※この作品はR-18です。

Muv-Luv The frayed memory/Carved memory   作:REDALERT

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Going Blank

 

浦城京介がソ連側へと渡ってから五日後、この日漸くXFJ計画との相互評価試験プログラムが開始される。そして先日のテロを発端とする一連の事件によって半壊した市街地を模した演習場の中に、ユウヤ・ブリッジスは不知火弐型フェイズ2と共に立っていた。Su-47との演習が本来の目的であったが、一昨日ソ連イーダル試験小隊指揮官であるイェジー・サンダーク大尉からアルゴス試験小隊へとある提案が成された。それはSu-47との試験を行う前に、もう一度Su-37との模擬戦を行おうというものであった。勿論その提案がソ連側から提示されたという段階で、ユウヤ達はそれが何を示しているのかを即座に理解していた。

 

 

(出て来るのはイーダル小隊の奴らじゃない、アイツだ。アイツが……俺達と戦おうっていうのかよ)

 

 

最後に見たのは、肩を落としてジープへと乗り込んでいくその背中。死んだと思っていた仲間が帰って来たかと思えば、別の大切な仲間が突然その命を奪われ、そして帰って来た仲間もまた自分達の下を離れて行った。残された自分達に出来る事は何か、それは何としてもXFJ計画を、不知火弐型の開発を完遂すること。その為に、ここで敗北を迎えて終わってしまう訳にはいかない。ユウヤは操縦桿を強く握り締め、迫り来る開戦の時を待つ。

 

 

(アイツは一体どうするつもりなんだ……。こっちに来てどれだけSu-37に関わったかは知らないが、いきなり実機演習で戦える程の機動を行えるとでも言うってのか? アイツが俺達の計画を潰すなんて考えられない……だが、もしアイツが本気で俺達と戦おうとしていたら? ユイの形見になっちまったXFJ計画も、94セカンドも、自分の手で片付けようとしているのなら?)

 

 

脳内で終わる事のない不安の連鎖を起こし始めていたユウヤの耳朶を、CPからの報告が打った。状況開始、戦闘行動を開始せよと。直後、センサーが遠くのビルを飛び越えて現れたチェルミナートルの姿を捉えた。直後に鳴り響いた警報にユウヤが直感で操縦桿を引いて不知火弐型を真横へと飛び上がらせると、一瞬遅れで遠くから放たれてきたペイント弾の曲線が真っ赤な水溜りを地面へ広げさせる。慌てて視線を動かすも、既にチェルミナートルの姿はまるで霧のように見えなくなっていた。速い、ユウヤは思わず喉を鳴らすと両手に持っていた突撃砲を構えなおす。そして次にチェルミナートルの反応を確認した時には、ユウヤはトリガーを引いてその出先を潰していた。

 

 

「外したか!」

 

 

ビルの陰から飛び出すと同時に下(・)が(・)っ(・)た(・)チェルミナートルを追いかけるべく跳躍ユニットを噴かしたユウヤを、紫色をしたその機体は待ち構えていた。ビルの陰から飛び出してきた自分を狙う四つの砲門を前に、ユウヤはビルの外壁を蹴り上げて跳び上がった。そして全力噴射でその場を離れると、その背後を曲線を描いてペイント弾が迫ってくる。強襲掃討装備、それがユウヤが今の一瞬で確認出来た唯一の情報だった。

 

 

「格闘戦はモーターブレードで十分だって言うのか……! っ、来たか!」

 

 

ビルの合間を縫うように移動していた不知火弐型の背後に、追いかけてきたチェルミナートルがペイント弾を乱射しながら現れた。背後のビルに赤い塗料が打ち付けられて破裂していく中、ユウヤは器用に機体を操作しながらペイント弾の雨を避けていく。一方的に追いかけられている現状に、彼は何故か懐かしさを感じていた。聞こえているかも分からないのに、ユウヤはチェルミナートルの衛士へと声を掛ける。浦城京介、きっとその管制ユニットの中にいるであろう仲間に。

 

 

「もっと良く狙えよ、キョウスケ! 今度は初めて会った時みたいに、お前の一方的展開(ワンサイド・ゲーム)にはならないぜ!」

 

《------ザザ……ザ……》

 

