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その港に立つと、潮の香りがさっきよりも増した。何でも、この辺りでは漁業の盛んな場所らしい。周りには、本でしか見たことのない海鳥、珍しい苔、千切れて萎びた紐が辺りに見える。物心ついてから育って来たトリニティにおいて、海は気軽に行ける場所ではない。ここで永く過ごしている人々にとっては見慣れているだろうが、私と友人からすると奇異なものだ。
口の中が干からびそうな潮の香りがまたしてもかかってきたとき、声が聴こえた。
「あ、いたいたッ☆セイアちゃん、ナギちゃん。こっちこっち!」
ティーパーティーでの日々を思い出させる、若々しい声の主。そして、卒業後に世界中を知ると言って下調べなしに旅へ出た、わんぱくな親友。……ミカか。相変わらず元気だ。
「昔と変わらず、元気ですね……。その元気を分けてくださいよ」
「そんなのできないなぁ。ナギちゃんが元気出したら私にロールケーキ突っ込むでしょ?」
このよくも悪くも軽い振る舞い……。やはりミカは変わっていない。
彼女の肌は異国での長い旅からか程よく焼けている。そのせいか、頭髪の鮮やかさがよく目立つ。加えて、指には何枚か絆創膏が巻かれている。道中、様々な仕事をしているのだろうな。手紙やモモトークで知らせてくれる近況に、畑仕事や稲作のお手伝い、木材の運搬をする写真があったのが思い出される。
「全く、君は昔と変わらないね、ミカ。長旅を終えたばかりの私たちで君を懲らしめられる余力はないよ、残念なことに」
「じょ、冗談のつもりだったのにィ……」
「ミカさんが言うと冗談には聞こえませんよ……。何もかも後輩たちに投げ出したおかげで私たちは大変でしたから。ああいうのは勘弁してください」
「……そ、そうだね。ごめん」
ナギサが酷く言うのも無理はない。
ミカはかつて、エデン条約の締結で大きな騒ぎを引き起こした人間だ。その後、しばらくして除名されそうになったパテル分派の暴力事件を告発し、被害者及び遺族の支援団体が行う活動にも参加していた。大方、彼女の中でもかつての自分から変わろうとする意志があったのだろう。幸い、彼女がそうしたおかげで少しずつだがトリニティ自治区でもその手の被害が減りつつある。喜ばしいことだが、ミカ本人は後ろめたさがあったはずだ。自分がかつて所属していた組織からは「魔女」だの「聖女」だの色々な言われようである。こうして、卒業後に世界中へ旅に出ているのもそれが真意だと言われても納得してしまいそうだ。……最も、巻き込まれた私だけで彼女を決めつけるのはあんまりなのかもしれないが。
「じゃ、そういうわけで!今から民宿を紹介するね☆先生からもちゃんと安全な宿だって確認を取ってもらったから心配しないで」
「大丈夫なのかい?まぁ、君なら剛力でぼったくりを返り討ちにできるだろうが」
まぁ、ミカは剛力を持っているからある程度の悪漢なら一捻りできてもおかしくない。
「せ、セイアちゃんまで……」
あぁ、これは少し言い過ぎたみたいだ。
異国の港での生活は、目新しいものが多い。
朝早くから大きなラッパのような船の音が響く。朝食を食べ終えての散歩では、漁を終えてきた男たちが濡れたまま丼を食べている光景をよく見る。浜辺では子どもたちの様々な声がする。下品なことを口走る子どももいれば、生き物を追いかける子ども、ひたすら走り回る子どもと様々だ。トリニティではこんな景色は滅多に見ない。
それよりも、三食で出される海の幸がなんと美味しいことか。赤身の魚、甲冑のような色の刺身、エビ丸ごと一匹、宝石のような魚卵を載せた丼は筆舌に尽くしがたい。ここで生活しているミカの顔なじみの女将が言うには、その日に採れた魚やエビを〆て提供しているとのことだ。
「セイアちゃん?美味しいでしょ?私のお気に入りなんだ」
