※この作品はR-18です。

秘密の潜航部 〜陰キャな僕らの検証記録〜   作:ろくさん

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R-18なラブコメ初めてみました


検証1 カーテン裏

四月の陽光は、無遠慮なほどに暴力的だ。磨き上げられた窓ガラスを透過した春の日差しが、新しく塗り替えられたばかりの教室の床を白く照らし出している。空気中に舞う微細な埃すらもがキラキラと輝き、まるでこの空間そのものが青春という名の巨大な舞台装置であるかのように錯覚させる。

 

新学期という眩しい季節は、光が強ければ強いほど、その裏側に落ちる陰を濃くするものだ。この青山学園の教室という小さな社会において、あくまでも物語の主人公は、今まさに教室の中央で机を囲み、春休みの思い出話や新しいクラスメイトとの値踏み合いに花を咲かせている連中だ。大きな声で笑い、最新の流行について語り合い、互いの肩を叩き合って親愛の情を誇示する彼らこそが、スポットライトを浴びるべき正規のキャストなのである。

 

それに引き換え、ボク達はモブ以下のエキストラだ。強いスポットライトが当たる事なんて金輪際あり得ないし、万が一にも物語のカメラがこちらを向くときがあるとすれば、それは決まって道化として嘲笑の的にされる時だけだ。自ら発光することを知らない人間は、ただ息を潜めて舞台の袖に隠れているしかない。気づけば無意識のうちに光を避けて、誰の目にも留まらないように陰へと集まってしまうボク達のような人間にとって、この春という時期は一年で最も居心地の悪い、最悪の季節だった。

 

ボクこと日根田イツキは、冷え切ったアルミサッシの窓枠に背を預け、厚手のレースのカーテンを盾にするようにして立っていた。クラス替えの発表から数日が経ち、教室内のカーストとグループ分けが急速に固定化されつつある昼休みの時間帯だ。長めの前髪の間から、斜に構えた視線で教室の中心を睨みつける。あいつらの放つ熱量と騒々しさは、見ているだけでこちらの体力を容赦なく削り取っていく。誰とも目を合わせず、誰からも話しかけられないこの窓際の最奥部だけが、ボクに許された唯一の安全地帯だった。

 

分厚いカーテンが春風を孕んでふわりと膨らみ、ボクの全身をすっぽりと包み込む。白い布地が一枚隔てるだけで、教室の喧騒はまるで遠い別世界の出来事のように少しだけくぐもって聞こえた。そのまま目を閉じて、早く午後の授業のチャイムが鳴らないかと心の中で毒づいていた、まさにその時だった。

 

ふわり、と。

窓から吹き込む春風とは明らかに質の異なる、どこか甘くて清潔な石鹸の香りが鼻腔をくすぐった。それと同時に、カーテンの裾が微かに揺れ、ボクが独占していたはずの狭苦しい陰の領域に、もう一つの小さな影が滑り込んできたのだ。

 

驚いて顔を上げると、そこには見覚えのある少女が立っていた。艶のある黒髪を顎のラインで切り揃えた、手入れの行き届いたショートボブ。身長はボクより少し低い百五十八センチほどで、制服のブレザーを規則通りにきっちりと着こなしている。確か、一年生の時も同じクラスだった島本みほだ。彼女もまた、教室の真ん中で騒ぐ連中とは無縁の、大人しくて控えめな、いわゆる地味なグループに属する人間だったはずだ。

 

なぜ彼女がわざわざこんな狭いカーテンの裏にまで入ってきたのか理解できず、ボクは警戒心を露わにして一歩後ずさろうとした。しかし、背後には窓ガラスがあり、逃げる隙間など残されていない。

島本はそんなボクの動揺など気にする素振りも見せず、すっと一歩、こちらへと距離を詰めてきた。大きくて黒目がちな瞳が、下から真っ直ぐにボクを見上げてくる。普段は伏せられがちなその睫毛が、今はすぐ目の前で微かに震えていた。何か用なのかと声をかけようとして唇を開いた瞬間、彼女の小さな手がボクのブレザーの袖を軽く掴んだ。

 

そして、彼女がほんの少し背伸びをしたかと思うと、視界がふわりと黒い髪で埋め尽くされた。

 

