Muv-Luv The frayed memory/Carved memory 作:REDALERT
《演習中止! 演習中止! アルゴス1、アルゴス2は至急ワイルド7の救出に当たれ! 繰返す! 演習中------》
ヘッドセットからけたたましく鳴り響くCPの声に耳朶を打たれながら、修理された雪風の管制ユニット内にいた京介は打ちつけた頭を押さえていた。額の傷が開いて、血が流れ出ている。血が黒い皮膜に流れていく中、京介はハッチを開いて管制ユニットを外に出した。だだっ広い演習場のほぼど真ん中に、雪風は仰向けに倒れている。上向きに開いたハッチに左腕を掛けるも、京介はそこを昇る事が出来なかった。
「……っ……クソが!」
ダラリと下げられた右腕が、小刻みに震えている。力が入らず、指一つ自分の意思で動かせない。ギュッと左手で腕を掴んでも、震えは治まらない。
「おい! 大丈夫か!」
真上から響いたタリサの声に、京介は反応しなかった。
「右腕、怪我したのか!?」
その無反応を怪我によるものかと思ったのか、タリサはその身を管制ユニット内に滑り込ませた。そうして額から流血している事に気付くが、タリサはまず京介の右腕を確認する。ハードプロテクターで保護されているとはいえ、怪我をする時はするのだ。だが手に取った彼の腕には何の異常も無い事を確認すると、タリサは首を傾げる。
「お、おい、どうしたんだよ? 痛いの、顔だけか?」
心配そうに顔を覗き込んでくるタリサに、京介はただ一言、呟いた。それはまるでこの世の終わりとでも言うような表情で、内容もまた、彼にとって致命的なものだった。
「右腕に……力が入らねえ」
「え?」
「操縦桿が、握れない……」
グアドループでの戦闘で負った怪我も治り、雪風の修理も完成した為、ユーコン基地では再び不知火弐型、ACTVイーグル、
「情けねえ……」
何時かヴァレリオと飲んだバーの奥で、京介はそう呟いた。隣にはステラ、向かい側にはヴァレリオとタリサが座っている。京介の目の前にあるグラスは既に空で、かなり酔いが回っているようだった。本来精神安定剤等の服用で飲酒も禁止されていたが、ヴァレリオ達が監視するという条件付きでドーゥルから許可を取っていた。だから京介が瓶を丸々一本開ける事もないし、飲みすぎる心配も無い。
「気にすんなって、大将。あの時の怪我がまだ治ってなかったってだけで、検査を受ければすぐに原因が分かるさ」
「そうそう、ま、それまではアタシがきっちりユウヤの相手してやるからさ! お前はゆっくり休んでなって!」
ヴァレリオとタリサの言葉を受けても、京介はまだ納得出来ていない様子だった。まだ満足に動かせない右腕の状態も相まって、冷え込んだ唯依との問題も重なっているからだ。遭難事故が起こる前は、まだ関係修復の兆しがあったようにヴァレリオ達には見えていた。だが無人島から三人を回収し基地に戻ってみれば、互いに無視したり険悪なムードとなる事が極端に増えてしまっている。ヴァレリオはそう見ていたが、ステラとタリサから見れば逆に、ハッキリしない京介を唯依が一方的に突き放しているように見えていた。
「------失礼」
と、ボックス席に座る京介達四人に声を掛ける人物が現れた。ソ連軍イーダル試験小隊所属、イワン・ゲオルギー・レオニード・レズノフ少尉。京介やステラと共にユウヤ達を捜索に出たメンバーの一人だった。190近い体躯をした大男に見下ろされている状況にタリサが不快感を示す表情を見せたが、ヴァレリオが脇を小突いて諌める。イワンの瞳はジッと京介を見つめていて、それはまるで酔っている京介を侮蔑しているようだった。
「先日の事件での礼を言おうと思ったが……どうやらそれを言うに値する状況ではないようだな」
「何が言いたい……?」
「イラついて、酒を飲んで、慰められて、君は何度それを繰返せば満足するんだ?」
