Muv-Luv The frayed memory/Carved memory 作:REDALERT
2001年6月21日、西インド諸島・グアドループ基地。
アルゴス試験小隊及びイーダル試験小隊は、戦術機が過酷な環境下において動作に不良が生じないかを見る環境試験と、諸事情により延期されていた広報任務を行う為にやって来ていた。一部のメンバーは乗り気では無かったものの、上からの命令や何度か犯した問題行為の為に、有無を言わさず参加させられている。だがそれ以外のメンバーは、普段のコンクリートだらけのユーコン基地とは違う熱帯特有の空気に思い切り羽を伸ばすつもりでいた。
そんな中でヴァレリオ・ジアコーザもまた一人、ハンガーへと運び込まれていく戦術機や物資を背に思い切り背筋を伸ばしていた。普段のユーコン基地とは違い、殆どの衛士がジャケットではなく
「鼻の下伸ばしてるんじゃねえよVG! お前も手伝え!」
「いつつ……タリサぁ、広報任務に選ばれた事にイラついてんのは分かるけどもうちょっと優しく頼むぜ? ケツが腫れたら水着が変になっちまう」
あくまで普段通りに振舞おうとするヴァレリオだったが、タリサのイライラが頂点に達したかのような顔に、彼もまた真剣な表情にならざるを得ない。
「落ち着けタリサ。今は時間がいるんだ、ユウヤも、大将も、ユイ姫も」
「けどこれじゃあ前より酷いぜ!? 何なんだよアイツら、揃いも揃ってガキみたいに拗ねて……」
「自分の感情を押し付けたり押し込めたりしてるからああなっちまってるのさ。不器用なんだよ、アイツら全員」
「だからここで、何か解決の糸口を見つけなきゃならないのよね」
後ろから合流してきたステラの言葉にヴァレリオが頷くと、タリサは物資搬入を指示している唯依に視線を向けた。そして次に既に運び込まれた不知火弐型を見上げているユウヤに視線を向け、更に京介を探そうとして------ハンガーにいない事を確認すると、わざとらしくため息を吐いてみせる。
数日前、篁唯依は浦城京介と激しい口論を交した。原因はXFJ計画の進行具合に於ける意見の相違、それによって対立状態に陥った二人の内、京介の怒りの矛先はユウヤに向けられた。そうしてその直後、演習帰りのアルゴス小隊に対し唯依が武御雷と呼ばれる戦術機で奇襲を仕掛けた。結果はアルゴス小隊の惨敗、ユウヤも本気で殺しに掛かってきた武御雷との戦闘で、再びそのプライドを圧し折られかけた。ただ今までと違うのは、ユウヤが不貞腐れるのではなく更なる自身の技術レベルの向上を目指した事だった。問題だったのはその奇襲の事で再び口論を起した唯依と京介で、彼女に何か言われた京介がその頬を打ったのは何人もの人間に目撃されている。
正直なところ、あの二人には問題が多過ぎる。そうタリサは思っていた。自分が知っている限りでも三回は派手に喧嘩をして二回は仲直りしている。男女の仲であるのかそうでないのかは興味無いが、もし男女の仲による痴話喧嘩の類に巻き込まれているとしたら、タリサにとってそれ以上我慢する理由にはならない。一度彼女も京介の鼻っ柱に拳を叩き込んだ事があったが、浦城京介は肉体面に於いて相当タフであるという話には同意出来ていた。三回か四回か、彼女が知っているだけでもそれだけの乱闘に京介は参加している。ユウヤとのハンガーでの壮絶な殴り合いも直に目撃していた。そんなタフな京介が唯依との口論で酷く荒れている、それがタリサには分からなかった。
「で、肝心の大将とやらは何処に行ったんだよ」
タリサの問いに、ヴァレリオもステラも肩を竦めるしかなかった。
同じ頃、京介はハンガーから少し離れたところにある海岸近くに来ていた。ジャケットの袖を腰の辺りで巻いて、上半身は黒いTシャツ。ズボンのポケットに手を突っ込んで揺れる海を見つめる様は、何処か悩んでいるようだった。