チュッ。

 

唇の中心に、驚くほど柔らかくて、ほんのりと湿り気を帯びた温かい感触が押し当てられた。自分の身に何が起きたのかを脳が処理するよりも早く、小さな水音がカーテンの内側の狭い空間に響き渡る。

 

彼女の顔がゆっくりと離れていく。至近距離にある島本の頬は、春の日差しに照らされたわけでもないのに、うっすらと桜色に染まっていた。

 

「え……!? えぇぇっ」

 

喉の奥から、裏返ったような情けない声が飛び出した。ボクは自分の唇を両手で押さえながら、目を白黒させて目の前の少女を凝視する。頭の中が真っ白になり、心臓が肋骨を内側から激しく叩き始めていた。キス。今のはどう考えても、紛れもないキスだった。それも、ろくに会話すら交わしたことのないクラスメイトからの、何の脈絡もない奇襲のような口づけだ。

 

パニックに陥るボクをよそに、島本は至って落ち着いた様子で、少しだけ首を傾げて微笑んだ。

 

「また同じクラスだね」

 

鈴を転がすような、けれど決して周囲には届かないほど小さな、落ち着いた声だった。彼女は制服のスカートを軽く払いながら、ボクのすぐ隣、肩と肩が触れ合うかどうかの距離に並び立つ。

 

「ターキくんも明るいの苦手でしょ? 自分達への注目を意識した陽キャ達の行動、見てるだけで疲れない? 私もつい苦しくなって教室の隅に行くと、いつもターキくんがいるんだ」

 

彼女はカーテンの隙間から、教室の中央でバカ騒ぎしている連中をちらりと見やりながら言った。ターキくん、というのは、ヒネタイツキという名前を、小さな時分に通して呼んだ際に間違えられたことから一部の人間にだけ定着してしまった、ボクのあまりありがたくないあだ名だ。彼女がその呼び名を知っていたことにも驚いたが、それ以上に、今の状況でそんな日常会話の延長みたいなトーンで話しかけてくる彼女の神経が全く理解できなかった。

 

「いや、何でキスしたのっ」

 

ボクは周囲に聞こえないよう必死に声を押し殺しながらも、激しいツッコミを入れずにはいられなかった。頬が熱い。唇に残る彼女の柔らかくて甘い感触が、まだ生々しく神経を焼き続けている。女性とこんな風に触れ合ったことなど一度もないボクにとって、それはあまりにも刺激が強すぎる出来事だった。

 

すると島本は、長い睫毛をパチパチと瞬かせ、人差し指を自分の唇にちょんと当ててみせた。その仕草が妙に艶めかしくて、ボクは思わず生唾を飲み込む。

 

「つまりさ、カーテンの裏で私たちみたいな陰キャがキスしても、誰も気付かないんだよ。……あ、急にキスして怒った? ゴメンね」

 

後半は少しだけ申し訳なさそうに眉を下げてみせたものの、その瞳の奥には、悪戯が成功した子供のような好奇心の光が宿っていた。

ボクは呆気にとられたまま、カーテンの向こう側へと意識を向けた。すぐ数メートル先では、男子生徒が掃除用のホウキをギターに見立てて飛び跳ね、それを女子生徒たちがスマホで撮影しながら黄色い悲鳴を上げている。彼らとボク達を隔てているのは、向こう側が透けて見えるほど薄い、たった一枚の白いレースの布だけだ。それなのに、確かに誰一人として、この窓の隅で男女が密やかに唇を重ねたことなど気にも留めていない。いや、そもそもここにボク達が存在していることすら、彼らの視界には入っていないのだ。

 

彼女の言う通りだった。ボク達は空気だ。風景の一部だ。どれだけ不埒な振る舞いをしようとも、スポットライトの外側にある陰の領域には、誰の視線も届かない。

 

その事実を突きつけられ、妙な納得感と同時に、背筋がゾクッとするような奇妙な感覚が湧き上がってきた。ボクは改めて、隣に立つ島本みほという少女をまじまじと見つめ直す。黒髪のショートボブに、化粧っ気のない素朴な顔立ち。いつも一人で静かに本を読んでいるような、どこにでもいる地味な女の子。しかし、ブレザーの下に隠された彼女の身体つきは、こうして至近距離で見てみると、百五十八センチという標準的な身長の割に、胸元が驚くほど豊かに盛り上がっていることに気づかされる。キュッと引き締まったウエストのラインとの対比が、制服の上からでも妙に扇情的な曲線を描き出していた。