「喧嘩売ってんのか!」
テーブルを叩いて立ち上がった京介に、バーの中がざわつき始める。ステラが止めようと京介の左腕を掴むが、彼はそれを振り払った。
「お前に何が分かる……!」
「分からんね、周りに気を使わせ続けるような男の事は」
「手前ッ------うっ!?」
イワンの言葉に京介が飛び掛って左腕を振り上げると、それよりも早くイワンの大きな岩のような拳が京介の腹部を打った。重く嫌な音が響き、京介は目を見開いて崩れ落ちる。その胸倉をイワンは掴み上げて、耳元で低く呟いた。
「Если у тебя кривое лицо, не сердись на зеркало. 自分の顔が歪んでいるなら鏡に腹を立てるな、ウラキ。……明日の夕方、一人であの公園へ来い。いいな」
「っ、この……」
胸倉から手を離された京介は腹を左手で押さえて膝をつき、苦しそうに息をつく。その右腕がダラリと垂れ下がっている事にイワンは一瞬注意を向けたが、すぐに視線を逸らしてその場を去って行った。迷惑代としてバーテンにチップを渡して。
「おい、大丈夫か!?」
タリサが席を飛び出して京介に駆け寄ると、咽込んでいた京介はその小柄な仲間の身体を左手で押し退けた。腹部に尋常では無い痛みを抱えつつも、京介は痛みを抑え込むようにして口を開く。
「っ、悪い……先、うっぷ……帰る」
「大丈夫なの? 付いていくわよ?」
「いや、いい。……っ部屋戻って寝る……」
途中あのロシア人め、などと悪態をつきながらフラフラとバーを出て行った京介に、ヴァレリオ達は顔を顰めて首を傾げた。一体イワンは何の為に自分達のところに来たのだろうかと。そしてあの京介をそのまま放って置く訳にもいかないので、彼らもすぐに京介の後を追ったのだった。
「いいのかよ、あんな事してさ」
バーを出てから一人基地に向かって歩いていたイワンは、ふいに背後から掛けられた声に立ち止まった。開店時間では無い為に降りているシャッターに寄り掛かるようにして、仲間であるユーリ・ミン・エゴロワが腕を組んで立っている。
「俺は中尉からの指示に従っただけだ。他意は無い」
「へっ、どーだか。中尉はアイツの腹をぶん殴れだなんて指示は出したのかい?」
燃え上がるような赤い短髪を手で整えながら、ユーリはイワンの前に立ち塞がる。一度わざとらしくジャケットの後ろを捲くってみせると、そこにはズボンに差し込まれたトカレフがあった。その銀色の光沢を持つ軍用拳銃を前に、イワンはその厳つい顔を更に険しくする。
「俺を脅すか、ユーリ」
「いんや? リコに頼まれちゃったんだよなぁ、アイツどうやら日本人の
「素直にリコの言う事を聞いたのか?」
「冗談。気になるならケツの穴解しとけって言って殴られてきたよ、俺とアイツは腹痛仲間ってこった」
ふざけた態度のユーリにイワンはため息をつくも、彼がそういう態度でしか人と接する事が出来ないというのは当の昔に理解していた。だから言葉の内容に関しては特に気にする事も無く、真面目な顔のまま言葉を発する。
「お前はどう思う、何故中尉は奴とユウヤ・ブリッジスの二人を監視対象としたのか」
「さあてねぇ……日本人の方はアレだ、我らが紅の姉妹の片割れと抱き合ったという事実があるからかな? ハーフの方は……こちらも紅の姉妹の片割れに懐かれているから、とか?」
周囲の喧騒に蒔かれていく二人の言葉。ユーリは下卑た笑みを浮かべてジャケットのポケットに両手を突っ込む。
「どちらにしろ、ウラキはあの【黒色槍騎兵団】に目を付けられているんだ。ただの地方出のパイロットじゃない」
「そうそうそうそうそう、そーなんだよイワァン。俺が気になってるのは正にソ・コ、連中
「連中の御眼鏡に敵ったのか、或いは別の理由か、それとも殺す価値も無い程の雑魚だったか、のどれかだな。だがそれでも四機は撃墜してるんだ、十分エースだろう」