「何とまぁ美味しいことでしょうか。刺身もいいものですね。……セイアさん?」
……あ、私か。
「あぁ、何でもない。……食べる以上は仕方ないとしても、この海鮮丼の魚たちは自分がこうなると気づいているのだろうか、と気になってね」
これは嘘をついていない。〆たその日に食べるのだと思うと、彼らは果たして自分がそうなると知っているのだろうか、と考えてしまうのだ。かつて夢で見ていた予知夢。そこでは多くの人々が呆気なく……、いや、やめよう。今はそんなときではない。
「ふぅぅん、セイアちゃんらしいね。ま、こうなった以上は残さず食べてあげないと、ね☆」
ナギサは少し困ったような目を私に向けてくる。まぁ、いつものミカらしいな。
その次の日、私たちは浜辺に行った。ミカはこの辺りではそれなりの有名人らしく、子どもたちもすぐに集まってきた。
「みんな!今日はね、私のお友達を紹介するね!まずはナギちゃん☆」
「桐藤ナギサです。本日はよろしくお願いします」
「それじゃ!続いてはセイアちゃん☆いってみよ~~」
……わ、私⁈あぁ、ナギサがしたように自己紹介すればいいのか。
「百合園セイアだ。よろしく頼むよ」
み、妙だな。ナギサのときと違って、私の後は白々しい雰囲気になってしまう。……やはり、ミカに言われるように、私は元来、子どもにあまり好かれない性分なのだろうか。
「おーーーい!ミカちゃん、遅れてごめん!」
男の声だ。その方向を見ると、よく日に焼けた肌が露わになった中年の男、そして、小柄な男の子がいた。ミカの名前を知っている辺り、知り合いなのだろう。
「あ、チヨゾウさん!もしかして、サトル君、今日はみんなと一緒に遊びたいのかな?」
サトル君、と呼ばれた男の子の肌は日に焼けていない。それに、俯いてばかりで怖がっている、のだろうか。その口は一文字に結ばれたままだ。
「サトル?どうか、あ……」
サトル君は逃げてしまった。
「……ミカさん、あの子は?」
「サトル君、だよ。海の家を経営してるチヨゾウさんの息子なんだ」
なるほど……。そこにいるチヨゾウさんのご子息か。
「ウチのサトルはな、ちょっと気難しいといえばいいのか、悩みがあってな……。見慣れない人が多いと中々話せなくなってしまうんだ。ミカちゃんがいるから話せるとは思ったけれど難しいなぁ……」
「そうでしたか……。でしたら、何かお手伝いできることはありませんか?」
「じゃあ、あそこにいるサトルの傍にいてくれないかな?俺は仕事や指示を出さなくちゃいけないからね。早速で申し訳ない」
……あのサトル君、少々ワケありの子か。不謹慎かもしれないが、少し、興味が湧いてきた。
「チヨゾウさん、とか言ったかな?私があなたのご子息の傍にいよう。何、私よりミカとナギサなら子どもたちとも遊べるだろうさ」
「おおお。それは嬉しいね。じゃあ、頼んでもいいかな?」
「あぁ、任せてくれ」
私は小屋の近くにある自販機で缶を2本買い、サトルの元へと向かった。蒸し暑い浜辺の空気を浴びているからか、缶は一層冷たく感じられた。
「やぁ、サトル君。隣、座ってもいいかい?」
男の子は椅子に座ったまま、返事をしない。この天候に似つかわしくない肌の色だ。普段は外に出ることもなく、父親に連れていかれたのだろうか。
「私はセイア。君のお父さんの知り合いの友達だ。よろしくね」
サトル君は全く返事をしない。口を一文字に結ぶとか、そうはせずにただ閉ざしたまま浜辺を見ている。ミカたちはそんな彼を知らずにボール遊びに夢中だ。静かな私たちとは違い、ミカは心から楽しそうにトスをしていて、ナギサはボールを取ろうとして派手に倒れている。サトル君はそれをじっと見ている。
「君はミカたちと遊びたいのかい?」
返事をしない。……ただ、ちょっとした進歩があった。ほんの少しだが、頭を縦に振った。少なくとも、他人といるのが煩わしいというわけではないようだ。
