※この作品はR-18です。

Muv-Luv The frayed memory/Carved memory   作:REDALERT

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Schwarz Lanzenreiter /1

 

初めにその佐官の名を聞いた時、篁唯依は思わず敬礼の姿勢を取るのを忘れてしまっていた。同じC型軍装に身を包み、背丈が自分よりも高いその女性佐官が訝しげな視線を向けた時、唯依はハッとして漸く敬礼の姿勢を取った。相手の整った顔立ちは不機嫌さに染まり、茶色く短い髪は帽子で上から押さえつけられている。目付きは鋭く、腰に当てられている両手は軍服の上からでも分かる程度には鍛えられていた。スカートではなくズボンを履いているのも特徴的だったが、その背後に並ぶ二人の尉官もまた彼女の特異さを決定付けている。金髪碧眼の男と、蒼いメッシュの入った黒い短髪の妖艶さを醸し出す女。初めにその女性を見たヴァレリオ・ジアコーザが口笛を鳴らしステラ・ブレーメルに注意されたのは、唯依達にとって記憶に新しい。

 

 

「貴様が、XFJ計画とかいうものの主任か」

 

 

「はっ。日本帝国斯衛軍所属の、篁唯依中尉であります」

 

 

初めに名前を知らされてから次に放たれた言葉で、唯依は自らの所属と名を明らかにした。その立ち姿が気に入らなかったのか、唯依の前に立つ佐官は背後の部下共々敬礼の姿勢をそそくさと終わらせる。そうして、蒼いメッシュを髪に入れた女が流暢な日本語を持って唯依に答えた。

 

 

「国連軍特務戦闘部隊所属のヴィレッタ・アルノバレル中尉です。訳有ってこちらの部隊についての詳細を明かす事は出来ませんが、宜しいですね?」

 

 

ヴィレッタの言葉に唯依が頷くと、彼女は宜しいと言わんばかりに頷いてから金髪碧眼の男を一瞥する。

 

 

「では続けて、こちらがブリッツ・フォン・フィールド大尉。そして、我々の指揮官である浦城夏希少佐です」

 

 

「ウラキ……?」

 

 

ヴィレッタの日本語に反応した声が響くと、唯依やヴィレッタ達四人の視線が向けられる。そこに居たのはヴァレリオ達と共に並んでいたユウヤ・ブリッジスであり、彼らは皆一様にウラキと呼ばれた女性佐官に視線を向けていた。その視線の束を鬱陶しそうに夏希はため息をつくと、ヴィレッタを下がらせ代わりに唯依の前へと出る。

 

 

「今回我々が来たのは、諸君らが開発に躍起になっている不知火弐型の性能を確認する為だ。本国の連中はまだ色々と揺れているようだが、横浜を始め一部の基地ではこの機体に強い関心を持っている。その為、ここで良いものを見せてもらえれば何れ我々の部隊でも極秘にだが運用する事を考えている。無論、完成し切っていない状態であってもそれなりのものを見せてもらえればの話だが、な」

 

 

ユウヤを一瞥した後、夏希の視線は目の前に立つ唯依に注がれる。そしてその夏希の目が一瞬何かドス黒い感情に染まるのを、その場にいた全員が気付いた。

 

 

「そして------」

 

 

バシンッ、と強い音が響いた時には、唯依の頬は夏希の右手の甲によって叩かれていた。

 

 

「私の弟の私物を受け取りに来た。むざむざ死なせてどんな気分だ? この役立たずが」

 

 

「手前っ!」

 

 

突然の出来事に反応したユウヤをヴァレリオとステラが抑えるも、既に怒りに染まった夏希の視線は目の前の開発衛士に向けられていた。頬を押さえ呆然としている唯依の隣をすり抜けて、夏希はユウヤ達の前に立つ。

 

 

「貴様ら程度のテストパイロット風情が、雁首揃えて私に何か言いたいことでもあるのか? なら言ってみろよ、そこの出来損ないのアメリカ人」

 

 

煽る夏希を前に、ユウヤはヴァレリオの腕を振り払った。その前で、夏希は口の端を吊り上げて笑っている。その瞳の奥に見える侮蔑の念に、ユウヤは今にも噛み付きそうだった。だがそうすることは許されない状況を前に、ただ拳を握り締め歯を喰いしばることしか出来ない。

 

 

