※この作品はR-18です。

Muv-Luv The frayed memory/Carved memory   作:REDALERT

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Affection/2(※閲覧注意)

 

朝飲んだコーヒーの苦さを忘れられないまま、京介はその日一日を怠惰的に過ごしていた。クリスカのところへ顔を出す気にもなれず、復興の進むリルフォートへと行く気にもなれず、肝心要のシミュレーターも数時間もやればストップが掛ってしまった。結局京介が夕方からしていたことと言えば、食堂で自堕落に日本語で書かれていた新聞を読むだけ。そして特に興味を引く内容も記載されていないその紙の束を乱雑に元に有ったところに戻し、当ても無く基地の中をブラブラと歩き回る。一度ハンガーの中で整備中のSu-47を発見したが、ロシア人の整備員に睨まれて帰るしか無かった。

 

 

そして現在、京介はトレーニングルームで我武者羅に身体を動かして掻いた汗をシャワーで流していた。オーバーワークにも等しい無駄な事だと頭では分かってはいても、京介はこの時何かしていなければ落ち着かなくなっていた。熱いシャワーに全身を打ち付けられながら、京介は自分の肉体を見る。衛士としては十二分な程に鍛え上げられたその身体、多くの戦いを経て多くの傷を刻み込み、今では覚えの無い傷も付けられている。だが今京介にとって、その肉体は非常に頼りないものに見えてしまっていた。イワンから送られた心が弱いという台詞、その言葉は京介の心の奥に深く突き刺さっていた。そういう事が心が弱いと言うのだろうと、何処か第三者の目線として受け止めていても京介は当事者としての立ち位置を逃れられない。

 

 

ならばどうすれば良いのかと自問を重ねても、明確な答えなど自分の頭で出せる訳が無かった。

 

 

逃げたくないと言いつつも逃げてきた、そんな事実は何度振り返っても消えることは無く、京介の隣には何時も逃げる為の暖かさを持った誰かが居てくれた。それではダメだと分かってはいてもどうにも出来ないのが京介で、またそれをどうにかしようとする手立てを見つけようとして更なる坩堝に嵌ってしまうのもまた京介なのである。身体を流れ落ちるお湯はやがてその身体を冷やすが、生身の女の肌は触れている間は暖かいまま。それを自分の弱さだと断言出来ないところがもどかしいと、京介はシャワーを止めるのだった。

 

 

 

そして長いシャワーを浴び終えた京介が自室まで戻ると、彼は部屋の前にいる人影を見て眉を顰めた。

 

 

「クリスカ……?」

 

 

鍵の掛ったドアの横に寄り掛かりながら指同士の腹をとんとんと合わせていたクリスカ・ビャーチェノワは、自身の名を呟いた京介の声を聞くや否やパッと顔を上げた。何時から待っていたのか、京介がその細い指の生える手を取った時、ヒヤリと冷たい感触が彼の手に広がっていく。

 

 

「ずっと探していたのに、一体何処にいたの?」

 

 

「……ちょっと色々あってな。悪いけど、今日はもう寝たい。話があるなら、明日にしてくれるか?」

 

 

ややぶっきらぼうな言い方をしつつ京介が部屋の鍵を開けると、クリスカは突然京介の身体を押し退けて先に部屋へ入ってしまった。

 

 

「おい、クリスカ……」

 

 

「話があるの、あの子の……イーニァの事で」

 

 

イーニァ、その単語を聞いた途端京介の表情が曇ったのをクリスカは見逃さなかった。後ろ手にドアを閉めた京介に近づいて、その胸板に顔を寄せる。それは彼が自分を強く拒絶する事は無いという絶対的自信があるから故の行為だったが、彼の手が自分の頭を撫でてくれなかったのは些か予想外だった。

 

 

「……本当に疲れているのね、京介」

 

「ああ。言ったろ、色々あるって。お前はソ連の開発衛士で、俺は日本の開発衛士だ。……やる事が違うんだから、こういう事もある」

 