「そうだな……、ここでは話にくいかい?」
縦に振った。言葉以外の意思疎通はなんとかできる。……こちらは言葉に気をつけなくては。
「なら、今日の夕方、ここにまた来てくれるかい?無理をして話す必要はない。ただ、一緒に散策するだけさ」
サトル君は、首をこちらに向けた。閉ざした口もほんの少し開いている。私を拒む様子は見られない。
「じゃあ、しばらくここでミカたちを、……ミカ?」
私たちの方へミカが走ってきた。走りにくい砂浜なのに、何事もなく駆けている。
「セイアちゃあん!皆がサトル君と遊びたいんだって!折角だし、セイアちゃんもね☆」
……わ、私もなのか?大した力は持っていないのに、あの子たちと遊ぶことが叶うのだろうか。
「ハイハイ!さ、行こ行こ!」
私たちはミカに手を繋がれたまま、小屋の外へと引きずり出された。やはり、日差しが鋭く、焼けそうなまでに暑い。だが、子どもたちが待っている以上は我慢をしないといけないな。……きっと、不得手なことに立ち向かう先生もこんな気持ちだったのだろう。
夕日はどこで見ても美しいものだ。古来から様々な詩人や旅人はこれを見て郷愁や孤独を紛らわせていたと思うと、自分の悩みは小さなものではないかと思いそうになってしまう。……そう、あの日、彼に与えてしまった過ちから来る苦しみが。
当時、病み上がりで薬漬けだった私は、つい飲み忘れてしまって副作用で苦しくなるときがあった。それまでは一人だけだとか、医学に詳しい人間たちが近くにいるとかで少し叱られる程度で済んだ。しかし、二度あることは三度あるもの。……薬を飲み忘れ、その痴態を先生のご子息、玲央君に見せてしまったのだ。当時、彼はとある生徒との大いなる悲恋を経ていたばかり。私はそんな彼を、抱き潰し、身体をまさぐった。もう少しで彼と事に致りそうになったとき、部屋の外にいたハナエが乱入し、彼は私ではなくて彼女と……。やめよう、自分が愚かで醜悪な人間だと分からされるばかりだ。それから風の噂であったが、玲央君の周りには爛れた醜聞だけが広まっていた気がする。彼が何かしらの咎を背負うとするなら、私自身もまたその一人になっても無理はないだろう。彼の中にあった傷をさらに広めたばかりか、その傷を麻痺させる呪いをかけてしまったのだから。
サトル君を見ていると、どうしても玲央君と重なってしまう。既に私は病んでいるワケではないし、彼は既に妻と共に暮らしている。……思えば、ミカもナギサもあのときから随分と変わったが、あの日々から私はずっと変われていないのかもしれない。あの日に犯した罪を背負ったまま、ずっと。……本当に臆病だったのは私だ。玲央君はあの日から随分と変わったのに、何をしているのだろう。
「あ、あの……」
声だ。
「……あぁ、き、君か。今なら話せるかな?」
「う、うん……」
サトル君だ。あのときは他人が多かったこともあって聴くことができなかったその声が、ついに彼の口から出てきた。彼の声は見た目に反して、低い声だった。音にするのも躊躇いが見える様子からして、あまり話し慣れていないようだ。
「あ、あの……。ドライブ、さ、誘って、くくくれ、て、ありが、と、ござざざいます……」
スラスラとは話せてはいない。でも、自分の声で感謝の言葉を述べている。前までの自分から変わろうとしつつあるのだろう。微笑ましい上に、その思いも、決意も受け止めてあげたくなる。私はその思いのまま、彼のことをそっと抱きしめてあげた。私とあまり変わらない背丈だ。サトル君の頭の汗と吐息の匂いが伝わってくる。
「こちらこそ感謝したいくらいだ。よく頑張ったね」
「あ、は、はい……。そ、それで、さ、さささ、散策って、何するるるんですか?」
「……あぁ、言っていなかったね。見給へよ。あすこに車があるだろう?」