「っ、何だ!? うおっ!」

 

 

耳元でブロックノイズが鳴ったかと思えば、ユウヤの身体が突然激しく機体ごと揺さぶられる。気がつけば、何時の間にか急接近していたチェルミナートルのカメラ・アイがユウヤの視界一杯に広がっていた。妖しい輝きを放つカメラ・アイを前に、ユウヤは思わずトリガーを引く。だがペイント弾が発射されることは無く、そこで漸くユウヤは自分の突撃砲の砲門が何時の間にか潰されていることを知った。

 

 

《ユウ------を……ザザザ……す……俺は------》

 

 

続けざまに耳朶を打つブロックノイズに紛れた京介の声に、ユウヤは彼が何を言っているのかを確かめようと回線を調節する。不知火弐型に組み付いているチェルミナートルが動く様子が無い事から、ユウヤは彼が何か自分に言いたいことがあるのではないのかと考えていた。この模擬戦の結果によっては、XFJ計画は更なる窮地に立たされる。その事を、京介が良しとするはずがない。ユウヤは心の中で、そう楽観視していた。だが回線が繋がり互いにクリアな声が聞こえてくるようになると、ユウヤのその考えは根底から覆される。

 

 

《------言うのは最後だ、ユウヤ。俺はXFJ計画を、不知火弐型を------潰す》

 

 

「何っ!?」

 

 

直後振り上げられた突撃砲に、ユウヤはチェルミナートルの胴体を蹴り飛ばして跳び上がった。両手の突撃砲を投げ捨て、ブレード・マウントから長刀を外す。そして距離を取って地面に着地すると、ユウヤの目の前で京介のチェルミナートルは持っていた全ての突撃砲と二つのガン・マウントをパージした。

 

 

「キョウスケ、お前今……何て言った!?」

 

 

《潰すって言ったんだよ》

 

 

チェルミナートルの両腕にあるモーターブレードの刃を回転させながら、京介はユウヤに言った。音声通信のみで顔が見えない相手を前に、ユウヤは最初目の前にいるのが京介に似た声をした別の男かと思った。あの京介が、そんな事を言うはずがないと。だが視界に相手のバストアップ映像が表示されると、ユウヤは自分の手にグッと力が篭っていくのを感じる。ただ力が入っただけではない、ハッキリとした怒りから来たもの。目の前に映る強化装備を着た京介の顔が歪な笑みを浮かべていることに、ユウヤは怒鳴った。

 

 

「お前は一体何を考えてるんだ! XFJ計画を潰すだなんて、どうしてそんな事が言える!」

 

《お前には関係無い。そもそも計画の主軸がいなくなった時点で、お前らに何が出来るって言うんだ》

 

「何……!」

 

《結局唯依がいなけりゃ、不知火弐型もXFJ計画もボーイングの連中の手が大きく入り込むようになる。そうなれば結局、アメリカ嫌いの高官共がタダでさえ評価の下がってるその機体を運用するなんてことは考えなくなる。そんな機体を使うなら、今まで通り不知火のバージョンアップだけで済まそうってなぁ!》

 

 

急接近すると同時に振り上げられたモーターブレードを長刀で受け止めると、ユウヤは機体を揺らす衝撃に耐えながら京介へと叫び返す。斬撃を押し返された京介は、地面を滑るように機体を回転させて元の位置へと戻っていく。

 

 

「そんな事くらい、俺達だって分かってる! だからそうならないように、残された俺達で出来る事をやろうとしているんだ! それをっ……それをお前が潰すだなんて! お前が一番言っちゃならない台詞だろう!?」

 

 

《俺の台詞をお前が決めるな!》

 

 

再び刃がぶつかり合い、ユウヤの視線を縦横無尽にチェルミナートルの腕が滑るように動いていく。それを長刀で受け流しながら、ユウヤは京介が短期間でチェルミナートルを自由に操っている事に驚愕していた。簡単な動作だけならシミュレーター訓練を行えばすぐに出来るようになる。だが実機での戦闘を行うのであれば、三日四日乗った程度では圧倒的に訓練時間が足りない。過去に乗っていたりしていれば話は別だが、ユウヤの知っている限り京介がソ連機に乗った事があるという話は聞いた事がなかった。

 

 