「撃墜されていじけてるけどな」
ヒヒヒ、とわざとらしく笑うユーリにため息をついたイワンは、その頭を弱めに叩いた。イーダル試験小隊指揮官、イェジー・サンダーク中尉。自分に浦城京介との接触を命じた上官の顔を思い出し、イワンは地面に唾を吐き捨てる。クリスカ・ビャーチェノワとイーニァ・シェスチナの二人が彼の計画にとって最も重要な因子である事は、イワンだけが知っている。だからこそ、その事実が彼にサンダークを嫌悪させる原因となっていた。
「だが俺には理解出来んな。明日奴に引き合わせるのは中尉ではない、その意味は?」
「考えたって分からんさね。俺達は所詮下っ端よ、前線にも出れず、
「分かっているさ。お前もリコも、立派にやっている。何かを仕出かすのなら、一緒さ」
「ああ、頼りにしてるぜ」
そう言ってから、ユーリは街に行くと言ってイワンの隣を抜けようとした。だがその前に一度わざとらしくイワンとぶつかると、イワンは自分のジャケットのポケットに拳銃が入れられた感触に気付く。
「ユーリ?」
「明日、
小さな声でそう言った後、ユーリはそのままイワンから離れて行く。背を向けながら手をヒラヒラと振るユーリにため息をついた後、イワンもまた基地へ向けて足を進めた。
(俺達を体の良い駒扱いか……だがそのままで終わらせるものかよ。祖国だの党だの、何の価値も無い生ゴミが)
胸の内に激しい怒りを燃やしながら、イワンは従順でいる為の計画を頭の中で練り直すのであった。
翌朝、右腕を布で骨折した時のように吊り上げた京介は、一人食堂でスープを啜っていた。時刻は朝早く、食堂が開いたばかりで人も疎ら。理由としては昨日イワンに腹部を殴られたダメージが思っていたよりも大きかった所為で、あまり良く眠れなかったからだ。最も血尿でも出るんじゃないかと内心思っていた京介にとって、ただ腹部が筋肉痛のような痛みを発するだけだったのは逆に助かったと言えた。
と、一人でパンをスープに突っ込んで食べていた京介の向かい側に誰かが座り込む。見てみると、それはユウヤだった。京介と同じように、トウモロコシのスープにパンと言う衛士にしてはエネルギー量が少なすぎるものをトレイに載せている。
「……何で朝っぱらから手前の顔見て飯食わなきゃいけねえんだよ」
「うっせーよ。……アンタに頼みたい事がある」
「あ?」
パンにスープを染み込ませながら京介が首を傾げると、パンを千切ってそのまま食べていたユウヤが疲れた様子で口を開く。
「タカムラ中尉の事なんだが------」
「よし、ごちそうさんっと。薬薬------」
「真面目な話なんだ」
唯依の名前が出た途端席を離れようとした京介を、ユウヤは真剣な目で呼び止めた。その目に圧され、仕方なく京介は席に戻る。
「……で、唯依が何だって?」
「いい加減アンタら二人に仲直りしてもらわねえと、俺の身体が耐え切れねえんだよ。最近朝に剣術の指導をしてもらってるんだが、明らかに八つ当たり------」
「じゃないな、それは。唯依は本気でやってる」
皿に残っていた湿ったパンをスプーンで掬い上げて飲み込みと、京介は馬鹿らしいとばかりに頭を振った。京介もかつて父から剣術を習っていた過去があった為に唯依と手合わせをしたことがあるが、彼女は本当に強い。武御雷では無くただの不知火を使った模擬戦でも、京介が防戦一方になる事は多々あった。本気でやればそれだけ身について行く、そんな根性論にも近いような持論を持っている彼女に剣術を習えば、素人だとすぐに限界が近づく。それを思い出して、京介は鼻で笑うように息を吐いた。それを正面で見ていたユウヤが、自分が笑われたのかと疑問を抱いたのには言うに及ばない。
「何だよ」
「いや、そういう所はどうしても変わらないんだなって思ってさ。……というより、聞いてねえぞ」
「何をだ」
「朝に剣術の訓練? 二人きりでか?」
