなかった。
真由に一礼し、部屋を出ていった。
瑞穂と秘書も退室した。
真由は一人になると、無表情のまま浜崎結愛の写真を見下ろした。