《大人しく……っ、潰れちまえよ! 機体ごとさぁ!》

 

 

京介の言葉と共に振り下ろされるモーターブレードの一撃を受け流しながら、ユウヤもまたその手に持つ長刀を振りかぶるのだった。

 

 

 

 

 

京介とユウヤの戦闘の様子をモニターで監視していたサンダークは、傍に立っていたイーダル試験小隊の面々を一瞥した。ユーリとリコはジッとモニターを眺めていて、イワンはその後ろで険しい表情のまま何かの資料に目を通している。そしてクリスカは、何処か不安そうな顔で手を握り締めていた。

 

 

「この戦闘を見て……君はどう感じるかね、ビャーチェノワ少尉」

 

「はっ……? それはどういう……?」

 

「シミュレーターを三日間、実機による演習を一度、それだけで彼はあのユウヤ・ブリッジスと94セカンドを相手にほぼ対等に渡り合っている。それを君はどう見るかね?」

 

 

サンダークの問いに、クリスカは暫くの間答えることが出来なかった。彼女が不安に感じていたことが、サンダークの問いと全く同じだったからである。一日十時間以上シミュレーションに費やしたとて、たった一度の実機演習を経て模擬戦を行うというのは正気の沙汰ではない。それに相手は京介のかつての仲間達で、その手の内は知られているはず。例え最初は対等に渡り合えていたとしても、何時かは機体への慣れから来る差が出て来てしまう。クリスカはそう考えていた。そんなクリスカを前に、サンダークは小さく鼻を鳴らすとゆっくりと口を開いた。

 

 

「彼は一種の天才だよ。デストロイヤーなどという大層な渾名が付けられているが、それは彼が優れた観察眼を持っていることへの証明となる。彼には分かっているのだ、自分が乗っている機体の限界が。だから恐れることなく自らの全力を機体に注ぎ、そのポテンシャルを最大にまで引き出す。そしてそれを繰返す事で機体の方がダメになっていく。だからデストロイヤー、壊れるべくして壊れるのだ。彼の機体はな」

 

「ですがそれと今の状況に何の関係が……」

 

「機体に関する必要最低限の知識と、彼自身の近接戦に特化した才能、そして強制的に自らを追い込まざるを得ない環境下であれば、彼はその実力の全てを我々に見せてくれるだろう。彼が自分の犠牲を厭わないのは知っているだろう? だから彼には我々の計画の遂行の為に、心のタガを外してもらう。もしその結果ブリッジス少尉が死んでしまったとしても、我々には何の関係も無い」

 

 

冷酷な事を平然と言ってのけたサンダークだったが、既に彼は京介にある細工を施していた。カムチャツカで彼の身柄を押さえていた頃、既に彼が後催眠暗示を何者かに掛けられていた事を知っていたサンダークはそれを利用したのである。このまま京介が勝利すればそれはまた別の機会に利用出来る。もし敗北しそうになれば、使う。簡単な二つの選択肢を脳内に浮かべたまま、サンダークは僅かに口元を歪ませる。それを資料の脇から静かに見つめていたイワンは、モニターに表示されているチェルミナートルの反応を一瞥した。

 

 

「そう上手くいけば良いのですが」

 

 

「いくともさ、必ずな」

 

 

イワンの呟きに反応したサンダークは、クリスカを一瞥する。最早祖国と党に身を捧げていた兵士の姿は、何処にも見当たらなかった。だがそれで良いと、サンダークは嗤う。存在するだけで役に立つその女を、彼はもう使い捨ての道具としか思っていなかった。そしてモニターの向こうから役に立つ駒の叫びが聞こえてくると、サンダークはもう自分の背後へと意識を傾けることはしなかった。

 

 

 

 

「おおおおおおおおおおッッ!!!!」

 

 

突き出した右腕のモーターブレードを、目の前の不知火弐型が長刀で受け流す。そしてその度に、京介の耳朶をユウヤの耳障りな説得が打った。

 

 

《考え直せ! お前が計画を潰して、唯依が喜ぶとでも思ってるのか!》

 

 

「喜ばせる為に潰すんじゃねえ! 俺が前に進む為のっ……お前には関係ないだろう!」

 

 