「……そう、か」

 

「イーニァの話は悪いけどまたにしてくれ。今日は一人で寝たいんだ。……お前も、イーニァがやっと目を覚ましたんだから、自分達の部屋を綺麗にしておいてやれ」

 

「そうか、そうだな。けど……もう少しだけ、こうさせて」

 

 

何処か様子がおかしいクリスカを前に、京介は疑問を感じてはいたもののそれを口にすることは出来なかった。女に甘えられるというのは存外気分の良いものではあるものの、場合によってはそれは重荷になるということでもある。今この段階で自分の身体を委ねてくれているクリスカの匂いは、少しながら京介の心を平穏に保とうと作用していたものの、それでも現在の彼の疲労を根元から払拭するまでには至らなかった。ただ自分の腕を彼女の背と首に回して抱き寄せた時に味わえる感覚は、強張っていた身体の緊張を少しだけ解してくれる。少しずつ状況が変わっていくことに僅かな恐怖を抱きつつも、京介はきっと変わらないであろう自分と彼女の関係を再確認するのであった。

 

 

だがその状況が急転直下を迎えることになるとは、そしてその原因が正に今目の前にいるクリスカになるとは、この時の京介には全く予想出来ない事だった。

 

 

 

 

「だからな、お前は敵との距離が近過ぎるんだよ」

 

 

翌朝の京介の一コマは、ユーリから放たれたその言葉から始まった。目の前に座る赤い髪をした男がパンを噛み千切りながら喋る姿を前に、京介は冷めた目をしている。ユーリの口から飛ぶパン粉が自分のスープの入った皿の近くまで飛んでいるのが嫌だったのもあるが、朝から説教を受けているという状況も気に入らなかったからだった。

 

 

「相手がBETAならあの距離の取り方じゃあダメだ。Su-37は確かに近接戦に特化してるが、馬鹿みたいに近づいて戦い続ければ要撃級と戦車級の連打で潰れるぞ」

 

「そうならない為に強襲掃討装備で行くんだろう」

 

「模擬戦で序盤から一気に捨てた奴の台詞じゃねえな」

 

 

ユーリの口から飛んだパン粉が自分のスープに入ったのを見て京介がその皿をトレーの端へ寄せると、ユーリは変なものでも見たように首を傾げた。

 

 

「何だ、飲まないのか? まだ一口も飲んでないだろ」

 

「手前の汚い口から飛んだパン粉が飛んで来たんだよ。欲しけりゃくれてやる」

 

「おっ、良いのか? じゃあ遠慮なく」

 

 

ホクホクといった様子でユーリが京介のトレーからスープの入った皿を取り上げると、その直後に別のスープが京介のトレーの上へと置かれた。京介とユーリが視線を動かすと、そこには自分のトレーを片手で持ったリコが立っていた。プラチナブロンドの短髪が揺らめいて、キラキラと電灯の明かりに反射している。

 

 

「馬鹿ユーリ、食べ方が汚いのよ。中尉、代わりに私のをどうぞ」

 

「いいのか?」

 

「ええ、スープはおまけで貰っていたので」

 

「助かる」

 

 

さり気なく自分の傍へと皿を寄せた京介を尻目にリコが彼の隣の椅子に腰を下ろすと、京介から貰ったスープを一気に飲み干したユーリは口の端を拭いながら言葉を続けた。

 

 

「兎に角だ、お前の戦い方じゃSu-37の性能を活かしきれてない。いくら近接戦が得意だからって、結局戦うのはBETA共で人じゃあない。分かるな?」

 

「理解はしてるさ。ただ、最初の実機戦闘があれじゃあ勘違いもする」

 