京介に言われて、ユウヤは面倒臭そうにため息をついた。まるで何度も同じ質問を繰り返し聞かされていたかのように。
「VG達にも何回も聞かれたがな、俺はそもそもそんな変な気なんて持ってねえよ。ただ……早くあの94セカンドをモノにしたいだけなんだ。アイツは俺に似てるから」
「……朝から真面目な話するんじゃねえよ、ったく。じゃあ尚更訓練がキツイだの言ってるんじゃないよ、アイツは本気で教えてるんだからさ」
「それはそうなんだが……意味合い的にはアンタと中尉を会わせるのが……いや、いい、変な事言って悪かった」
ふうん、とあからさまに面倒臭そうな表情をした京介は、吊り上げていた右腕を左手で触った。ユウヤの目の前で動くその五本の指は、やけに鈍い。
「腕、治るといいな」
「当たり前だ。このまま治らなかったら俺は衛士じゃいられなくなる、そうしたらそれがどれだけ惨めな事か」
原因不明の現象に悩まされる、自分が吹雪や不知火を中々乗りこなせなかった時にユウヤが最初に思っていた事だ。実際それはユウヤが機体の事を何も知ろうとせずにいた事が直接の原因だったが、京介の場合それが怪我によるものなのかそうでないのかすらも分からない。そうして何と声を掛けたら良いものかとユウヤが悩んでいる内に、京介は頑張れとだけ声を掛けて出て行ってしまった。
(引き止める事すら出来ないっていうのか、俺は)
暫くしてヴァレリオ達が食堂にやって来た時、ユウヤは冷めたスープに手をつけないままジッと自らの両手を見つめていたのだった。
日暮れ時、医務室で医師の診察を受けた京介は半信半疑ながらも昨日イワンから指定された公園へやって来ていた。噴水の水を親の仇でも見ているかのような視線で見つめていると、その向こうに複数の人影が見える。その中の一人がイワンだと分かると、京介はスッと立ち上がって歩き始めた。
「その右腕、昨日の俺の所為じゃあないよな?」
吊るされている京介の右腕を見るなりそう冗談めかしたイワンを前に、京介は彼を睨み上げた。
「腹は痛むがな。……で、俺に何の用だ?」
「ああ、お前に会いたいという人がいてな。その人に会ってもらう」
「ソ連の人間か? 何だって俺なんかに用があるんだよ」
「いいから来い」
イワンがそう言った途端、京介の背後に回っていた兵士の一人が、その背に拳銃の銃口を押し付ける。そうやって、京介は自分が置かれている状況を理解させられた。
「仲良く飯でもって雰囲気じゃ……なさそうだな」
「その通り。では行こうか」
三人の大男に囲まれて公園から移動する京介を、遠くから見ている人物がいた。篁唯依、ステラとタリサからたまには付き合えと買い物に出ていた彼女が公園で黄昏ている京介を発見したのは、全くの偶然だった。昨日の事故については京介を暫く試験から外す事を公言した彼女だったが、個人的に彼を心配する感情はあった。だからステラとタリサが買い物をしている間に声でも掛けようと思ったところを、彼が突然現れたソ連側の人間と歩き出したのだ。
「京介……?」
買い物袋を抱えた唯依が何処かへ行ってしまう京介に不安を抱くと、彼女同じように大きな買い物袋を抱えてやってきたタリサに自分の袋を押し付けた。
「すまないマナンダル少尉、急用が出来た!」
「えっ、ちょ、ちょっと!」
二つの大きな袋を持たされて前が見えなくなっていタリサをそのままに、唯依は京介の後を追うべく駆け出して行く。そして唯依の姿が完全に見えなくなった頃、更に遅れて来たステラが前が見えずに混乱しているタリサを発見したのだった。