接近する不知火弐型から飛び上がって距離を取ると、京介は自分の覚悟したはずの想いが揺らぐ事に嫌悪感を味わっていた。イワンの家族の話を聞いてから、京介は漸く篁唯依の死を真正面から受け止めることが出来た。その上で、彼はクリスカの隣にいる事を欲した。逃げた訳でもなく、誰かと重ねて見ている訳でもなく、ただ自分の隣に居たいと言ってくれた彼女の想いに、京介は応えた。穏やかな顔で眠るイーニァが居る部屋で交した言葉のやり取り、柔らかいあの肉体の感触、鼻腔を擽る匂い、その全てが疲れていた京介の身体を癒す為に作用している。だからこそ京介は、一人の開発衛士としての責務を果たす為にユウヤとの闘いに望んでいた。

 

 

「俺はもう、お前達とは関係無い! 国に任されたこの任務を遂行する! だから邪魔になるお前達を潰す! 大人しく潰れろってんだよぉ!」

 

 

言葉を作り上げるのも億劫になるような心理状態の中で、京介は何度もチェルミナートルのモーターブレードを突き出した。だがユウヤと不知火弐型はそれを受け流し、何度も自分の心を揺さぶってくる。死んだ人間の名前を何度も何度も持ち出してくる相手に、京介は完全に苛立っていた。唯依が死んだから、哀しむから、残された自分達がするべき事は、そんな言葉の羅列が頭の中を駆け巡り、京介は思わず右腕を振るった後に大きな隙を晒してしまう。

 

 

「しまっ------」

 

 

気付いた時にはもう遅く、攻勢に出た不知火弐型の長刀の切っ先がチェルミナートルの右腕の一部を斬り裂いた。咄嗟に機体を後退させたものの、京介は避けられたはずの攻撃を受けた自分に対し悪態をつく。右腕の稼動状況を機体が知らせてくるが、それは大した損傷では無かった。この時京介とユウヤは全く自覚していなかったが、互いの実力は拮抗していたというのに、それぞれ自分が相手に追い詰められていると錯覚していた。ユウヤは京介が自分達の敵として現れた事に動揺している為に実力を出し切れず、京介はまだ完全には慣れていないチェルミナートルの操縦にボロが出て来ていた。その互いのマイナス面が上手い具合に嵌っていたのが、少しずつ、ずれだしてきている。

 

 

《なら、俺はお前を倒す! 倒して、この機体を……計画を守って見せる! ユイの為に、お前はここで俺が倒してやる!》

 

 

「やって見せろやぁぁぁああああッッ!!!」

 

 

振り下ろされた長刀に無理矢理右腕のモーターブレードを突っ込むと、金属同士の接触による火花が散ったかと思えばチェルミナートルの右手首が吹き飛んで行く。だが同時に不知火弐型の左手のマニピュレーターが何本か切断され、長刀を取り落とした。京介は舌打ちしながら機体を後退させると、そこでCPから通信が入り込んでくる。それはサンダークからのもので、その顔を見た途端京介は分かり易い程に嫌悪感を剥き出しにしてサンダークの顔を睨みつけた。

 

 

「邪魔をするな大尉! 今更俺に何を言うつもりだ!」

 

《いや、何も文句をつけようと言うのではないよウラキ中尉。ただ一言言いたいことがあってね。……壊(・)れ(・)て(・)も(・)構(・)わ(・)な(・)い(・)、君の好きなようしたまえ》

 

「っ……!」

 

 

サンダークの言葉を聞いた途端、京介の目付きが一瞬切(・)り(・)替(・)わ(・)っ(・)た(・)。その眼は既にサンダークの顔を捉えておらず、目の前に短刀を構えて立つ不知火弐型をジッと見つめている。満足そうな表情をしたサンダークの顔が視界から消えると、京介はグッと歯を苦縛って操縦桿を握り直した。鋭く細まったその視線は、ただジッと敵(・)を見つめている。

 

 

「……おい、ユウヤ」

 

 

《何だ、いきなり》

 

 

ユウヤのバストアップ映像が表示されると、京介は口の端を吊り上げて歪な笑みを浮かべてみせる。その顔が何故だか恐ろしいものに感じられて、ユウヤは思わず短刀を逆手に持ち替えて構えた。その目の前で、京介のチェルミナートルの左手が手を失った右腕を掴む。そして次の瞬間には胴体からパージされた右腕を武器にして、チェルミナートルが不知火弐型へと一気に肉薄した。