「あれは異例だ。兎に角日本人が大好きな長刀や短刀と、モーターブレードじゃあ勝手が違う。いいかウラキ、これは対人戦にだけ言えるがな、相手の出先を潰して攻撃するのも良いがまず相手の攻撃を躱して一気に懐へ潜り込め。そうすればモーターブレードやブレードベーンでブッ刺すだけで良い。勿論普通なら射撃戦だけで決着をつければ良いが、お前なら頑張れば近接戦に持ち込めるだろう」

 

 

最初から持っていた自分のスープにパンを浸しながら語ったユーリの姿を前に、京介は少し考え込んでいた。ソ連側に配属されてから少し、イーダル試験小隊の面々との交流は十分な程に深めたという自負はあったが、京介にとってイワン以上に厄介なのがこのユーリだった。最初から自分に関係している厄介事に関わっているイワンと違い、ユーリの立ち位置が不明瞭なところがあるからだ。イワンのように彼も深い部分を知っているのか、それともリコのように何も知らないのか。その判断が付き難い言動を行うのが、ユーリ・ミン・エゴロワだ。

 

 

「おい、聞いてるのか?」

 

「聞いてるさ。その有り難いアドバイスは、今日のシミュレーションで試してみる」

 

「素直じゃねえ奴」

 

「アンタが言えないわよ、ユーリ」

 

 

リコからの横槍を受けたユーリはうるさいと文句を言うものの、その後の京介のシミュレーター訓練ではちゃっかりと監督役を申し出て自らSu-37の操縦指導を行った。その御蔭かと言うべきか京介は少しばかりソ連機の特性について理解を深める事が出来たものの、それを実機操縦に生かす事が出来ない現状に肩を落とした。更にこの日で言えばイワンを初めクリスカにも顔を合わす事が無かったので、気分転換の交流と言うものが行えなかったのも京介の心理状態に影響を及ぼしていた。だが京介も京介で日本帝国に対し報告をせねばならない事が沢山有り、模擬戦で機体を大破させたことで進行が遅れている事に対し本国の人間から強い叱りを受けた。

 

 

元々ソ連機の性能を過小評価する様指示を受けていた京介だったが、最初の模擬戦を終えた段階で彼は参謀本部に対し導入の価値有りという評価を送っていた。その事に対し技術廠の巌谷中佐からこれと言った反応は無かったものの、内心裏切り者と呼ばれているのだろうと京介は自嘲気味に自分の関係に線を引いていた。イーダル試験小隊への転属を京介に伝えた時、巌谷はまだ唯依が撃たれたことを知らないはずだった。だが京介がアラスカへ向かうのとすれ違いに彼女の死は知らされていたはずであり、その事に関して今まで何の連絡が無い事から京介は既に巌谷に対して若干の失望を覚えていた。唯依にとって彼は父親代わりの存在だったはずであり、その事に対し自分に何かしらの言葉を送ってくれるのではないか。再びアラスカの地を踏んだ京介も当初はそう思っていた。だがそんな事は無く、京介もまたクリスカという存在を得た為に技術廠との繋がりはもう切れてしまったも同然という認識でいる。

 

 

裏切り者、例え巌谷からそう評されていたとしても京介は何も感じることは無かった。日本帝国の為に動いている事実は変わらないものであり、寧ろこれからの国土を守る為の力を選定する任を帯びている現状こそ裏切り者と揶揄されるものではないと京介は認識を切り替えたからだった。詭弁ではあるが正しいものの見方であり、その結果XFJ計画が潰れたとしてもそれは競争の末敗れたという結果から齎されるもの。唯依を欠いた事でユウヤ達があの二機の不知火弐型をどれだけ伸ばせられるのか、クリスカ達の駆るSu-47とどう戦ってみせるのか、その結果を京介は知りたかった。そしてその結果の上で、自分とクリスカがどうなるのかも。

 

 

だからその日の夜中に強化装備に身を包んだクリスカが部屋に訪れた時、京介はこの夜に自分に一体何が起こるのかを予測する事は出来なかったのであった。

 

 