京介が連れてこられたのは、米側の人間が殆ど近寄る事が無いロシア人が経営している大きなバーだった。背中に銃を突きつけていた兵士が銃を離すと、入口に二人が見張りとして残る。イワンに促され、京介はドアに取り付けられていた鈴を鳴らしながら中に入った。薄暗い照明で照らされているバーの雰囲気は重苦しく、中にはカウンターやテーブル席についているのはガラの悪そうなソ連兵が数人いるだけ。その全員が入って来た京介に敵意を剥き出しにした視線を向けるも、後から入って来たイワンを見るとすぐに視線を自分の酒へと戻した。グラスを布で拭いていたバーのマスターは、ややでっぷりとした中年男性。フレームレスの眼鏡越しに二人を一瞥した後、酒に焼けたガラガラ声を発した。
「注文は?」
「温いウォッカを二つ、瓶ごとだ」
「二階に行きな」
マスターが肉のついた顎で店の奥を示すと、イワンは京介の背中を押して店の奥へと向かう。そこには入口からは見えないような角度で階段が隠されており、上の階からはまた別の兵士が京介を見下ろしていた。その兵士がロシア語で奥にいるのであろう誰かに声を掛けると、相手が目を離していた隙にイワンが懐から取り出したトカレフを京介の右腕を吊っている布の中に隠す。
「!? おい……」
「黙って持っていろ。何かあった時には使え」
「一体何を……」
問いに答える事もなくイワンは京介の背中に別のトカレフを突きつけて、階段を昇らせた。二階は一階よりも広く、中央に大きな丸テーブルが置かれている。そのテーブルに、一人の男が座っていた。国連軍のC型軍装を着て、長めの黒いウェーブがかった髪をしたサングラスを掛けた異様な風貌の男だ。その後ろに二人の護衛らしき兵士を連れている。階段から見下ろしていた兵士は、そのまま階段の傍で待機していた。
「ご苦労、レズノフ少尉。そして初めまして、浦城京介君」
男はそう言うと、京介を自分の向かいの席に座るように示した。異様な空気の中で京介は黙って椅子に座り、謎の男のサングラスを見つめる。そうして男の軍服に付けられている階級章を見ると、京介は訝しげに眉をひそめた。その表情の変化に、謎の男は大きな声で笑った。
「全く持って意味が分からないといった顔だね、少尉。まあ無理も無いが……一先ず自己紹介をさせてもらおうかな。ロバート・ギリアム・イェーガー、それが私の名だ。階級は見ての通り大佐で、血液型はO型、更に言えば乙女座で------っと、コレは関係無かったね。君の自己紹介は結構だよ、既に資料を読んで君の事は何でも知っているからね。さて……それでは何から話そうか」
ややおどけたように言葉を続ける謎の男、ロバート大佐は自分の髪を指先で弄ると思い出したかのように後ろの護衛に対して指を鳴らした。そうして護衛が何処かからか取り出した分厚い茶封筒を受け取ると、ロバートはそのままその封筒をテーブルの上に滑らせて京介へと渡す。背後で自分に銃を突きつけているイワンを一瞥してから、京介はその茶封筒の中身を取り出した。それは大量の写真で、そしてそれはグアドループでの謎の戦術機中隊と雪風との戦闘を写したものであった。
「こいつは……どうして!」
混乱している様子の京介に対して、ロバートは宥めるように手を突き出してから再び指を鳴らした。護衛の一人がその場を離れると、別のテーブル上に置いてあったグラス二つとウォッカの瓶を持って戻って来る。
「今日君に会いに来たのは、その
「黒色槍騎兵団……? こいつらが何者なのか、知っているんですか!?」
目の前に置かれたグラスにウォッカが注がれていく中、京介は思わず立ち上がった。自分が戦った謎の部隊について、何かしらの情報が手に入るかもしれない。そう逸る京介だったが、ロバートは落ち着けと言わんばかりにウォッカの入ったグラスを掲げてみせた。
「まあ落ち着き給えよ、まずは乾杯といこうではないか。私に君への敬意を表させてくれ」
「っ……」
仕方なく席に座りなおした京介は目の前のグラスを掴むと、それを掲げて見せるロバートに合わせて同じようにし、そしてその中身を共に一気に飲み干した。焼けるような痛みが喉を駆け巡り、京介は思わず咽こんだ。だが不思議と初めて飲んだ気がしないウォッカに、悪い気はしないでいた。
