Muv-Luv The frayed memory/Carved memory 作:REDALERT
唯依が床に倒れ込んだ時、京介はその身体を庇うように覆い被さっていた。彼の右腕を吊っていた布から銀色の光沢を放つ拳銃が転がり落ち、唯依の目の前へと落ちる。反射的にそれに手を伸ばしていた唯依はそのまま拾い上げると同時に、テーブルの向こう側に立つ男へと銃口を向けた。だがその男の手にはさっきまで持っていたはずの拳銃が握られておらず、痛そうに右手をブラブラと動かしている。その両脇を固めていた二人の護衛も銃を抜いて構えていたが、その相手は京介では無かった。
「レズノフ少尉……痛いじゃないか、私の指が吹き飛んでいたらどうするつもりだったんだい?」
ロバートは言う、自らに銃口を向けているイワンに対して。銃口を真っ直ぐロバートへ向けているイワンは視線も表情も動かさずに、口を開いた。
「私は貴方と彼を会わせるよう上から言われてはいるが、仲間を殺されてまで顔色を伺えとまでは言われていない」
「ふむ、それは確かに……そうだな。分かった、なら撃ってみてくれ。私を」
「正気か?」
「勿論。この二人にも銃を下ろさせよう、ほら」
そう言ってロバートが両脇に立つ護衛の銃に手を乗せて下げさせると、彼はそのまま一歩前に出て両腕を広げた。さあどうぞと言わんばかりのその姿に、唯依は何か恐ろしいものの片鱗を覗き見たような気がした。そんな唯依の姿に気付いたのか、ロバートはテーブルの陰になっていた部分を覗き込んだ。サングラス越しに見えた黒い眼球が、唯依の姿を捉えている。
「そういえば居たねぇ、君……誰だっけ? えーと……あー……ん? そもそも何の話をしていたのだったかな、はて……」
目の前の奇妙な男に銃を向けていた唯依だったが、自分に覆い被さっていた京介が小さく呻き声を上げながら起き上がると、すぐにそちらへと注意を向けた。
「ん……あれ、撃たれてない……?」
「京介……!」
起き上がった京介は自分が撃たれていないことを確認すると、すぐに目の前にいる唯依が無事な事に安堵した。だが唯依の表情が強張るのを見ると、それに反応する前に京介はジャケットの襟の部分を掴まれて一気に引き上げられた。
「っ------ぐっ!?」
そしてそのままテーブルの上に叩きつけられ、頭上に大量の写真が舞い上がる。そんな中、ロバートがジッと京介を見つめていた。何かを思い出したかのように、首をゆっくりと頷かせながら口を開く。一句一句、ゆっくりと、正確に、ねちっこく。
「そう、思い出した。君だよ……浦城京介君、君の話だったね。どうも昔から話に熱が入ると一度止まってしまった時に中々思い出せなくて困ってしまうんだ……けど良かった、今、しっかりと思い出したから」
「何を!」
「国連軍特務戦闘隊第03中隊、通称【
狂ったように笑い声を上げるロバートに、京介は完全に気圧されていた。自分が今まで秘密にせざるを得なかった部隊の事を、彼は知っている。自分の事を全て知っている、その言葉が嘘でないことが分かると、京介はジッとロバートのサングラスを見つめるしか無かった。
「あの部隊……【襲撃者】はそもそも我々の管轄下に置かれていた部隊なんだよ。仮に除隊したとしてもずっとそのパイロットはマークされ続ける。つまり、君もずっと我々に監視されていたんだよ……帝都防衛戦も、明星作戦も、全て君の行動は記録されていた。必要なら全て私の口から語ってあげよう。そこの……君の恋人かな? に、後々の夜の生活の為に君がどんなプレイが好みかもついでに言ってあげるけど? 私は何でも知っているからね。おっと、もう調教済みだったり------」
「んのっ!」
ロバートの言葉に激昂した京介は左腕を思い切り突き出すも、それは軽くいなされてしまう。逆に胸倉を掴まれた京介は一度宙に浮いたかと思えば、再びテーブルに叩きつけられた。強制的に肺から空気が飛び出し、京介は口を大きく開けたまま喉からコヒュッという嫌な音を鳴らす。その顔に、舞い上がった写真が降り注いだ。
「っ……!」
「君は面白い男だよ、浦城京介君? パイロットとしての腕は十分ある、なのに内面が伴っていない。一度見てみたいよ、君が心の