 

 

《------ッ!?》

 

 

振り上げられた右腕の先端、肩の部分には二振りのブレードベーンが存在する。その先端が妖しい輝きを放ちながら振り下ろされると、ユウヤは逆手に構えた短刀でその肩を受け止めた。だがあまりにも強いその衝撃に腕が下がり、ガードが下がったところを更なる追撃が襲う。振り上げられた右腕が胴体部を下から打ち上げ、ユウヤの身体は強い衝撃に襲われる。

 

 

「俺はお前達を潰す! なら、お前も俺を潰したいはずだろう! 何時かの喧嘩の決着をつけようぜユウヤ……本気の命の取り合いだ、俺を殺してみろ!」

 

《何!? お前、いきなりどうし……》

 

「俺に唯依の死を背負わせ続けて枷にしたいと言うのなら、俺はそれを殺してでも振り払ってやる! 行くぞ!」

 

 

有無を言わさず右腕を武器に迫り来る京介とチェルミナートルに、ユウヤはカムチャツカでのBETAとの戦いを思い出していた。無言でこちらを蹂躙するべく押し寄せてくる生命体の大群、形容し難い威圧感を与えながら一直線に向かって来るその姿が、現在の京介と重なって見える。相手が人間だという認識を頭でしていても、身体はそう認識してなかった。

 

 

《俺達は背負わせるつもりなんて……無いんだ!》

 

 

振るわれる右腕を短刀で斬りつけながら、ユウヤは京介に叫んだ。

 

 

《アイツの、ユイの死は誰か一人に背負わせるもんじゃないだろう!? 悲しいのはお前だけじゃない、俺も、タリサも、VGも、ステラも! みんな辛いのを耐えてるんだ! お前一人だけじゃない!》

 

「関係無いんだよ、もう! 俺はもう唯依の死は受け止めた! その上で、俺にはクリスカがいる!」

 

《クリスカだと!? うおっ!》

 

 

右腕の直撃を受けて短刀を吹き飛ばされたユウヤは、今しがた京介の口から放たれた人名に混乱した。紅の姉妹の一人、クリスカ・ビャーチェノワ。そのロシア人の女の名が何故今出て来るのか。

 

 

「抱いたぞ、クリスカを!」

 

《抱い……っ、何だと!?》

 

「自分に好意を抱いてくれる女ってのは良いもんだよなぁユウヤ! アイツは、クリスカは俺の全部を受け入れてくれた! 良い女(ヒト)だよ、彼女は!」

 

《お前、自分が何を言っているのか分かってるのか!》

 

「分かってるさ! 分かっているから言っている!」

 

 

振るわれたチェルミナートルの右腕をユウヤは不知火弐型の右腕で挟み込むようにすると、そのまま頭突きでもするかのように機体をチェルミナートルへと寄せる。するとチェルミナートルのハッチが開き、迫り出した管制ユニットの中から強化装備姿の京介が姿を現した。同じようにユウヤもハッチを開くと、チェルミナートルの管制ユニットと不知火弐型のそれがぶつかり合う。互いに姿を晒し合うと、ユウヤは京介と至近距離で顔を合わせた。

 

 

「お前、一体どういう------」

 

 

「通信は切ったか!」

 

 

顔を合わせてから最初に京介から放たれた言葉に、言葉を途中で遮られたユウヤは思わず面食らった。吹き荒ぶ風に髪が揺れ動く中、京介の瞳は真っ直ぐにユウヤを見つめている。

 

 

「何だって!?」

 

 

「通信は切ったかって聞いてるんだ!」

 

 

その京介の言葉に思わずユウヤがヘッドセットを操作してCPとの通信を切ると、再び京介に視線を向けた時には彼はハッチに片肘ついてユウヤを見上げるようにしていた。

 

 

「こうして模擬戦中に顔を直に突き合わせてるんだ、何を話すか! 俺とクリスカの馴れ初めでも話そうか!」

 

 