「おっと、意外とイケる口だね。機会があったら鱈腹飲み合おうか」
そう言うロバートを前に、京介は既に大量の写真に目を奪われていた。ステラのF-15Eに組み付いている黒いF-15E、自分が放った36mmに撃たれて爆散する機体、そして墜落していく真っ最中の雪風、ありとあらゆる角度から取られたその写真は京介にとって信じられないものだった。
「こんな写真をどうやって……」
「理由は簡単だ。あの襲撃は事前に仕組まれていた」
「どういう……」
困惑する京介を前に、ロバートは掛けていたサングラスを外す。その両目には、瞳が無かった。身に纏う空気を重苦しく重圧なものへと変貌させたロバートは、その異様な眼で京介の身体を射抜く。声色もまた、冷たいものへと変わっていた。
「国連軍第4特殊戦術機甲連隊……表向きには
「まさか」
「そう、私がその部隊全てを預かる連隊長だ。9の中隊を統括し、私自らも戦術機に乗り戦場を駆け抜ける。だが今回第一中隊は偽の書類を創り上げ、勝手に出撃し三名の衛士を死なせた……
「俺?」
ウォッカを飲み進めながら、ロバートは京介をジッと見据える。その瞳の無い黒い目玉が、まるで深い井戸を覗いているかのような恐怖心を京介に抱かせた。
「我々の目的は激化する
「それは……また随分と大きな目的な事で」
急に語られたロバートの言葉の内容に、京介は思わずそう答えていた。荒唐無稽過ぎるその内容を、信じられないという至極当然な理由があったからだ。例外だの特別等と言ってはいるものの、結局は偶然生き延びた者をただ集めているだけではないのかと。そう京介は思っていた。
「無論言った言葉をそのまま理解してもらおうとは、こちらも思ってはいないよ。だからもう少し、君に関わる話を混ぜさせてもらう」
「さっきもそう言ってましたけど、その大佐の言う目的と俺がどう関係しているのか------」
「動くな貴様!」
京介が口を開きかけた時、突然階下から男の怒鳴り声が響き渡った。ドタドタと騒がしい音が鳴り、何人かが階段を昇ってくる。そうして最初に見えたのが入口に見張りに立っていた兵士だと確認した京介は、次に見えた人物に思わず声を上げた。
「唯依ッ!」
「京介……これは一体……?」
兵士に後ろ手に拘束され銃を突きつけられていた唯依は、京介の姿を確認すると安堵したような表情を浮かべた。だがその背にはまだ銃が突きつけられており、京介はその兵士をジッと睨む。京介自身も隣に立つイワンから銃を向けられている事もあり、自由に動けない事は自覚している。そうして緊張の糸が一瞬にして張り巡らされた室内で、一番最初に動いたのはイワンだった。
「軍曹、彼女から手を離せ」
銃口を京介から兵士へと動かした大男は、ただ一言、そう口を動かした。
「しかし少尉、こいつは……」
「聞こえなかったのか? 手を離せと言っている」
「っ……了解」
不服そうな顔で返事を返した兵士が唯依の手を離すと、自由になった彼女はそのまま兵士から離れて京介の傍に寄った。ロバートと兵士、そしてイワンの間に立っている京介はどう動くべきかと悩んで一瞬右腕を吊る布の中にあるトカレフを思い出したが、彼が動くよりも先に、乾いた銃声が響いた。
京介の背後から飛来した一発の銃弾が、唯依の連れて来た兵士の額を貫通。後頭部から脳髄と血液を撒き散らしながら、その兵士はガックリと膝をつき、そのまま階段を転げ落ちて行く。唯依を背後に隠しながら振り返った京介は、銃を撃ったのであろう男を見る。
「いけないなぁ……話を途中で邪魔するなんて。ソ連はどういう教育をしているんだい? レズノフ少尉」
異様なまでに黒い目玉をギラつかせるロバートが、その手に銃を持って立っていた。その銃口は、今度は真っ直ぐ京介の心臓部を狙っている。
「京------」
唯依の言葉を遮るかのように、再び銃声が響き渡った。