「おんぶに抱っこで無駄に時間を費やしていたくせに、一度実戦を経験した程度で図に乗るなよ? ユウヤ・ブリッジス。途中から気持ちを切り替えて真剣に取り組んでいたつもりなんだろうが、遅いんだよ。F-22に関わっていたとか聞くが、それがこの程度とは笑わせる。私なら貴様をF-4でも倒せそうな気がするよ」

 

「何だと!」

 

「こんな奴に頼らねばならないとは世も末だな。京介も可哀相に……こんな奴らの為に死んでしまうなんて」

 

 

佐官の口から出た仲間の名前に、ユウヤ達はやはりと息を呑んだ。その様子が気に入らなかったのか、夏希は怒りの形相でユウヤ達を見回した。

 

 

「貴様らがソ連でちんたらしている間に死んだ浦城京介は私の弟だ! 貴様らに分かるか? 唯一残されていた家族が、遥か遠い国とも呼べぬような土地で自爆して果てたなどというふざけた報せを受けた気持ちが!」

 

 

「し、しかし浦城大(・)尉(・)はお姉様が消息不明だと言っておられました。生きているのか死んでいるのかも分からないからと……」

 

 

ステラの言葉に夏希はその見開いた目をギョロつかせると、更に口の端を吊り上げる。タリサがうっと言葉に詰まったような音を喉から鳴らすと、夏希は急に肩の力を抜いて気怠そうな表情になった。まるでステラに図星を突かれたかのように。

 

 

「そう、そうだ……私は少々立場が複雑でな。家族であってもその所在を明らかにすることは許されていない。だがそれがどうした? 私が生きているか死んでいるか分からないからあんな最期を遂げたとでも? 私が言っているのはそう言う事じゃない。戦場を駆って華々しく散るのは武人の本懐だ、例え廃れた武家であっても例外ではない! だのに京介と来れば、役に立たんロシア人の手際の悪さに翻弄され、誰にも見られぬところで一人勝手に果てた。死ぬのならばもっと相応しい場所があったろうに、我が家の面汚しだよ奴は」

 

「面汚しだと!?」

 

「そうだ、貴様らアメリカ人には分からんだろうな。国土を侵されもせず、ただ只管G弾などという大量破壊兵器をばら撒き、各国から恨みを買い続けても平然としていられるような恥知らずにはさ!」

 

 

夏希の言葉に思わず前に出たユウヤだったが、次の瞬間には視界が上下入れ替わり、その背中を強かに地面へと打ち付けていた。何が起こったのか分からぬ内に、ユウヤは夏希に見下ろされる。

 

 

「明日、貴様の実力を見せてもらう。現状、不知火弐型がどの程度動けるのかこの目で見ておきたいからな。楽しみにしているぞ? もし不甲斐無いものを見せてみろ。我が弟の命を無碍にした罪で私が貴様を殺してやる」

 

 

そう言って夏希はヴァレリオ、ステラ、タリサの三人を睨みつけるように視線を動かし、再び唯依の前へと歩いて行った。ブリッツとヴィレッタは一歩も動かず、ただ上官の大人気ない行為をジッと見つめている。唯依は唯依で先程の夏希の言葉に気に障る部分があったのか、打たれた頬を僅かに赤く染めながらも夏希をジッと強い眼差しで見上げていた。その視線を受けた夏希はと言うと、僅かに考え込むような素振りを見せてから、何を思ったのか思い切り唯依の豊満なバストを軍服の上から右手で掴んだ。力強く揉まれたそれに、唯依は痛がる表情を見せてから困惑する表情を浮かべる。

 

 

「な、何をっ……!」

 

「ふむ……いや、やはり奴好みの乳だと……。貴様、京介に抱かれたか」

 

「はっ!? まだです! えっ、あ、違……!」

 

 

突拍子も無い夏希の発言に唯依が顔を赤く染めた後、それが面白かったのか夏希は腰に手を当てて大声で笑い出した。その様子にユウヤ達が警戒していると、夏希はそのまま唯依の耳下へと唇を寄せる。

 

 

「後で私の所へ来い、特別に京介の事について教えてやる。ヴィレッタを使いにやるからそれまで待っていろ」

 

「それはどういう------」

 

「待っていろと言っている。素直に教えてやるのは癪だが、気が変わった」

 

 

