※この作品はR-18です。

Muv-Luv The frayed memory/Carved memory   作:REDALERT

29 / 49
Unchained/2

 

「ああ、何てこった……」

 

 

カウンター下に隠れた京介を出迎えたのは、服を自身の血で真っ赤に濡らしたマスターの変わり果てた姿だった。丸眼鏡の右側のレンズは砕けていて、本来眼球があるはずの右目部分は赤い肉片がむき出しになり、赤黒い血液を垂れ流している。胴体も何発か撃たれているようで、京介はその姿に同情を禁じえなかった。今も尚彼の頭上では三人の男達の放つ銃弾がカウンターを破壊していて、鉄製のカウンターが今の京介を守っている状況だった。時折腕だけを上に挙げて撃ち返してはいたものの、状況は圧倒的に京介不利のままである。

 

 

(しかしこれだけに派手にやってるんだ、すぐに憲兵でも何でも来るはず……。まさか図られた? クソッ、兎に角基地まで戻らないと……何か使えるものは……)

 

 

銃撃に時折身を縮ませながらも京介がカウンター下の棚を物色し扉を開けると、そこには三つの小さなガスボンベが並んで置かれていた。京介にはその使用用途が不明だったものの、変わりに彼の頭の中にはこれを見た瞬間ある方法が浮かんで来ていた。とても危険だが、賭け金が倍になって戻って来る方法が。彼は内心哀悼の意を表してからすぐにマスターの亡骸に手を出すと、そのズボンやシャツのポケット等に手を這わせていく。そして胸ポケットからパイプ用のライターを取り出すと、血に濡れて赤くなっているそれがちゃんと火がつくことを確認し、京介はすぐにM1911A1をホルスターに収めてガスボンベの一つを棚から持ち出した。それなりに重量のあるそれのバルブを回すと、シューッという空気の抜けるような音を出しながらガスがボンベから放出される。そのガスを思い切り吸い込まないようしながら、そして額に大粒の汗を掻きながら、京介はそのガスボンベを敵からの銃撃が止んだ瞬間に思い切りカウンターの向こうへと投げ飛ばした。

 

 

「Не надо стрелять! Не надо стрелять!」

 

 

突然飛んで来たそれが何かをすぐに気付いた男がいたのか、三人の困惑する声を聞いた京介はすぐさま二つ目のガスボンベのバルブを緩めてカウンターの中に転がせてマスターの遺体を上から被せた。更に最後のガスボンベのバルブも緩めると、京介は立ち上がって敵の射線上に身を晒しながらそのボンベをカウンター上に置いた。鼻を突く異臭に男達が銃を構えたまま困惑しているのを確認し、京介は自分の銃を引き抜いて理由も分からずに敵対している三人へと向ける。その姿に、男達は口早に捲くし立てていた。

 

 

「Чёрт!」

 

 

「С ума сошёл……」

 

 

京介はロシア語が堪能な方ではなかったが、それでも彼らが自分に対し悪態をついているのだけは感覚で理解していた。自分達が殺そうとした男がガスを放出させた部屋の中で銃を撃とうとしているなど、正気の沙汰ではない。京介はカウンター上のガスボンベを示しながら、ゆっくりとカウンターを乗り越え、喫茶店の出入り口の方へと後退していく。外から何の喧騒も聞こえてこないことに違和感を覚えつつも、京介は目の前の状況からの撤退を優先する。三対一という圧倒的不利な状況から京介優位の状況にまで持ち込んだところで彼の背がドアにぶつかると、彼は左手で銃を構えたまま右手を後ろでにしながらノブを回した。その視線は一度カウンターへと向けられると、京介はその向こうにいるマスターの亡骸を思い浮かべる。

 

 

「関係無い人にまで手を出すんじゃなかったな、お前ら」

 

 