(……何で俺、あんな事)
数日前に唯依の頬を打った、それは京介も良く覚えていた。だが何故あの時唯依を打ったのか、一体自分が何を言われたからそうしてのか。それが京介には思い出せなかった。唯依から自分が過去から逃げていると言われたあの口論の時から、京介は自分が少しずつおかしくなっているような気がしてならなかった。些細な事でもすぐカッとなり、自分勝手に暴れる事はしないまでも余計な一言を言ってしまう事が増えた。そんな事で仲間と上手く行く訳もなく、唯依やユウヤとは常に線を引いて接するようになってしまっている。自分で自分が分からなくなっていく感覚、自分の中で何かがずれてしまっている感覚。それが気持ち悪くてならなかった。
(最近こればっかりだ)
潮風の頬を撫でられながらその香りを吸い込んだ京介は、ハンガーへ戻ろうと踵を返した。初日から広報任務の為の撮影が行われる。アルゴス小隊からはタリサが、イーダルからは紅の姉妹の二人が水着で写真に写るという。その紅の姉妹の一人、クリスカ・ビャーチェノワの姿が脳裏に映ると、京介はその銀色の髪と手の柔らかさを思い出していた。夜の公園でMPから逃げる為に、京介は彼女の手をとって一気に走った。たったそれだけの接触で、京介側からすればいきなり訳の分からない不可思議な質問を吹っ掛けてきた女でしかない。それでも、何故かあの目が頭から離れなかった。
「……ん?」
そんな京介の前に、一人の男が立ち塞がった。京介と前に衝突したことのあるイーダル小隊のユーリ・ミン・エゴロワだ。短髪を赤く染めて逆立たせたその男は、京介と同じようにジャケットを腰に巻いたスタイルで、これまた京介と同じようにズボンに手を突っ込んで京介に視線を投げ掛けている。面倒臭い張り合い方をする男、ユーリに対する京介の評価はそれで固まっていた。
「また会ったな、日本人」
「そうだな、
ユーリと短く言葉を交しただけで、もう京介の心の中はドス黒い感情で埋め尽くされていた。グアドループに来て早々問題を起す訳にはいかない事は、京介にも良く分かっている。だからこそそのままユーリの視線を受け続けて去ろうとした自分の腕を彼が掴んで止めた時、京介の全身がグッと強張った。
「我慢する必要は無いぜ。周りには俺達以外誰もいないんだ、決着つけようぜ」
「何の決着だよ」
ユーリの腕を振り払い、京介は再び歩き始めた。今あんな奴に付き合って無駄に疲れる必要は無い、そう自分に言い聞かせながら京介は歩く。だがユーリは、それでも京介に追い縋った。
「おいおいおいおいおいおい、逃げるなよぉ聞いたぜ? お前、あの計画主任の嬢ちゃんと喧嘩したんだってな。前に俺が唾つけたいって言ったらあんなに怒ってたってのに------ぐぶえっ!?」
煽るようなユーリの言葉が止まったのは、京介が彼の鼻っ柱に肘を叩き込んだからだった。鼻を押さえる手の下から赤い液体が滴り落ちているのを見た京介は、冷たい視線でユーリを一瞥するとそのままその場を去った。左肘に広がる鈍痛に苛立ちを募らせながら歩く京介の視界に、今度は何かを探しているような様子の女が現れる。ユーリと同じイーダル小隊に属する、リコ・ヴォルフだ。彼女は京介を見つけると助かったと言わんばかりに、彼に駆け寄った。プラチナブロンドの髪が陽に煌いて、京介は僅かに目を細める。
「え、と、ウラキ少尉! うちのエゴロワを見ていませんか? もうすぐ招集なのですが見当たらなくて……」
「向こうで鼻血出しながら沈んでるよ」
「え」
「木にでも登って顔から落ちたんじゃないのか。……じゃあな」
そう言って立ち去る京介にリコは何かを言おうとしたが、時間が無いのかそのまま京介に教えられた方へと駆け出して行くのだった。