京介にグッと顔を近づけるロバートだったが、そのこめかみに銃口が押し付けられた。見れば、トカレフを両手に構えた唯依が立っている。即座に反応したロバートの護衛二人が彼女に銃を構えるが、イワンもまたその護衛達に向かって銃を構えた。
「京介から離れてください、大佐っ……!」
「ん? ……そうか、思い出した。確か君はXFJ計画の開発主任だったね、えーと……篁唯依君だったかな。帝都防衛戦で仲間の介錯すら出来ずに生きたままBETAの餌にしてしまった軟弱者、そう記憶しているよ?」
ロバートがそう言った途端、一瞬にして唯依の顔に動揺が広がった。銃口が一瞬下がり、次にその場にいた全員が瞬きを終える頃には、唯依は身体をくの字に曲げて崩れ落ちていた。ロバートが何時の間にか、京介を掴んでいるのとは逆の腕を伸ばしている。
「この野郎ッ!」
その直後、京介は自分の胸倉を掴んでいたロバートの腕を取ると、それを左腕の力だけで捻り上げた。掴まれたロバートの腕は歪な方向へと曲がり、京介はテーブル上で足を思い切り振り上げて体勢を崩したロバートの後頭部へ思い切り叩き込む。だがロバートは怯んだ様子も無く、そのまま残っていた腕の拳を京介の顔面に叩き込んだ。捻り上げられていた腕が、歪な方向へと曲がったままになっている。
「そうだ、それで良い。そういうところがあるから君は選ばれたんだ。例外か特別か、それが分かるのであれば腕の一本くらいどうってことはない」
「ッ……ッ!」
「特別であるのならこれ以上我々が君に入れ込む理由は無い。だが、もし、仮に、万が一、君が例外であるのなら? その時私は全力で君を殺しに行くだろう、そうして君が生き残った時……君もまた我々の一部となる」
「お断りだッ!」
殴った後そのまま京介の顔を掴んでいたロバートだったが、京介はその腕を自分の左手で引き剥がそうと躍起になっているのを見て更に口の端を吊り上げた。
「感情を捨て給えよ、邪な情などを抱いているから心が弱る。だからたった十二機程度の戦術機に負けたくらいで精神を消耗させるんだ。右腕が動かないのは君が恐れているからではないのかね? あの時、墜落する瞬間、正にその瞬間、君は! ……恐れたんだよ死ぬ事を。だからそうやって無意識の内に怪我を理由に身体の自由を無くして逃げようとしているんだ」
「お前に何が------」
「黙れよ、茶番は終わりだ」
顔から手を離された瞬間近づいて来たロバートの顔、正確にはそのサングラスの奥から妖しい輝きを見せる黒い眼球に、京介は完全に反抗する気力を殺がれた。何の感情も読めず、態度も坂を転げ落ちるかのようにコロコロと変わっているその男が、まるで大きな壁のように京介には思えた。イーニァの透き通った瞳に見られている時と同じような感覚に、京介は戦慄する。
「覚えておくが良い、君が君自身の心に決着をつけなければ何時か必ず死ぬ。黒色槍騎兵団か、BETAか、或いは私か、この何れかが君を殺す。そうなりたくなければ見せてくれ、君の可能性を」
「可能……性」
「……何時か再び会う時の為に、これを渡しておこう。君が例外である事を祈っている」
テーブルの上に横たわる京介の身体を開放し、ロバートは懐から掌より少し大きいケースを取り出した。それを京介の腹の上に置き、護衛二人に対して手を上げて撤収の意志を示す。護衛と銃を向け合っていたイワンと床に座り込んで咳き込んでいる唯依の二人を一瞥した後、ロバートは大げさに手を左右に広げた。
「さて! では今日のところは帰らせてもらおうかな! 本題も話せた事だし……あれ、本題って何だったかな……まあいいか。ではレズノフ少尉、死体の処理は頼んだよ。我が親愛なるサンダーク中尉にも宜しく言っておいてくれ給え」
「……次は冷静な話し合いが出来る状態で来てもらえると嬉しいんですがね、大佐」
「うーん、それは無理だ。状況は常に変化しているからね、私もその全てに目を向けているとクルクルと思考を動かさねばならない。だから次は邪魔が入らないようにしていてくれよ。それではお嬢さん、御機嫌よう」
イワンに大げさに肩を竦めて見せた後、ロバートは這い蹲る唯依にそう言ってその場を去って行った。床には写真が散らばり、空薬莢が一つ、何時の間にかテーブルから落ちて割れていたグラス、封の空いたウォッカ瓶と様々な物が散乱していた。そんな中でイワンは持っていた銃をズボンの後ろに差し込むと、テーブル上で呆然としていた京介の頬を軽く叩いて覚醒を促す。
