Muv-Luv The frayed memory/Carved memory 作:REDALERT
「------因果律干渉能力?」
1991年、イワン・ゲオルギー・レオニード・レズノフは初めて耳にする言葉に眉を顰めた。ソ連国家保安委員会、通称KGBに配属されたばかりだった彼は、目の前に座る上官から差し出された論文の束に目を通している。因果律量子論、それがその論文の題目だった。目の前に座っているイワンの上官は、歳の割りには細い体付きの不健康そうな顔をした男性。その上官が同じように細く骨ばった手を組みながら、イワンの巨体を見上げる。イワンとしては、その視線は些か気に入らないものではあったが、勿論それをそのまま顔に出す訳にはいかなかった。
「同志レズノフ、君はその論文を書いた者が誰か知っているかね?」
「いえ、存じ上げませんが……中々面白い事を書く人物のようで。この論文と関係しているのが、その因果律干渉能力という事ですか?」
静かに頷いた後、上官は口元を組んだ手で隠しながら言葉を続けた。
「その論文を書いたのは十七歳の日本人女性だ。どうやらそれが一部の厄介な連中に目を付けられたようでな、オルタネイティヴ3に影響を及ぼすかもしれん」
「それは……」
「だが、それは然程問題ではない。君にはある部隊に潜入してもらいたい」
そう言って上官は新しい書類を取り出すと、レズノフへと差し出した。それは現在国連主導で組織されているアグレッサー部隊へのイワンの転属を命じるもの。
「その部隊は表向きには戦術機による戦闘技術の向上を目指すものとなっているが、その実、裏ではある計画の試験部隊となっている」
「オルタネイティヴ計画とは別の、と言う事ですか」
「ああ、立案者はギリアム・イェーガー中将。息子のロバート・イェーガー少佐も同じアグレッサー部隊に所属している。その計画について私も全てを知っている訳ではないが、明確な目標は判明している」
「それは?」
「連中、どうやら死なない衛士を探しているらしい。笑って済ませそうな話ではあるが、どうやら連中本気のようだ。そこに例の因果律干渉能力というものが関わっているらしい。君には部隊の実態とその内容について調査して欲しいのだ、宜しく頼む」
イワンは理解出来ぬ話の内容に首を傾げながらも、下された命令に対して敬礼して返す他無かった。そしてこの時程、止めておけば良かったと後悔する事は無かった。彼が足を踏み込んだのは、得体の知れない
1993年、中国大陸。
《行くぞおおおおおおおっ! れっ、連中、ぶっ殺してやる!》
F-15Cの管制ユニットの中、イワンの耳朶をゴースト6の絶叫が打った。出撃前に精神安定剤を多量に摂取していた男のその声が恐怖に染まりながらも、精一杯の強がりでしかないという事は通信を聞いていた全ての人間が理解している。だが彼らの置かれている状況は、そういう恐怖に負けた人間に容赦無く死刑を告げるのだ。前身したゴースト6の乗るF-15Cを四方から120mmの嵐が襲い、一瞬にしてその身を火の玉へと包み込む。ペイント弾でもシミュレーター戦闘でも何でも無い、本気の殺し合いだった。
「ゴースト4、5、俺の傍に寄れ。右から来る三機を囲う」
《了解、ゴースト3》
《了解、先行します》
そんな中、イワンの指示で集った三機のF-15Cを前に、黒い装甲をした同じ機数の敵が現れる。77式戦術歩行戦闘機【撃震】、人類初の戦術機であるF-4ファントムの日本帝国軍仕様だ。イワンが即座にトリガーを引くと、構えた突撃砲から36mm弾がばら撒かれる。それを先行していた二機の撃震がそれぞれ左右に回転し、一機が上空へと逃げた。左右に逃げた撃震を味方が追い掛けると、イワンはすぐに上空へと飛んだ敵機に銃口を向ける。120mm滑腔砲が火を噴くと、右膝を撃ち抜かれた撃震は空中でバランスを崩した。
「もう少し落ち着きを持った人種だと思っていたのだが……」
そう呟きながらイワンが上空に火の球を咲かせると、即座に機体を反転させ後退した。その視界の先には、左右から追い込まれた二機の撃震が迫ってきている。