言いながら右手をノブから離した京介がジャケットから取り出したもの、それは先程マスターの遺体から手に入れたパイプ用ライターだった。それを見た瞬間男達の表情は一変し、その中の一人が一気に顔中に怒りを表現する。勿論京介からしてみればライターを見せたのはただの脅しで、それを見せながらその場を逃走出来ればそれで良かったのだ。現状の危機をなんとか脱した後、基地に戻りイワンに事の次第を問う。そしてもしそれがサンダークからの刺客なり何なりであることが判明すれば、その時京介が取る行動は決まっていた。例え差し向けたのがイワンであっても。

 

 

だが顔中を怒りに染めたその男が銃口を京介に向けて雄叫びを上げた瞬間、既に彼は店から背を向けて一目散に走り出していた。正確には、予想外の相手の行動に身体が勝手に反応していた。刹那、今まで聞き慣れていたものとは違う爆音が京介の耳朶を激しく強打し、同時に押し寄せた熱風が彼の背を激しく叩く。そして押し寄せる衝撃波がその身体を大きく吹き飛ばし、熱波がその髪や服を僅かに焦がした。数秒の間、身体が宙を舞い視界が二転三転していく中で、京介は喫茶店の吹き飛んだドアの向こうで炎に包まれている男達を確かに見た。そして背中からアスファルトに強く叩きつけられると、京介の手からM1911A1が離れて行く。

 

 

「っ、つう……うぅ……」

 

 

甲高い金属を叩く音が耳の奥で唸りを上げ、外部からの一切の音を遮断している。頭蓋の中で激しくシェイクされた脳みその所為でグルグルと目が回っている状況、京介は自分の顔がアスファルトに押し付けられていることだけを認識しながらも、言う事を聞かない身体の所為で立ち上がることが出来ないでいた。焦げた臭いが勝手に鼻の奥の粘膜を刺激し、望んでもいない涙を目から零れ落ちさせる。そしてまともな平衡感覚が失われていた京介から少し離れたところに彼の銃は落ちていたが、それを何者かが拾い上げた。その人物は何事かをぶつぶつと小さな声で呟きながら拾い上げた銃をズボンの後ろに差し込むと、ゆっくりと倒れ込んでいる京介に近づいて行く。

 

 

自らの手元に影が掛かると、地面に倒れ込んだまま京介は視線を上に向けた。そこにはフライトジャケットを着た何者かが立っていて、彼を見下ろしている。その手にさっきまで自分が持っていた拳銃が握られているのを歪む視界の中で何とか認識すると、京介は内心これまでかと諦めた。そして謎の人物が振り上げた銃の銃底で頭部に一撃を加えられると、京介の意識はそこで途切れたのだった。背後の喫茶店からは今も尚火が立ち昇り、黒煙がもくもくと吹き飛んだ窓枠から溢れ出て来ている。京介を殴りつけたその謎の人物は、銃をズボンに差し込むと、やや重そうにしながらその身体を抱え挙げるのであった。

 

 

 

同日、陽も沈んだ頃、総合評価試験の初日を見事に勝利で飾ったイーダル小隊の面々は、新たに発生した問題に困惑していた。自分達がアルゴス試験小隊との演習中に起きたリルフォートでの爆発事故、そしてその事故現場付近で浦城京介の姿があったこと、そしてその浦城京介が現在行方不明になっていることだった。イワン、ユーリ、クリスカの三名はデブリーフィング後にとある一室に集り、現状について話し合っていた。イーニァについては、リコに一任させている。

 

 

「なあイワン、まさかとは思うがよ……こいつは少し厄介な事になってないか?」

 

 

「少しどころじゃない、かなり厄介な事態だ。恐らく大尉が俺の行動を読んでいた、やられたよ」

 

 