「おい、ウラキ、しっかりしろ。俺が分かるか?」
「っ……あ、ああ……何だったんだアイツ……。いや、それよりも……唯依ッ!」
ハッとした京介は腹の上に置かれたケースを退けると、すぐにテーブルから転がり落ちるようにして唯依の傍に寄った。腹部を思い切り殴られたのか、彼女は自分のそこを手で押さえながら苦しそうに息を洩らしている。
「大丈夫か? 腹、痛むのか?」
「っ、大丈夫だ……それより、京介も怪我はしていないのか……?」
俯きがちにそう聞いてきてくれた唯依の姿に、京介は呆れたようなホッとしたような感情がごちゃ混ぜになった表情を浮かべた。
「俺の事はどうでも良いんだよ。お前に怪我が無いならそれで」
「そっちだってどうでも良くない! ここに来たのだって心配で……っ!」
唯依に自分の背中に腕を回され、京介は右腕を吊っていた布を解いた。ダラリと下がる右腕をそのままに、左手を自分の顔に頬を寄せる唯依の頭に添える。
「ウラキ、一先ずここを出た方が良い。……まさかこんな事になるとは思ってもみなかった、すまない」
「よくそんな事が言えるな、お前。……あのグアドループでああなるって事、知ってたんだろ」
イワンの言葉を受けた京介は立ち上がり、唯依を背中に隠しながらイワンと対峙した。その左手には、唯依が持っていたトカレフが握られている。
「ああ、そうだ。俺とユーリは事前にその説明を受けていた、そして何も知らないリコを連れて身の潔白を証明したのさ。一人何も知らない奴を連れて行けば、シャスチナやビャーチェノワにも悟られないからな」
「どういう意味だ」
「お前の知る事じゃない。だが今日ここであった事は------」
「黙ってろって言うんだろう」
京介の言葉にイワンは静かに頷くと、京介の後ろにいる唯依を一瞥した。まるで哀れんでいるかのようなその目付きに、唯依は思わず身を竦ませる。
「中尉も災難だったな。この男の事を気に掛けなければ巻き込まれなかったというのに」
「彼は私の部下だ、気に掛けて当然だろうレズノフ少尉」
「フン、そうやって男女の仲を誤魔化して引き摺ろうとするからそうなるんだ。……だが、中尉がここに来たという事実は伏せておいてやる」
イワンはそう言って床に散らばった写真を拾い始めた。まるでもう二人と話す事は何も無いと言わんばかりに。
「……銃は返すぞ、イワン」
京介はその大きな背中にそう言葉を投げ掛けると、テーブルの上にトカレフをそっと置いた。そしてロバートが置いて行ったケースを一瞥すると、それをズボンの尻ポケットに入れて唯依を連れてバーをそそくさと出て行く。階下から鈴の付いたドアが開けられる音が聞こえてくると、イワンは集め終わった写真をテーブルの上に重ねておいた。そして封の空いたウォッカを手に取ると、その中身を仰ぐ。
「ふぅ……これで良いんだろう、これで。何時も物事が上手く行かないのには慣れているだろうに、自棄酒か……イワン・レズノフ。お前も随分情けない」
自嘲するようにそう言うと、イワンは写真を開いた茶封筒の中へと再び収めた。僅かに鼻を突く血の臭いが、彼の酒で紛らわせた怒りを更に鈍らせる。テーブル上に置かれたトカレフを拾い上げると、イワンはそのままこめかみに押し当てた。そうして引き金を引けば------銃に弾は入っておらず、ただカチンッというハンマーの落ちる音だけが虚しく響き渡った。
バーを出た後リルフォートを並んで歩いていた京介と唯依の間に、これといった会話は無かった。ただ力の入らない京介の右手を、唯依の左手が握っている。そんな中、京介は思い詰めたような顔で口を開いた。
「……今日あった事は、誰にも言うな。多分、もうお前も監視されてる」
「ああ、分かっている。……しかし、あの佐官が言っていた事は本当なのか? 京介が初めて配属された部隊が、その……」
「……悪いが機密事項だ、それが上官としての命令でも……俺には
「そう、か……」
唯依の問いに、京介は遠まわしにそうだと答えた。握っても握り返されない彼の右手、それが酷く冷たく感じる。と、急に京介は立ち止まった。その表情は何処か哀しみに満ちている。