 

 

「------強化装備も無しで乗って大丈夫なのか? どうにもサンダーク大尉が許可を出したとは思えないんだけどな」

 

 

複座型の管制ユニットを持つSu-47Eの前部シートに座りながら、京介はクリスカから手渡されたヘッドセットの調整をしていた。強化装備は着ておらず、シートに身体が固定されない所為か足を組んで後頭部で腕を組んでいる。その後部シートでは、見慣れた強化装備に身を包んだクリスカ・ビャーチェノワが稼動チェックを行っていた。

 

 

「心配いらない、ちゃんと許可は取ってある。基地郊外の森まで軽く飛ばして、帰って来るだけ。京介も連れて行くと言ったら少し渋られたけど、今乗れているんだから大丈夫って事よ」

 

 

「強化装備着せて、このビェールクトのデータを蓄積させたくないって事か? 加速度病にはならないように気をつけてくれよ!」

 

 

稼動チェックを終わらせたクリスカがSu-47を歩かせ始めると、京介はヘッドセットから網膜に投影された機外の映像を見て少しばかり首を傾げた。ハンガーから歩いて出て行こうとしているSu-47を、何人かの整備員が怪訝そうな顔で見上げていたからだった。そもそも最初に機体に乗り込もうとする時にクリスカから説明を受けていた整備員も納得していない様子で、それが京介の心にずっと引っ掛かっていた。だがサンダークからの指示だという確認すればすぐにばれてしまうような嘘をクリスカがつくとも思えず、整備員も京介もその言葉を正直に受け取らざるを得なかった背景がある。

 

 

両手に誘導棒を持った整備員の指示に従ってクリスカが主機に火を灯すと、京介は操縦桿を握りこんで身構えた。何故強化装備を着て乗ることが許されていない自分を前部シートに乗せたのか、京介には分からなかった。強化装備が無い以上シートと身体を固定するものは何も無く、機体コンピューターとの接続も行えない。操縦桿を動かせば機体自体を動かす事も出来るだろうが、間接思考制御も出来ない状況ではまともな機動など行える訳もない。

 

 

「舌を噛むな」

 

 

そうクリスカが言った瞬間ビェールクトは全力噴射で飛び上がり、京介の生身を強烈なGが襲った。すぐに匍匐飛行に移行すると京介は固まっていた肺の中の空気を交換し、背後に振り返って抗議の意味を込めてクリスカを睨みつける。だが後部シートに座っているクリスカが珍しく笑っているのを見て、仕方なく正面に向き直した。

 

 

「すまない、京介。すぐに歩行移動に切り替える」

 

「っ、それは良いんだが……やっぱり黙ってでも強化装備を着てくるんだったかな……」

 

「目覚めたばかりのイーニァに無理な機動をさせる訳にはいかないから、強化装備の無い京介で無理の無い動きを練習させて?」

 

「実験動物かよ俺は……。っ、ちょっ、待て! うおっ------」

 

 

再び全身を襲うGに口を閉ざして耐える京介の後姿を見ながら、クリスカは一瞬だけ辛そうな表情を見せる。だがすぐに普段通りの、紅の姉妹としてのクリスカ・ビャーチェノワの顔に戻ると、操縦桿を動かして機体を地面へと着地させた。既に基地からはそれなりに離れた地点へと到着しており、視界の遠くには生い茂る森が見えている。そこを目的地に設定していたクリスカは、前部シートでぶつくさと恨み言を発している京介を無視しながら機体を歩かせて行くのだった。

 

 

 

「っぷ……」

 

 

機体から迫り出した管制ユニットから夜空を見上げながら、京介はクリスカから渡された飲料パックの水をちびちびと飲んでいた。目の前が軽く揺らいでいて、若干の吐き気もする。現在Su-47は森の中にその身を隠すかのように片膝を立ててしゃがんでおり、風に揺れる草木の爽やかな音が耳を通り抜けて行った。