ユーリとイワンはそう言葉を交しながら、部屋の中央に設置されているテーブル上の黒いデイバッグの中から複数の拳銃を取り出していた。京介行方不明の報を受けてからすぐ、イワンがユーリに京介の部屋から持ってこさせたものだ。京介が持っていたM1911A1のコンパクトモデル『ディフェンダー』を手にしていたユーリは、そのグリップに赤いゴムを巻きつけている。一方のイワンは、大型リボルバー用のショルダーホルスターを身体に装着していた。S&W M29、俗に44マグナムと呼ばれる30cm程のそれに一発ずつ弾丸を込めながら、イワンは黙ったまま俯いているクリスカを一瞥する。彼女の手にもまた軍から正式に支給されたマカロフが握られていたが、イワンの心配事は彼女がそれを上官に向けてしまうのではないかというものではな(・)か(・)っ(・)た(・)。

 

 

「ビャーチェノワ、確かお前は今夜調(・)整(・)を受けるはずだったな?」

 

「……………」

 

「ビャーチェノワ!」

 

 

声を荒げたイワンに大きく身体を震わせた後、クリスカは静かに頷いて見せた。クリスカとイーニァの私室とされている大きな空間には、二人に調(・)整(・)を行う為の培養槽が設置されている。そこで彼女達は計画に必要な処置を受け、ありとあらゆる個(・)人(・)の(・)尊(・)厳(・)を(・)踏(・)み(・)躙(・)ら(・)れ(・)る(・)。そしてそれは彼女達自身の精神にも大きな作用を及ぼすことも出来る。イワンの心配は、正にそこだった。

 

 

「恐らくサンダークの考えからして、奴の命を奪おうなどとは考えていないだろう。寧ろ、大尉にとって奴の存在価値はあの不確定な不死性だ。その為に大尉はクリスカ(お前)を弄(・)っ(・)た(・)……と俺は思っている。違うか?」

 

 

意味深なイワンの言葉を受けたクリスカは手の中のマカロフを持て余すようにすると、俯きがちに声を発する。その弱々しい声色が何が原因か、リコであれば単純な答えを出しそうなそれでさえ、今のイワンには熟考の対象となっていた。

 

 

「私には……分からない。あの日京介が我々の下に来てからずっと、私が彼を想うこの感情が本(・)物(・)なのか偽(・)物(・)なのか……。彼が来てから調整を受ける度に、私は不安になるんだ。今のこの感情が次に目覚めた時には無くなってしまうんじゃないのかと……そして------」

 

 

「そして、奴の顔を最初に見る度に変わらない自分に安堵する、と?」

 

 

小さく頷いたクリスカにユーリは呆れたような表情を浮かべ、反対にイワンは悩み込む素振りを見せた。装填し終えた44マグナムをホルスターに収めてジャケットを羽織り直しながら、イワンはユーリを一瞥する。ユーリもまた予備マガジンを収めたマグ・ポーチをベルトに巻き直しながら、ディフェンダーに初弾を装填してジャケットのポケットに収めた。

 

 

「今一番の不安材料はビャーチェノワとウラキの関係だ。もし大尉がウラキの弱さに目を付けたとしたら、恐らく奴は迷う事なく別(・)の(・)ビ(・)ャ(・)ー(・)チ(・)ェ(・)ノ(・)ワ(・)を使うだろう」

 

「別のって、まさかアイツか? 冗談だろイワン、だってあれは……」

 

「分かっている。だがもし奴がアレを持ち出したなら、それはビャーチェノワ、お前も危ないということだ」

 

 

イワンの言葉にクリスカはギュッと拳を握り締めると、更に強く歯を喰いしばった。

 

 

「兎に角、状況によっては今夜行動を起す。ウラキが使えないのなら、俺とユーリの二人でやるしかない。だから------」

 

 

コンコン、と突然ノックされた部屋のドアに、三人は即座に反応した。ユーリはテーブル上のデイバックのジッパーを挙げてそれを背にし、イワンはホルスターから飛び出ているグリップに手を伸ばし、クリスカもまたマカロフを両手に構えてドアに向ける。そして数秒の間を置いてドアの向こうから響いた声に、三人は一斉にその警戒を解いた。

 

 

「あ、あの、ヴォルフです」

 

 

「んだよ、リコか」

 

 

ユーリが安堵した様子を見せるのも束の間、次に響いてきたリコの声に、三人は皆嫌な予感を覚えるのであった。

 