そう言って唯依の肩を強く叩いた夏希を、ブリッツは飽きたのだと直感していた。元々彼女にとって、不知火弐型もユウヤ・ブリッジスも道端に転がっている石ころのように、何の興味も抱かせるものでは無いのだ。それを敢えて煽って、相手の反応を楽しもうとしていただけに過ぎない。最初に語った浦城京介に対しての侮蔑の言葉も、本来ならば夏希が言うはずが無い言葉。彼が生きているのを知っているからこそ、自分の楽しみを満たす為だけに敢えて貶すようにしたのだ。期間にしてほんの数年だが密度の濃い時間を夏希と過ごしてきたブリッツにとって、彼女の思考回路はまるで懐中電灯の電池を入れ替える様に楽に感じる事が出来る。享楽主義者の名を欲しいままにしている彼女は、戦術機を駆っている時以外は常に自分の欲求を満たす事しか考えていない。人を殺すか、それ以外か。

 

 

「間違っても、あのアメリカ人やイタリア人に靡くんじゃないぞ?」

 

 

そう言って気性が激しい頭の可笑しい軍人を演じる夏希がユウヤ達を一瞥してからサッと身を翻すと、ブリッツは隣に並ぶヴィレッタと共に彼らには一瞥もくれずに夏希の後を追った。背後から何事か喚く声が聞こえてきたが、三人の中でそれに反応する者はいなかった。

 

 

「随分とまた派手にやりましたね、少佐」

 

 

ヴィレッタがそう問うたのはユウヤ・ブリッジスに対する夏希の煽りの事で、その内容に関してであった。

 

 

「明日の朝にはユーコンを発つというのに、宜しかったのですか? 実力を見せろと言われれば、躍起になって良い結果を残そうとするタイプのパイロットですが」

 

 

「私は知らんよ。それに、そう言われて良い結果が出せるのなら、とっくの昔に出しているだろうに」

 

 

歩みを進める中、夏希は内心ユウヤに対して唾を吐いていた。貶すだけ貶していたものの、彼自身には彼女達と本人も知らない部分で僅かな接点があったからだった。無論そこをヴィレッタに突かれた時、夏希は心底嫌そうに答えるのだったが。

 

 

「我々が受領する予定のF-22の開発に関わっていた、という点でも興味は無いのでしょうか? 少佐」

 

「あると思うか? アルノバレル中尉。あの男が設計をした訳でもなければ機体を組み上げた訳でもない、更に言えば後々ここに来る例(・)の(・)部(・)隊(・)には奴にとって好ましくない連中がいるらしいじゃないか。どうせまた余計な問題を起して進行に遅れが生じるのは目に見えているさ」

 

「……それもそうですね。期待するだけ無駄と」

 

 

あっさりと斬り捨てるような言葉を放ってから黙り込んだヴィレッタの隣で、ブリッツもまた黙り込んだまま足を動かしている。黒色槍騎兵団(シュヴァルツランツェンライター)にとって必要なのは、高い生存確率を誇る優秀な戦士のみ。グアドループで浦城京介と戦った時の光景が、ふとブリッツの脳裏を過(よ)ぎった。実力で言えば中々だったが、人によっては所詮その程度という言葉と共に片付けられるような男が、予備の人員を組み込んでいたとはいえたった一機で三人を殺害し四機のF-15Eを撃墜した。黒色槍騎兵団用に跳躍ユニットを始めアビオニクス等もバージョンアップされている特別仕様機を、武器も持っていなかったただの不知火一機で。その一件から、ブリッツは京介が確実に上官であるロバートが提唱していた因果律干渉能力者ではないかと見ていた。自らもそ(・)う(・)い(・)っ(・)た(・)存(・)在(・)の内の一人だと言われはしていても、結局のところブリッツ達は既に平均を遥かに超える実力を持ったメンバーで固められている部隊で行動しているに過ぎない。

 

 

そうであるが為に、彼は自らの生存確率の高さを味方の存在によるものと考え、自分が死なない衛士などというふざけたものでは無いと思い続けていた。ヴィレッタも、お調子者のジャックロードも、他のメンバーもそう思っているはずだとブリッツは思っていた。その碧眼の奥に、一人の少女の姿が揺らめく。カナン・ノアは、当時十九歳になったばかりの若い少女だった。アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれていた彼女は、ハーフの身であるという理由で自らに降りかかる差別による苦しみを耐え、アメリカで衛士としての才能を開花させるとロバートの眼鏡に適い黒色槍騎兵団のメンバーとしてその名を連ねた。戦場に於いては決して目立つ存在ではなかったものの、的確な援護でメキメキと頭角を現していた。そんな彼女が一度偶然酒を飲んでしまい酔っ払った時に、自分は死なないのだと豪語していたのをブリッツは聞いたことがあった。死なぬから槍を構え馬に跨り、敵目掛けて真っ直ぐに突き進めるのだと。そのカナン・ノアは、予備人員を除くと一番最初に京介に殺害された黒色槍騎兵団のメンバーだった。