そしていきなり放たれた京介の言葉に、ユウヤは激昂する。それはユウヤの中にあった浦城京介という人間の全てが音を立てて崩れて行くことの証明であり、ユウヤはその思いの丈を目の前の男にぶつけるしか無かった。

 

 

「お前ぇ! お前って奴は! よくも、よくもそんな事を!」

 

「何に怒ってるんだよ、ユウヤ! 俺が誰と関係を持とうがお前には関係無いだろう!」

 

「無いさ! けどなぁ、お前にはユイがいながら……!」

 

「唯依がいたから何だって言うのさ! そういう事を言うって事は、結局お前は俺に唯依の存在を背負わせ続けたいだけってことじゃないのか!?」

 

「違う!」

 

「違わない!」

 

 

顔を突き合わせて怒鳴りあいながら、ユウヤは京介に掴みかかろうと腕を伸ばしていた。だが京介は歪な笑みを浮かべながら、その腕を自分の手で叩いてみせる。

 

 

「唯依がいたからなんて言うのは卑怯じゃないのか、ユウヤ! お前達は全員で悲しみを背負ってるなんて言いながら、結局俺一人に押し付けがましくしているだけじゃないか!」

 

「そういう意味じゃない! お前にだって分かってるはずだ!」

 

「分からないねぇ! アイツはもういないんだ! それに振り回されたって、潰れちまうだけじゃないのか!? だったら俺は、俺を愛してくれる女のところにいるさ。クリスカの股座は暖かいからな!」

 

「どういう意味だ!」

 

「挿れていて気持ちが良いってことさ!」

 

「こんの、クソ野郎が!」

 

 

思わずハッチから身を乗り出してバランスを崩したユウヤの腹部を、京介は思い切り蹴り飛ばして管制ユニット内へと送り返した。そのまま京介も笑い声を上げながら相手のハッチを覗き込もうとしたが、自身も一度バランスを崩しかけると、悪態をついて自身も管制ユニットの中へと戻って行く。

 

 

「ハハハ! 怒れよ、ユウヤ! ……チッ、クソはどっちだ」

 

 

操縦桿を握り直しながら網膜にカメラ・アイからの映像が投影されると、京介は地面に落ちていたチェルミナートルの右腕を一瞥し拾い上げようとしたが、それよりも早くユウヤの不知火弐型の短刀がその先端を突き出してきた。それを左腕のモーターブレードで受け流し、京介は距離を取るべく後退する。だがそれを、今度はユウヤが猛攻を仕掛けて追い掛けて来た。

 

 

《潰して欲しいなら、お望み通り潰してやる! キョウスケ!》

 

 

「そうかい! 殺す気で来いよ!」

 

 

突き出された短刀をモーターブレードが弾き、逆に振るわれた刃を不知火弐型は上半身を逸らして躱す。だがチェルミナートルはそのまま乱暴に左膝を蹴り上げると、その膝部に装備されているブレードベーンがユウヤの身体を胴体部ごと激しく揺さぶった。両者共に地面に引っ繰り返ると、ユウヤはすぐに立ち上がるべく操縦桿を握り締める。だがその視界に映ったのは、自分より先に立ち上がった右腕の無いチェルミナートルの姿。

 

 

「追い込んだ!」

 

 

突き出された不知火弐型の左腕を京介がモーターブレードで一閃すると、肘から先が真っ二つに裂けた左腕を庇うようにしてユウヤ機が立ち上がる。持っていた短刀が何処かへと飛んで行った所為かナイフシースから新しい短刀を引き抜いた不知火弐型を前に、京介はモーターブレードの刃を回転させて威嚇した。既にその眼は血走っていて、サンダークの手によって心のタガを開放されていた京介の頭の中は、目の前の相手を蹂躙することで一杯になっている。本能のままに京介の口から放たれる言葉は間違いなく本心であったものの、それは追い込まれた精神状態から肥大化したものでもあった。

 

 

「ユウヤ・ブリッジス! 俺の為に死ねよ!」

 

 

《俺は……! 俺は、ここで終わる訳にはいかない!》

 

 