 

 

「京介、大丈夫?」

 

 

後部シートから身を乗り出して京介の顔色を確認してきたクリスカの心配そうな顔に見下ろされると、京介は肩を竦めて見せながら飲料パックを彼女に押し返した。

 

 

「何とかな。それで、これからどうするんだ? この休憩時間は、予定に入ってないだろ? ……って、お、おい」

 

 

ヘッドセットをジャケットのポケットに押し込んでいた京介は、急に後部シートから前部シートへと身体を移動させたクリスカに非難する声を上げた。が、クリスカはお構いなしに京介の身体に乗りながら向かい合わせに座り直すと、月明かりを背に憂いを帯びた瞳で彼を見下ろした。

 

 

「……やっぱりそうか」

 

 

その彼女の視線を受けた時、京介は自分の中にあった違和感と疑問が同時に払拭される感覚を味わった。幾ら何でも、強化装備も無しに衛士を戦術機に乗せる事など有り得ない。それに日本人である自分が本来関わるものではない新型に同乗させてもらえるなど、サンダークの事を考えれば有る筈が無かった。クリスカは自分に対して嘘を付いたのだと言う事実に、京介は少しだけ悲しくなった。それを目の前にいる彼女も感じたのか、次に彼女の唇から紡がれた言葉は謝罪を表すものであった。

 

 

「ごめんなさい、京介。ただ、どうしても二人きりで話がしたかったの」

 

「話って言うのは、昨日の事か?」

 

「うん……、イーニァの事。京介は多分……ううん、きっとイーニァの事を怖がっている」

 

 

頬に両手を添えられて、京介はその手に更に自分の手を重ねる。

 

 

「……そうだな、イーニァは怖い。あの子を見ていると、何時も怖くなっちまう。どうしてだ? あの子はどうして誰も知らないはずの俺の過去や、放り投げた言葉を知っているんだ?」

 

「それは……あの子は特別だから。私も、そう」

 

「特別? それって------」

 

 

言い掛けた言葉を唇に塞がれて、京介は自らの腕をクリスカの背中へと回した。時間にしてほんの数秒のキスだったが、それだけで京介はクリスカが何か後悔しているように感じていた。それが何故か、何がそうなのかは分からないが、兎に角京介はそう感じた。

 

 

「私やイーニァがどんな人間が知っても、貴方は私の事を愛したままでいてくれる? 本当の事を知って、それでも受け入れてくれる?」

 

「話が見えないけど……もう受け入れているし、愛しているのも変わらないよ。クリスカ」

 

「そうじゃない、そうじゃないの。ただ……」

 

「愛してくれって言うのに、愛しているって答えるのは不満なのか?」

 

 

俯いてしまったクリスカの顔を下から覗き込もうとする京介の両肩を、クリスカは強い力でシートへと押し付けた。そうして困惑する京介の前で、クリスカは突然強化装備の装甲ブロックを外し始める。

 

 

「お、おい……何を……ぶっ」

 

 

思わず止めようとした京介の頭に装甲ブロックを放って、クリスカは恥ずかしげも無く皮膜も脱ぎ去ってその肢体を外気に晒した。その腕で乳房の突起を隠しているものの、月明かりに照らされる管制ユニット内ではその股間の秘部が僅かに光沢を放っている。京介を見下ろすその裸体の美女は、そのまま彼の身体に抱きついた。

 

 

「ここで抱いて、京介」

 

「冗談だろ? こんなとこじゃお前も風邪引いちまうし、ゴムだって無------」

 

「無くていい! お願い、もっと……もっと深いところで貴方と繋がりたいの。でないと、私は……」

 

 

抱きついて着ている肌色のそれが震えている理由が寒さではないことを理解すると、京介は苦虫を噛み潰したような顔でクリスカの身体を引き剥がして無理矢理自分と目を合わさせた。戸惑いに染まる瞳と覚悟が定まった瞳がぶつかり合い、京介は震える喉から必死に声を絞り出す。