その日の夜、初日の目的であった撮影が無事に終わった事を祝う打ち上げの宴会が行われた。海の上に浮かぶコテージの中間にある大きな木で出来た広場、そこが会場だ。アルゴス試験小隊とイーダル試験小隊及びその関係者が集うその宴会は、国連軍から派遣されてきた広報官・オルソン大尉の音頭によって始まった。
「……あれ、どうしたんだよVG。その顔」
京介がBBQで焼いた合成肉を掻っ込んでいると、隣に同じように肉を持ってきたヴァレリオが現れた。何故か右頬を腫らしている彼に京介が問うも、彼は苦笑して頭を振るだけ。逆に今度はヴァレリオが京介に対して問いをぶつけた。
「ところで大将、さっきイーダル小隊のエゴロワが鼻にでっかいガーゼ付けてたけど、何か知ってるか?」
「何で俺に聞くんだよ」
「前科があるから、でしょう?」
そう言って現れたステラに、京介とヴァレリオは苦い表情を浮かべた。ヴァレリオの頬を打ったのはステラだったのだが、京介はそれを知らない。ヴァレリオに対し意味深にやり過ぎなまでの笑みを浮かべたステラは、取って来た野菜を一口食べてから京介に視線を投げ掛けた。それから、少し離れたところで一人立っていた唯依を一瞥する。
「中尉のところには行かないの? キョウスケ」
「ん? ああ、行ける訳ないだろ。こんなところで喧嘩したくないしな」
「喧嘩しなければ良いじゃない」
「簡単に言うな。俺はな、んぐっ、ここで肉食べるって決めてんだ。飯を食う時くらいは平和的で穏やかな空気でいたいんだよ」
肉をわざとらしく頬張りながら食べ進める京介を前に、ステラはヴァレリオと目を合わせて困ったような表情を浮かべた。南国という新しい環境にやって来た事で関係修復の糸口が掴めるかもしれないと考えていた二人だったが、当の本人達がこれではどうしようもない。ステラはヴァレリオと合流する前に唯依のところに向かい同じような事を進言していたが、彼女もまた京介と二人きりになるのを避けていた。どうしたものかと悩む二人に新たな悩みの種が投下されたのは、その直後だった。
「何だよ! 人が折角気を利かせてやってるのに、その態度は!」
タリサのその怒声で、広場にいた全員の視線が中央のテーブルへと向けられた。白いクロスの掛けられた長いテーブルの前に、タリサともう一人小柄な少女が立っている。イーダル試験小隊のイーニァ・シェスチナだった。二人の間の床には割れた白い皿とそれによそっていたのであろう肉や野菜が散らばっている。
「いらないって、いった」
怒り心頭といった様子のタリサに、イーニァは冷たく言い放った。元々床に落ちた皿はタリサが親切心から近くにいたイーニァに差し出したものだったのだが、彼女はそれを自らの手で引っくり返したのだ。結果、タリサの怒りは益々増大していく。
「下手に出れば付け上がりやがってぇぇ……!」
「あなたはかってにおこっているだけ。わたしはにくはたべない」
「いらないならいらないって言えば良いだけだろ! 引っくり返す必要が何処にあるっていうんだよ!」
「そうやってどなるのは、こころがよわいから。あなたは------っ」
目の前の憎たらしい子供が急に黙り込んだ時、タリサは最初意味が分からなかった。おちょくっているのかとも思ったが、明らかに脅えている。紅の姉妹の片割れが脅える程のものとは何なのか、それよりも彼女は何を見ているのか、タリサが振り返った時、そこにいたのは顔を強張らせた京介が立っているだけだった。
「お前……」
「タリサ、下がってろ」
「けど!」
「下がれ」
普段とは明らかに違う京介の様子に、タリサは黙って従う他無かった。京介とは少し離れた位置にいるステラとヴァレリオのところまで下がったタリサは、そのままイーニァと対峙する京介の背を見る。その向こうに見える少女の身体は、カタカタと震えていた。
イーニァと向かい合った京介は、何故か強烈な嫌悪感を彼女に抱いていた。その純真無垢を思わせる幼い顔付きと瞳、その二つを正面から見るだけで京介の手に自然に力が入ってしまう。目の前の彼女は震えている、だがそれ以上に、京介は彼女が怖かった。そこに、第三者が現れる。