そう、約束の小屋の近くに私は車を止めている。卒業後、コツコツとお金を貯めてやっと買ったオープンカーだ。丁度夕日を浴びているからか、金剛石よりもサファイアよりももっと輝いている。
「散策というのはね、……私と一緒に一帯をドライブして廻るんだ。怖がることはないさ」
サトル君にとって、こんな経験は今までなかったのだろう。彼は最初こそ戸惑っていたが、車をじっと見てから嬉しそうな顔を見せた。……かく言う私自身も他人を車に乗せて走るなんて初めてで、不安だらけだ。でも、期待する彼のためにもここは我慢をしなくては。
「さぁ、2人だけの時間だ」
この一帯は海風が強いこともあってか、夕方から夜にかけて少し肌寒くなる。しかし、私の中ではその寒さを忘れてしまいそうな、熱いものが渦巻いていた。……サトル君の振る舞い、態度だ。彼の様子はどうも玲央君と重なってしまう。いっそのこと、ミカが集めているロマンス漫画のように彼を襲ってしまおうか、はたまた、よく没収されるハナコのお色気漫画のように誘惑してしまおうか。……ダメだ。私は既に大人だ。サトル君と一線を越えてしまえば、私はあのときから変われないままだ。彼には彼の人生がある。自分は彼の中では「たまたま出会っただけの年上の人間」でしかない、はずだ。隣にいるサトル君は静かなまま。私の苦悩なんて知らないだろうな。まぁ、無理もないか。
「さて、ここで少し休もう。ここでなら、君も話しやすいかな?」
綺麗な海が見える浜辺の近くにあるアスファルトの駐車場。そこに私は車を止めた。他人の熱気が無い分、潮風の冷たさや波の音がよく聴こえる。
……話、それは嘘だ。このみっともない気持ちに決着をつけたかった。彼への留まることのない想いをどうにかして抑えたい。
「君は昼間の様子からして、あまり他人と関わるのを好かないみたいだね。君は何か、心の中に隠しているものがあるのかい?」
「え……⁈かかか隠しして、いる、もの⁈……」
何も言わない。しかも、私ではなく煌めく海を見ている。隠していることがあるに違いない。上着を捲し上げ、露わになった左手で辺りを探ってみた。しばらくして、肉の感触があった。サトル君は声を上げて私の方を見る。
「怖がらなくていい。私は誰にも言わないさ。何せ、ここは2人だけだからね」
サトル君はしばらくして、要塞よりも重そうなその口を開けた。
「す、少し前に、すすす好きな子がい、いて、告白、ししたんだ、あ、で、です……。で、でも、こ、怖いと、いいい言われて、そ、そそ、それで……」
「……大丈夫だ。無理をして話す必要はない。君も、辛かったのだろう?それに、君は立派だよ。口下手であっても、思ったことをしっかりと話すことができるなんて、私には中々できないことだよ」
つなげた左手を自分の元へ引っ張り、私は倒れてきたサトル君に唇を重ねた。柔らかい。いつまでもこうして重ねていたくなる。
「フフッ、私からのご褒美だよ。自分の口で言葉にするなんて素晴らしいじゃあないか。……おや?」
サトル君は股の辺りに手を重ねている。……おや、私の接吻でそういう気分になってしまったのだろうな。
「サトル君。……君は今、辛いかい?」
「う、うん。……さ、寂しい」
すまない、玲央君、先生。やはり、私は君たちが思うよりも立派な人間ではないみたいだ。
「分かった。……その寂しさ、私が受け止めよう。おいで」
今日、私は同じ場所にいる彼のために罪を重ねよう。
お互いに着ているもの全てを脱いだ。服に隠された陰部はもちろん、点のような乳首もすべてよく見える。月の光の前には、どんなものも隠すことはできない。
「きれい……」
「フフ、それは光栄だ。まずは君から来てくれるかい?」
サトル君はまじまじと私の乳首を見つめている。無理もないだろう。あれだけ憧れていた女体の乳首が自分のとそっくりであるなんて思いもしないはずだ。普段から服で隠されている場所である以上は、仕方がないかもしれない。