 

「------サンダーク大尉が、ビャーチェノワ少尉に話があると」

 

 

 

 

イワン達が秘密裏に行動を起そうとしていた頃、件の人であった京介は一人見知らぬ部屋で目覚めたところだった。天井や壁の無機質さから基地の中の何処かだという予測を立てていたものの、高い位置にある小窓から差し込む月明かりのようなもの以外一切の灯りが無いその部屋の中では、彼に出来ることは限られていた。ぼんやりと視界に浮かんでいたドアは外から鍵が掛っていて、部屋の中には古ぼけたベッドが一つに木製のテーブルが一つ、その上には幾つかのレーションや水の入ったペットボトルが置いてあり、京介はそれで空腹と喉の渇きを癒したところだった。腰や足首のホルスターに銃は無く、予備のマガジンも無くなっている。何者かに連れ去られた、そんな事実だけが彼の頭の中にあった。ベッドに腰掛けて思考を廻らせる京介だったが、現状、特にこれといった案は出ていない。

 

 

(せめて今が何時なのかさえ分かれば良いんだが……俺が居なくなったことはイワンが必ず掴んでいるはず。昼間の襲撃も合わせて向こうが事態を把握してくれてれば良いが、最悪、もしこれがサンダークとイワンの手によるものだったら? イワンがダメならユーリの奴だってダメだろうし、リコだって……)

 

 

顔の前で手を合わせながら深くため息をついた京介は、脳裏に最愛の人の姿を思い浮かべていた。自分からは手出し出来ない現状でも絶望しない為には、自分にとって無くてはならない存在を頼りにするしかない。今まで様々な事態から精神を消耗していた彼にとって、クリスカの存在は全てと言って等しかった。何時の日か見なくなった暗闇の向こうに広がる死者の群れ、それが今再び姿を現しそうで、自然と震えだした手足を抑える術を今の京介は手にしていなかった。

 

 

(情けない……俺が今していることは一体何なんだ? 何の為にソ連に来て、国を裏切ろうとして、俺は何をしている? クソっ)

 

 

パシッ……と拳と掌がぶつかった乾いた音が暗い部屋に響いた時、京介の耳朶を何処か遠くからやってくる足音が打った。カツ……カツ……と徐々に近づいてくるその足音に警戒しながら、京介は静かにドアの脇に身を潜める。そしてその足音がドアの前で止まると、ガチャッと掛けられていた鍵が開かれてゆっくりとドアが開きだした。そして何者かが部屋に入って来た瞬間、京介はその人物に飛び掛かって一気に壁に叩きつける。首下に右腕を押し付け動きを封じながら、京介は左手で相手の顔を掴んだ。だが相手は即座に足を振るって京介の足元を掬うと、彼の拘束を無理矢理外してそのまま身体を突き飛ばす。よろけた京介はそのままベッドに背中から倒れ込み、古ぼけたそれがギシッと大きく嫌な音を鳴らすと、謎の人物もまたそのまま京介の上に覆い被さった。更に大きく嫌な音を立てたベッドの上で、京介は起こしかけた上体を無理矢理押さえつけられる。

 

 

「このっ……!」

 

「動かないで」

 

「っ……クリスカ!?」

 

 

攻防の最中自らの耳を打った女の声に、京介は思わず耳を疑った。薄暗い部屋の中うっすらと輪郭だけが見える中で、京介は自らの頬に両腕を添えてきた相手に最愛の人の姿を重ねる。まさかとは頭の中で思ってはいても、相手から発せられたであろう声を聞き間違えるとは自分でも思えない。

 

 

「どうしてこんなところに……そもそも、ここは何処なんだ?」

 

「貴方は何も心配しなくて良いの。私が大尉から貴方を守ってみせるから」

 

「守る? ……待て、お前本当に------んっ」

 

 