「イーニァ!」
「っ、クリスカぁ!」
クリスカ・ビャーチェノワがその場に現れた時、イーニァは泣きそうになりながら彼女に抱きついた。その小さな身体を抱きとめると、クリスカの鋭い視線が目の前に立つ京介へと注がれる。
「貴様、イーニァに何をした!」
「何を? 別に、ただその小さいのがうちの小さい奴に喧嘩を売ったのを止めさせただけだ」
クリスカの背中に隠れているイーニァから注がれる視線から、京介が逃れるように背を向けるも、それをクリスカが肩を掴んで止めた。振り返った京介の顔に、鋭い彼女の視線が突き刺さる。
「今度こそ答えてもらうぞ、貴様は何者だ!」
「またその質問か……。何度も言うが俺は------」
「くらいのが……こわいの?」
再びクリスカとの意味の無い会話が始まろうとした時、イーニァが京介にそう告げた。周囲の視線を集めたまま、イーニァは相変わらずクリスカの背に隠れた状態で京介を見つめている。
「イーニァ?」
「くらいのがこわいから、そうやっておこってごまかしているの? くらいとおともだちにあえるのに、それがいやなの?」
「お前、何を……」
ジッと自身を見つめてくるイーニァの視線から、京介は目を逸らせなかった。得体の知れない何かに全身を押さえられているかのように。
「くらいと
「お前っ……!」
「イーニァ、もういい。行こう?」
イーニァの言葉を聞いて、京介は全身の血を抜かれたかのように感じた。心臓の鼓動は激しさを増し、冷汗を掻き、視界がふらつく。クリスカがその様子から不審に感じたのがイーニァを連れて下がると、京介はそのまま後ずさった。そしてテーブルに背中からぶつかると、そのまま座り込んでしまう。慌てて仲間達が彼に寄り添うも、京介の頭の中は混乱の極みに達していた。その全てが、イーニァに言われた言葉が原因だった。
(何で知ってるんだ、あの子が……あの子が何でゆいの事を知ってるんだ!?)
かつて死なせてしまった幼い少女の姿が脳裏をチラつき、京介はヴァレリオに付き添われてその場を離れた。吐き気と立ち眩みの波に襲われた京介は離れのコテージで散々胃の中のものを吐き出した挙句、その後部屋から出て来ることは無かった。
翌日、グアドループ基地では昨夜の宴会での騒ぎを受けて、オルソン大尉が提案したスポーツ大会が開催されていた。無益な争いより有意義な親交をモットーに、衛士やCP将官も含めた多数の人員がビーチバレーやらゴムボートでの競争やらに興じている。唯依やクリスカ達も渋々といった表情で参加させられていた中、京介は一人水着姿ではあるものの木の陰で休んでいた。
起きた時の気分は最悪で、更にスポーツ大会の開催の知らせが彼の気分をより最悪にさせた。昨夜イーニァから言われた言葉が、彼の心をずっと引っ掻き回していたからだった。京介がかつて死なせてしまった少女の事を知っているのは、本人を除けば篁唯依の一人だけ。それにその唯依にでさえ、京介は全てを教えてはいない。だがそのロシア人の少女は知っていた。それが京介には理解不能だった。対峙した時に感じる嫌悪もまた、京介に頭を抱えさせる。
(何なんだアイツらは……)
「どうしたんです? そんなところで頭抱えちゃって」
そんな京介に声を掛けた人物は、昨日も少しばかり言葉を交したリコ・ヴォルフだった。彼女も他のメンバーと変わらず、白いビキニタイプの水着を着用している。髪の色と良く似合っている、そう京介の意識が良い方へと向けられた。視線を向けられたリコは、京介が何も言っていないのにその隣に堂々と座り込んだ。
「昨日は災難でしたねぇ、シェスチナ少尉って何時もああなんですよ」
「ああ、って?」