「……グアドループでの時は、悪かった」
「え……?」
「島からの帰りの船で、その……お前の事、ちゃんと見てるって言えなかった。けど今は、その……ちゃんと見てるからさ」
無人島からの帰りの船、医務室の中で唯依は京介にキスをした。それを京介は一度受け入れたものの、心の奥底に巣食っていたトラウマを拭い切れずに唯依を拒絶してしまっている。その後一人の少女によって彼のトラウマの一部は若干の解消を見せたが、京介自身はその自覚は無い。だが何故かその時、京介は彼女にそう言おうと判断していた。それはわざわざ自分を探しに来た彼女を見て思うところがあった為か。本人にも分かってはいない。
立ち止まった京介は唯依と向かい合うように立つと、バツの悪そうな顔で頭を掻いた。それが何処かおかしくて、唯依は口元に手を当てて笑った。それで恥ずかしくなったのか、京介はそれだけと言わんばかりにまた歩き始める。だが唯依は握っていた右手を引くと、京介を無理矢理自分と向き合わせた。
「他に何か言う事はないのか? 京介」
「他に? ……あー……そうだな。お前は、軟弱者なんかじゃない。俺なんかより、もっと色んな事を考えてる強い子だ。だから安心しろ」
「そ、そうでは無くてだな! その、他に何か言ってくれないのか?」
何かを期待しているような素振りを見せる唯依に、京介は応えなかった。つい先程まで謎の男の素っ頓狂な行動に巻き込まれていたのもあって、唯依が何かしらの
この日から一週間後、2001年8月某日、彼にとって最も過酷な戦いが始まろうとしていた。
2001年、8月某日、外部から完全に存在が秘匿されている
「欠員、現在作戦行動中につき第八中隊長ラス、第九中隊長カシムが不参加。先日のヨーロッパでの作戦行動中にて、
第三中隊長ヴィルギット・ヴァン・ヴォークン大尉の声に、四名の女性が一斉にため息をついてぼやいた。ヴィルギットは欧州出身の衛士であり、全部で八人いる中隊長の中で一番最後に中隊長に選ばれていた。ロバートを含めた男性が五名、女性が四名、これが連隊内から選ばれた
「フェデリコのクズが。死ぬなら一人で死ねと言うんだ」
第二中隊長レッシィ・アナは、その長い赤髪を指先で梳きながら悪態をついた。【熱砂の咆哮】と渾名される中隊を率いている彼女は、かつて中東における大規模作戦に何度も参加し、そして最前線から毎回無傷で帰還した記録を持っている。部隊に参加したのも早く、中隊長の中でもその経歴は一番長い。彼女の部隊は漆黒のEF-2000タイフーンの淵を赤い血のようなラインで縁取り、部隊マークとして砂塵の竜巻を模したものを使用している。
「けど全滅したって事は中隊全員特別じゃなかったって事でしょー? やっぱ理論上の数値で判断してるんじゃダメダメって事よん」
その隣に座る
「カンで毎回生き残っている貴女達が異常なのよ、リー。まあフェデリコは少し自信過剰なところがあったから……度を越したんでしょう」
黄儷とは反対側に座っている褐色の肌をした第六中隊長フェデーリカ・ジャンネッリは、自身の爪を磨きながら呟いた。爪先にフッと息を吹きかけ、一房にまとめた長い黒髪を片手で掻き上げる。イタリア出身であり、ある人物と共に中隊長に就任した彼女の部隊はF-15Eを使用していた。部隊マークはX字状に重ねられた人骨で、それはそのある人物に勧められたものだった。その人物に向けて、フェデーリカは言葉を発する。
「夏希はどう思う?」
「ん? 別にどうも思わないよ、死んだんなら死んだってことで次の奴を探せば良いじゃない。フェデーリカ」
浦城夏希、
「フェデリコの担当していた比較対象は第七中隊全員よりも遥かに優れた才能を持っていたか、或いは特別なのか、それは戦い続けないと分からない。ヴィルギット、ラスとカシムに現作戦が終了次第フェデリコの任を継ぐ様に命令なさい。いいですね、大佐?」
《ん? ああー、良いんじゃない? 宜しく頼むよヴェルギット君》
「ヴィルギットです、大佐。了解しました、すぐに連絡を」
モニターに表示されていたロバートが暢気な声で返答すると、ヴィルギットは一度敬礼してからそそくさと会議室を出て行った。そしてネクタイを緩めてホッと一息ついてから、あの重苦しい空気に支配されている会議室に繋がるドアを振り返った。