全力噴射で前身したチェルミナートルを前に、ユウヤは短刀を順手に持ち構えた。ただ狙いを一点に絞り、そこを一撃で突く為に神経を集中させる。京介も京介で、モーターブレードを突き出そうとする形で真正面から突っ込んで行く。既に二人共々模擬戦という事を忘れ、生き残る事、先に進んで行く事だけが頭の中を支配していた。熱し過ぎた鉄が誰にも触れられないように、二人の昂ぶり過ぎた闘争本能を止めるものは無い。京介の雄叫びが耳朶を揺らし、ユウヤもまた雄叫びを上げながら短刀を突き出した。

 

 

「死ねよやああああああああああッッ!!!!」

 

 

《うおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!》

 

 

チェルミナートルから突き出されたモーターブレードが不知火弐型の胸部に突き刺さり、火花を散らしながらその装甲を削って行く。そして不知火弐型から突き出された短刀もまた、チェルミナートルの胸部に深く突き刺さっていた。僅かに中心部から横へ逸れていた所為か、管制ユニット内にいた京介自身には短刀のダメージは入っていない。だからこそ京介は、突き刺したモーターブレードを横様に振り払おうとした。そうすれば回転する刃は不知火弐型の胴体を削り、管制ユニットのハッチも吹き飛ばすだろう。そして京介が正にそうしようとした時、謎の声がその耳朶を打つ。

 

 

《------やめてぇぇぇぇぇっ!》

 

「っ!?」

 

《もうやめて京介! それ以上はダメ!》

 

「な、何を……この声は、お前------」

 

《でやあああああああああッッッ!!!!》

 

「しまった!?」

 

 

謎の声に京介が混乱した一瞬の隙を突いて、ユウヤは一度突き刺した短刀を引き抜き、そのまま振り払ってチェルミナートルの頭部を刎ねた。一瞬の内に視力を失った京介の身体を、強い衝撃が襲う。機体の損傷を知らせる表示が真っ赤に染まり、突如京介の身体は急に背中から地面へと倒れ込んだ。左腕が破損した表示を目にしながら倒れた衝撃に頭部を揺さぶられた京介は、完全に混乱していた。ユウヤと不知火弐型にトドメを刺そうとした時に聞こえてきた声、京介はその声に聞き覚えがあった。だがそれは本来聞こえてはならないはずのもので、ユウヤに敗北したという事実以上に京介の精神を蝕んだ。

 

 

「幻聴……? 俺は勝ちたかったのに、自分からそれを放棄する為にあんな声を流したのか? 嘘だろ? ……何で俺、唯依の声なんか聞いて……」

 

 

両手で顔を覆って目を見開く京介の耳に、CPからの状況終了を知らせる通信が届いた。だが京介はその声に反応する事が出来ず、ただ自分が聞いたはずの唯依の声に顔を苦痛に歪ませていた。結局リコとユーリが回収に来るまで、京介がチェルミナートルの操縦桿を握る事は無かった。

 

 

 

 

激戦が繰り広げられた演習場を、遠くから見つめている人影があった。小型の無線機を傍に携えていたその人物はその長い黒髪を揺らしながら、自分を迎えに着たジープのエンジン音に振り返る。自身の名を呼ぶ男の姿を一瞥してから、その髪の長い人物はもう一度だけ演習場を振り返った。そこから運び出されていく大破したチェルミナートルの姿に苦い顔をしつつ、その人物はジープへと乗り込み何処かへと走り去って行く。

 

 

 

敗北した京介を待っていたのは嘲笑でも罵声でも何でもなく、ただ彼の身を案じる仲間達の優しい声だった。だがそれを現在の京介には受け止められる程の余裕が無く、彼は一人強化装備から着替えると自室へと戻っていく。勿論とでも言うべきか、その隣にはクリスカの姿もある。自室のシャワールームで嫌な汗を流し切ってから、京介は何時ものようにベッドの中でクリスカの胸元に身体を預けた。だがそれは何時ものように性欲を伴なったものでは無く、ただ純粋に癒しを求めての行為だった。戦闘の最後に何があったのかというクリスカの問いに京介は答えることは無く、ただ彼女から与えられる優しさを求める。自分が聞いた幻聴を、割り切ったはずの身近な人間の死をそうやって掘り返された段階で、京介の精神は再び綻びを見せ始めていたのだから。

 

 

そして二人の下にイーニァ・シェスチナが意識を取り戻したという報告がされたのは、その翌日の事であった。

 

 

 

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