「相手を逆なでするような事を言っちゃうって事ですよ。懐いているのはビャーチェノワ少尉か上官のサンダーク中尉くらいで、一回ユーリがからかってやろうとしたら本気で泣いちゃって。そしたらビャーチェノワ少尉がユーリの腕捻り上げちゃって。そーだ! 捻り上げたって言ったら聞いてくださいよ! 此間公園でウラキ少尉がユーリと一悶着起した後、ビャーチェノワ少尉がウラキ少尉について教えろーって言い出したんですよ?」
「何だって?」
マシンガンのように言葉を続けていたリコはわざなのかそうでないのか、クリスカの表情をややオーバーにしたかのような顔をして自分の右手を左手で軽く捻るようにしてみせた。
「こうやって最初に私が腕を捻られちゃって、次はユーリが肘外れそうなくらいされたんですけど……まあアイツの事はどうでも良いですね。それで結局イワンが貴方のデータを取ってきて彼女に渡したんです。あっ、勿論見たのはイワンとビャーチェノワ少尉だけで、データもちゃんと燃やして処分したのを確認してます!」
「俺の? 何だってそんなもん……あ」
「何か心当たりでも?」
リコの言葉を聞いて、京介はクリスカと初めて言葉を交した夜の公園での出来事を思い出した。あの時彼女が語った自分の情報は、その時に知ったのだと。リコの問いに何でも無いと答えつつ、少しばかり気が和らいだ京介は小さく息を吐いて青空を見上げる。スポーツに興じる面々の喧騒を他所に、木の陰は風に揺れる葉のこすれる音が良い具合に心地良さを感じさせた。
「けど、本当不思議なんですよねぇあの二人。私達とも殆ど交流は無いし、合同テストでも勝手に一機で行っちゃうし、中尉は止めないし。私達何の為にあんな殺風景なところにまで行ってるんだろうって思っちゃうんですよ。本当なら祖国を一刻でも早く取り戻す為に、前線にいるはずだったのに」
「前線か」
「そりゃあ勿論、ユーコン基地にいる試験小隊がやっている事は前線で戦う衛士の為って言うのは分かるんですけど……うちは特別良く分からないですから。全て紅の姉妹がやる事が優先されていて、私達は二の次。ユーリみたいに荒れたくなるのも分かります」
膝を抱えて拗ねたように言うリコに、京介はどう言葉を掛けようか迷っていた。相手は同じ衛士と言っても、アラスカの土地を間借りしている国の人間。下手な事は言えないし、今の自分に何が言えるという葛藤も京介の胸にあった。だがそうして京介が悩んでいる内に、リコは言葉を続ける。彼女が本当に言いたい事は、そこにあった。
「周囲が一生懸命にやっているのを見て、自分も一生懸命やろうと思ってもやる事が無かったら腐っちゃいます。けど逆にみんなが同じ事を一生懸命にやっていると今度はぶつかり合っちゃう。だって目指すところは同じでも、やり方はそれぞれ違うはずですから。でもそうなっても、キチンと話し合えば進むべき道は見えると思うんですよね、私」
「……結局言いたかったのはそれか」
喧嘩をしてしまっていても何度でも腹を割って話し合え、そうリコは言いたかった。外部の彼女から見ても、アルゴス小隊内で何かしらの問題が起きているのは容易に察せられた。開発衛士は一ヶ月近く経過しても機体の制御に四苦八苦している、計画主任はよくその補佐や開発衛士と口論を交している、噂になっているのはそんな事ばかり。自分達はすべき事が出来ないでいるのに、彼らは出来る事を足を引っ張り合って停滞させている。そんな逆恨みにも近い感情がリコにはあった。だから遠回しにでも、リコはその中心人物に言ってやりたかったのだ。
「……ごめんなさい」
「謝らなくても良いよ。……言いたい事は分かる」
そう言って京介は立ち上がると、遠くの空に広がる暗雲を見つけた。徐々に広がっていくその黒が、何故だか京介にはとても恐ろしいものに見えた。そしてその感覚は、決して間違いではなかった。
「少尉! 時間は三十分だ、それ以上は許可出来ない!」