彼女の言葉に言い知れぬ何かを感じた京介だったが、次の瞬間には彼女の唇に口を塞がれて何も言えなかった。そのまま貪るように舌を口腔内に入れてきたクリスカらしき人物から普段の彼女の香りを感じると、京介は心の奥にし(・)こ(・)り(・)のようなものがあるのを認識しながらもその行為を受け入れざるを得なかった。髪も、触れた頬の感覚も、全身の柔らかさすらもクリスカと同じ。ただ一つ違う部分があるとすれば、それは何処か彼女もまた冷めているような感覚を受けることだった。ただどうしてそう感じるのかまでは京介自身にも分からず、ただ彼は求められるがままに彼女に応えるしか無い。口元に掛かる吐息に流されそうになりながら、京介は窓から差し込む月明かりの下に妖しく輝く銀色の糸を見るのであった。

 

 

そしてク(・)リ(・)ス(・)カ(・)と(・)瓜(・)二(・)つ(・)のその人物は、京介に馬乗りになった状態で口の端を歪めると、後ろ手に取り出した圧縮注射器を一気に彼の首筋へと突き立てた。プシュッという音と共に何かの薬品が体内に打ち込まれ、京介は咄嗟に腕を振ってその何者かを突き飛ばす。

 

 

「お前、何を……! っ、ぐ……」

 

 

ベッドから慌てて立ち上がるも急に足元がふらつきだし、京介は思わず地面に膝をつく。薄暗い視界がゆっくりと歪んでいく中、京介は目の前に立ち塞がる謎の人物を見上げた。そして遂に地面へと倒れ込むと、彼の耳に最後に届いたのは、まるで氷を思わせるような冷たい声色をしたクリスカと全く同じ声。

 

 

「ゆっくり休むと良い。すぐに愛しのクリスカに会えるぞ、京介?」

 

 

やや挑発するかのような言い方の後、クリスカと瓜二つの人物------マーティカ・ビャーチェノワは、京介の意識が消失したのを確認すると、ベッと口内の唾を吐き捨てたのだった。

 

 

 

 

 

更に時間が過ぎて深夜、京介が目を覚ました時、彼は手足を縛られて椅子に縛り付けられていた。周囲はアサルトライフルを持った兵士四人に囲まれており、目の前にはイェジー・サンダークが口元に笑みを浮かべて彼を見下ろしている。そしてその傍には、クリスカと良く似た誰かが立っていた。

 

 

「お目覚めかね、浦城少尉」

 

 

「サンダーク大尉……やっぱり、こういう事かよ……」

 

 

まだ若干朧気な意識を何とか保たせようとしながらも、京介はサンダークとクリスカ似の誰かに視線を向けていた。昼間の襲撃も、少しばかり記憶に残っている謎の部屋での出来事も、全てこいつらがやったのだという核心が京介の中にある。だがそれ以上に、クリスカに似ている女の正体を彼は知りたがっていた。そしてサンダークもまたそれを理解していたのか、口の端の笑みを絶やすことなく言葉を発する。

 

 

「良い目覚めという訳では無さそうだな。……さて、君もお察しの通り昼間の件については私が指示したものだ。最も、君を殺す事が目的ではなく彼らを処分する事が主だったのだがね」

 

「……どういう……」

 

「連中は愚かにも我々のSu-47Eやビャーチェノワ少尉達に関する情報を他国……しかもアメリカに売り飛ばそうとしていたのだ。それを脅し、君を殺すように仕向けたのだよ。何の意味があって……等とは、今更聞かないだろう。結果としては予想通り君は生き残り、連中は愚かにも炎の中へと消えてくれた。感謝するよ、少尉」

 

「っ、喧しい……関係無い人まで巻き込んで……」

 

 

血だらけになった喫茶店のマスターの姿が脳裏を過ぎり、京介は歯を喰いしばる。一体何の権利があって、この男は人に命のやり取りをさせると言うのか。だが京介の感情の整理が終わる前に、サンダークは次の事柄について口を開く。それは自らの傍らに立つ、クリスカに似た女についてだった。

 

 