 

 

「良いんだな、クリスカ。……避妊もしないでするってことは、お前……母親になるかもしれないんだぞ……それでも、良いんだな」

 

 

「京介のなら、良いんだ」

 

 

その短い返事を聞き終わると、京介は腹を括ってクリスカの身体を抱えて逆にシートに座らせた。両足首を持って脚を開かせれば、京介は膝を曲げてその舌を膣へと捻じ込む。既に男を受け入れる態勢になっていた緊張したそれを軽く解して、京介はジャケットを脱ぎ捨てた。だがふと視線を上げた時に頬を朱に染めたクリスカが吹き込んでくる風に身を震わせるのを見ると、口の端の粘ついた液体を拭いながら立ち上がってそのジャケットを羽織わせる。そのまま彼女の首筋へと吸い付きながら、空いた両手で豊満な乳房を乱暴に掴み揉み上げていく。何時か初めて味わった時の感涙を思い出しながら、京介はズボンのベルトを外してクリスカの両腕に抱き寄せられた。絡み合う舌に吐息を零し合いながら京介はいきり立った一物を晒し、クリスカの腰を右手で持ち上げながら左手で彼女の秘部へ一物の先端を宛がう。

 

 

相手を孕ませるかもしれないという背徳感と自分だけのものに出来る証拠を刻むという征服感、そしてそれらが合わさって生じる達成感に背筋と陰嚢を震わせながら、京介はクリスカの口を自分の口で塞ぎながら挿入した。生命の受胎を阻む薄い膜の無い今、襞のある肉壁がうねりを持って京介のそれを包み込み、白濁としたDNAの液体を搾り取ろうとしている。自然と動き出す腰の動きを頭の中で制御しようとしていても、ヒトとしての本能的に京介はクリスカを善がらせることに集中していた。深くまで突く度にくぐもった嬌声を洩らすクリスカの口内を舌で蹂躙しながら、京介は片膝を上げてより彼女の身体に寄り掛かる体勢に移る。粘膜同士の擦れ愛から生まれる愛液が生じさせた液体の湿り気、そして肌同士のぶつかり合う乾いた音を響き合わせながら、クリスカは自分の身体の奥に注がれていく男の臭いにその身を仰け反らせた。

 

 

舌で繋げられていた口が離れて銀色の糸が伸びていくと、息を荒くした京介とクリスカは繋がったままその位置を交換した。京介はシートに座り、クリスカはその身体に跨る。未だ硬さの失われていない男根の逞しさと熱さに脳を焼き切られてしまいそうな快楽を得ていたクリスカは、京介の肩を手で押さえ自らその腰と子宮を上下に動かして嬌声に善がった。開放的な空間の中で行われている行為だからか、それとも身の内の不安を快楽で上塗りして逃げたいが為か、クリスカは普段の姿から想像も出来ない姿で京介を求め続けていく。その姿に違和感を受けていても、京介ももうこの行為を途中で止めることなど考えることもしなかった。

 

 

「うっ……!」

 

 

やがて二度目の果てを迎えた時、ずっと動き続けていたクリスカの身体が一瞬痙攣のような振動を起すと、そのままふらりと揺れて京介にもたれ掛かった。息を荒くして頬を上気する彼女の頭部を手で優しく抱き寄せてやりながら、京介は血の気の抜けた男根が彼女の膣から抜けて行くのを感じている。愛液と自分の出した精液の生暖かい感覚が一物に上から降りかかって行くのに嫌悪を感じつつも、京介は自分の着ている黒い肌着に垂れるクリスカの涎を指で軽く拭った。

 

 

「はぁ……はぁ、今日はまた、一段と……だな」

 

「……迷惑だったとは、思っている。っ……はぁ……はぁ、けど、私は……っ」

 