強化装備に身を包んでいた京介は、ドーゥルのその言葉に頷いてから雪風の昇降用ワイヤーに掴まった。突然の暴風雨により海上に出ていたゴムボートの団体が急遽帰って来たのだが、その中に唯依、ユウヤ、クリスカの姿が無かった。ユウヤと一緒のボートに乗っていたヴィンセントが言うには、唯依と共にボートに乗っていたクリスカに何か問題が起きた為にユウヤは泳いで二人のボートと合流したらしい。そして助けを呼びに行く為にヴィンセントが一人で戻ったところで、彼は暴風雨に遭遇した。つまり、現在も尚激しさを増していく暴風雨の中に三人が取り残されているということになる。普通に考えれば近くの島に避難していると考えるが、最悪の事態を想定して一度捜索隊を出すこととなったのだ。
アルゴス小隊からはステラ、京介、イーダル小隊からもリコとイワンがそれぞれ借り出され、それぞれツーマンセルで行動するよう指示が下されている。京介は管制ユニット内で最終調整を行っていた整備員から異常無しの報告を受けると、そのままシートに滑り込んで強化装備とシートを固定した。
「少尉、気をつけて!」
「ああ、任された!」
管制ユニットが胴体部に収納されハッチが閉じると、頭部カメラ・アイから送られてくる外部映像がヘッドセットを通して京介の網膜に直接投影される。ハンガーに立つ向かい側にはステラのF-15Eが立っており、既に彼女も出撃準備が完了していた。
「アルゴス4、行けるか」
《ええ、大丈夫よワイルド7。イーダル2、3、そちらはどうです?》
視界に表示されているステラのバストトップ映像を挟み込むように、ソ連の強化装備を身に付けたイワンとリコのバストトップ映像が表示される。
《こちらイーダル2、問題は無い》
《イーダル3も大丈夫です。……え? あ、ちょっと待って!》
「どうしたイーダル3」
イワンが無表情で報告を終えたかと思えば、突然リコの映像が途切れた。だが音声はまだ繋がっており、三人の耳にはリコが誰かと言葉を交している言葉が聞こえてきた。だがその声は小さく、何を話しているかまでは分からない。すると、京介の耳朶を突然リコの声が打った。
《ワイルド7、ウラキ少尉、個人回線開きます》
「何? 一体何だって------」
リコの言葉に疑問を呈す前に、新しいバストトップ映像が京介の視界に開けた。そこに映っていたのは、リコとイーニァだった。昨夜同様、京介を見る目は何処か脅えてはいるがリコに耳元で囁かれると、イーニァはおずおずといった様子で口を開く。
《しょうい、クリスカのこと、ぜったいみつけてね》
「? ……ああ、大丈夫だ。俺達に任せろ、絶対見つけてやる」
《うん! あと、きのうはごめんなさい》
それだけ言って切れたイーニァとの通信に京介は苦笑すると、そのままリコとの会話に移行した。
「わざわざあんな事を言う為にあの子はヴォルフ少尉に頼んだのか?」
《いえ、私も急に言われたもので……あっ、はい! 行けます! すみません、お話はまた後で》
「分かった。ステラ、行くぞ!」
《了解!》
やれやれと首を左右に振ってから、京介は操縦桿を握り締めた。固定解除された機体がハンガーから歩いて滑走路に出ると、同じように別のハンガーからイーダル小隊のSu-37チェルミナートルが二機現れる。視界が雨粒で少々乱される中、京介はカタパルトに接続された雪風を発進させた。続いてステラのF-15E、イーダル小隊のSu-37が発進。全力噴射で一気に基地から加速して行く彼らを、一人の男が見つめている。彼は手元の無線機を手に取ると、何処かへと連絡を取った。
「私だ。ああ、対象は今発進した。報酬分の働きはしてもらうぞ、諸君。では」
たったそれだけの短い言葉を言い終えると、その男は無線機のコードを千切った。そしてそれをゴミ箱に隠すようにすると、何も言わずにその場を去って行く。その国連軍の制服には、プロミネンス計画の腕章が付けられていた。