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「あのう……私、こんな恰好はちょっと……」
女の声が、男の耳に扉の向こう側から届く。衣類ががしゅる、と擦れ、落ちる音がする。「着ないと、ダメですか?」
その声に、思わず即座に返す。言うまでもないことだ。
「駄目」
「意地悪……」
その声を聞いてしばらくしてから、ぱちん、という音がした。
「紺色」
「鳳翔」
そう短く呼ぶ。仕事が終わり、家に帰り、そして腹がくちくなり、一息ついた後に、いつものように「いつもの癖」で、仕事場のような調子で呼んでしまう。それに気づいて、首筋を男はかいた。
「はい、何でしょう」
「頼みがあるんだ」
ふわり、と微笑みながら、少女は続きを待つ。少女、少女と呼んでいいものか。確かに顔立ちや容貌は少女のそれであったが、唇の濡れ具合は女のそれである。事実、少女と呼ぶには漂う色気ともいうべき香気が立ちすぎている。ほっそりとした体に、少女のようなやわらかな顔立ち。胸元をくつろげた白いふわふわの根間儀から、薄い鎖骨が覗く。濡れたような長い髪からは湯気がうっすらたつ。
どちらにしても、今の『制服』のようなものである桜色の着物と、紺の袴ではなく、昔セーラー服を着ていた頃の写真を見たことがあるが、顔立ちはほぼ変わらない。口元には少女の明るさがあり、それが女に変わっただけである。それだけであっても、大いに違うのだが。
そんなことを考えてまじまじと顔を見て居るうちに、鳳翔は吹き出す。
「もう、早くおっしゃってください。おかしいですよ」
「うん、まあ……あのな、鳳翔」
くすくすと笑いながら、鳳翔はこちらに再び微笑みかける。
「なんですか『提督』」
「その呼び方は止せよ……」
うっと男はうめいて、嫌な顔を作る。そのうめき声が口からほとばしる前に、鳳翔は体をするり、と滑らせ、唇を当てる。舌がお互いの口の中をはい回り、ぬめり、音を立てた。鳳翔の歯の裏側を舐めると、一瞬体を震わせて、唇を離す。
「意地悪」
まて、俺は何を言おうとしていたのか、と少し血の上った頭をひやし、口を開く。
「そのな、話がある」
「……折角なのに?」
「うん、まあ折角だから、頼むんだ」
そう言って、男はゆるく腕をほどき、あるものを取り出して、それをそのまま手渡すかどうか迷った後、紙袋に入れ、それを、渡した。
「これを、着てほしいんだ」
鳳翔は、もう、と興をそがれながらも、覗かないでくださいね、と一言嫌味を言って、風呂場の前の脱衣所で紙袋から取り出したそれを見て、固まっていた。
「……ええと」
光の具合によって、紺から水色のように見えるきらきらと光る線維。そして、わきから胸を縁どる白いパイピングがそのまま肩紐のなり、Y字になって背中側の青い布につながるそれを見て、再び口を開く。
「……ええっと……」
鏡を見て、自分の姿を顧みる。根間儀を脱ぎ捨て、邪魔になるブラジャーを外し、ショーツだけになりながら、手に持っているのは、学生が着るようなもの、つまりは。
「スクール水着、よね」
提督指定のスクール水着が、という伊58だったかの言葉を思い出して、再び天を仰ぐ。そして、少し怒りが沸いてきた。ひょっとしてあれは本当だったのではないか、ということだ。
「あのう……」
扉に向って、なるべく困惑した声を作る。怒るのは話が終わってからだ。
「私、こんな恰好はちょっと……」
多分無理なんだろうなあ、と思いながら、ショーツを足の間に落とした。案の定の答えが返ってくる。最後の抵抗、とばかりに再び声を出す。
「着ないと、ダメですか?」
「駄目」