「私がやる、二人は上空へ飛ばせるな」
《了解》
《了解》
味方機が敵の頭上にわざと弾幕を張ると、イワンはまず右から近づいていた撃震に右手の突撃砲を構えた。勿論ロックオンされた撃震は回避行動を取ろうとするが、イワンは当然の事のように敵の予想進路上に120mmを放つ。放たれたそれは吸い込まれるように撃震の胴体部に着弾し、それを更に背後から撃ったF-15Cの36mm弾によって黒い装甲が白熱を以て飛散する。
「獲物を横取りか、ゴースト5。まあいい」
そうやってイワンはもう一機の撃震の方へ向きなおせば、撃震は背後から放たれる弾幕を避けながらも正面から迫るイワン機に対して正確な射撃を行っていた。それを悠々と回避しながら、イワンは短刀を引き抜いた。
「近接戦が得意なのだろう、日本人は」
そう言って突き出された刃はすれ違い様に撃震の心臓部------管制ユニットにまで達する------つまり胴体部を貫いた。すり抜けるようにして撃震のボディを回避したイワンはそのまま、再び味方二機を連れて未だ戦闘を続けている区域へと向かう。と、その途中イワンの耳朶を味方からの通信が打った。
《ゴースト・リーダーよりゴースト隊各機へ。例の敵を確認した、集合しろ。
ゴースト・リーダー、ロバート・イェーガー少佐の退屈極まりないとでも言うような声色に、イワンはヘッドセットから漏れないように小さくため息をついた。自分がやっている事に嫌気が差しているのもあるが、それ以上にロバート・イェーガーという人そのものに対しても良い印象を抱いていなかったからだ。現状、中国大陸では後に九-六作戦と呼ばれる対BETA戦が行われている。大連に向かう大規模BETA群の殲滅を目的とした、中韓連合軍の要撃作戦だ。これには日本帝国の大陸派遣軍も側面支援として参戦しており、イワン属するアグレッサー部隊を隠れ蓑とした特務戦闘中隊はある目的の為にその中の待機中だった部隊を襲撃した。これがイワンにとって嫌気が差すものであり、またもう一つ彼が気に入らないのがロバートの肉体だった。彼のギラついた二つの眼球は黒い、擬似生体だ。何をどうすればそうなるのかと問われても、彼は何も応えない。そして彼は時に超人的な力を発揮する。90kg近いイワンの巨体を軽々と片腕で持ち上げ、あまつさえ数m程投げ飛ばしたこともあった。
《ひっ------》
味方の情けない悲鳴と爆音が耳朶を打ち、イワンは舌打ちしながら視界に入り込んだ撃震に銃口を向けた。直撃コース、イワンはそう確信してトリガーを引く。だが直後、イワン機と撃震の間に入り込んできた別のF-15Cに、イワン機から放たれた36mmが吸い込まれるように着弾する。目の前で白熱した光が広がると、イワンは思わず目を細めた。
「誰が射線上に入った!? 素人が!」
《いや、違うぞイワン君。
ロバートの言葉に顔を顰めたイワンは、爆煙から飛び出した撃震が突撃砲のリロードを行っているのを見て、向こうも自分と同じタイミングで撃ってきていたことを察した。もし今しがた誤射した味方が割り込んでこなければ、互いにやられていたか、或いは自分がやられていたかもしれない。
《君もあの敵も、その選択が限りなく正解に近かったんだよ。見るが良い》
ロバートに促されたイワンが目にしたものは、味方が撃った120mmが撃震から大きく逸れて、後方にいたF-15Cの胴体を貫通したところだった。瞬いた光の中で撃震が自分を狙って撃ってきたF-15Cを長刀で一閃すると、ロバートは口笛と共に相手を褒めちぎる。
《ヒューッ。やっぱりアイツに間違い
「ゴースト・リーダー、あれは一体何なんだ? あれが俺達の探しているものなのか?」
イワンの問いにロバートは答える事なく、そのまま颯爽と唯一生き残っている撃震目掛けて接近していった。無論撃震は長刀を手にロバート機へ肉薄するも、そこから繰り出される斬撃全てを黒い眼球を持つ男は容易に捌いた上でその四肢をいとも簡単に破壊する。そうして残された胴体から管制ユニットを引き抜けば、彼らの作戦はそれで終了だった。十二機の内七機を撃墜されるという結果と共に。