 

「いや、し、島本って見かけによらず大胆だなって……」

 

動揺を隠しきれないまま、ボクはようやくそれだけの言葉を絞り出した。怒りなんて湧くはずがない。むしろ、むっつりスケベを自覚しているボクの頭の中は、さっきのキスの感触と、目の前にある彼女の意外なほど発育の良い胸元のことでいっぱいになりつつあった。

 

ボクの視線が自分の胸元を掠めたことに気づいたのかどうか、島本はふっと口元を緩めた。普段の控えめな印象からは想像もつかないような、どこか挑発的で、それでいてひどく蠱惑的な笑みだった。

 

「見かけ……。私、見かけによらずセックスも上手いんだよ?」

 

さらりと。本当に、今日の天気でも話題にするかのような軽い調子で、彼女はとんでもない単語を口にした。

 

「え? ……せ、セック、って……っ」

 

思考が完全に停止した。今、この地味なクラスメイトは何と言ったのか。日頃の自分なら絶対に口に出すことすら憚られるような直接的な言葉を、こんな清楚で大人しそうな少女が、真っ昼間の教室で堂々と口にしたのだ。しかも、自分がその行為において熟練しているという自己申告まで添えて。

 

耳まで真っ赤にして固まるボクの反応が余程面白かったのか、島本はクスクスと喉の奥で忍び笑いを漏らした。その笑みには、クラスの陽キャたちが浮かべるような下品な嘲りは一切含まれていない。ただ純粋に、自分と同じ陰の住人であるボクの反応を楽しんでいるような、親密で共犯めいた響きがあった。

 

島本みほは、ただ地味で目立たないだけの女の子なんかじゃなかった。その大人しい殻の内側に、とてつもない好奇心と行動力、そして底知れない好色さを隠し持った、スゴク変わった女だったのだ。

呆然と立ち尽くすボクの胸元に、彼女が再びすっと身を寄せた。今度はブレザーの襟元を軽く掴まれ、ぐっと顔を引き寄せられる。拒絶するだけの気力も判断力も奪われていたボクは、されるがままに姿勢を低くした。

 

彼女の柔らかく温かい吐息が、ボクの耳朶を直接撫で上げる。石鹸の香りに混じって、女の子特有の甘酸っぱい体臭が鼻を突き、下半身に一気に血が集まっていくのが分かった。

 

「ねぇターキくん。今度、学園で潜らない?」

 

耳元で囁かれたその言葉は、悪魔の誘惑のように甘く、ボクの脳髄を直接痺れさせた。

潜る。その言葉が具体的に何を意味しているのか、その時のボクにはまだ正確には分かっていなかった。けれど、先ほどのキスの感触と、彼女が口にした淫らな言葉の余韻が、その先に待っているであろう背徳的な時間を雄弁に物語っていた。

 

予鈴のチャイムが教室中に鳴り響く。騒いでいた生徒たちが、名残惜しそうにそれぞれの席へと戻り始める気配がした。

島本は何事もなかったかのようにボクから体を離すと、乱れたブレザーの裾を軽く整え、最後に一度だけ、黒目がちな瞳でボクをじっと見つめて微笑んだ。そして、本当にただの空気であるかのように、誰の目にも留まらない自然な動きでカーテンの裏から滑り出し、自分の席へと戻っていった。

 

一人残されたカーテンの裏で、ボクはしばらくの間、自分の唇と、熱く火照ったままの耳元を交互に抑えて立ち尽くしていた。

耳元で囁かれたあの言葉から、ボクの灰色だった日常は、劇的に一変していくことになる。自分たちが誰からも注目されない目立たない存在であることを逆手に取り、校内のあらゆる死角に潜んで快楽を貪る秘密の部活動。地味な少女に誘われるままに、ボクはこれから、とても気持ちイイ検証を幾度となく重ねていく事になるのだ。

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