(ふう……何が楽しくてあんなところに居なきゃいけないのか。勝手に死んでくれたの、恨みますよ隊長)
ヴィルギットは自らが中隊長となる原因を作ったかつての上司に悪態をつきながら、職務を全うすべく廊下を進み始めたのだった。そうしてヴィルギットが去った後、残された女傑四名はロバートと共にこれからの予定について話し合っていた。まだ中隊長となって日が浅い彼は、参加するに相応しくないと考えての判断である。
《さぁて、じゃあフェデリコ君を倒した何たらフォースだのフォード君はラスとカシムに任せるとして……レッシィちゃんの方はどうかな?》
「何も問題は無い。次は大東亜連合との
《黄色いのは?》
「黄色言うな! ったく、こっちは新入り連中との実戦訓練だよ。大佐もさ、一気に百人くらい人引っ張ってくるのやめてくれない? 大体の連中が死ぬんだから流石に怪しまれるって」
《アッハハハハ! で、それが何か問題? じゃあ次、フェデーリカ君》
「私は日本に行く。近頃横浜基地の女狐が妙な動きをしているらしい、それの監視だ」
フェデーリカの言葉に、薄ら笑いを浮かべていたロバートが一瞬無表情になった。それに気付いたのは夏希とフェデーリカのみ。黄とレッシィが首を傾げた時、ロバートは一転して険しい口調へと移行した。
《すまないがフェデーリカ、君には夏希君の変わりにアフリカに行ってもらう》
「何故です?」
ロバートの急な提案に、四人全員が首を傾げた。モニターの向こうにいるロバートは、手元にあるのであろう端末を操作して、二人の少年の顔写真を表示した。一人は浦城京介のもの、もう一人は京介より少しばかり若い印象を持たせる少年。
《現在最優先比較対象である浦城京介は、ソ連のカムチャツカへ例の不知火弐型の訓練と称した帝国軍の新型兵器の稼動実験に着いて行っている。既にかの米陸軍の開発衛士は、初陣ながら三千を越す
「では私と夏希の任務を変更する理由は何です?」
「このもう一人の少年だ。本来なら10月の……そうだな、22日辺りからマークすれば良い存在だったんだが、
ロバートの言葉に、フェデーリカは特に異論は無かった。彼は日頃からふざけてはいるが実力はあるし、頭も切れる。時折意味の分からない言葉の羅列を言い出す時はあるが、それ以外は頼れる上官だった。だが夏希は少しばかり納得がいっていないのか、モニター越しのロバートを睨みつける。そのへの字に歪んだ口元から放たれる言葉は、かなりイラついていた。
「こんなガキがうちの弟よりも優先すべき相手だって言うの? それにラプターを何機ぶつけてもって、近いうち
《それは君がグアドループで書類偽造を行ったからだ。君自身出撃していればまた話は別だったが、自分は高みの見物をしていたとなれば------こうもなる》
「チッ。分かったわよ、私が古き良き懐かしき日本へ帰れば良いんでしょう? それで、このもう一人のガキは一体誰なの? 良くて十七、八歳くらいにしか見えないけれど」
かつての愚考を咎められた夏希は肩をすくめてうんざりした様子を見せ付けると、ロバートに問うた。自分の唯一の肉親、目を掛けてやっていた大事な弟よりも危険だと言われる謎の少年。その少年を知る事を、夏希は欲した。その問いに、ロバートは答える。嬉しそうに、だが悔しそうに。楽しそうに、だが辛そうに。笑いそうに、だが泣きそうに。そのサングラスで隠された黒い眼球の下、唾が溜まっている咽喉から声を吐き出してやろうと、ロバートはゆっくりと口を動かす。だがモニターの向こうに見えるその動きは、四人には更にゆっくりとして見えた。その内容に意味が無いことなど、誰もが知っている。そう思っていた。ロバートの言葉の何が事実で、事実ではないのか。それは彼だけが知っていた。
「彼は私の古い知り合いでね……今まで何度も
ロバートの唇の動きが、より一層遅くなる。そうして放たれた人名の響きは、夏希にとって聞きなれた日本人のものだった。漢字にして三文字、平仮名にして七文字。やけに勇ましく聞こえたその少年の名は、夏希の心に深く突き刺さった。だがロバートが最後に呟いた言葉は、その場の誰にも聞こえなかった。
「------