「迷惑じゃないさ。……っ、そりゃあ戸惑ってはいるけど……男の甲斐性ってやつの見せ所だろう? こういうのだと」

 

 

じんわりとした汗が風でひんやりと流れていくのを感じながら京介は髪を掻き上げると、ぐったりし掛けていたクリスカと掃(・)除(・)を早々に済ませた。京介が前部シート下部に飛び散った液体を拭いている間、クリスカはビェールクトのマニピュレーター上で飲料パックの水で股間を重点的に、全身もあわせてタオルで生々しい汚れを拭き取っている。管制ユニットのハッチから僅かに身を乗り出してその様子を覗いていた京介は、月明かりに照らされているその女の裸体を前に一種の感動にも似た感情を抱いていた。あの豊満な肉体も、髪も、欲をそそる仕草も、その全てが自分の手の内にあるかと思うと、自然とそういった邪な感情が心の底から湧きあがっていく。行為の後で疲れている所為もあってか、京介はクリスカが脱ぎ捨てた強化装備を拭き終えた前部シート上に置くとそのまま後部シートへと身体を移した。クリスカに着せていたジャケットから僅かに汗の匂いがするのを確認するとそれを前部シートのヘッドレストに掛け、自身はシートに座って満天の星空を見上げる。

 

 

近くて遠い機械の手の上から滴り落ちて行く水の音を耳に入れながら、京介は交わる前のクリスカの言っていた言葉を思い返していた。こんな野外で愛を求めるとか、実際に交わるとか、彼女らしくないと思っていた京介は彼女の言う言葉の違和感に頭を悩ませる。

 

 

(本当の事、クリスカとイーニァ、何があるっていうんだ? 俺がイーニァを怖がる事がクリスカにとって嫌な事なのは分かるけど、それでもこんな事をしてまで……ん?)

 

 

心の中で思考を廻らせていると、京介はふと自分のジャケットのポケットから電子音が鳴っている事に気付いた。それは本来誰かから通信が入っている事を知らせる為のもので、自分の状況を思い出した京介は慌ててジャケットに飛びついてポケットからヘッドセットを取り出した。その内の一つを取り落としながらも片方を装着した京介の耳朶を、聞き慣れた男の声が打つ。

 

 

《------ウラキ! ビャーチェノワ! 大尉がそちらに向かっている、すぐにその場を離れるんだ! 機(・)体(・)の(・)強(・)奪(・)に(・)脱(・)走(・)騒(・)ぎ(・)と事が大きくなれば、流石の俺でも庇い切れないぞ! 聞こえているのなら、すぐに逃げるんだ!》

 

 

「イワン!? 機体の強奪って、脱走? 一体どういう……クリスカァ!」

 

 

イワンの焦ったような声と共に京介の鼓膜を振るわせた二つの言葉に、京介は思わず管制ユニットから乗り出してクリスカの名を叫んでいた。だが既に彼女は身体に水滴を纏わせながら何処か一点を見つめており、その目と顔は恐怖に染まっている。基地の方を見つめている彼女の視線を京介が追うと、彼もまた混乱にその顔を歪めた。遠くの方から一機の戦術機が全力噴射で近づいてくる光が見えている。イワンの言葉が正しければ、その機体に乗っている人間が誰かは決まっていた。そして時を同じくして京介の付けているヘッドセットを通し、イワンとは違う男の声が彼の耳朶を打つ。

 

 

 

《残念だが、貴官らが基地へ戻る時間を与えるつもりは無い。大人しく投降すれば、手荒な真似はしないと約束しよう。だが抵抗するのなら------》

 

 

 

ビェールクトのカメラ・アイが作動し京介のヘッドセットと連動すると、彼の網膜に直接映像を投影する。それは接近してくるSu-37を捉えていて、京介の全身は更に強張った。

 

 

 

《------死ぬものと思え》

 

 

 

イェジー・サンダークの声が、冷たく響き渡った。

 

 

 

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