イワンは述懐する。ロバートが言うには、自分達の探している存在は全てに於いて自身が生き残る為に最適な選択肢を選べる者なのだと。 朝起きた時から夜寝るまで、その24時間の中で常に自らにとって最適な選択肢を取り続ける者。もっと具体的に言えば虚数空間に漂う因果情報を無意識に受け取って、より良い未来を選択し、未来に干渉していく能力を持つものと定義される因果律干渉能力。ともすれば鼻で笑い飛ばされてしまうようなそんな能力を持つ者達の存在をロバートが本気で信じている事に、イワンは狂気すら感じていた。自分はこんな狂人を監視し情報を手に入れる為にこんな所へ送り込まれたのかと、イワンの疑問はありとあらゆるところへと飛散していく。
「------ああああああああああああああっっ!!!!!!!」
その思考を突然の絶叫によって中断させられたイワンは、ため息をつきながら、寄り掛かっていた壁の中にある部屋の惨状を脳裏に浮かべた。薄暗く冷たい印象を持たせるタイル張りの部屋、一度だけイワンが中を覗いた時には血のついたメスや、何かの薬品が入っていたのであろう注射器が散乱していたはずだった。イワンは手の中で皺くちゃになっていた書類を開くと、その内容に辟易した。それはロバートから半ば無理矢理渡されたもので、内容は戦場で捕えた日本人衛士に関する情報だった。
「二十歳にもなっていない乙女を捕えて実験か……。鬼か悪魔か、日本ではこう言うんだったか……ふむ」
浦城夏希、今回の作戦が初の実戦であった彼女は、戦術機に関して天才的な武を持っていたという。通常の訓練兵ならば酔って吐いてしまうのが普通であるはずのシミュレーション訓練や実機訓練でもピンピンしていたという情報に、イワンはかつての自分の醜態を思い出した。自嘲するイワンの耳にその夏希の絶叫が響き渡ると、イワンはすぐにでもこの場から去りたい衝動に駆られる。だが彼にはここで行われている事について調査し報告する義務があり、同時に彼自身もまた因果律干渉能力というものが一体どういうものなのか知りたいという欲が出てきていた。
もし
「------我ながら面倒な事をしているという自覚はあるさ」
2001年、開発衛士としてサンダークの下で動いていたイワンは目の前のベッドの中で眠っている青年を見下ろしながら独りごちた。全身をチューブで繋がれ、生命維持装置が欠かせない程の深刻なダメージを受けているその少年は、かつて目の前で非道な実験の末、根底から性根を捻じ曲げられた少女の唯一の肉親だった。
「知っていれば、お前をこんな目に合わせる事も無かったのだろうか。姉弟揃って似たような力を持っているのか、お前の生命維持装置を切ればどうなるのか……確かめたい自分がいるよ」
大破した雪風の中から負傷した京介を回収し、S-11を発動させ証拠隠滅を行ったのはイワンだった。更に言えば、ロバートやサンダークに彼らの情報を互いに流していたのもイワンだった。裏切られても、殺されそうになっても、イワンの心は何度か目撃した不可解な現象が現実のものであるという確証が欲しかったのだ。だから初めて浦城京介に関するデータを見た時は戦慄し、また彼も
「それを見せ人間の醜さを覚えさせようとしたのかもしれないが……とんだ誤算だったな」
結果としてサンダークが得たものといえば紅の姉妹の、特にクリスカの京介への謎の執着心だった。同時期に接触したユウヤ・ブリッジスにイーニァが深い関心を抱いたのと同時に、彼女は京介に対し興味を抱いたのだ。その原因についてはクリスカ本人も分からず、分からないのであればとその感情についての
「それが吉と出るか凶となるか。この目で見たいものだな……」
言いながら、イワンは湧き上がる欲望を抑えきれずに京介の命を保っている生命維持装置のスイッチを切ろうと手を伸ばしていた。逸る気持ちを抑えきれない程、彼もまた未知の世界への探究心に支配されている。そうしてスイッチをオフにしようとした時、イワンは気付く。生と死の狭間で揺らいでいるはずの京介の眼が、しっかりと見開かれイワン自身を見つめている事に。