ああ、これは本当にそういう趣味だったのだろうか。とふと考え、て、腹のあたりまで裏返したスクール水着に足を入れ、胸の下までそれを上げ、なるべく恨みがましい声を出すようにする。
「意地悪……」
胸パッドが入っていないことを確認すると、ああ、単にあの人はこれを買っただけで、今一つわかってないんだな、と考えながら胸の位置を合わせ、左の肩紐を通し、右の肩紐を通し、ぱちん、と音をさせた。少し、きつい。学生用だから切れ込みはそれほどでもないが、普通よりも体を締め付けてくる。さすがに私のサイズはわからなかったのだろうか、と鳳翔は考え、扉がすこし開いたのを見る。
「……着替え終わったか?」
「ええ。……提督指定の水着というのは本当だったみたいですね」
「バカ言うな。俺は旧スクール水着じゃなくて新スクール水着が好きなんだ」
鳳翔は一瞬天を仰ぎ、そしてもう一度『提督』の顔を見て、何か恨みがましいことを口にしようとしたが、ぐっと両の腕で体を抱きかかえられ、少し前まではいっていた風呂に抱えられながら入る。熱は抜けておらず、じわり、と湿気のある空気が肌にまとわりつく。
「……いつからこんな趣味だったんですか?」
「……さみしい青春だったんだよ」
その一言に、妙な哀感を感じ、鳳翔は口を閉じた。
「……」
鳳翔の細い腰を抱きながら、風呂に入る。脱いだ方が、と鳳翔がいいだし、肩紐に手をかけ始めたので、止めるのに苦心した。
濡れた腹のあたりと、胸の上の境目を見て、ぬるり、と色が変わるのを見、そしてじわじわと水がしみこみ、藍色に変わる。電燈の明かりが、てらり、と照り返す。
「……こんなことがしたかったのですか?」
ちょこん、とふともものあたりに鳳翔の重みを感じながら、うん、と短く返す。振り返った鳳翔の顔は呆れていた。
「……こういう芝居がかったことをなさらなくても良いんですよ」
「……まあ、提督指定の水着がどうこうと勘違いされてたからね」
「もう」
前を見て、拗ねたような声を出した後、あら、と鳳翔はつぶやき、湯船に手を入れ、自身の尻の下に『当たっている』物を撫で上げる。
「……もう。我慢なさら……ひうっ」
ぐう、と鳳翔を倒し、抱える。はあ、と息の音がし、視界にはまとめきれなかった髪が首筋に張り付き、うねるさまが見えた。
わきの下から水着に手を入れ、量の乳首をこね、うっ、と声を出すのを聞く。鳳翔はいつもここを触られると、すぐに耳まで赤くなってしまう。
「ひど……いうっ」
うめき声。すべらかな肌の感触。柔らかな乳房をなで、固いものをつまみ、笑う。
「駄目なんだろう?」
「もっ……やめっ……」
鳳翔の喉からは声が出ない。はああ、と息を深く吸い、それが声のように聞こえる。ふう、ふう、と荒く息をつき、力が抜けた瞬間に手のひらでこねる。再び跳ね、短くふうっ、と悲鳴めいた声を上げた。
気まぐれに、水着を中央によせ、じかに触る。
「見なさい」
そういうと、鳳翔ははあ、はあ、といいながら自分の体がいじめられているのをみて、声を出した。
「ああ……」
そう言って、ぶるり、と体を震わせ、もたれかかる。ふう、ふう、と息をつきながら、肩に頭を持たせかけながら、言う。
「……えっち」
その一言を発して、鳳翔は外に出ようと湯船に手をかけるが、あ、あれ、といいながら不思議そうに言った。
「……あ、あの、力……入らなくって……」
「す、すまん、のぼせたか?」
それに思わす男は我に返り、慌てる。調子に乗りすぎた。そう考えたのだ。しかし、鳳翔はとろりとした目でこちらを見て、濡れた唇で笑う。
「……気持ちよかったんですもの」
その唇からは、赤みを帯びた少女の顔とは思えないほどの色香が、漏れていた。
紺色 -了ー