「……ッ!」
掌で包むようにして触り始めた。私のことを慮っているのか、力の入れ具合が半端だったり、ひどく強かったり、一定ではない。ミカやナギサに大きさでは劣るとしても、この乳房でも彼は愛でてくれている。あぁ、何て幸せなんだろう。
「……まるで探検家みたいじゃあないか。勇者である君にはご褒美として、口淫を許そう」
「こ、コーイン?」
「手ではなくて口で愛でることさ。なら、私がお手本を見せよう」
サトル君を倒して、私は彼の乳首を舐める。幼さもあってか、芯といえる硬い場所もなく、このまま吸い込めば口の中へ全部入ってしまいそうだ。彼はというと、声にもならない声を出して微かに動いている。そうして舐めている間、私の足には行き場を求めている淫棒が何度も何度もぶつかる。……何と腕白なことか。
「よし、お手本はお見せできた。できるかな?」
「……うん。や、やや、やってみる」
静かに吸っている。何だか、母親に甘える赤ん坊のようだ。自慰をするときの快感はない。あるのは、目の前の少年が懸命に愛撫してくれることへの謝意だけだ。
「すまないね、君にはセクシー極まりないだろう?」
「いや、えと……。あの子と、こういうこと、したかったなぁ、って……」
「……好きだった子のことかい?」
静かに頷いた。月明かりに照らされたその顔は、私のことを直視していない。
「わざわざ言わなくていい。ここまでやってしまったんだ。君の欲望の形をお見せ願おう」
私は股座を開く。……もう、やることは決まっている。
「な、なな、何するの?」
「情欲の最終地点さ。君の叶わなかった想いもいずれ、最後にはここに至るのだよ」
あの日、玲央君の相手をすることができなかったことを今でも思い出してしまう。叶うのなら彼に抱かれたかった。愛されたかった。肉体の欠落を忘れさせてほしかった。心のつながりを作りたかった。……あの少女と添い遂げると言った彼にはもう、届かない。だからこそ、これは罰だ。彼に面と向かうこともできない、臆病な私自身を裁くのだ。
「……な、なな何で、悲しそうにしている、の?」
「何でもないよ。少し、昔の苦い思い出が蘇っただけさ」
陰部に手を当ててみた。……濡れている。それに、中の筒もしっかりと感じられるようになっている。
「いいかい?これは他人は滅多にシてくれないことだ。無理強いさせれば君は相手を傷つけることになる。……よく分かったかい?」
「……わ、分かった」
「よかろう。では、私に近づいてきてくれ」
座席の仕切りを超えて、サトル君は私の上に乗ってきた。股座は在るべき場所を求めてゆらりゆらりと揺れている。
「少し、目を瞑ってくれ。今から準備をするからね」
反りあがった淫棒をつかみ、自分の陰部へと導かせた。そして、……痛み。いや、鋼のごときそれが身体の中へと入る。痛い。そう、快楽よりも痛みが迫ってくる。だが、サトル君は幸せそうだ。新たな生命が生まれる準備、その一瞬に全てを賭けようとする様子である。ここは私は応えてあげなくては。
「アッ、す、すごい……。ィイ、きもちいィ……」
「準備、完了したよ。さ、身体を私へと優しく振っておくれ。……あぁ、その調子だ。もっと、上を、突いて、おく、れ……」
サトル君は――腰を振っているのだが――手探りをするようにぶつかり始めた。私の中ではあちこちを突かれていて、悲鳴を上げたくなる。それでも、サトル君は懸命に動いているのを見ると、これが本来の交合なのだろうか。私が玲央君に求めた、生命を確かめる行為は欺瞞だったのかもしれない。むしろ、心をしっかりと向き合わせる行為だったのだ。今頃、玲央君もあの恋人とこうして身体を重ねているのだろうか。きっと、回数を重ねている彼なら既にこの答えを理解しているはずだ。突かれる度に、私は切なくなってくる。どこまでも私は未熟だ。観念のみで知った気になっている、愚かな自分が憎たらしい。身体をくっつけている男の子はそんな私を知らずに、ただひたすら欲望をぶつけている。そうだ、そうしてくれ。悪い私をもっと処してくれ……。