「っ……まさか」
京介の身体を覆う包帯は多く、頭部への怪我もあってその右目も上から隠すように包帯が巻かれている。つまり現状京介が外部の事を視認するには左目しかないのだが、その左目が酷くハッキリとした色を持った上でイワンを見ていたのだ。
(腹に大穴が空いていた上に全身を36mm弾とその破片でズタズタにされていたんだぞ……! それをまだ手術が終わって三日も経たない内に目覚めるなどと……っ)
冷汗を掻いて内心酷く動揺しながらも、イワンはスイッチから手を離し京介の顔を覗き込んだ。慎重に、そうとは気取られぬように声を掛ける。日本人の瞳は、ジッとイワンを直視し続けている。
「起きたのか、ウラキ。気分はどうだ?」
「…………
そう短く言葉を返すと、京介の目は再び眠るように閉じられた。その事実が、更にイワンを狼狽させた。もし彼が日本語を十分に理解出来る知識を有していなければ、彼はここまでうろたえる事も無かっただろう。なまじ日本語を理解出来るからこそ、彼は京介から放たれた言葉の意味が判ってしまった。
(こいつは目覚めていた、この短い時間の中で確かに……! 有り得ない、まさか自分の生命の危機に反応したとでも言うのか? そんな馬鹿な……)
「姉弟揃って本物だとでも言うのか……?」
思わず漏れた言葉に自分で驚愕の表情を作ると、イワンは急に目の前に眠る青年が恐ろしくなって部屋を出て行った。場所はアラスカ・ユーコン基地ソ連領、破損した戦術機のパーツを輸送する為の輸送機と共に運ばれてきた青年は誰にも知られぬこの場所で、静かに眠っている。微かな呼吸を繰返す音だけが、その広い部屋に虚しく響いていた。
自らの手で銃の引き金を引いた感触に、篁唯依は飛び起きた。黒いタンクトップにショーツ姿で、全身が汗にビッショリと濡れている。荒い呼吸を繰返しながら両手で顔を覆い、唯依は短く息を吐いた。汗に濡れたシーツがその長く白い足に絡みつくのが嫌で、乱雑に蹴飛ばしてしまう。
(また、この夢……)
背中が気持ち悪いにも関わらず、唯依は再びベッドに背を預けた。ソ連から帰って来てまだ五日と経っていないが、唯依からすればもう一ヶ月は経過したような感覚だった。日本にいる巌谷中佐への京介のMIA報告、完成した不知火弐型フェイズ2のお披露目。それに伴う新たな計画進行書の作成。日中を多忙で消費する彼女にとって本来安らげるはずの睡眠時間も、今では余計な過労を与えるだけの時間となっていた。京介の部屋にある私物を纏める事も、自らやると申し出て於いてまだ出来ていない。
あの日、カムチャツカで基地がBETAの接近を許した時、浦城京介が愛機と共に時間稼ぎの為に出撃しようとしていた正にその時、何時も唯依は夢の中で京介の背に銃口を向けていた。そして彼が戦術機に乗ろうとした時、必ず唯依は自分の意志とは関係無く彼を撃つのである。そして、自らが撃っておきながら唯依は京介に駆け寄り、彼の名を叫ぶ。そして何時も彼は朦朧とした意識の中で、唯依にハッキリとした口調で言うのであった。
「何故俺を
無論それは唯依の自分勝手な被害妄想であり、唯依自身に責められる要因は無かった。BETAの接近を少しでも遅らせる為に出撃しようとしたのは京介自身の意志であり、唯依があの時無理矢理止めたとしても京介は無理矢理出撃していただろう。だが帰って来ると約束した男が帰って来なかった時点で、唯依は酷い自省の念に駆られたのだ。もし無理矢理にでも引っ張って止めていれば、彼はもしかしたら出撃しなかったのではないか。あの時自分がもっと上手く指示を出せていれば丁度良いタイミングで彼が帰って来れたのではないか。考えても仕方の無い
(また、大事な人が消えていく……)
気持ちを切り替えてシャワーを浴びに行くまで、唯依は顔を手で覆ったまま動く事が出来なかった。同じ土地に死んだと思っている青年が居る事など、彼女には予想も出来ぬ事であったのは至極当然であると言えた。
最初、浦城夏希からその言葉を聞いた時、ブリッツ・フォン・フィールドは耳を疑い、そして疑問を口に出して真偽を問うた。
「アラスカに行くだなんて、正気ですか少佐」