 

 

味方機から突撃砲を奪った京介の不知火に対し、カナンは死なないのはこちらだと言って無謀にも短刀片手に突っ込んで行ったのだ。結果として彼女は機体胴体部を管制ユニットごと36mm弾の濁流に飲み込まれて、壮絶な断末魔と共に炎の渦の中へと消えていった。そしてそれと同時にブリッツの心に強く残ったのは、帰還後夏希の口から放たれた「やはり偽者か」の一言。その言葉に対してブリッツ自身が表立った反応はしなかったものの、それは確実にブリッツの心に引っ掛かっていた。もしかしたら自分達の所属している連隊は、その全員が実験中のモルモットではないのかと。胴体部を撃たれたカナンが即死したのに対し、カムチャツカでロバートの記憶の一部と技量を強制的に後催眠暗示によって植えつけた金霧とかいう男との戦闘では、京介も同じ部分を撃たれたのに生き延びた。近いうちに彼女は京介を部隊に引き入れるのではないか、そんな予測をブリッツは立てている。そうして瀕死の状態にまで追い込まれていた京介をソ連が回収したという報告がロバートから齎された時、夏希は行動を開始した。彼をソ連から取り戻すと言って。

 

 

「ところで少佐、向こう(ソ連)との交渉は主にどう進めるおつもりで?」

 

 

道中、黙っていたままではマズイと考えたブリッツが口にした疑問は、夏希の興味を引くものでは無かった。曖昧で適当な返事をした夏希は振り返る事無く歩み続け、ヴィレッタの哀れむような視線を睨み返すしかブリッツに方法は無く、気紛れに逸らした視線の先から一台のジープが走って来ている事に気付けたのは彼にとって幸運であった。その運転席に座る大柄なロシア人の姿に、ブリッツの心は少しばかりの休息を得ようとしていたのである。

 

 

 

 

 

イワン・ゲオルギー・レオニード・レズノフ少尉に連れられた夏希達の目の前には、銃を持った警護に左右を固められたイェジー・サンダーク中尉が座っていた。長テーブルを間に挟み、夏希達の背後には同じように銃を持った護衛を傍に立たせているイワンの姿がある。伸びきった糸のように張り巡らされていた緊張のそ(・)れ(・)が時折大きく揺れるのを、ブリッツは感じていた。

 

 

「まさか黒色槍騎兵団(シュヴァルツランツェンライター)を率いる方が彼のご家族であったとは……」

 

 

わざとらしい言葉を選んで吐くサンダークに対し、一方の夏希は今にも噛み付かんといったばかりの様子。大した狸だと、ブリッツは目の前に座る男の冷徹な瞳を一瞥する。

 

 

「御託は止せ。今回我々がここにやって来た理由を、まさか貴様程の男が知らない訳がないだろう?」

 

「浦城京介大尉……いや、少尉の身柄の事ですかな?」

 

「そうだ。貴様らが監禁している奴の身柄をこちらに渡してもらおう」

 

 

有無を言わさぬ夏希のその威圧感に、サンダークは一度考え込むような素振りを見せたもののその口から放たれたのは公然とした拒絶の意だった。それだけでブリッツはヴィレッタを一瞥し、彼女は夏希が早まらないように近づく。

 

 

「何故か、それを教えてもらおう」

 

 

テーブルに肘をついて手を組んだ夏希は、口元を隠した状態で何とか怒りを隠そうという仕草を誤魔化そうとしていた。家族の事になれば熱くなり過ぎる、それが彼女の欠点のようなものだった。ブリッツが今にも夏希が銃を引き抜いてサンダークを脅すのではないかとハラハラしている中、サンダークは変わらぬ口調で言葉を続ける。

 

 

「彼は現在戦闘によるダメージで死の淵に立たされています。我々の用意した生命維持装置で何とか命を保っているのがやっと。そんな彼を今ここで少佐に引き渡したとて、命の終わりを手繰り寄せてしまうだけかと」

 

「MIAの報告を上げてハナから返す気も無い貴様らの言葉を、どうしてそのまま信じられると思うか」

 