「では次に彼女についての話だったかな。どうやら君は前に私が話した内容について信じていないらしい、ビャーチェノワ少尉やシェスチナ少尉が人工生命体であると言う事を。無論君のような人間には一生関わりがない計画ではあるが……、今君は我々の計画にとって非常に重要な因子となっている。だから紹介しておこう、クリスカ・ビャーチェノワと同じ存在、同じ遺伝子を持つマーティカ・ビャーチェノワ。君の愛しい人に成り代わるかも知れない人間だ」

 

 

マーティカ、その名を聞いた京介は彼女の顔を一瞥するも、すぐに目を逸らした。あまりにも彼女がクリスカに似ているというのもあり、もしそれを認めてしまえば自分がクリスカ達を見る目が変わってしまうのではないかという恐れもあったからだ。自分の中で折り合いの付けられていない人工生命体という大き過ぎる事に対して、京介はあまりにも臆病だった。

 

 

「本来ならばじっくりと時間を掛けて理解してもらった方が良いとは思うが、我々にはあまり時間が無い。……よって君には、もっと直(・)接(・)的(・)な(・)証(・)拠(・)を見てもらう。そうすれば、感情的にではなく理論的に理解してもらえるだろうと思ったのでな。……始めろ」

 

 

サンダークのその言葉と共に一人の兵士が京介の髪を引っつかむと、無理矢理引っ張って彼の視線を上げさせる。痛みに呻き声を挙げた京介はその時漸くサンダークやマーティカと呼ばれる女の後ろの壁に大きなガラスが貼られていることに気付き、その向こう側に今は真っ暗で何も見えない空間が広がっているのを見た。そして次の瞬間にはガラスの向こう側に一斉に灯りが点いていき、彼の目の前に現実を突きつける。広い空間の中にポツンと置かれた何かの機械、その真ん中部分には覗き窓のようなものがあり、妖しい光に照らされたその中が何かの液体で満たされているのもよく見えた。そしてその中に浮かぶ、裸体のクリスカの姿も。

 

 

「っ、クリスっ------」

 

 

咄嗟に声を上げようとした京介の腹部に兵士がアサルトライフルの銃底を叩きつけ、上体を縮ませた京介は口から唾液を飛ばしながらも再び髪を掴まれて目の前の光景に引き戻される。液体の中でまるで胎児のように安らかな顔で眠っているクリスカの姿に、京介は声にならない叫び声を上げた。無理矢理にも突きつけられた現実を前に何を考えて良いのかも分からず、京介は血走った目でサンダークを睨みつける。対する男の目は、酷く嗤っているように見えた。

 

 

「彼女は定期的にあの調整槽の中で調整を受ける。そして特殊蛋白の摂取受けてその命を永らえさせ、君達の前に現れていたのだよ。それはここにいるマーティカも同じ。そして君やクリスカ・ビャーチェノワの行動次第では彼女が死ぬ事になると、君には既に伝えたな」

 

「俺に何をさせたいんだ、お前はッ! 俺にこんなものを見せ付けて! クリスカをっ、クリスカをあそこから出せ! 出すんだ! すぐに!」

 

「勿論そうするつもりだ。彼女は君にこの状態を見せたくないと言っていたが……君が望むのなら仕方が無い」

 

 

そう駄々っ子をいなすような口調のサンダークが何事かを傍にいた兵士に囁くと、ゆっくりと音を立てて、ガラスの向こうに見える調整槽の中の液体が少しずつ排出されていった。それに合わせて、クリスカの身体が少しずつ沈んでいく。

 

 

「彼女の反応を良く見ているといい。面白いものが見られるはずだ」

 

 

そしてサンダークの言葉通り、調整槽の中の液体が完全に無くなるとクリスカはゆっくりと目を開いた。その露になっている秘部を両腕で隠した彼女がふと視線を上げると、二枚のガラスを隔てて京介と彼女の視線が交錯する。そして次の瞬間、音の無い絶叫にクリスカの表情が歪んだ。両手で顔を押さえ、誰にも見られたくないとでも言うように調整槽の中で蹲る。その姿に、京介は嫌でも彼女の状況を理解しなければならなかった。