突然、サトル君は私に抱き着いたと思うと、身体を止めた。全身に打ち付けてきた痛みもすっかりなくなっている。
「ご、ごめんな、さい……。もし、赤ちゃんがで、できたら、どうし、よぉ……」
あぁ、そうか。とうとう出してしまったか。でも、これでいいんだ。君は失恋を乗り越えてくれればいい、どうか私の分も。
「よく頑張ったね。何、出てしまったからと言って子どもができるとは限らないさ。……責任は私が負うから」
それにしても、お互い絡み合ったからか、生臭い臭い、酸っぱい臭い、甘ったるい臭い、それに、お互いの欲液でべったりと汚れている。このままではとても帰れそうにない。……波の音がよく聴こえる。そうだ、少し、遊ぼう。
「サトル君、少し、車を降りようか」
「何、するの?」
「いいから」
車を降り、浜辺、そして、波打ち際へと向かう。昼間はここも旅人や若人の声で賑やかだったのだろう。今では、その余韻も夜風とさざ波が消しているみたいだ。
「どうかな。波は、心地いいだろう?」
「うん、心が、落ち着く……」
私は、風を浴びて静かになったサトル君に波の水をちょっとばかりかけてみた。
「へ、へひゃあッ!」
「急ですまない。これでも私は愉快な人間で振る舞っていたけれど、意外だったかい?」
「意外というか、な、何だろう。分かんないな」
こういうとき、ミカならどうするんだろう。彼女なら上手いことを言って安心させるだろうが、私には難しい。だから……。
「サトル君。今、私たちはこんなにも汚れている。……何をしたい?」
彼は迷うことなく答える。その姿には、昼間の無口な様子が感じられない。
「い、一緒に洗いっこ、したい、です」
「よろしい。では、楽しく行こうか」
そうして、私たちは浜辺の水でお互いを洗い合った。先程の交合で火照った身体を冷ますにはいい温度で、時間を忘れてしまいそうになる。誰もが小さい頃にする水遊びは、きっと、こうも楽しいのだろうな。
「……何で、簡単に許しちゃいけないこと、して、あげたの?」
サトル君が話してきた。風が吹く度、潮の香りが広がる。だが、私たちはその香りがする場所から離れている。そう、私たちは今、オープンカーに乗って宿に戻っているのだ。あの浜辺近くでの出来事は2人だけの秘密にし、「ちょっと散歩に行っただけ」と言い通すつもりでいる。証拠になるものはないので、誤魔化しは効くだろう。
「……あのとき言った通りだ。私も君と同じく、失恋した人間だからさ。君の寂しさ、虚しさに少しでも寄り添いたかった。おかしいかい?」
あぁ、すまない。これは嘘だ。
本当は君に「初めて」を捧げることで、かつての自分を罰してほしかったんだ。サトル君、君は立派だ。不器用でも、辛くても、前を向こうとしている。君はそのまま私を気にせず進んでほしい。……ダメだ。今では君の顔すら見ることができない。
「セイア、さんも、辛いんだよね?好きだった誰かさんに振られて……。今日、セイアさんに会えてよかった。友達になったり、好きになりたい人と仲良くなったり……。もしかしたら、今の僕でも案外できる、かも?」
君は何とまぁ、前向きな子どもだな。……しかし、私もその気になれば彼のようになれる、のか?
「僕も頑張ってみるから、セイアさんも、頑張ってほしいな」
「……あぁ、下手糞でも頑張ってみるよ」
オープンカーはただひたすら道を走る。潮の香りが段々と薄れるにつれ、昼間から見慣れた景色が見えてきた。どうやらこの時間も終わりが近づいてきているみたいだ。
――さて、これからどの道へ向かおうか。
ほんの少しだが、勇気が湧いてきた気がする。ありがとう、サトル君。今は君に感謝を。