「信じる信じないはそちらの自由です。ですが事実、彼がこうなってしまったのはイェーガー大佐の手によるものですから。その部下である貴女方が無遠慮にもここにやって来て武力行使に出られるのなら、こちらにも考えがありますが?」

 

「黒色槍騎兵団(シュヴァルツランツェンライター)は手段を選ばない。貴様が熱心に弄繰り回しているあの二人組であっても、いざとなれば何の役にも立たないだろうよ。それに、自分の周囲を固めている人間が全て自分の部下であるなどと考えない方が良いぞ? サンダーク中尉」

 

「フン、忠告のつもりか。肝に銘じておこう」

 

 

態度を一変させたサンダークを夏希が鼻で笑うと、彼女はテーブルから身を乗り出してサンダークに顔を近づけた。その口の端は歪に吊り上がり、見開かれた瞳がロシア人の無表情さを真正面から貫いている。

 

 

「イェーガー大佐も言ったはずだ。アンタがもし死ぬ時がくるとすれば、それは京介(奴)を敵に回した時だと。だがその前にウォッカの樽の中で腐りたくなかったら、これ以上私の手を煩わせるな。私は大佐のように優しくはないぞ」

 

「……このアラスカの地を焼け野原にでもするつもりか?」

 

「貴様がそうして欲しいのならな。どうする? その腹の内に抱えている毒を吐き出す事もなく死ぬか、諦めて我々に貴様らの言う検(・)体(・)を差し出すか」

 

 

睨み合いの後、先に折れたのはサンダークだった。彼にしては珍しく両手を挙げて降参するような素振りを見せた後、夏希との間で京介の身柄に関する協定をその場で取り決め、現在彼のベッドが置かれている部屋へと案内した。そうすれば再三釘を刺してきた夏希達は翌日の朝に京介を連れて行く事を決定し、夏希はその場にブリッツを監視につけてソ連の施設から出て行った。そうして残されたブリッツに聞こえぬように、イワンはサンダークの耳元で何事かを囁く。それに対してサンダークはまるで初めから何の問題も無かったかのような表情で答え、その様子を見ていたブリッツはまだ何かあると確信した。

 

 

(抵抗しない状態だからと、本当に支配下に置けると思っているのか……)

 

 

生命維持装置に繋がれている京介の姿に何処か違和感を覚えつつも、ブリッツはサンダークが行おうとしている事に一抹の不安を拭いきれないのであった。

 

 

 

 

 

ユウヤやステラが着いて行くと言って聞かなかったのを窘め、唯依は現れたヴィレッタに連れられて夏希の下へやって来ていた。既に日は落ちかけており、窓から差し込む光は橙色に染まっている。乱雑に置かれた執務机に足を載せて椅子に座っている夏希を前に、唯依は背後をヴィレッタに見られながら敬礼の姿勢を取った。狭い部屋の中、唯依の耳に届いたのはヴィレッタが銃の撃鉄を起す音。

 

 

「気にするな。ただの保険だ」

 

 

唯依を安心させようとしたのか、それともただ不安を煽ろうとしただけか、夏希はそう言うと机に載せた足を組んで大きな欠伸をした。何か大きな仕事をした後のような、そんなだらけた空気がその全身から放出されている。

 

 

「……少佐、浦城大尉……いえ、京介についての話とは一体何なのかお聞かせください」

 

 

だがそれとは正反対に全身から焦りや緊張の匂いを漂わせていた唯依の言葉に、夏希はうんと一度頷いて後頭部で手を組んだ。その顔はまるで悪戯が好きな子供のようで、唯依のお堅い空気を楽しんでいるかのようであった。

 

 

「まあそう焦らない焦らない。お茶でもどうだい? と言ってもこっちで買ったものだから、中尉は飲み飽きてるんじゃ------」

 

 

「少佐!」

 

 

自身の言葉を遮って声を荒げた唯依に、夏希は口の端を吊り上げた。下種な笑顔を浮かべると、彼女は嘗め回すような視線を唯依に向ける。

 

 

「あらまぁ、アイツの股座を突っ込まれた訳じゃないのに恋人気取りかい? それとも年上の部下を心配する良き上司気取り? どっちにしても、もうちょっと肩の力を抜きなよ」

 

 

「貴女はっ……一体何を考えているのですか!?」

 

 

ずいと近づいた唯依の背後で、ヴィレッタは懐から取り出した拳銃を彼女の後頭部に突きつけた。だがそれを夏希は片手を挙げて制すると、怒る唯依の顔を楽しそうに見つめている。