その言葉に、夏希は国連軍のC型軍装の上着に袖を通しながら答える。その声色は冷徹そのもので、同時にブリッツに対し余計な事を言うなと公然と拒絶しているようでもあった。
「正気も狂気も無い。あの腹立たしいロシア人の下に弟が監禁されているというだけで我慢ならないんだ。私直々に連中に釘を刺さないとやってられない」
「しかし連中、こちらが脅したとして素直に従うかどうか……」
そう言ってブリッツは、夏希が机の中から拳銃を取り出して懐にしまいこむのを見た。護身用の二発しか弾丸の入らないものだ。それを見たからには、ブリッツは尚更夏希を止めない訳にはいかなかった。
「まさか殺そうとしているんじゃ……」
「ふん、ただの護身用さ。連中もこっちがトチ狂ってお友達にでもなりに来たと思う訳がないだろうからね。今回はアンタとヴィレッタにも来てもらう」
夏希の言葉に、ブリッツは暫くの間言葉を発する事が出来なかった。
「聞こえなかったのかい? ヴィレッタを呼んできな、ブリッツ。ブリッツ!」
「っ、了解」
思考を夏希の怒声によって中断させられたブリッツは、一度敬礼の姿勢を取ってから夏希の私室を出て行った。向かうは部隊ナンバー3の位置にいる女性衛士ヴィレッタ・アルノバレルの部屋。様々な人員が集る連隊内でもその素性の一切が不明の彼女は、主にスパイ活動に於いてその才覚を発揮している。無論戦術機の操縦技量に於いてもトップクラスなのだが、ブリッツが思うに彼女は武力の衝突よりも、人間同士の快楽の享受や感情のぶつかり合う様なやり取りを好んでいるようだった。そして彼女は、何時も静かに素早く、気付かれずに人の背後に立つことも好んでいる。
「私を探しているのかしら? フィールド大尉」
妖艶さを存分に放出させる声色が投げ掛けられると、ブリッツは足を止めた。その背後では、何処から現れたのか青いメッシュを入れた黒く短い髪型をした一人の女性が壁に背を預けている。ヴィレッタ・アルバレルは何処か男を惑わせる妖艶さと仕草を振り撒いているものの、その実部隊内の誰かと関係を持つという事は無かった。常に何かしらの任務に付いている彼女に言い寄る男連中は沢山いたが、彼女はその殆どをあざ笑うかのように躱していた。一度だけ、部隊に入って日の浅いジャックロード・マディンが背後から肩に手を回しただけで、遥か遠くに背負い投げで飛ばされたのを見たくらいだ。そのヴィレッタにブリッツが視線を向けると、彼は面倒臭さややるせなさを頭から追い払うかのように後頭部を掻いた。
「ああ、少佐の護衛任務が俺達二人に課せられた」
「行き先はユーコン?」
「聞いていたのか?」
まさか、とブリッツの問いに頭を振って見せたヴィレッタは、懐から古ぼけたメモ帳を取り出すとパラパラとその中身を捲り始めた。そしてその中の一ページに目を留めると、何かを確かめたのか小さく頷く。
「命令は了解したわ。けど、今から少佐と話してくるわね、面白い話があるのよ」
「何の話だ? 悪いが、あまり少佐を煽るような作戦を立てるのはやめてくれよ。彼女をこれ以上怒らせれば------」
いぶかしむブリッツの言葉を唇に人差し指を当てて無理矢理途切れさせると、ヴィレッタは世が世なら殆どの男共を骨抜きにするであろう微笑を立ててから頭を左右に振る。
「大丈夫よ、心配いらないわ。ただ根回しをしておくだけだから」
「根回し? 少佐にか?」
「ええ、そうよ。最近ちょっと気になる集団がいるの、その事についてね」
そうしてブリッツから離れたヴィレッタは、一人通路を歩きながらまるで獲物を前にした狩人のように舌なめずりをした。その蒼い瞳の眼はこれから起こるであろう大事件を心待ちにしており、もう待ちきれなくて仕方が無いと言っているようだった。彼女に課せられていた任務は、世界各地に存在しているテロ組織への接触及び活動補佐。必要とあらばそのメンバーとなり、今までもありとあらゆる破壊活動を行ってきた。それも全ては、ロバートが求める例外の為。だがそれ以上に、彼女は自分の手の中で無様に踊り死に果てていく
「貴方は楽しませてくれるわよね?