 

 

「私が君に何をさせたいか? 勿論決まっている、君のその不死性、その謎を解明したい。そしてそれがもし人の手によって再(・)現(・)出来るのであれば、それを利用しない手はない。私が君をこちら側へ引き入れたのも、クリスカ・ビャーチェノワとの逢瀬を黙認したのも、全ては君自身のその特異性を知りたいが為だ。だから殺そうとした、だから足枷を付けた。そしてこうして真実を見せ、君自身に人の命を背負わせた!」

 

「っ、ク、クリスカが俺を好きでなかったら、一体どうするつもりだったんだ……!」

 

「ふん、その為の調整だ。君は何をするでもなく、ただ向こうが無条件に自分の事を好きになってくれたとでも思っていたのかね?」

 

 

突如浴びせられたサンダークのその言葉に、京介の思考は完全に停止した。

 

 

「元々はシェスチナ少尉が特異な反応を示していたユウヤ・ブリッジスを利用するつもりだった。だが予想に反し、彼女は君に脅え、更にビャーチェノワ少尉も君に対して特異な反応を見せた。ブリッジス以上にだ。そして私は君の秘密を知った、今までの環境も、何をしてきたのかも。結果として、君はブリッジス少尉よりも遥かに扱い易く有能な人物だという評価になりこちら側へと引き込んだのだ」

 

 

浴びせ続けられるサンダークの言葉は京介の脳みそを鋭く突き刺し、激しい倦怠感を生み出させた。そしてグルグルと回りだした視界の何処かで、京介は自分の存在理由を完全に見失い掛けていた。それは椅子ごと大きな音を立てながら倒れ込んだ姿に表れ、そして激しい咳き込みと共に口から撒き散らされた吐瀉物が、彼が混乱の極みに達したことを証明する。

 

 

「君は自分にとって大切なモノを捨てることは出来ない。例えどんな理由があっても、どんな背景があろうと。……仮にクリスカ・ビャーチェノワを失う事になっても、次には全くの同一人物であるマーティカを後釜に据え同じように君に背負わせるだけだ。そうすればまた、君は同じように悩むはず。……いい加減吐くのを止めたまえ、見苦しいぞ」

 

 

咳き込みながら最早胃液しか出すものが無くなった京介を見下ろしながら、サンダークは一度だけ調整槽の中にいるクリスカを一瞥する。彼女もまたガラスの向こうで蹲ったまま、動く気配は無かった。脆い連中だ、とサンダークは内心彼らを嘲笑していた。それは勿論彼自身の傲慢に他ならないものであったが、野心家としてのイェジー・サンダークの姿がその綻びを生み出している。そして彼がまた何か言葉を京介に浴びせかけようとした瞬間、何者かが彼らのいる部屋へと突入して来た。

 

 

「ウラキ!」

 

 

イワンとユーリ、それぞれ銃を持った二人は一瞬にして四人の兵士に銃弾を浴びせて無力化すると、そのままイワンは懐からもう一つの小型拳銃を取り出してサンダークとマーティカに銃口を向けた。そしてユーリは地面に広がっている吐瀉物から椅子ごと京介を引き剥がすと、その身体を拘束していたロープを切る。自由になった京介は四つん這いになって咳き込みながらもユーリが差し出したリボルバーを乱暴に受け取り、サンダークへと向けた。

 

 

「これはこれは……遂に熊が巣から出て来たという訳か」

 

 

調整槽の中に居るクリスカを銃を持ったリコと脅えた様子のイーニァが救出している光景を視界の端に捉えながら、サンダークはそう呟く。マーティカは無抵抗のまま京介を縛っていた紐でユーリに縛られ、自身は二人の男から銃口を向けられている。孤立無援、絶体絶命、そんな東洋の言葉を脳内で思い出しながら、サンダークは片膝付いて銃を構えている京介を見下ろす。

 

 

全ての事態が、大きく変わろうとしていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。