 

 

「まあ、あんまり引き伸ばすのもつまらないね。……早速本題に入ろうか、篁中尉」

 

「っ」

 

「京介は生きている」

 

「え……?」

 

 

一瞬何を言われたのか分からないといった様子の唯依を前に、夏希は再び同じ言葉を繰返した。ゆっくりと、ねちっこく、愉しそうに、唇を動かしていく。

 

 

「京介は、生(・)き(・)て(・)い(・)る(・)ぞ(・)?」

 

「そんな------それはっ、それは一体どういうことなのですか!? 彼が、京介が生きているなんて情報、何処から!?」

 

「情報源については秘密さ。けどさっきアイツの状態を見てきた。酷いもんだったね、全身チューブと包帯だらけで生命維持装置に繋がれている。我が弟ながらなんてしぶとい」

 

 

けらけらと笑ってみせる夏希に、唯依は今にも掴みかかりそうな勢いでテーブルに両手を付いて身を乗り出していた。早く詳細を教えてくれと言わんばかりのその形相に、夏希は笑うのを止めると唯依に顔を近づける。

 

 

「カムチャツカでの戦いで、瀕死の重傷を負っていたアイツはソ連軍に回収されていたんだ。指示していたのは、イーダル試験小隊指揮官のイェジー・サンダーク中尉」

 

「サンダーク……!?」

 

「そう、あの男だ。連中、どうやら京介に対して何事が行おうとしていたみたいだったが、それは私が止めさせた。身柄もこちらで監視し、明日には京介を日本に連れ帰り正規の治療を受けさせる。心配はいらない」

 

 

夏希の言葉にホッとしたのか、或いは別の感情を抱いたのか、唯依はテーブルから離れると今度は疑惑の眼差しで夏希の細められている目を見つめた。彼女にとって京介が生きている事程喜ばしい事は無いが、その情報が事実かどうかが分からぬ内はそう簡単に信じる訳にはいかないと思い直したのだ。それに気付いてか、夏希は再びわざとらしく頷いてみせる。

 

 

「中尉の疑念も分かる。だから明日、再びヴィレッタを使いにやる。彼女に着いて来れば、京介に会わせてやろう」

 

「本当ですか!?」

 

「本当だとも。もし信じられないなら、あの金髪の……ブレーメル少尉だったかな。彼女を連れてきても良い。銃も携帯して構わんぞ」

 

 

初めに顔を合わせた時とは違い過ぎる夏希の態度に違和感を覚えていたものの、唯依にとっては藁をも掴む気持ちだった。もし本当に京介が生きているのならば、それ以上に嬉しい事は無いと。だがそうやって浮いた唯依の心の均衡を再び崩したのは、夏希から放たれた言葉だった。

 

 

「ところで、グアドループで私の部隊に襲われた事を……京介(アイツ)は何か言っていたか?」

 

 

「え……?」

 

 

私の部隊、グアドループ、襲われた。その三つの単語が唯依の脳内を駆け巡り、混乱と警戒の入り混じった表情で目の前に座る女の顔を見させる。対して悪魔のように歪んだ笑みを浮かべていた夏希は、懐から一枚の紙を取り出した。そこに書かれていたのはかつて雪風から回収した映像に残されていた謎の襲撃部隊のマークで、黒い馬に跨った騎士が槍を構えている。その紙に視線が釘付けにされている唯依をあざ笑うかのように、夏希は小さく笑った。

 

 

「では、改めて自己紹介をさせてもらおうかな。私の名は浦城夏希、国連軍第4特殊戦術機甲連隊所属、階級は少佐。そして私が率いているのは連隊内にて最も優れた人員の揃う第一中隊------通称黒色槍騎兵団(シュヴァルツランツェンライター)」

 

 

徐々に開かれていく唯依の瞳は、一つずつ言葉を紡いでいく夏希の唇を捕えている。そしてそこから放たれた言葉の一つひとつが、唯依の心に深い楔を打ち込んでいった。

 

 

「我々の行動を邪魔するものは例え誰であっても容赦はしない。篁唯依、君は既に我々にマークされている。軽率な行動はくれぐれも避けてくれるよう、お願いするぞ。でなければ------君もまた、歴史の闇に消えてもらうことになる」

 

 

静かな沈黙が、その言葉の重さを代弁しているようだった。

 

 

 

 

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